たまには別の方も向く
結婚式が終わり、再び日常が帰って来た。
仕事の関係から言えば当たり前なんだけど、体調も考慮した期間を経た後アタシ達は前から考えていた話を徐々に進めた。アタシはアルフと正式な結婚の報道を行い、鬼灯の件も差し支えない部分を発表して、興行方面は一時的に規模を小さくしている。
同時に発表した子供の事がまず一番大事だ。子育てもそうだし、実は勇者と魔導師の有資格者である事も同時に公表したからね。一気に人気が落ちるかと思った。……んだけど、そうでも無いらしい。母親になったこともあり、以前より幅の広い層の女性ファンが暖かな声を向けてくれる様になった。ファンレターも以前より見るのが楽しみだったりする。……ファンレターの中にお母さんからのお節介が紛れてるのがネックなんだけどさ。
ビックリしたのが熱心な男性ファンの熱がそれほど引かなかったこと。確かに直後の落胆はあったみたいでガクッと来場者が落ち込んだ時はあった。しかし、それも一時でグッズや小さなイベントにも以前のように熱狂的なファンが帰ってきた。一応、変装するけど、その手の皆さんは目ざとい。ただ彼らは街中で気づかれても騒ぎ立てず、アタシがライブでするハンドサインだけを明らかにアタシへ向け送ってくる。本当にコアなファンも沢山居るみたいで……仕事は割と順調よ。こんな感じで身内だけに留まらず、様々な人に支えられ、アタシは穏やかな日々を過ごしていた。夜桜勇者塾の時に話し相手してたおばあちゃんから、時々美味しい芋が送られてくるくらいには平和よ。
「へぇ、檜枝ちゃんって言うの。もっと早くに……」
「あのね? 魚人族や魔鬼みたいな種族の方が特別で特殊なのっ! これでも早い方なんだよ? 鬼灯の蓮華ちゃんはまだ保育器だし」
「でも、良かったわねぇ。魔力障害が出なくて。私もすごく心配だったの」
「せやなぁ、アタイにも抱かせて……」
「オニキスにはどんな子でも懐くでしょ? それより僕に……」
「はぁー? アンタはカルフとにゃんにゃんすれば自前のができるやろぉ? なぁ、エレぇ?」
久しぶりに『金星の集い』に皆で集まっていた。アタシ達もパーティーとしてはまだ活躍しているが、どうしても子育てや様々な面で活動は少ない。勇者は職業であって称号ではないから、資格やランクを維持するには活動続けなくちゃならないからね。とはいえメンバー過半数……って言ってたった5人の話だけど。その内の3人が母親だ。忙しいに決まってる。幸いにして旦那は皆、家事に積極的だし子供の面倒を見てくれる。アタシ達は皆当たりを引いた訳よ。あとの2人? エレはカルフと付き合ってるし、同棲してるはずよ。オニキスは独り身を決め込んでる様で、アシアド様の孤児院や工芸ギルドの小さな子達を支援しているのだとか。
あ、言い忘れていたけど、アタシ達は既に皆が別々の家に引っ越している。心紅は神殿が近い実家に、潮姉はこれまたデッカイ御屋敷。アタシは……王都の隅っこにそれなりの庭付き戸建てを建てたわ。エレとカルフはエレがお世話になった修道院の近くにある家を借りてるらしい。オニキスねぇ。あの子、立派な家を自分で建てたのにあんまり帰ってないみたい。だからこの金星の集いにはアタシ達はもう住んでいない。今ではアタシ達の後輩にあたる子達の寮になってるしね。
最初期の働き口や家業の継承すらままならなかったアタシ達だが、年齢はアタシを含めた皆が若年の部類だけど、勇者の実績ランクでは紛うことなきハイランカー。結成当時の不安などどこにも無く、各々の子供を連れて来ては語らうくらいに皆腰が座っている。子供と言えば、潮姉は無事に2児の母。心紅も元気な娘を……元気に出産。アタシは悪阻やらなんやらといろいろ大変だったけど、何とか無事に健康な男の子を産んだわ。誰も触れないけど、この場には今の国を支える大戦力の子供が集まっている。中々お目にかかれない光景かもね。
アタシの息子? あぁ、種族とかの話? 檜枝はアルセタス人の力を強く受けた。アルフに似ていくのかな? ハイエルフもアルセタスの森人もどちらも子供を守る。どちらもチートに等しい力は隠す種族だけに、育ちもゆっくり。最初に言った気もするけど、魔鬼や魚人が特殊なのよ。エルフは長い授乳期間と、ある程度の成長が必要。その代わり、大器晩成型で1000年を超える桁違いな寿命。この点はアルセタス人にも言えるから、どちらの種族とも持ち合わせるわ。アリストクレアさん曰く、この檜枝は奇跡の子。そして、将来は確約された『大魔導師』に匹敵する才能を併せ持つとね。
「にゃ、にゃにゃ……、にゃんにゃんだとぉ? にゃんにゃんできてたらなぁ……。できるんだったらぁなぁ…………。こんなに苦労はせんのんじゃぁぁっ!!」
「エレ、煩い。泳鳶ちゃんが泣くよ?」
「と、言うか、檜枝ちゃんも十分に肝の座った子よね。この状態でスヤスヤ……」
「えぇ、本当に……」
煩いエレとオニキスはほっとこう。
エレはカルフとの時間が足りなくて、物凄くその辺りの話に敏感みたい。カルフもエレも忙しくてそれどころじゃないのだろう。カルフは護衛官や密偵としての実力は国の最高峰クラス。それなのに決まった雇い主が居ないフリーエージェントだ。依頼は冒険者組合や国からも来る。彼の信条なのか、早い者勝ちで予約制。その予約はこういう仕事じゃないなら、何年待ちになるか定かじゃないらしい。その客層のほとんどが女性の要人だ。……あのキザなイケメンはとにかく有名よ。よく女性客の逆プロポーズにあうらしく、その時に言うらしい『身躱しのセリフ』とか特にね。『貴公子のセリフ集』なんて裏本が出回るくらいには……有名人よ。断り文句なのに相手の女性も受け入れちゃうくらいのトキメキらしい。だから、結婚もせずに落ち着いて居られるのかしら? エレ、大丈夫かしらねぇ。
さて、煽り合いが加熱し、別の話題でギャンギャンしてる2人はほっといて。
潮姉には長男の泳鳶ちゃんの次に長女の海雨ちゃんが生まれた。長男の泳鳶ちゃんはまだ掴まり立ちで、お母さんから離れたがらない甘えん坊さん。そこも可愛らしい所なんだけどね! けして成長していない訳ではなく、これが近人種の平均で普通。特別慎重な性格の彼だからおっかなびっくりな感は否めないけど、彼は彼なりに日々を満喫している。一番の好例は他の同年代にはない観察眼よ。頭が凄く良い子でお利口さん。言葉は舌足らずで話せないが、理解はしている様で本当に手がかからないらしい。お母さん…潮姉に友好があると判断した相手なら抱っこしても泣かなくなったみたい。海雨ちゃんは……。なんと希少種のリュウグウノツカイの人魚らしい。彼女は生まれから脚ではなく尾鰭である為、公孫樹お姉ちゃんとこの渡波ちゃんと同じく魔法を習わない限り、通常は尾鰭のままなのだとか。さすがは潮姉の娘。虹色に艷めく髪なんて初めて見た。……ブロッサム先生の健診では泳鳶ちゃんは肉体と高密度な神通力を持ち、ミュラーと似た体質。海雨ちゃんはこの先は分からないが、今の段階ならば、潮姉寄りのオールラウンダーになるとも。まだ、産毛だけど……私には分かる。目や髪には魔力が象徴されやすく、海雨ちゃんは……目、髪だけじゃない。全身から……普通には有り得ない魔力を放ってる。
「でも、先生も何かしらね? 私達5人に御用って」
「誰か1人じゃないから、ここに呼んだって事になるよねぇ」
「うん。なんだろうなぁ。アタイ、嫌な予感するんよなぁ」
エレと煽り合いをしていたが、急に我に返ったオニキス。この『嫌な予感』は的中。アリストクレアさんを引き連れたブロッサム先生がノックをし、応答を待って入って来た。ブロッサム先生の神妙な目付きにアタシ達は皆で生唾を飲み、先生へ視線を向ける。潮姉はお茶を……と言うが、先生はそれすら止め、まずは挨拶。そして、目付きが変わり、アタシ達3人の新米ママに向けてのお祝いを。アタシと潮姉の子を覗き込み、笑顔を見せてから再び真剣な眼差しへと戻る。
ブロッサム先生は深呼吸の後、アタシ達へ衝撃的な言葉を述べてきた。
お祝いの言葉の後に『代替わり』と言う、厳かな雰囲気の言葉を落としたのだ。アタシ達5人へこの『夜桜勇者塾』を託す……為のテストをすると言う。まだ、確定ではないのね? アリストクレアさんと……シルヴィアさんが外に居る? お姉ちゃん? 太刀海お兄さん? ものすご〜く嫌な予感がするのよ。寒気とまではいかないが脂汗が滲むのには十分すぎる。
注目されたテストの形が言い渡され、やはり皆が狼狽えた。アタシ達の最も優れる部分を打ち出し、目の前の導き手を納得させれば良い。……と言うことだ。形式や回数、時間は問わない。どんな手段でも構わない。自分がこれならば人を導けるという一芸を見せてみよと。いきなり殴りあえじゃないから平和な感じに聞こえるかもだけど、実際はそんなに甘くはない。恐らく、外で待機している皆さんが審査員だ。誰1人として生温い採点はしないはず。手段や方法を問わないと言う前置きは……『真っ向からでは何をとっても全力を要し、安易に力で戦うだけでは勝てない』と忠告されている様にさえ感じる。それに、アタシ達が選んだ手段を審査員が受け入れてくれるとも限らない。アタシ達は形式上で夜桜勇者塾を卒業した。しかし、先生達の生徒としては未だに目を離せないレベル。これをクリアできねば1人前ではない。
「誰が誰を選ぶかはお前達で決めな。ただし、1人につき1人だ」
「え?」
「でも、タイプや専門性が……」
「お黙り。アル、シルヴィア、公孫樹、太刀海…………、アタシが見極める。これはお前達のこれまでを見極める試練だ。安易に逃げる事は……許さん。仲良しごっこも許さん。気張りな」
いつも以上に張り詰めた空気に皆が硬直していた。先生の指示でアーリアちゃん、フォンさんへ子供達を預けていて良かったわ。泳鳶ちゃんは間違いなくこの空気に耐えられずに泣いちゃったろうし。
皆で顔を見合わせた。言わずもがな、試験官を決めるためだ。タイプや専門性はやはり重要だし、身内だから話し合わなくちゃ。
この観点でまず外れない組み合わせがある。オニキスとアリストクレアさんだ。オニキスは勇者としてはあまり積極的ではない。鍛治仕事や修理、大工みたいな仕事を好む。そうなると、オニキスにはアリストクレアさんをつけて動かさない方がいい。それに前提論として、必ず戦闘を念頭においてはいないのだ。アタシ達のこれまでを見せろ……。先生の言葉をよく理解しなくちゃ。
アタシがそう告げると潮姉が頷いた。消去法は確かに考えをまとめやすい。そして、潮姉がエレを見て言葉を放つ。エレにはシルヴィアさんがいいんじゃないか? とね。確かに、ほとんどマンツーマンみたいな状態だったし、義理とは言えど姉妹だ。相性としても考えとしてもそれが先に出る。次に潮姉はアタシを見た。アタシの相手にも……お姉ちゃん。単純に実地の魔法を見てもらうならば先生ってイメージだけど、アタシは近接系魔法は苦手。……あ、いや、魔法だけなら大丈夫。近接戦闘が苦手なの。アタシ、運動音痴だから……歌って踊れないアイドルだったので…………はい。お姉ちゃんは魔法学者としての実績もある。タイプも近いしね。同じくらい……運動音痴だし。
最後に心紅へ潮姉が視線を向けた。潮姉は……太刀海お兄さんを心紅にあてた。本来ならば8代目様が適任者だが、あの酷いお怪我の後では、模擬戦だとしても難しい。それに根本を言うなら、双刀の使い手が片腕を失った。それが致命的だし、太刀海さんはそういう意味では刀剣の猛者。心紅にはうってつけだ。でも……。
「潮音さん。逃げてはいけません」
「え?」
「私に解っているんですよ? 太刀海先生とブロッサム先生ならば、ブロッサム先生の方が戦い易いって」
「何故?」
「貴女は恐れている。身内を傷つけるかもしれない事を。残った御二方、私達にはどう転んでも武芸が絡む。ブロッサム先生に貴女が敵わない事も込で貴女は私を逃がした。先生は仲良しごっこは許さない。……と、言っています。私はパーティーのリーダーとして、貴女に命じます。貴女の試練の相手はお兄様……太刀海先生です」
……やっぱり、そうだよねぇ。
エレは心紅の侍従にもあたる。潮姉との関係性も考えてだろうけど、反論しようとしたみたい。それをオニキスが抑える。オニキスは奔放な振る舞いは目立つも、根は義に厚く姉御肌だ。オニキスにも見えてるみたいね。
潮姉にはまだ蟠りと柵が抜けきらない部分があるのだ。生まれから利用され、血縁と上手く寄り合えない彼女のことだからね。潮姉は確かに理知的で合理的な人。自身の身を呈してアタシ達みたいな妹を支えようとする。あの事件以来、彼女のその態度はより顕著だ。アタシ達の命や、リスク管理には一目置ける。しかぁ〜し、潮姉にも致命的な弱点がある。『身を呈して』はあまりに過剰なの。自分を蔑ろにするのはこの場の誰も望まない答えだ。
心紅がリーダーとして命じた以上、彼女は逆らわない。
呆気に取られていたが、潮姉は笑いだした。潮姉の高笑いを初めて聞いた気がする。……と言うか、この人が一番、ブロッサム先生に似てきた。優しく世話焼きな所とか、時に苛烈なくらい厳しい時とか……、自分を一番最後に数える癖とかね。そして、腹をくくれば引かない。この人を将軍たらしめる山のような巨大な存在感。決まったわね。
一旦は退室してくださっていた先生や、他の皆さんを潮姉が招き入れた。お茶とお菓子を出してからアタシ達は皆で立ち上がり、横1列に並んだ。お茶菓子に最初にぱくついたシルヴィアさん。あの人ブレないなぁ……。呆れ混じりにドカッとソファに腰掛けたアリストクレアさんもすぐには口を開かず、お茶を飲んだ。太刀海お兄さんはお姉ちゃんを先に座らせ、1度は先生に視線を投げたが、先生は暖炉近くにお気に入りの安楽椅子がある。既に座っていたので、最後に太刀海お兄さんがソファに腰掛けた。
「決まったのかい?」
「はい。それでは、私から……ブロッサム先生。一手、御教授願います」
心紅がニヤリと笑いながら姿を変えた。簡易の魔法ならば習得できるまでに訓練したらしく。あの『魔王モード』に変身すると黒い大和の法衣へと服も変わる。煙草の火が入っていない煙管を咥えた後、先生は凄まじい威圧のこもった声で……『楽しみだ』と呟いた。
魔王モードの心紅は神通力の流れが常人の数千倍に至る。その神通力の派脈に触れたらば、並の勇者では為す術なく焼け死ぬ。Aランク勇者が束でかかっても素手で屠る程の実力者だ。ブロッサム先生もその成長に珍しく闘志を掻き立てられたのだろう。宝石の様な蛇の目に毒牙、蛇の様相が際立つ。フォーチュナリー共和国始まって以来の大勇者が滾る様な……存在。
「次は、私です。兄上、お相手願います」
「ふむ、お前との手合わせは……初めてだな。よかろう」
太刀海先生は少し不安気な表情をしたが、野太刀を立てて意気込む。アリストクレアさんが軽く口笛を吹いて、その太刀海先生を煽る。あまりない態度だが、学生時代のお2人はあんな感じだったのかな? 太刀海先生もやれやれと言っている。
太刀海お兄さんは軍師であり、医師だ。潮姉もそんなお兄さんに無茶な事を突きつけはしないと思うけど……。ブロッサム先生の覇気が移り始めた様な潮姉は綺麗だけど、恐い。鮫の目も独特よね。鋸歯がギラつき、尾鰭が床を削る。オニキスがそんな潮姉を嗜めて敷物を敷いていた。板床が傷つくんだって。
「次はアタイいくでー! へっへーん。師匠、ようやっと腕くらべができる。アタイの力、見せたるでっ!!」
「ふっ……。意気込むのは構わないが。そう簡単に抜けると思うなよ?」
アリストクレアさんには珍しく、楽しげに笑った後、無表情となりお茶を啜る。この人はほんとに腹の中が探れなくてやりにくいのよねぇ。むちゃくちゃはしない人だから大丈夫だと思うけどさ。それにしてもオニキスは嬉しそうよね。
アリストクレアさんがどう出るかは解らないが、2人は技術者。しかも、オニキスが技術者を志したのはアリストクレアさんの影響らしい。ギラギラした見た目でいつもは仏頂面のオニキスだが凄く嬉しそうだ。エレを煽る時は例外かな? いつも真っ黒なアリストクレアさんとオニキスは対照的だ。それでもどちらともに言えるのはいつにも増して楽しそう。
「お姉ちゃん、アタシ、強くなったよ。腕試し、よろしく」
「やっぱり紅葉よねぇ。35近いおばさんなんだから、いたわってよ?」
『まだ、10代の小娘には負けないけど』……。などと、30代の自称おばさんがぬかしておりますが……。お姉ちゃんにしては挑戦的な態度で少し驚いた。お姉ちゃんもアタシと鬼灯の件は複雑そうだったしね。アタシはいつでも全力! 相手がお姉ちゃんでも、負けない!
お姉ちゃんにはすっごくお世話になってきた。お母さん曰く、冒険者ギルドのエウロペ山岳支部に居続けたのは、太刀海お兄さんを待っていたからだけではないらしい。アタシがエウロペにある学舎分校に居たからなのだとか。太刀海お兄さんよりアタシを見守ってくれていたからと聞かされた時は涙が止まらなかった。そのお姉ちゃんに成果を見せるいい機会。覚悟してよね。
「姉上、産後で……」
「舐めてると痛い目見るからね? アタシ、手を抜く気はないよ?」
政務のお仕事などでかなり担が座り、この人も恐ろしい人になったわねぇ。アシアド様もビックリするくらいに昔のアシアド様に似てきたそうな。ただし、シルヴィアさんはアップグレードされたお転婆……を標準装備してるし。エレ、要注意よ?
ブロッサム先生がお茶を飲みながら、今日は落ち着きな……と拍子抜けするコメントが飛び出した。今日、集まってもらったのはこの話もあるが、アタシ達3人へのお祝い。加えてエレからの重大発表、さらにオニキスと個別のお話があるので皆が呼ばれたのだ。2階には避難していたアタシ達3人の子供達とシルヴィアさんとお姉ちゃんのパールちゃんのお子さん達、渡波ちゃん、二十波ちゃんが集まっている。先生はオニキスに手招きしながら、2階への階段方面に消えていった。2階に行かなくちゃいけないお話なの? ……ただ、赤ちゃん達を愛でたかっただけなのでは?
直後として階段方面からアーリアちゃんの悲鳴が聞こえた。聞いた事なかったが、ブロッサム先生の慌てた声も響く。一緒に居るオニキスも慌ててドタバタしてるみたい。フォンさんは……たぶん、慌てすぎてフリーズしてるなぁ。そして、予想と彼女の異能を駆使し、異の元凶を心紅が捕まえた。ブロッサム先生も慌てる訳よね。心紅の腕の中で暴れている子は……。そういえば、心紅だけ子供の話をしなかったし、見せてくれなかったわよね。……って言ってたら理由がすぐに目の当たりになった訳だ。
アリストクレアさんが周りを落ち着かせながら話す。女神族は本当に不思議な種族。女神族は様々な土地で周知されているにも関わらず、詳しい生態や文化などの一切が謎に包まれている。広範囲にコロニーと思しき集落の存在が確認されているが、その個体どころかコロニーすら跡形もなく消えたり、急に出現したりする。個体数も少なく、寿命も定かでない。まずその繁殖方法、生態すら判明しないまま。女神族には男性はいない。なのに……増える。様々な種族との交配が確認されているが、産まれ方すら不定形。解っているだけで代表的な卵生、卵胎生、胎生はもちろん、分裂……はっ?! 分裂っ?! 単細胞生物っ?!
「へ、へぇ、……この子が……、心愛ちゃんの娘さん? ちっちゃいわね……」
「はい……。私が産んだ事に間違いはないんですが、生まれて数日でこの通り。私の超神速も使えるみたいですし、ニニの羽やカースミストも使えてしまう始末で……。脱走も1度や2度ではなくて、ほとほと困り果ててます」
「やぁーっ! やぁーだぁっ! あよぶぅ!! おしょとっ!! いくぅーっ!!!!」
「こ、言葉までっ?!」
「ま、女神族だからな。何が起きても不思議じゃないさ。どれ、約束できるなら、大叔父が外で遊んでやろう。大叔父の近くから離れないならな」
「ほんにょ? おしょと? あしょぶ? いい?」
「ああ、約束できるか?」
「しゅるぅーっ! おーぉじっ! いっしょー!!」
心紅が産んだと言うから違和感は無いが、大きさは通常の胎児の3分の2程度。しかし、それにしてはしっかりとした身のこなしにあの能力。何よりパッと見の見た目は完全に心紅な所が……。摩訶不思議な……。服も人形用の物を着せているらしい。確かにあんなサイズの規格はないよね。シルヴィアさんは心紅に食いついたけど。
アリストクレアさんが目線を合わす様にしゃがみ込み、心紅の子にゆっくり話しかけた。丸くて張りのある声は心紅に似ている。アリストクレアさんの肩に飛び乗り、急に背中から何かが開いた。つ、翼。翼はしっかり悪魔の翼で、ちょっとキリッとした目尻はニニンシュアリに似たんだなぁ。でも、要求さえ満たせば我がまま放題ではないらしい。心紅の扱いも上手だったからアリストクレアさんには子猫と遊ぶ感覚なのだろう。……あー、本物の子兎なのか。
……『助かったァ……』、みたいな表情をしたエレに今度はヘッドショットが繰り出された。そちらに興味はなかった様だが、ソワソワして落ち着かないシルヴィアさんに気を使った人が居たのだ。心紅の娘で小悪魔の『朧月ちゃん』に引っ張られながらね。エレはキツい不意打ちにお茶を吹き出しそうになり、無理に飲み込んで噎せた。潮姉が気を使って背をさすっていたが、フォローの為に言った言葉が追い討ちに加え、クリティカルヒットだったみたい。言うまでもないけど、朧月ちゃんで削がれていた注目はエレに向く。茶化し屋のオニキスが先生に連れられて行って、この場には居なかったのはせめてもの救いだ。
ごにょごにょと切り出したエレの口から出た言葉にイベントが大好きなシルヴィアさんが大歓喜し……、一気に消沈。当然と言えば当然と言うか。実は既にカルフからエレへのプロポーズは済んでいたらしい。
……が、その時の顛末がいかにもエレらしいと言うかね。極度の恥ずかしがり屋であるエレは、その日の為にいろいろ準備し、予定をやりくりして男を見せたカルフの前から逃げたのだと。安易に想像できる話だが、さすがのカルフも立ち直るには時間がかかるくらい……酷いショックだった様だ。しばらくは仕事も手につかず、同僚すら心配したそうな。あまりお酒の類を飲まないカルフが連日の様に飲み屋に通い、自棄酒していたらしいからさ。
そのカルフの不運とも言える顛末。聞くだけなら面白いが、本人だったならば、余計に酷いダメージだ。カルフがやけ酒していた所に……まさかのブロッサム先生がエンカウント。ブロッサム先生は煙管を吸える場所がそこしかない為、チビチビ飲みながらスパスパしてたらしい。カルフは根掘り葉掘り掘り返され、傷を抉られ、引っ掻き回された。聞くだけなら、面白いわよね? 我が身に返した時の絶望感……。カルフの哀れなこと……。しかし、このブロッサム先生に心臓を引きずり出された様な事件は、彼には好転へと繋がる。ブロッサム先生は何もカルフを虐め、酒の肴にする為だけに聞いた訳じゃないようだ。漢を泣かせた女に……それなりのしっぺ返しをする為だったみたい。
「え、えと、あの。カルフと……夫婦に……なりました」
「えー! おめでとう! で? でっ? 式は……」
「あ……、申し訳ありません。式は……できません。忙しすぎますし。孤児院にお金をまわさなくては」
とうのエレは仕事に終われ、忙殺されていたらしい。カルフのプロポーズから羞恥に負け、逃げた事など忘れ去っていたのだ。加害者はそんなもんよね。
神殿の護衛官には複数の階級があり、上位のものはより特殊な官職だ。最上位のエレは『神殿騎士』とも呼ばれ、国が定めた高位の資格を複数必要とする。該当者が少なく人手が壊滅的に足りない。ルシェや1部の他国から志願した人員は集まるが、騎士級職には技能や人柄が伴わず、神殿護衛官で止まるのが原因らしい。軍や国務など様々な儀式や行事にも駆り出され、ミスをすればより目立つ。
そんな中、ブロッサム先生から呼び出され、何かやらかしたのかビクビクしながら指定の場所に向かうと……。そこには正装し、誰かと歩いているカルフが居たらしい。しかも、隣に居た誰かとは見慣れぬ美女……。エレは混乱したらしい。しかし、直結したのは怒りだったそうな。危うくカルフを殺しかけたが、隣に居た仕掛け人の『ブロッサム先生』に引っ捕まえられ、カルフの前で洗いざらいはかされたらしい。この時、カルフに改めてプロポーズをされた。本当は、飛び上がるくらい嬉しかったエレは……カミカミの受け答えで何とか答えたらしい。と言うか……何でお姉ちゃんまで知ってるの? ……あぁ、ブロッサム先生の仮装に付き合ったから、最後は覗き見たのだろう。何はともあれ、この羞恥まみれのプロポーズ合戦の末、めでたく2人は夫婦になった。
……が、式は無理。忙しいし、お金もない。……と言っている。シルヴィアさんは死んだ魚みたいなめをしてるけど。
エレの都合はすぐにつくだろうに。だって、雇い主がめっちゃ推してるもん。心紅が……。誰も触れないけど、今の問題はカルフだ。エレは知らない様だけど、最近のカルフは何やら非番の日すら何かを探っていたり、周囲を警戒している素振りを見せるらしい。アタシはアルフから聞いた。その内容に太刀海お兄さんがピクリと動いた。しかし、何も言わずに座り直し、お茶に手を伸ばす。嘘つくの下手なんだろうなぁ。潮姉もだけど。もしかしたら、カルフは何か危険な事を1人でやっている可能性もある。アルフの時もそうだった。要注意かもね。
「シルヴィ、啖呵切ったのはいいけどさ。だいぶ早かったんでしょ? 大丈夫なの?」
「うん。エメも元気だし。アタシは大丈夫よ」
「エメラルダちゃんよね。可愛かったわぁ。先生なんてパールちゃんに続いて女の子だったから大喜びじゃなかったかしら?」
「うん。それはそれはね」
話題が尽きたのか、お姉ちゃんがシルヴィアさんに2人目のお子さんである、次女のエメラルダちゃんのお話をしている。1歳くらいになるパールちゃんは魔鬼であるからか、驚異的な成長をしていた。最低限の生存能力が生まれながらに備わる魔鬼血統。本来ならば男性しか生まれないはずなのだが、シルヴィアさんと言う不確定要素が加わり、オーガ家には姫が並んだ。
アリストクレアさんは男の子が良かったらしい。けど、見た目に会わず意外と子供は好きらしくて、積極的にお世話をしてくれるのだとか。泳鳶ちゃんも渡波ちゃんも二十波も残らずアリストクレアさんに懐いたし。
まだ首が座らないし、エメラルダちゃんは鬼ではなく、人に外観が近い。パールちゃんとも違うから今回のお出かけは見合わせたらしい。面倒は嬉々とした8代目様が見てくれているらしい。エメラちゃんはキリリとした感じの目をしている両親には似ず、ちょっとタレ目の優しい感じ。歯も生えては居ないが、内蔵や五感などは十分に働いている為、外観が人の鬼だとアリストクレアさんも言う。エメラルダと名付けられただけあり、済んだ翠色に輝く美しい瞳。シルヴィアさんはかなりの美髪で歯並びもいい。だから、歯が生えたら笑顔の美しい子になるだろう。
「さて、それにしてもお前達は中々の活躍だな」
「兄上……なんですか? 藪から棒に」
「戦鬼様がいらっしゃる手前、ワシは言い難いが。ワシはお前達の夫も含め、認めておるという事だ」
「兄上……」
「しかし、見極めには譲歩などせぬからな。何を見せるかは分からぬがワシもそれなりの気持ちでいる。皆よ、くれぐれも無理だけはするな」
そう告げると太刀海お兄さんは屋外へ。やっぱりこの空間にはどれだけ図太くても居にくいよね。気持ちはよく分かります。
それからはオニキスと先生もお話が終わったらしいので解散になり、各々が明日に控える試練に備えた準備を始めている。ブロッサム先生らしい試練でアタシは凄くほっとしたんだよね。最初の空気からして格上5人のパーティーとガチンコ勝負なんて言われそうでさ。思い返したら、確かに先生は生きる術を教えてくれた。アタシ達が足の浮いた状態の時に、根を張れる様に足場の整備を手伝ってくれたのだ。それからは先生の速さに食らいつくのに必死な毎日だったけど。今を思えば、あの時アタシ達をあんなに親身に見てくれた事だけでも……。このご時世には凄く有難い話だったんだなぁ。
先生が常々言っていたように、アタシ達へ『生き方』を教えてくれたんだ。
アタシ達は久々に泊まって、今の塾生らしい子達と語らいながら夜を過ごした。都合や理由に驚かされつつも、いろいろな思いが飛び交った。アタシ達より年下の子もいれば、いくらか歳上の人も。志さえ有るならば来るもの拒まず。先生らしい。……けど、入塾試験が容赦ないのは本当みたいだ。入塾してからもかなり理不尽な試練が待っているから、あの入塾試験は肝試しと考えたらアリなのかも。『ドッキリいきなり腕試し』……。合格の判定だって先生の一存だしね。
懐古を重ね、各々の思いを胸に、夜を明かし挙手制で最初に手を挙げたエレから試練を受ける事に。今回のギャラリーは限られている。様々な種類の防除魔法に守られた形の子供達と付き人だけだ。まぁ、子供達が皆いる訳ではなく、1部の子達はお留守番だ。目を離すとどこかにお出かけしかねないパールちゃんはクルシュワル様、彼女の『じじ様』が預かってくれたらしい。お出かけどころか脱走の常習犯らしい朧月ちゃんはおばあちゃん……8代目様に預けられたらしいけど。
「で? 何をするの? エレ!」
「姉上には沢山の技を教えていただきました。なので、貴女に私がどれだけ飛躍したかを見て頂きたく思います」
「それじゃ、アタシの守りを崩してみなよ! アタシに触れたらクリアね!」
2人は揃って装いを変えた。シルヴィアさんすら魔道具から鎧や武器を取り出した。エレはいつも動きやすそうな服を好む。重たい防具や長い布地の衣装は好まない。パーティードレスにしてもミニドレスを好む。公務とかだったりするとパンツスーツが多い。しかし、エレが様相を変えてきた。さながら、雪の女王……。ティアラからして派手だし、胸元開きすぎ……。なのにロングドレスと、ハイヒールのパンプス。エレって極端よねぇ。
エレは魔鬼の男性と獣型鳥人種フクロウ型の女性のハーフ。目がよく、耳も非常にいい。暗闇にも強く、アタシ達の中では群を抜いた対人ユニットだ。これまで、エレは闇討や大将狙いなどと隠密を好み、大規模な異能を使って来ることは少なかった。そのエレが異能を構え、鎌を振りかざす。最初期のエレは確かに小柄でヒョロヒョロだった。けど、今じゃ割と美人で通ってる。カルフが最初からくっついていなかったら、それなりにモテたんじゃないかな? 身長は170cm弱、めちゃくちゃある訳じゃないけど、出るとこはちゃんとあるし。シルヴィアさん、その事で一時期ショックを受けてたし。
アーリアちゃんとフォンさんは頷き合う。子供達を守る為、魔法の遮断結界を用意したんだね。よしよし、バトル開始だ。勝利条件付きのこのタイプは、ブロッサム先生にもよく課題として出された記憶がある。できれば思い出したくないけどね。
シルヴィアさんもニッと笑うと、何かを使った。あれはっ! 巨人型のゴーレム?! 以前よりもかなり近代化が進んでる。最近は戦いに出てこないから、シルヴィアさんの情報は一切ない。以前の様にコックピットはないし、外部から指示を与える感じの物だ。しょうがない、魔眼を使い、他のいろいろな物も調べるかな。巨人型ゴーレム1機の後ろには分かりやすい隔離障壁が張られている。それに、触られなければいい為、各所にお邪魔トラップの類が仕掛けられているわね。
どちらも動きがないなぁ。こういう時に痺れを切らすのはたいがいシルヴィアさんだ。予想通り、エレが動かない事を確認すると、シルヴィアさんは巨人の拳を前に突き出した。
「来ないならこっちから行くよ!」
およそ20mのゴーレムの拳がエレを狙う。全く手加減はない。確かに手加減しないって言ってたけど……。
しかし、シルヴィアさんのゴーレムが繰り出した拳は何かに止められる。エレはこれまでこの能力を隠してきたの? いや、エレは以前あれに近い技を使っていたことがあった。アリストクレアさんの作戦で前体制の火の国を挑発した際の話だ。でも、あの時の人形とはまた違う。確かに数が全く違うと言えばそうだが、アレは幻術も視野に入れた術だったはず。今みたいな精巧な物では……。
何かの結晶で形作られた騎士が構える大楯でエレを守る様は、戦場の前線。しかも、続々と数を増やしてる。エレはシルヴィアさんから機構系の構築魔法理論を教えこまれていた。鎌の数を増やしたり、自分の鎧にしたり、デコイにしたりと便利だったわね。でも、彼女も問題点を抱えていたとアタシには話してくれていた。エレを厳密に分類するならば『魔法密偵士』だ。彼女は騎士の称号はあれど、表立った活動はしていない。あくまで影の護衛についている。時代背景からも魔法密偵士は、ブロッサム先生が現役の軍人だった頃に重用された戦士だ。通常の冒険者にも人気な魔法戦士や魔法剣士の類とは異なる。
魔法密偵士は高位の魔導師資格に合わせて、類まれなる戦闘センスと肉体を求められた。しかもただ戦うだけではなく、様々な分析から裏工作などもあわせて行う。魔法学者に準ずる魔法の知識と様々な方面の技術を必要としたらしい。そして、ブロッサム先生が中でも評価し、騎士の称号を持ちながら魔法密偵士として活躍したのが……。
「……『さすがはアルベールの坊主の娘だね。近い所には来ている。しかし、実に惜しい。もう一つ欲しいね。決め手に欠ける』」
「凄い、あんな精巧な兵団でなおかつ高強度。エレちゃん、頑張ったんだね」
「いや、アレではまだならん」
「え?」
「公孫樹、アタシ達は何を見に来たんだい? あの子達がどれだけ成長したかだよ? あの子には……欠けているんだ。そこを抜け出さねば、変われない」
シルヴィアさんが呆れ笑いを浮かべながら、エレが構築し続ける結晶の兵隊を薙ぎ払う。やっぱり、最初のは様子見か。シルヴィアさんにしては限定的で狭い攻撃だったから、気になってたの。
あの人は、『鉄壁城妃』だ。
城塞を攻略するには門をこじ開けねばならないし、抵抗してくる兵士とも戦わねばならない。野戦での兵団攻略は策謀により難易度に幅はある。しかし、城攻めは難易度が一気に上がる。城は簡単に壊せないからね。シルヴィアさんのその二つ名は国を守る為の城と言う意味。彼女が居る限り、城塞を崩さぬ限り、打破はできない。それに確かにエレの技術は飛躍的に伸びたけど……。悪いけど、相性が悪すぎる。頭を使って。エレ……。
エレがシルヴィアさんの防御を突破するには、本当に限られた作戦しかないと思う。今みたいに単調な作戦では凪払われて終わるだけだ。いくらエレに技術が身についても、異能の性質や能力での強化上限には限界がある。それに逆の見方から言うなら、限られた方法の中に答えがある。答えは最初から用意されていると言うことなのよ。
エレは特殊なポジションだけあり、様々な技も学んだ。はずなんだけど、活かしきれていなかったのよね。焦ると空回ると言うか、後先考えないと言うか……。アタシだと人の事は言えないけど、回路が直列なのよね。何と言うか、オニキスみたいな焦らしに弱い相手なら、嫌がらせみたいに悪知恵が働くみたいで結果的にいい試合をするのよ。なんだけど、相手が少しでも何かしらの策を回してるのが分かると迷走しちゃうの。残念と言えば残念な子よね。
『いつまでもお父様の背を追っかけないの。じゃないと……隠密機動1人じゃ城崩しはできないわよ?』
回路の繋がり方が良くないだけで、知識はあるからか作戦の選択自体は悪くない……。悪くないのだけど、『その作戦を使うならこっちのがいいよね?』って状況なのよ。ベターであってベストでない。あー、たまにミステイクもぶちかましてたけどね。
バカやアホを見るみたいに聞こえるのかもしれないけど、これは凄く重要だよ? アタシ達は少なからず命のやり取りをしてる。モンスターの討伐だったり、賊の対処、下手を踏めば落命に繋がるのは想像に易い。エレは何度かブロッサム先生に禁じられ、作戦に意見する事ができなかった。エレはそれもあってこれまではずっとイエスマンにならざるを得なかったの。
心紅の脳筋作戦だろうと、潮姉の妖艶な作戦だろうと、アタシのシステマチックな作戦だろうとなんだろうとね。彼女は言われるがままにこなした。寸分違わず、完璧に。しかし、あの子が手を加えるタイミングが0ではない。エレが手を出すと何故か独断専行にまで飛躍した行動になる。確かに……それが団体で共有することが可能なら効果的。……ってタイミングばかりだから、目の付け所はけして悪くない。さっきから言うように、エレは最初の頃から一点しか見てないの。アタシや周りがけして思いつかない様な奇策を打ち出す。それは素晴らしい才能よ。だけど、彼女は彼女の視点でしか視野を広げられない。
視野が広がらなかった原因の一端はアタシ達にもある。アタシ達が何でもかんでも頼んじゃうし、エレは器用だからある程度はできちゃうのよ。それが彼女を天狗にさせた。
だけど、最も危惧すべき点は彼女にある。何より、エレは挫折と言う言葉、概念を知らない。諦める時はあっさり諦めちゃうし、それをマイナスとは思わない所があった。取りようによってはポジティブとも取れるけど、この場合はちょっと違う。『しょうがないよ』と諦め、『何故失敗した?』という所に至らないからエレは集団での兼ね合いを無視し、技術の向上にのみ邁進した。結果、育まれるべき『他人の目線』という視野が広がらなかった。
シルヴィアさんなら何かしら知ってるんだろうけど、もう1つ問題がある。潮姉が何度かエレに他のポジションを経験したら? と言ったのに頑として受けいれなかった。隠密を極めたいのか? と考えた時もあったし、実際問題、エレのこれまでの仕事には、あまりそれ以外が要求されなかったし。だとしても、エレの視野の狭さは異常だ。これが一他人ならば放置され、もっと前の段階で切り捨てられてしまっただろう。潮姉がエレに他職を勧めたのは、大型モンスターの討伐依頼時にパーティーの弱点に気づいたからだ。明確な引き付け役が居ない私達では、不測の事態や仲間のおごりに見舞われた時、仲間へフォローを回したり、守る事ができない。個人で命を保証するしかなかったから。
「くそっ!! かったいよ!」
「そんなに意固地になってちゃ何百年経っても無理だよぉ。エレ! もっと
いろいろな人を見なきゃ!」
その後、アタシが固有の魔法技術を編み出し、アタシが擬似的な挑発と引き付け、回復を行う様になった。理由は無理をしがちな心紅をバックアップする為、意図的に作戦無視もよくしたエレを守る為だ。
あー、やっと結界の存在にも気づいたらしい。
シルヴィアさんも嫌味だ。ゴーレムで効果的にエレの手駒を潰し、時間を稼ぎつつ次々に新たなトラップを構えている。まぁ、これが正常な考え方よね。事後的な対応ではいつか手一杯になり、防衛網が瓦解してしまう。エレも分隊や襲撃の算段に関しては割といいスジしてるけど。さっきから言う様に相性が悪い。シルヴィアさんはエレが個性を見出すまで守りきるつもりなのだ。……正直、悪知恵合戦ならシルヴィアさんにエレは勝てないだろう。政務であれだけ暴れまくってるもんなぁ。あの人、同盟国のお役人や王族に恐れられているらしいし。あのクラヴィが言ってたもの、余程なのだろう。
神通力をベースに銀元素で極限まで薄くした膜を作り、それをさらに異能で極限まで硬化した障壁。称するならば、『不可視の銀盾』……かしらね。構築系統の魔法が得意なシルヴィアさんにはお手の物。それに重要なのはエレが視野を広げ、自力で開拓する事ができるかだ。エレを試している。頭を使わせ、現状維持と盲目的にさせている部分を取りさらおうとしているのだと思う。
頑なに造形に拘る様ではまだまだ。あれを使い、能力の練度を示すだけならば既に秀の判を押されているわ。一般の人には理解できないと思うけど、あの技術は誰にでもできる訳じゃない。人間の形を造形した所で、あれ程に高度な操作はできない。それに人間の体を理解していなければ、生きている人間の様に操作する事は不可能だ。あれが構築系の魔法で構築され、何らかの異能で動かしているのならば尚更。理論と技術が伴わねば、機械は動かない。魔法も同じ。規模や感受性、応用範囲が格段に広いだけよ。
なっ、のっ、にっ……、気づかない。あそこまで意地になるのは何かの理由があるのかしら?
「エレぇ? それじゃぁ、亡くなられたお父様も浮かばれないんじゃない?」
「は? ……は?」
「確かにお父様は素晴らしい方だった。国王がクズだったのは誰の目にも明白……でも、誰も口を開かない。あの方は違った。あの方は元は国王寄りの派閥だったのにね」
「黙れ……」
「広い視野をもって国を見ていた。あの方はすば……」
「黙れっ!! お前が…お前が何を知っている?! 国王の娘がァァァッ!!!!」
シルヴィアさん……まさかとは思うけどわざと挑発した? いや、それしかないか。
エレが目標に対して一直線なのは明らかだ。火を見るより明らか。ただ、その目標を私達が知らないから、エレが盲目的になっている理由にたどり着けない。今、アタシには分かったけどね。エレが何故、魔法密偵士に固執したのか。それはお父様がそうだったからだろう。お父様の事を未だに引き摺り、尊敬し憧れたお父様の立っていた場所に立ちたい。その一心で彼女は駆け上がったのかもね。
その時、アタシ達の反応を見たのか、ブロッサム先生がこちらに来て説明してくれた。
当時、国王独裁の中で軍と政府機関のどちらにも繋がる機関が1つ存在した。それが魔法密偵士達の集まる隠密機動部隊、『黒騎士』だ。主に諜報活動や反体制派の調査など。場合によっては非合法な活動すら王名の元に許されていた。そんな親王派の組織だ。しかし、国内での国王独裁による不満は爆発寸前。ブロッサム先生などの著名な有識者は、暴発を抑えるのに必死だったそうだ。当時の親王派は狂信的かつ横暴だった。レジスタンス勢力と親王派勢力は拮抗しており、事が起きればまず大勢の死は免れない。それを避ける為の御旗も存在せず、まさに泥沼状態と言える。圧倒的な力で抑え込む事は可能だったろう。しかし、代表格のブロッサム先生が市街地で暴れる訳にはいかないし、全中立の神殿に助力を仰ぐなどありえない。このように大きな権力者が割れて戦う構図になれば、必ず統制が崩壊し各所で武力衝突が発生して内乱となる。影響は国内に留まらない。国外の勢力が騒乱に渦巻く中、国内を不安定なまま放置はできなかった。しかし、アシアド様は既に力を失い、強硬な親王派に捕まれば……命はない。シルヴィアさんとアシアド様を保護していた先生は、この点もあり無闇に動けなかったのだ。
その際に部下と共に動いたのがアルベール・トア・グランゾール氏。アタシも名前しか知らないが、この方がエレのお父様だ。ブロッサム先生の熱心な信望者で、親王派と言う建前などよりもブロッサム先生側に居た。最後までアルベールさんは親王派の勢力を削ぎ、中立と拮抗を維持し、なおかつ私財を投げ打って弾圧された国民を救おうとしていた。……エレの母親がエレを奴隷商人に売り渡し、アルベールさんへの恩義があった民衆が決起してしまうと言う事件までは…………。
レジスタンスを宥め、内乱への昇華を止めたのは8代目様の時兎であった暁月様。神殿には当時の主戦力勇者やお母さんがついていた。8代目様はアルベールさんの意志を汲み、その時期までは狂権を振るう事ができた国王の策略に乗った振りをし、アルベールさんを討った。それがアルベールさんの願いだったから。でなければ、8代目様は中立であり、レジスタンスに参加した国民を守る事はできない。本当ならば、この段階で8代目様は怒りに任せ、親王派を打倒したかったのだろう。しかし、アルベールさんは何よりも国民の命を守ろうとしていた。……8代目様が御旗に立ち剣を振るえば、多くの命が絶たれ無用に血が流れる。アルベールさんはレジスタンス暴発の事実を有耶無耶にし、自身が国民を扇動した主犯として名乗り出たのだ。国民を守る為に。……しかし、狂った国王がそれで引き下がる訳がなかった。未だ中立な勢力、勇者を買収し、彼らを投入してレジスタンスを掃討しようとしたのだ。
それが国王の最期に繋がる原因となる。勇者会議の1位が中立勢力の8代目様だった。8代目様はアルベールさんの言葉、『民を守る為』と言う一言の為、彼を犠牲にしなければならなかった事実を……けして許せなかった。8代目様は内乱の勃発を防ぐ為、まずは勇者の統制を行った。1部は買収されたが、フォーチュナリー共和国の大勇者、しかも『絶対の巫女』が説く『正義』は彼らを動かしたのだ。そして、国王は想定外の事態にルシェを頼った。それも……ブロッサム先生の威嚇により不発。勇者会議の呼び掛けにより勇者はほとんど加担せず、旗向きが反転。狂信的なまでに国王へ付いた1部の人間と共に8代目様が断首処刑に処した。……それ以外の甘い蜜を吸っており、国王を見限った為政者は……より残忍な処刑を受けたらしい。
その際に問題が残っていた。エレの行方が分からなくなってしまったのだ。8代目様も手を尽くしたが、見つからず。ルシェ方面にも販売網を持つ奴隷商人だったらしい。それをアリストクレアさんが……口にできない方法で調べ上げ、買い取って保護していたという。これが、エレの根底に残る物……。なんて言ったらいいのかしらね。潮姉も大変だけど、アタシ達がどれだけ平和な世界に生きてたのか……、思い知らされたわ。
「アルベールは孤児でね。アタシが魔鬼の姫として担がれた時に連れてきた若いのの1人だ。まぁ、歳は中途半端だが、……アタシにとっちゃぁ、甥っ子とか息子と変わんなかった。純朴で、心優しい青年だった」
「先生……」
「あの子、エレノアの目を見た時……アルを父上と言った時……。私は何もしてやれなかった自分が許せなくてね。どうしてもあの子には言えなかった。あの子には魔法密偵士は向いてないとな」
「え? そうだったんですか?」
「あぁ、なまじ器用な子だからねぇ……。何でもそつなく熟すが、あの子はどう考えても隠密が下手だ。あの粉を用いた幻術の真似事にしたって、オニキスやアンタらくらいなら誤魔化せても……。その道のプロには敵わない。シルヴィアは殴ってでも道を曲げるだろう。じゃなきゃ、エレノアはこの後、生き残れない」
エレが構えを変えてきた。エレの『見方』が変わったんだ。
器用なのか不器用なのか、あの子は焦点を絞り過ぎる。普通程度ならあっさり見分ける差異を見逃すが、極まった術者が見落とす様な重要な差異には気づく。これが独断専行をしてしまう根底にある原因。答えを先急ぐ。私達よりも数段器用な癖して、視点がズレてるからね。1人でクリアできるくらい万能ならばその能力は訓練次第で活用していける。しかし、エレは隠密と言う型を外さない。それでは、彼女の視野どころか、最も力がある部分を殺しているのと同じではないか。
ブロッサム先生がアタシの私見に頷いた。
アルベールさんとエレの能力系統はそっくりらしい。しかし、エレとは決定的に違う部分があるとも同時に語る。確かにアルベールさんは諜報機関、黒騎士の統括者。だが、彼は魔法密偵士を本職にしていた訳ではない。アルベールさんも器用な方だったらしく、なんでもできる万能の才を光らせた。彼は意図して隠し、自らに様々な噂話や虚言を纏わせ、腹心の部下すら惑わしていたのだ。彼は身内すら惑わす幻惑の騎士。その深奥に携える剣が彼の『忠義』だったんだ。そう、ブロッサム先生に忠誠を誓い、『聖騎士』の証を持ち合わせ、類まれなる技芸にも通じた。
印象……全く逆なのでは? それがアルベールさんの真髄だと先生はカラカラ笑いながら答えてくれた。根は心優しく、虫も殺せない程の小心者だったとね。ブロッサム先生も懐かしそうに頷き、先生を守ると誓い、『神鬼』の姫として騎士の称号を与えた日を思い出すと言っていた。
ん? まぁ、いいや……。
エレも寝首をかくようなセコいやり方よりも、今、シルヴィアさんへ怒涛の様に攻撃を繰り出す方が似合っている。動きも速いし、何よりキレと柔らかな技芸が彼女の持ち味。……あれ? エレは……意図的に異能を隠していたの?
いや、考えすぎか。今のエレは怒りに我を忘れ、使えるならばどんな技でも使う。結晶の兵隊を効果的に用い、ゴーレムの足場を崩しながら、砕かれた騎士を粉へ戻し、不可視の銀盾を可視化。徐々に間合いは詰まってきている。しかし、シルヴィアさんはまだまだ余裕な表情をしているわね。アタシの魔眼にも見とれない技があると言うの?
「あれは!」
「はぁ、あんの小娘ぇ〜……。調子に乗りおって。煽りすぎだ」
「エレを……結晶で?」
「意図は分かる。ふむ、試練とは言うが血を見るような事は避けねばならん。その時は皆の衆、分かっておろうな?」
『はいっ!!』
シルヴィアさんの奇策。それは銀の精密駆動ゴーレムを作り上げ、それをエレに似せて放っていたのだ。しかも、2体。
突如としてエレの背後を取り、鋭い一撃が閃く。鎌みたいな特殊な武器は一朝一夕には身につかない。エレをずっと見てきたシルヴィアさんだからこそ……かな? エレは怒りに我を忘れながらも、自分に似た鎌使いを何とかいなした。2対1にシルヴィアさんがしたのは、エレの様に鍛錬をしている訳ではないからだろう。攻め込まれたら技量の差で押し切られる可能性は否定しきれない。それに誰の目にもエレの方が技量や応用力を持つ事は分かる。
怒りに飲み込まれたままでは、シルヴィアさんも合格とは判定しずらい。しかし、何かのきっかけさえあれば、短気で煽られやすいが彼女はその分冷めやすい。100℃から0℃へ、逆もまた然り。鎌を次々に結晶で造形し、ジャグリングでもする様にグルグル回し、シルヴィアさんの挟撃を鮮やかに躱す。シルヴィアさんは武器の扱いは得意ではないみたい。……いや、鎌は槍使いや枝物の武器を扱う武人でも難しいと言うしね。簡単な訳ないか。
さ、寒い。底冷えするぅ〜。
エレの魔法系統は氷。彼女が使える霧は彼女が司る冷温からなる気温差で作り出している物らしい。エレが冷静になった時から急に気温が下がりだした。魔力をその分だけ、集約して技を繰り出してるって事ね。魔力は自然界に強い影響を出す。神通力も似ているが、魔力は神通力と異なり、外気に満ちているのだ。どんな魔力の性質があるかはその土地の見せる姿により異なる。魔法はそう言った要素を誘引という作用で引き寄せ、超常現象を引き起こす術なのだ。気温を変質させてしまう程ならば、相応の密度のはず。
「……」
「どうしたの? それが全力?」
「まさか……。僕は貴女の義妹ですよ。貴女の事は誰よりも知っている。貴女だって、解ってその手を使って来たのですよね? 姉上っ!」
「何の事かしら」
「いかんっ! 待てっ! エレノア!」
「貴女の自信に満ちたその鼻っ面を一度は歪ませたかった! 今がその時! 絶対零度ォォォォッ!!!!」
ブロッサム先生にしては鬼気迫る言葉が放たれ、強力な防御魔法を展開。先生が守ってくれた為、アタシ達は何ともない。だけど、エレとシルヴィアさんが居た場所と、アリストクレアさんの防御結界内部が真っ白になった。あの魔法……。絶級とはいかないけど、超級魔法と考えても威力が桁違いだ。元来、魔力が個々の性質として持ち合わせる誘引性の差から、氷魔法は他よりも難易度が高く、大成が難しい魔法として知られている。それをこんな短時間に術式もなく……。
って! ちょ、ちょっと待って! シルヴィアさんは無事なの?!
段々と冷気のモヤが晴れ始めた。エレ自身も体に氷の塊が沢山張り付いている。周りには無惨に凍りつき、急激な温度差に負け、銀の造形物が砕け始めていた。巨大な人の造形や複雑に組まれていた不可視の城など、全て絶対零度の前に崩れていく。生物だろうと物体だろうと眠りにつく、世界を閉ざす魔法。アレではシルヴィアさんは……。と、思っていた。しかし、特徴的な高くて張りの強い声が響き上がる。ど、どこから? エレの魔法による魔力波の阻害が激しくて感知できない。『なーるほどっ! やるじゃないっ!』などと、まだまだ余裕そうな声色の後に、再びエレは余裕の無い状況に置かれた。アタシでは見えなかった。エレはすんでの所を鎌で上手く流したが、力を流しきれずかなり後ろまではね飛ばされている。
次に目の当たりにしたシルヴィアさんは銀色の勇壮で荘厳ながら、美しいバトルドレスにライトアーマーをまとって仁王立ちしていた。足場はまだ凍結……、あれはズルいわ。スケート靴を造形するなんてさ。シルヴィアさんの手には……何アレ、あの大剣。魔力どころか、神通力の脈まで阻害する程の強烈な神通力派脈。潮姉が持つ契凪と似てる。でも、確実に進化してるわ。あの大剣は……。魔法を完全に無効化できる性能を持ち合わせるみたい。アタシ、戦えるかしら? 仮にシルヴィアさんと対峙した時に。
「寸劇まで用意してくれちゃって。バレてないとでも思った〜?」
「ははは、だからあんな挑発めいた事を。やはり、侮れませんね。貴女は」
「でも、考えたね。アタシの障壁を一撃で砕くには出力が足りないから、ずっと小細工してる。その事に気づくには時間がかかったわよ。ホントは合格にしてあげたいけど、アタシに触らないとクリアにはならないのよねぇ〜」
「望むところです。貴女の高飛車な笑みをどうにかしたかったのは本音ですから」
「あははは! 言うじゃないっ!!」
「私は、自分が弱い人間である事が、何よりも誇らしい」
「?」
「父が僕に残した手紙の言葉です。僕は……あの人の背を追い、やっと乗り越えた。だから、これからの僕がエレノア・リュネ・グランゾール……あ、わ、ワールテアルロです。貴女に認めてもらう為、この手にした父の志と共に、戦い抜きます!」
あそこで噛まなかったら最高にかっこよかったのにね。無理する事ないのにさ。
エレも鎌へ何やら神通力を集中させていく。以前から使っていた身の丈もある大きな鎌へ流れ込んでいる。氷を纏い、鎌は美しい蒼碧の姿を魅せた。……あれは『停止』かしら? シルヴィアさんとも系統が異なる。
シルヴィアさんの大剣は彼女の神通力を急激に増幅し、同系統の派脈以外の神通力や魔力の流れ、集中すら阻害する物だ。シルヴィアさんの様に体内には『有り得てはいけない密度』の神通力を持ち合わせていなければ、実現すら不可能なコンセプトだ。常人では片鱗すら現れない。ただの煌びやかな大剣ね。膨大な神通力だったら心紅なら……いや、ダメかもね。内在量は近いかもしれないけど、放出の密度はそうはいかない。シルヴィアさんはアリストクレアさんの機材で生かされてるんだ。
あの無敵と思われる大剣へ対抗する術があるのか……。簡単よ。なんの小細工も無い業物で挑めばいいの。えっ? 異能系統で? 条件はつくけど無いことはないわよ。氷の魔力にエレの神通力を重ねると実現可能だと思う。
エレの場合、彼女は魔力の微弱なブレすら起こさない程に、超洗練された氷魔法特化。普通の人は確かに1属性しか使えないが、微弱どころか大きなブレがある物なの。それを頭の隅に入れた状態でお願い。一極に偏った魔力と神通力の派脈は、他の魔力への親和性を著しく低下させる。神通力は個人に1つの派脈だから少し異なるが、体に馴染めば馴染む程にその個を強化する。神通力は年齢を経る事に強化され、肉体が強化された神通力に耐えきれなくなり老化へ繋がるとブロッサム先生が言ってた。エレの魔力は氷の一極。神通力を塗布すると氷が持ち合わせる、『停止』と呼ばれる氷魔力に付随された性質も強化される。ちなみに、魔法の訓練はさっきから言ってる『ブレ』を消すことなの。だから、個人の才能や体質で限界値があるのよ。
で、エレの系統は唯一無二に近い対抗手段。シルヴィアさんの『阻害』に対し『停止』以外の付随効果は相性が悪すぎる。特に、炎の『高揚』の様なものは強化はできるが、阻害されてしまっては効果を失う。しかも付随効果は魔力波の影響を受けやすく、邪魔されやすい。しかし、停止の特徴は最も阻害に近く、魔力波にすら干渉するのだ。あのシルヴィアさんが用いる能力の構造には対抗できうるはずね。……あくまで出力や魔力量、技術が拮抗してればの話だけども。
「アタシに勝てるとでも、思ってるのかな?」
「勝ち負けではありません。殴れたらいいんですから」
殴るの前提なんだね……。タッチではなくて。
そこからは……流石としか言えない。2人とも引かない攻防だ。あ、いや、これは少し言い過ぎか。エレの方が幾分か劣勢に見える。2人とも器用にスケート靴で滑り、手傷はない。エレのドレスに何箇所かの切れ込みが入っているけど、防御も手堅ければ反撃も的確。致命的な隙は皆無だ。
近くにいる心紅の話によれば、ニニンシュアリとの婚前に、常春の庭で稽古をする2人を見た事があったらしい。その時は口が裂けても扱えているとは言えなかったようだ。それってさ……、心紅のレベルの話じゃない? しかし、今のシルヴィアさんはそんじょそこらの使い手ではないと言う。
お姉ちゃんが追加の情報をくれた。シルヴィアさんは学舎時代にエストックと呼ばれる華奢な刺突剣を使っていた。何故ならば、彼女は小柄で華奢だったし、見るからに痩せていたかららしい。アリストクレアさんが無理やりにエストックを持たせるまではブロードソードに振られ、腰を痛めたりしていたとも。
だんだんエレの魔法が引き起こしていた魔力の偏りが収まり、アタシの魔眼が使える様になった。やっぱり魔眼やら固有の系統異能は阻害を受けやすい。便利な反面、単純で強化なども行えないからね。だから、この類の力は乱用しない方がいい。いつでも万全でない力に頼るのは危なすぎるからね。こういう秘策は使い時と知られていない事が重要な事よ。
はぁ……。察してはいたけど、やはりシルヴィアさんも規格外だ。恐らく、シルヴィアさんは何らかの魔法に頼らない革新的な機構で体を覆ってるんだ。本来なら軽量化の意味もあり上半身を堅め、ドレスであるから隠される脚部は守りが浅くなる。だから、足元がお留守になりやすいスタイルではある。……まず、ドレススタイルで戦場に出るなんて、余程の余裕がなければしない事だけどさ。式典みたいな場所にも着る物だし。
しかし、彼女は極限まで自らの異能により硬質化した銀を全身にまとっているからね。布地すら、全て銀だ。
「……」
「ふー、ふー、アタシがよれるのを待つっての? 確かに、合理的だけど、アンタもだいぶ息があがってんよ?」
「ははは、そりゃーそうですよ……。本体じゃないんですから」
「げっ?!」
突如として足元の氷が割れ、久々に度肝を抜かれたシルヴィアさんの表情が見れた。シルヴィアさんは身を翻し……っ。痛そう……。高らかな音が響きエレのグーパンチがシルヴィアさんの鼻にヒット。……クロスカウンターと言うのかしら。エレの鼻っ面にもシルヴィアさんのグーパンチが炸裂。
もちろん鼻血が出た。
2人とも大の字で倒れ込みながら、笑っている。シルヴィアさんは笑いながら『おめでとう』といっていた。せめて鼻血を止めてからにしませんか? お姉ちゃんが手当てに行きたいみたいだけど、アタシと同じで運動音痴なお姉ちゃんにはスケートは無理だろうなぁ。お姉ちゃん、天然なところあるから魔法使えば行けるのに気づいてないのかも。
それを見ながら呆れ、氷上に寝転ぶ2人へなお呆れ、アリストクレアさんが魔法で氷を溶かしながら近づく。2人はアリストクレアさんに引き起こされ、彼は2人の鼻に丸めたティッシュを詰め込んだ。2人とも不満げな表情をしたが、……背後に迫る聞き覚えのある異音に振り向いた。蛇化したブロッサム先生の尾がビシバシ地面を叩く音……。次は2人の脳天に鉄拳が落ちる音が鳴り響く。さすがはお転婆姉妹だね。うん……。
「まったく……」
「すみませんでした」
「申し訳ございません」
ブロッサム先生のなが〜いお説教の後、試練はエレのクリアと言う判定で締めくくられた。意外と長かったし寒かったなぁ。
予定では明日から2、3日かけてオニキスの試練が始まる。アリストクレアさんとの勝負だ。次回は割と平和になりそうだ。だって、品評会形式だからね。乞うご期待!




