兼業も忙しい。
「へぇ、アンタ今そんな所にいるの」
「知ってて手紙を出したんじゃ無かったのかよ」
「『もちろん知ってたわよ!! だから、簡単に会えないから……』アタシだって暇じゃないのっ!! 再三の登録要請を断っといてどの口が言ってんのよ!」
「それこそ知るかよ。……別に俺だって持っていたいから勇者の肩書きを持ってる訳じゃねぇ。過去の清算も兼ねて資格を返納したいくらいだぜ」
「こっちの気も知らないで……」
「ん?」
「なんでもないわよ! ばーか!」
俺は今、山を降り魔法を用いた特殊な機材での移動から俺を呼び出した人物と合流した。その俺を呼び出した冒険者ギルド最高権力の勇者に連れられて現地へ急行している。どこから情報が漏れたのかは知らないが、俺達が応援として向かっている事が敵にバレたらしい。そこから敵は一点に勢力を集中し、砦の突貫を試みる為の総攻撃を繰り出して来たらしいのだ。短期決戦に持ち込む気なのだろう。そうなれば今の防御能力と海の国が保有する軍事力では籠城すらままならない。
確かに海の国は北、西、南を高く険しい山に囲まれ、東は海に開けた天然の要塞。だが、北西の山間にある砦の防御を崩されれば傾城は一気に傾くだろう。元々が軍備増強を推していない海の国は、自国での防御力はないに等しい。我が国が支援してはいるが、砦を突破された上、戦に不慣れな防衛部隊。最悪の場合、海の国の統制が内部で瓦解し、抵抗すらできなくなれば本当に手遅れになってしまう。俺達はその最終防衛線へ急がなくてはならないのだ。
「『近隣同盟国の重要な食料供給源である海の国。あそこを守りきれなければ、こちらの本国にも多大な損害が出る。だから、俺まで呼ばれたんだな。それに八代目時兎さんの様な攻撃に向いた勇者は今、あの地域に投入すべきじゃない。そこも考慮したんだろう』」
俺が苦手意識を持つこの女の正体。それは……。王家の生き残りだ。今現在の王家は王立院と呼ばれる中央議会の役員だよ。権力も普通の議会員と変わらない。安心してくれ、ちゃんと民意を反映した選挙で選出されてる。
アルベール氏の起こした動乱の後、国王は勇者と言う武力を用い、レジスタンスと化してしまった改革デモを鎮圧しようとした。しかし、当時の勇者においての筆頭格、八代目時兎さんの呼びかけにより勇者達は国王に協力しなかった。それどころか八代目時兎さんが国王への宣戦布告をした事により国王軍は戦意を失い、国王も様々な横暴や政治的な汚職などが発覚して王位を奪われるに至った。その後は元王妃であった彼女の母君により、王家は独裁的な政治思想から離れると言う宣言を受け、国王独裁は終わっている。
「そう言えば、お前の武器はどうしてんだよ。鍛冶師は雇ってんのか? お袋さんとお前が二人三脚で王家をなんとか盛り立てたみたいだが、昔みたいに自由は効かないだろ?」
「アタシ、父親の事は嫌いだったから、むしろ清々してる。それに今じゃアタシは王立院の代表補佐で……勇者会議や勇者協議会では代表理事の一人。商会も設立して順風満帆だからそれくらい何とかしてるわ」
「そうか、これでも鍛冶師の端くれだ。困ってるならと思っただけだよ」
「お気遣いありがとう。気が向いたら行くわ『今さら優しくしないでよ。バカ!』」
彼女の名はシルヴィア・ディナ・シムル。王家の一人娘だった元姫君だ。一度は立場を失ったが、締め付けられた世界から解放されたこの女はむしろイキイキしてたよ。年齢は俺の2歳下で学舎時代の同期。王家の英才教育を受けていたからか、飛び級で学舎へ入って来たのだ。王立学舎は様々な学部があり、俺は分校で一番の規模を持っていた学舎工房へ入学していた。講義の内容により、分校と本校も行ったり来たりする。だから少なからず面識はあったよ。しかも、アイツは必要ないのに職人系の概論も受講してたからな。こっちにもよく居たんだ。手先は壊滅的に不器用なくせによ。
突っかかってくるし、鬱陶しいわ煩わしいわってな。エレの事で借りがなけりゃこんな事にはならなかったんだが……。
実態としては負け組の俺とは違い、風当たりの強さを物ともしない芯の強さを羨ましくは思う。それに本当なら婿の1人や2人はいてもおかしくない美人だし、立ち振る舞いも上品だ。家も失脚したはずなのにもちかえしたしな。噂によれば実業家としてもやり手らしいよ。何で俺なんかに構うのかが謎なんだがね。
「アンタこそ変わりはないの? 一人暮らしで大変なんじゃないかしら?『そ、そしたら、アタシが……お、お嫁に』」
「残念ながらその辺は問題ない。独り身が長いから暮らしは不便も無いしな。収入も低いから今の所は世帯を持つつもりもないし」
「ふーん……。ねぇ、まだ…叶わない片思いしてるの?」
「んなわけねーだろ。お、……見えてきた。って……ありゃヤバいぞ」
「アーク! 急いでちょうだい!!」
かな〜り苦戦してやがんな。しかも、あれは……。敵国に味方してる勇者には見覚えもある。金さえ積めば何でもやるって有名なヤツだ。名前……なんだったかな? まぁ、いい。俺の横のお転婆姫様は、もう突っ込む気満々だしな。目配せまでしてきやがって。解ったよ! 合わせてやる。鉄壁の戦姫、お前の力量とお手並みを拝見と行こうか!
俺達は今、王都フォーチュナリー冒険者ギルドに力を貸している、そんな伝説級の化け物の背中の上に居る。それはドラゴンだ。名はアーク。ただ、我慢が効かなかったのかアークが低空へ降りる前に、戦姫様は既に背中から飛び降りた。闘い方も昔と変わらず豪快だし、最前線で暴れている敵勇者を攻略しに行っちまったな。シルヴィアの武器は複数ある。シルヴィアが鉄壁と呼ばれ、拠点死守の最有力勇者になっているのは武器や彼女の能力が起因するのだ。
ただ、アイツは対多数に対して強すぎるからなのか……、索敵や偵察を疎かにする。俺は密かに敵の隠密部隊を狙撃により壊滅させた。急がにゃならん。シルヴィアを援護する為に俺もアークに指示を出す。敵はSランク以上であろう高位勇者がパーティーで動いてやがるからな。戦闘力が尋常じゃない。うちの中堅勇者達の歯が立たない訳だよ。敵国は戦績持ちの高位勇者を育成してやがったか。
「フォーチュナリー軍、勇者、海の国の兵 に告ぐ! 負傷者と共に前線を落とせ! 我は夜鬼の勇者! 応援に来た!!」
救難と退避の照明弾に反応し、一部の中堅勇者部隊が撤退を始める。敵の効果的な戦略に対して、こちらは無理な陣営での薄い防御。ここまで守り切っただけでも勲章物の評価だ。それでも指示が見えていないのか、まだ闘いたいのかは解らないが闘い続ける勇者は複数名いる。そんな時に剣を地面に突き立て、巨大な防御結界を発動したシルヴィア。敵の軍勢は足を止めざるを得ない状況になっている。一般兵や様々な種族の兵団が突破を試みようとしているが、明らかに力が足りていない。
そんなシルヴィアは聖騎士の勇者。防衛も攻撃も多彩にこなす。そのシルヴィアへ俺の射撃を援護として回すのだ。本来ならばそれが最も良いパターンである。だが今回は敵が多すぎるのだ。俺達が本当にギリギリで間に合い、重傷者はいるが死者も出さずに何とか持ち堪えたようだが……。シルヴィアの結界もこれじゃ時間の問題だ。
急備えの結界では薄かったのか……。数人の高位勇者が結界を掻い潜り、中に入り込んだ様だしな。ただ、実力の高い勇者が数名破ったが、再構築がはやく高位勇者とてあまり侵入できていない。もちろん、雑兵では無理だ。結界を作る剣を守り、見方を助ける2役をさせるのはシルヴィア1人では少し状況が悪い。対処できない訳じゃないだろうが、味方に被害が出かねない状況で武器を振るう事は無いだろうしな。実際に侵入した勇者の一部は殴り倒され、息の根を止められてるし。
「くっそ!! バカ強えじゃねーかよ! 先輩らが苦戦する訳だぜ!」
「僕も援護する!! 何とか持たせるぞ!」
「貴方達は下がりなさい!! アタシは大丈夫よ!!」
照明弾の意味を解らなかった奴らだ。体格の割にデカい剣を持つ勇者が、明らかに身の丈に合わない挑戦をしている。シルヴィアの結界を掻い潜った敵国勇者を押し留める為に前進したのだ。中堅勇者達は満身創痍で戦える者も少ない。
そんな中で階級が低い割にいい判断だ。戦況はよめている。確かに鋭い判断だが、あの勇者は恐らく若年勇者でもかなり若い部類だ。戦闘力として対応しきれるとは到底思えない。……と言うか危険度が高い任務だろ? 最後の砦付近で何とか凌いでいた中堅勇者の部隊に……なんで新米が混じってんだよ。普通なら任務を受託できないしお声すらかからない。まぁ、この際生き残ってんならそこら辺は構わんが……。
出張ってきた新米勇者達もパーティーらしい。剣の新米を必死に支援するのはやはり若い勇者だ。コイツもチビだなぁ……。重機関銃での援護射撃に徹し、仲間への集中攻撃を抑える為のヘイトキーパーをしているんだ。だが、武器も大した出力じゃねーし、その程度の力量じゃ何にもできないぜ? ……しゃーない。手伝ってやるよ! しかも出てきてんのは2人だけじゃねぇじゃねぇかよ!!
シルヴィアはなおも結界を張り、前線を押し上げる為に彼女が1人で立ちはだかって居る。既にシルヴィアに攻撃を仕掛けた敵の勇者はかなり倒された。まぁ、負けるはずがないさ。今の状況は俺達の戦場を整えるシルヴィアの算段の1つでしかない。……シルヴィアの二つ名は鉄壁城姫。彼女の異能とは武器や防具を自在に強化できる事だ。今のシルヴィアは無敵に近い。本来ならば負傷者を引かせる為の囮に過ぎないが…今はあれがベストだ。押さず、引かずがな。
まったく、どこまで人を信用してくれているんだかね。俺もそれなりにやらなくちゃならん。様々に手を回そうとしてくる敵を俺も迎撃してんだよ。ワイバーンで空からこちらの本拠地へ飛ぼうとしていた敵兵団を撃ち落としたり、櫓にいる指揮官を狙撃したりな。ただ、敵の陣が濃すぎて一撃ではなかなか効果は見えて来ない。敵の軍は勇者を先陣に投入してこちらの防衛線に穴を開け、攻撃能力と殲滅力の高い魔道兵や、拠点制圧力の高い魔像兵を押し通していたんだ。現状、あれだけの数はさすがにシルヴィアでも押しきれないし、捌ききれない。……仕方ない。それに……新米のガキ、油断は命に関わるぜ?
「しまっ!」
「アル!! 助けてあげて!」
アークと名づけられたギルドドラゴンは、人間が開拓する前から王都に住んでいた実体のある神獣だ。入植者が土地を守護する為にアークを敬ったため、国家に友好的で今じゃシルヴィアのペットのようなもんだな。俺は今、そいつの背中から狙撃し、敵の勇者を一人撃ち抜いた。
ヘッドショット……っと。スナイパーライフルは精度は良くても威力がな……。対人の精密射撃くらいにしか使わねーんだよな。っと…今撃ち抜いたアイツはうちの国ではお尋ね者にもなってたはずだな。敵が倒れた途端に剣を構えていた勇者は体勢を立て直し、シルヴィアを助ける為に走り出す。今はシルヴィアには助けは要らねーよ。それにシルヴィアと俺がここに来たのは防衛線の維持をするためじゃねぇ。拠点の死守と敵の殲滅だ。脅威があるなら敵を薙ぎ払う。その為に俺は呼ばれた。それに俺がどんな勇者かは知らないだろ?
今のシルヴィアの力はあくまでも広大な範囲を防御する事。攻撃する為にはそちらにエネルギーを回さねばならない。今は……シルヴィアが防御モードだ。攻撃モードに移行するには時間も必要、現状で俺が前に出るためにはまだ手を回さなくちゃならない。手が限られたため、あの無謀者共を集めてシルヴィアや俺が監視できる位置に集めておいた。
「おぃ、ガキ共、なんか言い訳はあるか?」
「はぁ……はぁ……はぁ……。た、助かりました」
「すみません」
「ごめんなさい」
「も、申し訳ありません」
「なんで手ぇ出したんだよ!!」
「はぁ、これだからガキは……。さて、お前らは後でお叱りがある。覚えとけよ!」
ガキの説教の後、待ちくたびれているシルヴィアに目配せしてから準備を始めた。持ってきていた武器を装備し直し、前進の準備をする。
さぁて、久しぶりの前線だ。先に言っておくが俺は俺自身の能力は高くない。だが、武器を介する事で様々な性能が100%ではなく、120%〜200%以上を引き出せる。俺の武器が俺しか使えないのは、武器の作り方に原因があったからでね。例を出すならば心紅の双刀、汐音の薙刀も使用者以外が使っても本来の能力が発動しない。俺が作る武器は特殊な複数の魔法回路を用いている。特定の使用者が使う場合に限り、使用者の体と同等の魔力伝導率を引き出せる。逆に言えば……特定の使用者しか使えない上に、特定の使用者であっても熟練しなければ使いこなせないのだ。
俺は学舎時代の勇者ライセンス評価では、明らかに勇者向きの性質はしていなかった。しかし、いざなって見ると面白いもんだ。勇者ってのは様々なタイプがいる。使う武器も既製品なんて事はないからな。オーダーメイドの特殊な物ばかりだよ。俺はだからこそ強く見える。ベースは強くなくともな。万能が強いと思い込んでいるなら諦めた方がいい。万能な勇者は居ないからな。万能な英雄は居たとしても。
こんなに悠長にしてていいのかって? 悪さをしたガキは叱らなくちゃな。それにどうせ敵は身動きが取れないんだろう。シルヴィアの結界を越えれば俺からの狙撃が待っている。だが、シルヴィアの結界は強固でかなり強い勇者以外は抜ける事ができない。複数の勇者で同時に抜けるには……。先程の惨劇を目の前にしては無理な話さ。抜けた所で殴り殺されるか、撃ち殺されるんだからよ。
「さて、お前らは大人しくしてろ。世の中には分相応ってもんがある。弁えな」
敵が動けない状況ができあがった事だし、こちらから打って出ようか。わざと目立つ様にシルヴィアの結界から歩きながら出る。
まだまだ距離はあるが敵は応戦体制で居るな。そりゃそうだ。俺は名は知れていなくとも、攻撃や武器の特徴では多方面に知られている。そこから俺を警戒してるんだ。ん? 自分だけなら守れるが、おまけがつくなんてゴメンだぜ? まったく……。着いてくんなって言ったんだがよ。
「おぃ、言葉の意味、解んなかったのか?」
「……僕は、貴方を知っています。分は弁えてますよ……。貴方より前には出ません」
かなり小柄な勇者だな。重機関銃を持った勇者が堤に隠れる。結界との境で弾丸の帯を整えながら重機関銃を構えた。体格に合わねえ武器は、回避の精度や判断の範囲を損なうんだがな。……前衛には出ないって事か? なら、解ったよ。
重たい武器を持ち、後衛に就いた若年勇者へ武器を2種類投げ渡す。俺の武器は小型格納できる魔法石で保管している。最初は戸惑ったらしいが、魔法石の片方が彼の魔力に反応して武器が現れる。
ほう、試しただけだが、優良株か? コイツならもしかしたら使えるかもしれない。種族や戦闘タイプ、体質が同じ傾向の勇者ならば極稀に使える事がある。プランを変えたからな。後ろを新米に任せ、俺は大口径の拳銃を構えた。両手に一丁ずつ持ち、実弾モードから魔弾モードに切り替える。俺が一度確認する様に彼を見たため、怪訝そうな表情をしたが新米勇者は頷く。そんじゃ、行くかっ!!
「アル! なめてると……」
「アホか、俺が仕事で手を抜いた事が1度でもあったか?」
「『そうよね……。貴方は…だから…来てくれた…から。アタシを助けてくれた…あの時みたいに』」
ビンゴだな。あのガキは当たりだ。
俺が投げ渡した対戦車ライフルを構え、レバーを引く。あれは実弾ではない。魔法により造形する特殊な弾丸を撃ち放つ銃で、魔法を使う際に起きる魔力吸引が起きている。だが、あの吸引状況ではリアクターの稼働率は60%以下だな。未熟も未熟。仕方ねぇか。恐らく、成人したばかりの勇者パーティーが早まってランクを上げる為に現れたんだろうからな。
俺の武器はロックがかかっていて、あの武器は魔道リアクターの稼働率が低過ぎると、魔弾を発射できない。60%なら発砲まではできるかもしれないが……本来の用途である魔像兵の魔道装甲を撃ち砕くような、まともな威力にはならないな。
俺が作る武器は武器毎に性質がことなる。近接武器は幾重にも貼り重ねたような魔法回路……、正式には魔法力伝達回路により魔力を流す過程で複写、増幅し、強化する。増えた魔力を圧縮し、使用者自身の中で反芻させる。これらの魔力増幅行程を行わせる事で使用者をリアクター代わりにできるのだ。対して射撃武器には性質上、使用者をリアクター代わりにするのに加え、別のリアクターを積んでいる。
だから俺の武器は使う人間や使い方が限られるが、その代わりに適合すれば勇者の実力を底上げし、……既存の武器には見られない高い性能を示す。
戦闘様式からも分けるし、利用方法により組み立て方もかなり変わる。近接武器は衝撃や破損が出やすいため、かなり丈夫に作る。そのため破損し易い複雑な構造や機構物を乗せるのは難しい。だから、魔法回路と特別な性質を持つ高価な素材で使用者の性質に合わせたオーダーメイドを作るのだ。……イレギュラー相手なら近接武器の機構化もできなくは無い。だがそれこそシルヴィアのようなタイプでなければ無理だ。勇者の能力で振り回されたら機構を積んだ武器が直ぐに壊れる。
「支援射撃、いつでも行けます」
「あまり無理はするな。場と展開を読め」
「御意……」
近接魔法戦闘は祖母から学んだ。武器の攻撃特徴や範囲は自己の設計。俺に秘められた能力を解くのは危険すぎるが……。たまに使わねば感覚を忘れてさらに危ない。
準備を終え、加速魔法で急加速し、最前列でふんぞり返っていた勇者の目の前で急停止する。
「……なぁっ!?」
「一応、勧告はしておく。死にたいヤツはかかってこい。死にたくないヤツは……今すぐ帰還しろ」
先程まで強気に出ていた勇者達だが、先頭の勇者が拳銃を突きつけられた事で反応を変えた。巨大な剣を装備した文字通りの巨漢は、急に目の前へ現れた俺に対して為す術もない。いや、俺を目にした周囲の数名が動いたな。戦う意思のあるヤツらが……。
勇者だ。ただ、俺は闘いたくてとか、何かの為になんて気持ちはない。勇者の資格を持ち続けているのは、八代目時兎さんとシルヴィアへの恩義からだ。俺は、俺の両手でできる事以外をしないと決めた……。それは、こういう事なんだよ。
俺もあの時は若かった。アルベール氏を助けたかったが、当時の俺には彼を助けられるだけの力や権力が無かったんだ。見かねた八代目時兎さんや、兄が手を回し事態は動いた。エレの件にしても、小さな女の子を20歳そこそこの若造が養える訳が無い。そんな時もシルヴィアが俺の所に来た。そこから孤児院を開いていたシルヴィアのお袋さんが助けてくれたんだ。
俺は無力だ。強くはない。
俺が勇者である理由は……自分で作った重圧から逃げたくて。少しでも彼らの役に立っていると思いたいから……。弱い、俺は弱すぎる。だったら、俺はそれを隠しながら生きればいい。だが、いつまでも他人に助けられていてはならない。最低限の範囲を決めた。辺境へ逃げ、己の力を抑えながら生きる。それが俺自身の精一杯なんだ。それでも足りないなら、少しの間だけでも俺を……無理やり拡張すればいい。
「お前らの意思は解った。決裂だな」
「!!」
「破壊……」
銃口を向けていた巨漢の勇者へ……引き金を引き、消した。額へ魔弾が接触してから急速に石化、風化、崩壊が進む俺の得意技だ。
弾丸を使えば死体は残る。だが、魔法や様々な遺物を用いると……本来の自然サイクルには起こらないようなできごとが起きるのだ。祖母は空気を自在に操る。俺は……物質と物質の繋がりを壊す事ができる。
敵の数が多すぎるため、ギリギリの間合いを見ながらの戦闘だが、支援射撃を加えてくるガキは確かに上手い。恐らく、若年勇者パーティーのコマンダーはコイツだ。後衛を買ってでるのはあまり近接を得意としないため。観察眼が卓越してやがる。……俺の能力特性を知っている、もしくは短時間で見抜いたんだな。
「おぃ、ガキ! 名前は?」
「?」
「お前以外に誰がいる? 名は?」
「僕はオーガ・ニニンシュアリ。Cランク勇者です」
「解った。お前の仲間に指示を出せ。後ろのねーちゃんを警護させろ」
「御意!」
特殊な能力として俺は物質へ干渉し、その物質の細部を魔法で見る事ができる。見る事さえできれば、あとは魔鋼技師の技があれば魔法回路の組み換え、組み入れ、構築が可能だ。これがどういう意味か教えてやる。
物質はどんな種族であれ魔法力の素体、魔気に影響されているんだ。魔気は物質を構成している元素の特性でもある。様々な特徴があるが、今は割愛。魔法回路を弄れば、物体を構築する魔気や魔力の構築を阻害し……、構築されている物体を破壊できる。どんな物でも。特に魔気や魔力なんかに強い反応を示す勇者なんかは……消しやすい。
1人目が消されてから後続が俺へ雪崩の様に武器を向けてきた。しかし、後ろから同系統の魔弾を撃ち放ち、俺を援護してくれるニニンシュアリがいる。本来はあそこが俺の位置なんだが、俺も構わず進んで行く。先達として立場を見せてやんなきゃな。
それに合わせてシルヴィアも結界を前に出すために歩み出す。その警護の為にニニンシュアリのパーティー達が位置に付き、協力しながらシルヴィアの指示を聞いている。その間に中堅勇者の動ける者達も次々に戻って来ていた。
「アル! アタシもあと少しで攻撃に転換できるから!」
「解った。それまでに少しは削ってやるよ」
久しぶりの闘いだからなぁ。今の限界じゃ8倍速かな? それ以上の速度は体が悲鳴を上げるだろう。倍魔法は確かに強力だが体に出すダメージが異常すぎる。ハイリスクハイリターンの古代魔法だからな。使える人間も今じゃ限られる。それだけじゃないが……。リハビリにしちゃぁしんどいが、行くぞ!
ニニンシュアリのリアクター稼働率もだんだん上がって来ている。銀…下手したら金の卵? まぁいい。そんじゃ、8倍速!
あらゆる俺が繰り出す技が8倍になる。物理的に容量のある物は8倍の減少をするから要注意だがな。俺の銃で放てる魔弾は外気の魔力を吸引して放てるから残弾を考えなくていいんだが……。実弾モードだとマガジンの弾丸が一瞬で底をつく。便利なようで不便だよ。それから、8倍速ってのは2倍速魔法を3回重ね掛けしてんだ。……と言うことは魔力消費は最低量の3倍って事で魔力の消費も痛い。だが、火力、手数、速度、防御力を底上げできるのは、リスクを考えても強すぎてチートに等しい。勇者に対してはこれだけでかなり楽になるからな。モンスターとかには長期戦になりやすいから使わないけども……。
そうこうしている内に敵勇者は既にどんどん居なくなっていた。砂になってな。こういった簡単な魔法攻撃は防除できる術を持つ勇者にはあまり効果を上げない。そもそも魔法が得意なヤツは多くても、防除や解析が得意な学者みたいなヤツは少ないがな……。俺はこの魔法特性と、銃を介しての魔法発動からも二つ名を持つ。夜鬼の勇者とは、単に祖母の影響を受けた七光りの名だ。だが、俺はこう言った急務に際して呼ばれる特殊な勇者で、国の実働勇者も俺がどんな勇者であるか……知らないのだ。知るのは最高位の勇者や1部の知人くらいかな? シルヴィアは……立場やこれまでの絡みから1番よく知っているかもしれない。
んっ? 敵の陣がおかしい。何だ? 敵陣の真ん中で戦闘行為? あんな位置から味方の増援が現れる訳が無い……。あれは……。
「お〜ぃ!! 楽しそうな事してんじゃねえか!!」
「……お前は……知ってるぞ。燃える斬首刀を持つ隻眼と隻腕の勇者。豪炎のスルトだな」
「俺も忘れたこたァねぇぜ!! 魔解の鬼……。オーガ・アリストクレアぁ!!!! この右腕と右目の恨み…今晴らさせてもらうぜ!!」
「断る」
煩い……。ムキムキで暑苦しい主張の激しい体つきに、スキンヘッド。キャラが濃いからよく覚えてたよ。とにかく煩いヤツでね。攻撃の度に雄叫びを上げるし、動くだけで軽い地鳴りだ。種族も猿人族らしい……。勇者ランクは推定SSSランク。俺の2つ上程だ。
俺が武器や技で闘う技巧派なのに対して、ヤツは天性の才能でゴリ押すパワータイプ。スタミナも尋常ではない。活性が低いのか魔法ではなく化け物じみたフィジカルと宿した神獣を真っ向から使って闘う為、真っ向から闘ったら俺には酷な相手だ。だが、勝てない訳じゃない。ヤツが恨みと言うように、あの右目と右腕は俺が壊した。魔法が浸透しにくい体質ってのもあるらしくてよ。最初にであった時は驚いたぜ。
今がどうか知らないが、ヤツも勇者なんだろう。俺に対抗する術を手に入れて来ても…俺は最初から正攻法で闘うことをしない。それに俺は……俺の両手で治まる事以外は請け負わない事にしてるんだ。俺の過去ならば……、俺が清算する。どんな手を使ってもな。
中指でちょいちょいと小招き、小馬鹿にされているがああいう相手に合わせる義理はない。疲れるだけだ。そんな訳で先手はスルト。以前に俺と対峙した際には舐め腐ってくれたからよ。右目と右腕を奪うという手痛いダメージを与えられた。しかし、今回は最初から俺狙いで現れたようだ。敵の軍勢はスルトを味方と認識していなかったからな。あれだけの厚い戦力を1人で薙ぎ払うか。そんなヤツの重い斬撃を受け止めるのは得策じゃない。しかも面倒な事にコイツはこれまでに類を見ない程の戦闘狂だ。そんなヤツを相手に正攻法で闘うなんて馬鹿な事をしでかしたら身が持たん。……選択肢として致し方ないならそうするがな。魔法も一撃必殺になりえない、物理も簡単には決まらない。……持久戦はしたくないんだ。まるでモンスターだよ。
「『速くなってやがる』」
「どぉしたぁ? どぉしたぁぁ!! 前より鈍ってんじゃねぇのかぁ?」
あぁ、面倒だ。普通の勇者じゃないから闘い方を変えなくちゃな。スルトの斬首刀は新造タイプの武器ではない。だから、俺の魔弾が効かないんだ。魔弾を綺麗に叩き切ってくれてるからな。あれが脅威な事は以前の闘いでよく理解してくれてるんだろうよ。
スルトの持つ斬首刀は魔装と呼ばれる神人大戦時に神側が描き、作ったとされる武器だ。あれらは人間が扱うにはかなりのリスクを伴う。あれだけの高出力を単一武器から出すのは現在のリアクターには無理だ。なら、可能性は1つ。スルトが魂を売ったんだ。あの斬首刀はヤツの寿命を燃やす。ヤツが強く生きたいと願うだけ、ヤツの寿命を早めながら燃え上がり、ヤツを強くする。だから、化け物じみた強さをしてるんだ。もうどれだけの余命をしてるかは知らんがな。
魔装はそれだけ危険な物だ。それに対抗するには…同じ魔装を用いればいい。気軽に使える物じゃ無いことは理解してもらえてるだろうが、魔装を用いる事ができるのはより厳選された想いを持つ者だけと伝えられている。……不確かな物は気持ち悪いよな? 実は学術的に魔装は解明されつつあんだよ。俺を誰だと思ってやがんだ。俺は魔法回路研究の第一人者だったんだぜ? 俺が興味を持たない訳が無いだろ。
「『このままじゃダメだ。8倍速を使ったせいでろくに闘える余力もない。やっぱりアレを……』」
「おい、おぃ! なんだってーんだよ!! 何を棒立ちしてんだよ! 詰まんねぇなぁ!! 来ねえならぁ!!!! 消えろ!」
これまでの大軍相手に魔力を消費しすぎている。加えてパワータイプのヤツにはちまちまやり合っても拉致があかん。助力を求めるにしても中堅勇者では力不足でコイツの相手は無理だ。シルヴィアにはニニンシュアリや若いヤツらを守ってもらってる。周りに誰もいない。……今なら、やれるか? 目には目を歯には歯を。スルトに無いものって言ったら知識だろう。魔装を使いこなすためのな。行き当たりばったりでは目的を達成する前に絶えちまうぜ?
「シルヴィア、結界の強度を最大にしてくれ!」
「あ…アンタまさか……。ダメよ! 今度こそ死んじゃ……」
「なんだぁ?」
「奈落……。真魔装」
シルヴィアが言うように以前も死にかけた。以前のスルト戦でへばったのは、2倍速を過使用しすぎただけだ。ただ、今回のダメージ蓄積が度を超えたなら理由が違う。……祖父が死んだ理由を追い求める内、行き着いた結論を解き放ったのだ。実は今回が初使用。
スルトは野生の勘なのか俺に強力な乱打を浴びせてきた。正解だよ。お前の魔装を破壊する為の物だからな。だが残念、無意味だ。魔装を使える条件。それは別に気持ちや強さだけじゃない。最初から求められるのは血筋や適合性なんだ。
全ての攻撃を爆発、衝撃魔法の魔弾を用いてはじき返す。俺やシルヴィア、心紅、汐音は神人大戦時の勇者の血を濃く引く。……それらの勇者は大抵が汎用型の現代勇者兵器を使いこなせないのだ。理由は様々だが……。汐音は初代の血を濃く受けすぎており、現代勇者とは魔力流脈や異能の発動構造などの体質がまったく違う。心紅も似ている。体内に蓄積している魔力圧が有り得ない程高すぎるため、汎用武器では耐えきれずに爆発する。シルヴィアはどんな武器も使えない事はない。だが、100%以上の出力を引き出すには、彼女の魔脈や異能による反応に適合した武器を用意しなくてはならなかった。俺はそもそも体内で魔力圧を高める機能が低過ぎる為、リアクターを積んだ武器以外は使えない。
スルトの剣で俺の衝撃魔法を防御したつもりらしいが……武器の専門家にそれは安直じゃないか? 途端にスルトは崩れ落ちる。体から蒸気が上がり、シワが濃く、痩せてゆく。悶え苦しむスルトを前に銃口を向けた。
「な゛、な゛んで……だっ!」
「悪いな、スルト。俺は言ったはずだ。断ると」
スルトに何をしたのかって? 大した事はしてないよ。至極簡単な事さ。武器職人。特に魔法回路の専門家なら一目瞭然さ。
祖父は祖母が魔力はあるのに上手く作用させられない事に注目したのだ。そして、行き着いたのが……魔装の存在である。祖母の戦扇は魔装のパーツや魔法回路をベースに、現代仕様の魔法回路を施して改良に改良を重ねた物。だが、祖父はあくまで普通の職人だ。種族や魔法技術において魔装に耐性がなかったらしい。長い間、魔装に触れ過ぎた事で体がボロボロになっていた。それが原因の衰弱から亡くなった人なのだ。
俺は祖母の血筋を強く受け継いだらしく、兄とは異なり勇者業も兼業できてしまった。だが、それは同時に辛い事実を突きつけてきたんだよ。俺も祖母と似たんだ。
俺は魔装を構造的に理解する為にいくつも破壊した。勇者業はその為にも都合が良かったからな。だから、……俺には魔装は効かない。
「な、何?!」
「まずいな……。総員退避!!」
「アル! 貴方も!」
「俺は食い止める。お前は皆を逃がしてくれ」
「馬鹿な事言わないでよ!! アタシの中の皆にはアンタもいんの! 早く!!」
「これを食い止められんのは……、神人の勇者の血筋である俺だけだ」
「……解った。……解ったわっ!! アタシが食い止めれば解決よね!」
魔装は強大なエネルギーを凝縮されたコアが心臓になっている。コア自体はかなり脆いんだが、それを守る構造がまた難解なんだ。保護構造は魔法回路に類似し、魔法回路をかなり複雑にした物と言っていいが、並の学者じゃ解析できない。普通の工房において使われる魔法回路は利便性向上のたむ、あまり混みあわない仕様にし、極力小さな規模の回路を並列するのが一般的。対して魔装の回路はかなり大きな規模の回路を織り込みに織り込み使っている。魔法回路が紙1枚とするなら、比較的簡単な魔装の構造を比喩すると、紙くずを握り潰した状態で同じ表面積をカバーしている状態だ。この程度ならまだ生易しい。物によっては複数の大容量魔法回路が直列で繋がり、それを編み込み、織り込みされてるからな。絡みまくった毛糸玉をイメージしてくれたらいいかな。
だが、それの解析を俺は成し遂げた。骨は折れたがな。それに必要不可欠な俺の異能は戦闘向きではない。あくまでも物質の細部、内部の構造を詳しく見る力だからな。
魔装への具体的な対抗策、それは俺の武器のリアクターと……魔装の機関構造を入れ替える事。そうする事で魔法回路だけを破壊する機構から、魔装の回路、コアと魔法回路を同時に破壊できる機能を持った武器へ転換できた。魔装は使用者と繋がる。特にスルトとあの斬首刀の様に、直接的に寿命や魂と呼ばれる物をリンクした場合は簡単に対処できてしまう。
繋がりを切れば、使用者は魔装の加護を得られなくなる。対価が支払われない状況では武器は使用者を助けない。それをもう一度契約し直したり、無理矢理に使おうとすれば代償が大きすぎるはずだ。それまでの使用で体に負荷を出しすぎていた時には、その場で息絶える場合すらある。だが、スルトは縋ったんだろうな。魔装が要求する対価が上手く噛み合わなかったのか? もしかしたらスルトは死してなお、俺に勝つ事を選んだのかもしれないがな。俺達から解ったのはスルトはそのまま……あの魔装に取り込まれた事だけだよ。
こっからは俺の誤算だ。人を1人取り込んだ程度で魔装が目覚めるとは思わなかったが……。予想に反し、魔として再び人を滅ぼす姿へと変わったのだ。神人大戦に次ぐ人類の危機で魔装大戦と呼ばれた。魔装とは即ち兵器。人を滅ぼすと言う意思のみで動く破壊兵器なんだ。それこそ並の勇者や兵器じゃ対応できない。
「はぁ……。お前には重要な仕事が……」
「アンタは何も解ってない!! 何でも背追い込めばいいんじゃないんだからね!? アンタと一緒に居たいって人の事を考えなさいよ!! バカっ!!!!」
「お前は人の事をバカバカと……。お前の言い分は……っ!!」
魔装は形を変え、人の形をした焔の化け物になった。それと同時に化け物から放射状の熱波が放たれ、森や林が焼け野原と化す。シルヴィアが広く結界を張っていたおかげで熱波を遮断していたから、こちら側は害にはならなかったが……攻めて来ていた敵の大軍勢は壊滅…いや、全滅したな。俺の奈落が暴発してもそうなるんだろう。肝に命じなきゃな。
ただ、解析して解った事は複数ある。魔装にも使い方がいくつかあるってことさ。魔装が使用を許しさえすれば後は使い方次第だ。俺は寿命ではない別の物を対価にしている。機能も範囲も制限しているからな。俺の魔装である奈落は周囲の魔力を無理矢理吸い上げ、俺を体内から強化する物だ。奈落……。底の見えない穴なんだよ。体質から魔力圧を高く上げられない俺には助かる物だが……。
化け物は無差別に攻撃をして来るようだ。熱波や熱線を結界は透過しない。だが、魔装の本体は魔法や異能の結界を通過できてしまう。今はシルヴィアを抱き上げて退避している。近くに居た若年勇者達が気になったが、アークが機転を利かせてくれたようでニニンシュアリ達を背中に乗せて既に上空へ。中堅勇者達は本来の守護任務もあり、俺とスルトとの戦闘中に退かせてある。今はいいが、このまま化け物が海の国へ向かうのだけは避けなくちゃならん。海の国へ向かうようならば……止めなくては。目標が変わり面倒になっちまったぜ。
「師匠! 僕とレジアデスで援護します! 今の内に体勢を立て直してください!」
「お前の師匠になったつもりはない! 早く退避しろ!」
「アタシを下ろしなさいよ!!」
「ったく、どいつもこいつもうるせーなぁ!!」
まずい……。何故かアークを敵と認識したらしい。化け物は空へ向けて熱線を放ち始めた。アークだけなら逃げ切れるが背中に5人も人が居たんじゃ如何にアークであっても不利は否めない。……恐らく、ニニンシュアリが化け物を攻撃する意思を見せたのが原因だ。魔装は神人大戦時に信仰心により具現化された神が作ったとされる『心』の武器。意思や心の変動には敏感に反応する。
手数の薄いニニンシュアリ達では対応しきれない。仕方ない。本当ならお前を危険な目に遭わせたくないんだが。シルヴィア。また、お前に借りを作る事になりそうだよ。俺がスルトと闘い始める前にアークへ依頼して遠ざけておけば……。今更グダグダ言ってても仕方ねぇ。さぁ、お転婆姫様よ。頼んだぜ!
「解った!! シルヴィア、前線のバディを任せる」
「え?」
「今更おかしな反応をするな。あのガキ共を巻き込んだのは俺の責任だからな」
「貸しだからね!」
「しゃーねーなぁ」
シルヴィアを抱き上げ、回避行動をとっていた間にアークすら戦闘に加勢していた。いつの間にやら部隊を展開したヤツら若年勇者パーティーが攻撃を続けている。ヤツら若年勇者パーティーの距離配列はかなり歪だ。各々の得意な武器をとりあえず使っているに過ぎないんだろう。俺を唸らせたニニンシュアリは俺の重機関銃を使い、動きながらの牽制射撃に徹している。しかし、動きがとろい。
武器や防具も体やバトルスタンスにより突き詰めねばならない。金があるならばやはりお抱えの鍛冶師に頼むのがいいだろう。しかし、若手には無理だ。お抱えを持つと言うのは家族を養うのと同じ事。16歳もそこそこのガキ共にできるはずがない。
……とは言え、無理に既製品や実力に合わない武器を担ぐのは自殺行為だ。勇者と一言に言えども経験職だからな。死線を幾つ超えたかで力の差が現れる。家柄や立場だって運に過ぎない。……どんなに強くとも死ぬ時は死ぬのだからな。
「レジアデス! 来たぞ!」
「わーってるよ!! 来いやぁ!!」
「無理はすんなよ!!」
最初にシルヴィアを護ろうとしていたガキだ。無骨な大剣を1枚板の様に突っ張り、魔法で範囲を拡張して撃ち込まれる火炎弾を無力化している。……あんにゃろ、剣をあんな使い方しやがって!! あれは切る武器だ。
ただ、レジアデスと言ったな。防御や魔法の付加には乱れや不安がないらしい。むしろヤツには大剣を使う以外の素質があるな。学舎を出ていないだろうから、自分の才能を模索し切れずポピュラーな武器を使いつつ探していたのかもしれない。それに、アイツは武器に振られてる。重量級武器は向かないんだろう。あれでよく生き残ってきたよ。運や才能はあるのかもな。
「アシュ! レジア!! 火炎弾が弱まったぞ!! 早く動け!!」
「解った!! アルフレッド!!」
「うっせー! 指図すんな!」
アークの背中には弓士の勇者がいる。アルフレッドと呼ばれた弓士は特殊な加工がされた弓を用いていたな。あれは……。まぁ、いい。弓を放つのは味方を走らせる隙を作るのと、アークが攻撃できない合間を埋める為らしい。俺達が攻撃するよりも、アークが吹き出す光線で魔人が悶えている。伝承や実体験として……魔を壊せるのは魔装しかない。だが、アークは魔装が生まれる前に……その土地から溢れた想いにより生まれた存在。より特殊な力を持つんだろう。魔装や魔人もアークの攻撃に耐性がないらしい。
魔人の足下をうろちょろする若年勇者パーティーの攻撃はアークとアルフレッドに攻撃が集中しない様にする為だ。考えたのは恐らくニニンシュアリ。だが、お前らも経験が足りなすぎる。確かにいい作戦だが……。ニニンシュアリとレジアデスの反対側にいる撹乱要因が上手く機能できていない。それは2人が本職の武器を使えていない事と……2人は恐らく一人で動き回るタイプの武器をいつも使ってたんだろう。相互の相性が最悪だ。
「カルフィアーテ! おせーよ!!」
「俺はこの武器初めてなんだよ。……って来た!!」
「うわっ!!」
「ミュラー!! こんにゃろ!!!!」
「動かないで!!」
「え゛っ?!」
「巨人?!」
シルヴィアが動いていた。やはり彼女の力は構築まで時間を要するらしいな。
若年勇者を守る為にシルヴィアが本当の武器を展開する。彼女は……全身が武器と言って過言でない。カルフィアーテ、ミュラー、両人の前に銀色のゴーレムが立ちはだかる。彼女が鉄壁と城塞姫を同時に冠するのはこれが理由。シルヴィアが結界として組み上げていたのは俺が教えた組成構造を魔法で組んだ銀である。魔法回路の構築を応用したんだ。知恵の回るシルヴィアはこういう応用は得意でな。昔から屁理屈と論破が得意だったよ。
さて、彼女のシンボル、銀は……この世界では数少ない聖なる金属の1つ。特攻的ではないが、魔装に対しても魔装以外で対処できるキーマターなのだ。まぁ、上げて落とすようだが、……落とし穴もあるんだがな。銀は柔らかすぎる、酸化しやすい、打撃に対して脆弱と武器には向かない。もとより装飾品に用いられる貴金属だしな。そもそもシルヴィアの血統がなければあの巨大な銀の巨人は立ち上がれないのだ。全てが銀でできているゴーレムを彼女の異能でコーティングする様にしている。彼女の異能は鉄壁なのさ。異能を取り除いたら華奢だし、力も弱い普通の女性。だから、守ってやらなくちゃならないんだ。倒れた後のリカバリー能力がシルヴィアには無いのだから。
「行くぞ! シルヴィア!」
「お願い!!」
兄貴が専業の刀鍛冶だからか、俺もそちらとよく勘違いされる。しかし、俺は専門の刀鍛冶ではない。できなくはないが……、俺は銃職人なんだ。火薬や魔法を用いて最先端の技術を追い求め、新たな種類の武器を模索する。それが俺。兄も素晴らしい武器を模索してはいるんだろうが……やはり種類は変えてこないしな。
鋳造は得意でも打ち金はあまり得意とはしない。だが、シルヴィアが通常時から持っているエストックとカイトシールドを模した構造を取り入れて作り出す。これだけでもかなりの魔力がなくてはできないさ。俺からオーバーフローしない限りは急速に魔力を補填し続ける奈落が無くては無理だったよ。
……祖父の遠い祖先は神人大戦の勇者。……らしい。記録もなければ何代も頭角すら現れなかったらしいから眉唾物だがな。そう言う意味でも俺はクラフト系の勇者家系のサラブレッドな訳だ。技巧系の異能ばかりでパワーが乗らなかったのはやはりキャパシティがあるからだろう。それにサラブレッドと言えば聞こえはいいが、必ず現れた能力が強化された物になる訳じゃない。
「後はアタシが何とか……って! 何する気?!」
「手助けだ! 物理攻撃が有効に見えるか?」
「ぐぬぬ!」
物資構築の異能はダイアモンド・ナイトと古文書に記載された初代勇者の能力だ。このダイアモンド・ナイトの記述は他の勇者に比べて極端に少なく、どちらかと言えばその結婚相手の方に付属して現れる様な記され方をしている。そして、その結婚相手はシルヴィアと似た能力。文献では操る物質が違うだけ。ダイアモンド・ナイトはあらゆる物質で構築が可能な上に硬度が非常識だったらしい。そこで比較されると痛い。俺は構築まではできるが強固な物とは限らないのだ。それに何でか銀での構築は俺には不向きなんだよ。
その代わりに俺は銀に限らず金属よりも火薬や燃える物質の構築が得意だ。固形物に限るなら純粋な炭素が得意だ。炭素は燃焼に弱いからこれも万能じゃないが……。
焔の化け物……。魔人は恐らくは例の剣が核で、あとは全て熱で溶けた石や土を外骨格にしているに過ぎないんだろう。核にあるコアを破壊しなければ何度でも再構築されて終わりがない。それは先程から頑張っているアークや若年勇者達を見ていて解る。キリがないのではなぁ。
敵に終わりが有るか無いよりも、こちらにある限界の方が深刻だ。ニニンシュアリは気づいていないが、かなり疲労の色が見えてきていた。魔弾は確かに外気から魔力を充填し放つ。ただし、魔弾はダメージを与える攻撃的魔法とそれを保存し、対象に接触した瞬間に放つコーティング魔法を重ね掛けしているんだ。魔力自体は空気から吸入できても発動したり、狙撃には相応の集中力を要する。限界もあろう。アークもいつもならこんな長時間の戦闘や旋回などし続けない。疲れが出てきている。
シルヴィアだってそうだ。シルヴィアは確かに強い。だが、シルヴィアには周囲に見えていないだけで決定的な弱点がある。異能術師としては最も致命的だ。……彼女は魔力の体内保有量がかなり少ない。何故なら、彼女は絶滅に瀕している人間の血がかなり濃いからだ。確かに彼女の異能コントロールやエネルギーの分配技術は素晴らしい。しかし、だからと言って全てが揃っている訳ではないんだ。今だって魔法増強薬で保っているに過ぎない。だから、俺はシルヴィアの攻撃モード移行前にできるだけ削るつもりだったのだ。適当にカッコつけていた訳じゃないんだぜ?
「『このままの長期戦はまずい。特に新米共はもう無理はさせられん。シルヴィアも同じ……やはり前に出させるべきじゃ無かった』」
「ハァ…ハァ…『や、ヤバい。魔力が……』」
「シルヴィア、限界に近いんだろ?」
「まだ! まだやれる」
「『もぅ、限界だな』解った!! テンポよく行くぞ!!」
最初に指示を出すべきはニニンシュアリ。今は重機関銃を構えて動いていた。俺の重機関銃には複式の射撃機能が備わっている。それを利用してくれた。本来ならばあれは重機関銃には付けないんだがな。俺の重機関銃の回転砲身は10本。冷却効率は高いが魔道弾の燃費としては悪い。回転砲身にコーティング魔法をセットし続けるからな。で、その回転砲身が囲うように太いバレルが通してある。その中には……グレネード弾がある。1発限りだがな。
「行きます!!」
俺の攻撃にしろシルヴィアの攻撃にしても、魔人の再生する外殻が硬いとあまり効果を見せない。少しでも高火力武器をと思ったが、俺の対戦車ライフルはニニンシュアリが持っている。
ニニンシュアリがグレネード弾を放ち、魔人の背中にすり鉢状の穴が開く。やはり、心臓の位置にコアか。場所さえ確認できればこちらの物だ。グレネード弾が当たった瞬間にシルヴィアが前進する。先程までは魔人と殴り合いをしていたのだが、魔力不足から一旦退避していたのだ。それが無理矢理にカイトシールドで殴り込み、わざと魔人が反撃してくる余裕を残しながら何かを構えている。魔人が盾をひっぺがえそうとしたタイミングを見計らい、盾を少し下げて銀の剣を突き立てる。
しかし、無力化には繋がっていない。……あの様子じゃコアから外したか。なら……。
「くぅっ!! まだまだぁ!!」
「俺がやる!」
シルヴィアは諦めていないらしい。剣を握り直し、刺したまま捻り込んでいる。……的確に潰せなきゃ意味がないんだ。そうとう焦ってるな。
シルヴィアに無理はさせられないが、今の大口径の拳銃では効果的な威力が出せない。単に勇者が相手ならばこの武器でかまわないんだがな。やはり、奥の手が要るか? 高火力の武器がないんじゃ一撃は……やれる。やっぱり、こういう時に思うよ。ばーちゃんにもっと戦い方を習っておきゃよかったとな。
シルヴィアが魔人の心臓付近へ突き立てた剣の上を走り抜けて……。暑い……。熱い!!
いろいろな魔法を習ったが、圧縮する魔法の技術や魔力調整の仕方は祖母に習わなかった。使う場面が考えつかなかったし、これまでも無かったからな。高火力の攻撃が必要な時はそれを可能にする武器を使えば良かった。その為に複数ある武器を多数所持する為の格納用錬金魔法石を錬成したんだ。俺の使う銃器は魔力圧や魔力の最大量を補う為にデリケートな機構であるリアクターを積む事を念頭に置いた武器だ。いつもなら換装し、状況、場所、メンバーに合わせる様にした。だが、今は違う。限られた物での現状の打開。窮地とまではいかないが今、何とかしなければこの少し後にどう転ぶか解らない。なら、答えは今の状況で潰すのみだ。
左の拳銃へ魔法を発動する。詳細としては発動回数を複数回へ分割し、圧縮をかけ続けている。それをしながら右の拳銃を実弾モードで使う。実弾は確かに魔弾と違う。魔弾は外気からの魔力吸入のため、残弾をにしなくていいから便利だが、魔法であるために無効化されやすいという弱点がある。だが、実弾は魔法攻撃とは違い、1か0かではないのだ。魔法は無効化されると作用しないため、ダメージは与えられなくなる。だが、実弾は物体だ。物体は様々な状況により妨げを受けやすい。だが、1発の効果が薄くとも重ねれば……ダメージを出せるんだ!!
「アル! やるなら急いで! 剣が溶けて! 魔力も…もう限界!!」
「解ってる。消失破壊」
魔装を使い闘わねばここまではできなかったな。勇者は副業くらいのつもりだったから、これからは考えを改めねばならない。時代も変わり、魔装や危険な武器の出回り方もさらに増すだろう。平穏を守る為には俺も変わらなくちゃな。
本職にも……鍛冶師としても課題が見えてきた。試験的に導入した魔装の技術開発や、武器のパーツ、外装の強度を強化しなくてはな。パーティーでの闘い方からやはり多少の汎用要素が必要不可欠なようだ。根本的な素材の活かし方やオーダーメイドをコンバージョンでの拡張可能武器に仕上げる事……。自身の見識や判断の甘さもな。今回はシルヴィアや金の卵にも助けられる展開、俺一人ではやはりどうにもできなかったろう。それではダメだ。俺は俺の守備範囲を必ず守るんだ。その為に俺なりに変わらなくてはならない。
コアを破壊された魔人は焦げた土の塊になり崩れ落ちた。味方も気が抜けた様に戦闘状態から戻ってゆく。力を使い切り、ゴーレムから這い出て来て座り込んでいたシルヴィアを抱き上げる。一瞬赤面したが諦めた様に体を預けてきた。コイツ程大人しくされると気持ち悪いヤツはいないよ……。俺とシルヴィアは状況確認の為に出てきた中堅勇者達に囲まれながら荒野と化した戦場を後にする。さらに後ろからは本来ならばこんな場所に来ることは無かったであろう若年勇者達も続いている。アークも魔力と体力の消費を落とす為に小型化し、俺の頭の上で食事をねだってきているし。うるせぇ……。やはり、勇者ってのは俺には合わないな。平穏に生きたいんだがよ。英雄なんてがらじゃねぇし。
「さて? 覚悟はいいかしら?」
「おぃ、聞いてねーぜ。あのねーちゃんってあのXランク勇者のシルヴィアさんだったのかよ……」
「はぃ、そこ黙るぅ! どーせアタシは童顔でチビよ!」
「しかも……あっちの兄さんは稀代の鍛冶師オーガ・アリストクレアだろ?」
「ヤバい……。そんな大勇者と有名鍛冶師に助けてもらったのか? 俺ら……」
「僕は知ってたよ」
「お前らは叱られてる自覚あるのか?」
「そのせつは大変申し訳ありませんでした……」
フォーチュナリー共和国の防衛拠点にて……。俺や1部の勇者が手当を受けている。中堅勇者達は言わずもがなだ。まぁ、俺も無傷な訳はないさ。灼熱と比喩できる魔人の体に無理矢理な魔弾と実弾による攻撃を敢行したんだからよ。俺は腕を中心に酷い火傷を負った。それと……最後の最後で魔弾対応バレルが連続の高魔力圧魔法の通過に耐えられず、破裂してた事で大怪我をしていたのだ。簡単に言えば、あの使い方には武器が耐えられなかったんだよ。幸い、破裂したのがバレルの先端付近だったため、腕が無くなるなんて事態にはならなかったがな。シルヴィアは自分の攻撃が外れた事で俺が怪我をしたと思ったらしい。その事に責任を感じてか付きっきりで看病してくれている。看病はいいんだが、いちいち小うるせーのは何とかならんのか?
負傷者は後日になるが今回の防衛成功に伴い、様々な表彰が行われた。表立っては中堅勇者達の働きにだ。だが、公表できずとも表彰しなくてはならない成果を上げた者達がいる。今回の件で低ランクながらも奮闘した5人。彼らに勲章と残念ながら……訓戒を投げ渡さなくちゃならなかったがな。立場上、俺やシルヴィアは無謀な挑戦を止めた。しかし、中堅勇者や他の高位勇者が助力に現れる事ができなかったからな……。俺達としては助かったが、無謀な事には変わりない。何故、我が国の勇者には規則やランクがあるのか。それを完全に無視してくれた訳だからな。
「何故、勇者にランクがあるか……知らないはずないよな? ガキ共」
「実力に見合わない任務を受託しないため……です」
「解ってるなら何で出てきたのよー。アタシが結界を張った時」
「先輩らが大分苦戦してたから……助けなくちゃと……。その後、荒れた場の中にいきなり出てきたから、つい」
俺の隣でいつになく強い言葉を放つシルヴィア。いつもなら猫被りというか、気品とか立場なんかを色々と気にするんだがな。長時間こってりと絞り上げた後に今度は俺に向き直った。そんなシルヴィアが俺の左手を軽く握りながら……笑顔を向けてくる。この笑顔は、違う。絶対に俺にも強い怒りの矛先を向けてやがるな。左手は完治するまでにかなり時間がかかるし、シルヴィアとしては俺が1人で何かをする事自体に強い不安があるらしい。俺はシルヴィアを12歳の頃に学舎でも助けたし、いろいろと繋がりもある。そのせいか口煩いのが治らねーんだがよ。
……今は俺の方をジッと見ながらガキ共に今後の方針と今回の罰則などの説明をしている。あっち向いて言えよ……。
確かに勇者の集まりでは最高の権力を持つ1人だしな。わがままだし、物言いはキツい時もあるが、コイツは優しいヤツだ。いつだって誰かを心配しながら物事を考えてる。俺もそんなヤツだからこれまで交友を断つ事は無かったし、いろいろな事情があるにせよ頼み事は聞いてきたつもりだ。……そんな大切なヤツだからこそ、遠巻きにしてきたんだけどな。俺なんかとは……違うから。
「それでは、貴方達パーティーは今後、Sランク勇者オーガ・アリストクレア氏に付き勇者の節度、技を学ぶ事」
「は? お前何を…、んなアホなこ…」
「なお、勇者会議最高勇者権限により異論は認めません」
「……」
「解りましたか? み、な、さ、ん?」
「……承知致しました。大勇者シルヴィア殿『トホホ……』」
「よろしいっ! アリストクレア君!『ふふん!』」
妙な展開になってしまった。ニニンシュアリの喜んだ事と言ったらもう。5人には出立の準備をさせ、先にアークと共に俺の家に向かわせた。代表として弁の立つニニンシュアリに手紙を持たせてな。何もないとばーちゃんに殺されかねないし。俺はまだ用事があり、海の国からフォーチュナリーに向かった国境の中規模都市でシルヴィアと共に1泊している。おお、坂がないってこんなに馬車が快適なんだな。平地が久しぶりすぎるぜ……。
シルヴィアが急なのはいつもの事だが、久しぶりに豪勢な食事の席に招かれ、えらく長い机の両端をシルヴィアと共に飾る。いや、この表現は正しくないな。シルヴィアは飾れてるが俺はおまけに過ぎない。一応は正装してきたし、エスコートもしたが……シルヴィアの意図が解らん。ギルドの繋がりで会食している訳ではなく、彼女の自費での会食だ。白と銀のドレスに銀製のカイトシールドとエストックを模したブローチ、こちらも銀製で王家の紋章をあしらった髪飾り。シルヴィアは割と細身であるが身長はそれほど高くなく、160cm程だ。見栄なのか? かなりヒールの高いロングブーツだが……。
まだ怒っているのか? 最初の乾杯から一言も口を開かないシルヴィア。カナリヤが鳴かないのは本当に気味が悪い。食器が当たる小さな音しか響かないし、彼女が会食の始まりと同時に人を払った為、他の物音なども一切しない。……学舎の卒業と黒騎士騒動の辺りを境に俺は王都を離れたため頻度の低い文通だった。シルヴィアはたまに手紙をくれたが、俺からは返事しかした事がない。一応は旧友だが、立場も違う。必要な事がないと手紙を書くような仲でもないしな。
だから久々に目にしたシルヴィアには驚いたよ。まだ、10代の頃は髪もセミロングまでで短い時なんてショートカットだった時もあったし、ドレスや女性らしい衣服など全く身に着けなかったらしい。しかし、今では慎ましいながら気品ある美しい人だ。……例えるなら、そう、銀だな。
「ねぇ」
「ん? 何だ?」
「アンタは何かアタシに隠してるわよね?」
「仕事の事か? プライベートの話か?」
「否定もないのね。……何でアタシがアンタを呼んだかも解らないの?」
「解ってたらここには来なかったと思うぞ?」
「そぅ…『解ってて……何でアンタは!』」
睨みつけて来たシルヴィアだが、表情を変えない俺を更にキツく睨みつけている。シルヴィアだけではなく、様々な分野の人間に俺は隠し事や隠している部分を残しつつ生活していた。山村の皆さんは俺がこんな事もしてるとは知らない。若い勇者達も俺が昔は荒れてた事も知らないだろう。祖母やシルヴィア、八代目時兎の……暁月さんも俺がずっと悩み、考えていた事は知らないはずだ。
俺が弟子をとらず、結婚しない本当の理由を皆が勘違いしたり、錯覚しているんだからな。世の中には知らない方が幸せな事が存在する。そんな事もいろいろな立場で経験した。人付き合いが小さければ小さいだけ、自分の後処理が簡単で楽な事も。憎々しげな表情をさらに深めてゆく目の前の女性。
「借りもあるし、1つなら教えてやるぞ? お前が俺について知りたい事を」
「え?」
「言葉の通りだ」
「馬鹿じゃないの……。アンタの隠し事が1つや2つなら苦労してないわ」
「そうだな。だが、……」
シルヴィアの表情が凍りついた。
俺が心の底で何を考えているのか……。シルヴィアは知りたいんだろうな。それが何なのか、それも幾つか考えられるから解らないが。ある程度予想はできる。感情を隠すのが下手な訳ではない。シルヴィアは少しばかり正直なだけだ。凛とした雰囲気の美人になっていた旧友と再開し、いろいろな選択肢の中で俺も考えを回す。
怒りではないが、俺がシルヴィアの目を見ながら責める算段を立てた事で彼女も考えたのだ。何かを選んでいる。そんな、曖昧なひょうじょう。何故、そうまでして俺との繋がりを断ち切りたく無いのだろうか? それは解らない。彼女の腹の底を見透かすには材料が足りなすぎる。シルヴィア……。さて、これからも長い付き合いになりそうだな。お前と居ると不思議と燃えたぎる。昔の……野心を燃やした頃の気持ちをな。
「お前が思う程、俺はお前達を信用していない。俺を利用したいなら、俺を欺け」
「そぅ…なのね……解ったわ。なら、貸しを1つ使わせて」
「それで? 内容は?」
「アタシの専属になって。霊峰の鍛冶師さん」
シルヴィアの睨みつけるような表情は次第に悲哀へ変わっていた。確かにお前の気持ちを汲んではやりたいさ。だが、……俺は止まってはならない。見つけてしまった物に責任を取るまではな。巻き込んではならない。俺の大切な人を……。




