双子の女神と夢を見る
紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんが主役の結婚式。2人の希望でお昼近くに式を挙げる事になった。何でも、お休みが取れなかったお姉様やシルヴィアさんなどの要人方の都合に配慮したらしい。確かに、参加予定人数の半分も居ないわね。それに私も含めてじっとしていられなかった方々も、それなりに沢山いる訳だから仕方ないか。
来客は方々からおいでだ。中には完全な私事でこちらに来ている御仁もいる。本来ならば、何かしらの問題が直ぐに国交問題に関わる為、警護を付けるべきなのだけど……。御本人達から丁重に断られた。『もう何度も貴国には来てますの。本当に平和なお国ですわねぇ!』などと言われた始末だ。
私の血縁、おなじみ海神国の要人方は私の顔も立ててくれた。同行して来た数人の護衛ももてなしている。護衛の将と護衛の従巫女達以外は公務、儀式問わずにお休みをお取りになったらしく、総出でこちらに来ていると言う。嬉しそうに到着そうそう跳ね回っていた子もいれば、仲の良い友人に挨拶回りを始めた子も。兄上方も皆様がお元気そうで何よりです。
なぜそんな気軽に皆様がお休みを取れたのか? まぁ、紅葉ちゃんは海神国でもちょっとした人だから……。太刀兄様は公孫樹様の末妹である紅葉ちゃんを資金的、広告掲載面などで支援している。海神国も興業予定があるし、焚き付けられた様に伝統的な演劇興行も気合いを入れているらしい。新たな形で続ける良い刺激になっているという事かな? この様にいろいろな意図はあるが、太刀兄の立場としては公孫樹様の気持ちを優先させた結果だ。
もちろん、それだけとは言わない。海神はこの近辺の同盟国の中では台所的な立ち位置だ。お話をした段階で、料理を振る舞うのは決まっていたに等しい。海神人はお祭りも好きだから、料理を振る舞う事には何ら抵抗もないのだ。海神からは華箕ちゃん、甲虎ちゃん、白兄、赤兄が厨房に詰め、海神の家庭料理から持て成し料理まで……。バイキング形式で振る舞う。それに対するはフォーチュナリー共和国のおふくろの味。ブロッサム先生と前日に聞きつけたアシアド様、椿様の家庭料理と持て成し料理。厨房は朝から賑やかだ。すごくいい匂いだし。ちなみに、私もお菓子作りに参加してますよ。大和菓子です。厨房みたいにライバルを設定するなら、凄く煌びやかなお菓子を作ってるニニンシュアリ君ですかね。何でこの人はパティスリーにならなかったのだろう。
「潮姉までありがとう!」
「身内でのバイキングパーティー、素敵な響きじゃない。私もお祝いしてあげたかったのよ。紅葉ちゃん、お菓子が好きでしょ?」
「うん、今すぐにでも食べたいもの! でも、食べすぎるとドレスがキツく……うぅ」
「ふふふ。でも、思い切ったわね。一日中、披露宴にしちゃうなんて」
「へへへ……。私も鬼灯も、皆に感謝しかないからさ。できることはしたくて」
会場の借用にかかる料金は『次のライブ、VIP席に招待してくれたら無料だよっ!』と8代目様がふっかけて即解決。常春の庭と御屋敷を上手く使えば全て解決だしね。ここはシルヴィアさんが運営しているファッションショップにも近いから、紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんのドレスアップも何ら問題にならない。ついでに言えば、大統領府も近いの。
最大の問題になっていた飲酒に関しても、考える余地がないくらい簡単に解決した。『自己責任』だ。
椿様のご家族は絶対に禁酒と言う家長令が言い渡された。原因は以前の公孫樹様達の婚儀に関わる。それを除いても料理の味付けが……濃い味が好きな方には少し物足りないかも。お酒を活かす料理と言うよりは、少量のお酒でなければ味を取れなくする。……と言う策も関わっていた。まぁ、お料理に関しては、文句など付けようもない、素晴らしいできなのは保証するわ。
ヴォーレル王子とクラヴィディア姫からの贈り物は、特注の工芸品。森の国に自生している、瑪瑙樹と呼ばれる樹木で作られた魔道具だった。2人は紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんが放った『絶級魔法』を目にしていただけあり、2人の偉大さを痛感したのだろう。先程触れた、ノーガードを所望したのはこの2人。来る時も二人で家を出てきたらしい。知っているのは現王と王妃だけとか……。はあ……、デート? デートなのですか?
紛うことなきデート兼お祝いなのだと思う。今回もアルセタスでの時と同様に、2人は『お忍びデート』と言う扱いなので身分を伏せている。でないとクラヴィディアちゃんは割と有名だから、私の時みたいに時兎の御屋敷に務める子兎ちゃん達が慌てふためきだすから。
今日は普通の挙式とは違う。普通の式では披露宴に当たる交流と談話の時間を長く取のだ。来賓に少しでも楽しんで欲しい……。と言うのが紅葉ちゃんと鬼灯ちゃん立っての願い。お姉様方の皆様がお休みを合わせられない事だけではなく、シルヴィアさんなどは多大な協力を2人にしてくれている。式のプランから機材、衣装の借用、購入など。シルヴィアさんは敏腕起業家だし、様々な事業をプロデュースしている。忙しい訳よね。不測の事態があり外せない公務が発生した為、今は居ないけど。昨日の夕方に『昼からは必ず!』って泣きながら叫んでたし。自分で忙しくしてるのも理解してるし、我慢強いからなのかな? あの人からは文句は一言も出てこない。ある意味凄い人よね。
「忙しそうよねぇ……。シルヴィアさん」
「シルヴィアさんはねぇ。あれで体調を崩さないのが不思議よね?」
「アリストクレアさんも似た所あるけどね」
「うん。2人には頭上がらないもの」
アリストクレアさんもシルヴィアさんにすら話さず、個人で3人をお祝いしていたらしい。彼にだって個人的な付き合いがあるわよ。
アリストクレアさんは郵便屋さんみたいなギルドの職員をしていた時期の紅葉ちゃんも知っている。アルフレッド君には口は開かないが、我慢強い彼を気にしている動きが見て取れた。私とミュラー君の時もだけど、あの人は不思議な人よね。初見は秘術の産物であるあの子を興味深そうに見てたけど。鬼灯ちゃんにも彼は何かを手渡していた。アリストクレアさんの事だから、身を守る系統の作品を手渡したのだと思う。あくまで目立たず。彼は……本当に変な人だ。
今回はもう1つの件もある。今度は男性の高官の都合になる。
紅葉ちゃんのお姉様方の旦那様は、皆様が政府の要職についていたり、会社の社長だったりする。お忙しい方ばかりなので、以前の公孫樹様と太刀兄の婚儀では娘様方のみの参加に抑えた。しかし、今回は様々な理由が重なり、アルフレッド君の立場もある為、旦那様方への挨拶回りを個人でしていたらしい。
アルフレッド君は今、諸々の理由があり、芸能プロダクションの社長だ。会社の起業に義兄にあたる方々の中に援助して下さった方もいるらしい。結婚、起業など、お祝いを頂いたりしたらさすがにご挨拶をする。……が、忙しいから略式で構わないのに、丁寧な対応をした彼へ皆様が深く感銘を抱いたらしい。律儀な彼に挨拶くらいせねばと、各旦那様も夕方にご挨拶に来て下さる予定だ。アルフレッド君の良さは……良くも悪くも手を抜かない所よね。
長いから準備もそちらが目立つけど、披露宴だけではなく式もちゃんとする。国の文化財でもあり、特別な場所になる『時兎の拝殿』で儀式的な式を執り行うのだ。心紅ちゃんが巫女として加護を捧げるフォーチュナリー共和国の古い様式の物。公孫樹様が海神の加護を捧げる古代大和調の式典を1度ずつ。時間を変えて行う。アルフレッド君は1人だしね。
紅葉ちゃんはフォーチュナリー共和国の様式で、鬼灯ちゃんは海神の様式の物を行う。ウエディングドレスを汚しては行けないので、まだパーティードレスから着替えていない。白無垢を纏うらしい鬼灯ちゃんも、まだパーティードレスのままだ。彼女は先程からニニンシュアリ君が作る精巧な飴細工にあんぐりしてるけど……。
「でも、受付は……、強面なのかファンシーなのか……」
「あぁー、アリストクレアさんね。一応はガードマンも兼ねてるし。それに子供達も我先に取り合われないだけ平和かもよ?」
「それよりもビックリよね。パールちゃんはお父さん相手だし、前から人懐こいけど、泳鳶ちゃんもアリストクレアさんにはビビらないなんて」
「アリストクレアさんはあれで面倒見いいし、優しい人だもの。まぁ、確実に女性陣からの恨みはかってるかもね。ふふふ」
用意されていた受付は託児所と言う訳ではなく、いつの間にか成り行きでああなった。受付の担当は3人。当初からのお話でアリストクレアさんとミュラー君が座っていた。太刀兄様は手持ち無沙汰なことや、落ち着ける場所が見当たらず、結果的にかな?
なぜ、保育所化しているか? まぁ、あの子達の落ち着く場所が良いに決まっているし、面倒を見れる人でなくては務まらない。御仁は意外性満載だけど、子供達は楽しそうだし。
受付開始。その最初からアリストクレアさんの足下でワチャワチャしているパールちゃん。慣れない場所とアリストクレアさんの雰囲気から少し緊張してたのかな? いつもお世話をしているシルヴィアさんは仕事だし、ブロッサム先生は厨房。必然的に『とと様』がお世話をする事にある。パールちゃんの相手は普通のシッターさんには務まらないみたいだし……? 今は足下で桜の花弁を集めているパールちゃんには、譲れない定位置があるらしい。シルヴィアさんとブロッサム先生が王都フォーチュナリーでお世話をしている為、なかなか会えない『とと様』の膝の上だ。シルヴィアさんにすら譲らないとの事。シルヴィアさんもだけど、あの親子はアリストクレアさんの事好き過ぎでしょ。
「あのお転婆姫があんなに大人しいなんてねぇ」
「?」
「あぁ、私、よく鼻をつままれるのよ。執拗いくらいね」
あぁ……、残念ながら紅葉ちゃんは舐められてるのね……。
そのパールちゃんだが、今日は様子が違う。ミュラー君も受付周りだったり、その他の雑務をこなす為、その周辺にいる。私も厨房ではなくともお菓子を作る為、子供を連れて入るのは危ない。特に火小手や尖った道具は危ないので、泳鳶を彼に預けたのだ。その間ミュラー君に預けたのだが、彼はアリストクレアさんよりも几帳面で……気にしいだから。彼は御祝儀だったり、懇意ながら顔しか出せない方の贈り物を扱い動き回る為、泳鳶はガードマンも兼ねているアリストクレアさんに預けられる。
お菓子を机に飾るタイミングに私は気づいた。あの泳鳶が……ぐずらない。そればかりか、アリストクレアさんに視線を向けて離さない。掴まり立ちをし始め、一言二言ならば喋り始める時期の子達が大人しい。しっかりと敷物を用意してくれていたようで、その範囲内でパールちゃんは泳鳶の一部分だけ黄色い羽毛を物珍しそうに眺めている。引っ張らないか気が気でなかったわよ。泳鳶は泳鳶であまり構って来ないが、完全な無視もしてこないアリストクレアさんに興味津々。急に触って来ないし、無理に世話を焼かれないのがいいのだろう。アリストクレアさんがたまにあげているラムネにもご機嫌だ。
アリストクレアさんばかり目立っているが、もう御一方。こちらは受付の仕事を手伝いながら娘様方の面倒を見ている。お立場もあり、公孫樹様が各御仁に挨拶回りで忙しい。その中で目を離す訳にも行かず、フラフラもできず、アリストクレアさんも居たから落ち着いたのだろう。大和調の少々派手な衣装に身を包んだ双子の姫君。渡波姫と二十波姫。どちらも比較的大人しく、1部を除いて平均的な成長をしている。実は、渡波姫は常時人魚の尾鰭なのだ。人魚や魚人は不安定な種族と言うこともあり、時折この様にして原種の特徴を濃く持つ子供も現れる。渡波姫はその中でも特に美しい飾り鰭に……、青系の色素異常を持って生まれた。美しく育つだろうが……複雑だ。二十波姫にはその様な特殊な物は一切ない。逆に原種の形質が歯と筋力以外は一切無いようだ。まぁ、……どちらも将来は美姫になるに違いない。それは確実だろう。
お2人もたまの外出が嬉しいらしい。何よりも嬉しいのは、忙しく中々御相手してもえない父君に遊んでもえるのが嬉しいのだろう。また、物珍しいのか、隣に座るアリストクレアさんにも興味津々。特に泳鳶がたまにもらっているラムネには釘付け。
アリストクレアさんの事だし、詰まらせたり、喉に突き入れそうな棒飴の類は避けてくれたのだろう。太刀兄やアリストクレアさんの『過度に構わない』という態度が子供達には新鮮だし、自由を満喫できて良いのだろう。顔合わせこそしていても、直接触れ合わなかった子供達も互いに触れ合い、楽しげだ。喧嘩もなく、互いに互いを見比べ、何を考えているのか? いや、かんがえられるのか? 今では敷物の上に4人が集まって、ウトウトし始めていた。アリストクレアさんが薄手のひざ掛けを4人にかけている。常春の庭は暖かでお昼寝にピッタリだしね。あぁ、天使! 悶絶級の可愛さ……。
「あっ! お家を使わせてくれてありがとう、心紅! わ〜! お腹目立って来たねぇ」
「心紅ちゃんもお母さんになるのね。性別……、あ、そうね。女神族だもの。女の子よね」
「ははは、紅葉ちゃんもおめでとう! 潮音さんこそ。2人目、おめでとうございます。ねぇ……、オグさんのあそこは幼稚園か何かなのかな?」
「その内、御屋敷の小兎ちゃん達が集まりそうよねぇ」
「無きにしも非ず……って言うのがね。あはは。そういえば、紅葉ちゃんにも着弾したんだって?」
「こ、心紅! 誰からそれを?!」
椿様が嬉しそうにアシアド様へ話していたらしい。今は嬉しそうに話すだけ納得されているけれど、その前に一悶着あったの。
……。お祝い事が重なるタイミングと言うのは本当にいい事だ。
あ、そうそう。紅葉ちゃんも喜んでいる心紅ちゃんの事は、実は結構前から分かっていたの。ルシェの怪異の件が大方片付いて、パールちゃんが生まれた辺りだったかしらね。彼女には巫女の予知などの外せない儀式とか、あとは公にできないお仕事の話が立て続けにあり、公表できなかっただけなのよ。アリストクレアさんなど興味深そうだったよ。女神族の生態は謎に包まれている。土地、部族、血族、家庭など……全てバラバラなのだ。8代目様のお父上様はブロッサム先生の遠い親戚だという方らしい。学者だからなぁ。あの人も……。
あんなに小さな体で子供を持つ。通常の近人種ならありえない話だ。死んでしまう。生態が完全に謎に包まれた生物。あのアリストクレアさんすら知らない。ブロッサム先生も知らない。本人達も知らないのだからわかる訳もないか。難しいことは一切分からないけど、これだけは確実。心紅ちゃんは可愛さなら抜群。……変身した姿は凄く綺麗だし。どちらをとっても娘さんが可愛くなる事は間違い無し! まぁ、こっちは口に出したら怒られるけど、ニニンシュアリ君も女装させたら普通に美人だろうし。可愛いのは確定よね。
「お母さん……。恥ずかしいよ……」
「椿様も孫が嬉しいのよ。紅葉ちゃんもしっかりね? 家っ事っ♡」
「お金を貯めてハウスキーパーさん雇お……」
やっぱり、心紅ちゃんみたいな小柄さだとすぐにお腹が目立ってきた。旦那さんのニニンシュアリ君も凄く喜んでいたみたい。淫魔の類はその生態から嫌煙され易い種族だが、実は母性が強い種族なのだとか。生物学に詳しいアリストクレアさんと民俗学に深い知識があるアルフレッド君も言っていたし。
体が小柄なだけ、赤ちゃんの発育もはやい女神族。太刀兄に見てもらった時には元気な女の子で、今は安静にと言っていた。この時期は過度な神通力の変動を避けた方がいい。その事を理解しているから、彼もスキンシップはお預けみたいね。彼女も元気そうだし、悪阻や食欲の低下もない。相も変わらず悪ガキのリーダーみたいな所もあるけど、お客さん達と語らいながら楽しんでいるみたい。肉食なのは相変わらずね。ステーキにむしゃぶりつく姿なんてもー……。
今は心紅ちゃんと食事をして楽しそう。あの時の紅葉ちゃんは顔に出さなかったけど、それはそれは大変な事だったのよ。これは婚儀の打ち合わせの日に発覚。たまたま太刀兄も海神国からフォーチュナリー共和国に居た事も加速させたけど。ヴォーレル王子もアリストクレアさんに招かれ、先進医療に関する会合でフォーチュナリー共和国に居た。この時、紅葉ちゃんが最近頻繁に立ちくらみを起こすと言うので、私が太刀兄に取り次いだ。紅葉ちゃんの顔色についてと、食事のとり方を椿様が酷く心配したらしい。……それからがもう大変。アルセタスでの件もあり、精密な検査をした結果、妊娠してから1ヶ月は経っていた事が明らかになった。しかも、それについて紅葉ちゃんは知っていたらしく、椿様は大激怒。今回ばかりはアルフレッド君もキツく問い詰めていた。彼もお仕事の事もあったろうし、アルフレッド君だって心配に決まっている。……その時、私は口にはしなかったけど、アルセタスの怪異で紅葉ちゃんは『複製の秘術』を使った。
「ねぇ、紅葉ちゃん? 貴女に居るなら、鬼灯ちゃんにも?」
「流石、潮姉は見逃さなかったかぁ。うん……。鬼灯にも居るみたい。アタシはポンコツだけど、あの子は渡りが上手でしょ?」
「違うかなぁ。たぶん、椿様が先に見抜いたのは鬼灯ちゃんの方だと思うよ?」
「えっ?! な、何で?」
鬼灯ちゃんは前世っ……て言って良いのか微妙だけど、毒怪沈龍の肉体で生きていた時には子供を持てなかった。元から鬼灯ちゃんは自分が後世に繋げなかった事を悔いていたし、紅葉ちゃんに対する抱擁的な発言や態度が目立った。野生種はいくら高い知能があれど、現在の近人種よりも母性が強い場合が多い。鬼灯ちゃんからは私でも分かるくらい、表情の端々に子供を慈しむ母の表情が漏れていた。たぶん、鬼灯ちゃんは紅葉ちゃんが使った術の全容を知らない。もしくは彼女らの都合に思い当たる節があるから、紅葉ちゃんに隠したんだ。『複製』の分際で『本物』より先に身篭るなんて……とね。
駆け出そうとした紅葉ちゃんを止め、椅子に座らせる。飲み物を手渡し、落ち着かせてから、私は再び口を開いた。
鬼灯ちゃんに聞いた訳じゃないし、椿様も詳しくは話していない。このお話は小さな事実から膨らめた私の想像よ。私自身、彼に強引に迫って、無理に手に入れた幸せだから……。形は違えど何となく、気持ちのすれ違いは読み取れた。私が気づけたくらいだから、椿様も鬼灯ちゃんの仕草から解ったはず。だからこそ、椿様は触れずに居たんじゃないかな。鬼灯ちゃんの気持ちを汲んであげたのだと思う。妊娠が最近の事実で、鬼灯ちゃんだけの妊娠だったならば……ね。
しかし、貴女の事が発覚し、蓋を開けてみたら内情は大きく見方が変わった。紅葉ちゃんが隠していた事は、包み隠さずに言うなら命に関わる事だったのよ。
貴女もだいぶ過ぎてから妊娠に気づいたようだったし、混乱していた紅葉ちゃんは理解できなかったと思う。奇跡が重なったから今があるのよ。貴女には伏せたけど、検査の結果からお腹の子供については元気だが、少なからず魔力障害を持つとアリストクレアさんは口にした。私もその場に居たから詳しく聞いたわ。胎生の近人種の場合はより強い作用だが、外気の魔力に触れていない胎児は母親の魔力に強く影響を受ける。母体のダメージによって事態の程度は変わるが、酷い場合では胎児は死亡。処置が遅くなれば母親も亡くなる様な事例も挙げられた。普通の妊婦さんならば、仕事を休み、出産までを安静に過ごす様に勧める。……と医者である太刀兄も言っていた。しかし、職業上の都合や経済的な問題から、なかなか仕事を休めない場合も勿論ある。そういった女性には特に定期的に受診を勧めるらしいが、指示に従う女性はあまり居ない。そういった女性は無理を押し、救急搬送されて出産に至る場合もあったらしい。中でも戦闘系高位魔導師の母親が過労で流産する例は多い。……場合によっては任務先で亡くなるケースさえ。
椿様ご自身も公孫樹様の前にお腹に居たお子様を流産し、危険な状態で生死のふちをさまよった事があると、苦い口調で漏らしていた。その時、施術してくださったブロッサム先生に、凄まじい剣幕で叱られたのだとか。椿様は紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんが互いに隠し合っている気持ちを理解したから、個別に話し、いつか互いに話し合える日が来ることを望んでいらっしゃるのよ。
「……」
「だ〜れも貴女に強要はしないわ。でも、皆、貴女達の幸せを願ってる。私もね。だから、1人で背負い込まないでよ。私にそう言ってくれた貴女達を私も救いたいのよ」
「ありがとう、潮姉」
「ふふっ……。紅葉ちゃんは隠してても正直だから、私には分かるけどね? それじゃ、今日は楽しみましょ! 主役がべそかいてちゃ始まらないわよ?
」
切り替えの早さと言うか、1か0かというか……。
まぁ、紅葉ちゃんは成人してから2年経つか経たないかだから、まだまだ幼さが抜けない。いずれは肝が座り、お姉様方や椿様の様になっていくのよ。花樹のご家族は本当に強い。私はあの土壇場で迷わず、『絶級魔法』などと言う手段を投じた紅葉ちゃんに驚かされたもの。自分ならできたか? いや、彼女だからできたのよ。
これは椿様がその後に私に話してくれたのだけど、流産で亡くなられたお子さんには『桜』という名をつけていたらしい。旦那様が考えていてくれたのだとか。そのお嬢様が亡くなられてから、椿様は子供に限らず、生に執着したのだと。
旦那様もあまりお身体が強いお方ではなく、いつ亡くなるかわからない。お見合いの際に旦那様は隠さずにお伝え下さったらしい。椿様はそんな旦那様だからこそ支え合い、共に生きて行こうと誓ったのだとか。だからこそ、旦那様も日々を全力で生きたのだろう。お2人と家族の日々が紡がれ、娘様方が生まれる度に名に花や樹をあてた。どの様な草木も花も、健気に健やかに育つからと。聞く限りではお優しい方だったのだなぁ。紅葉ちゃんが生まれて少しした頃、その短い生を終えた旦那様。
そのお名前が……『鬼灯』様だったのだ。人伝に聞いたのであれば知っているかもしれないが、旦那様のお名前を教えては居ないらしい。旦那様は大した役にはついて居なかったから、娘様方は名前を知らないだろうとも椿様は語られた。その名を紅葉ちゃんが選んだのは何かの縁だ。倫理的に考えれば『複製人間』は良い解釈は受けない。しかし、紅葉ちゃんがその『生』に責任を持つならば、椿様も母親として娘の生き方を後押ししていくと。誓われたのだ。
「やはり、貴女があの子と居てくれて助かるわ」
「そうでしょうか。少し、お節介し過ぎましたかね」
「それくらいがいいのよ。私、子育てが下手でね? 公孫樹ちゃんもそうだけど、甘やかし放題にしてしまったから。構わなかったぶん、皆、まるで雑草の様に逞しく育ったわ」
「雑草……。私はそれもまた美しさかと」
「なら、1人の母となる貴女にも、忠告しておきましょう」
物事には一定の範囲が必ずある。広いか、狭いか。その範囲を超えれば、良くも悪くも叩かれる。それを剪定し、形を整え、導くのも親の務めの1つ。それが、子を持つと言う事。子は親の背を見る。しかし、受け取り方は一定ではない。だから、常に様子を見て導くのも親の務めなのだと。
ある程度料理も並び、アルフレッド君が挨拶を述べる中。椿様は懐かしむ様な視線を娘様方に向けながら、私へ訓戒を投げかけた。『祝いの席で無粋な事をしてしまったわね』と丁寧に謝られたが、椿様は正しい事を仰っている。私は笑顔を返して、お茶菓子とお茶を用意した。この話題はここまで、……と言う私なりの意思表示だ。椿様も理解して下さったのか、そこからは椿様と趣味のお話に花が咲いた。実はまだ、メインイベントには時間がある。メインイベントの『誓約の儀』は午前11時から常春の庭にある拝殿で行われる予定だ。現在午前9時30分頃と言うこともあり、余裕がある。披露宴が長いのも考え物だと、椿様と話していると余興が始まった……。幕間の為に用意された舞台付近で、小兎ちゃん達が忙しそうに何かをしている。あぁ、姿が見えないと思えば…………。
エレノアちゃんとカルフィアーテ君が現れ、夫婦漫才を始めた。意外と面白くて……。お酒が入っては居ないが場酔いと言うのかな? 既にハイテンションなお姉様の姿も……。椿様はやはり溜息まじりに目を閉じて笑っている。お祝いの席だから多めに見ているのだろう。紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんもあの様子なら問題ないだろう。それにしても、……今回の事変は盛りだくさんだったわね。
「そういえば、潮音ちゃんは2人目なのよね?」
「えぇ、私は人魚なので他の種とは生殖の様式が異なっていたからです。時期が予測し切れませんでした」
「先生から聞いているわ。貴女も無理はしない様にね? 貴女は親無しと思っているかもしれないけど、ここに居る親世代は皆様が、貴女達を子供の様に見てるから」
「ふふふ。私もいずれはそうなれる様にしたいものです」
時間が近づいて来た為、お姉様方や時間休をとる事ができたらしいシルヴィアさんが滑り込み、紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんをドレスアップしていく。余程楽しみにしていたのか、満面の笑みだ。
ほんとに羨ましい。肉付きが良いとは言えど、太っている訳でもなく、ムチッとした柔らかな感じ。胸、お尻……、はぁ。無いわけじゃないけど、私は彼女達よりも縦に長い分だけ主張もしない。私は170cm、紅葉ちゃんは160cm。ほんと〜に……羨ましい。
シルヴィアさんの鮮やかな手直しと、柘榴ちゃんが施すメイク、白檀さんが合わせている宝飾品など。協力者と言うか、手を出したい人達には事欠かないわね。紅葉ちゃんにしてもモデルのお仕事をしているから、自然にポーズを取って写真を撮っている。どうやらシルヴィアさん達の提携した新事業のパンフレットにするつもりなのだ。確かに、正規のお仕事にして紅葉ちゃんをモデルに雇えば、モデル料が物凄い事になるだろう。これも相互の契約から成り立つのだな。抜け目ないと言うか、無駄がないと言うか……。
ただし、シルヴィアさん含め、皆様が使う物は手を抜いていない。妹の晴れ舞台。ドレスアップが仕事だし、趣味のあの方。皆様全力だ。羨ましい気持ちになったのか、クラヴィディアちゃんがヴォーレル王子にいろいろ尋ねていたのを聞いていたが、王子にしては珍しい苦笑いを見せた。『心眼の魔眼』と『解の魔眼』を持つらしい王子や、1部の目利きじゃないと分からないわよ。ドレスに使われている素材や、化粧品の材料、質、宝飾品に使われている石など。それらをざっと金額になおしていた。彼の様な裕福な王族ですらその金額は……、と目を背けたくなるそうな。興味本位で聞いたらしいクラヴィディアちゃんすら、金額を聞いて少し青ざめた。その少し後にボソッと、『程々が良いわね』と言っていたし。
火の国……。彼女は婚約前は現、アグナス国の経理や財政に関する部分を触っていたらしい。クラヴィディアちゃんのキッチリした性格からして、仕事も厳しかったに違いない。それにどんなに規模が小さくとも、お金の使い道はよく知っているのだろう。そして、ヴォーレル王子に言伝、紅葉ちゃんと話しに向かう。よく喧嘩してたし、お互いにギャンギャン言ってたからね。最初はどうなるかと思ったけど、いい事も悪い事も引っ括めて、隠さずに話し合える友達なのだろう。お互いにね。
「改めておめでとう。わたくしの時も……、せっかくですから招いて差し上げますわ」
「はははっ。クラヴィはこんな時でも上からなのね」
「仕方ないじゃない! 恥ずかしいのよ! と、まぁ、茶番はこの辺で……。これからいろいろ大変でしょうけど、貴女は貴女で頑張って下さいまし。私も、貴女に負けない様に勤めますから」
「うん、ありがとう!」
タイプだけで言うならば、クラヴィディアちゃんと紅葉ちゃんは初顔合わせの頃から、相性が良かったからね。ちょっとキツい物言いもお互い様だし、譲れない所はズケズケ言い合いをする。派手な喧嘩ももちろんするけど、お互いに認め合う所は認め合える。付き合いこそ短いけど、理想の親友みたいな関係なのよね。紅葉ちゃんは様々な趣向の芸能を牽引するスターになって行くだろうし、クラヴィディアちゃんは国民思いな王妃様になって行くと思う。お互いに長く語り合う必要も無い。互いにそれだけ信頼し、理解し合っているんだ。
紅葉ちゃんのドレスアップの最中、私は鬼灯ちゃんの方へ移動した。紅葉ちゃんの式をした後からの準備では時間がかかり過ぎる為、先にメイクだけしてしまうらしい。鬼灯ちゃんが選んだ白無垢は宝飾品が少ない代わりに、伝統的な着付けや化粧を行える人が必要だ。……先生が楽しそうに準備してたけど。お化粧も普通のメイクとは全く異なる為、先生やアシアド様が楽しそうにしている。名残惜しそうだけど、手伝っていた椿様は紅葉ちゃんと式へ。……やっぱり、本人達よりも、参加者の方が楽しんでいるのでは?
いろいろあったし、周囲へ遠慮がちな鬼灯ちゃんの態度。いろいろな考え方の人がいるから、もちろんそれを容赦なく切り捨てる人もいる。その筆頭は……中でも経験豊富で何事にも引く気配がないブロッサム先生。それ程ではなくても、たまに疑問に思う事を容赦なくぶつけるアシアド様。この御二方は中でも苛烈な状況下を駆け抜けた方々になる。大和には独特なお化粧の文化があり、擽ったそうな鬼灯ちゃんに容赦などせず取り押さえていた。あれはさすがに可哀想。狭い待機室で鬼灯ちゃんが何度か逃げようとし、私が捕まえた物。とても擽ったいらしい。
「むうぐむ……むふぅうぁ!」
「あぁ……。アシアド、潮音、しっかり抑えな」
「先生……、この子意外と力が強いんですよ?」
「むぅい!」
「黙らんかい……。今暴れたら大変なことになるよ?」
「……」
大変な事にはなりたくない様だ。
さすがに落ち着いて我慢していた。プルプル我慢してるのがとても可愛くて仕方がない。その我慢し終えた鬼灯ちゃんの待機室からは、紅葉ちゃんがこれから向かう時兎の拝殿が見える。お化粧を終えて、何故か私も残るように言われていたので、鬼灯ちゃんと一緒に待機していた。ブロッサム先生もさすがに煙管を我慢している様で、ちょっとイライラしながら鬼灯ちゃんに言葉をなげた。『先程の相談は受けられない』とね。なんの相談なのかは分からないが、ブロッサム先生の反応からしてあまり良いことではないのか?
アシアド様が困惑している私へ、コソコソと小さく教えてくれた。私も目を丸くした。全くこの子達はとことん不器用なのね。直に伝え合っている時は凄く綺麗に意思疎通が取れるのに。迷い混むとこの子達程に面倒な子達は居ないわね。隠しているようでダダ漏れな心紅ちゃんが可愛く見えるわ……。心紅ちゃんは可愛いわよ?
意思疎通を積極的に取るのは、察するのが苦手だからなのかしら? 黙ったままになる鬼灯ちゃんとブロッサム先生。いつもなら先生が叱る場面なのだけど、動きがない。何かを考えてるか、動きを待っているの? 椿様の経歴もそうだが先生が助産婦さんの有資格者である事や、椿様とアシアド様さまの関係など。この方々の後ろ姿は実に逞しい。私達がいかに子供なのかがよく分かる。昔の女性が、時代の向かい風の中で生きる事の難しさ。今よりもさぞかし大変だったに違いない。慣習や凝り固まった差別。先生はそれらと真っ向から戦ってきた人だと言うことだ。
あまりに会話がなかった為、私達より少し上のお姉様方のお話がアシアド様から出てきた。その時に驚かされたのはシルヴィアさんを始め、椿様のお嬢様は皆さんに先生が立ち会い、無事に生まれてきているのだとか。この場には居ないから暴露したのだろうが、椿様は大変なお方だったらしい。何度も何度も任務先で破水されていると言う。その度に帯同していたらしいブロッサム先生が処置をし、キツく叱っていたにも関わらずね。それが椿様の生き方。先生も途中から諦めたらしいけど。しかし、それが良いとは絶対には言わないとも先生は断言した。
「ツバキチはねぇ、今の1番上の子、公孫樹ちゃんだったかしら。あの子にホントにそっくりだったわよ。頑固も頑固。そこらの石の方が融通がきいたわ。あの子は13人も娘を産んだし、育てた。あの子には娘が全てだったのよ」
「そ、そんなに……。あ、確か、旦那様は……」
「うん、ホウの坊が死んだのは仕方なかったけど。あの子をその虚構から救ったのも娘達だったし。あんなに沢山育てようとしたのは、早死するのが解ってた分、気持ちの抑えがきかなかったのだと思う。ハイエルフの礎だからね。エルフ系の血統が子宝を何より尊重するのはしってるかしら?」
「はい」
どうやら鬼灯ちゃんはお腹の子を下ろすつもりだったらしい。何の解決にもならないのだけどね。あの子達にはあの子達の考え方や、折り合いの付け方がある。先生は言葉数が足りないし、アシアド様は部外者もいいとこだから何も言えない。だから、アシアド様は私を呼んではどうか? ……と先生に話したらしい。……率直に『何故、私?』となったけど、アシアド様からは意外な言葉が出てきた。アリストクレアさんとシルヴィアさん夫婦は何も語らずとも、互いの行いを尊重し合う珍しい夫婦だと前置きした。しかし、こういう夫婦の方が、目に見える問題で苦労する事が多いとも。その点、私とミュラー君の馴れ初めを先生から聞いた時に感じたらしい。私なら、この後何が起きても芯を貫ける『肝っ玉』を持ち合わせているとね。
アシアド様……。私以外の例を挙げながら話して下さった。私の事はこの際いいけど……。大した慧眼の持ち主だ。よく人を見ていらっしゃる。あまり紅葉ちゃん達とは話した事がないのに、そこまでの情報を引き出すか。さすがは最後の王妃だった方だ。ブロッサム先生は自身だけで突き崩すのはお得意ながら、背負い、守りながらの行軍を嫌う。それはご自身が灰汁が強すぎる事も一因なのかな? だから、先生も私に仲介をさせる事に反対しなかったらしい。私もその様に役立ててもらえるならば、悪い気はしないわ。
鬼灯ちゃんの横に座り、彼女へ私の事を掻い摘んで話した。鬼灯ちゃんには私が神海大人と繋がった事を見通した目がある。ある程度は私がどんな人間か見ていると思う。しかし、それでも、私の過去には驚いた表情をした。私は1度、大暴れした時に太刀兄や公孫樹様に対して、大変に失礼な態度をとったことがある。せっかく命を救って下さった方々へ『放って置いて欲しい』、『こんな血塗れな女など生きる価値はない』、『死なせてくれ』と何度も怒鳴った。私は幼少時から力が強すぎ、聖獣や脈からの干渉も他の比にならなかったの。何人の人間を無差別に葬ってきたかなど、今更分からない。私は……血塗れなのよ。
「潮音殿、私を励まそうとして下さるのは有難いのだが……」
「うん? 勘違いしてないかな? 私は貴女の意見を尊重してあげようかと思ったの」
「は?」
「こういう……ことっ!」
私の薙刀を取り出し、鬼灯ちゃんのお腹に石突を満身の力で打ち込もうとする。流石のブロッサム先生も驚愕の表情をし、扇を取り出す。だがこんな狭い部屋では迂闊に魔法は放てない。狭い部屋で私を殺して良いならば手立ては多い。だが、先生は私を傷つけない手を探した。私は妊婦、しかも真横にはパニックになっているアシアド様がいる。威力を下げても安易に魔法が放てない。無力化できる魔法は少ない。そういう意味では致命的な一瞬を私に与えてしまった。アシアド様は確かに魔法はお得意なようでも、20年近いブランクでは私を抑えるのは不可能。魔法を選べたとて、この間合いならば魔法の行使に私の打撃は追いつかない。
鬼灯ちゃんは……考えるよりも先に体が動いた様だ。椅子から滑り降りて、位置取りをずらし、お腹への直撃を避けるように背中を向ける。一縷の望みとか、しないよりはマシ。……という程度の物だ。守りきれる訳が無い。もう少し頑張ってくれるかと思ったが、これでも十分だし、私は薙刀を浮かせた。ブロッサム先生もその仕草を見た瞬間に、私がしたかった事の意味を理解したのだろう。扇を閉じてこめかみ辺りでグリグリしている。アシアド様は腰を抜かして経たりこんでしまった。私は薙刀をしまい、引き起こして椅子に座ってもらう。
鬼灯ちゃんにも同じように椅子に座ってもらった。
脅しには十分過ぎたかな。私は、決めたら曲げない。今回は鬼灯ちゃんの反応も早く、私もその戒めを増やす事には繋がらなかった。私は鬼灯ちゃんの真意を知りたかったのだ。まぁ、口ではどうとでも言えるわよね。だから、私は彼女自身に気づいて欲しかったの。貴女は、口ではいろいろ言う割に、本当はお腹の子供をちゃんと育てたいのだ。単に本能と逃げるならば、それまでだったけど。アシアド様もため息をつきながら私へヤレヤレと笑顔を向けてきた。ブロッサム先生からは扇で軽く頭を叩かれたけども。
「血塗れ姫が道理を語る……か。アンタもアタシの寿命を縮めてくれるねぇ。全く」
「ははっ……。鬼灯ちゃんがいろいろ考えてるのは誰の目にも明白でしたから。迷っているのも、後悔があるのも。でも、私は私の体験で理解しましたから」
言い方は悪いが『構ってちゃん』なのである。もう少し響くように言い換えれば『SOS』かな? 心。無形ながら、様々な圧力によって形を変える生き物の中枢。心には限界値があり、自分の許容量を遥かに超えると、どうにかしてそれを発散させるような仕組みでできているのよ。たまに発散の方法を自壊して、そのまま壊れる人も居るけど。私も後者だった。助けて欲しくて、でも我慢し過ぎて……。壊れた。その後、私は甘ったれた。私が必要とされている。それを実感しながら、私がお荷物であると負の感情に支配されていたのだ。構って欲しかったのよ。太刀兄と公孫樹様は、どうにかしてそのループから私を救い出そうとしてくれていたの。構ってちゃんをし続けるうちは心は変わらない。どうにかせねば、そのストレスから解放はされない。程度にもよるが、私の場合は私自身の崩壊にも関わったけど。
貴女は紅葉ちゃんを礎にした『複製人間』。
本来、錬金術の『複製』や『錬成』には一定のルールがある。貴女が迷う原因はそこにあるはずだ。貴女は、貴女の存在自体に否定的な発言が目立つ。しかし、貴女を肯定する紅葉ちゃんや、貴女の存在を受け入れてくれた姉君達。貴女は嬉しかったのじゃないかしら? 孤独に飲まれかけ、死にすら立ち会いはなく、希望が見えなかった。あったのは苦痛のみ。それを……アルフレッド君を通して見ていた景色にいた女の子が連れ出し、変えてくれた。貴女が紅葉ちゃんの姿になったのは……、紅葉ちゃんを羨んだから。アルフレッド君への感謝、どんな姿であれ彼と共に生を謳歌したい。そして、彼の気持ちを、以前の貴女から引き剥がした紅葉ちゃんへの『嫉妬』からなるのだと思う。
ポカーンとしている鬼灯ちゃん。でも、自分の胸に手を当て、思い返したのかな? 何を思ったかは分からないけど、じわじわと彼女の頬は赤らみ、複雑な表情をした。羞恥、怒り、喜び……。鬼灯ちゃんは私に何かを言いたい様だ。たが、今、貴女がすべきは自身と向き合う事。言わなくてもいいのよ。それに、私にもそれなりの覚悟はあった。私は……彼女がお腹の子を守らないならば……。そのまま、彼女の命も断つ覚悟はあったわ。生かされた者にもその者へ手渡す義務がある。助けた者が、前を向ける様に、生かされた者も前を向かねばならないのよ。
「まぁ、アンタの場合はやりすぎたがねぇ〜? 神海大人から切り離し、体調を取り戻す。百歩譲って、ミュラーの小僧と番うだけならばー……、良かったんだけどねぇ」
「あは……、あはははは……」
「この子はね、ありえない程に短期間で子を身篭って、オマケに保護を申し出したアタシの誘いまで蹴ったんだ。本気でどうにかしてやろうかと迷ったもんだよ」
「は、はははは……やめてくださいね?」
「……この、一見は大人しそうなお転婆はね。そうやって生かされたんだ。アンタと形はちがうがね。……鬼灯、アンタは複製人間の定義は知ってるかい?」
私も気になっていた点だ。ブロッサム先生は紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんを見比べ、外観から『複製の秘術』と判断した。しかし、先生は後から紅葉ちゃんへ鬼灯ちゃんを錬成の肉体を錬成した際の経緯を尋ねていたのだ。それから先生は鬼灯ちゃんの存在に対し、一切の言及をしなくなっていた気がする。それは……紅葉ちゃんに良くある、変な部分がズボラな所と規格外な魔法の利用能力にあると言う。
博識なアシアド様は目を見開いた。私はそこまで踏み込んだ専門知識を持ち合わせない為、未だに分からない。鬼灯ちゃん本人も訳が分からないらしいし。それに答えるようにアシアド様が順を追って説明をしてくれた。まず、『秘術』の類いは、古代に術が固定されている為、並の高位術者では弄れない。……いや、またこのキーワードが出ましたけど、高位術者の段階で並ではありませんから! コホンっ。それを即席で、しかも何の補助も記憶装置もなしに行った事になる。アシアド様が驚いているのはその点らしい。その様に説明をもらっても、使えない我々からしたら実感のわかない話である。例が無いと話にならないと気づいてくれたようだ。
そのタイミングでアシアド様が引き合いに出したのが、アリストクレアさんだ。彼は規格外なセンスと理知的な思考傾向からか、普通ならば陣や魔道具を利用して使う高難度魔術を空で行使する。しかし、彼ですらある程度の準備をせねばならず、触媒などを簡略化する事は難しい。次に出たのは公孫樹様。公孫樹様は確かに高名な魔法学者であり、強大な力を誇る魔導師だ。しかし、彼女の場合はパワー型である為に、威力や規模は桁違いだが器用さはそれ程ない。彼女が秘術を行使するには、相応の媒体や助力が無くては難しいだろう。そして、私。それなりに魔力も洞察力も高いが、秘術を使うには複数の資質が足りない。仮に術式や行程を学んだとして、術を完璧に行使するには日を跨ぐだろう。……紅葉ちゃんってそんなに規格外なのね。
「最も驚くべきは発想力と展開力よ。まさか……複数の秘術を混合行使して、新たな『個』を錬成したなんて」
「はい? 秘術の混合?」
「アタシも疑ったがね。紅葉と鬼灯には……姉妹程度の差があるんだよ。あの子には驚かされる。でも、あの子は倫理を曲げた。それについては変わらない。だから、鬼灯を生かした責任はあの子にあるんだ」
確かに時間や様々な要素が惜しかったのだろう。新たな体を0から作るのではあまりにも時間や魔力がかかり過ぎる。それを解消する為、紅葉ちゃんは自身の複製を作った。しかし、それは魂が定着していない言わば、人の形をした肉の塊。……魂は『個』に1つなのだ。複製人間を作ったとして、外観や能力を同じに統一する事しかできない。『人間』を錬成した段階でそれが新たな『個』として世界に認められるからだ。全く同一の意思を持たせたり、魂を宿らせない場合は理に従い、自然に従い朽ちていく。保存処理を行使したとて、単一の魂しか受け入れない複製体は、維持に本体由来の様々な氣を必要とする。
紅葉ちゃんは知ってか知らずか……、彼女自身に憑依した鬼灯ちゃんの魂を礎に肉体を再編成したのだ。肉体は紅葉ちゃん、魂は鬼灯ちゃんと言う歪な形でね。錬成の最終工程に本体との繋がりを切る際、細工をしたのだろうとブロッサム先生は語る。鬼灯ちゃんの魂は土地に縛られ、雁字搦め。自然の摂理を歪ませ捻じ曲げる程の、強い神通力の脈に縛られていた。その土地に住まう人々の願いが彼女を縛り付けていたのだ。紅葉ちゃんは切断と同時に『個』とされる直前で脈と繋いだのだろう。脈は確かに強い力の流れだが、それを超える親和性を示せば、縛りを解く事はできる。脈により無理やり縛られていた魂は、紅葉ちゃんが用意した『より好適な入れ物』へ引っ張られる。ほんとにむちゃくちゃするわね……。あくまで、これは机上の話だ。性質や原理から照らせば可能と言うだけであって、実際には限りなく不可能な話をしている。細かな神通力操作や、魂の形に寸分違わない入れ物を用意するなんて……。第一、普通の人は過多な神通力に晒されれば肉体がもたない。天照の血筋であるから肉体がそれなりの耐性を持っている。そうじゃなければ、繋げた瞬間に崩壊してしまうわよ。
魂の話しだってそう。適正のある『個』に1つと言う決まりがある。魂を複数持つ者の例はない。複製に他人の魂を宛てがう事も、通常はできない。紅葉ちゃんの肉体に鬼灯ちゃんの魂を乗せただけでは、定着などするはずもない。だから、彼女は錬成した体を『改変』して、鬼灯ちゃん専用の体を作ったのだ。……その際、副産物としての形になるが、お腹の子も一緒に錬成された。鬼灯ちゃんの魂が不適合とみなせば消えていたのよ。更に言うならば、遺伝子などの化学方面の蘇生は一卵性双生児と類似になる。紅葉ちゃんの肉体へ異なる魂を完璧に定着させた為、神通力の脈は全く異なった。つまりは…………2人は完全な別人。同じ度量で量る事すら間違いな上、どちらかに偏った価値を取れるものでもない。貴女は鬼灯ちゃんという名の『生』なのだから。
「泣くでないよ? その化粧は特注じゃぁないからね。アンタ用のは間に合わなかった」
「へ?」
「まーだグズグズ言うのかい! アンタらがややこしくするから周りがおかたーく説明をしてやったんだよっ! あぁーもぅ腹が立つねぇ。ばかなのかい? これだけ言ってんのにアンタって子は……」
「ど、どーじ…どのぉ。わだじばっ!」
「だァァァ! その老師ってのはおやめなっ! はぁ、全く。柄にもない事を言わせないどくれ。アンタはアンタらしく生きな。それが正解さね。生きてりゃ何かとぶつかる事はよくある」
結局、ブロッサム先生がいい事を連発して言っちゃうものだから、鬼灯ちゃんのお化粧は見事に崩れてしまった。それを駆けつけてくれた柘榴ちゃんがアシスタントになり、どうにかして紅葉ちゃんが拝殿での式を終えるまでにやり直す事ができている。娘の晴れ舞台に大号泣の椿様。柘榴ちゃんではカバーしきれなかった為、椿様がアシスタントを入れ替わり、鬼灯ちゃんは複雑な着物らしい古代大和の婚礼衣装に身を包んだ。椿様はそのまま鬼灯ちゃんを連れて歩き、被り布や大袖の裾を踏まない様に女神族の子達が何人も出てきていた。移動も一苦労だなぁ。綺麗だけど……。
あれだけ号泣してた鬼灯ちゃんだけど、本番前には吹っ切れた様に晴れ晴れした表情で廊下を歩く。紅葉ちゃんのも見たかった……。まぁ、ニニンシュアリ君あたりが録画してるでしょう。
この時兎の拝殿は、神殿へ借用申請と一定額の寄付を行えば国民はもちろん、多国籍の方でも式に利用は可能。この歴史的建造物の補習や手入れの為の寄付金。それだから金額がとても高く、中々それもできないのだけどね。お金を払ってでも、この桜がヒラヒラ舞う中での婚儀なら価値はあると思うけれど。とても幻想的で美しかった。主役の3人はもちろんの事、それを支える皆で、良い会になったなぁ。
「そんな事があったのですか。わたくしは席にいましたので……」
「こんな時くらいは仕事モードはやめましょ? ミュラー君」
「ははは、申し訳ない。しかし、アルフレッドも思い切ったものだ。複婚か……」
「私は許しませんよ?」
「いやいや、俺は望んでませんから。それより、何か思う事がありますか? 俺には隠さない約束ですけど」
「……うん」
ミュラー君には紅葉ちゃんの気持ちや鬼灯ちゃんとの一悶着も話した。何でか話したかった。ミュラー君はどんな我儘でも……いや、まぁ、限度はあったけど。それなりに私が無茶ぶりしても言うことを聞いてくれる。優しいと言うか、私に甘いと言うか……。
私は素直に話す事にした。『羨ましい』とね。形はどうあれ、紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんは幸せそうだ。ああやって皆から祝福される式を挙げられるのがね。ご存知の通り、私は式自体は挙げられなかった。もちろん、そんな立場になかった事が大きいし、お腹に泳鳶も居たしね。お金もなければ、ミュラー君との約束、水研との離縁など。あの時は良い事もあった中で最も大きな事に揉まれ、無力さを感じた日々でもあった。今でも時々、心の片隅でチクッと刺さる物がある。自分の存在が……とか、器用貧乏で特化してない中途半端な自分とか。そんなくだらない迷走などしている暇もなく、将軍に抜擢され、息子が生まれ、あれよあれよと時間だけが過ぎた。実は、1番成長できていないのは自分なのではないか? ……と、ふと思っちゃう。
他人の幸せを見ると、自分を悲劇のヒロインにしたがる。そんな自分がまだ居るのが驚きだった。たぶん、ブロッサム先生や椿様、8代目様、アシアド様にはそんな私はお見通しなはず。
「なら、いつか、結婚記念日にやりましょうよ。式を」
「え? え?」
「いろいろありましたしね。俺も、潮音さんと接していて分かったこともあります。貴女は何でも受け止めようとしなくていいんです。全部割り切れる訳ないんですから。ブレる時もあります。そういう時に気分転換しながら、吐き出しましょう。俺も泳鳶も一緒に居ますから」
私が寄り添うと彼もわたしが体を預けやすい様にしてくれた。最初であった頃より格段に逞しくなっている。泳鳶を抱きながら、少しだけだけど、彼に甘えられた。余程、アリストクレアさんのラムネが気に入ってしまったのか……。泳鳶がアリストクレアさんに連れられ、私の所に帰って来た時、小さな巾着袋を抱えていた。しかし、私へ心配そうな表情を向ける泳鳶。この子は本当に優しい子。まだ、明確な感情や自我も育ちきらない時期。それなのに、私の揺らぎを見抜いている。ミュラー君にしても……、ホントに敵わないなぁ。
私が小さな巾着袋から1粒ラムネをつまんで口に入れると、泳鳶が不満そうな表情をした。……母にも1つくらい。ではなく、ミュラー君にもと言う意味らしい。自分にも……と口を開けていたので1粒。親子3人、その内に4人になるけど。泳鳶を抱っこしていると自然といろいろな人が集まってくる。グルメを堪能しているパールちゃんを抱いたシルヴィアさんとアリストクレアさんの夫妻。心紅ちゃんも食べている綿飴。あれはニニンシュアリ君のか……。目が合ったニニンシュアリ君が私達にもくれた。どこに行くとはないが、可愛らしい子供達が羨ましいのだろう。レジアデス君に自分もと子供をせがむベラドニアちゃん。彼女にはまだ……。オニキスちゃんは料理を楽しみながら公孫樹様と連れ立って現れた。太刀兄はアルフレッド君と話しているみたいだ。
そして、紅葉ちゃんと鬼灯ちゃんが私の所に現れた。お祭りの屋台じゃないんだから……。焼きそば、たこ焼き、りんご飴、綿飴……。泳鳶はニニンシュアリ君がくれた綿飴に目を輝かせている。奥には既にむしゃぶりついて絶望的にベタベタなパールちゃんの姿も……。泳鳶を鬼灯ちゃんに抱かせてあげて、空気を読んだのかミュラー君は太刀兄とアルフレッド君、アリストクレアさんが話している輪に加わった。正直、あんな事した後だから、ちょっと気まずいのよね。
「……潮音殿。先程は誠にありがとう。やはり、我…私は考えすぎていたのだな」
「鬼灯に聞いて驚いたよ! 潮姉もゴメンね? ホントなら、アタシ達で話して解決しなくちゃ……」
「いいのよ。過ぎた事だし」
「そ、それでね? 二人で決めたお願いがあるんだけど……いい?」
1か0と言うか……。極端と言うか……。アホとバカと言いますか……。
もう笑うしかなくて、私はお腹を抱えて笑った。私に、お腹の子達の名付け親になって欲しいと言う。実は、『爛華家』の家督を継ぐのは代々の末妹なのだとか。へぇ? なら、鬼灯ちゃんかしらね。椿様も実は6人姉妹の末妹。家督には関係ないが、何人かが疑問に感じたらしくお話があった。椿様のお姉様方は……皆様が戦死なされたらしい。ブロッサム先生も守りきれなかったとも。椿様が……最初に流産された時だそうだ。ルシェ帝国が攻め入り、拮抗した戦の末にブロッサム先生が将軍として2つ名を得た戦い。ブロッサム先生が旦那様と出会った戦いだ。お姉様方はお国のために散っていき、まだ成人したての椿様が人手不足の中で参戦されたと聞いていた。
今回はまた別の理由になるけどね。
公孫樹様がずっと未婚で要職にもつかれなかった為、最初は慣例をはずし、公孫樹様に家督を継がせる予定だったらしい。言わなくても何となく察しているだろうけど、紅葉ちゃんはどう転んでも人の上に立てる性質はしていない。鬼灯ちゃんもだ。その点、公孫樹様は王妃になろうと巫女になろうと堂々としている。……そして、その公孫樹様は海神の巫女になってしまった訳だ。家としての役割は特に持ち合わせない爛華家。家が繋がるならば特に問題はない。家長が双子である事は後に揉め事に繋がる為、例外的にアルフレッド君が務める形をとる様に……。と、椿様が通達したそうな。
「いろんな面倒なゴタゴタは全部アルフに丸投げっ!」
「我々…私達は座っているだけでいいらしい」
「丸投げは困るよ? 君達は爛華の顔になるんだから。儀式や公の場には僕ではなく、君達が行くんだから」
「はははっ……あ〜、お腹痛いっ! 今さらダメって言っても聞いてくれないでしょ?」
「正解!」
「お願い致します」
「申し訳ない。僕からもお願いします」
泳鳶は鬼灯ちゃんの明るい朱色の髪が気に入ったのか握って離さない。そういえば、この子、髪が好きよね。私の髪もよく触ってるし。
この後は更に人数が増え、お祭り騒ぎが加熱した。お姉様方の旦那様が皆様おいでになり、他にも招いていたお客さんが集まった。中でも1番大きな方は公務があり、夕方に参戦されたアグナスの国防大臣アトロピナ・ヴォルカ様だ。この方の肉料理は美味しすぎる。肉汁と焼き加減が絶妙すぎ、中毒性が強く、一度食べると中々あの味を忘れられない。今回は繊細な味わいの料理をと、下処理だけした食肉を運んで来て下さった。……その結果、海神の姫様方はべそ、泳鳶は大泣き、お肉大好きなパールちゃんは大喜び。この落差と言ったら。
あれから弾けた様にはしゃぎ回る紅葉ちゃん。それを少し呆れながら着いて回る鬼灯ちゃん。この平和な日々が、私の夢だ。私のような畏怖が要らない世界は、きっと来ないのだろう。しかし、私が居ることで丸く収まるならば、私は背負うまで。私と輪を作ってくれる皆様と、この夢を必ず成し得る。あの双子の女神もそれを望んでいるに違いない。




