国交も難しい
海の国、そして潮音さんのトラブルが概ね解決し、しばらくたったある日の事。我が国にとってとても大きな問題が舞い込んでいた。海の国は例の件から大打撃を受けている為、復興にはまだまだ時間がかかるだろう。そんな中で我々同盟国を脅かし続ける大国が、不穏な動きを始めていたのだ。私やお母さん、国の勇者達の空気はかなり強い緊迫感がある。その上でお母さんは事態の収拾に単身で動いていた。
私は立場上の9代目時兎だ。お母さんが不在となった今、神殿での最上位神官であり、巫女は私と言うことになる。あ、そうだった。実はいろいろあって私はお母さんから認められ、神殿で予知の巫女をしている。事実上の継承を行う直前にニニもお父さんに挨拶し、潮音さんとミュラー君に続き私達も正式な婚約者となった。国の事もそうだけど、私はお母さんが心配だ。私とパーティーを組んでくれている皆は、とにかく気遣ってくれている。潮音さんや周囲の仲間たちは気分を少しでも上向かせたいのだろう。私を励ましたいからと、茶化し半分にニニとの進展や体裁的な行事に関した話題を振る。何にせよ、立場や家督の問題があるから私達は気軽にできないんだけどね。今回も『まだ式を挙げないの?』と潮音さんに聞かれたのだ。以前から気にしていたらしいシルヴィアさんも、かなり嬉しそうに『まだぁ?』などと急かす。けど、内情はその気遣いを受け入れられる程に明るくはない。……実は、我が家には大きな波が来ていたのだ。お母さんが近隣国家で最大級の軍事国家との最前線に居るからである。新聞や情報誌に知らされていないのは、これだけ大規模な戦争が近年なかった事などが理由。物流や渡航などに規制をかけ始めてはいるが、国家中枢を内政麻痺が襲う事を懸念したからだ。
以前にも規模は小さいが似た事があったらしい。だからお母さんの口添えがあり、シルヴィアさんが情報を統制した。でも、もう少ししたら発表するという。そうしなければまずい状況なのだ。軍事大国であるルシェ帝国はこちらとの意思疎通を断絶してから、さらなる大幅な軍事増強をしていたらしい。しかも、奇襲を準備していたらしく、偵察を目的に組んだ部隊編成でお母さん達は襲撃を受けた。それから何とかやりくりしてきたが、お母さんが率いる勇者の遊撃隊だけでは対応しきれないと言う。最近のやり取りでそう結論が出され、ニニやお父さんなどの軍学者や工学者と言われる知識人が招集された。それには潮音さんも関わっているはずなんだけど。
「最近の心紅ちゃんは目に見えて落ち込んでるから。周りにバラしちゃダメよ?」
「でも、お母さんが……」
「ニニンシュアリ君が新生共和国派閥、私が帝国時代の古参派閥を丸め込んだ。だから、いずれ彼や私が動く。私達が必ず助けに行くから。最悪のシナリオになるけど、首都防衛にはシルヴィアさんがいる。貴女は少し落ち着いて……」
ニニは気遣いなのか、私には表情を変えない。私が不安なのを誰よりも気にしているのだと潮音さんは言っていた。神殿での仕事や私の傍付き、鍛冶師や職人としての仕事なども掛け持ちしている。最近では勇者に頼りきりな我が国の防衛体勢を一新すべく、お父さんと立ち上がったらしい。オグさんやお父さんに続き、ニニが要職についた為小さな問題もあった。要職に当てはまる人物にオーガ家が割を占めるからだ。この事から一族独占や新たな独裁などと周囲からの疑問の声があったらしい。実はこの布陣はあくまでもパフォーマンス。私達は要職についてはいない。確かに相談役みたいな立ち位置にいるけど、実行指揮をするのは自分達の職務範囲だけ。そんな折り、今までは陰に隠れて静観していた人までもが動く事態なのだ、と印象づけたいのだ。今はどんな立場であれ、鍛治職人や様々な工芸家に注目を浴びる。戦となれば武器や装備、設備を拡張しなくてはならない。これまでは腰が重く、あまり国家に協力してこなかったお祖父様までもが、重い腰をあげた。効果は覿面で、お祖父様の影響はかなり大きかったみたい。
勇者の支援や新生共和国軍の支援に工芸家が動いた様に、他の立場にある人々も各々が動き始めている。まずは内政面だったり、執政に関わる人達だ。首都のお偉方だけではない。郊外の市長や町長、村長までもが住民の安全や支援の形を制度にされた文面と説明を受けた。その人道支援政策に後押しをかけたのがシルヴィアさんの演説、ブロッサム先生の呼びかけも効いているのだ。さらに遡り、弱者や郊外の市町村にまで支援、避難などの緊急事態宣言から発生する施策の構築を推した人がいる。共和制への移行後、未だに隔たりが消えない政界を抑えたのは、元王妃のアシアド様の一声。
もちろん、政治家や軍高官ばかりが動いた訳じゃない。地方在住で高名な鍛冶師や各分野に特化した知識人。ギルドに務める冒険者、一般人ながら特殊なスキルを活かせる人々。様々な能力を活かす人物が自主的に動き出し、声明は無いけど『国民は総出』と取らざるを得ない状況だ。最近は巨大な戦争や動乱はなかったにも関わらず、いきなりの開戦となる。国力が安定しなかった分、今はなりふり構ってられないのだ。ルシェ帝国は生産力、人口だけならば我が国の数十倍はある。
原因? そうね、まずはルシェ帝国は広い国土を持っている。隣接する国も多い。このフォーチュナリー共和国だけではなく、近隣国に手広くちょっかいをかけてたらしいの。以前はブロッサム先生に手痛くやられた為、和平を結んで大人しくしてたみたいなんだけど……。我が国の友好国である海の国が危機に陥り、近隣国で食料が枯渇している事が浮き彫りになった。食糧事情ではフォーチュナリー共和国はあまり強くはない。支援してくれていた海の国が再興する為、我が国も多大な支援をしている。同盟国側が弱り、攻め時と考えて当然。難を抱えているのは何も海の国だけじゃない。周囲の国も規模に違いはあれど、飢饉や財政難を抱えている。十分な助力は見込めない。だからこそお母さんが先陣を切ったのよ。本当ならば圧力の意味も有り、ブロッサム先生が行くと言った。けど、『体調が思わしくない先生を出す訳にはいかないわ』……と、頑なに出撃を譲らなかったらしい。
その采配にも問題がある。体勢にも変化が生じたからね。お母さんが立ち上がると国防や執政に抜けがいくつか出る。問題は国内だけじゃなくて、本当に攻め込まれたら一溜りもない国だってあるの。そういう国に限って鉱産資源が豊富な国だったりするから手は抜けない。本当ならばお母さんがそこに行くんだけど……。半ば引退していた勇者会議第2位の……私のお父さん。公孫樹さん、紅葉ちゃんのお母様である勇者会議第4位の椿様が防衛に立つと声明が上がった。言わば国家同盟の非常事態なのである。勇者はやはり何事においても重用される。ルシェ帝国にも勇者はいるが、まだお母さんが耐えられると言い張るから……。それもいつまでもつかは解らない。本当なら私も行きたい。だけど、お母さんに強い言葉で止められた。『貴女が居なくなったら誰が予知をするの?』と……。潮音さんは真剣な眼差しを私に向けている。
「私、借りは早めに返す主義なのよ」
「は、はい?」
「心紅ちゃんが出れないと言うなら、私は動かせる駒は全て動かすわ。兄達にも掛け合ってみるし、フォーチュナリー共和国の古参派閥を総動員するわ」
「……待て、俺にもその話は通してもらわなくちゃな」
「ニニ……。大丈夫なの? お仕事は?」
「俺は大丈夫だ。ただ、シルヴィアさんが……今朝方、キツいニュースを伝えてくれた。遊撃隊が壊滅したらしい。前線が手遅れになれば、我々は全面的な攻撃に転じる用意がある。……できれば全面交戦は避けたかったんだがな」
私はその場で卒倒したようだ。
私が目覚めた時、そこにニニは居らず潮音さんが難しい表情で座っている。潮音さんは私に状況を解る限りで説明してくれた。敵の侵攻は思った以上にはやく、ニニは最新鋭の大規模な部隊を率い、急ぎ戦地へ向かったと言う。そして、潮音さんがとある人を呼んだ。お腹を擦りながら『私は行けないけど……』と潮音さんは呟き、ミュラー君に私を前線まで連れて行くように話してくれていた。彼は頷き、私に今し方入った戦況を伝えてくれる。
ルシェ帝国軍の規模はかなりの物で、一時はかなり厳しい所まで攻め入って来たと言う。その近辺は街や村もなく、砦や関所も少ない。狙ってきたんだろうけど、ただ突き進むだけである為、人海戦術による攻勢が勢いを強めたかららしい。しかし、こちらが反撃に転ずると状況は一変。ルシェ帝国の兵団は規模が大きい割に武器や魔法がこちらとは比べ物にならない程古い。ニニ曰く、骨董市なのだとか……。そのニニが率いる新しい考え方の部隊。最新鋭の武器や車両を用いた大部隊の展開により、時間はかかったが戦況は急激に好転。勇者に対してもニニが開発した対勇者装備のおかげで、こちらの勇者を支援しながら善戦できた様だ。ルシェ帝国の前線部隊は大打撃を受けた上で壊滅した。そのままじわじわと応戦しながらニニが要請し、オグさんが追加の増援を繰り出したらしいのだ。前線を押し返し、ルシェ帝国との国境付近にまで前線を返したが、守りが非常に堅固でなかなか崩せないらしい。
ニニも心配だけど私が今、一番心配なのは遊撃隊の生き残りだ。身を隠すようにしていた生き残りは既に数名を回収。間に合わず、亡くなっていた勇者の遺体も数体確認し、本国へ運ばれた。遊撃部隊が奇襲と数に押されて壊滅後、一部はルシェ帝国内部へ侵入したと、生き残った勇者から報告を受けている。その後はルシェ帝国内で奇襲を仕掛けているらしい。行方不明者の多くは生存しているだろうが、その中にお母さんの名前もあると言うのだ。ニニは私を出す訳にはいかないと言い自分だけで出た。しかし、結果から言えば、行方不明者を無事に回収する為、敵国の防衛を突破しなくてはならない。荒い戦況しか解っていない為、確かな事は言えないが、ニニの部隊も物資補給がなくては厳しい状態らしい。ルシェ帝国の攻勢は拠点の目前である為、なかなか衰えないのだ。オグさんが中継地に陣取り、物資を供給し続けているにも関わらず、足りないと言うのだからね。
「あの、心紅様」
「えっ?! ベラドニアちゃん? なぜ、ここに?」
「わたくしも同行致します。一緒にレジアもです」
「でも、火の国は? あちらも大変なのでは?」
「大事ありません。姉上が単騎で艦隊を蹂躙しております。海の国も国主様や奥方様の鋭いご判断で難を退けておられます。ご心配には及びません」
「よかった……」
「貴女様は海の国に助力をされた際、どうしてお助けになられたのですか? 潮音様の存在だけではなかったでしょう。ならば、我々も同じ。後の実りのため、友好のため、民のため、私は火の国の代表としてお手伝いします」
それを聞いた潮音さんはプランを変える。ミュラー君は潮音さんから偵察に務める様にと言葉を受けた。そして、私が準備をしていると、レジアデス君だけではなく、カルフィアーテ君とエレも加わる。『護衛が必要でしょ?』、『手数はあるに越したことはないさ』との事。紅葉ちゃんとアルフレッド君は椿様について近隣国の防衛に既に出ている。2人も既に交戦中とのことだ。
闘いは国内でも……。オニキスちゃんはニニンシュアリ君が出てしまった為、国内勇者の武器メンテナンスやパーツの製造に大忙しらしい。ニニンシュアリ君には懸念もあり、お父さんとオグさんとも綿密に連絡を取り合っているようだ。私はお父さんにバレない様にしないと。すると、そこに凄い人が現れた。体調は確かに優れないらしいが、この場面ではとても力がある人が現れたのだ。ブロッサム先生である。私達の拠点へノックもなしにズカズカ入り込み、私や皆の服装を見回した。ニマ〜っと笑い、自分がお父さんとお祖父様を説得しようと言う。『後悔の無い様にやりな』と、強い口調で私へ視線を向けた。ブロッサム先生は潮音さんと話し始め、国内の防備や様々な近隣国への友軍支援などの計略を組むと言う。
例の件がある程度落ち着いてから、潮音さんはさらに確りした感じが強くなった。太刀海先生が言ってたなぁ。海の国出身の女の人は強いとね。ミュラー君は潮音さんの傍から離れず、いつ指令が飛ぶか解らない状態でも常に潮音さんの体調を気にしている。そっかぁ、潮音さんももう少しでお母さんだもんね。かなりお腹も目立って来たし、ミュラー君だって心配なはず。
「さて、お前さんは単騎で動きな」
「え?」
「何を惚けとるんだい。よく考えな。アンタの力を抑えずに使えば……、下手すればあの国を滅ぼす事に繋がる。だが、今回ばかりはそれでも構わないとこちらも認識している。シルヴィアがアルを使者にたてて書状を届けた。休戦協定のな。それを突っ返してくれたらしい」
「感情に走っても……よろしいと?」
「ふむ、それはアンタ次第だ。アンタ自身が負担に思わなければ構わないよ。……アンタは戦をまだ知らない。人はどこかしらで誰かと繋がっている。怨嗟は……なかなか切れないよ? 戦は……心の闇しか生まない」
私が覚悟を決めたと判断したらしいブロッサム先生は、私達を途中まで送ってくれた。しかし、その先にはお父さんとお祖父様が……。ブロッサム先生が2人に近寄り、事の顛末を伝えたらしい。お父さんは苦い表情をしたが、私と話がしたいと言ってきた。お祖父様も私に言いたい事があるとだけ呟いて残り、お父さんとは久しぶりとなる父子の対話が始まる。思えば、最近はお父さんとこんな風に2人で会話をする事はなかった。お父さんも本心ではお母さんを探しに行きたいと言う。悔しさの滲む表情だ。……お父さんは難しい立場にずっと居た。国の大勇者を支える鍛冶師であり、国家防衛の裏の顔を持つ。表舞台に出るには不便な立ち位置だ。こんな無力な事はなかった。お母さんならまだ無事だろうけど。時間がかかれば生還の割合は下がってゆく。私や若い勇者に任せ切りになる事も悔しい。しかし、それしか手立てはない。だけど、絶対に無理はするなと……。お母さんもそれは望まないから……とね。
次はお祖父様がゆっくりと語り出した。オーガの家は影の家。本来は表に出ることを許されない。闇の世界に生きた血筋だ。時兎と交わり、時の中で役割や立場にも変化が現れた。私はまだ小さな背中に光と闇を背負っている。兎でありながら鬼だ。『神殿の闇も既に知ったのだろう?』と問われ、私は頷く事しかできなかった。……お祖父様には珍しく、私の細く小さな肩へ両手をかけて強く語る。この世界は1つの形ではない。様々な物が依り合わさり、混じり合いながら綱を作っている。しかし、所詮は全く違う物が一括りになっているにすぎない。本当ならばそれらと対峙した時、感情的になってはならないのだ。でも、私はまだ責任を背負う立場ではない。子供だ。一時の激情と不幸を奪取の好機と取り違えた者に、気持ちをぶつけてもまだ許される。それが過ちとなるか、成長の糧となるのかは私次第だ。『さぁ、お主の母と夫を救え……』とね。正直、お祖父様の発言には恐怖した。敵に責めをおしつけるも技の1つと言うのだから。でも、私は迷ってられない。お母さんやニニを無事に助けるには……なりふり構ってられないんだ。
「刃鬼よ。いったいあの子に何を吹き込んだんだい? 目付きが違ったが」
「子兎に足りないのは……時に擦り付ける無責任さだよ。母上、ワシやリク、アルは責任を溶かしてやる立場。足場だ。足場の覚束無い子供達を支える為のな」
「なら、アンタも行きな。何かあってからでは遅い」
「御意」
焔神龍のベラドニアちゃんの背に乗り、かなりの速度で最前線に向かう。そして、見えた。見たこともない様な光景だ。横一列に並んだ機械の車には厳つい砲があり、合図に合わせ次々に砲撃して敵を近寄らせない。さらにその間にはニニが扱う重機関銃を2人組で運用し、足掻こうとする歩兵を無情な金属の雨で押し留める。どうやらルシェ帝国の最前線指揮官は人海戦術を使い、再びニニの部隊を飲み込もうとしたようだ。……相手が悪いよ。ニニは今では国の軍部内で『小さな巨壁』と呼ばれているんだから。頭脳もさる事ながら、ニニは機材の運用にかけてはオグさんにも勝るとも劣らないからね。
ニニの部隊はかなり特殊な部隊だ。実は部隊を構成する兵卒のほとんどが現時点では定階級の若い兵士なの。人口で最も多い獣人族や力の弱い混血、貧しい家の出身の若者。単騎の能力としては全く評価されず、軍の中でも差別されてきた下位の兵士だ。以前までは最前線での囮や捨て駒と言う戦術に使われたと言う。しかし、ニニは軍内の体質改善を行い、意識が高く勤勉な者にはそれに見合った新しい立ち位置を与える為、試験を行ったのだ。大半は実地試験。筆記試験は名前をかければ合格なのだと言う。……傍から聞いたらすごくいい加減な物だ。でも、内情は全く違う。いくら魔法が使えても試験で不適とみなした者をニニは容赦なく切り捨てた。実はニニが見ていたのは作業の熱心さと勤勉さなど。彼が作り出した兵器は魔法や武芸などの才能に重点を置く内容を必ず必要とはしない。もちろん、成績が良くて魔法が使えればより重用する。だが、魔法が使えても高慢でチームワークに欠けたり、武術を使えても作業の適合性が低ければ望みの配置にはつけない。
ニニは出身や種族での贔屓を止めさせるため、評価を厳格化し、教育姿勢や立場の弱い若者、意欲のある弱者を積極的に起用したのだ。そんな彼も戦車隊に混じり、長大で口径の大きな銃を用い、敵の将兵を狙撃していた。そのニニが私をみるやギョッとして駆け寄ってくる。周囲の兵団の手が止まりかけたが、彼は指示を出してすぐに私へ詰め寄ってくる。その前にベラドニアちゃんが割って入ったけど。
「心紅っ!! なんでここに?」
「あ、えっと」
「我々でルシェ帝国を制圧致します。調律師長殿」
「何を言って居るのか解って言ってるんだな?」
「はい、我々は侵略者には屈しません。過去の蟠りを引きずり出し、今なお先を見ぬ削り合いを行う無知な者達を……掃討します」
「私はお母さんの救出とニニのインターバルのために来たよ」
「……帰れ、と言いたいが正直助かった。飯も食えないレベルで攻撃してきやがるからな。気をつけろよ? 心紅」
私が銃を構えていたに前に詰め寄ると、ため息をついたニニ。背伸びをして彼に寄り掛かりながらニニの唇にキスをすると、ベラドニアちゃんが手で顔を隠して、……ねぇ、目は隠れてないよ? まぁ、顔を赤らめてたから恥ずかしいんだろうけど。実を言うと……性鬼のニニにはこれが一番効率のいい食事なんだよね。あんまり人前ではするなって言われるけど、私もたまにはニニとスキンシップをとりたい。……最近お預けだったし。私も嬉しくて少し気持ちが上向きになったし、さぁてと。私を怒らせたら……どうなるか。見てもらおうじゃないの。
ニニに言ってから号令してもらい、私は前に出た。ニニの部隊が構える最前線に立ち、一通りの口上を述べる。敵さんはお構い無しね。貴方達にも守るべき家族があるのでしょう。貴方達の国も問題を抱えているのかもしれない。……それを他人にぶつけて解決するのは怨嗟を呼び、何も生まない。大昔の戦争や動乱を憎み、約束事を反故にして攻め入った貴方達は……我が国が最強と呼ばれる理由を勘違いしてるわ。私は、まだ弱い。怒りに負けた。ただのガキ。ガキの喧嘩にガキが参戦しただけ。フォーチュナリー共和国が大人の対応をしてきたこれまでがどれだけ平和だったか思い知りなさい。ニニとの訓練が実り、私は今ではお母さんを超える戦力。力を抑え、5割くらいかな? 長い方の刀にまずは溜める。そのまま……縦方向に……、放つっ!
「半月断!!」
敵国の大部隊が騒然となった。かなりの数の大隊が分厚い光の筋に焼き切られたからだ、真横に居たはずの戦友が断末魔をあげる事無く消える様はどうかしら? 私は……聖なる存在なんかじゃない。言うなれば、私は魔王だ。私を視認したらしい兵士が気が狂ったような叫び声を上げながら逃げていく。……逃がさない。さっきのはほんの挨拶代わりだ。本命はこっち。短い刀に溜めていた力を……横方向へ放つっ! 『海風凪』。草木も森も、山も川も……原形はない。先程まで手を焼いていた敵兵団の最前線部隊が壊滅。味方は恐れながらも湧いた。私はこれまで前線で戦っていた皆さんに待機をお願いする。私は……あくまでも歯向かう者に容赦はしない。しかし、私は攻めに来た訳では無いのだ。私のお母さんの救出。そして、これまで戦ってくれていた同士の皆さんを守る為だ。
残念ながら敵さんは引かないみたい。なら、私は自分の国を守る為、悲しいけど貴方達を斬らねばならないのよ。私の呼び掛けに答える気があるならば、この刃は止まります。しかし、私は我が国を脅かした秩序を……放っておく程にいい子ちゃんじゃない。私は知っている。お母さんは単に巫女をしていた訳じゃない。勇者をしながら、前体勢を変えるために闘い続けていたのだから。私はそれを継承し、力で力をねじ伏せながら……新たな道を切り拓く。争いを無くすことは難しい。思想が異なる集団があれば、大小はあれど摩擦が生まれる。それ自体は悪くはない。でも、折り合いの付け方に禍根が残る様ならば、双方が過去を忘れて新しい道を切り開くのが妥当。過去を清算できないならば……今の目の前も同じだ。力で捩じ伏せるしかない。休戦協定はずっと更新され続けていた。それを反故にされたのであれば、対話をしても信用できない。しかも、小康状態に入った際、こちらが用意した休戦協定の提案も無視。こうなれば事態の解決には、……眼には眼を歯には歯をと私が態度を見せてもなんら問題もない。
「私はフォーチュナリー共和国が巫女……。時の神殿に遣え、フォーチュナリー共和国を守護する勇者!! 今からでも遅くない……。兵を引きなさい!」
……引く気はないらしい。
さぁ、こうなったら私も立ち止まっている暇はないのよ。お母さんがどんなに苦悩を溜め込んでいたか、今ならよくわかる。私の力はこの為にあるんだ。ブロッサム先生やお母さんがそうしてきた様に。
ニニに言われている私の限界、この力は無限だけど私の制御範囲は無限じゃない。お母さんを助ける為になら暴走の覚悟もある。でも、仲間を巻き込む訳にはいかない。私の役目はあくまでも敵の大部分の目を引き、エレやカルフィアーテ君の行う探査を隠す事。同時にお母さんを含めた行方不明者を保護し、レジアデス君とベラドニアちゃんに安全な退避をしてもらう事に意味がある。
私が刀を抜く前から、敵国の勇者は私へ向けなだれ込んで来た。私を目下の最重要攻略点と判断したのだ。そりゃそうよね。敵が軍を進軍させる基幹拠点の目の前に敵国の若い大戦力が陣取ったのだから。敵も様々な勇者がいる。遠距離からの高火力魔法で私を凪払おうとしているらしいけど……。しかし、そんな簡単に事が動くなら、私は既に死んでるわよ。私は1人じゃない。ニニは見ている。私の耳に取り付けた新型の魔法通信機で私を導いているのだ。私の後方から魔法弾が数人の勇者へ致命的なダメージを与えた。いつもなら威力を抑え、致命傷を与えないニニだけど、私の体から漏れ出る魔力や神通力の量が多すぎるとキツく話す。恐らく、あのライフルは実弾と魔法弾を合わせたハイブリッド弾だ。ニニがコントロールに苦労するくらいに私が昂ってるんだな。抑えなきゃ。……でも、この距離をニニだけでは制圧できない。
敵の通常魔導師部隊や騎士隊はこちらの砲車兵大隊が車両を変えて的確に抑えている。曲射軌道を描き、空中で弾丸が離散して大爆発を巻き起こす弾丸だ。それだけではなく、外気からの魔力吸入の為に発射頻度は高くないけど、魔力を線状に放つレーザー砲を用いる部隊もある。私1人では広範囲を守れないけど……。私に歯向かう者へ思い知らせる事は十分できる。重厚な鎧に身を包んだ槍騎士風の勇者がニニの魔法射撃を真っ向からガードしながら特攻してくる。はぁ……、馬鹿だなぁ。ニニのキツい制止を無視し、私はその鎧を着た勇者の首を切り落した。刀? 要らないよ……。爪で十分。
『はぁ……。心紅! せめて刀を使え! 暴走したいのか?』
「大丈夫だよ〜……。まだまだ、お母さんを助け出すまでは……壊れないからさ」
『困るのはお前じゃない。俺だ。絶対に……無事に皆を帰さなくちゃ行けないんだ』
「ニニは心配し過ぎだよ。大丈夫だから」
槍の勇者を斬り殺し、ニニにお願いされちゃったから刀を再び抜いた。槍騎士を殺された為だろう。そして、何よりも私を目に入れた勇者達は私を目指し、一気に詰めてくる。望むところだ。近接職の勇者は私の相手にはならない。まずは……口寄せの術で時間を切り取った私の分身を100の単位で呼び出す。戦闘モードに切り替えた鬼の角と黒い毛並みの兎が隊列を組む。中途半端な優しさはいけない。仕留める時は、一撃で仕留めてあげないとね。
ものの数分でその前線と基幹拠点は血の海と硝煙に包まれた。ルシェ帝国勢力に所属した勇者は私やニニに殲滅されている。一般兵はニニが指揮する大部隊が勧告を繰り返し、大多数を捕虜に取った。私達のこの戦況が同盟国へ伝わり、食糧支援や様々な動きが見えてくる。もちろん、ルシェ帝国も抵抗の手立てを組もうとしているらしい。広大な国土の防衛線を下げ、体勢を立て直す策だ。ニニやオグさん曰く、この場合はなかなか簡単には手が出せない。引き込まれ、部隊を叩かれたら溜まったものではないからだ。それもあり、エレが主導する行方不明者の捜索隊も帰還させた。
ニニは怒りの収まり所を探しているようで、皆の居る所にはいない。ニニもお母さんの安否と、自分の部隊が抱える不安を気にしているのだ。お母さんはまだ経験があるから引き際を心得てる。それにお母さんは私に引き継いだと言っていた。お母さんが仮に死んでも私が居るからと……。私はそれを受け入れたくない。でも、長居は新部隊の皆にも負担になるから。選ぶなら2つの選択肢からとなる。私とニニがその選択を迫られる中、いきなり各地の指揮官級の皆さんを合わせた魔法会議通話が始まる。
『ニニンシュアリ君? 椿です。貴方のフォーチュナリー共和国軍や私の家族達、アリストクレア君……他の皆さんと協議の末、結論を出しました』
『あぁ、行方不明者とこれからの脅威を考え、俺が策を練った。勇者戦力を惜しみなく投入し、要人の保護と……抵抗する場合はルシェ帝国勢力の掃討を行う』
『ふむ、海の国に異論はない。アトロピナ様率いる火の空騎士方も賛成だそうだ』
『アタシはむしろ推奨する』
『僕は奨めない。でも、皆の総意と言うならば反対もしない』
「新生共和国軍は……それだけの膂力を持ち合わせているとは言えません。作戦を執り行うならば、僕や勇者が単騎で動かなければなりませんが、そうなれば手数が……」
最初に話し出した椿様がニニへ一喝を加えた。実は、会議はほとんど形式的な物で、ニニや私がいるルシェ帝国勢力の基幹拠点前の主戦場以外は既に配備は終わっているらしい。
椿様が率いるは『女神の花束』と呼ばれる椿様の娘様方だ。長女の公孫樹さんは太刀海先生の奥さんであり、海の国に嫁いだけどね。それの補填にとアルフレッド君が入り、潮音さんが配備した防衛部隊に前を任せながら、超級魔法を用いる。敵のホームで無理な闘いをするよりはこの方が安全なのだ。それに椿様の娘様方は勇者ではないが、皆さん漏れなく高位の魔導師。戦力に不足はない。
次に声を上げたのは太刀海先生。フォーチュナリー共和国は海軍戦力は無い。無いことはないが、港湾が1箇所に留まるフォーチュナリー共和国は、軍港と商業港を分けられないのだ。それを……より強い絆が結んだ共同体構想が補った。海の国が名乗りをあげ、海軍戦力を擬似的に作り上げたのだ。ルシェ帝国は海の国にもこれまで少なからず干渉していた。太刀海先生もこれまでの因縁を払拭できると考えたらしい。
それに合わせ、火の国からも強力な助っ人が参戦を表明。ベラドニアちゃんの強い意志があり、アトロピナ様が龍騎士とドラゴンテイマーの戦士達を集めたのだ。事実上の新境地、『空軍』となる。実は飛行魔法はある訳だけど、闘いながら飛行する様な練度の高い軍はこの近隣には存在しない。ミュラー君の協力もあり、格闘戦術部隊はアトロピナ様が、ドラゴンテイマー部隊はミュラー君が率いる。空からルシェ帝国勢力を叩くのだ。
『魔法での特殊戦術、海浜からは海の国が誇る水中軍と新生海軍、さらには勇姿が集った航空部隊が揃ったわ。あとは貴方の采配にかかっているのよ』
「しかし、彼らには……」
「ニニ……」
すると、ニニの背中を叩く人物が。機械油が顔についた犬耳と尻尾の獣人族だ。彼は若者と言うには少し歳は過ぎているが、ニニへ言葉を強める。『今更何を言ってんだ!』とね。車両部隊も特殊射撃部隊の皆が一様にニニへ強い視線を向けている。皆がそうではないが、この部隊はこれまでは見向きもされなかった兵士が多い。最も年長らしい先程の男性はなおも言葉を続けた。技師になりたくてもなれず、金も権力も無いうだつの上がらない生活。軍に入ったはいいが、差別意識は抜けきらないか虐げられていた。そんな時に救いあげてくれたヤツを信用しない奴はいないと力説。この部隊はお金や身分、種族差別で学舎へ入れなかった人が大多数らしい。手先は器用だが戦闘向きとも言えない彼ら。しかし、ニニはその彼らに活躍の場を作った。彼らからすれば恩人だ。
ニニは銃の肩当を地面に下ろし、大きな声で皆に問う。『命の保証はしきれない。それでもついてきてくれるか?』と。部隊からの大歓声が上がり、さらに後方から友軍の車両部隊が加わる。その先頭にはオグさんが居た。ニニの頭をこねくり回し、『お前にはお前の道がある。導きを求める者を導け……霊峰の鍛冶師の一番弟子だろ?』と激励。分隊し、オグさんが指揮していた部隊までもが加わった。
『シルヴィアです。ニニンシュアリ君、行けそうかしら?』
「御意のままに!」
『解ったわ。国家最上位政務理事達の総意、前線指揮官達の了解の許、フォーチュナリー共和国はルシェ帝国による侵攻に報復措置を執る!! 前線の皆さん、命を大切にし、仲間を見捨てず、無理をしないでください!』
途端に、待っていたと言わんばかりの轟音が鳴り響いた。夕闇を真昼の様に照らしあげる火属性の超級魔法だ。あれは恐らく、椿様の魔法。椿様は炎に関する魔法が得意と紅葉ちゃんに聞いている。……にしても、ホントにフォーチュナリー共和国は眠れる獅子だったんだ。椿様の超級魔法だけじゃない。属性の異なる超級魔法に準ずる火力を持った魔法が、次々に放たれているのだ。……国崩し。ブロッサム先生が一手に引き受けていた物を、多方面の人材が分割して背負う。フォーチュナリー共和国は前進を始めた。椿様方の防衛、進行位置はアルフレッド君の出身、アルセタス公国側からの物。地理はアルフレッド君が詳しいから不利には働かない。
森に居るけど、味方の航空部隊による攻撃の激しさはよくわかる。ルシェ帝国も火の国が派遣した航空部隊に対し、魔導師を派遣し応戦してるみたい。だけど……相手が悪すぎるわ。ドラゴンテイマー部隊は機動性、展開力は高いけど、攻撃を受ければ一溜りもない。しかし、それを守るように寄り添うアトロピナ様率いる龍騎士隊が居る。彼らには高火力の、超級魔法に近い威力の弱点属性魔法でもなければ意味を成さないのだ。しかも、龍騎士は太古から続く勇猛の戦士達である。アトロピナ様の雄叫びに合わせ、数体の龍騎士が急降下して近接戦闘を開始。あれでは魔導師部隊はかなり分が悪い。
それを下支えするのが海を支配する魚人族の軍隊。フォーチュナリー共和国から技術供与を受け、軍艦を整備した海の国は強い。海を知り、海と生きる民族は陸の種族とは比べ物にならない操船感覚を持つみたいだ。ルシェ帝国の海軍は魔法通話によれば、壊滅的な被害を受けたらしい。人命は優先的に保護するらしいけど、捕虜となっている訳だ。
「心紅、そろそろ中間都市圏だ」
「解ってる」
「不安か?」
「……お母さんが、心配なの」
「8代目様なら大丈夫じゃないのか?」
お母さんから私達に付きまとう弱点を教えてもらっている。私やお母さんは普通の女神族とは全く違う。一般にフォーチュナリー共和国に居住し、寺院や神殿、神社などの様々な宗教信仰施設の管理をしている人々が多い。魔法系の管理職や考古学者である人もいるが、そちらは一般には周知されていない。また、平均的な女神族の体格は100cm程。対して私達は130cmから150cmと大柄だ。極めつけはその能力の幅にある。通常の女神族は確かに神通力を扱えはするが、強力とは言えずすぐに限界を迎えてしまう。私達よりも暴走の頻度はその分低く、暴走しても対して被害もない。対する私達は1度の解放時に発せられるエネルギーが桁違いであり、暴走しやすく、被害も甚大。燃費も悪くバテやすいと言う面もある。
多くの女神族は様々な実験の末に時兎の血筋から作られた血族。なのにこれほどまでの差がある理由とは。私達は他の女神族とは異なり、聖獣との相性が極めて高い。実は他の女神族の遺伝子操作というのは、人道に反する物だった。これが直接の原因。時兎の始祖が生きた時代には、聖獣と言う存在がもっと近しい存在だった。しかし、それが弱まり、現在では聖獣は宿るのみで強いリンクが無いことが一般的。それは初代様方が私へ伝えた様に、私達は体が根本から異なるからだ。私達の体は始祖がベース。他の女神族はこちらの世界に生まれた他種族へ、女神の力を紛れ込ませて形質を固定した存在。
何が言いたいのか? そうだね。私やお母さんは力を制御しきれない事が当然なの。体はその分ダメージを受けるし、休養やクールダウンはとても重要な事だ。……この状況じゃぁ、お母さんは休めない。経験があるから出し惜しみしながら引っ張っていたとしていつまで続くか……。お母さんは家族と呼ばれる括りに強い拘りを持つ。仲間や部下も似た感じ。その人達を救うためならば、苦もなく命を差し出すだろう。
「……」
「どうしても、最悪のシナリオが頭から離れないの。絶対に生きてるって信じたいけど……。でも、……」
「なら、急ごう。師匠や大先生が後方を固めてくれた。俺達が前を向き、歩く背中を押してくれたんだ。俺達がどうにかしないでどうする」
「ニニ、強くなったよね。最初と比べると」
「バーカっ! 1人じゃねぇから、強気で居られんだよ」
車両の前進中に前を固めていた重戦車が魔法の防除結界を展開した。面上に広がり、主力戦車と軽戦車部隊は間に入って合図を待っている。ニニの機材を使い、探査と偵察を担うエレとカルフィアーテ君が敵の大規模な兵団を発見したらしい。それに合わせ、正面の重戦車部隊の隊長が防衛の陣形を組んだのだ。予想はしてたけど、やはり待ち伏せの袋叩きを狙った物のようだね。これ以上私達が進むならば、かなり広く展開し、勇者と魔導師主体の制圧部隊が取り囲む様にしたかったのだろう。幻惑の魔法で姿を隠し、姿を溶け込ませてるけど……丸見えだ。
エレの話しではかなり分厚い戦力だと言う。人海戦術しかあちらにはないのか? いや、違う。カルフィアーテ君が帰って来た。どうやらかなり古い仕様ではあるけど、広域破壊用の要塞兵器が稼働しているらしい。魔法防除結界は目視できないし、魔法は完全に防げるけど物理攻撃は透過する。すると、カルフィアーテ君が魔力を急激に加圧し、魔力外装を構築してからニニを担ぐ。エレにはそのまま巻き込まれない様に気をつけながら偵察を続行してもらい、私は正面から敵部隊、ニニは側面から拠点を叩く算段だ。念の為、物理系の結界をエレが用意するって言うけど……。私が暴れるのはあまりよくない。国や派閥の争いは必ず大小の害を残す。私の力はあまりにも大きすぎる。
「何やら不穏だな」
「うん。でも、待ち伏せにしたっておかしい。なんで、敵意が全方位に?」
「それも攻めれば解る。心紅はできるだけ手加減しろ」
「解ってる」
私の服は目立つ。満月の中、光を反射した私はすごく目立つはずだ。その私へ敵意と取れる感情の波と、……不自然な状況が訪れる。たくさんの魔導師と重騎士に守られた女性が私へ一礼した。だが、あくまで立場があるから私へ礼節を持っただけ。彼女からも強い敵意が感じられる。私はとりあえず、その礼に応え、こちらも口上と武器を納めて一時的な休戦の意志を見せる。それを見て、安心した様に後ろに居た兵団に武器を下ろす様に指示を出す。純白の僧服に月桂樹の冠を頭に乗せている女性はおそらく、ルシェ帝国の中で最も大きな宗教の代表だ。ルミナ聖教の『聖女様』だろう。
ルシェ帝国には巨大な宗教が存在している。ルシェ皇帝一族は確かに国を統治しているが、それでも皇帝による一極政治が万人に認められている訳ではないという事だ。渡航や情報漏洩に制限があるルシェ帝国は自由が少ない。締め上げによる圧政はあまりにも国民を痛めつけた。その代償は国家の内部崩壊って事なのかな? フォーチュナリー共和国もかなり近い過去に王政を廃止し、共和政へと形を変えた。民主主義は難しい。家柄や専売特許を弱くし、幅を狭めるとなれば等しく国民を保護し、保証せねばならないから。まだ、我が国も上手くは回っていない。結局はルシェ帝国内部も派閥や極化が激しい訳だ。
「ルシェの聖女様が私に何か御用でしょうか?」
「この侵攻はフォーチュナリー共和国の意志であり、貴女様の意志であると考えてもよろしいのでしょうか? 私は誠に残念ですが……、同じ神職者として」
「勘違いなされないでください。私は聖職者ではありません。あくまでも勇者ですから。それから貴女様やルミナ聖教信者の皆様には、残念なお話になりますが……」
我が国の最高代表にあたる政務官達が連名で出した休戦協定や和平への書状への返答。何一つこちらには歩み寄りはない。それは聖女様が率いる団体にも言える。私はフォーチュナリー共和国がこうせざるを得なかった経緯。私の母とは言わなかったが複数の勇者が攻撃を受け、未だ行方不明である事などを挙げた。その上で聖女様に問う。『貴女様の外交努力と内政への干渉は?』と。聖女様は訳が分からないと言う表情をした。そして、私へ何故そこまでせねばならぬのか、と逆に問うて来る。……意識の隔たりが大きすぎて話にならない。
私が腰の刀へ手を伸ばしたのを見るや、衛兵が私へ敵意を強めた。当たり前だけどね。一部の昂った騎士が私へ斬りかかったが、私が止めるまでもなくエレが剣や防具を鎌で斬り裂いた。まぁ、少しやり過ぎかな? エレにしては珍しく強い威圧でカルフィアーテ君が止めに入ろうとしたくらいだ。その彼女が『一言いい?』と私に問うので、この場では何を言っても分かり合えないだろうから……。私も許可を出した。
エレはそういう話題に敏感だ。お父様を革命で亡くし、自身は短い期間だったが奴隷と言う身分を経験した。フォーチュナリー共和国は今、その革命が尾を引いた不安定さで悩んでいる。だが、意識を改革し、新たな政治体制を模索することは怠っていない。聖女様へ自身の体験を伝え……、彼女にとって唯一ある柱をぶった斬った形になる。エレは『神など居るものか』と高らかに言い放ったのだから。信教徒の前でね……。神がいるならば、こんな事にはならなかっただろう。神は助けなどしない。どんなに苦悩して努力した者も……平気で殺すのが神だと。
故アルベール・トア・グランゾール氏。エレの実のお父様は革命を目指す民衆を抑え、武力闘争へ発展しない様に手を尽くされた。しかし、王政の蜜を吸っていた貴族の謀略が原因となり、8代目時兎……我が母に討たれざるを得ない状況となる。我が母とアルベール氏がどんな約束をしたかは知らないが、『神にすがり、ただ集まって静観するのみの集団に我々へ口出しする道理はない』……との事だ。
「それは俺も同感だな。第一、貴女がどれだけの権力者かは知らないが……俺達には時間が無い。我々やこの御方が要人を探しているのを何も考えず、足留めしているのだからな」
「カルフィアーテ君、抑えてください」
「御意、申し訳ございません」
「正直、聖女様や皆様がどうされたいのかは分かりません。目的はさておき、私は1つの判断基準で動いております」
聖女様は厳しい表情を変えない。まぁ、彼女の信仰を全否定された後だしなぁ。しかし、次の私の言葉で流石の聖女様や幹部と思しき面々の表情が青ざめた。『貴女方の前に居た部隊の二の舞ですよ』……と言う言葉にだ。見えていたでしょうね。その条件は私に敵対するか、それ以外かだ。中立でも危害は出さない。私はこの戦と言う場面において、容赦はしないわ。民間人ならばその限りではないけど、為政者や軍関係者ならば特に容赦しない。邪魔をするならば、命の保証はしないし、守るつもりも毛頭ないからね。
私が一礼してから立ち上がると、今度は別の女性が私へ話しかけてきた。エルフかな? エルフ族はルシェ帝国の最有力人種だ。この人は聖女様とは違う。私へ自身の剣を鞘に収めた形で手渡し、『時間がないのであれば国内を道案内をする』と言う。状況が読み切れなかったけど、ニニのフォローもあって直ぐに行動を起こせた。2人の会話から推察するに、この人は宗教派閥とはまた異色な存在らしい。革命思想と言うのかな? 元はルシェ帝国軍のかなり上位に居たお家柄らしいのだけど、正義感の塊って感じらしくて、おりあえず今の地位らしい。お母さんや生き残り達はかなり帝国の中枢近くまで攻め込んだと言う。実際、人海戦術で人の波は作れていたがお母さんやAランク以上の勇者が主体の部隊では、相手にならなかっただろう。補給の問題点以外は無事なのだろうが……。
「私は8代目様にお会いしたのです」
「え?」
「ルシェは……もはや国ではありませぬ。先程の御方も国を良き道へ導きたいと言っていましたが、力が足りていない。同時に、覚悟も」
私が預かっている剣はとても良い物で、この方の使い方や家柄も見て取れた。私達は軍団をオグさんに預け、人数を絞りながら前進している。そして、恐ろしい光景を目の当たりにした。惨殺されたらしい民間人の遺体が辺りに散らばっている。カルフィアーテ君が叫び、同行していた数名の医療班とニニが息のある幼子を中心に手当を始める。エレの怒りに満ちた表情は燃え盛る街並みに照らされ、なお一層の表れを見せた。私達を心配し、オグさんに依頼された形で同行して下さっているお祖父様が一言呟く。『内乱か……』と。
騎士様は苦々しげに亡くなられていた兵士の瞼を閉じた。その兵士は彼女の知り合いだったらしく、騎士様もやるせなさに一際大きな叫びをあげる。
落ち着いた騎士様は亡くなられていた遺体には平等に火葬処理を施し、現在のルシェ帝国がどの様な状態かを話して下さった。ルシェ帝国と巨大な括りをしているが、50年前の国家体制は既に崩れていると言う。広い領土は各地の為政者が我が物顔で統治し、武力闘争や圧政からの民政抗争も絶えない。ルシェ帝国は内部での小競り合いに疲弊し、もはや国としての形をなしていないと。それだけならばまだよかった。各勢力に分かれたとて、皇帝の力は衰えていない。……不思議な事にそれでも統制は行わず、国は腐り続けた。この国は肥沃な土地や広い国土があるから成り立ってきたが、資本となる人民が戦で亡くなり、生産力は一挙に低下。それを補う為、近隣諸国の外枠から拉致を働き、奴隷制をとった。
「そのつけがこの様な形となったのです。いつもそうだ。寄り添うべき民が犠牲になる。それでも為政者は気づかなかった」
「聖女と呼ばれたあの女子に付き従うのは、それに意を唱えた者達なのだな?」
「あ、あぁ、そうですが。だが、貴殿は? 只者にはない覇気と風格……」
「すまぬ。ワシはオーガ・クルシュワル。聖刻の国、フォーチュナリー共和国のしがない鍛冶師だ」
「……」
「こちらの方は目の前に居る『9代目時兎様』のお祖父様にあたる方です。……だぁぁ、いでぇ」
「ふぁっ?! きゅっ、きゅ、きゅきゅきゅ、9代目様?! 御本人っ?!」
「こやつはその9代目の夫だよ」
ニニが隠さなかった為、刃鬼様……お祖父様はニニの頭を軽く叩いた。私やオーガの血筋の馬力は普通じゃないから、軽く叩いてもかなり痛いらしいけど。……それに対抗する様にお祖父様はニニの身分を明かした。お祖父様への無礼を詫びていた騎士様へは、追い討ちをかける形になったのだけどね。
オーガ・ニニンシュアリ。私の旦那さん。事務的には既に結婚してる。夫婦別姓で行くのは、お母さんとお父さんがそうだったからって言うのが強い。騎士様は私に平謝りしながらお母さんの安否について詳しく説明してくれた。……まったくもって心外だけど、私を使者か何かだと思っていたらしい。この後に及んで……。騎士様はその街の隣に私達を含めて案内してくれた。隠された村らしく、かなり寂れた雰囲気だけど、人は沢山いる。どうやら難民スラムらしいね。そして、驚愕の事実が明らかになる。この村は逃げ出した奴隷達が作り上げた村。その元奴隷達が近くから逃げ延びた避難民を受け入れ、手当や世話もしている。騎士様は聖女様に支援を求めていたらしいが、断られてしまった。そこにたまたま私達が現れた為、鞍替えのつもりで近づいたらしい。だから会話の全部を知らなかったし、いろいろ食い違った反応をしてたんだね。
「大変な御無礼を申し訳ございません」
「いいえ、身分を明言しなかった私にも非はあります。しかし、……この様な実態が」
「この国は彼らの様な良心により、本当に辛うじて繋がっております。為政者に繋がろうと根底から安心とは言えません」
「腐ってますね」
「エレ……。それで、母は?」
「こちらです」
そこでは献身的にお母さんを含めた勇者達を手当する避難民や、元奴隷と思われる若者が働いていた。比較的に軽傷な勇者が私へ気づき、涙を流しながら詰め寄って来る。彼女には見覚えがあった。母の従者も務める優秀な人物だ。……比較的軽傷と言うだけで、傷の深さから言えば彼女だって重傷の部類。その女性は私に向かい号泣しながら謝り続ける。……すると、弱々しいが聞き覚えのある声が聞こえて来た。お母さんだ。
騎士様は私をそちらへ導いてくれる。先程の女性勇者はお祖父様が話を聞きたいと連れて行き、私は見るからに重傷の母を目の当たりにする事となった。呼吸も荒く、何とか繋いでいると言う言葉が正しい。お母さんとは会話はできなかったけど。顔を見る事ができた。……今までは目的がフラついていたからハッキリしなかったけど、これからする事が……決まりつつもある。騎士様には、さらに詳しい内情を聞かねばならない。私の表情が変わった事に気づいたニニが私の案を尋ねてきた。ルシェ帝国の為政者は信用ならない。それにこちらの国はこちらの国、我が国は我が国だ。どこかで線引きしなくてはならないし、私達が支援し過ぎるのは良くない。しかし、私達もこの村に関してはお母さんを助けてもらった恩がある。まずはこれまでは出番がなくブー垂れてたベラドニアちゃん、エレのケアにてっしていたカルフィアーテ君を呼び、お母さんを太刀海先生に任せる手段をとる。……話の判りがよすぎるニニは通信を開き、太刀海先生を呼び出し現状を伝えている。シルヴィアさんを介してオグさんや椿様にもだ。この村に逃げのびた避難民や孤児、希望者があれば村の住民をフォーチュナリー共和国民として受け入れる。そして、我が国は勧告を無視する侵攻勢力にのみ報復攻撃を行い、最優先事項は難民の保護と位置づける。
私の目下の行動はお母さんや負傷者、難民の保護。お母さんは度重なる戦闘を経て、この村を守りつつ身を隠していたらしい。しかし、隣の街を敵対勢力が襲撃した事に際して出撃したと言う。無理を押し続けたお母さんは既に疲労困憊で出撃してはならなかった。先程の側近級になる女性勇者も止めたが、お母さんは笑ってかわし、結果的に重症を負ったようだ。お祖父様が聞き出した話を聞くとこうなる。
「それではワシと小童で前を固めよう。子兎よ。お前も少し休め」
「いぇ、大丈夫……」
「いいや、大丈夫ではない。まだ解らんか……。お前の命はお前だけの命ではない。小童やお前の母、リク、ワシ、母上……挙げればキリがないわ。ワシはお前達の様な子供の足場であり、止め役だ。有無は言わさぬぞ?」
お祖父様が私に強く言う事が稀な為、ニニすら唖然。そのニニは首根っこを倍程も体格が違うお祖父様に掴まれて連れて行かれた。外にはオーガ家の男性陣が大集合してるみたい。ニニの声の後にはお父さん、オグさんと続き、最後にお祖父様が部隊の指揮系統の話を終えた。大軍団と化したフォーチュナリー共和国の車両部隊に銃器部隊をニニとオグさんが分隊して指揮を取る。整備班をお父さんが監督し、お祖父様は大団長を務めるようだ。そのお祖父様が更なる分隊に確認をとる。カルフィアーテ君が指揮を任されたのは輸送部隊だ。カルフィアーテ君がニニから機材の扱いを習い、太刀海先生から指示を受けながら通信していた。太刀海先生も急いで海の国にある最先端医療施設に戻り、すぐにでも処置を始められる様にすると言う。その為に簡易の担架や設備、怪我人の数、使用した薬品や医療の知識を持ち合わせた人員の数などを密に伝え合うのだ。ベラドニアちゃんはどちらかと言えば攻撃に向いた神龍で、輸送にはレジアデス君が付く。ベラドニアちゃんはその護衛らしい。
そして、私は休めとは言われたがエレは私の警護に付ききり。それだけではなく、エレに感化されたのか何人もの人が私や皆の護衛に付きたいと言い出した。もちろん戦闘経験者だ。私は断りとすり替えを行い、村を守って欲しいと願う。……内心は違う部分にあるのだけどね。私の隣に居る騎士『様』に確かめなくてはならない事がある。剣を預かった時、彼女のガントレットが見えた。装飾品がかなり高価、本当に一軍人の血筋だろうか? しかも男尊女卑の文化が根強いと思われるルシェ帝国で……女性騎士。エレは恐らく勘づいている。だから、護衛をエレだけに絞ったのだ。
「そろそろご身分を明かして下さってもよいのでありませんか?」
「は?」
「我々が気づかないとでもお思いですか? 我々はフォーチュナリー共和国でも指折りの勇者。そこらの有象無象の為政者とは違います」
「……」
「沈黙は肯定と取りますよ? 王女様?」
騎士様はため息をついた後に私へ強い視線を向ける。この方も何かを背負われていらっしゃるのだ。お祖父様が言うように、細い運命は絡み合う。よい結びとするのは人次第。私はこの繋がりを良き方向へ導かねばならないだろう。……私はそうしたい。




