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飴と鞭と……?

「へぇ、あとは心紅(ココ)が血判を押すだけなんやな。この婚姻届」

「オ、オニキスちゃん……そんなハッキリと」

「でも、お付き合いしてるなんて私達誰も聞いてなかったわよ? ねぇ、潮姉とエレは知ってたの?」

「初耳。まぁ、心紅が決めたんなら文句はないけど、ニニンシュアリはその事実を知ってるの? 事実上の婚約になっちゃうこと」

「知ってたら、契約書なんて記載はしないわよねぇ。彼、割とそういう事には敏感だから……。知ってればちゃんとしたお話を持ちかけたと思うけれど。心紅ちゃんは8代目様や城鬼様にお話はしたの?」


 ま、まだです。潮音さん、痛いところを突きますね……。ホントに……。

 そう、ニニンシュアリ君にはもちろん、お母さんやお父さんにも伝えられずにいる。皆はお母さんには絶対に茶化されるだろうと苦笑いしているけれど、おそらくその逆になる。お母さんはふざけてる様な態度をするけど、いつも内心は違うんだと思う。あれはお母さんが周りの人に一線を引いている現れなんだよね。お母さんはいろいろな事情があって、幼少時はかなりのスパルタ教育を受けたらしい。更にはお祖母様よりも力がかなり強かったから、歴代で見ても若く、早くに巫女を受け継いだ。だから、お母さんは小さい頃から自由が少なく、拘束されていたとお父さんから教えてもらった。それもあり束縛や拘束を物凄く嫌がるし、私への教育も過度な放任となっていたらしい。その点は反省していると言いながら、お父さん主導の家族会議で謝罪があった。こんなお母さんだから私も避けてはいたけど、邪険にはしてこなかったんだよね。それに……たぶん、お母さんはまだいい。それなりの覚悟は問われるだろうけど、私がそうしたいならばそうすれば良いと言ってくれるはず。……目下の問題はお父さんだ。

 パーティーの拠点。今では『金星の集い』と呼ばれる私達パーティー。その家で小さな会議が行われていた。色恋沙汰に飢えている売れっ子勇者の私達はとにかくこの手の話題に食いつく。特に大好物レベルの食いつきを見せるのは紅葉ちゃん。どこから嗅ぎつけたのか私に直接話を持ちかけ、会議にまで広めてしまったんだから……。その話題は一区切り着いたが、皆は私の先程あげた発言、お父さんの問題について疑問符が出ていた。誰もそうは思わないよね。でも、お父さんは……優しい様に見えてそんな人ではない。お母さんも騙されたと言っていたし。お父さんは……流石はオグさんの兄とでも言おうか。実は超の付くドSで優しさの欠けらも無い。そして、かなり陰湿な策略を組む人なのだ。まぁ、そうでもなければ学舎を卒業してすぐに国防勇者の筆頭なんてなれないよ。まだ、皆は納得してないみたいだけど……。

 会話の切れ目に扉をノックする音。私達は玄関からすぐの応接間にいる。その応接間にある大きな振り子時計を急いで見た。あぁ、今度は……私がピンチ…………かも。


「はい! どなたですか?」

「ニニンシュアリですが。9代目時兎様とのお約束がありまして」

「……って、言ってるけど? 心紅?」


 紅葉ちゃんが応対し、他人行儀と言うか、仕事モードな渦中の人が現れた。当人は知らないだろうけどね。咄嗟に机の下に隠れたら、オニキスちゃんが溜息をついて私へニッコリ微笑みかけた。私はオニキスちゃんに首根っこを掴まれ、玄関にいるニニンシュアリ君に引き渡された。そんな猫を掴むみたいに……。

 ニニンシュアリ君は……私が訓練から逃げた前例を気にしたみたい。神通力を利用した風船みたいな捕縛結界に詰め込まれ、そのまま私の実家に連れていかれる。毎度の事だけど、これじゃぁ公開処刑だよぉ……。彼が作ったらしい乗り物で国の外れから王都へも短時間で走れる。ホントに速い。王都の郊外で乗り物を降り、メインストリートを歩いて行く。ここは露店や飲食店が並ぶ街並み。顔見知りの女将さんやおじさん達に笑われながら連れていかれる。目的地は見当がついていたが、そこには先客が居た。オグさんとシルヴィアさんだ。でも、いつもの鎧や銃は使っていない。オグさんは目隠しをして、左手は背に回している。使っている武器は短刀。刃渡りは10cmくらいかな? 汗だくのシルヴィアさん、息を乱しすらしていないオグさん。前からたまにシルヴィアさんの息抜きに来てた2人だけど。今日の2人は様子が違う。

 シルヴィアさんがもう一度と言うが、オグさんは目隠しを外してニニンシュアリ君に視線を飛ばした。ニニンシュアリ君は一礼してからオグさんに挨拶をする。オグさんは片手を上げてから、私の目の前に来た。肩を叩かれたと思ったらニニンシュアリ君に何かを投げる。ニニンシュアリ君も驚いていたけれど。そして、シルヴィアさんを抱っこして連れていく。だ、抱っこ。い、いいなぁ。

 ここは常春の庭。時兎の始祖が眠る場所らしい。桜という樹木が花をつける場所だ。この花は散りこそすれど絶えず咲いている。お母さん曰く、ここはそういう場所らしい。永遠に……春のまま。まるで、初代が願った様にね。わざわざ国境際からこの庭で私達が訓練するのには理由がある。この場所は何かの力によって守られているらしく、木を凪倒そうが地面を深く穿とうが瞬く間に元に戻ってしまうのよ。訓練には都合がいいし、ここは魔脈も無いのに太古の魔力に満ちている。体の疲弊や傷の治癒もしやすいのだ。それもあってか私と彼はお互いの訓練の為に時間を共有しあっている。ぁ、見つかった。……オグさんは要らぬ事を言わない人だから大丈夫だけど。シルヴィアさんは口止めした方がいいかなぁ?


「シルヴィアさんがああなるってどんな訓練してたんだろうな」

「う、うん……。言っとくけどね? 私達の訓練だって相当辛いからね?」

「俺はやめても構わないんだぞ?」

「ご、ごめんなさい。頑張ります」


 風船から解放された私だけど、ニニンシュアリ君はなおも攻めてくる。彼はオグさんよりもお父さんに似てるかも。……そんなニニンシュアリ君が最初に挙げた私の長所。それは体の耐久性と神通力による摩耗が見られない特異体質だ。性格のせいであまり使われず、感情の起伏で暴走が誘発されやすい。それが神通力を使えるのに使わない術者にある典型的な弱点だ。私はその典型例のどストライク。そして、普通に神通力を利用できる才能があるだけではなく、体の内部にある神通力が過剰に動いても体が壊れない。これほどまでに完成された個体は滅多に見られないと言われた。ただし、私は恐怖によって暴走する。神通力は強いが暴走する事を恐れて使わないから更に恐怖は増大し、いずれは爆発して大災厄を引き起こす。そうなる前にニニンシュアリ君から提案があったのだ。私は今、身体中に封印具が取り付けられている。暴走した場合、その封印具により神通力の過負荷量の部分が吸い出され、一時的に蓄積できる機材に蓄えておく。対処後はゆっくりと馴染ませながら体に返すらしい。まぁ、私の内在量ならば多少抜いても寿命に影響しないし、体調面でも大した問題にはならないらしいけどね。

 ニニンシュアリ君が金属製のケースから、試作型の刀を注意深く取り出した。オニキスちゃんに無理を言って打ち込んでもらった刀身は以前と比べるとかなりコンパクト。細身でデザインからも可愛らしい刀だ。以前の無骨で荒々しい刀より……何故か物凄く重い。ニニンシュアリ君からの説明では、この刀は創造鍛冶師(クラフトスミス)の成す真髄が叩き込まれているらしい。普通の刀鍛冶とは違い、創造鍛冶師は作品へ神通力を流し込み、特殊な加工を同時に行う。オニキスちゃんはその加工が天才的らしい。オニキスちゃんには本来、メタリア族などにしか現れない魔眼があるらしく、その手の作業ではお祖父様の刃鬼様からもお墨付きがあると言う。質量を無視した金属類の圧縮と純度の高水準化。さらに並行してニニンシュアリ君が得意な空間魔法回路構築を行い、外形は完成した。ただし、これでは完成とは言えないらしく、まだまだ調整を続けている。


「今日は……30分につき5分休憩の3セットにしようか」

「うん。ニニンシュアリ君も無理はしないでね」

「俺は何ともない」


 ニニンシュアリ君が重機関銃を構え、私も深呼吸して意識を集中する。慣れない武器だから、今はまだ時間も短めらしい。合図がされ、ニニンシュアリ君の重機関銃から弾丸が雨の様に撃ち込まれる。新しいコンセプトの神通力で刃を伸ばしたり、加速術を刀身にふよあし魔法弾の作用直前に切り裂いて無力化などを行う。この訓練は私の異能との親和性を向上させたり、私に足りなかった新技術への対策講座だ。

 レベル設定は様々に彼が設定してくれている。一番簡単なのは弾丸の発射速度かな? 今は秒間70発。現段階の技術力では実弾による長時間運用はほぼ不可能。魔法弾だとしても術者の能力が高く、武器が高性能でなければありえない展開力だ。ニニンシュアリ君やオグさんには可能だと思うけど。私は彼に相談し、とある結論に至った。使い方を覚える為、毎日使う事だ。だから、ニニンシュアリ君は仕事の全体量を下げたり、他クライアントにある定期メンテナンスの頻度を下げたりして対応してくれている。

 え? そんなに微調整が難しいのかって?

 そうだね。これはその状態にならなければなかなか理解できないと思う。ニニンシュアリ君の比喩を借りるならば、私はバケツ。普通の人が小さじなのだと。私は『バケツの水を道具を使わずに一滴だけ取り出す』訓練をこれまではしていたのだ。小さな容器だったり、道具を使えば一滴取り出すのは苦にならない。私は規格外な容量と言うだけではなく、放出の間口まで広い為、微調整はさら難しいの。だから、望みの量を出したくても一気に流れ出した神通力は武器を壊していたのだ。しかも神通力は単なる水のようにキレは良くない。鎖のように繋がり、流れ出すと止める方が難しいのだ。それに焦りが加わり、さらに制御が難しくなる。焦りに脅かされ、最悪の結果を想定してしまう。すると今度は恐怖が顔を見せた。その恐怖と呼ばれる負の感情には良い側面は無い。神通力を防衛本能の誘発に繋がり、私は暴走状態に取り憑かれてしまう。神通力は感情により動く。だから、私達は感情を制御しなくちゃいけないの。


「ニニンシュアリはアイツのために許容量が広く、わざと神通力の加速循環を誘発する武器を設計したんだ」

「それって寿命を縮めるんじゃ……」

「女神族は寿命が定かじゃない種族だ。心紅の場合は寿命があるかすら解らん。今のお前なら解るだろうが、あれだけの流れを作っても体調の悪化は見られないだろ?」

「だけど、危なくないの? それって無理やり慣れさせる訳なんだから」

「大丈夫だ。ニニンシュアリが淫魔(インキュバス)だったからできた事だがな。アイツ、吸ってやがる。ただ、食事としては吸ってないな、あれは」


 ニニンシュアリ君は私の余剰分となる溢れた神通力を彼の武器に流す試みをしている。お母さんの立ち会いの許、私は1度ニニンシュアリ君からの精密検査を受けた。それにともないオグさん、ブロッサム先生からの意見も聞いている。私は本来ならば有り得てはいけない体質をしているのだ。神通力は等しく体に恩恵を与えると共に、等しく寿命を縮める。……が、私にはその片方が欠如していると言うのだ。寿命が縮まらない。それは世界のバランスを壊す。……種明かしをすると、オグさんの所に私が行くように仕向けられていたのにはいくつかの理由がある。私が勇者を辞め、オグさんに助けられながら生きていく道を選ばせる為。勇者になり、巫女を受け継いだ時に問題がない様にオグさんを宛てがう為に。そして、……私が混迷を深めて行き、どっちつかずのままならばオグさんに私を抹殺させる為だ。お母さんや先代達が通った道は険しかったのよ。お母さんだってそう。私程ではなくとも十分にバランスブレイカー。強すぎる力は安寧を壊す。それが、巫女に付きまとう運命だったの。3代目様の二の舞は国の終焉を意味する。伝承がボヤかされている理由は、この事実を明るみに出してはいけないからだ。そして、お母さん達の思惑から離れた私は別の道を歩み出した。ニニンシュアリ君は私に歩み寄ってくれている。私も彼に伝えたい。でも、私はまだ、弱い。もっと強くなってから、寄り添ってくれた彼に応えたいから。

 巫女となれば、時の神殿にある大神器により私達は力を抑える事ができる。このフォーチュナリー共和国、ひいては周囲の土地は私達の力が無くては資源が枯渇しまう。この国は何もせずとも多大なエネルギーを必要とし、私達を人柱とせねば人は住めない。しかし、この土地は女神が祀られた土地だ。人々は信仰に熱をあげ、都として繋いでいた。初代が眠り、見守るこの国は……時兎の家に支えられていると言って過言でないのだ。事実は時間と共に歪曲し、3代目様が歪ませた事で今のこの国があるんだから。

 むぅ、それにしても嫌な人達……。人が必死な時にイチャイチャしてぇ……。なんなのよ。私だって新しい恋を見つけたし、そうしたいけど。あっ……。ニニンシュアリ君が怒ってる。確かに集中を切らすと、この訓練は一気に危険度が増す。いくらニニンシュアリ君が機材で支援してくれても、私自身がそれに向き合わなければ意味をなさない。彼は双刀を納める様に私へ合図をだした。軽く叱られた後は彼のカバンからお菓子が出て来る。こういうのを飴と鞭っていうのかな?


「もしかしてさ、心紅ちゃんと彼。付き合ってるの?」

「っ?! あっいえ、そうではなくてですね。専属のお話を……」


 ニニンシュアリ君がオグさんに呼ばれた為、空気を読んだのかシルヴィアさんがさりげなく現れて話し相手をしてくれている。シルヴィアさんは『な〜んだ』なんて言いながらお菓子を1つつまみ、手首をさすっていた。どうやらオグさんに稽古をつけてもらっていたらしい。シルヴィアさんは剣の使い手という話は聞いた事がないけど……。エストックを見せてもらった。オグさんらしいスタイリッシュでありながら内容はシステマチックな武器だね。そんなことを考えていると、逆に私の刀が見てみたいとシルヴィアさんが言う。なので手渡そうとすると、ニニンシュアリ君が注意する様に大きな声で私の名を呼ぶ。あ、そうだった。私やオグさん、お父さんなら大丈夫だけど……普通の人じゃ無理なんだったね。重すぎるらしい。特殊な魔法鉱石を使われたケースに入っていれば、非力な成人女性でも軽々持てる。しかし、ケースから出せないと思う。

 オニキスちゃんとニニンシュアリ君がくれた説明によれば、オニキスちゃんの神通力や魔法特性を利用したと教えてくれた。オニキスちゃんの魔法特性は……圧縮と透過。雷の魔気を体に強く受ける雷虎の血筋、さらにメタリア族の透過と言う特性が合わさったサラブレッドなのだと。武器を見ただけの外観からは解らないだろうけど、オグさん監修の許で集められた現段階で最高純度の隕石に含まれた鉱石。魔気を細分化し見ることができるニニンシュアリ君。彼が魔法工学で取り出せる不純物を可能な限り取りさらったインゴットにした。そこから、オニキスちゃんと大先生……私のお祖父様が三日三晩を寝ずに打ち込んで更に高純度で美しい刀身に仕上げたのだ。神通力を殆ど抵抗なく流し、加えて魔力の阻害をまったく受けず頑丈。その代償は神通力を吸着してしまうレベルの親和性と桁違いな重量だ。私も初めて握った日は体が重かったもの。その規格外に頑丈な刀にニニンシュアリ君が精密な魔法回路を組み込み、オグさんと相談しながら今は仮の形なのだ。

 私にしか使えない品と言うのは嬉しいんだけど、ここまでしてもらっちゃうとどうやって恩返ししていいやら。……っていつの間にか私のおやつが一個もないじゃない。シルヴィアさんがリスみたいになっている。遠慮もなにもないわね。まぁ、私が作ったものじゃないけどさ。


「ご、ごめん。美味しくて……つい」

「シルヴィア……少しは遠慮しろよ。それは心紅の菓子だろ?」

「ごめんなさい……」

「また作ればいいので。それより、心紅。師匠が訓練に協力してくれるぞ」

「模擬戦?」

「あぁ、全力でぶつかれ。いつぞやの模擬戦とは違う。手加減は……しない」


 シルヴィアさんが物凄く不安げな表情をしている。私も不安だ。オグさんが……私に対してなんの躊躇もなく威圧をかけてきた事がなかったからだ。オグさんは……何やらいつもと違う武器を取り出してきた。シルヴィアさんの表情が変わる。酷く青ざめているのだ。これだけシルヴィアさんが怯えるのだから、オグさんの本気はこれまでとは比べ物にならないのだろう。

 禍々しい気を放つ剣と規格外なサイズのククリ刀を構えた。まだ動かないみたい。私を待ってくれているんだ。

 最初にルールの提示を受けた。殺すつもりで来いと……。オグさんにしては強い口調が漏れる。審判員は無し、今の私ならばまだオグさんの力で抑えられる。出し惜しみをするなとの事だ。命までは取らないが中途半端な気持ちで刃を向けるならば、無用に手傷を負うだろうと。太刀海先生との模擬戦も久しぶりであった為か力はあまり解放できていなかったという。

 私が定位置につき、スタートの合図だけはシルヴィアさんがする様だ。何がおきてもいいように、オグさんが魔法や様々な氣を排除する結界装置を渡してある。シルヴィアさんがフラッグを挙げた瞬間にオグさんは強い神通力と魔力を体に纏う。ブロッサム先生があの時、私達5人にオグさんの事を話してくれたのはこの事なんだ。オグさんは体を痛めつけるリスクを考えず、聖獣の変容を使って皮膚を擬似的な鎧にする。彼が『夜鬼の勇者』と表立った名前を持つのはこれの事なんだ。以前はオグさんが込み入った準備をしなかった為、体の外に氣を逃がしたから私達は皆体調を崩した。それを体の中に押し込め、痛めつけながら鎧として纏う。……それは武器にも言える。あの剣と刃は1度だけ……見た事があった。『死剣サタナエル』と『冥王刃プルトン』。お父さんの工房に隠されたスペースがあり、そこに迷い込んだ事があった。非常に強い神通力が渦巻く2本の武器。あれは…魔装だ。


「珍しいな。お前が尻込みとは」

「……」

「まぁ、構わん。来ないならこちらから行かせてもらおうか!」


 鎧は西洋風。かなり分厚い鱗の鎧であるはずなのにオグさんは素早い。私は目が慣れてるからついていけると思ったのに……挙動が速いだけじゃない。搦手が上手すぎて…既に巻かれてる。オグさんは刃渡りが1mを軽く超える両刃の剣を刺突剣の様に繰り出し、私に攻撃の手を与えてくれない。くそっ!! 刃に神通力を塗布する時間すらくれないから、ダメだ、速さでなら勝てるはずなのに……なら、腕力で。

 今度は途端に受け答えが柔らかになった。私の技や体技を理解してるから真っ向から受けるタイミングと、力を逃がして流すタイミングを分けてる。先読みされてるんだ。私を早い段階で無力化するためだろう。私が力を込めた強打を打ち込もうとする瞬間を狙われた。

 時兎の力でねじ伏ればいいじゃないかって? ……先に言うと時兎の力だって万能じゃない。確かに加速や時間歪曲は強力だけど、オグさんの様な学者寄りの人には対策をされ易い系統の力なの。機材や様々な新術式を利用した魔法ならば、オグさんでも解析を嫌がる。けど、古式の血統に基づいた異能や古式の攻撃魔法は構造が単純らしく防除され易い。私は特に技巧が苦手で使い方が直線的だ。それもあり、安易に加速や時間歪曲、口寄せを使えば手を逆に読まれてしまう。現に私は決め技を出すタイミングを潰され、何もさせてもらえない。強い力は脅威であるが、使わさせなければ恐るるに足らず。これまでは銃を使っての撹乱や威嚇で私の攻撃をガードしなかったオグさんだけど、今は苦もなく受け止められてしまうし、逆に私がガードすると押しつぶされそうになる。

 オグさんはなんでこのタイミングでこんな事を? 

 ダメだ。力技も技巧も追いつけない。何か無いの? 私が、私として使える技……私が誰にも負けない所。


『貴女は間違えてるのよ』

『?! だ、誰?』

『貴女も、私の事を知っているはずよ? 私は……苛烈な愛を燃やした兎。ここまで言えば解るかな?』


 完全に時間が止まってしまった世界。……違う。私は私であるはずなのに、オグさんの太刀筋に対応できず、苦い表情をしている私が目の前に居た。私に話しかけてくる女性は撫で肩で細身。身長はシルヴィアさんくらいだから150cmから160cmくらいかな? はだけた衣服はボロボロで髪の毛もボサボサだ。胸にある痛々しい傷痕、ボロボロに裂けてしまっているうさ耳。裂けてしまっている口や、落ち窪んでギラついた大きな目。……伝承では美しい人だと伝えられてたはず。総じて禍々しい外観の女性は、私に近づいてから再び口を開いた。『ごめんなさいね』……と。彼女は……初代時兎? らしい。正確にはこの庭に宿る思念体。長い間をこの世界の一部として守護してきたと言う。そして、別の場所から先程から話しかけている人と同じ声色の人影が姿を見せた。今度は可愛らしい人……。真っ白でフワフワした美髪に白くてツヤツヤした肌、ぷっくり柔らかな唇、キラキラした大きな目。確かに面影と言うか、いろいろと似てる所はある。……2代目様? 微笑みながらその女性は首を左右に振った。『私も、初代時兎です』と2人は懐中時計を握り私へ見せる。全く同じ懐中時計なのに指している時間が違う。

 ……と言うかあの時計はおかしい。針が10本近くあるのだ。そして、2人目の初代様が私の腰を指さした。私の腰にもお2人と同じ懐中時計がある。しかし、たくさんある針はほとんどが12時を指したまま。お2人は交互に話し出す。

 純白の装束で可愛らしい初代様は初代オーガを愛し、『狂の兎』を持たない純真な姿だという。はだけていてボロボロな初代様は『狂の兎』その物と話ながら私を嘲笑う。お2人は話口調こそ異なれど根底は同じ。強い愛を体現したお方なのだ。そして、お2人は核心に触れた。狂の初代様は私を『お子ちゃま』と煽るように詰め寄ってくる。この世界は意志が力になる世界。確かに血筋やそれに縛られた種族はあるだろう。しかし、想わねば強くはならないし、なれない。『その原動力を目の前に何をしているのか』……と、狂の初代様は両手を返し、呆れて笑いながら私から離れた。可愛らしい体格なのにイヤにセクシーな気崩し方だなぁ。……胸元が凄いはだけてるし、太腿を見せすぎで……お尻まで見えちゃいそう。そんな事を考えていると、咳払いが聞こえた。次は純の初代様が話を始め、私が力を持てない理由に触れる。そして、何故3代目様が早くに亡くなられたのかを朧気に教えてくださった。神通力と呼ばれる生命エネルギーはその魂がどれだけ輝いているかで決まる。魂は概念でしかない。それに魂だけでは生き物は生まれないのだ。


『魂…生きたいと願う想いの塊。願いは人を強くする。悪しきも善きも強い者は(イシ)が強い』

『お前は確かに大きな器だ。何故なら、体は私達と同じだからだよ』

『……』

『ご理解頂けるかは解りませんが……。魂は人の核です。構造は難解、現象は複雑怪奇。人は何を指標に生きますか? ……残念ながら、心が腐れば破滅を迎えます』


 3代目様は想い人が居た。しかし、その男性は既に家庭を持った人。間に割っては入れない。3代目様はお立場もあり、婚儀を行い娘を儲けた。それから、3代目様は徐々に心が壊れていったと言う。狂の初代様が言うには初代様は心、欲求の部分がとても強かったらしい。3代目様はそれが顕著に現れた方で……締め上げすぎた心の脈は体を蝕み、締め付ける事で意志を殺してしまった。後に生まれたのが今では『魔装』と呼ばれる複雑な意志を持たない殺戮兵器だったのだ。それも、生きたままで……。強すぎた心のせいか簡単には解決せず、その代償は国の壊滅にまで近づき、巨大な渦になった。しかし、3代目様も根は優しいお方。ご本人がどうなったかまでは解らないが、自身を抑え込んだ末に……時の神殿で眠られているのだと。

 純の初代様は私もこのままでは同じ末路を歩むと語る。初代時兎はこの世界が創られた折、異界より誘われた人物だ。後から『この世界として』生まれた血筋とは素体や条件が全く違う。この世界の基盤に合わない力を持ち合わせた者達の子孫。特別だから力が強いのではない。最初からこの場にはいない、異質な存在なのだ。それでも神通力は等しく心を持つ者に現れる物。強すぎる心を抑えるには満たすしかない。満たされない心はいずれ腐り落ちる。心は溶ける様に腐り、最終的には自制を無くして突き進む。それが『魔装』なのだ。


『だから、私は魔装なのよ。解ったかしら? お嬢ちゃん』

『は、はい。何とか』

『貴女はさらに特殊です。貴女が……その力を貴女の意志で使いたいならば、迷う事はもはや許されません』


 神通力は心と何かが合わさってできる。……とお母さんから聞いた事がある。でも、心とか感情、意志と言うものは全てが強い物であるとは限らない。私は……このままでは混迷に巻かれ、『虚無』や『焦り』と言うあまり良くない方面が増長し、支配されてしまう。それは3代目の二の舞。だから、私は欲に従順になったり、とにかく頑なに使命を全うするなどの強い意志へのシフトが求められるのだ。

 そして、私の胸辺りにお二人が手を突いた。『貴女の心に居る人へ想いを伝え、その人の為に生きなさい。私達が彼を愛した様に』……とね。初代様は初代オーガが居たから、自身を壊さず魔装へと変化はしなかった。自分だけで確固たる意志を持つには、この世界の性質は難しいところがある。初代様が生まれた異界には特別な能力はないけれど、その分飛び抜けて不安定な性質もない。この世界には異界に無い魔法やその他の異能がある。順応して、生きねばならない。迷うならば、またここに来いとお2人は言う。可愛い子孫を見守る為に。初代オーガが女神と闘い、創り出したこの世界を守りたいから。彼と共に見守っているから……と。

 ……不思議な時間だったなぁ。でも、何となく初代様達の言いたい事は解った。私はとにかく面倒な体をしているらしい。皆を困らせない為、頼る時は頼らねばならないし。私が私で居るためにわがままでも通さなくちゃいけない事もある。この世界では『強い意志』こそが人である為の必要条件。私を助けてくれる皆の為に! ……私の腰についている懐中時計が激しく反応する。そして、私の意識は元の体に移っていた。体に違和感は無い。だけど、格段にオグさんの攻撃は軽く感じられる。


『ふむ、目覚めたか……。なら、俺も本腰を入れなきゃならん』

「っく!」


 オグさんは更に太刀筋へ力を込め、魔法や様々な異能などを併用して攻めてくる。速い。でも、対処できない速度ではなくなった。私は自分への恐怖で塞ぎ込み、暴発を抑える為の蓋を自分にかけていたようだ。

 私の曖昧な感覚だから解りにくいかもだけど。神通力は水みたいにサラサラじゃないと思う。1度流すとねっとりして絡みつき、なかなか切れない。そして、感情の昂りで加熱されるとサラサラになりなお止まらず、加熱の仕方でその姿を変える。私は小さい体に不釣り合いに膨大な内在量だ。制御が難しい……。その為の武器。武器で制御しようとしたらダメなんだ。武器に制御してもらおう。……あぁ、体が熱い。なんかおでこの辺りがムズムズするし、歯が痒い。耳もザワつくし……。何かしら変化してるんだろうけど。今は、オグさんに認めてもらうのが先だ。

 何度も練習し、何度も失敗した『あの技』を。初代様が切り開き、光の速度で薙ぎ払うあの技。後ろには地固めの為に初代オーガがついていた。初代様は居合を得意としたけど、私は純粋な兎じゃない。私は『化物(モンスター)』だ。鬼と兎のハーフ。時間を歪ませる眩い光で有りながら、その光を歪ませる部分もあるんだ。居合はそれほど得意じゃない。だからこそ乱戦模様を想定した剣術を用いる。でも、今はオグさん1人。乱打を1人に絞って攻撃する。


「時兎……乱舞の型極! 環時兎(リープタイム・ジャンパー)!!」

『想定内だが、さてどうしたものか。自信をつけるには時期尚早。かといって叩き潰す訳にもいかん』


 オグさんが何かを構えた。……が、オグさんも想定外だったらしい。ニニンシュアリ君はオグさんが使わない方式の盾を用いた様だ。彼の筋力では支えきれないらしく、彼がどのように運用しているか解らない。でも、力が抜けていく。オグさんは武器を納めてから、ニニンシュアリ君の額を弾いた。痛そう。悶絶しているニニンシュアリ君に対してオグさんは少しキツめの説教をしている。あの盾にある技術は彼にはまだ重いと言うのだ。

 そこに凄い剣幕でオグさんへ詰め寄る人が……。お母さんがいつもなら見せない様な表情とキツい声色、何よりあのお母さんが罵倒する様な汚い言葉使いをしている。それを抑えたのがお父さん。ただ、それでもオグさんには少々キツい当たりだ。オグさんはそれを解ってやっていたらしい。そして、突如として、ニニンシュアリ君にへお母さんが刀を向けた。本来ならばもっと早い段階で止めるべきだったろう? ……と。お母さんの恫喝に対してニニンシュアリ君も引かない。シルヴィアさんが割って入ろうとするが、それもオグさんが止める。ここからはオグさんやシルヴィアさんには関われない部分だと言うのだ。……ちょっと待ってよ。なら、私は? 私は私の事も決めさせてもらえないの? あれだけ煽ったくせに……お母さんはいつもそうだ。良かれとしてくれているのは解るけど、それなのに私の意見を聞こうとしない。だからいつも中途半端。お父さんは黙って見てるだけ。こんなだから私は嫌だったのよ!!


「お母さん、やめて」

「どきなさい、心紅」

「嫌」

「どきなさいっ!!」

「嫌だっ!! 私の事を話してるのになんで私は蚊帳の外なの? いつもそうじゃない! お母さんは本当はどうしたいの?! お父さんだっていつも黙ったままじゃない!! 私はもう成人してるし、立場があるのは解ってる!」


 流石のお母さんでも少し傷ついたらしく刀を持っていた手はだらんと垂れ下がり、刀が地面を擦る。お父さんは何も言わずにお母さんの肩に手を乗せた。この隙にニニンシュアリ君の手を引いて私は1度離れる。オグさんとシルヴィアさんは少し離れた場所に居て、様子を見ていたようだ。ニニンシュアリ君にはそこで待機してもらい、私は自分の荷物からとある物を取り出した。

 オグさんはそれが何なのかが解ったらしく、私に小さな声で再度確認をしてくる。シルヴィアさんとニニンシュアリ君は内情を知らないからそれぞれの反応だったけど。私がオグさんにしっかりと頷き、私だけで両親の元へ帰る。感情の昂りを抑えられていないお母さんと、珍しくイライラが止まらないお父さん。2人には言わなくちゃいけない事がある。近づくにつれてお父さんは私が持っている物に興味を持ち始めた。私が2人に見えるようにその書面を見せる。お母さんとお父さんは急な展開に顔を見合わせ、怒りを忘れている様だ。ただ、お父さんが先に気づいた。その契約書の血判を押す場所にまだ私が判を押していない事に。解ったみたいだけどお父さんは深くは触れない。その前にお母さんが予想通りの反応をする。

 私がその意志を持っている事は理解しているが、ニニンシュアリ君が理解している事が怪しい事も解っているんだ。でも、私が犬歯で親指の指先を噛み、血が滴った所で血判を押す。お母さんは目頭を抑え、首を振る。お父さんは私へ確認なのか……『本当に、その道を選ぶんだね?』と言われた。私が頷くとお父さんはオグさんの方へ歩いて行く。……あ、あぁ、緊張したァ。でも、まだ納得していない人がいる。お母さんは私に詰め寄ってきた。お父さんも全ては納得していないみたいで、オグさんもまだグチグチいわれている。


「私は、これまで、貴女に良かれとしてきた。でも、それはだいたいが裏目に出て、リクに叱られてきたわ」

「私、お母さんがしてくれた事は否定しないし、迷惑だなんて思った事はないよ。私達がどんな血筋なのか、今はもう理解してるから。だから、私はお母さんの役を継ぐ。9代目になって、次代に繋ぐわ。初代様方が望んだように」

「覚悟ができたのね?」

「うん。まぁ……でも、今からニニンシュアリ君を口説かなくちゃいけないけどさ」

「ふーん。貴女が決めた事よ。私はもう口出ししないわ。自分の幸せは自分で掴みなさいね」


 お母さんは私の腰に現れた懐中時計を見た。お母さん曰く、これは時兎の血筋が力を使う上で上限が開放された事を意味する。聖獣の制限を解放し、力の幅や使える範囲が広がる内容だ。お母さんにもある。お母さんは私のおでこを触り、何か変化があるらしくて表情は心配そうだ。私は初代様に最も近いとお母さんは言うけど、私は私である。私の腰にある刀を見ながら、一瞬だけニニンシュアリ君に視線を移し、私へ戻した。

 ここからは注意を促されている。ニニンシュアリ君の血筋は知らないけれど、ニニンシュアリ君は雑鬼の性鬼血統。どんな付き合いをしなくてはいけないのか、はたまた子供を残せるのかまで考えておきなさいとね。家族や神殿の巫女としてだけではなく、お母さんは国を代表する大勇者。一部からは英雄視される程の人だ。その実、内政や軍部との関わりには否定的な人だし、今の政治体制もあまり好かないみたい。その上で私を雁字搦めにし、囲いたくなかった。でも、私がその道を選ぶと言うならば話は別。最大限の力添えはするが、苦難の道になる事は変わらない。

 この国だけでは無いけど、力のある者だけが優位になる国は多い。その中、この国は先駆けとして民意を汲み上げる政治を模索しつつある。近隣諸国と渡り歩いながら、力や権威を落とさぬ様に私も立場を。……と、お母さんが話してる途中にシルヴィアさんが来ていた。どうやらお父さんの小言が非常に面倒だったらしく、被害が及ぶ前に逃げ出してきたらしい。シルヴィアさんはお母さんが苦手みたいだけど、この場では私のフォローの為に会話に参加してくれた。


「別に心紅ちゃんが一人で背負う必要はありませんよ。暁月さんはそうせざるを得ないタイミングだったのでしょうけど」

「生意気言う様になったじゃないの。私に虐められて逃げてた癖に」

「あのですね。アタシはどちらかと言うなら執政官寄りなんです! 心紅ちゃんが助けて欲しいなら、政治はアタシに任せなよ。アルも言ってるけど、今の時代は1人で背負うには重すぎるわ。逃げ道くらい用意しないとね」


 ウィンクするシルヴィアさんと、話の腰を折られて少し不機嫌なお母さん。そして、シルヴィアさんから突拍子もなく私とニニンシュアリ君の話題が飛び出した。『式はいつにするの?』とね。お母さんもそれには食いついた。シルヴィアさんが『ドレスや諸々の式に関する装飾やプランまで組みたいっ!』……って言うのよね。実はシルヴィアさんはアパレルだけではなく、新事業を立ち上げる予定らしい。タイミングもバッチリだし、ギルドジャーナルや国営新聞など様々な情報機関を利用して盛り立てたいようだ。

 思惑はさておき、シルヴィアさんは政務官では役職の垣根など関係なく縦横無尽に駆け回り、破天荒な草案から確実な計略まで全てを物にする稀代の政治家として有名だ。ただ、相談事が下手らしく、シルヴィアさん本人のワンマンが問題視されてない訳では無い。その為にできすぎる秘書として歩みだした公孫樹さん、紅葉ちゃんなどが居る。客寄せパンダみたいな扱いにはなるけど、国の産業の為になるなら……まぁ。費用は国が持つと言うし。何故ならば、私は国を代表する勇者であり、次期は国を支える巫女へとなる訳だからね。巫女の予知は国の政治方針にも密接に関わる。お母さんだって伊達に『絶対の巫女』などと呼ばれている訳じゃないのよ。

 それよりも何よりも楽しそうなシルヴィアさん。衣服で人を着飾るのが大好きらしい。女神族はこの国周辺にはあまり住んでいないらしく、モデルが欲しかったと……。単にシルヴィアさんが楽しみたいのだな。シルヴィアさんが代表を務める会社の専属モデルにも起用したいなどと、ビジネスモードのシルヴィアさんは本当にめんどくさいなぁ。……シルヴィアさんは前からお母さんに弄られてるし、旦那(オグ)さんにも玩具にされてるのをよく目にする。そのお母さんですら対処に困る程。対人経験の浅い私ではどうにもならない。でも、最後に話をまとめる形でシルヴィアさんは言葉を残し、オグさんに連れていかれた。襟首を掴まれて『にゃーん……』などと言ってるし。『視野を広げるのはいいけど、やっぱりキャパはあるし。できないことはできないよ。そういう時にアタシやアルを頼ったら?』とかっこよく話した最後が……借りてきた猫ではかっこつかないんだけどなぁ。


「それで? 心紅は彼にどうやって話すつもりなのかしら? 巫女と調律師の関係を」

「最初はお仕事絡みだし、何とか普通のお付き合いに持ってくつもり。すぐに婚約なんて、いくらなんでも引かれちゃうし」

「一応、無策無案ではないのね『……たぶん、彼は知ってると思うのよね。運命って不思議』」


 お父さんはオグさん、シルヴィアさんと話す事があるらしい。私とニニンシュアリ君を連れてお母さんが神殿へと向かっていた。その時にお母さんからニニンシュアリ君へかなり不穏な雰囲気の言葉が飛ぶ。最後に私やオグさんの攻撃を止めた巨大な盾。『あれは……構造的には魔装ではないのか?』……とお母さんがニニンシュアリ君へ確認をとったのだ。ニニンシュアリ君はそれに曖昧な返事をする。魔装でありながら魔装でないとね。お母さんはニニンシュアリ君に何を聞きたいのかは解らないけど、ニニンシュアリ君へ詳しい説明を求めた。建前としては国防、最前線の攻撃を目的とした部隊を指揮するお母さんには何か考えがあるらしい。

 正直な話、私が居る意味はあるのだろうか。ここは時の神殿における奥殿。我が血筋を表した巨大な神器が安置されている空間だ。一部の高位神官や巫女、大勇者や高位執政官などしか入殿を許されない特別な部屋。太古の魔力に満ちた空間で、私やお母さんはここで未来を見る。その未来視により、国家経済や一部の要人、産業、災害などの行く末を測るのだ。ニニンシュアリ君はその奥にある大神器へ一礼してからお母さんに打ち明けた。『魔装』の定義とは何かによるのだとね。密閉された地下空間であるから小さな声でも反響する。ニニンシュアリ君は魔装と呼ばれている物の定義をお母さんに正した。

 オグさんの学術研究による論文において、『魔装』とは死した人間の想いが形となった魔素の集合体。エネルギーとしての素体である神通力が欠如した不完全な物らしい。魔素は最近の研究で明らかになった物。魔法を扱う上でより深度を深めて細分化された単位だ。物質を定義し、有機物と無機物の両面を持ちながら、生物と無生物を定義付ける物。神通力や魔力と言った生体中のエネルギーにおける最も基本的な位置にあたる物らしい。魔法でその魔素を扱う事も可能だが、膨大な魔力を必要とする。神通力でも似た状態。しかし、ならば何故に魔装は生まれたのか。


「魔装は死人の意志が形作った『未練』や『怨嗟』が素体となった言わば呪いの産物。しかし、僕が使った『絶対盾(イージス)』は……僕の強い『意志』から生み出した物です」

「やっぱり……貴方、そんな使い方してたらいつの間にか死んじゃうかもしれないわよ?」


 私の態度にニニンシュアリ君が静止をかけ、お母さんに訂正を入れた。何故ならば、彼だけの意志では無いからと言う。何故、魔装が神通力で動くのか。単に最も効率の良いエネルギーだからではない。同じ素体から派生しているはずの魔気や魔力では、どんなに圧力、密度を高めても代替はできなかった。そして、魔力などとの最大の違い。それは蓄積できる媒体がかなり限られる事。では何故、蓄積できないのか? まず、魔力と神通力は大元が違う。魔力には感情や意志の類は強く関わらない。魔法を使う際に神通力との小さな作用に際して関わる程度だ。対して神通力はでき上がるためには強い感情が必要だ。蓄積できないならばどうにかして発散せねばならない。しかしながら、発散した場合に出る影響は未知数。行き着いた先は魔装だ。魔装はその故人が死ぬ間際に残した最も強い心の叫びが表される。……ならば、生きている人間が最大の入れ物であり、それで苦悩する人間を救うには魔装の技術を応用すれば可能ではないか? ……と。ニニンシュアリ君は結論を出した。オグさんとの協議の末、可能性は導き出した様だ。しかし、どうしても彼やオグさんだけではできなかった。そこがこれまでは解らなかったらしい。そんな中、ニニンシュアリ君は……『私』とならできたと言うではないか。

 私の体に取り付けられていたのはただの制御装置ではない。この装置はニニンシュアリ君へ私が負担になる量の神通力をある程度流し、何らかの形で私へ返す為の装置。そして、あの時、ニニンシュアリ君は考えるよりも先に体が動いたと言う。……魔装が形づくられる際の事を思い返して、彼は再び仮定に立ち返った。『縛心の呪い』がどんな役割をしたかと言う点だ。そして、オグさんとシルヴィアさんの繋がりに気づいた。シルヴィアさんの素体は守秘義務があり、ここでは言えないが私とニニンシュアリ君との関係に類似する点がいくつかあるらしい。

 オグさんとシルヴィアさんは『縛心の呪い』を利用してあの鎧を動かしているとニニンシュアリ君は考えている。そして、類似しているなら……。賭けではあったが、ニニンシュアリ君と私ならばできると思ったのだと。性鬼(インキュバス)は淫魔として扱われる。しかし、厳密には違うらしい。確かに類似はするが……古代の古い血筋に由来する場合は『性鬼』。最近の派生種は『淫魔』。性鬼は神通力や魔力よりも『心情』を好んで吸い出す。その為、他種族よりもより神通力の扱いに長けている。


「……この子が守りたいと思う心をベースにした神通力と貴方の心が溶け合い、あの盾ができたのね?」

「はい、その解釈が最も近いと考えます。確証も何もありませんが。ご理解頂けましたでしょうか?」

「40過ぎのオバサンには胸焼けしそうなお話ねぇ。まぁ、いいわ。貴方が心紅の専属になるお話。8代目として許可を出しましょう。その代わり、条件があります」


 ニニンシュアリ君が身構えた。お母さんが口にしたのは仮定での代替に際した話だ。仮に、8代目が使い物にならなくなった時、9代目が継ぐことになる。その際に彼は私の専属である為に、神殿の調律師にも持ち上げなくてはならないとね。

 神殿の調律師は巫女の最大の理解者でなくてはならず、巫女の心に寄り添う器用さも求められる。今はお父さんが調律師も兼任してるけど、ニニンシュアリ君に『そこまでやれる覚悟があるか?』……と少し厳しめに話しているのだ。大神器の調律師は国から守られる。何故ならば調律なくしては巫女が正しい未来を見据える事が難しいから。巫女と同等の立場にあてられ、自由は少ない。何よりも面倒なのはお互いにプライベートが無くなること。巫女は心で予知を行う。調律師はそれを見ることになるし、逆に調律師もいつも見られることになる。それが嫌ならば、今この場で答えた方が良いとお母さんは言う。

 ニニンシュアリ君は『何を今更』と溜息をつきながらお母さんに頭を下げた。オグさんの弟子となり、まず最初に教えこまれたのは道具の扱いや卓上の技術ではなかった。『思いやり』だそうだ。オグさんがそんな事言ってたんだね。ユーザーからの信頼なくしてこの仕事は務まらない。職人として寄り添わねばならない事は既に覚悟している。……あとはやって見ねば解らないし、後悔はしても逃げはしないし、投げもしない。『専属契約』を提案した段階で自分には覚悟があると力強く宣言してくれた。問いただしたお母さんの方が呆気にとられている。開いた口が塞がらない感じだ。その直後は腹を抱えて笑いだし、ニニンシュアリ君は少しムッとしていた。ヒーヒー言いながらお腹を抑えているお母さんがだんだん落ち着いてきたが、また爆弾を投げた。このふざけた感じが出てきたし、元のお母さんに戻ってきたかな?


「ねぇ、貴方は気づいてるかしら?『さすが、オグ君の弟子ねぇ』」

「はい?」

「世間一般には……そういうのをプロポーズって言うのよ?」

「僕には過ぎた方なので」


 ニニンシュアリ君……そんな表情しながらそんな事言われても……。

 ……その日は私もニニンシュアリ君も実家に泊まり、朝一で各々の家に帰った。しかし、私には魔王が待っている。覚悟はしてたけど、恐ろしい形相の潮音さんが応接間で待っていた。傍らには薙刀、有無を言わせずという表情。に、にげ、逃げら……れませんでした。

 紅葉ちゃんに防除魔法をかけられ、加速して逃げようとしたのに失敗。さらにエレに取り押さえられてしまい。私は数時間を正座でこってり絞られている。潮音さんの気が済んだあたりでお茶会になり、必然的に私は肴にされてしまった。私の持ち物から契約書が消えているのをオニキスちゃんが気づき、加えて私に現れた変化には紅葉ちゃんが気づいていたからだ。こうなると変に隠すよりも、話した方が面倒事を避けやすい。観念して順を追って説明した。まずは、紅葉ちゃんが気にした時兎の覚醒について。夜にお母さんから伝えられたからそこはしっかり答える。何よりも仲間には話しておかなくちゃいけないからね。私達パーティー『金星の集い』は皆が単一の勇者ではない。私、潮音さん、エレは勇者業が本業。サブの仕事もしてるけど今は単一戦力の遊撃手もしている。対してオニキスちゃんと紅葉ちゃんは勇者業が副業だ。私達と一緒に出撃する以外は表に出ていかない。特に…紅葉ちゃんなんて国を代表する歌姫なんて言われちゃってるし。

 私の潜在的な遺伝形質が活性化され、使う力により様々なオプションが現れるのだ。一番いい例? 私は魔鬼の血を引く女神族。馬力をあげる為、体を活性化させると鬼の角が現れ、犬歯が伸び、皮膚が固くなる。さらに言うと……どれくらいかは定かじゃないけど、何もしなくてもありえないくらい馬力が上がる。


「ひえー! 鬼になったんや!」

「そ、そだね」

「耳が黒くなったのもそれが理由なの?」

「あ、えっとね? 耳が黒くなったのは聖獣の影響かな。私は元からかなり聖獣に頼ってたんだけど、その聖獣の力を100%パワーに回せる様になったからなんだって。だから、お母さんは赤兎。私は黒兎」

「てか、心紅……。ちょっと大人びた? ま、まさか?! 大人のかいだ……」

「何にも無いからァァァー!!」


 オニキスちゃんの発言に私が一喝。

 これまでとは比べ物にならないパワーになっているため、手加減が必須だ。オニキスちゃんは悶絶している。……直後、扉をノックする音が聞こえた為、潮音さんが立ち上がり、対応していた。そこに来たのはまたもニニンシュアリ君。時計に目を向けた瞬間には私に首輪が付けられていた。さすがにニニンシュアリ君も怒っている様で、表情がいつもとは全く違う。

 潮音さんも『狭いから暴れさせちゃダメよ?』と言い、ニニンシュアリ君はお騒がせしましたと一言告げ、私は引きずられていく。エレと紅葉ちゃんは苦笑いしながら声には出さず『お幸せにぃ……』と。お幸せにできるかは微妙だなぁ。口説くどころか私の遅刻のせいで怒らせてばっかだし。いつもの道をいつもの様に公開処刑されながら常春の庭へ。なんなもう皆見慣れちゃったみたいで……。仮に私達に娘が産まれたら、いろいろ言われるんだろうなぁ。


「さぁて、時間はないが飯も無いとさすがにヘタレるだろう。先に飯だ」

「あ、ありがとう」

「まぁ、働いて返してくれ。俺の仕事の半分はお前に依存する形になるんだからな。勇者として、俺を食わせるくらいしてくれ」

「解ってるもん!! 私だってそれくらいの稼ぎはあるんだから……」


 ニニンシュアリ君は笑いながら私の鼻を摘んだ。私が軽く抵抗しているけど……。ニニンシュアリ君は最近は遠慮なく私をいじめる。それに、彼も遠慮なく私から神通力を吸い出す為、彼には勝てない。

 もうちょっと優しくてもいいのに。彼の作ってくれるご飯は美味しいし、おやつも毎日の楽しみだ。今までを考えたらとても暖かい毎日が続いていて……嬉しい。そして、不意にニニンシュアリ君から言葉が飛んだ。訓練の後、『休憩したらカフェにでも行くか?』とね。デートのお誘い。断る理由もない。こんな日々がこれからも。

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