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顧客満足度が高い

 私達が成長し夜桜勇者塾が有名になっても、入塾試験の難しさから未だに私達以外の生徒は居ない。そんな私達は名実共に中堅から有名パーティーへと昇格していた。皆特技を活かしながら働き、もちろん勇者としての活動もしている。名前の売れ方は皆違うけど、初期とは見違える程に成長していた。……私はそれでもこのパーティーには小さな不満がある。リーダーの事だ。パーティーのメンバーでお姉さんの様な潮音さん。最近、綺麗になった。てんで何もできない私なんかより、リーダーになるなら潮音さんの方が良かったのに……。私は心紅(ココア)。一応、大勇者家系の一人娘で、次代には国の神殿を纏める巫女になる予定です。そんな肩書きなんて要らない。私にも……私だけを見てくれるパートナーが欲しい。そしたら、私も……。万人に認められる様な、立派な巫女になれるかな?

 今は勇者と兼業だし、お母さんが巫女だから私は本業ではなく見習いの状態。巫女の仕事も覚え始めたけどまだまだかなぁ。こんなに不安になるのはいつ以来だろう。オグさんの所に逃げていた時以来か。そう、オグさん。少し前まではカッコよくて、落ち着いていた私の叔父さん……。お父さんの弟であるオグさんに付きまとってたんだけど。今は違う。オグさんは少し前に結婚しちゃったし、それに合わせて表舞台に出るようになった。彼は以前のようにひっそりと暮らしてない。だから、行きづらくなったし、仕事で方々に飛び回っている。そうなると、私の武器をメンテナンスできる人が居なくなってしまう。お父さんも鍛冶師だけど、お父さんは国家の最上位勇者でありながら、同位の大勇者さん達の武器をメンテナンスする鍛冶師。無理は……言えない。だから……。


「え? アタイにその武器を?」

「う、うん。お願いできないかな?」

「ちょっと見せてもろうてかまへん?」

「うん!」


 彼女はオニキスちゃん。私のパーティーでは様々な立場を担当してくれる心強い女の子なの。青紫色のショートヘアでネコミミと尻尾がある。種族は獣人族神獣系猫獣血統。白虎と呼ばれる大和地方に血が残る一族の……『はぐれ』らしい。年齢は今年で19歳だったかな。私より歳下なのに180cm以上の高身長、グラマラスではないけど綺麗なプロポーションは羨ましい。今は私達の拠点で鍛冶師として働きながら、王都に住んでいる私のお爺様に教導を受けている。

 え? 私? わ、私は……大きく見ても140cmの幼児体型。身分証明書がないとお酒を出すお店には入れてもらえない時期もあったかなぁ。今は名前が売れたからそんな事はなくなったけどね。そっ! そんな事よりっ! オニキスちゃんが工房から帰って来た。私はこの双刀を並の鍛冶師には触らせたくない。私の叔父さんが私の為に打ってくれた宝物だ。……オニキスちゃんは苦い表情をしながら私に刀を返してくれる。この表情は言葉にしなくても言いたい事はよくわかるよ。オニキスちゃんは仕事、……あ〜、鍛冶仕事が大好きな子だから。請け負える仕事は喜んで請け負ってくれるからだ。しかし、それが落胆している。


「ゴメン……。アタイの力じゃぁ、みてあげられへんわ」

「そ、そう……。急にゴメンね。それからありがとう。他を……」

「まぁ、待ちぃな。アタイにはできへんけどっ! く、悔しいんやけども。ニニ丸ん所ならできるかもしれへんで?」

「え? ニニンシュアリ君?」

「それ、師匠の作品やろ? アタイは大先生寄りの技巧なんや。師匠の技はニニ丸のがよう使うからな」


 私の双刀時兎はオグさんが作り出した世界に2つと無い名品。使われている素材もさる事ながら、ユーザー…つまり私への配慮の行き届いた素晴らしい品物なのだ。それを背に提げて、オニキスちゃんにニニンシュアリ君の所に連れて行ってもらった。ニニンシュアリ君はこの時間帯はほとんど工房にいないらしい。今はエウロペの街に居ると思うとオニキスちゃんはいう。ニニンシュアリ君は今では武器製作よりも、工業デザイナーとして働いている。利便や性能重視である為、武器よりも建築物の方が肌に合うみたい。ただし、仕事の幅は広く武器ももちろん手がける。ニニンシュアリ君をリーダーにしたパーティーの皆はニニンシュアリ君を専属に指定してるからね。ただ、今では皆のバトルスタンスや武器の趣向が変わり始め、徐々にニニンシュアリ君が他の工房を紹介し始める場面もあるのだとか。

 エウロペの街で心当たりを探す内に冒険者ギルドに辿り着いた。そこには見覚えのある後ろ姿がある。エントランスを潜り、私達は受付のあるロビーで話しかけるタイミングを伺う。服装からして2人は任務から帰って来たばかりらしい。ニニンシュアリ君はたまたま居合わせたらしいレジアデス君と話していた。……ここってギルドだよね? 難しい機械が沢山並んだ机には図面や定規、精密機器のパーツが整理されて並べられている。ニニンシュアリ君はギルドに機材を設置しに来たらしいが、レジアデス君が話しかけたみたい。そのニニンシュアリ君がこっちに気づき、『グッドタイミング』などと言いながらオニキスちゃんへ声をかけた。ざっと内容を聞いただけだから詳しくは解らないけど、ニニンシュアリ君の整備ではレジアデス君の武器には合わないらしい。オニキスちゃんはポーチから特殊なメガネを取り出してかけ、ショートヘアをかきあげてカチューシャで抑える。『あちゃー……』と小さな驚きを見せながら、レジアデス君の見事に折れていた武器の破損部を眺め始めた。


「これ、どうやって折ったんや?」

「普通に腕力だ。面目無い」

「いや、ええんやで? けどなぁ、師匠の作った武器をこないに見事に折るかぁ……。それだけ強うなっとんやろ。このタイプの武器ならアタイでなんとかなるから、レジ坊、任せとき」

「恩に着る。いくらかかる?」

「まだ、どんな改造するかも解らんからん。使えるように修理と整備がちゃんとできた時にもらうで。まぁ、新造も覚悟した方がええかもしれんが」


 オニキスちゃんがレジアデス君と話す中、ニニンシュアリ君もこれまでの整備や武器の状態を伝えている。拠点に帰ったら設計図と改修に合わせて記した図面を渡すと話した。ニニンシュアリ君かぁ……。すっごく仕事ができるんだよね。それにオグさんが認める程の才能の塊。勇者としても稀代の新星なんて言われてて。同じリーダーなのにこの差は何なんだろ。私は家の後ろ盾が大きい。確かに彼もオグさんの弟子だけど、とっくに自立してる。はァ……。実はちょっと前に私達パーティーと、ニニンシュアリ君達のパーティーにギルドジャーナルから独占インタビューがあった。皆の都合が合わないからか、私とニニンシュアリ君で受けたんだけど……。写真撮影がツーショットで恥ずかしい。写りが良かったし、実は気に入っててその写真を写真立てに入れて飾ってあるのが私の秘密。

 隠密や狙撃、破壊工作が得意な彼。体格が小さくて、技巧系のスキルや魔法、固有能力を駆使した頭脳派。闘技場や見えた状態からスタートなら、私の相手にはならないだろうけど。彼が隠れた状態でスタートすると……無傷で完勝する自信はないかな。

 するとオニキスちゃんが私の顔を覗き込み、かなり心配そうに声をかけてきた。何やら挙動不審で、兎なの『ににゃんにゃん』言ってたらしい。冗談めかして『アタイかて言わへんでぇ?』……なんて言ってたけど、ニニンシュアリ君はその発言にドン引きしていた。


「んで? 心紅の双刀を見て欲しいって?」

「こんな込み入った重構造をアタイじゃ触れへんのや。アンタならどないかできると思ってなぁ」

「……できなくは無いが、今の俺個人では触れん。師匠からまだ許しを得ていない危険な工程があるからな」

「……? あれ? 師匠? 何でこんな所に。つか、シルヴィ姐さんも一緒やん」


 オグさんが現れた。手には何やら図面を持っている。シルヴィアさんもオニキスちゃんに何やら鞄を手渡していた。

 お母さんは政府や支援団体に知り合いが沢山居るから、こういう政治関係の情報もたくさんもらえる。今、フォーチュナリー共和国は近隣国の飢饉に際し、この上ない支援を続けていた。岩山や痩せた土地が多く、元々あまり豊かな土地とは言えないフォーチュナリー共和国。周辺国から輸入される食料に依存していた傾向にあったからだ。その悪い国内情勢もシルヴィアさんが政務官団体に参加した辺りから徐々に上向いている。……シルヴィアさん、オグさんのお嫁さん。元は王族だったらしい。けど、凄い手腕を光らせる敏腕経営者でありながら国防の最有力勇者なの。そんなシルヴィアさんはいじられキャラと言うかね。オグさんのおもちゃみたいな感じだから軽く見られやすいけど、お母さんも意地悪して遊んでるけどー、本当は凄い優秀な政務官なんだよ。……ドMだけどね。

 オグさんはニニンシュアリ君に図面の話をしに来たらしい。フォーチュナリー共和国は陸運に頼りきりなのをシルヴィアさんが国の上院会議で取り上げ、オグさんやお父さん、たくさんの技師さんが招集された。オグさんはシルヴィアさんの旦那さんと言うこともあり、様々な立場のまとめ役を依頼されたのだろう。今渡したのは、下地の設計をした技師さんから受け取った船の図面や港の建設案だ。しかし、ニニンシュアリ君はオグさんから受け取ったデザインプランを見て、参考にはしたいが見栄えや能力面を変えたいと言う。

 オグさんは大きな溜め息をつき、頭を抱えながらニニンシュアリ君に小言を言う。最近、オグさんの一番弟子の2人はシルヴィアさんに似てきた……。などと漏らす。シルヴィアさんの作るお洋服は凄く有名なブランドだ。オグさん曰く、採算合わせがギリギリで、シルヴィアさんはほとんど趣味の様な感覚の仕事なのだとか。オニキスちゃんはシルヴィアさんのブランドとも取引を始め、女性冒険者への細々した小物や道具を作っている。ニニンシュアリ君は様々な便利グッズを開発しているらしい。やはり、採算がギリギリ過ぎる為、オグさんの不安は尽きないと言う。


「で? 何でニニンシュアリが心紅の双刀を握ってたんだ? お前には使えんだろ」

「それがかくかくしかじかで」

「ふむ、双刀のメンテナンスか。そういえばお前には許可してないな。この際だ。新造したらどうだ?」


 『かくかくしかじか』で解るんだ……オグさん。ニニンシュアリ君は双刀を見ながら話す。この双刀は? と。オグさんは少し渋ったが話し出す。もとより、私には扱える武器であって、扱い易い武器ではなかったのだろうとね。以前の最先端技術で最上級の素材を用いても私には適合しなかった。わざわざそんな物を使い続けるよりも新造の方がリスクは少なくメリットの方が沢山得られる。ニニンシュアリ君に新造してもらっても、今の双刀を廃棄する訳じゃない。使いたいなら場面を選んで使えばいい。それにニニンシュアリ君に新造できる技量があれば、メンテナンスなど簡単らしいし。今も愛用している私の双刀は私の暴走を抑える為の物。これならに備え、力を最大限に引き出すには……新たな武器を使えとね。

 この双刀はオグさんがお母さんの意志をくみ、私が平穏に暮らす為の武器として作った。しかし、私はそれを持ってしても力を抑え込めずに暴発を繰り返し、今は夜桜勇者塾に在籍して技術は得たけど。ニニンシュアリ君は私に一度双刀を返し、後日話を詰めたいと表情を変えずに話しかけてきた。話の流れに着いていけず、訳も分からずのレジアデス君。その深い趣旨は解るけど、触れたくないオニキスちゃん。……それから少しニニンシュアリ君の工房で待たせてもらい、彼が暇になると言う時間まで居た。

 ニニンシュアリ君って器用と言うか……。お茶菓子と紅茶まで出てくる。何でか小型のオーブンやお菓子作りの道具まで有るし。彼は仕事用に作ったらしい機械の腕で、様々な事を同時に行う。図面の訂正やお菓子作り、お茶淹れ、どんな仕掛けなんだろうか。頭の悪い私じゃわかんないなぁ。お茶菓子が……オーブンから? ホントに彼はなんでも作るのね。紅茶もなくなったと解るとすぐに新しいのを用意してくれる。至れり尽くせり。彼に魔造兵をなぜ使わないのか聞いたけど……。部屋が狭いかららしい。……足元には小さな機械が動いてるけどね。私がお菓子をつまんでいると、ニニンシュアリ君は『待たせたな』とこちらに椅子を回して対面になる。


「さてぇ? 師匠からも許可は降りた。前向きに検討するが……お前さんの意見を先に聞きたい」


 ニニンシュアリ君がざっくりと私にある現状の問題を上げてくれた。ある程度ならば武器を見れば解るらしい。前から思ってたけど、技術者さんって凄いなぁ。

 私は一族の中でも特に、体のベースが人間よりも聖獣に近い。それを可能にしたのがお父さんの隠された血筋である『神鬼族』の特長だった。私は極めて膨大な神通力を体の内部に抑え、耐えられる体なのだ。しかし、それには問題がある。女神の特長である高度な神通力制御。その枠を遥かに超える内在量という点だ。それをある程度だとしても御し、壊れない武器を作れただけで当時は世紀の大発見レベルの偉業だった。しかし、当時はその技術を再現できる技術者はおらず、実用ベースには程遠い難易度だったのだそうだ。お父さんに聞いただけだけど……。

 ニニンシュアリ君は今のオグさんから受けた技術供与でならば、望みの武器は作れると語る。作れはするらしいが、私がオグさんの作った武器への思い入れを捨てきれない事を気にしてくれた。オニキスちゃんもそうだけど、オグさんの一番弟子の2人は揃ってユーザーを大事にする。『ありがとう』と言えば、『当たり前だ』と素っ気なく言われた。……耳が赤くなってる。なわをか、可愛い。


「問題はそれだけじゃないんだぞ? 目立つ物から言えば、お前さんの武器は国家予算も真っ青な資金が必要になる」

「え゛っ……? そ、そんなに?」

「その双刀、そいつも似たような金額のはずだ。……師匠は変に優しいからな。お前が気にするだろうと黙ってたんだろうが」

「……」

「俺は、お前さんが国家級戦力と認知されて闘うか。意志を問いたい」


 ニニンシュアリ君は真面目と言うか、物事を事実に基づき評価する。私がこの先をどうしたいか……。そして、それがもたらす利益に彼が作ろうと考える武器が釣り合うかを測りたいのだ。ただの装飾品を作る訳じゃない。私の力をフルに活かせる武器となれば……国を滅ぼせる。お母さんや私の先生にあたる曾お祖母様、ブロッサム先生も私が力を強めるに従い、教導方針を制御技術の方面に重きを起き始めた。それは……私が始祖を超えるやもしれないと判断したからなのだと。

 最初は私に宿る時兎……『黒月(コクゲツ)』の力を借りていただけ。私の体には幾重にもかけた封印があり、無理に力を使ってそれを緩ませる事はできないから。お母さんにそう話された。私の事は誇らしい娘でありながら、末恐ろしい才能の塊だと。お母さんが抑えられるのは……長く見てあと数年。それ以上はもう、お母さんでは私の相手はできない。私は……その言葉を何よりも恐れた。だから、オグさんの所に逃げていたのだ。

 ニニンシュアリ君にそれを語ると……疑問符を吹き出した。表情からは『それがどうした?』と言いたげな感じ。私達の10人は皆何かしらの強みを持つ。それは強みであるが同時に凶器でもある。諸刃の剣は皆が同じだ。確かに私はエネルギー体の塊で感情がトリガーになり、いつ爆発してもおかしくはない。私が萎縮した事を目敏く見ていた彼。……その時、ニニンシュアリ君の瞳が紅く光り、私の目を覗き込んで来る。ち、力が、ぬ、抜けてく……。そして、今度はニニンシュアリ君が頭を抱えた。何かに能力での侵入を妨害、迎撃されたと呻いている。あ、そうか。ニニンシュアリ君は淫魔(インキュバス)だったね。私の中から異能を使い、神通力を抜き出そうとしたらしい。しかし、聖獣に阻まれたのだろうと言う。


「っく……。あぁ、不味くはないが……、むしろめちゃくちゃ美味いが。吸う度にこんなしっぺ返しを受けちゃたまったもんじゃねぇな」

「えっ、えっ?! ニニンシュアリ君その体!」

「あん? あぁ、そうだな。俺達淫魔は神通力と魔力の混合物が主食。……欲を言えば『色欲の情』や『色恋の情』なんて強い感情があればなお満たされるが」

「ふぇっ?! 色欲っ?! 色恋っ?!」

「『こいつ面白いな』」


 その時は私が気を失ってしまい、気づけばニニンシュアリ君のベッドで寝かされていた。夜になっていた為、その日は解散。後日に持ち越すことになり、私は仕事の関係で夜だったけど実家に帰った。私は自覚させられたのか? 私はオグさんの外観が好きだった訳じゃない。オグさんの物腰や気遣いが居心地がよかったからだ。……そう考えたら、ニニンシュアリ君はオグさんに似てる。まぁ、オグさんよりも意地悪だし、同年代だから話題も近い分だけいろいろバカにされるけど。

 彼の行動もしっかりと説明を受けた。ニニンシュアリ君は私の膨大な神通力を少しだけ吸い出してくれたと言う。急に体が軽くなりフワフワした。それは負荷をかけていた量を減量したからだと、ニニンシュアリ君は説明してくれている。そして、ニニンシュアリ君も淫魔の性質から体が急に大人びていた。とはいえ、遺伝的に小柄であり、甘い顔立ちは変わらなかったから……。

 淫魔は神通力や魔力などの氣と呼ばれるエネルギー源を吸い出す。学術書や様々な伝聞書、物語にはそう記されている。しかし、実情は違うらしい。淫魔だって生き物だし、好みがある。そして、……私達が感じる味の様な役割をするのが『感情』だ。びっくりしてたから私の感情は吸い出されなかった? 違う。私の聖獣、黒月が守ってくれたかららしい。ニニンシュアリ君が弾き出されたのは、私の彼に関する好奇心、恋心に近いデリケートな部分を吸い出されるのを守った為だからだ。聖獣は命に宿るガーディアン。その命の魂を糧に、命を守る存在。力の強い弱いは神通力密度や様々な要因で決まるらしいが。

 私の聖獣、黒月は私の内在する神通力の影響を受けない。時兎の女神族は原初の勇者。現在の主要な女神族家系とはそのベースが全く違う。私達は体が聖獣や神獣に近いのに体がある歪な存在なのだ。しかも、それは初代が忌み嫌った姿。だから、聖獣達が私達に同化する事で力を抑えているはずだったのだ。それを容易く超えたのが私。そんな私を見捨てずにずっと居てくれているのも黒月だ。


『あんにゃろー! 人のデリケートエリアまで土足で入り込もうとしやがって!』

「まぁまぁ、黒月…落ち着きなよ」

『そんな事言われてもなぁ。心紅よぉ。あの兄ちゃんは油断ならねぇよ?』

「えぇ? ニニンシュアリ君がぁ?」

『あんにゃろーはピンポイントにお前さんの柔らかい部分を狙って来やがったからな。きーつけろよ?』


 私も仕事があるし、ニニンシュアリ君は多忙な売れっ子。なかなか都合は合わない。私の方は割と余裕があるからね。私が合わせるべきなんだけど。

 しかし、私は目を疑った。私、疲れてる? 私やお母さんは大和の文化を表した衣服。お父さんは洋服だけど、……明らかに小柄な影がそこに2つ。私が巫女見習いの仕事から帰ったその日の夕方に私の実家へ、ニニンシュアリ君がとある人に連れられて現れた。お母さんはすぐに解る。だって、シルエットは完全に私と同じ。あれは絶対……お母さんだ。お母さんも以前から私の事は気にしていたらしい。それをニニンシュアリ君が相談したらしく、武器や様々な機材の草案と共に現れたようだ。最初はお父さんに会いに行ったらしいのだけど、忙しい為に短時間しか話せず、先にお母さんに話して欲しいと言われたのだとか。どのようにしたかは解らないけど、お母さんと連絡を取った彼。そのお母さんは先に草案へ目を通したらしく、魅力的だから自分の分も作ってくれなどと茶化したらしい。話し出すと口が回って止まらないお母さん。苦笑いしながら母の後ろについてきたニニンシュアリ君。

 応接間に3人で入り、話を詰める。何枚あるの? このプラン。目がチカチカしてきた。そんな私に気遣いなのだろうけど、気になったプランと彼が推している内容を説明してくれた。オグさんの双刀はかなり頑丈に作ることと、私の内部の神通力が急激に動き出すのを抑える技巧が施されているらしい。流れ星…隕石から採取した特殊な鉱石、それも聖域と呼ばれており人間を寄せ付けない森の国の奥で手に入れた物。良質かつ特殊な性質を持つ為、需要はあるが危険な為、商業ベースに乗せるような採掘はできない。そんな事情がある為、裏の世界で取り引きされている。正規のルートでは手に入れるのが難しいからだ。オグさんの作品らその加工が難しい鉱石に、目視でギリギリ確認できる大きさの魔法回路を張り巡らせてあるらしい。それを超えるコンセプトを彼は考えて来たというのだ。しかし、お母さんはそれについては難色を示した。私の力が未だに制御できていない事をあげたのだ。


「確かに、この図案は素晴らしいけど……。まだ心紅じゃ満足に使えないわ」

「暴走の恐れと言うわけですか?」

「えぇ。こう言うと厳しいのかもしれないけれど、貴方にこの子の命を保証できるかしら? 女神の力を甘く見ちゃダメよ」

「僕は何も考えずにこんな大量のコンセプトを組んだ訳ではありません。八代目様のお嬢様がどんな立場なのかもある程度は知っているつもりです」


 すると、お母さんの瞳が紅く輝く。『狂の兎』だ。聖獣の加護を意図的に弱める事で、神通力と魔力の流れを活性化する方法。お母さんはこの力を制御できるから実質的な最強らしい。

 脅しになるのか……。ニニンシュアリ君に私の命を保証する為の証はあるか? と強く圧力をかけたのだ。ニニンシュアリ君は全くどうじない。私なら恐怖に縮み上がってしまい、動けなかっただろうけど。ニニンシュアリ君は自身が工房を開く上での決意を述べた。オグさんからの流れとは言うけど、その誓いは並大抵の決意ではできない。するとお母さんがニマ〜っと笑い、彼に詰め寄る。嬉しそう? ただ、『なら、私の娘を嫁に取れる?』と言い放ち、さすがに私も止めに入った。

 確かに好意がまったくない訳では無い。むしろ……。でも、彼にはまだまだ私を見せていないから。怖い。私がオグさんを好きだったのは、わがままな私を拒絶されなかったからだ。彼にはその保証はない。私は怖い。期待に添えない事が。私は嫌いなんだ。力のない自分が。何一つ一人でできない自分が……愚図で馬鹿で、阿呆の私。知識もなく、単純で馬鹿だし、……み、見た目も……その、お子様だし。


「申し訳ないのですが、自分には過ぎたる方ですので」

「なら、このお話は無しね」

「僕はただの職人です。機械や武器、素材で依頼人に満足してもらうのが僕の働く理由。八代目様が仰られているのが比喩……専属契約であるのであればお受け致しますが」

「……昔、私の旦那さんも同じように言ったわ」


 お母さんの伸び悩んだ時期も、お父さんによって変わったらしい。実は勇者の中で大勇者と呼ばれる1部の人々には、1つの括りがある。それは有能な鍛冶師と出会えるかだ。もちろん、それだけとは言わないけど、国の上位100人と言われ、高い実力と能力を持つ人々は必ず有能な鍛冶師にメンテナンスを依頼している。勇者とは異なるが、鍛冶師にだって階級があって家のお父さんもかなり名高い鍛冶師。お父さんは城鬼と呼ばれ、卓越した指揮力と神通力を用いた結界装置の運用で国を守ってきた。私が成人した頃には頭角を表していたシルヴィアさんが現れるまで、前線防衛の主力勇者だったのだ。そのお父さんに憧れ、様々なアプローチの末にお付き合いにこじつけたらしい。学舎の時から幼馴染であり、お互いに知り合いではあったが趣味や仕事など全く違った。今の私とは同じ状態ではない。けど、共通したのは自分に芯が無いから、パートナーが欲しいと言う点だ。私の深層を掴み、お母さんは自覚させたいの……か。単に気紛れにニニンシュアリ君をいじっているのか。

 そこにオグさんの話を取り出したお母さん。ニニンシュアリ君も知っている。その私の心中が落ち着く場所を探していると言うのだ。『できるだけ、娘の意に沿うように』と言いながらね。ニニンシュアリ君も流石に驚いた表情の後、ポーカーフェイスを構えた。耳が真っ赤なのは触れない方が良さそうだね。……そこまで言うとお母さんは一度謝り、本題を真剣な表情で切り出した。

 お母さんのお母さん……。私のお祖母様からお母さんが言われた事を伝えたいらしい。時兎の女は普通の女神ではなく、1人では力を抑えられないのだと。意識的に力を抑え、命を保証するか、もとより隠れて生きるか。それを覆す為には自身だけでは無謀。……私の一族にはそれをして亡くなった人が事実居る。まだ、大和と言われる大国が存在した時の事。古い、古い昔のお話。お母さんが私を案じ、私へ最初に与えたかったのは武器ではない。私の為に必要だったのは、私を拒絶しないパートナーだったのだ。オグさんを最初は狙っていたらしい。しかし、シルヴィアさんが現れ、お母さんの思わくは振り出しに……。

 都合のいい事にそこに現れたのがニニンシュアリ君。彼は稀代の技術者。影に隠れ、表舞台に立たなかったオグさんは今や世界でも様々に注目される技術者であり学者。その弟子は鬼才の技術デザイナーだ。そして、私がいずれは務める神殿の巫女。その時の神殿には調律師と呼ばれる技術者が必要不可欠だ。巫女と調律師は切っても切れない間柄。それが夫婦ともなれば、なお都合がいい。お母さんとお父さんもその関係だし。初代オーガに依存した初代時兎。初代時兎は初代オーガに狂ってまで愛を捧げ、後世にその愛の呪縛を残した。苦笑いになっているニニンシュアリ君。お母さんはなおもたたみ掛けた。


「この子も伸び代は長いわよ? なんたって私の娘ですからねぇ」

「お母さん? そろそろいいかな?」


 お母さん……、胸を持ちあげながら詰め寄るのはやめたげて……。娘の私も苦笑いが止まらないし、正直恥ずかしい。お母さんを連れ出し、私だけもう一度彼の居る応接間へ戻り、まずは謝る。苦笑いは抜けないが、ニニンシュアリ君は先程の最後の言葉に触れた。……胸の事じゃないよ?

 専属契約。有名な勇者には委託するだけではなく、お抱えの鍛冶師を雇う人も居る。お母さんやシルヴィアさんの様に、鍛冶師さんを旦那さんにする高位女性勇者も少なくない。その筆頭の曾お祖母様であるブロッサム先生、七代目時兎であり私のお祖母様である弦月様……。その娘、八代目時兎で私の母、暁月。最新の人で言うなら鉄壁城姫(キャッスル・プリンセス)を改め、鉄壁城妃(キャッスル・クイーン)のシルヴィア・ディナ・オーガスさん。

 今ではブロッサム先生の土台があり、女性勇者の地位が保証されつつある。だけど、女性勇者が高位席に座る歴史は極めて短い。その中でこれだけの人達がその前例を作った。ニニンシュアリ君は私の事をどう思っているのだろうか。嫌われてはないと思うけど……、やっぱり潮音さんみたいなお姉さんとか、紅葉ちゃんみたいに綺麗でスタイルもいい可愛い子とか……。事務仕事や護衛の仕事もできるエレノアちゃん、有名鍛冶師として働くオニキスちゃん……。皆、私よりいい物を持ってる。私にも何か誇られる物はないのかなぁ。


「本当にごめんなさい! うちのお母さんが……」

「まぁ、最後のはアレだが……。それはそれだ。さて、お前さんの意志を聞こう。専属として俺を雇いたいのか?」

「せ、専属……」

「?」

「わ、私には何もないよ? 皆は凄いよ。でも……」


 ニニンシュアリ君は大きな溜め息をついた。最初に出た言葉は『これだから箱入り娘は……』と言う弱い怒りの滲んだ物。

 ニニンシュアリ君は貧乏ゆすりをしながら、私に嫌味を言い出した。外が見えないのは確かに辛いが、見なさすぎる原因は私にある。自身をノラと言いながら、才能なんていくらでも転がっているのだと。下ばかり見てるから猫背になるし、耳も立たないのだ。武器の話にしたって私の武器を作る訳だからもっと前のめりに来いと言う。予定合わせももっとしっかりして来いとね。そして、お母さんには見せていないコンセプトの原案を私に手渡してくれた。私だけに見せたいからだろう。かなり砕けた表現や気遣いの多い物だ。彼はオグさんに頼み込み、禁忌を開く覚悟でとある武器を再現すると言う。その為には、ニニンシュアリ君を根っこから信頼してくれねばならない。いや、それ以前に自分を信頼し、意志に芯を通さねば何も始まらないと。

 オグさんに頼み込んだのはそれだけではなかったらしい。

 今、オグさんはとある懸念から海の国とフォーチュナリー共和国を往復し何かをしている。それに同行し、森の国で発掘作業をしていたらしいのだ。シルヴィアさんのあの鎧を作る為に森の国で何やらしていたオグさんに地図をもらい、似た技術を使って……武器を作ると言う。素材の費用はこれで問題ない。しかし、最後の問題が残っている。私が、本気にならなければ武器を作っても仕方ないからだ。使うのは私。ニニンシュアリ君だけが本気でも仕方がないのよ。すると、ニニンシュアリ君が一瞬だけ迷った様な表情をしたが、私の秘密だけを聞くのはフェアじゃないなと話し出した。


「ニニンシュアリ君の……過去?」

「俺は……普通の淫魔じゃない」


 淫魔の性質とは本来ならば女性しか居ない事が一般に知られている。そして、両性問わずに誘惑し、精気を吸い取る為に一般には嫌われた種族だ。しかしながら、ニニンシュアリ君は男性だ。彼曰く、男性の淫魔は一族が滅ぶ直前に生まれる。時の流れに従い、淫魔は数を減らした。しかし、一部の淫魔は魔脈と呼ばれる太古の魔力に縋り、細々と生きていたという。ニニンシュアリ君のお母様はその部族の族長だった。……何らかの影響で魔脈が枯渇し、力の弱い淫魔から消滅を始めてしまったらしい。ニニンシュアリ君のお母様を生きながらえさせる為、自ら死を選ぶ淫魔も少なくなかったと聞いたと言う。そして、時は来てしまった。ニニンシュアリ君のお母様は最後に残り、衰弱の末に身ごもって居たにも関わらず……死を選びかけたと。

 そんな時にお母様は助かった。それは……とある一行に助けられたと言うのである。一人の雑鬼族魔鬼血統の男性とメタリア族の女性達だった。魔鬼の男性が分けてくれた魔力のお陰で、不完全だったニニンシュアリ君も体が構築される。そして、細々と…何とか魔力を集めながらニニンシュアリ君を出産、育てた。……が、最後にはニニンシュアリ君に看取られる事無く、亡くなってしまったらしい。

 その母の命を助けたのが……私のお爺様。刃鬼と称された孤高の鍛冶師。クルシュワル様だ。ニニンシュアリ君は助けてくれた方に恩返しする為、そしてオグさんを探すために勇者になった。集まった仲間達の鍛冶師を限られた資金の中でしながら。


「じゃ、じゃぁ……ニニンシュアリ君ってオグさんの弟になるの?」

「どうなんだろうな。淫魔には血の縛りはない。体にどの性質の魔力が多いかで決まるんだ。それでも、形としてならそうなのかもな」

「ふーん。ね、ねぇ、ニニンシュアリ君は……私の専属になってくれるの?」

「言ったはずだ。前向きに検討すると」

「……その表現は嫌」

「ん?」

「私、私を個人として認めてくれなきゃ嫌なの。お母さんの付属品じゃないし、時兎のお嬢様だからじゃなくて……私を心紅と見て欲しいから」


 ニニンシュアリ君が珍しい反応を見せた。唖然と言うか、私がこんな態度を取るのが珍しいからだろう。ニニンシュアリ君の手を握り、詰め寄ると耳を赤くしながらそっぽ向かれた。離れる様に言われながら、私も着席する。

 溜め息をつきながら、ニニンシュアリ君は契約書の様な紙を私に手渡した。そして、次の言葉で私が卒倒したらしく、またもや客間に用意された彼様の布団で寝ている。でも、次は夜じゃなく朝だったけど。ニニンシュアリ君の姿は無く、常春の庭からかなり絞られてはいるけど、銃声が響いている。

 この国の勇者に限らず、近隣国に居る情報のある勇者には銃器を扱う人は少ない。ニニンシュアリ君はその数少ない内の1人だ。そのニニンシュアリ君と……お父さん? いや、違う。お母さんだ。お父さんは止め役に居るだけみたい。ニニンシュアリ君の銃は基本的に実弾は用いない。彼曰く、肉体派の魔鬼とは違い、彼の体は淫魔の遺伝が強い。オグさんの様に硬い防御を崩せる実弾を撃つには体が向いてないかららしいのだ。トレーニングは毎日してるらしいけど、あまり実りが無い様子。そんな彼の強みは紅葉ちゃんに近い能力系統にある。加速に関しては誰一人としてついていけないお母さんに対して銃で闘えて居るからだ。予測や様々な機材の使い方。そして、何より際立つのは魔法の利用と的確さ。オグさんが太鼓判を捺す程の技量は本当に凄い。


「おはよう、心紅。彼、本当にすごいね。流石はアルの弟子だ」

「ニニンシュアリ君とお母さんの模擬戦?」

「いや、彼の力をギョウが見てみたい様だよ。射撃訓練も兼ねてるみたいだけどね」


 普通の勇者では見えないだろう速さ。ニニンシュアリ君は何かの機材を使い、知覚している。サブマシンガンと彼が呼ぶ小型の銃で牽制しながら、彼も挙動を読まれない様に動いているみたい。お母さん相手によくやるよ……。今でこそ私もついてけるけど少し前は弄ばれてしまい、相手にしてもらえなかったからね。手加減してくれてるだろうけど、ニニンシュアリ君は私達の様に目が慣れてないはず。……凄い。お父さんが絶賛するのはそれだけじゃないみたい。

 直後、お父さんが何やら旗をあげた。途端にニニンシュアリ君は何かの能力を使い、姿を消してしまう。……たぶん、カース・ミストだ。カース・ミストは完全な気配の遮断と隠密を可能にできる能力で、普通のタイプの勇者ならかなり有効。しかし、オグさんみたいな魔法学者、魔法工学者には見破られちゃうみたい。淫魔が夢に入る為に使う技に似ているらしいが、ニニンシュアリ君には普通の淫魔と異なるところがあるらしくこういう場面でしか使わないらしいわね。それにしても、何で私じゃなくてお母さんなの? まぁ、確かに年齢の分だけ経験は豊富だし、お父さんも許可してるからいいけど……。モヤモヤする。っと……。そんな事を考えている間に展開は進んでいた。実はお母さんも魔法は使えない。お母さんも膨大すぎる魔力を微調整するのが苦手らしく、大味な魔法しか使わない。しかも、お母さんは割と大雑把なところがあるから、下手に魔法を使われたら大変なことになっちゃう。私は……そもそも知識がない。


「裂破!」

「くっ…」

「それ便利ねぇ。正面からの魔力を遮断する防除結界。私も欲しいなぁ!」


 お母さんは容赦なくニニンシュアリ君へ刃を向けた。しかし、ニニンシュアリ君はかなり短いナイフを取り出し、お母さんの太刀筋を受け止める。しかし、馬力に対応できてない。それを補うように体を捻り、見覚えのある体技を駆使。オーガの家に伝わる物だ……。誰に教わったの? …………ぁぁあ、お父さんね。お母さんが使う魔力を駆使した技はかなり単純。裂破と名付けて使っているけど、あれなら私でも使えそう。掌に魔力を集中させるイメージから、一気に解放するだけだ。魔力は空中ではバラバラに飛散する性質があるから波と言うより衝撃に近いかも。お母さんは変わり種でたまに顔から、厳密には目からだったり口からも擬似的な技をはなつ。敵に技を読まれない様にするためなんだって。

 お母さんはだんだん楽しくなって来たのか、ニニンシュアリ君を攻めに攻める。やっぱり近接は苦手なんだ。表情は一層苦しそう。体力もあんまりないみたいだし。……でも、ニニンシュアリ君も引かない。急に距離を取り、ニニンシュアリ君は何かを発動した。浮遊している機材には機関銃がついている。展開された機材の数に流石のお母さんにも驚きの表情が……。お父さんも口笛を吹いた。ニニンシュアリ君が近未来的な兵装や自律型兵器を使って来るとお母さんも分が悪い。フォーチュナリー共和国の軍には彼を機材面の顧問に擁立するような動きがあるからだ。


「ホントに……凄い」

「彼から相談を受けてね」

「え?」

「彼、実は今、いろいろと大変な立ち位置でね。アルはあの通り奔放だし、いざとなればシルヴィアちゃんがブロックできるんだけど……。彼はあくまで弟子だし、今じゃ独立した工房だからね。アルが手を出しにくく、彼自身では大きな圧力には対応できない。なら……、心紅の意志に沿う形にしようかな? ってギョウがね」


 私の……意志?

 いても立ってもいられず、私は動いていた。なんの為に模擬戦をしていたのかはよく分からないけど、私を蚊帳の外にして何してんのよ! お母さん!

 ニニンシュアリ君はオグさんの弟子。作戦や指揮能力はお父さんも太鼓判を捺す。お母さんも本気ではないけど、一定の評価をしている。お母さんのあの強力な波動攻撃をニニンシュアリ君じゃ対応できない。私も今は武器を持ってない。なら……神通力を。でも、私じゃ……。


「前だけ向け! 俺に心を開け! 心紅!」

「え…うんっ!」


 ニニンシュアリ君の力強い言葉。私がやろうとしたことくらい彼には筒抜け。お母さんの瞳がさらに強く光出した。……絶対、楽しんでる。お母さんは…若い頃は手の付けられない様な殺人鬼だったらしい。ブロッサム先生に技術を叩き込まれ、今があるという。人を殺めることになんの躊躇いも無い。むしろ、血を見る事に快感を覚える危険な人。その暴れ馬を抑えたのも1人じゃない。お父さんもその1人。

 お母さんが刃に乗せて放った真紅の神通力の波。白刃取りなんて言えば聞こえはいいが、受け止めるだけならば結界を張るだけの方がいい。範囲も強度もタイミングもね。なんだけど、お母さんの能力特性は侵食。神通力を用いた相手の特性の奪取と破壊だ。腐敗とか崩壊と言う認識もあるみたいだけど、お母さんの厳密には物は違う。確かにボロボロにしちゃうし、壊れ方が激しいし速いから並の学者じゃ分析できない。ニニンシュアリ君も私が何をしようとしているかは解っているはずだ。えっ?! ちょっ!? ちょっと待っ…。いきなりは……。

 ニニンシュアリ君は背中から急に抱きしめてきた。た、たぶん、神通力で私ができないコントロールをしてくれる為に体を密着させ、神通力の派脈を同調させようとしてるんだろう。事実、私がコントロールしきれていなかった部分が軽くなっている。しかし、ニニンシュアリ君……な、なんで黙っちゃうの?


『俺に直接話しかけて来んのはあの旦那以来だな。……兄ちゃん、変わり者って言われねぇ?』

「この前の吸精の時の事を釈明したくてな」

『ん? あぁ、あれの事か? 別に俺は……』

「いや、俺を弾き出したのはお前さんだろ? 俺の力、精力吸収(エネルギー・ドレイン)は普通の吸精とは違う。俺は……魔鬼寄りの淫魔だ。より、生き物に近い。こうやって話しかけはしているが、負担がデカい」

『そこまでしてんなら早めに伝えろよ』

「ははは、俺は……感情。家族愛や恋愛に弱い。本能として、求めてしまうんだ。できるだけ、吸わない。だが、有事の際は吸うだろう。頼むから前みたいな事は勘弁してくれよ?」

『それは保証できねぇなぁ。俺は……守護獣(ガーディアン)だ。お前に……心紅(ごしゅじん)を思う気持ちがあるなら、俺は何もしねえ。下心があんなら、その限りじゃねぇよ』


 私の中で神通力の流れが変わっている。私には無いコントロール技術を彼は持ってるんだ。……違う。黒月まで彼に協力し始めてる? さっきの間はもしかしたら黒月に問いかけていた可能性があるわね。でも、何で……。お母さんの攻撃を受け止める。やる事は単純だ。お母さんが持つ派脈と真逆の流れをぶつければいい。並の勇者ではたとえ頭で解っても圧倒的な神通力量に押しつぶされる。オグさんはお母さんからしたら天敵らしい。目の前で模擬戦を見た事はなかったけど、太刀海先生との模擬戦で思った。オグさんの使い方さえ、私が掴めればいい。

 ニニンシュアリ君が耳元で囁く。神通力の出力を上げろ? これ以上はダメだよ。貴方の体に多大な負荷が出ちゃう。それに仮にわたしが暴走したら、貴方の命を保証できない。しかし、私の体は彼の言うことに従順に従っている。何で? 止めて! 止めてよっ!! このままじゃ、意識を持ってかれちゃう……。お母さんの神通力と衝突し、お父さんは一時退避。巻き込まれたらたまったものじゃない。そして、お母さんが刃を納めた。


「作戦は成功かしら、ニニンシュアリ君?」

「フィフティー・フィフティーと言った所ですかね。黒月の曖昧な了承は得ましたが、心紅本人がまだ恐れています。僕を殺すかもしれないとね」

「ふぅん。でも、前身はした訳だ」

「はい、それは保証します」


 会話の意味が解らず、私は呆然としていた。そして、背後からお父さんが戻ってくる。

 その後の昼食で種明かしをされた。嵌められたのは私らしい。ニニンシュアリ君は私の聖獣である黒月とリンクをとり、私へ干渉する許可を取りに来たのだ。それでも目的は半分だけ。残りの半分は私自身の力を測る事。それはできなかったと言う。ニニンシュアリ君はあれだけの神通力を流されたのにケロッとしている。安心はしたが、私だけが事実を知らされていなかった事には心底腹が立った。むくれながらの昼食だけど、お母さんは何でか嬉しそう。お父さんはいつも通りのにこやかな感じだけど。ニニンシュアリ君の席があり、いつもと景色が違うのが……少し落ち着かないなぁ。

 そして、お母さんの唐突な一言でお吸い物を吹き出しそうになった。お父さんもさすがに『コラコラ、彼も困っているよ』と嗜めてたけど。お母さんは『これで心紅のお婿さんゲットね!』とハッキリと言い放ったのだ。ニニンシュアリ君は呆れながら苦笑い。その彼の否定とも肯定とも取れない受け答えにも引っかかったけどね。『僕には過ぎた方ですよ』と……。何でこんな受け流しまでオグさんにそっくりなの? もう、オグさんに未練はない。だって、シルヴィアさんと居るオグさんは幸せそうだから。でも、私の好みの性格は変わらない。落ち着いてて、私を否定しない、優しい人。彼は確かに少し堅いし、意地悪だけど……人を貶めるような事をしない。


「もう……お母さんったら」

「ははは、それだけ心配なんだろうよ」

「……だといいんだけど。それより、今日はお話できる?」

「じゃなかったらこんなにゆっくりしていないよ。カフェにでも出て話すか? 八代目様に見つかると厄介だからな」

「えっ?! う、うんっ!」

「よし、支度してこいよ」


 2人で連れ立って歩いていく。と、突然のデートイベント……。オグさんは騒がしいお店が苦手らしいけど、ニニンシュアリ君はそんな事は無いらしい。王都で最近流行りのカフェに入る。すると、店員さんが店長さんを呼び、ニニンシュアリ君に挨拶を始めた。どうやら、このお店の改装や機材の搬入に彼が関わったらしく、ニニンシュアリ君はかなりの歓待を受けていた。ついでに、私が背後から顔を覗かせると……さらにペコペコ頭を下げられる。こういう扱いはあまり好きではないけど、私は王都でも有数のお嬢様。……らしい。嫌なんだけどね。学舎にも行ってないし、私は馬鹿だから。読み書きだって基礎しかできない。特殊な用語や言い回しは全くわからない。ついでに言うと、魔法言語も理解できないからね。

 ニニンシュアリ君が再び何枚もの設計図と要旨図などから説明をくれた。オグさんに作ってもらった双刀は手入れするのみにしていくと言う。それに合わせ、私には新しい双刀を作る。その図案を見て……私は不安になってきた。ニニンシュアリ君が見せてくれた図案によれば、刀の厚みは薄くなりかなり華美な作りになるのだ。使う素材はオグさんが厳選に厳選を重ねた物で、かなりの高純度という隕石。それをニニンシュアリ君が新技術と機材を用いてさらに錬成し、オニキスちゃんに打ち込んでもらう。その刀にオグさんとニニンシュアリ君で以前よりも緻密な魔法回路を入れてくれるらしい。


「緻密な武器にしちゃうの?」

「ん? 何か問題があるのか?」

「だ、だって私、不器用だし」

「さっき理解した。お前は不器用なんじゃない。ビビリなだけだ。暴走し、意識を奪われる事に恐怖があるんだろう」


 な、何で解るの?! と言う表情をしたらしく、ため息をつかれてしまった。それに関してはなんの問題もないから任せろと言う。オグさんも言っていたらしいが10年前の技術と今の技術は比較にならない。それにオグさんとニニンシュアリ君は使う技術は似ているが、武器に充てるコンセプトは全く違う。オグさんは派手な技や型を好まず、本人を活かした堅実な闘いを推奨する。しかし、ニニンシュアリ君は新技術をふんだんに使い、派手さや見栄え、性能なども全てを取ろうとするのだ。まぁ、性格の違いかな? オグさんは目立つのが嫌いだし、新技術を組み込んだとしてあまり表には出さない。手を隠したがるけど、ニニンシュアリ君は最初から全力で叩き潰す感じ。……経験の差なんだろうね。実は私は考え方から言えばオグさんに賛同する。手数は隠した方がいい。確かに完膚無きまでに叩くのはこの国の大勇者達に共通した戦法の王道だ。

 その旨を伝えると、ニニンシュアリ君がメモ紙に何かを書き込み始めた。私の要望をどの部分に使うかを考える為に聞き逃さない為のようだ。ニニンシュアリ君から私へ視線が来た。『他には?』と目で圧をかけてくる。

 今回のニニンシュアリ君が盛り込んだコンセプト。それは私の成長阻害にも関わる高密度な神通力、使わずに持て余している魔力に関係した物だ。オグさんには無く、ニニンシュアリ君ができる唯一の技を活かしたと言う。オグさんも擬似的な物や素材さえあれば可能だけど、オグさんにはエネルギー・ドレインは使えない。やはり、使える使えないは機構や構造にも反映されるらしいね。それだけではなく、ニニンシュアリ君はオグさんには無い目があるらしい。オグさんは解析する感じの魔眼を持っている。詳しくは知らないけど、お父さんが教えてくれた。ニニンシュアリ君には……相手の神通力や魔力の流れを見る目があると言う。


「お前には魔法を使う才能は無い。これは否定や擁護もできん。アホだのバカだの言われてんのは足場が無いからだ。なら、俺が足場を作ってやる。機材でな」

「う、うん」


 私には無い才能を機材で補填。

 今回使われる技術……複数あるが、全て私に内在する大量の神通力を魔力に変換する所からスタートするらしい。詳しい理論や方法は私には解らないだろうからと割愛され、技術名と新たに加えられた武器などの説明を受ける。

 まずは最も重要で私やお母さんでなくては使えない物。『フォースブレード』と呼ばれる技術からだ。使い方は至って簡単。神通力を流し込むだけ。本来ならば、この技術は外気に存在する魔力を神通力の親和性により呼び込む物だ。普通ならば燃費を抑える為、刃を短く薄くしたり、展開と消失の間隔を速めて意地をする技術だ。しかし、私には逆を用いる。体の中で滞留し、負荷をかける神通力を一定の条件で活性化させ、刀の内部を循環させる。刀の内部ではニニンシュアリ君が持つドレイン系異能を用いた分解再構築を行う魔法回路が働く。薄く細い刃は強力な神通力に包まれ、守られつつ、斬れ味を増す。同時に最先端の魔法回路を用いて刃からはフォースショットという遠距離攻撃も可能。


「遠距離攻撃は……要らないかな」

「遠距離攻撃とは言っても50m程度だ。そのくらい慣れてくれ。案外便利かもしれんぞ」

「ひ、ひぇぇ」

「逆に欲しい機能はないのか?」

「え、えと……。私、魔法が使ってみたい」

「どんな魔法だ? 戦闘魔法で構わないのか?」

「う、うん。お母さんが使ってた裂破みたいな……」


 ニニンシュアリ君は……。仕事なんだろうけど。すっごく丁寧に話を聞いてくれる。これまでは私の事を持ち上げる人間は……母へ取り入りたい欲丸出しの人間だった。だから、とっても嬉しい。私を私として見てくれるから。細かい装備品なども全て確認し、今は普通にお茶を始めていた。

 彼は甘党らしく、私の要望を書き終えたメモ紙をしまい、丸くてカラフルなお菓子を摘んでいる。美味しそうに食べてるなぁ。私も……作り方、覚えよう。そしたら、彼とお話しやすいし。紅茶の淹れ方も覚えたら……。好きになってくれるかなぁ。

 でも、不思議と彼の周りには女っ気はない。確かに小柄ではあるけど結構イケメンだし、有名な技術者だから顔も知れているはず。いろんな話があってもおかしくないはずなの。さっきからチラチラと彼を見ている女の子も沢山いる。聞きたいけど、聞けない。あれ……なんか、ニニンシュアリ君の表情が。もしかして、私の表情……。


「まぁ、お前は正直なところが売りだよな」

「え?」

「馬鹿正直だからな。騙されないか不安だよ。その時は話くらい聞いてやろうかな」

「うー……。意地悪」


 同じリーダー。彼はなんであんなに胸を張って歩けるんだろう。

 表情で読まれてしまったらしく。ニニンシュアリ君は遠い場所を眺めるような表情で話し始めた。ニニンシュアリ君は昔は酷いいじめに遭っていたらしい。生まれや体格も起因するが昔の彼はあまり人と接するのが得意では無かったらしいのだ。しかし、彼はお母様に言われ、考えを改めたらしい。できないから諦めるのは誰にでもできる。だけど、それはただの逃避。物事を考えず目を背けるのは精神的にも、現実に立ち返っても何もプラスには働かない。どうにかして打開を目指す事は諦めてはいけないのだ。例え、限りなく不可能であってもね。

 とは言われたが、その時から理知的で現実を強く見ていたニニンシュアリ君はお母様の考えを肯定はできなかった。できない事は素直にできないと言う事も大切。そこでニニンシュアリ君が考えたのが……自分のできることを伸ばすと言う手段。ニニンシュアリ君は淫魔であることは隠していたが、魔法や神通力の扱いには特出した才能があった。貧乏だったけれど、様々な仕事をしながら地方学舎へ入り、学んだ。そして、彼は今の様な形に仕上がったと語る。自分の仕上がりって……自分自身まで作品みたいに言っちゃうんだ。

 私の額に長く先の尖った爪向け、コツコツつついてくる。痛くはない。……ニニンシュアリ君は今の見た目だと童顔だから可愛くて女の子みたいなんだよね。そのニニンシュアリ君はケーキを食べながら私の強みを自分で否定するなと言う。解らないと言うなら、親しい友人にでも聞いてみろと言う。


「ニニンシュアリ君は……私の長所あると思う?」

「はぁ……。言うまでもないが、俺は見込みのある奴にしか手は貸さん」

「そ、そうだけど」

「具体的な物が欲しいと」

「う、うん」

「なら、先にこいつにサインをしてもらおうか」


 ニニンシュアリ君は専属契約の契約書を私の目の前に置いた。そして、彼は口を開く。彼は厳密には専属契約をしている人は居ないと言う。オニキスちゃんの様に全ての仕事を全力では行わない。その仕事に合わせた割合を決め、能率を変えながら完璧を目指す。100%は…ありえない。師匠、オグさんのうけよりであると言いった彼。すると、契約書を読まずにボーッとお茶を飲んでいる私の目の前で人差し指をチラつかせた。彼は私の目の前にある契約書の1文をなぞる。そこに記されていたのは……彼との契約における根本だ。

 私は目を疑い、口が閉じれなかった。声も出せない。ビックリしすぎて…バカな私には頭の整理が追いつかなかったのだ。その契約書の『専属契約』は単に勇者と技術者の業務的な繋がりではない。その書類は……事実上の婚約に相当する内容。

 昔から巫女は代々が技術者と婚姻を挙げてきた。それをせずに茨の道を突き進んだ3代目様は若くして亡くなっている。それから4代目様が巫女を名乗るまでの間、国家は不振と恐慌という夜に包まれた。4代目様が巫女となり、治世は再び日の出を見る。初代達を見習う験担ぎでもあるが、4代目様からは代々が技術者方面の技能を持つ人を伴侶にしている。『時代の巫女、9代目時兎の調律師を務めると共に、9代目時兎の専属鍛冶師として業務を優先的に行う旨をここに記す』……と記載されているからね。

 ……でも、ニニンシュアリ君はこれが婚約となる事を理解していないとおもう。ニニンシュアリ君は我が家の歴史を深くは知らないだろうし、フォーチュナリー共和国も大々的にはこの事実を公表していない。だから巫女につく調律師は生涯の伴侶となる事は解っていないと思う。事実だけ加速しちゃってる。でも、ここで否定しなかったら……彼は私の物。この契約書には血判の魔法印が付けられてる。余程の事がなければ……この契約は破棄できない。


「どうした?」

「こ、後悔しても、知らないから……ね?」

「? まぁ、そうなったらそうなっただ」


 ニニンシュアリ君の笑顔。可愛い。ずっとこうやって2人で居たいなぁ……。私、わがままかな?

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