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新たな芽吹きと愚者の歩み

「おお、海神よ、海神よ。我、母なる海の体現者なり。ああ、海神よ。汝、大いなる海の護人。我を守護せよ。我を鼓舞せよっ! 我が刃となれ! いでよ! 艦鮫(タチヌシ)!!」


 ルシェ最北端の断崖絶壁。アタイや技師だけではなく、そこに集められた勇者や軍隊の皆は生唾を飲みながら『若き大勇者』の臨場を目にする。ルシェは絶海の孤島である精霊帝国ヴォクランがある島に1番近い。また、こちらの本陣、並びに防衛戦力として最も強大なフォーチュナリー共和国との延長線上にある。この人が住まわない土地は、こちらの陣営においての最大の防衛拠点なんや。

 その最大の防衛拠点を守る為には、上陸をさせない事が1つの条件になる。海上封鎖となるわな。まぁ、普通なら無理や。普通なら……。その為に、その荒唐無稽な作戦を可能にする為、戦力や畏怖の御旗が立ち上がった。我が国の将軍、潮騒将軍こと潮姉や。あー、あん人も有り得んは。ヤバい。まさかとは思ったが、潮姉はこれまで秘めてきた力を……ついに解き放った。長い事あん人を苦しめ続けた『神海大人』の力を利用し、サイズだけならば阿修羅王を超える大聖獣を召喚したんや。


「久しいなぁ。我を喚ぶ者が現れるとは……」

「お久しぶりにございます。ヌシ様」

「ふむ、息災でなにより。して、鰐の嬢よ。主は何処じゃ?」


 以前の怪異なんか比にならん巨大な鮫……。え? 鮫だけじゃわからんってか? いやー……、なんちゅーかな? あれは細かい色々をすっ飛ばせば、海水でできた鮫や。サイズ? そらーな。でっかい! ……って連呼するだけじゃ解らんか。それは分かるんやけども。アタイらの位置からじゃ全体像が見えんのや。背鰭と海面から見える背の部分だけでも、下手な小島なんかよりデカい鮫や。な? 解らんやろ?

 まぁ、今更やけど。普通じゃない人が育てたんやから、生徒も十分普通でないわな。アタイは王都に残る予定やったんやけど、予定が変わり、技師として軍の技師隊に随行する形で援護しとる。クルさんも一緒や。ニニ丸が潮姉の代わりに行軍陣の総指揮を行うからやろね。式は技師長に任せるが、根本的に人が足りんからって事やろ。反対はされたが、後学の為に弟子トリオも連れてきとるしな。見て学ぶんも職人には必須の授業やで。


「おー、潮姉も容赦ないねぇ。まっさか、あのサイズを召喚するとは」

「オニキスー? 弟子君達の面倒はいいのー?」

「シルヴィ姉さんこそ。王都に居らんでええんですかい? アタイは仕事に来ただけやし。あん子らは邪魔せん程度に見学させるんに連れてきただけです」

「ふーん。アタシも似たような物よ。ただぁ、待つ女ってのは……アタシには無理だわー」

「ははは、姉さんらしいわ」


 ……見えてきた。敵の攻勢や。日が昇って来るみたいに海が真っ赤になっとる。かなりの数や。

 ニニ丸が指示を出し、心紅が万の単位で分裂した形で巨大な戦艦に乗り込んで行く。恐ろしや……。冷や汗がとまらへん。アレも備えただけの予定やったのにな。ニニ丸が10年以上は戦は無いと踏みながらも、密かに用意した海軍戦力の要。これまでのフォーチュナリー、海神(ワダツミ)両国の戦艦は木造帆船、もしくは蒸気船やった。それやと建造コストや生産性、手入れ、船の剛性の問題が付きまとっとったんやわ。それを総崩しにした魔鋼製の魔導艦船よ。まさに秘密兵器。その分の金も時間もつぎ込んだしの。ニニ丸と師匠が手を組んだせいやろな。この国はさしずめ『産業革命』の真っ最中なんや。

 もちろん、技術力が上がれど問題は多々あった。1番は一般への周知と波及や。やから、大型施設などの建造にも問題はあったんよ。それもニニ丸が自前の交渉術で解決した。前体勢の火の国が拠点制圧や行軍兵器として生産したんが始まりや。新しい政治体制になったアグナスで差別を受け、追いやられたんもある。色々な点で持て余され、受け入れられなかった事から問題視された人造の生命体、『機構人(ゴーレム)』達。その全員をニニ丸が『社員』として引き取ったんや。ホントは政治的にも、権利などにも問題だらけなんやが、シルヴィ姉さんに頼んでねじ込んだそうな。


「ニニ君もよくやるわよねー。アタシ、地下に居住地を広げるなんて考えもつかなかったわ」

「そらそ〜ですよ。常識破りな師匠の弟子なんですからなぁ」

「そうね『アンタもその1人だしねぇ。オニキスー?』」


 機構人の人に聞いたが、様々な福利厚生から何からめっちゃくちゃ拘った地下ドックが用意されとるらしい。そこで毎日楽しく働いてくれとるらしいわ。

 ……問題っちゅーなら、彼らの性格や。兵器として造られた割に気弱で素直な彼ら。個人差はあるが、彼ら、引き籠もりらしくて……。滅多に地上へ出てこんのやと。やから、急に増えた整備対象に対し、人員が足りないんか。土の国からもドワーフさんらが増援として来てくれたくらいや。

 それにしてもデカいなぁ……。大聖獣がデカすぎて小さく見えるんが残念やが。よくあんな船の図面引きをしたよ。まぁ、几帳面やしなぁ。アイツ……。

 1番デカい艦船が旗艦で全長3000m級。次が最新鋭の迎撃筒砲(ミサイル)艦で2000mくらい。今回は旗艦が1隻と迎撃筒砲艦が3隻のみ。他の用途で動き回る護衛艦船や、ニニ丸のもう1つの秘密兵器は標的にしかならんとの事で今回は使わん。その理由が……敵の種類なんや。ヴォクラン軍は魔導師による広範囲の制圧戦を主戦法にする。精霊や聖獣の召喚により敵を薙ぎ払う為、1人あたりが大隊級の戦力になるからな。逆に装備などを近代化された兵士は1人として居ない。

 カルフが居た頃の情報やから変化はもちろんあろうが、この精霊の数やからな。『精霊魔法』に特化した術者が軍隊を組んでいるんやろう。そんでヴォクランがめちゃくちゃ強気なんにも確たる理由があったと言える。アタイなら10年前のフォーチュナリー共和国を参考にしよるなら、めっちゃ強気にでたやろうし。10年前、……いや、1年前の技術力とでさえ雲泥の差や。それだけニニ丸と師匠の考えた近代兵装は規格外なんよ。


「巫女でもなし、水研の頭首でもない娘子が我を喚んだだと?」

「えぇ、我が名は潮騒 潮音。聖刻の将軍だ」

「……感じる。感じるぞ。何だ……この膨大な力は……。ふふふ、よろしい。これより貴殿を主と認めようではないか。我らはあの緋の人形を屠れば良いのだな?」

「ええ、貴方には防の要を担ってもらいたい。火の巨人を蹴散らして。多少の討ち漏らしなら構わないわ。存分に楽しみなさい」

「御意」


 やっと形が解る様になったわ。動きは遅いなぁ……。人型の巨大な精霊か。ヴォクラン軍の精鋭部隊なんやろーし? 召喚された精霊は火精(アグニオ)っちゅう火が意思を持った存在や。ただし、あれは普通の火精ではない。通常の火精は30cm程度。それを高等精霊魔法陣により集めて巨大化させた、煉獄巨精(アグニオ・ギガス)っちゅうもんに仕上げて送り込んできよるんや。

 ま、敵さんも焦っとるはずやで? 煉獄巨精は体長20m。普通の軍隊ではどうやっても相手にならへん。普通の歩兵団ではまず戦えん。以前までなら、可能やったろう。敵さんも余裕でフォーチュナリー本国まで進軍する予定やったんやろからな。アテが外れて? いんや、圧倒的有利な状況になるはずが……、まさかの展開。どんなに小さく見積もっても……中規模の国と同サイズの『鮫』が立ち塞がった訳やからな。

 しかも、その鮫の背中の上には魔王兎(ココア)がわんさか乗り込んだ旗艦と迎撃筒砲艦が浮かんどる。精霊には明確な感情がないんか知らんが、鮫へ突っ込み、為す術なく消えていく。接敵から数十分経ったが、煉獄巨精を次々に送り出しとるんやろな。徐々に疎らになりよるが、攻勢はまだまだこちらへ続く。なんかバーゲンセールみたいやな?

 こちらが規格外すぎてつまらんわ。まだまだ心紅すら動かんでええっちゅうのがな。ブロッサム先生が阿修羅王を。その威光を受け継いだ『妖美の将』も事実上の天災、特級大聖獣を召喚しとるんやからな。かの『国喰らい』を受け継いだんは、間違いなく潮姉なんや。煉獄巨精を食い散らかし、魔力を貪って糧にしよる。あれじゃ、食事をしとるんと変わらへんで。魔力にしろ神通力の密度、保有量にしろあの人が1番の化け物に育った。心紅の様に本人のバトルスキルは高ーないけど、このサイズの大聖獣と20m級の大聖獣を複数体が維持できるだけのエネルギー密度。我らが星は一角どころか、二角目の天災級戦力へ到達したんや。それでもあの先生にはまだ敵わんちゅーことなんか……。いやー、恐ろしいわァ。


「あっちもおっぱじめたな。各砲車兵大隊長に告ぐ! 予定通りに陣形を組み直せっ!」


 ニニ丸の号令がかかり、各大隊長が旗を振りながら指揮を出す。それに合わせ、寸分たがわぬ美しい車両操作が行われた。対大聖獣、勇者装備として開発された結界重戦車。轟音を響かせながら、その結界重戦車を中心にした砲車大隊が配置に付き、停車していく。断崖絶壁からある程度の距離を置いて結界重戦車が隊列を組み、その合間に曲射砲を射出可能な特殊放射が停車。さすがに手堅い陣や。5台1組で1枚のかなり強固な結界陣を組んどるな。

 アタイからするとよくわからんが、ニニ丸にも考えがあるんやろう。歯抜けになるように間隔を空けとる。その抜けた間をカバーする様に、少し離れた位置に2列目が構えた。その後ろにも次々に同様の車列が組んどる。10列やな。いつのまにあんな数の砲車を……。


「そらーアタイらまで呼ばれる訳や。人手不足にもなるわいな。何台増産したんや、バカタレが……」


 ん? ……あんのガキ共。見学はかまへん。邪魔はするなって言うたやろうが。

 ダズは重戦車隊の最後尾隊。砲車兵に随行しとる技師にくっついて一緒に作業をしよる。小班長があれやこれやと指示しとるし。ダズも器用よなぁ。普通ならあそこまではやれへんのやが……。力も技量もあるのは認めるが……認めとるが……。うーむ。

 コビンはニニ丸にベッタリ。ニニ丸も嫌がらんからか、調子に乗って質問しよるし。性格からしてもコビンはあーいう所が似合いやけどもな? どうやったら前線指揮官様の所にペーペーが連れてってもらえるんや?

 キースは技師隊の中でも術式回路や魔法回路、魔法陣設計を主業務にする若手班長が……連れてった。キースは控えめやけど、見る人が見れば才能が解ってまうからなぁ。小班長からすると突っ立ってる有望な若者や。アタイだって事情を知らんなら連れて行ったやろうしなぁ。

 アタイとクルさんが何も言わんし、ニニ丸も邪険にせんからやろう。学舎から来た成人した応援の学生と勘違いしとるみたいや。……器用な子らやしなぁ。できるんは解るけど、ここは戦場やで? あんま前に出さんでくださいや。


「特射筒砲車班、構えっ!」

「「「「特射隊、装填完了っ! 照準よーしっ!」」」」

「放てぇっ!」


 ニニ丸が新しい指示を出した。海側の上空にモヤのようなもんがあるな。

 精霊は火精だけやない。聖刻の神々が齎した加護の数の種類がいる。下手したら無限に種は存在するくらいやな。火精、煉獄巨精の次は風精(シルフィ)か。風精を巨大化させ、攻撃能力を底上げした暴風巨精(シルフィ・アルテ)ちゅーらしい。煉獄巨精は海面を歩いて来たが、アレらは割と高い場所を飛んどる。上からなら結界重戦車もいい的やからな。潮姉が海上封鎖をしたから、煉獄巨精が抜けられないと気づいたんやろ。

 防衛戦力を叩くため、上から抜かすつもりなんやろう。だが、それは安直すぎる。その安易な判断は間違いや。結界重戦車の技術だけでも風精を抑える事は可能やが、アタイらがなんの対策もしよらんはずがなかろ? 結界重戦車の間に配置された特殊砲車から、次々に何かが放たれていく。誘導が可能な新型砲弾の中でも最新鋭の物やね。破裂と同時に何重にも構えられた魔法陣と宝珠が浮いとるな。

 原理は迎撃筒砲艦に装備されとる迎撃筒砲(ミサイル)と同じなんやが、こっちのは比較的近距離を狙うんもあるが、かなりコンパクトなんよ。しかも、発射から着弾までがかなりはやく、衝突と破裂の威力は低いながら特殊な加工がされとるんよ。それがニニ丸考案の新兵器。吸収筒砲(メルティ・バズ)や。いやらしいでー、あれは。


「先生、あれはなんなんですか? 見た所、精霊が吸収されてますが……」

「先生……。まあ構わんけどな。あれは俺の異能を解析し、擬似的な魔法陣で利用したものだ。秘密が有るとすれば、あの砲弾に仕込まれた核とそれを活かす新術式にある」

「何個だ? 1つ、2つ、3つ、4つ、5つ? まだある。凄い……、2桁の魔法陣を並列処理? これが『魔』の師弟の実力……」

「ん? どうした?『コイツ、できる。まだ、荒削りだが間違いなく化けるぞ』」


 効果は目に見えとる。結界重戦車の魔法反射結界で被害は皆無。暴風精霊は次々に悲鳴を上げながら消失していく。アタイもクルさんに教えられて初めて知ったが、精霊は魔力や神通力などの氣で形を造形された自然現象らしい。自然に発生する自然発生型の精霊であっても、人型が多いのは土地に流れる脈の影響らしいし。ちゅーことは精霊は人や生き物の思念が外形を作り出しとる言うことなんか。それに今回の様な場合やと、ほとんどが魔力の塊であり、精霊としてはかなり弱い。精霊にも等級があるしなぁ。

 自然発生する精霊はそれはそれは強大や。師匠やブロッサム先生すら敵にしたくないっちゅう程のもんやからね。生まれ方、法則ってくくると言い方は悪いが……。長い時間をかけて土地に根ざした強大な土地神の加護。そして、土地に根ざした人々の気持ちが作り出した氣脈が混ざり合った姿なんよ。外殻でありながら、精霊としての魂核がある。


「そう言えばお前、学舎に行くんだろ? 推薦状は誰からだ?」

「え、えっと。オニキスさんとアリストクレア様、リクアニミス様、クルシュワル様です」

「……『なんで俺だけ声がかかってねーんだよ』」

「あ、あの」

「この防衛戦の後になるが、俺からも書いてやるよ。特に、工房学舎の特別推薦組になれる様にな」

「え、あ……はい? あ、ありがとうございます?」

『オニキスのやつ、後で覚えとけよ?』


 な、なんか寒気が……。まっ、まぁ……ええわ。

 精霊も兵器代わりにされるんは不本意なはずや。なんせ、普通の魔法と精霊魔法には違いは1つながら、大きな隔たりがあるからなんよな。精霊は……学術的に言うならば、神通力の1歩手前。精霊の核は土地を守る保護の心や土地を守る心が強く、恵まれた土地であればあるだけ強い精霊になる。

 対比には好例や。アレらは魔法陣により魔力を急激に加圧し、術者が持つ魔法特性によって異なる精霊を喚ぶんやと。無理やりに作り出した精霊は非常に脆弱。核の弱い精霊は……体の弱い子供と同じ。それはそういう技術を擬似的に扱うアタイでも理解できる。魔道具や魔法回路を物品に仕込む時、その核にあたる物が必須なんや。

 なぜなら、魔力だけでの造形は高位魔導師であっても極めて難しい。造形する為の擬似的な核を作るのが一般的やし。基盤の術がなければ魔力は互いを切り離し、魔力の純度差から反発して離散する性質があるからやね。あの精霊魔法が成り立つのは術者の魔法特性と、弱いながら持たせる事のできる指令(イシ)が核の代わりになっとるんやろ。ただなぁ? いくら精鋭部隊とは言うてもや。そんな脆弱な精霊では、魔法工学の最先端技術を受け継ぐ『魔弟』には相手にならん。性質上の問題から宝珠が熱にやられてまう煉獄巨精には使えんのやろうが、暴風巨精ならなんら問題ない。アフターも最高やしな。無駄がないっ! 核に吸われた魔力の塊は純度を基準に振るいにかけられ、ニニ丸の魔導設備に利用されていく。

 ……ニニ丸め、コビンの才能に気づきよったか。コビンに小隊の指揮官をやらせ始めた。あん子は凄まじい状況判断と卓越した構造物の読み取りを何よりの強みにする。日頃からの目の付け所が他とは違うんよ。目敏い上に記憶力が半端ないからな。アタイの目から離れたら、師匠かニニ丸に引き取ってもらわなな。


「オニキス殿! クルシュワル様! ご報告がっ!」

「んぁー? あんさん仕事はええんか? 魔術班技師長殿。つか、報告も何も指揮系統はあんさんら技師長がトップのはずやで?」

「あ、あぁ、いや、ないと言いますか、取られたと言いますか……はい」

「取られたぁ〜?『あんのガキ共……』」


 慌てた様子で走って来た猫耳の人物、こん人がニニ丸部隊の実質的なツートップの1人や。技師長とは言うが、車両部隊の実質的な統括者なんや。もう1人はアタイの試練の時に来てくれたお馴染みのワンちゃん……、おっと失言。犬型獣人族の技術班技師長殿や。

 ホントにちんまいなぁ〜。身長は心紅とそうかわらんやろ。アタイと話しとるオッドアイで小柄なこん人。こん人はニニ丸がルシェ崩壊時にヘッドハンティングした元宮廷魔道具職人らしい。ルシェ皇帝家がお家騒動に直面した際に、無派閥だった彼は密かに亡命。フォーチュナリー共和国の外郭都市で魔道具職人をしていたんやと。クリクリした目にかなーり小柄でモデルもアメリカンショートヘアー。この見た目やからお子様に見られるが、実は30代終盤で6児のパパなんや。ニニ丸に拾われた恩義もあり、かなりニニ丸を信用しとる。ニニ丸もニニ丸で、副業紹介をし、無理やりに工房学舎の夜間予備校の講師として働かせとるらしい。まだペーペーっちゅうが、実力は相当な人や。実際、魔道具の設計や手際、作業能力ではアタイかて手も足も出ん。

 そんな人がアタイやクルさんを連れて行ったのは、結界重戦車の不備が出た車両の臨時修理現場。そう言えば技術班と魔術班と分けられる2班。実は言っちゃーなんやが、魔術班のが段違いの技術力を求められる。技術班かて高い技術力を求められるが、魔術班はそれ以前の問題もあるんよ。何より精神力と正確性が求められ、魔術は失敗がゆるされん。失敗すると大勢の隊員の命に直結してしまうからや。武器1つや車両1両の暴発とは規模や威力も桁違い。慎重になりすぎて効果が不十分でも、敵からの攻撃から守れず被害は大きくなるばかりやしな。

 あー、頭が痛いわぁ。次はキースかぁ。

 何でも、学舎の技術者専攻にあたる分校、工房学舎の卒業生すら苦労する作業を触っとるらしいんや。普通なら有り得ん話なんやで? 結界機材の修理や調整、他端末との接続作業など。確かに魔法や魔術、魔導は直感や感性、体の親和性が露骨に現れる才能の格差が顕著やが……。猫技師長の口ぶりやとあん子は類を見ない天才だったらしい。最初は猫技師長の部下が作業する班で見学していたキース。何の気なしに小班長が修理をやらせた事が事の発端なんやと。そこまでなら何も言わんかった。しかしなぁ……。


「あー、技師長? こん子らを……あんさんらはどんな認識で手伝わせとんの?」

「え? 学舎の学生さん、しかも王都の工房学舎の優秀な……」

「こん子はな? まだ入学すらしとらんのや」

「は、はい? そ、そんな馬鹿な……ご冗談……ではないんですね」

「まぁ、構わん。やらせておけ。責任はワシが持とう。この事実はアレらの糧になる。だがぁ、成人前の子供の従軍は新しい法では重大な違反行為だ。絶対にこれ以上は前に出すでないぞ」

「はっ! 了解しましたっ!」


 クルさんが最後に首を切る様なジェスチャーをした後、にゃんこ技師長がクルさんとアタイに向けて敬礼する。しかし、表情は明るい。なんせ、慢性的な人手不足の魔道具職人や魔導技師業界に、超新星が現れる予兆が見えた訳やしな。キースはそのレベルの原石。アタイが気にしたんもその点なんやが。

 ……いや、いつまで敬礼しとんの? アタイらは上官ではない。いや、それ以前に軍人ですらない。経歴から言うなら、普通ではないにせよ一民間人なんやがな? あ、いや……。まぁ、例外かな。アタイらは勇者でもある。アタイも自覚せなならんのや。

 クルさんが猫技師長に詳しい話を聞いとる。キースか。魔法回路系の技術を知識として持たん子供が触れるとなれば……。あん子にはレアな異能があるはずや。アタイや師匠、ニニ丸に近い何かしらのな。

 アタイも負けとれんわ。アタイやエレ、紅葉は勇者業よりも他の仕事が本業や。女優に神殿騎士、工芸家。やけど、アタイらは虎の威を借る狐であってはならん。フォーチュナリー共和国で最も有名かつ信望される家柄、時兎家。新興家ながらも国の畏怖を背負ったお方が認める潮騒家。心紅と潮姉は、既にどんな形であれ知らぬ者はおらん。だが、2人だけに背負わせたらあかんのや。物事には得意不得意もあれば限界値がある。やからアタイやエレ、紅葉もそれなりの立場に上り、あの二人に釣り合いのつく背中を見せてやらなならんのよ。まだ、アタイは知名度から言えば高位勇者とか有名工芸家から抜けとらん。今は……たまたま重なった事情もあるから、簡単にはいかんけど。アタイもアタイで頑張らなあかん。

 なーんて考えよるとお馴染み、わんこ技師長が現れた。尻尾をフリフリ。小躍りしそうな足取り。なんやめっちゃ上機嫌やな。あっちの部隊はドワーフさんらが応援に入っとるし、ダズが見学に向かっとったはずや。まさか……。


「いやー、今年は豊作だよ。オニキス嬢、新人の派遣、感謝するぜっ!」

「新人?」

「オニキスよ。緋猿(ヒエン)の小僧の事であろうな。お前がヤツらに火を入れたのだ。責任もって育ててやれ。アルではないが、ワシもあの新芽がワシらに教えを乞う日を楽しみにしておるぞ」

「く、クルシュワル殿?! ご無沙汰しております」


 うわぁ……、人間関係が面倒やなぁ。何でも、以前あったアタイと師匠の試練の時に再会したらしい。表社会に出てないから知られとらんけど。クルさんは何も鍛冶師だけで生きていた訳ではないんや。アタイも詳しく知ったんは弟子になってからやし。

 わんこ技師長こと、マッシュ・ヤンセンは今年で32歳になる4児のパパ。機銃歩兵団が扱う機材を全て扱う技術班のドンや。……もっと言えば、『魔術系』が関わらん全てを受け持つ。統率しよる人員数も魔術班の5倍以上の大所帯。それら全てを統率する兄貴肌もあってか、軍内での信望も厚い。しかし、彼はフォーチュナリー共和国出身ではなく、旧体制下の火の国出身。幼い頃に戦争に巻き込まれた戦災孤児で、火の国へ出ていたクルさんが食い扶持の面倒を見た事があったのだとか。もともと手先が器用な事もあり、手工芸品を路上で売って生活していたようなのだ。

 彼が10歳の時に他の戦災孤児と一緒に連れ出し、王都の……アシアド様が切り盛りする孤児院へ支援しながら面倒を見たのだそうな。このマッシュは頭もキレるし中々逞しいイケメンやで。ただし、優しすぎるんかな? 嫁さんにはシリに敷かれ気味らしいがな。嫁さんもクルさんに助けられた戦災孤児で、国軍病院の従軍看護師長殿や。アタイも知り合いやで。


「クルさん。説明せなあかん?」

「ワシは構わんが、あやつらの首が飛んでからでは遅い。保険は必要だろう」

「わかりました。あー、胃と頭が痛いですわ。師匠になんて言い訳しよ……」


 ダズの事を説明すると、にゃんこ技師長は『あ〜……』と苦笑いし、マッシュ技師長も似たような反応をした。にゃんこ技師長……、なんか不公平やし、彼も名前で呼ぼ。彼はハワード・テュックさんや。

 ハワード技師長とマッシュ技師長は飲み仲間としても、同じ技師長としてもかなり仲がええみたいや。アタイの中では犬猫は相性が悪いイメージやったが、2人ともかなり友好的でなんやら話しとる。

 マッシュ技師長もハワード技師長と話し、クルさんへあん子らの事を話し出した。たぶん、入学を優位にできる推薦状の事やろ。軍に入らんくても、アタイやクルさんの様に有事に従軍する技師は少なくない。やから、あん子らの今後は学舎での知識的な物で大きく変わるからやろ。両技師長も必要ならば書くと言うが……師匠とリクアニミスさん、なによりもクルさんの名が出た段階で遠慮を始めた。まぁ、クルさんには書くように言われとるがな。

 2人とも言うように、学舎へは行かせるべきなんや。学舎に行けば、あの子らの実力はかなり伸びる。個人に合った教え方があるから、全ては良しとせん。けど、別に強制はせんよ。仮に肌に合わず途中退学したとしても、それまでに身につけた知識はとても良い肥料や。その後の職人人生において、独立後の時間にもとても良い要素となる。

 アタイも勉強は嫌いや。特に語学と社会学、高等算術が大嫌いや。今でも『何の意味があんねん!』って思う瞬間はある。小遣い稼ぎに店を開いた時が1番後悔したんや。個人店は全部自前でやらなあかん。やが、アタイは算術がうまくできんくて、最終的にアタイは紅葉に丸投げした。適当でえーかなー……、なんて思ってた言葉の意味や、土地に根付いた風習も知る事は必要なことやったんよ。やから、今は勉強することから逃げはせん。……本音は逃げたいんやけどな。


「それにしても、勇者様がおられるだけで我々も安心して仕事ができる。ありがたい」

「我々も最低限の訓練はしておりますが……。恥ずかしながらこの戦が始まった時は逃げ出したくなりました」

「何を言うか。それが当たり前だ。ワシとて恐怖が全く無い事はないのだからな」

「クルシュワル殿……」

「だから、ワシらはあヤツらを支える為、全力を尽くす。安全第一、安心第一。何より、完璧な仕事を突き詰める。それが、ワシら技師の仕事だからな」


 潮姉やニニ丸に無力化されとるとは言うても、敵が来れば皆身構える。技師とは言うても部隊が崩れれば己の力で生き延びねばならない。フォーチュナリー共和国の軍人は公務員扱いで給金が高いからか、既婚者も多く配偶者や子供が居る者が大多数。……死ねない。2人の技師長も背中に小銃を、太腿には拳銃の入ったホルスターがある。訓練しとるとは言え、戦闘狂ではない彼らにはより強い恐怖があるやろな。

 味方が出していた偵察のワイバーン騎兵が旋回し、発煙筒で新手の発見を知らせて来た。まぁ当然やろ。油売っとった技師長2人とアタイらにも緊張が走る。航空部隊にあたる暴風巨精を無力化されたから、敵も攻勢を厚くしたいんやろな。潮姉も敢えて無視しとったからアタイも気づいとったが、隠しとった『つもり』の戦力をようやく引き出して来よった。ま、伏兵もなく馬鹿の一つ覚えで突っ込んで来るような、馬鹿にはええ薬になろうがなぁ……。


「クルさん、ちょいと行ってくるわ」

「うむ」


 アタイが1番走るのが速いから、直接ニニ丸へ進言。師匠に指示を出されとるんでね。ニニ丸が全部隊へ頷き後退指示を出した。ダズ、キース、コビンは各々の管理官に指示を出され、部隊員に誘導されて避難を始めた。結界重戦車の結界を最大出力に変更。遠隔操作に切り替えて歩兵、機動車(バイク)騎兵、砲車兵も引き始めとる。

 のっそのっそと……むちゃくちゃ遅いなぁ。海底から現れたのは岩精(ノーム)の巨大化型、剛岩巨精(ノームズ・ギガス)。動きが遅く、展開に時間はかかるがかなり面倒なヤツらや。物理的な結界すらものともせずに突き破る。言わば破城槌の様な役割よな。煉獄巨精は体が火やから熱の通らない結界を破れない。突破が難しい事を理解したんかは知らんが、攻城兵器を出してまで突破力を優先したんやろ。煉獄火精の数が減り始めた辺りから、予想しとったわ。

 遠隔操作で結界重戦車隊が徐々に後退しながら『部隊』を整えて行く。

 そんな慌ただしい中を1人だけ背伸びしながら結界重戦車の上で寛いどる。つか、なして身重のはずのシルヴィ姉さんがこんな所に居るんか。なしてアタイらが余裕かまして防御しとんのか。シルヴィ姉さんが大統領と知っとる面々は気が気じゃないようやが今に解るわ。シルヴィ姉さんでも構わへんのやろが、師匠にも何かしらの思惑があるはずや。


「ふわぁ〜ぁ! 暇だなぁ……」

「姉さ〜ん? 程々になぁ?」


 アタイやクルさんで結界重戦車のかなり後ろに退避した部隊長達を宥める。今は塹壕の中や。堤の上の見張りには剛岩巨精の監視部隊が居るし見えた頃やろ。ちょっとええとこの御屋敷にいてはりそうな……メイドさんがな。

 シルヴィ姉さんに挨拶した後は優雅に歩いていく。シルヴィ姉さんなんかは重戦車の上で脚を組んで欠伸を噛み殺しよるし。はてさて、最近はみいひんかったが、相変わらず凛とした綺麗さやな。パールやら泳鳶(エイト)、海神の双子姫、紅葉ん所の檜枝(ヒノエ)のベビーシッターや、出張メイドをしてたあん人。彼女は……『古代銀神龍(アーク)』や。

 アタイらも面識があり、今は何でかフォン姉やアーちゃんなどの召使いを目指す人らの師匠。夜桜勇者塾に新設された『侍従科』の講師もしよる。メイドさんとしても一級品やし。資格はないが高位勇者以上の戦力や。本人曰く『主人には劣りますが、国で私に傷をつけられるのは……』ってのたまうくらいにはヤバい戦力なんよ。表沙汰にできないのにも、それはそれはヤバい理由がちゃんとあるんよ。何よりも、かによりも……、シルヴィ姉さんとの『女神の絆』が理由でな。シルヴィ姉曰く、シルヴィ姉とアークは大聖獣と主人に近い関係であるため、力も共有なんやと。シルヴィ姉だけならば、良かったんやが、アークが来てしまったからな。あれだけ強力な神通力……いや、威圧力が重なればなぁ。背筋がゾワゾワするわ。神通力の感受性が低い兵卒らもビビりよる。それもそうやろ。潮姉が喚んだ『艦鮫』が怯え出すくらいやからな。


「あ、あの人! 大丈夫なんですか!?」

「問題ない。むしろ、やり過ぎぬかが問題だ」

「や、やり過ぎる? クルシュワル殿、それは……」

「絶対に結界や堀から出る出ないぞ? 今から、神厄が起きる」


 クルさんの冷や汗は余程の事がなければ見られん。それを察してか生唾を飲む技師長2人と弟子トリオ。アークの体を中心に何やらキラキラした物が降り始めた。アカン……。この時点でやりすぎや。堀の浅いとこに居た魔力活性が低いヤツらじゃ気絶……しはじめとる。遅かった……。まぁ、死ぬわけではないが。

 アカン……。あれはアカン。アークの性格は確かに温厚やが、そのアークを憤慨させる様なできごとが起きとるんや。

 アークの体がなんやら銀色の光に包まれていく。シルヴィ姉さんも頬杖ついてただただ面白そうや。アタイは冷や汗が止まらんし、ここまでの想定をしとらんかったのやろうニニ丸も全兵に装備を捨て、シェルターへの退避を命じとる。技師長達や班長達は気絶した技術班員を車に乗せて走る。アタイとクルさんも別車両に乗って気絶した者や、腰を抜かした衛生兵を回収していく。結界重戦車の結界ではよう耐えきらんで。シルヴィ姉さんは余裕の笑みで結界重戦車の最前列車両に座っとるが……。あの度胸は見習いたいわ。

 アタイは足が速いからとりあえず偵察しとる。兵卒らが逃げ惑う中で、前線にも大きな戦況の変化が出ていた。いくら感情がない人工精霊とは言えど、絶対的な実力差ともなれば、その『差』を意識せざるを得ない。まぁ、この場合は残念やが、引いたところで消し炭にされるんやがな。いつもなら人間と変わらない見た目のアークの額から立派な角が、頬や首、手の甲などに銀色の鱗が浮き出る。剛岩巨精達は踏み足を踏み、後退りをしよるが、もう間に合わん。アレは……。アタイも逃げるっ!


「全員屈めっ!」

「照覇の方舟……」


 轟音が鳴り響き、地震なんか比にならん揺れが起きた。地面が跳ねるっちゅうのはこういう事かと……体感したわ。ニニ丸の逼迫した指示から揺れが収まり、クルさんとニニ丸が外を見て立ち尽くしよる。2人の許可が出て全員がその痕跡を見た瞬間……………………。唖然としていた。言葉も出ん。近海は熱量の高さから海が干上がり、海底やった場所には海水の代わりに溶岩流が流れとる。何よりも海が、割れとる。水平線までボコっと凹んどるっ! でも何でや? 瓦礫って、うわっ! う、浮いとる。これは心紅とシルヴィ姉さんの仕業やな。

 シルヴィ姉さんが爆風はほとんど無効化、跳ね上がった瓦礫も心紅の異能で時間を停めて浮かしたまんまなんやろ。潮姉と艦船もかなり離れよったから無事みたいや。それに津波を抑えたのは遠くに避難していた潮姉みたいやし。

 事も無げに笑顔で一礼したメイドさんを、部隊の全員が唖然と見送る。鬱憤ばらしが終わったのか、晴れやかな笑顔でシルヴィ姉さんに挨拶した後、ちょっと離れた場所で龍の姿に変身し優雅に空の彼方へ。いや、戦場を引っ掻き回しただけなんちゃう? といいたいが、それは違う。

 どこまで焼き払ったんか知らんが、ニニ丸が敵影を見つけられんレベルにまで焼き払ったんか。ニニ丸が青ざめた表情のままシルヴィ姉さんに食ってかかる。後から現れた潮姉がニニ丸を宥めながら抑えたが、軍の管理者である2人には到底受け入れられる内容ではないわな。潮姉からも怒りの表情が滲み出よる。


「大統領……、さすがにこれは……」

「まぁまぁ、確かに大変な事態ではありますが。ここは抑えてください」


 ケラケラ笑うシルヴィ姉さんが重戦車から降りると、最高位権限のある2人とアタイ、クルさん以外がシャットアウトされた会議が設けられた。シルヴィ姉さんにしても突飛で常識外れな動きに、アタイらは却って静まり返ってしまう。

 天幕に入るや否や、シルヴィ姉さんは簡素な机を殴りつけぶっ壊した。先程までの軽い態度から一転。歯ぎしりし、表情には晴らしようのない怒りを見せている。シルヴィ姉さんとは言えど、この態度は珍しい。多少の事では驚かんクルさんも眉根を寄せ、シルヴィ姉さんの行動に違和感を覚えているようや。確かに師匠が太刀海先生と秘密裏に出たんが、かなりのストレスやったんやろが……。シルヴィ姉さんはあれでも大統領や。ポーカーフェイスくらいは当たり前やろうし、気持ちを鎮めるのも今では普通にできる。しかし、それがこの荒れ様。アークが何かを掴んだんか?


「し、シルヴィアさん? その……」

「あぁ、……御免なさい。ちょっと抑えが効かなくてね。今から言うことを落ち着いて聞いてちょうだい。他言無用よ。ニニ君は心紅にも言っちゃダメだからね。それでは皆さん、わかりましたか?」

「うむ。ワシは構わぬ」

「当たり前ですわな」

「御意のままに」

「了解です」


 アタイら4人は一様に怒りにのまれかけた。生贄やとぉ? 

 決定付ける確たる証拠はない。それでも神獣に近い存在と言えるアークの言葉には、それなりの信頼がおける。おそらく、何故アークがこの一当てに抜擢されたのかも、この点に関わるんやろうな。アークを指名したんは他でもない師匠や。アタイやシルヴィ姉さんみたいな身重、疑惑のかかっとるカルフ、エレも論外。それができてまう潮姉や心紅を外したんも気になったんよ。この辺は師匠に聞いてみな全貌は解らんが、心紅を外した理由は直ぐに解った。あん子は危ない。おそらく、激昴したあん子は1人でヴォクランへ殴り込むやろう。アタイの頭ん中では心紅が戦って敵わない敵ではないとも思う。なら、何で師匠が出たんか。……心紅にはできひん事をやる必要があるからや。

 こう仮定するならば、潮姉も外れる。敵を潰すだけではないんや。アークは他の全員とも異なる考え方を持っとる。アークならば怒りに任せて殴り込む様な非合理的な動きをせん。……と見込んだ師匠の考えからと予想できるんよ。この席に心紅を加えなかったシルヴィ姉さんの判断も正しい。心紅を含めた他の防衛についとる仲間達を刺激しない為に、『指名』という防御をとったからや。師匠が何をする気なんかは解らん。しかし、この事実を知ってしまったアタイらも何もせん訳にはいかんのや。


「そうなれば、ワシらも動かぬ訳にはいかんな。アルが何を考えとるのかは解らぬが」

「それは引っかかります。アリストクレア様の事ですから、その辺りを予想の元で動いておられる可能性もありますからね」

「……」

「どないしたんや? ニニ丸」

「いや、それにしても焦りすぎだ。師匠は何を……。ダメだな。これ以上の推測は利益にならない」


 アタイはとりあえず、弟子トリオを軽く叱ってから、シルヴィ姉さんと一緒に潮姉に送られて王都へ向かう事になった。普通は触らせてもらえん事を理由に、タカをくくったアタイの落ち度もあるが……。断らなあかん。特にコビン!

 いくら優秀な玉子とは言え、異物が入れば軍務の途中の皆さんからしたら邪魔にしかならん。多少は腕が立つんはアタイも理解しとるが、こん子らは自らを守れん。特にキースはアークの放った殺気と神通力の派脈に押しつぶされ、シェルターの中で気絶しよったしな。絶対的に経験(バカズ)が足りんは。今回は浅く従軍技師や軍役技師達の仕事を見せたかっただけなんや。まぁ、かなりの想定外に見舞われたがな。

 最初はしょげた弟子トリオだったんやが、叱られた事を気にするよりも、得られた事を共有する事に重点を置いていた。これはいい傾向や。確かに反省も必要やけど反省会は必要な場面が限られる。反省してその後に活かせる場所をよく吟味する事も訓練なんや。アタイに叱られた事で、3人もそれなりの考え方や身の振り方を覚えたはず。アタイは……学習はしても本能に負けた。好奇心とオカン譲りの探究心がアタイには強く根付きよる。たぶん、師匠はそれも理解しよったから、根気よくアタイに手を貸してくれてたんや。体に宿した力が近い系統だからこそ、あん人はアタイを突き放さなかった。そうじゃなくとも、あん人はアタイや皆を見放す事はせなんだやろうけどな。

 アタイの表情を見たんかコビンが頬を掻きながら、アタイへ問いを投げかけてきた。師匠と弟子なんて言うが、はっきり言えばアタイはまだ巣立ちすら迎えてない若鳥や。やから、アタイは道を見守るのが役目や。多少の踏み外しは許容範囲。大きくズレたり、後退する事をさせんように見守るだけなんよ。


「師匠? どうかされましたか?」

「ん〜? 今更なんやけど、アタイもまだ独り立ちはしとらんのや。やから弟子は取れん。うちの師匠らは優しいからなぁ。責任さえ果たせば何も言うてこんし」

「オニキスよ。言葉足らずなのはアルに似たのだな」

「いいえ〜? それを言うなら旦那さんと師匠からですわ。クルさんとアリストクレアさん。お2人に似たんです」


 クルさんが付け加える様に3人へ話しかけた。今、3人は1番楽しい時期や。先が見えん不安もあるが、先が見えん分だけ、未来への自由度も高い。どんな未来を見開き、未開の才能を耕すか。1番可能性を開拓できる時期にあたる。

 アタイはその岐路に差し掛かったとてもよい先達なのだ……。と、クルさんはアタイの頭を撫でながら3人へ真剣な口調で話した。あくまで今は職人を目指す卵として3人を拾い上げとる。しかし、3人にかならず長く幸せが享受される道とは限らない。事実、クルさんは鍛冶師、いいや、刀匠としては名匠やが、人生が恵まれとったかと言えば……な。アタイは4人目の嫁になる。歩み始めた種達には酷な話かもしれないが、師匠や先達はアタイら鍛冶師だけでは無い。様々な人と知り合い、多岐に渡る逃げ道を築けと語る。『回避』も『逃避』も避ける事には変わりはない。それでも道を改める事が無い人間など居ない……。と、クルさんは口を閉ざした。

 アタイを見て学べと言うのは一理ある。アタイは鍛冶師としてだけ邁進し、それを生きがいにしてきた。せやけどアタイの中に今では新しい芽吹きが起きとるんや。仲間を助ける為、ひいてはそれがアタイの為になるから、アタイも勇者としての力を付け始めた。コビンも深く頷き、オロオロするキースや追いついてきてないダズに視線を向ける。コビンは頭が良すぎるんが弱点でもあるからな。こん子は諦めが早すぎるんよ。道を狭める傾向が強い。確かに一点特化は強いが同時に弱い。人生、どんな方面からどつかれるかわかったもんやないからな。さすがにあの大蛇(センセイ)の打撃はこたえたで……。


「わかりました。凝りかたまらず、やってみます」

「……」

「ダズ、大丈夫? ついてきてる?」

「お、おう! とりあえず、なんでもやってみろってことなんだろ? 師匠!」

「やからぁ〜、アタイはまだ弟子は取れんのやて。アタイもまだ独り立ちしとらんのやから」


 その点に関してはアタイがクルさんから宥められた。こんな所で師匠が弟子を頑なに取らなかった理由を垣間見る事になるとはな。

 オーガ・クルシュワル。当代の工芸家、特に刃物や大和に通ずる武具を扱う名匠。そのクルさんが未だに追い続ける職人が居ると言う。

 その方こそがリーヴィヒ・クラン。後にリーヴィヒ・オーガと名乗る『光明の鍛冶師』や。技術力はもちろん、発想力や義に篤い職人性。最も彼を輝かせ、『光明』と言う鍛冶屋には珍しい2つ名を唄わせるに至った知識と推察能力が最大の技だったという。ちょっと待って? えっ? 今でもクルさんすら追い抜けんのん? その人は……師匠、アリストクレア氏の師匠……。

 アタイが詰め寄るのを抑えたクルさんはまず、コビンへ視線を向けた。コビンがこのままでは死ぬと告げた息子の言葉を解こうと言うのだ。オーガ・アリストクレア。希代の魔工技師にして銃鍛冶師(ガンスミス)。彼が最もリーヴィヒ・オーガに近く、その取っ掛りに手を届かせているとかたりながら。師匠が弟子を取らなかったのは、彼がお爺さんから受け継いだ技術に関しては、継承させられないからと判断しているため。……やから、アタイやニニ丸には師匠の技術を教えてくれないんか。それにアタイはどっちかと言うならクルさん寄りや。やからクルさんへ引き継いだ。ニニ丸は未だに師匠から教導を受け取る。だから……『先を歩み続ける』なんて言ってアタイを突き放したんか。

 コビンは魔族や。魔鬼は魔族と区分されとらんが、実を言うならば魔族その物。人型の魔物、魔族の中には2種類あり、コビンはより強力な血筋。その力は抑えなければならないが、同時に抑えすぎては死を早める。黒の力は負の感情の塊とクルさんが言う。負の感情を生み出さないなんて事はありえない。上手く付き合うためには正と負の両面を中立に保たねばならないのだ。う〜む。子供には難しかろうなぁ……。しかし、それが求められてしまう。それを導くのが、クルさんや師匠らの務めと言いたいんやな?


「何を他人事の様に頷いとる。オニキスよ、お前もその1人だ」

「は、はえ? い、いや〜、アタイじゃ力不そ……」

「なぁ? この様な反面教師を見てお主らは育て。師であるからと完璧な物は居らん。全知全能が完璧などと言うならそれも間違いだ。人は、元から歪んでおる。その歪みこそ美しい。ただ整った剣は完璧とは言わぬ。そもそも、この世に完璧などは有り得ぬのだ」


 その言葉でダズが漸く追いついた。『全てに寄り添う必要はない。自らが寄り添える道を探せ』と、クルさんも珍しく笑っとる。

 アタイなんかじゃ出てこない深みのある言葉や。飯伏銀やなぁ。

 そこにシルヴィ姉さんが会話へ加わる事で3人は更に驚いた。潮姉含め、飯を食いながらの会話やが、中々失礼な内容が連発されとる。主にダズから。最初に踏んだのは潮姉の尾鰭や。シルヴィ姉さんと潮姉を見て、ダズはシルヴィ姉さんのが若いと見たらしい。……た、確かになぁ? シルヴィ姉さんは童顔やし細身やからな? が、コホン……。幼くは見える。しかし、潮姉はまだ24や。シルヴィ姉さんは来年で三十路に到達。どちらも苦笑いをしよる。さすがに成人前の小僧っ子を、小さな事で責め立てる様な事はせーへんやろう。さらに、シルヴィ姉さんの旦那が師匠っちゅう事を理解しとらんかったらしい。出立前にあんだけイチャコラしとったんにな? 『3人目が〜』とか『絶対帰って〜』とか。コビンは察しとったんやろうが、キースとダズがあんぐり。パールの正体が有名鍛冶師の娘ってだけではなく、大統領の娘って解った訳やからな。


「ぱ、パールが……大統領様のむ、娘様?」

「んん? あれ? 知らなかったの?」

「明確には話してませんね。バタバタしましたし、3人が知らないのも無理はないかと。……そ、そんな事より、私、そんなに老けてますか?」

「ちゃうって! 落ち着いとるだけよ」

「オニキス〜? アタシは〜?」

「……」


 給仕には同行しているアーちゃんが入ってくれよる。ちなみにその姉貴のフォン姉はブロッサム先達の要望でアルセタスにチビらと一緒に残った。ミュラーもさっきまで一緒にいたんやが、先生に伝えなならん事実が出たから飛んでったんよな。飯ぐらい食ってきゃええのに。

 そのアーちゃんの態度がいつもと違う。かなり大人びとるからこん子やフォン姉も勘違いされよるんけど、フォン姉はそろそろ17歳。アーちゃんはまだ14歳なんよ。フォン姉は見た目も大人びとるんやが、アーちゃんの見た目は幼い。やが、あと2年もすればフォーチュナリー共和国では成人と判断され、自由に婚姻を結べる年齢になる。つまりや、結婚はできんくても十分に年頃の乙女なんよ。たぶん、お相手は……キースかいなぁ? いや、コビンか? ダズではないんは確定やが。たぶん、キースやね。あ、シルヴィ姉さんが気づいたっぽい。潮姉はもちろんな。これならアタイは触らんどこ。シルヴィ姉さんに捲し立てられると面倒やからな……。やれ服は? やれデートは? と言われた挙句、付き合い出したら付き合い出したでやれ式は? やれ住いは? って親戚のお節介おばやんかっ! ってくらい鬱陶し……ごほん。

 アーちゃんは怪異に取り込まれた事で体に後遺症が残った。アーちゃんは食物摂取での食事ができん。エネルギーを直に体へ取り入れる以外のエネルギー摂取ができんらしい。師匠曰く、『精霊化』だそうだ。ただ、アーちゃんは早期に救出できた事から体は人間に近く、言わばフェアル族に近いんやと。


「アーリアちゃんも一緒に食べましょ。ほら、そっち側に座って。キース君、つめてあげて」

「は、はい」

「い、いえ、しかし……、私などが……」

「たまにはお付き合いも必要よ? 私の子達だっていつまでも赤ちゃんのままじゃないわ。アーリアちゃんには執務や私の代行をお願いをする場合もあるの。訓練だと思って……ね?」

「は、はい」


 アーちゃんはかな〜り頭がいい。潮姉の含み笑いだけではなく、シルヴィ姉さんとの示し合わせた様な相槌にも小さな苛立ちが見られた。配席のもんだいやろう。アタイに助けを求めて来たが、1番の取り引き先になるシルヴィ姉さんと2番目のお得意様になる潮姉には頭があがらん。アーちゃんには悪いが目をそらすしかできん。つーか、共犯にもなりたないし。とばっちりはなお勘弁や。キースは隣に美少女(アーちゃん)が座ったせいかドギマギしよるし、コビンはシルヴィ姉さんに政務に関してを質問しよる。ダズは美味い飯を盛んにガツガツ詰め込んどるし。

 王都に向かう中、アーちゃんなら良くとも弟子トリオが居る中では話せない事もある。王都への航海中、残り半分と言う距離で艦長から叩き起された。シルヴィ姉さんと潮姉も居る。謎の高速飛翔体が急接近しとるそうな。政務関連、軍務関連の2人は何も気にせずに艦長を落ち着かせた。誰が来たんかなんか直ぐに解ってしまうわ。アークが来た。パールを抱っこした状態で優雅に滑空し、甲板の開けた場所に着地する。ブロッサム先生では抑えきれなかった為、アークが連れてきたらしい。どうやら『ととさま成分』が足りんくなったらしいんや。その次点で『かかさま成分』なら我慢できる様で、シルヴィ姉さんが抱き上げるとパールは不機嫌顔からいくらか戻った。先生……、ドンマイやな。


「あちらは大事なかった? アーク」

「はい。どうやらフォーチュナリー共和国のみを狙っている様です。海神、アグナスと経由しましたが、どちらも敵兵(オキャクサマ)は見られませんでした」

「ふーん。なら、アタシが本国に帰るのは正解ね。潮騒将軍、申し訳ないのだけど、貴女はもう一度ルシェへ向かってくれますか?」

「了解致しました。海上封鎖はお任せ下さい」

「うん。ヤバそうなら『神裁(ジャッジメント)』で焼き払うわ」

「それは最終手段です。軽々しく口にされない様にお願いします。貴女が出るのは最後の手段になりますから」

「ん、解った」


 アーク、潮姉、シルヴィ姉さんの話が終わる頃にはパールは笑顔でお菓子を貪っとった。ブロッサム先生相手やと遠慮があるみたいであまり要求できない様やが、かかさま相手やと遠慮なくわがままを垂れるらしい。呆れながらシルヴィ姉さんはお菓子を差し出しよった。パールは生菓子よりも保存食に近く、渋い菓子が好きらしい。干し芋の袋をひったくり、抱えながらムシャムシャ食べよる。流石のダズすら呆れ顔。

 アーちゃんはシルヴィ姉さんからパールを預かり、船内にある仮眠部屋へ。アタイとクルさんも指定された部屋に。弟子トリオもな。客室がある艦船があってたまるかい! ないこともないが、あのニニ丸やで? 用意する訳なかろう。そんなもん作るくらいなら兵士の仮眠室を充実させるやろうからな。さて、気になる事は多いけども、気にしてはならない。心紅とニニ丸は向こうに残ったが、いつどうなるかは解らん。それに師匠の事も気になる。ヴォクランへは師匠が聖獣を召喚し、向かっとるらしい。渡る為に何日もかかるとは言うが、何が起こるか解らんからな。

 今は小康状態や。これまでの怪異の経験から、怪異にはフェーズがあるんよ。

 ニニ丸らの独星のパーティーが師匠と出会ったアグナスでの戦闘。そして、アーちゃんからの証言。あれらを聞かなければ解らなかったやろう。途中が抜けてたからな。まず、1つの条件がある。怪異が起きる場所は2つの条件が重なる場所に限られる。そうでなければ絞りきれなかった。女神の封印の地であること。この2つ目がこれまでは盲点だったのだ。ルシェが条件に外れたと思い込んでたからな。


「女神の封印の地があり、同時に古い魔脈があった土地か。この解が導き出す答え……」

「可能性が排除しきれないか……」

「……シルヴィア様はお解りになられていますよね?」

「確実とは……言えないけどね」

「それでも構いません。私は知らねばならない。戦わねば、なりませんから」


 アタイには真実を解明はできん。やけど、アタイは確信に近い物を得とる。

 アタイやニニ丸は師匠からある程度の魔法陣と魔法回路、魔力や神通力の性質を理解している。そこから見いだせる解。その失敗が怪異やそれに近い現象を引き起こす原因なんや。そう、異変はおおよそ15年前。しかし、その根源は違う。怪異の最初はアグナスや海神ではない。ルシェや。ルシェには50年前まで古い魔脈があった。しかし、ルシェの魔脈はその年代に枯れたらしい。その資料や口伝を調べきれんかったのも防除が遅れた原因なんや。何故、ルシェの古い魔脈が枯れたのか、それは同盟国側とルシェの間に起きた『大戦』が原因。ブロッサム先生が何故重症を負い、椿様のお姉様方が命を落とされたのか。ルシェは……『異界の民』を喚ぶ事に成功したからなんよ。

 師匠の調べやからこの辺は確実や。

 しかし、ルシェはブロッサム先生の一撃に敗れた。その時、勇者と呼ばれた異界の民は全て死んだと思われていたんよ。まさか、勇者達の中で子を残し、生き残りが居ようとはルシェの皇族も、フォーチュナリー王国も思わなんだろう。その子供と言うのが……、あろう事かエレ……いや、エレノアの実母やったんや。こちらの世界で生まれてはいるが、劣化のない異界人。力のない時期は潜んでたんやろうな。そして、最初の復讐劇が……ブロッサム先生に対してだった。旦那さん、リーヴィヒ・クラン氏を魔装により乗っ取らせ、同士討ちを狙うというな。やが、その目論見は師匠という規格外により失敗に終わった。王家や様々な要人を潰したんもその策に含まれると思うがね。


「これまでのしがらみの全てが、エゼルビュートと呼ばれる魔女の仕業なんですね?」

「ええ、私の父親や母を苦しめたのも……先生達に遡った策略も。アル曰く、エゼルビュートの仕業。だからこそ、彼自身が動いたの」

「まさか……」

「確定ではないわ。かなり高確率であるだけよ」

「……」

「どの道、アルにしかできない。エゼルビュートを倒し、召喚魔法陣を無効化するなんて芸当はね」


 アグナスのアレは失敗を産んだ後の実験に過ぎない。強力な魔装がスルトと呼ばれた犯罪者紛いの勇者に渡った理由。さらに掘り下げるならば、アグナスの魔脈が枯渇した時期とブロッサム先生の妹を唆した理由。全て辻褄が合うんや。

 海神もそうや。太刀海先生の記憶が正しければ、アグナスの魔脈枯渇と水研の頭首が狂い出したのは同時期。潮姉を通じ、神海大人をエネルギーの塊に似たてて陣に追い込めば理論上は召喚陣は使える。ま、理論上は……や。おそらく、アグナスの魔脈で失敗したんや。海神みたいな方法は師匠かて首を傾げとった。確かに膨大なエネルギーを得られはするが、こんなイレギュラーな方法では成功はせなんだやろうな。

 再び戻ってルシェ。ルシェは魔脈により農地が生きていた。その魔脈を失えば、畑は弱り産業が低迷する。鉱山や他の産業も類似するんや。しかし、エルゼビュートは諦めなかった。海神で失敗した潮姉を利用する方法に近い方法をえらんだんや。アーちゃんを唆し、古代機構人を顕現させた。ただし、これも失敗に終わる。ルシェの怪異ではエネルギーを得て、陣から動かさない所までは成功。ルシェでの想定外とはアーちゃんの素体や。アーちゃんは皇帝の血筋とは言え、適合性、能力共にかなり弱かった。それに加えた想定外がフォーチュナリー共和国の早い行軍と迅速な解決。

 近々の物であるアルセタスは……本命にしているヴォクランの補填の為に起こした布石だったのだろう。成功させるつもりはなく、アタイらを潰す為の動き。ま、これも紅葉による想定外で片付いてしまったんやがな。こちらにはほとんどダメージも無くな。


「アリストクレア様は、どのようになさるおつもりなのでしょうか?」

「残念ながら、解らないわ」

「お帰りになられない……と言う可能性は?」

「……」

「無きにしも非ず……ですか?」

「絶対にそれが起きないようにアタシが居るの。潮音ちゃん。これは確かに大きな事よ? だからこそ、『波』を起こしちゃいけないの」

「は、はい」


 そもそもの話、女神の力が封印されている土地には古い魔脈が全てある訳やない。数が限られる。そして、その2つが噛み合う土地は等しく繁栄し、巨大な国を成り立たせた。

 師匠の事や、せっこい後出しジャンケンをするつもりなんやろ。太刀海先生を連れてったんは、保険のはずや。太刀海先生は医療班なんやろ。太刀海先生かて確かに強いが、薄まった英雄の血筋には荷が重い。ただ戦力としてなら心紅のが上や。次点で潮姉。太刀海先生は10には入らん。

 無理せんといてくださいよ? 師匠。あんさんは無理して1人でやろうとするくせが抜けてないんや。シルヴィ姉さんの為、家族の為に全力を尽くすんは否定しません。せやけど、師匠がコビンに投げかけた忠告はあんさんにも当てはまるんです。絶対に無理はしたらあかんのですよ。


「あーっ! やっと見つけましたっ!」

「ん?」

「オニっ! あしょんでっ!」

「うわップ……。パール? 寝られんの?」

「あしょぼーっ!」

「解った。解った……。アーちゃん。寝てええよ。アタイが見とるから」

「お世話は私の仕事ですから。オニキスさんこそ」


 お昼寝をしまくったパールは寝られんらしい。

 アタイもなんや胸騒ぎがするんで、寝られんかったしちょうどええしな。アーちゃんはちょっと疲れの色が見えるが、真面目なアーちゃんも気になって寝れへんやろしな。

 アーちゃん曰く、パールはもうすぐ2歳。朧月とは1つ違いらしいわ。魔鬼であるだけあり、力がつよく体力も桁違い。食う量だけなら朧月が勝つみたいやが、行動時間と物理的な体の強さはパールのが強い。もう髪に歯にと生え揃っとる。生まれたすぐは可愛らしかった角も師匠の様に禍々しい角へと形が変わり始めた。魔角は魔鬼の成長の証。大人になると邪魔になるから魔法で縮めてしまうが、パールはまだ難しい魔法は使えん。小さい鞠を追いかけるパールを目で追いかける。かわええなぁ!

 2歳で軽快な2足走行……。いやぁー規格外や。

 見た目も……黒髪に角が生えたシルヴィ姉さんなんよなぁ。たぶん、小さい頃のシルヴィ姉さんはこんなんなはずや。……やっぱ、おとんが心配なんやろ。気丈に振る舞うとは違う。訳分からんのやろうけど、いつもとは違うおかんや他の空気。たまに出るおとんの事。寂しさかなぁ。アタイには解ってあげられへん感情や。アーちゃんも似たような事を話しとる。


「アリストクレア様は……ご無事でしょうか」

「……わからん。わからんけども、アタイは信じとる。あん人は……ああいう人や。後出しジャンケンが得意な狡い人やからな」

「フフフ、後出しジャンケンですか」

「あぁ。師匠の事や、まだあん人はアタイらにすら隠しとる切り札があるはずなんよ」

「……私からしますと、あの方ご自身が切札(ジョーカー)であるとおもいます」


 おー、アーちゃん上手やなぁ。

 やけど、アタイらのホントの切札はちゃうんやで? 言わんけど。

 切り札。トランプにはゲームに合わせて数字に強い弱いがある。そん中にある4枚1組のはずが2枚1組のカード。師匠の中では、シルヴィ姉さんこそ色つきのピエロ。切札(ジョーカー)なんやろな。師匠は……自身に色を付けない。だからこその強さが師匠にはある。さぁ、正念場や。でっかい波をアタイらでぶっ壊す。アタイらは1人やない。師匠。忘れんでくださいや!

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