顧客のケアも仕事の内
シルヴィアが準備していた馬車に乗せられて、俺が工房を構えている山の麓にある街へ到達した。この近辺までは地方の大規模な市街地からも人が往来する為、シルヴィアはかなり目を引く。何よりも彼女の近くに俺が居ない時、ナンパや何かの勧誘がひっきりなしに現れていた。その度に俺が助けることになるんだがな。アイツなら自分で対処できるはずなのに…しようとしない。全く何を考えてるんだかな。そりゃ噂や新聞の話くらいは聞くし、何よりも彼女は美人だ。何も不思議ではないし、むしろ納得は深まる。やはりシルヴィアはかなりの有名人らしい。
ギルド関係や勇者会議に関わってるから、その筋は言うまでもなく。彼女の手がける衣服の商売は今では王都中で話題だしな。性別や種族にとらわれず、シルヴィアは高い人気を持ち、悪い噂が歩いている様な俺と居るのは本来マイナスなんだが……。そんなシルヴィアは昨日から比べると様子が変わっている。色気と言うか……なんだろうな? 何なのだろうか。俺が何かしたのか? いや、そんな事はないはずだ。
「おい、シルヴィア」
「なぁに?『えへへへっ……。アルを独り占め』」
「くっつき過ぎだ。離れろ」
「あら、アタシはむしろ助かってるわ。1人だと大変なのよ。付きまとわれて自由に歩けないし」
「俺は専属鍛冶師として雇わ…」
「違うわ。『激ニブ!!』」
「はぁ?」
「何の専属か……名言してなかったでしょ? アタシの専属って事!『やっぱりアルを困らせるのは楽しいっ!』」
シルヴィアの希望でゆっくりと俺の自宅兼工房を目指す。昨晩はいろいろあったが、朝から険悪な雰囲気はないのが救いだ。あの正装姿とは打って代わり、外出着なのかカジュアルなシルヴィアが俺の腕を抱き込んでいる。化粧やアクセサリーもいつもと違う。今日は大人びてるな。気にしてるんだろうが、低身長で童顔であるのもシルヴィアには似合っていると思うんだがな。今なんか本当に嬉しそうな笑顔だしよ。そんなに外出が楽しいのかねぇ。俺には乙女心なんちゅうもんは解らん。
昨日の任務終了の後に勢い任せに彼女ととある契約を結んだ。……彼女の思うままと言うのには、癪に障る所もある。だが契約は契約である。1年間の専属契約。鍛冶師業務だけではなく、生活一般の世話役とアイツは指定していたようだ。言いたいように言って解釈だけ良いようにとりやがる。一時の勢いでしっかりと確認しなかった。あの時の俺に非があるから諦めるしかないがな。
それから…なぁ〜にが『アタシの専属』だよ。俺はお前の物じゃねぇ。アイツは何をしたいのだろうか。この麓の名物である干し芋を頬張りながら、俺の横を歩いている。甘い物が好きなのは昔と変わらないな。綺麗なヤツだが気にしている様に童顔でチビだからなぁ。さすがに心紅のように娘とまでは言われないだろうが、妹とは……言われかねないぞ?
「ア〜ル〜!! ねぇねぇ! これ美味しそう!」
「ん〜? あぁ、確かにお前は甘い物が好きだしな。それに…果物の菓子だから甘くどくない。丁度いいんじゃないか?」
「へぇ! それなら食べてかない? おかみさ……」
「あらあらっ? あらあらあらあらっ! オグさんったら! 最近姿を見ないと思ったらぁ。こんな綺麗な子をお嫁さんにもらってたんだねぇ」
「ははは、おかみさん。違うよ。この人は学舎の同期で仕事の依頼主さ」
嫁、ねぇ……。シルヴィアが嫁になるなら俺は座布団確定だよ。
たまにこの喫茶店は時間つぶしに使っていたから顔を覚えられている。ギルド関係の依頼を受ける時によく立寄るのだ。それに麓の街は俺が直に仕事を受けてはいないが、金物屋を介して道具類が良質と知れ渡っている。職人としては嬉しい限りだ。街を歩くなら個人としてはもう少し知られてない方が動きやすいが。特産が芋と果物類だからだろう。この街は果物の菓子が有名なんだ。シルヴィアからするとパラダイスらしいな。
そんな中でシルヴィアが俺の前で初めて取り乱した。派手に赤面したシルヴィアなどあまり見たことがない。俺の嫁に間違われたのが余程嫌だったのだろうな。直後に不満そうな表情もしていたし。今回は俺が金を出してシルヴィアと向かい合って座る。シルヴィアには先程の菓子。俺はブラックのコーヒーだ。
「ふんっ!!『なんで、アンタはいつもいつもっ!』」
「?」
「アンタは食べないの?」
「俺は甘い物が苦手なんでね。それに俺はお前が喜んでるならそれでいい」
一瞬だけ、へにゃっと表情が崩れた。なんなんだ?
軽く昼食も兼ねていたから、順番は逆になってしまったが飯もそこで食い、麓から山頂へ向かって上がってゆく。まだまだ距離がある。靴も山歩きに適していない為、シルヴィアが疲れ始めてるな。
ここで秘密兵器だな。数日前に任務のおり、高速で山を降りれたのはこれがあったからである。二人乗りは初めてなんだが……。それに今回はシルヴィアも居るから楽だ。魔法で組み立ても行いながら機構を構築し、シルヴィアに異能で強化コーティングをしてもらう。動力は奈落のコアを使い、2輪の駆動車を作り上げた。俺が運転し、シルヴィアは後ろに乗せている。速さや物珍しさで途端に子供の様に喜びだしたシルヴィア。表情のコロコロ変わるヤツだな。まぁ、こういう所が可愛らしいヤツなんだが。
山間を抜けて、家に1番近い村に差し掛かり、俺は想定外に少々狼狽えた。何でこんな所に居るんだよ。……あぁ、面倒臭い。このタイミング。しかも、こんな所でか……。
目の前には祖母が居るのだ。祖母は空気を扱うだけあり、空間把握能力が非常に高い。あっ、気づかれた……。俺は早々に諦め、俺に気づき歩みを止めていた祖母の近くへ行く。駆動車を止めて構築を解き、シルヴィアと並んで祖母に話しかけた。シルヴィアの態度が物凄く嫌な予感を引き立てて、不安要素で頭の中は混沌としている。
「ただいま、ばーちゃん」
「アルじゃないかい。早かったね。……っと、あ、アンタは?!」
「お初にお目にかかります。 オーガス・ブロッサム様。この度、お孫様と専属契約を結ばさせて頂き……」
その後ろからさらに面倒なヤツらが現れた。シルヴィアが咄嗟に屈み、頭上を抜けて行った白い塊へニヤリと笑っている。新たに現れたのは2人で先に現れたヤツが非常に面倒なのだ。2番目も面倒な事に違いはないが……。特に、この場で1番面倒なのは……先に飛来した白い塊。心紅だ……。
「オグさん……その女は誰…」
心紅が双刀を抜き払い、シルヴィアへ威嚇を意味する殺意を向けた。はぁ、こんな所で……。シルヴィアも武器を構築しようとしたのだが、シルヴィアは途中でそれを止める。シルヴィアが振り返ったと思えば、途端に俺の視界外からエレがシルヴィアに飛びついた。心紅もそれにはかなり驚いていたようだがな。
エレが素性を話したなら知って居るかもしれない……。どうかは解らんがまだ数日の同行ではエレの友人である4人は知らないだろうな。エレはシルヴィアのお袋さんに育ててもらったんだ。女の子だったし、そうとう酷い目にあった後でその時分はかなりキツい目付きをしていた。そういう事情もあったし俺もそこまで金持ちじゃない。だから、俺は育ての親ではなく、稼いだ金で資金的に支援していただけなんだよ。時間をかけてエレが心を開いてくれるまで会いに行き続けた。そのかいありエレは今ではあんな感じだよ。ただ、何度も顔を見せには行ったが、エレは俺を兄とは呼ばずに父上と呼んだ。そして彼女、シルヴィアはエレに……。
「姉上! お久しぶりです!」
「あ、姉上?!」
「アルよ。お前さん、まさかとは思うが……」
「あのですね。俺の事を今更どう思われようとも構いませんが……。俺は未婚です。それに、シルヴィアとエレもじつの姉妹ではないですから。エレ、誤解を加速させるのはっ……はぁ〜」
姉と主人に喧嘩されては困るらしく、エレがシルヴィアと心紅を止めようとし、俺は祖母があらぬ誤解をしているのを抑えるのにも苦労したよ。
ここからは徒歩でシルヴィア、祖母、エレ、心紅と共に家に向かう。俺の工房近くには集落があり、よく観察して見ると家に続く道の近くに真新しい建物があった。全3棟で……手前の1棟の前で農家の奥様方と井戸端会議をしているオニキス、主婦と話し込んでいる汐音と出会う。もはやてんやわんやだ。オニキスの立っている建物は……工房だな。汐音の後ろは……普通の家屋か? そんな事は何でもいいが、次々に問題が現れて行きどうしたらよいか最早収拾などつかない。ホントは家に着いたらシルヴィアと契約の話をゆっくりしようとしていたのに……。
ついでに、家のさらに近くに新しい家ができ始めていた。シルヴィアに押し付けられたガキ共だ。アークと仲良くなり、アークの小屋まである。それに周辺の農家のオヤジさん達とも仲良くなり、いろいろと上手くやっているらしい。そいつらはとりあえず放置し、今はシルヴィアと華の女子勢の兼ね合いを何とかしなくちゃな。予定も何もあったもんじゃねぇよ。
「はぁっ?! オグさんと専属契約ぅっ?!『私を差し置いて、私を差し置いてぇぇっ!!!!』」
「えぇ! だから、アルはアタシの物よ!『ざまぁ無いわ、小娘!!』」
「1年契約のボディガードのようなもんさ。とりあえず、皆仲良くやってくれ……」
動揺のしかたは各々違うが皆が皆挙動がおかしい。こんなに混沌とされるとなぁ……。
汐音はこの中ではポーカーフェイスが上手いが、さすがに今回の事については動揺が隠しきれていない。皆の茶を入れながら必死に動揺を隠しているつもりらしいな。ギルドで働いていた紅葉は姉に伝え、別の道を歩む事に決め、辞職している。その為、その最高権力者が目の前に居るのは落ち着かないらしい。前からポジティブと言うか……鋼のメンタルと思っていたオニキス。彼女は何も思わないのか、普通に会話している。エレはクールな見た目で割合と小柄な事を除けば綺麗さが際立つ子だ。それが猫が飼い主に甘える様な態度を見せている。まぁ、解らなくはない。久しぶりに会えた義理の姉なのだからな。……心紅などシルヴィアがずっと俺の腕に手を掛け、隣を歩いている為か、明らかに威嚇してるし。牙をむき出すか…兎がなぁ……。
頼むから皆落ち着いてくれよ。新しい客に皆が思い思いの反応をするのは構わないが……オーバーリアクションすぎるだろ。そんな元凶のシルヴィアから5人にまずは形式的な自己紹介。そして詳しい立場の説明が始まった。特にシルヴィアが強調していたのはギルドでの立場とエレ、俺との関係だ。
汐音も国を出てからこちらで生計を立てていく上で、ギルドに名前を登録しているからシルヴィアは知っていた。なんせ例の防衛戦もシルヴィアが俺と汐音を直々に招集したらしいし。伝書鳩要員に指名されたギルドの職員であったから、もちろん紅葉の事もな。さらに驚いたのは……俺が知らないのにオニキスの事をシルヴィアが知っていたからだ。金が無かったオニキスはシルヴィアの所で鍛治見習いをしながら食いつなぎ、学舎工房を卒業したんだとか。……世の中狭いな。そして、八代目時兎さんの娘である事から、心紅も知っていたとの事。まさか、ここに居るとは思わなかったらしいがな。
「……と、言うことでよろしく! これからここに住むから!『アルが堕ちるまで……』」
「はぁっ?!」
「専属なんだから当たり前じゃないかしら? ア〜ルっ♡」
「ふむ…『愛称で呼び、なおかつ歳も近い。若く実力もあるな。まだ、卵達よりも有望株か。しかし、少々跳ねっ返りが過ぎるよ…昔のアタシよりゃマシかいねぇ?』」
まさか……コイツ。くっ……。俺の平穏が……。
俺が教導の指針を表したため、祖母がその話をしたいと切り出してくる。それもそうだな。卵達が各々のやるべき事をすると言う騒がしい中、午前中に心紅の冒険者パーティーの状況を祖母…ついでにシルヴィアと共に聞いた。確かに俺の見立てどおり、金の卵揃いで祖母も驚きを隠せないとの事だ。皆が皆、パターンの違う勇者であると祖母も分析し、課題も様々に見えて小さいながらの成長が既に形に出始めたとも。……なら、俺も働かなくてはならない。彼女らの武器を調整、新造、改造、様々にしてやんないとな。
卵達の話に区切りが付き、シルヴィアが祖母に改めて契約と自身の挨拶を……。祖母が変な勘違いをしなければいいんだが……。そして、海の国の国境での話をしている。すると、祖母から左腕の事を問われた。包帯を巻いているが隠していたのにな。それにギプスは外せたし、当て木なども邪魔なだけだから外していたのだが。さすがに近接攻撃魔法の専門家だ。魔法の痕跡などでバレバレか。魔法が暴発した事や、怪我の理由。シルヴィアに話していない魔装の話まで出てきてしまい焦ったよ。ぼやかしてくれたからシルヴィアに悟られる事はなく安心した。……祖母は俺を大切な孫として心配してくれているようだな。
「ほぅ、やはり火の国が攻めて来たか」
「はい。私とアル様が臨場しなければ、危機的状況でした」
「やはり勇者は戦に使われてしまうのかねぇ」
「その内、状況も変わるよ。俺も努力してるからさ」
そして、昼休憩が終わったらしい。新米勇者達が慌ただしく準備をし、祖母も後ろ手に俺へ合図すると玄関から出て行ってしまった。祖母は魔法を見破るのは得意なんだが、人間関係の模様を嫌に複雑にしたがる。俺がシルヴィアのお袋さんの再婚相手になる訳が無いだろうに……。現段階で俺は先を見るつもりはない。何かに変えられなければな。
少しして俺とシルヴィアが軒先に出ると、家の目の前で戦闘訓練が始まっていた。模擬戦形式なのだが、祖母の見立てにより勝敗には条件があるようだ。単に寸止めや降伏による物ではないらしい。条件を満たさねば相手を戦闘不能に追い込んでも勝利とはならないようだ。
動き方から見て最初の試合はオニキスとエレ。エレが闘える事は知っていたがオニキスのあの武器。あんにゃろぉ……。……止めに入ろうとしたが、祖母に睨まれた。あの武器は魔装を使われている。いかにオニキスが特殊だったとして耐えられるのか?
「そんじゃ、今回もアタイがもらうでぇー!」
「望むところ。ボクも負けない」
エレは二つ名を『濃霧の切り裂き魔』と呼ばれていた。何故かと言うと、あの子は武器である死神鎌を使いこなせず、物理攻撃に反応して刃から飛び出す魔法の攻撃を止められなかったのだ。本来ならばオンオフは自身でできるはずだ。だが、武器に遊ばれており、制御しきれしずに任務の度に周囲を破壊しまくっていたらしい。それが理由。
そんなエレは探知能力に優れた獣人族のフクロウ型に属し、魔法系統は氷や水など。中でも霧を作り出し、幻術魔法と併せて使う事から隠密が得意なのだ。しかも、霧の濃度を薄くしてエレだけが消えるように見せる事も可能。逆にかなり濃くして視界を奪い、ブラインドアタックも可能だ。
「『今回のオニキスはどう来るかな? 前回はボクが安直に霧を使って酷い目にあったけど』」
オニキスは大振りなハンマーを持っている。俺の作品の中でもかなり重量級で普通なら女性勇者の扱う武器じゃない。心紅の双刀が片方50kgで、これだって本来はかなり重い。汐音の薙刀は25kgだから扱いやすいよな。エレの鎌は素材が全て金属だしな、80kgでも細身で軽い方だよ。さてさて、あのハンマーは200kgを優に超す。使用者が潰れない様に最低限の補助機構はあるが普通ならば女性はチョイスしない。しかもあのハンマーを使うと言う事はオニキスの魔気特性は電気や雷と言った所かな。
オニキスが体から強烈な放電を始めた。それと同時に片目が柘榴色、もう片方が黄色に変化し、猫耳に体毛は特徴的な縞模様。トラだ……。紫色の雷を体に纏い、エレへ強烈な一撃を向ける。しかし、エレは避けない。鎌で受ける気だ。職人としてはやめて欲しい話だがな。あんな超重量級武器で柄の長い武器を殴られたら耐えきれる訳が無い。修理すんのは俺なんだぞ?
「硬化!」
途端にエレの周囲を漂っていた微粒子が集まり、エレの目の前にブロックの様な物が現れた。氷の微粒子を凝縮し、盾にする気か? あのハンマーにそれは無謀だ。何故なら……。
「アクセルクラーッシュッ!!」
内部に超強力なリアクターを3機、その中心に魔装のコアを1機積んでいるんだ。あのリアクターは特殊でね。雷や電気と言った誘導が容易な魔気を流し込むと、リアクター内部構造が2極に分かれて磁石の様になり内部で回転し出すんだよ。最も力が強い魔装のコアが肝で、あれの調整が上手く行かなかったらコンセプト自体が立ち消えだったからな。機械を扱う国では主流の電気を作る施設だが、これは逆の発想だ。タービン発電機を回す動力に火力や水力を用いる。内部の機構を駆動させる為に雷の魔気を纏う魔力を注入して攻撃に転用するんだ。
オニキスは職人としてはかなりの有望株だ。武器のリスクに気づいているならこの武器の活かし方も解るはず。単に内部の機構を動かして力に変えるだけなら、雷や電気ではなく爆発の方がより使い易い。なのに何故電気を推したのかがな。
「『アタシの魔法戦闘に向かない体質じゃ魔法戦士と長時間闘うのは無理や。でも、この武器にはそれを可能にできるもう1つの機構がある!』」
エレの作り出した壁も非常に硬度が高い。あの武器、『刻雷』で砕けないか。ただの氷じゃないぞ。霧や何かの金属でも無いようだし。あれは何だ? エレの反撃も速い。そこらかしこに先程の構造物が作られている。本来ならば加速系の魔法を持たないエレ。彼女が自分が有利に闘う為に考えた方法か。賢い。流石は頭脳派は違う。俺もあのタイプの近接戦闘員と戦うのは勘弁だからな。
恐らく、戦闘初心者のオニキスだから燃費や配分が解らない事を利用する算段だな。魔法戦闘のプロフェッショナルである祖母が何を教えたのかは知らないが、エレは極端に構築の魔法が速い。発動と同時に……解ったぞ。エレはあの人の娘だ。アルベール氏も確かに魔法戦闘の猛者だった。まさかとは思ったが、エレは1度に3種類の魔法を同時詠唱し、発動と展開していたのだ。
「どりやぁぁぁっ!!『くっ! やっぱり苦手やで!』」
「ふふふっ…『一撃でももらえばボクの負け。確かに条件は理にかなってる。オニキスは燃費が極端に悪いから……。喰らい着かれても今はまだ勝てる』」
「『あ、あれ?! 何でなん? 何で発動せーへんの!?』」
オニキスは燃費が極端に悪いらしい。だからこその刻雷なんだがな。あの武器は単に威力を上げる為に複雑な機構と頑強な外殻を合わせた訳じゃない。雷が肝なんだ。雷がな。オニキスがスタミナの残ってる内に気づけるか、エレが新しい算段を立てるか。いや、エレなら手数を隠しておくかもしれないな。
息が上がり始めたオニキスを嘲笑う様にエレは逃げ続ける。
うーむ。今回はエレの勝ちだな。あの状況じゃ刻雷の本当の機能に気づけていない。バテバテのオニキスが草原に大の字に寝転がり降参を宣言した。
「だぁーっ!! 降参やっ!!」
「お疲れ様、オニキス」
「やっぱ頭脳戦に持ち込まれちゃ適わんなぁ」
「ボクだってあのままパワーファイトに持ち込まれたら危うかったよ」
エレとオニキスがその場から離れ、祖母から直々にアドバイスを受けた後にそれぞれの鍛錬に向かった。祖母の教導手法だ。1日に1度、必ず模擬戦や成果を感じさせる場を設け、手応えを掴ませる。その上で課題を自身で掴めたと祖母が判断した場合は各自の自主鍛錬へ。それすら掴めなかった場合は祖母が組んだ鬼の様な肉体改造メニューだ。俺は後者を何度もやらされて死に目を見たんだよ。
エレとオニキスの背中をシルヴィアがずっと眺めていた。幼かった妹が成長した喜びと、自身の悩みに似た物を持つオニキスに今の自分を重ねているんだろう。むいしきだろうが、強く拳を握り込んでいた。彼女らの場合は体質だから武器や闘い方をガラリと変えなければ根本的な解決にはならない。……シルヴィアは目先に解決策があるんだがね。できれば、この方法は使いたくないんだ。シルヴィアが……気づいたり望まなければ。
「気持ちは解る。それから、それについて今夜少し話そう」
次は……心紅と紅葉だ。
一見すれば心紅の圧勝で終わりそうな構図だが……。紅葉はどこまで力を伸ばして来たかな? 紅葉は通常の冒険者レベルの評価ならば優良だ。しかし、勇者となると攻撃力に難がある。魔法のコントロール能力や内在魔力、技の精度と手数は5人の中では桁違いに精巧で高度だが、やはり武器や彼女自身のこだわりを捨てなくてはダメなのかもしれないな。
武器は今までの彼女に合わせてあったから今の状態では不適合かもしれない。彼女は技巧系の闘い方をするから俺は彼女には理解がある。苦しい思いは沢山するだろうな。特に心紅のような才能の塊と比較されれば……。
「2人には新しい課題を出す。紅葉は心紅の双刀へ向けて火炎魔法を当てれば勝ち。心紅は刀に掠りでもしたら負けだ」
「時間制限はありですか?」
「当たり前さね。お前さん達は内在魔力と魔力圧が他とは桁違いだ。いつまでもやられたって時間の無駄。それに心紅は技がない。なら、自分で作りな。こればかりはアタシが教えらんないからな」
「了解です!」
「紅葉は何かを勘違いしてるようだがね。アンタは決して弱くない。アンタが使い方を変えさえすれば、アンタは強くなるはずだよ?」
「は、はい」
間合いを取り、祖母からのスタートの合図を待つ2人。
スタートと共に心紅は紅葉に急接近する。確かに魔法は緩急に弱いが……コントロール能力の高い紅葉にそれは通用しないぞ? それに紅葉のヤツめ、相当努力してきやがったな。手数にしてざっと50か? いや、それ以上だな。心紅の速さが読めないのならば、手数で先を読む手法を選んだらしい。弾幕か。普通の魔導師ならば発動前段階の待機魔法は精々5回程度。しかし、紅葉は優に10倍を越す展開待機魔法を用意したんだ。しかも全てが座標、放出の方向、予想射角をカバーできる綿密な物。これだけ見れば確かに紅葉も規格外だ。だが、簡単に心紅もやられない。
「時兎、三十月月光!!」
「そう来るのね。なら!」
いくら時兎でもあの弾幕を回避し続けるのには限界がある。だが、今回の条件は武器さえ守れればいいのだ。分身を作り出し、刀をパス回しで逃がして行く。こうなると紅葉も予測範囲が増えるばかりで消耗するはずだ。だが、紅葉は全く驚かないない。むしろ想定内とばかりにたんたんと予測していた魔法を次々に展開しながら分身を消してゆく。勝利条件は双刀へのヒットだ。心紅もそれが解っていて体を盾にする行動が目立つな。
心紅はポテンシャルが強い。しかしながらそれに留まった。彼女が食らいついてまで実力を上げようと言う事象が無かったからだ。それを変えるために仲間を与え、切磋琢磨する事が彼女の飛躍を助けると俺は信じていた。祖母が睨みを利かす中で2人の訓練は更に過激さを増す。あれは……まずい!!
「止まれ、紅葉!」
「んぅ? アルよ。どうしたと言うのだ」
「……はァっ…はァっ………。あっ……」
紅葉が途端に倒れた。祖母が魔法のプロフェッショナルと言えど、武器と魔法を絡めた事に関しては理解が追いついていない。心紅が分身や彼女の加速を駆使し、紅葉の魔法を避け続けたのは至極当然。それだけ紅葉の魔法は強力なんだよ。しかし、紅葉の強みは魔法のコントロールだ。自身のコントロール能力だけで闘うには心紅だと地盤が違いすぎる。神獣を使うエネルギー、魔力量、魔力圧縮能力、フィジカルバランス……。心紅はそれを的確に駆使さえできれば、現状では俺にだって余裕で勝てるんだ。……気持ちがガキだから俺には勝てていないがな。
武器職人の俺には解った。紅葉は今、自分をぶっ壊す限界を超えない限界値でずっと闘っていたのだ。紅葉の体と紅葉の武器である『日輪』を極度に強くリンクをしている。……魔法の発動や展開を加速させる一般的な手法だが、やり過ぎるとリスクを伴う。俺の作った武器だから直ぐに気づいた。日輪が……メルトダウンを起こしかけたのだ。
「メルトダウン……か。まさかそんな状態に気づけないとはねぇ。アタシも落ちたもんだよ」
「症状が出たらばーちゃんも解ったと思うぜ。俺にしても自作の武器だから兆候が解っただけだ」
メルトダウンとは武器が処理能力よりも超えた処理命令を受けて起きる。主にリアクターや魔法回路の高負荷が現れたものだ。最悪の場合になると武器の中枢が融解、破裂などを起こし、リンクの深度により使用者のダメージも変化する。紅葉は俺が止めていたにも関わらず、精神浸透深度が80%以上を超えていたのだろう。俺はそうならないように武器をチューニングしていたんだ。なのにそれが起きた。これでは一方的に紅葉が悪いように聞こえてしまうな。この事象を逆の視点から言えば、紅葉でなくてはこの数値は出せないだ。
祖母が紅葉の体調を気にしている。そのため俺が監視役になり、汐音の訓練を始めた。相手は……シルヴィアだ。汐音は生唾を飲み、目の前にいる我が国最高峰の勇者に武器を向けている。いつもならば祖母が相手取っての事だが、シルヴィアの力は見たことがないため、緊張気味だな。いつでも止められる様に俺も準備し、開戦を指示した。
「始めっ!!」
「はっ!! 泡沫! 水龍弾!『先生が語る守護の大勇者……。私の力を試せる!』」
「……『どう来るかしらね。若い子だけど……』」
汐音は水の防御結界を張り、シルヴィアから少し距離を取る。そして、防御結界から二頭の龍を繰り出し、シルヴィアへ向けて攻撃を開始した。対するシルヴィアはこの段階で汐音をある程度タイプ固定したようだ。初盤での距離の取り方、攻撃のタイプに緻密さと速さ。判断要因はいくつもある。汐音は最初に勢いをつけたいんだろう。龍を増やし、シルヴィアを釘付けにしたいらしい。魔導師は近づかれれば防御が行い難いからな。
しかし、シルヴィアも異能に関しては郡を抜く人物だ。掌を銀のガントレットで守り、強度強化能力を一点に集中して用いている。水で造形された龍は突き出された拳により爆ぜた。技における馬力の差は歴然。汐音も焦りはしていないが防衛のため龍をさらに増やす。汐音に魔法と異能の併用やコントロールを教え込んだようだな。
しかし、武器や媒体を介さない魔法の発動は本来なら凄まじい負荷がかかる。ギアも減速して力のかかり方を分散せねば、力がかかりすぎ壊れるんだ。汐音はそれをどのように解決したのかは解らない。間違いなくこの成長には祖母が関わっているな。
「お嬢ちゃん! その程度じゃアタシを押し倒せないわよ」
「……」
汐音の体に変化が現れた。着物の背部に膨らみが現れ、爪が伸び、瞳孔が縦に拡がる。少しすると汐音が座り込む。何をする気だ? シルヴィアは構わず殴り込む。当て身をするつもりは無いようだが……。
直後にシルヴィアの表情が一変した。あのシルヴィアの表情はなかなか見れない。本当に予想外だった様だ。それにあの構図はシルヴィアにとってはかなりの屈辱だな。彼女は紛れもなく国の勇者で最強の守人であり、最高の鎧だったんだ。これまで彼女の鎧を切り裂いたのはただ1人。八代目時兎の暁月さんだけだ。プライドは割と高めのシルヴィア。若年無名勇者にまさか一杯食わされるとは思わなかったのだ。
汐音は遠距離からの魔法攻撃から瞬時に転換し、彼女の武器、鮫薙でシルヴィアを薙ぎ払いにかかったのだ。驚くべきはその斬撃の範囲、威力、アイディアである。
水魔法での攻撃はあくまでも目隠しの役目、本命はこの強力な薙ぎ払いだったのだ。およそ20mの水の刃。彼女の筋力ではとてもあんな威力や振り抜きは見せられない。だからこそ魔法は使い方次第だ。重量で振ることが難しい薙刀を高水圧のジェットで押し、水魔法で造形した巨大な刃での一撃必殺。シルヴィアはガントレットのパーツを削ぎ落とされ、体を屈ませて避けた。シルヴィア? ……ヤバいな。
「ふぅ……『やはり、対応してきた。流石です……。でも、手応えは?!』」
「油断はっ! 命取りだ!!」
1度距離を取らざるを得なかったシルヴィアが、怒りからの力量を考えない一撃を放つ。
俺も目の力を使わねば見えなかったよ。シルヴィアにも機構や構築、素材の知識があり、脚部にどんな機構なのかは解らないが爆発的な加速を実現したブーツを作り出した。怒りに飲まれると魔力の使用量やペース配分を考えなくなるシルヴィア。脚部だけならば大事には至らなかったのだが、同時に再構築したガントレットで……。はぁ、いい大人がなぁ。シルヴィア、目を覚ませ。
「キャッ!!」
「な゛?!」
こちらも力に飲まれて我を忘れている。再び強烈な突きを繰り出そうとした汐音を後ろに押し飛ばし、俺にも備わる構築の異能を発動した。シルヴィアの全力に耐えられるのかは微妙だったが、シルヴィアのストレートを篭手で無理やり受け止める。……俺は鍛冶師だ。俺を無理矢理に表立たせるんじゃない!! シルヴィアの打撃の力を利用し、空中へ投げ飛ばした。あのままでは何かをしでかすかもしれないから俺も先手をうち、お姫様抱っこになる様に空中でとっ捕まえ、抱き締める。全く、手をかけさせやがる。
俺の腕の中で暴れているシルヴィアといつかの様に我に帰ってキョトンとしている汐音。汐音は仕方ないがシルヴィアには少々痛い目見てもらわなくちゃならん。立場ある者はいつどんな時もそれを忘れず毅然と振る舞わなくてはならない。昔より猫被りが上手くなっていたから大丈夫かと思ったが…やっぱりシルヴィアはシルヴィアだったか。
「きゃっ!! なんなのよぉ!!」
「立場と歳を考えろ。お転婆」
「なにぃ?! アンタ! あの鮫のお嬢ちゃんの肩を持つのぉっ?!」
「アホか! あのままじゃ汐音を殺してたぞ。まだ感情コントロールもできなかったのか?」
「に゛やぁぁぁぁぁ!! うるしやぁぁぁぁい!!!!」
汐音が呆気に取られていた。それだけではなく、その騒ぎを聞きつけた心紅とエレ、オニキス、祖母と紅葉も歩いてくる。暫定……ガキが6人か。祖母も溜息をついている。小柄なシルヴィアの襟首を捕まえて俺は祖母の所に連行して行く。俺は雑鬼の魔鬼だから、割と大柄でシルヴィアくらいなら軽い軽い。祖母も女性にしてはかなり高身長でシルヴィアがかなり小さくみえた。
ほう、力を使い過ぎると汐音は聖獣の特徴が体に現れてしまうらしい。聖獣とはこの世界に生を受けた時に一定以上の力を持っていると宿る守神だ。基本は宿主が危険に見舞われたり、宿主が宿主に備わる力を与え、意図的に現す事もできる。多くの場合は宿して居るだけで体に性質は体に現れない。
常時現れている心紅は稀な例だ。あの一族はそれだけパワーに溢れているらしい。俺だって宿っている聖獣を顕にするにはかなり頑張らなくちゃならない。心紅や八代目時兎さんは完璧な白兎だ。ウサミミと丸い尻尾が常時ある。
そんな解説を5人にしていると祖母がシルヴィアを叱りつけ始めた……。聖獣を絡めて話すと祖母が国喰らいの大蛇であるのには闘い方以外にも理由がある。彼女がズボンを履かないのも同じ理由。祖母の聖獣は……アミメニシキヘビなのだ。カラーリングはかなり毒々しい紫と黒だがな。牙をむき出し、長い舌でシルヴィアの細い首を巻締める。力はかかっていない様だが、シルヴィアは最早……いや、まさに蛇に睨まれた蛙だよ。丸呑みされる直前だ。引き摺られて行き、軒先で正座をさせられ縮こまる。あんなシルヴィアなどこんな事でもないと見られないだろうな。
皆が恐怖に固まってるよ。そんな中で、目をそらす様に皆が自分達の聖獣に興味を持った。心紅はちょこんと座り、自分のウサミミを摘みながらへにゃへにゃし、顔を赤くしていた。マスコット的な可愛らしさならば心紅はダントツだからな。4人は可愛らしさに今は和んでいるし。……騙されるなよ? コイツは見た目が可愛いだけの肉食獣。ウサギみたいに賢くはなく単純でアホだしな。
「えへへへへぇ〜。そんなぁ、照れちゃいますよぉっ!」
「心紅ちゃんはホントにぶれないわねぇ。汐姉は鮫なんだ。性格からは全く想像つかないわ」
「えぇ、私の聖獣はシロワニと呼ばれる鮫よ。紅葉ちゃんは?」
汐音も少々恥ずかしそうに自分の尾鰭を撫でる。祖母と同様に脚が変化する獣化のため、祖母に和服を分けてもらったと言う。ばーちゃんはそうとう汐音が気に入ってんな。化粧のしかたまで教えた様だし。汐音は確かに可愛らしいさより綺麗さという評価が適切だしな。背も高いからスレンダーな汐音には青と白の着物が似合う。
汐音や祖母の様に、気持ちが昂った時や魔力を急激に放った時に現れる獣化。聖獣が宿る特別な人物にしか本来は現れないが、それなりにポテンシャルを持つと聖獣の方から宿りにくる事もある。紅葉やその姉の公孫樹さんもその類だ。紅葉の変化は……耳が変化したが、そこに居たメンバーは全員が解らず首を傾げている。少し複雑な表情をした紅葉へ俺がフォローを投げ渡す結果になった。紅葉がもう少し幼かったら解るヤツも居たかもな。紅葉に宿っているのは……。
「鹿だよ」
「オーガさん。流石ですね『う、嬉しいなぁ』」
「まぁ、牡鹿なら角で解るんだろうが、牝鹿は解りにくいよな」
俺も先程の騒動から久しぶりに体へ特徴が現れていた。まぁ、マイナーだからこれだけでは解らないだろうよ。輪を作る少女達が哀れなシルヴィアへ再び視線を向けた。恐らく、ここに居る少女達は誰一人として、あれ程に祖母からの説教を受けなかったんだろうよ。
シルヴィアはもうぐったりしている。27歳には見えないシルヴィアだから、祖母が悪者に見えてしまうが……。実情としてはプライドやその場の怒りや焦りに高位勇者が流され、実力差を鑑みない衝動的な行動。勇者会議や国の中央議会において立場のあるシルヴィアには、あってはならない事だ。今回は俺が居たから大事に至っていないが、俺が居なかったら間違いなく汐音は死んでいた。
紅葉や心紅は確かにと納得するがシルヴィアがああなるのにも理由がある。アイツは好戦的だが戦闘狂ではない。確かに短気だし、焦り易い性格だからか喧嘩っぱやいがな。
理由は汐音にもある。さっきの汐音にもグレーな部分があるんだよ。叱る訳では無いが、汐音へ訓戒として投げ渡した。対応したのがシルヴィアだったから避ける事ができたのだ。シルヴィアの実力を持ってしても掠ったと言うことは、並大抵の勇者ではあの一撃を避けられないと言うこと。シルヴィアでなければ殺してしまった可能性があるのだ。
まぁ、それを見越してシルヴィアが汐音の相手になったんだよ。俺とシルヴィアが逆の立場になる事もできなくてな。シルヴィアは能力の特性上、俺を能力では止められない。祖母が居なかったからこの構図は固まってたんだよ。その話の途中から汐音の表情が凍り付き、一気に血の気も抜けて真っ青になった。急に走ろうとした様だが……。脚はまだ尾鰭のままで盛大に転んだ。
「先生! シルヴィア様をあまりお責めにならないで下さいませ!! 私にも非はございます!」
「バカをお言いな。確かにシルヴィアだから避ける事はできた。けどね? カッとなって…あんなバカげた力でBランクそこそこの小娘を潰しにかかる大勇者がいてたまるかい!! シルヴィア、恥を知りな!」
あぁ、汐音、すまん。汐音も捕まり、一緒に説教を受けるはめになっちまったな。俺を含めて皆が冷や汗を流しながら、今度は心紅が紅葉の体調を気にしている。たまたま俺が直ぐに気づけた為に症状も現れる直前だった。あの段階で治めた事から普通に過ごせている。
紅葉の体調について話し始めてから、紅葉は会話を振っても俺の目を見れていない。自覚症状があるな。こりゃぁ紅葉も絞らなきゃならん。あと、オニキスも。
紅葉は俺が取り決めた数値を明らかに飛び抜けた数値で無理に武器を運用していたんだからな。体調を崩す事も知っていたのに何故あんな無茶をしたんだか。紅葉は変化に弱い。ゆったりとした変化になら対応できる様だが、紅葉は急激な変化には対応しきれないのだ。体調もそうだが、気持ちも力の整理もできていない。今はそんな状態なんだろうな。……それにあの子は何故か頑なに変えない部分がある。そこを失う事を極端に恐れているんだ。
「今からばーちゃんにはできない武器のカウンセリングをしてやるよ」
「は、はぃ」
「悪いと思うなら何であんな事をしでかした? 日輪ではもうお前の高速展開にはついていけない。それを解っていたのに何故、俺に一言も話さなかったんだ? 解ってたんだろ?」
紅葉の使う日輪は実を言うと最初から俺が作り上げた武器ではない。あれは力が伸び悩んでいた紅葉の話を聞き、武器を強化する事で底上げできると言って改造したのだ。……ただ、その時の紅葉がキレるし大泣きするしでな。理由を聞いたら……。やはり、武器に思い入れがあるからなのだとか。力の伸び悩みや技術の向上に遅れが出る勇者の典型例の1つなんだ。たまにあるんだ。お気に入りだったり、慣れた武器じゃなきゃ嫌だと言う輩がな。
こっからは長くなるぞ。紅葉の日輪は量産武器。格式やランクを持たない工房で生産された内の1つだったらしい。どんな作られ方をしているのかは知らないが、オーダーメイド品と異なり利用範囲は広い代わりに特化できていない。これは紅葉が難関の試験を見事パスした為に両親と姉の公孫樹さんが無理をしてプレゼントしてくれた物だったのだ。紅葉からしたらそれはとても大切な物で……壊れても…壊れても修理して使い続けてきた物。いくら何でも形を変えるような改造は許せなかったのだとか。
「まだ引き摺ってたか……」
「当たり前ですよ! オーガさんにとっては何千何百と見てきた内の1つでも…アタシにとってはたった1つの宝物なんです」
「なら、俺からも言わせてもらう。確かに俺は何万、何千、何百と武器を見てきた」
「……は、はい」
「武器は使用者を守り、手助けする物だ。使用者に負荷をかける為の物じゃねぇ。いや、そうあっちゃならん。ましてやな、武器は限界を迎えるその日まで形を変え、能力を変えて主人を支える唯一だ。見てくれ1つでその武器と製作者の思いをひん曲げんな!」
俺が暑苦しく語るのが珍しいらしく周りの空気が変わる。特にオニキスは真剣だ。
職人には使用者の命を守る責任がある。力不足や慢心から勝手に命を落とすようなバカなら知らない。強力過ぎて身の丈に合わないような武器は渡せんし、グレードが低くとも拡張すれば使いやすくなる。そうやって使用者を守れる物を作らにゃならない。
依頼人の要望はできるだけ取り入れなくてはならない。だから、紅葉の武器は彼女の願いでアップデートをしても外見はできるだけ変えずにしてきた。だが、こうも彼女が急成長する様では今までの容量や処理能力を拡張しただけではどうにもならん。
「……実を言うと日輪は既に限界を超えている」
俺が下を向き、小さく呟くと反論していた紅葉から言葉が消えた。紅葉の命を守る為、職人として言うべき事は言わなくてはならない。日輪は量産武器をベースに形を変えずに容量や魔法回路を弄り続けた。それが悪影響を出し日輪が最初から持つ脆弱な部分に不備が出ている。過使用疲労から内部機構が崩壊をはじめてしまったのだ。魔法武器におけるメルトダウンとは主に武器に過負荷を与えた事により、リアクターが内部から崩壊して起きる。リアクターにかかっていた魔力圧や魔力量により症状は変わるが、メルトダウンを起こさずとも掛かりすぎた負荷が既に日輪をかなり痛めつけていたのだ。
今回は特殊な例でな。よく有るのは心紅の様な例だ。魔力圧や魔力量が桁違いだと、使用者から回路を通り、リアクターで作用、再び回路で使用者に帰る循環中、リアクターか回路が破裂する。規格に対して量が多すぎるし、密度も高すぎるんだ。
紅葉の場合は弱い魔力圧だが体内の潜在魔力量が多くかなり質が高い。1度に解凍される密度が小さいから1回の魔法の威力はそれ程高くできないのだ。見かけ上彼女が弱いのはこれが理由。だが、彼女の魔力は割と質が良いため、今では威力をそこでカバーできていた。
ただし、問題はここからだ。祖母曰く、紅葉は多数の魔法を同時に使用する素質や頭の良さなどにより、魔法から魔法への展開速度が現代魔導師において、トップクラスと言って過言でないらしい。圧がいくら低くともリカバリーの少ない連続多使用に加え、リアクターと魔法回路の1部は最初期の脆弱な物を使わざるを得ない。それを無理に使い込めば?
「嘘……。そんな! あぁ…あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁ!」
「そういう事さ。生き物がいずれ死ぬように、武器もいずれ壊れる。だから、これまでに感謝し、次の武器を使ってやる事も必要なんだぜ」
オニキスが紅葉を慰める様にして俺の説明を噛み締めていた。生き物を例に出すのは少々重い気もしたが、そうでも言わなきゃ紅葉はまた同じ事を繰り返す。
どうにかしてやりたいのか、日輪についての可能性を問われた為、オニキスに答えてやった。技術や知識があるからオニキスも言われて気づいたと言うようにボロボロの日輪を握りしめた。今の紅葉と日輪がどんな状態かが解ったのだろうな。紅葉が手から離した日輪を紅葉へ返し、オニキスすら涙し始めている。
泣いてもらうのは構わんが、泣いた所で解決はしないんだぞ? それから、紅葉だけではなく俺にも反省する点が多々ある。もっと早く紅葉にも提案し、解決してやれば紅葉が急成長する阻害にはならなかった。日輪は大元がかなりスペックの低い武器であるため、俺が使う最新の魔法回路との摩擦は追い討ちをかけてしまったのだろう。
思いやりや大切に使ってやろうと言う気持ちはもちろん大切だが、武器は道具に過ぎない。使用者に適合しないならば変えなくてはならないのだ。紅葉は力こそ弱い。だが、それを心紅や汐音と闘えるだけに下支えしてくれていた事は奇跡に近いんだ。本当ならもっと早くぶっ壊れてもおかしくない。……俺もこう言う事があるとこんな風に思う事があるよ。心を込めて作った作品は心を持ち、使用者が心を込めて使えば武器もそれに応えるのさ。
「だから、全ては否定しねーよ。俺は武器職人として紅葉や皆の命を守る責任があるから言うだけだ」
俺からの話を聞いていたオニキスは手にしている日輪へ更に熱い視線を注ぎ出す。最初から俺が作った訳では無いにしろ、俺が触った…まだ完全に壊れていない武器を解体できるまたとない機会。そして、自分の実力を試す上ではこれもまたとない機会だよ。だがな、すぐに俺が許すと思うか?
武器の新造は武器の改造や調整とは訳が違う。俺だって場合によっては慎重になるんだ。魔法を介した武器は工房に出入りして弟子をしている様な人物でも事故死を起こす危険さえある。……だから、俺も簡単には許可を出せないんだ。使用者も使い手も命あっての物種だからな。
「紅葉! アタイが紅葉の新しい武器を作りたい! もちろん、師匠に……」
「アホか。俺が許さん」
「んなっ!? な、なんでや? アタイも紅葉に協力したいんや!!」
「機構を弄らせる訳にはいかん。刻雷程度の技巧で苦戦する様ではまだまだだな。紅葉の様な緻密な回路を必要とする武器を触らせる訳には行かない」
コイツはこういうヤツだ。職人気質と言うか……。頑として聞かないが俺も引けない一線がある。武器ってのは人に危害を出す事に特化した道具だ。それを作る際に小さなミスをしたら……。使用者が怪我をするリスクは増大する。それで済むならばまだ生易しい。使用者が死ぬこともある。職人が死ぬ事もある。……職人が他の人間を巻き込む事さえ……ある。
「でも! それを覚えるために…」
「紅葉とよく話して、デザインを決めてこい。その上で目的や機能性を話し合う」
「たがら、アタイはっ…? え? じゃ、じゃぁ!」
「俺は誰にも教わった事はない。だが、技を学ぶ方法は1つじゃないんだ。お前の技が磨かれていく過程で徐々に触る事を許してやる」
自分の双刀を抱きしめる心紅。自分をよそに進む武器新造の計画をボケーッと聞き流していま紅葉。それに紅葉はいろいろ勘違いをしている。買ってくれた人達だって紅葉の為に買ったんだ。彼女のレベルが上がれば武器がそぐわなくなる事くらい理解しているだろう。だが、なくてはならない物だ。
俺は確かに武器が専門だが、武器しか作らない訳ではない。
俺の仕事が農具や様々な道具まで広がった理由を教えてやる。魔法は因子さえ持てば機械の様に場所は取らず、1人で様々な事へ転換できる。しかし、魔法ってのは因子があるだけでは使えない。それこそ教育が必要さ。ただ、下町だったり地方の学舎や教習所に魔法を教えられる教導師など居ないんだ。だから、俺は魔法回路を使う。より性能の高い小型回路であれば魔法を記録でき、特定の魔力を流せば知識が無くとも魔法を使う事ができるからな。
「じゃ、じゃぁ! 私も使えるんですか!? オグさん!」
「お前は無理だろうな」
「え?! 心紅ちゃん? ちょ、ちょっと待ってよ……。まさかあれだけ魔力が高いのに魔法使えないの?!」
「うん、私は紅葉ちゃんみたいに学舎には行ってないの」
「理由はそれだけじゃないんだがな」
紅葉が唖然としていた。このメンバーで最も影が薄いと勝手に考えていた様だが、けしてそんな事はない。
確かに紅葉は嫉妬とかそういう段階ではない悔しさを味わったはずだ。いつも例に出す心紅は1回の魔力解凍量が常人なんか比にならない。他の例が欲しい? そうだな。
なら俺なんてどうだ? 魔力量は普通だが1回の解凍量が多いためガス欠に成りやすいタイプだ。その俺と比べても心紅は数百倍レベルの解凍能力を持っている。潜在魔力量も凄まじいがな。心紅が武器を使うと武器が破裂するのはその魔力量が原因だ。魔力量が大き過ぎて回路へ押し込めない。だから体が無意識に圧を高める。まぁ、圧縮した所で規格外な魔力圧は上限を簡単に超えてしまい魔力回路をすぐに摩耗させて壊すんだ。
紅葉はそういう意味じゃ魔力の解凍量を少し増やせばBランクくらいまでなら簡単に取れる。そのあとは武器の善し悪し、教えてくれる師匠により明暗はハッキリ別れるがな。
「だから、攻撃魔法どころか利便性をとってる生活魔法すら使わせるとかなり危ないんだ」
「つ、強すぎるのも大変なんだね」
「心紅はそういう小難しいのは無理だ。不器用で直感に従順だからな」
「うぅ……」
「アタイはそもそも魔力量が少ないしなぁ……」
「だから、紅葉は魔導師にかなり向いてるんだよ。ただ、普通の魔導師よりも……やや特殊な魔道士になるのが向くかもな。その辺はばーちゃんに聞きな。それと…オニキス!」
「な、なー…し、し師匠? 何でそない怖い顔……」
「お前はこってり絞らなくちゃなぁ!!」
刻雷の件を掘り起こした。オニキスを正座させて叱りつける。そこに汐音とエレも加えて話を始めた。
オニキスが使っていた刻雷は本来ならば…普通なら彼女では使えないのだ。刻雷の肝は雷神と呼ばれた魔装のコアなのだ。雷魔法に強く反応し、爆発的な放電を行う大量殺戮兵器と俺は認識した。俺がこれを無傷で手に入れられたのは…とある依頼で解体を頼まれたからだ。大変だったよ。コイツのおかげで魔装の構造パターンが理解できたんだがな。
ま、あの様子だとオニキスは魔装に認められていない。認められて居ないから刻雷の本来の力を発動できなかったんだからな。……魔装と言う言葉を伏せ、彼女等には特殊な構造としか伝えなかった。今、彼女らに認識させる訳にはいかないんだ。そして、現状でこの場に魔装を使えるのは俺を含めて4人。俺、ばーちゃん、……シルヴィア…………心紅だ。
シルヴィアと心紅にはまだ使わせるべきではないと俺は考えている。2人は特に神人大戦時の血を強く受け継いでいる。シルヴィアは『黒曜石の城妃』と呼ばれた勇者の血を引いているんだ。あの子が武器を自身で構築しなければ持てないのは……彼女の適正武器が魔装だからだ。俺達のように古い家系で力を持つ者は突き詰めれば魔装に行き着く。心紅のあの双刀は……魔装ではないが偶然も偶然、魔装の回路に酷似した武器を俺が作ってしまったんだよ。
「ご、ごめんなさい。魔が差しました」
「はぁ……。何かあってからじゃ遅いんだ。だが、適性はかなり高い。使う事は許してやるが今はデチューンさせろ。有望な鍛冶師の卵をここで失う訳には……」
「師匠ぉぉー!! 一生つぃ…ぐぇっ!」
「はぁ……。だから、俺は弟子はとらん」
1度5人の武器を預かり、俺は工房へ向かった。俺自身も壊してしまった武器を修理せねばならないしな。……あと、ガキに囲まれてるとできない自己の整理もしておかなくちゃならん。踏み込んではならない事、やらなくてはならないこと、やりたい事、やりたくない事。こんな整理をたまにするんだ。
ん? 祖母の武器は弄らないのかってか? 祖母は祖父が亡くなってからは誰にも武器を触らせない。不備も出てないし、祖父の組んだ自己修復魔法の回路が完璧なだから見せる必要もないんだ。……理由は他にもあるから父や兄にも見せないがな。もちろん俺にも。何時間叱りつけて居たんだろうか? 声が聞こえる。5人とシルヴィアを合流させ、祖母が俺の所に来ていた。何も言ってこないから、まずは俺の武器を修理する。
「……『アルよ。お前さんも人に言う前に自分を見直しな』」
「……『どうせ、昔の事だろうな』」
通常の武器は素材を組み上げるだけでいいんだ。だが、使用者が魔法を使ったり、聖獣を使うのであれば魔法回路と神通力線が必要になる。この2つの要素は必須だな。
特に俺の様に聖獣を体に強く宿している場合は神通力線の方が重要だ。ただし、今回壊したのは基本的な魔法を使う為の機構であるから、パーツを解体して同様のパターンの魔法回路を組み込む。この様に本体に単一の魔法を組み込んでおく方法が最も効率が良く、強力な魔法を放てる。銃器の様にパーツを変えたりするだけの武器は修理は簡易だが、機構が弱くなりやすくてな。
「アルよ。お前、まだ引き摺っておるのか?」
「……」
ただし、この手の構造が扱いやすいのは銃器などの魔法と物理を遠距離から使える武器のみだ。魔導師が使う武器はこうはいかない。数種類の魔法を多数待機させ、高さや距離なども武器に測位させるとなれば、かなりの処理能力を必要とする。銃器ならば方法は複数ある。だが、魔導師の武器は魔法以外に攻撃手段がないため、リアクターや回路がかなり込み入っている。……かなり苦労するんだ。特に紅葉の様に展開力が高く、武器に攻撃力を高める能力を積む場合は尚更重い加工が必要になる。回路やリアクターに複雑でデリケートな部分が複数現れるんだよ。紅葉が要望を出す部分を予測するとそれもかなりしんどい。
まぁ、オニキスと紅葉のデザイン画が来てからの話しさ。紅葉のは新造だからな。日輪からできる限りの回路と現在のメインリアクターを取り払う。普通の杖にするんだ。武器としては使えないが、こういう配慮も職人には必要なんだよ。
さて、オニキスに勝手に使われていた刻雷もデチューンを行う。魔装の力を知らずに使えばどんな事が起きるか解ったものじゃない。血筋や見合う力がないならばその心配はないが……。オニキスにはそう言った異能はないはずなのだ。だが、機材を介さずに正確な内部構造を見れている。この子の事は調べ直さなくちゃな。
「じいさんの事を気に病むのは筋違いだよ。あの人を殺したのは……アタシだから」
「俺は…じーちゃんが死んだからって悩む事はないよ。それこそじーちゃんは望まない」
エレは流石だな。武器を痛めない闘い方をしている。
ただ、彼女にも苦手な事くらいあるさ。とりあえず、武器を研ぎ直し、死神鎌の魔法回路と神通力線を確認しておく。父親であるアルベール氏の調整から彼女向きの形に微調整をしたが…彼女はまだ育ち盛り。どう変わるかはこれから次第だ。それにしても…似なくてもいい所が似やがって。シルヴィアは神がかった不器用だ。何故、エレにまで似たんだ?
最後に心紅の双刀時兎も研ぎ直し、回路と神通力線を確認している。心紅は意識するより先にそれらを使っている為、若干のケアが要るな。手を施し、ふと窓へ視線が向かった。既に沈んでいた太陽。何時なんだろうか? 俺がどうしてこうなったのか。誰も知らない。話したことも無いから。だが、いずれは変わって行かねばならない。
「俺は先達として、後輩へ道を残してやれるんだろうか? 始祖帰りの血は……災厄の前触れ。俺は……誰も巻き込みたくないんだよ」




