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過去の清算も難しい

 海の国に起きた未曾有の危機から少しの時間が経過した。そんな折、ワシや赤羽(ミュラー)宛に改まった書状が届く。その書状の日程と場所でとある話し合いを行うからである。戦鬼様からお話があり、潮音へ身の振り方を問う時間が設けられたのだ。戦鬼様にしては厳しい問いかけと攻め……。ある程度の予想はしていたが、圧に負けた潮音は決めかねてしまう。深く考え込みすぎ、長時間黙り込んでしまたった。その為、戦鬼様から期間を言い渡され、一度通常の生活に戻っている。

 ワシも新たな職務を忙しく回しておるよ。ワシや本国の者だけで回せる国にせねばならん。依存体質は変えねばな。その思いが実りはじめ、海の国も安定に向かい始めているようだ。初期は災害復興に幅広く参加してくれた者達も、徐々に日常へ戻っていた。

 しかし、未だ産業は思わしくない。その心強い協力者は未だに手放せぬ。ワシの親友であり、様々な技術や産業に詳しい魔解(アリストクレア)は今でも協力してくれている。もちろん、魔解だけではない。魔解の行動は国を通した援助では無い。そうなればヤツの私財や予定を割かねばならんし、給金も出ん。それでは十分な腕が振るえず、産業は立ち上がらん。それ故、魔解の嫁である銀嬢(シルヴィア)が架け橋となり、国家間の支援活動と言う名目にしてもらったのだ。他国の干渉もあれど、銀嬢は外交戦術や論説に長けた政務官らしい。するりするりと交わし、屁理屈をごね、弱みを握り強みを活かす。流石としか言えぬ。

 魔解が協力するとなれば、その弟子達も参加する。しかし、皆が皆で一様に働いてはおらんよ。日常的に指定された場所で働かねばならん者もいるからな。そう…夜桜勇者塾の若者達は皆が成長し、各々が技能に合わせた柱を立てながら生活を始めていた。最初に皆で建てた拠点も増改築を繰り返し、どちらの組も個人の勇者階級だけではなく、部隊としての位置もより上がっている。復興中ではあるがワシも折を見て教えに行く。だが、……やはり、遠い。それに未だ潮音の件が片付かぬ為、ワシは近寄りにくいのだ。潮音もワシを無視したり、公孫樹への当たりが強くなる事はなくなった。……が、痼が完全に消えた訳ではない。

 ワシは最後まで粘ったが、戦鬼様は現実を突き付けている。実際の所、ワシの立場は弱い。心身共に疲れが出ている潮音を抱き込んだままでは、暫定的な国の運営、公孫樹と産まれてくる子供達を養うのは難しい。資金的にはできようが、何かの問題に直面した時、心に余裕があるとは言えないからな。最初の話し合いの冒頭はワシの意志を伝えた。潮音は我が家にいて欲しいとな。だが、戦鬼様はその弱点を隠すこと無く、突いてきた。この話し合いは潮音が決める事。ワシや戦鬼様が強要してはならぬ。ワシや白槍、赤八の気持ちは潮音に伝えた。あとは、潮音次第なのだ。


「ふーん。養子縁組……ねぇ」

「皆さんは私の意見を優先させたいみたいなのだけどね。私はそんなわがままを言える立場じゃないのよ」

「潮姉さぁ、シルヴィ姉に言われたばっかなんじゃないの? 潮姉が決めなきゃいけないんでしょ? 決められるだけは確かに楽だけど……それじゃ今までと何も変わらないわ。潮姉もそれは変えたいのよね?」

「うん。それ自体は解ってはいるんだよ? でも……」

「私はいいと思うけどね。養子縁組。オーガさんの妹になるんでしょ?」


 ワシは強く出なかったが、戦鬼様は妙に強く迫った。これまでの強制された状況とは違い、自ら決めねばならぬ不安定な立場だ。その潮音が相談を持ちかけたのは同門の仲間達。特に魔解によって撚り合わされた者達だ。公孫樹とワシの縁組もあり、より近しい存在となった紅葉が良い話し相手になっているらしい。もちろん、銀嬢(シルヴィア)の義理の妹である黒鎌嬢(エレノア)。パーティーのリーダーで潮音を特に気にしている子兎(ココア)。着かず離れずで聞き役に徹している雷虎(オニキス)。皆が代わる代わるで仕事の合間に相談に乗っているらしいのだ。ワシはあまり関与しない方が良いと思っているから強くは触れぬ。しかし、気にはなるのだ。

 ん? 仕事や生活全般で潮音が何をしているか?

 ワシも詳しくは知らぬが、公孫樹の話では例の話し合いがあった直後に働き口を紹介してくれないか? と言われたらしい。公孫樹には断る理由もなく、あまり無理をしない事を条件にギルドの小児院で保育士をしているらしい。自身が無理をしている公孫樹がそれを言うか? と思ったがな。潮音はあれ以来、非常に大人しい。以前までの潮音に戻ったと言えばそれまでだ。悩んでおるのは解るのだが……。周囲の友人にも接触しにくい状態であるから、断片的にしか解らぬ。過保護になってはならぬとは解っているのだが……やはり気になる。


「潮姉は何が不安なの? だって、あのブロッサム先生の孫になるんだから悪い事なんて……あ、ぁあ、恐いくらいかな?」

「先生がお優しいのは解ってるわよ。でも、ご迷惑に……」

「それ、言い出したらキリないよ? 私は太刀海先生の妹のままでもいいと思うし、ブロッサム先生の孫でも何も悪くないと思うんだけど」

「紅葉……そろそろ仕事だよ? いつも僕が迎えに来れる訳ではないですからね?」

「あ、アルフ。ゴメン、今行くわ。潮姉もゴメンね」

「こっちこそ長々とごめんね。気をつけてね!」


 あの方からすればワシとて若造。生きてきた時代の波、叩き上げの時代を耐えながら駆け上がった戦鬼様。その強さには遠く及ばぬ。もちろんの事だが財産や様々な教育の面でも、圧倒的に戦鬼様の庇護に入った方が安定はする。

 戦鬼様は潮音の才能をご理解くださっている。あわよくば銀嬢や公孫樹が継がない部分の戦鬼様の後継へと推挙したいらしいのだ。実はワシはそれも気がかりだった。血奮が抑制できるようになった様だが、果たして戦闘や感情の起伏が激しい状態ではどうか。……という問題だ。あれは駄目、これも駄目などと言っては視野を狭めるだけだが、ワシにも懸念や考えはある。まず止めさせたいのは、戦鬼様は魔解と同様でショック療法を取るつもりのようだ。医者の立場としては、血奮を通常の症例の様に考えて欲しくはない。あれが引き起こす被害は下手をすれば都市を丸々壊滅させる様な物……。個人における体質と言うだけで済まされる話ではない。それ以上に体質改善とショック療法はまた違う。暴走の懸念や潮音自身の被害を考えれば、安易には許可できない。

 これはワシのわがままだが、それ以外にも理由はいくつかある。赤羽の所属や待遇の問題だ。あやつはこちらの臣下となり、今や様々な場面で重用される存在。潮音があちらに着けば赤羽もついて行きかねん。それはできれば抑えたい。ましてやワシだけではなく、これは白槍、赤八の意見でもある。更には公孫樹も今はワシに賛同しているのだ。あの子の意志が第一であると皆が解ってはおる。だから潮音に委ねておるが……内心は異なるのだ。

 それだけではなく、あの子のことには不安が尽きぬ。大人しいのはいいがあの日以来、目立って動かなさすぎるのにも問題があると言う事なのだ。面倒な性格と言ってしまえばそれまで……。しかし、この様な性格にしたのは父やワシらだ。ワシらは安心して行く末を歩ませる事ができるまでは見守らねば筋が通らん。これまでの様にあれやこれやと裏で手を回す事は潮音のために止めねばならんが、それにしても煮えきらぬ。


「潮音さんはどうされるんですか? あのお話は」

「……まだ、どうしたらいいか解らないの。私のわがままで皆さんに不利益を……」

「あのー……、誰にも迷惑をかけずに生きるなんて可能なんでしょうか。大なり小なりありますけどね。少なくとも私はオグさんに多大な迷惑をかけて来ました。それに、その迷惑って潮音さんが思ってるだけだったりしません?」


 潮音が答えを出さねばならない日が近い為、ワシも用向きを作り再びあちらへ向かう。白槍、赤八も来たいと言ったが、さすがにワシらが全員で抜ける訳には行かぬ。それに共として赤羽は着けねばならぬからな。赤羽も気にしていたのだが、潮音に言われていて今回は触れずにいたらしい。『自分で何とかするから』とな。潮音がどの様な答えを出すかはこれからを大きく変える。あの子の事だけではない。ワシや赤羽など皆に少なからず関わるはずだ。手紙のやり取りだけは欠かさずしていた2人だが、赤羽も不安さは抜けないらしい。赤羽は生まれた子を認知するとは言うが、潮音の行動次第ではその動きも大きく変わる。わがままとは言わないが、潮音の面倒な部分……頑固なところが前に出過ぎればそちらに分岐しかねない。

 戦鬼様がワシと赤羽を迎えに来て下さり、凄まじい速さで走る地龍達の頑張りで夜桜勇者塾の建物が見えてきた。車内では和やかであったが、到着と共に空気は一変。ワシと赤羽が降りると、既に潮音と付き添いを頼まれた仲間達が出迎えに来ていた。後ろをついて歩き、戦鬼様のお住いに行き着いた。……広い。奥の広間に集まり、女子達は奥に座っている。対面する様にワシと赤羽が座り、戦鬼様は一段高い定位置にお座りになった。戦鬼様としても長らくお待ちになった訳だからな。戦鬼様は世間話を交えながら徐々に本題を話し始めた。

 今回の話し合いでの詰まる場所は潮音の立場としての意志だ。誰が見ても今の潮音は後ろ盾が無くては立っていられない。以前、回復する前の潮音を手負いの獣と表現した。まだ、潮音は傷ついたままだ。体は癒えても心に何らかの傷を残している。潮音は片羽に傷を負った飛べない鳥。しかも、彼女は子を守る為、気丈に張っておる。どの様な場面で倒れるか、壊れるかも定かではない。ワシにできるならば、ワシが守りたいがな。以前の話し合いの場で戦鬼様はワシの力では守りきれぬと判断された。……それが事実なのかもしれない。だが、潮音が望むのであれば、ワシは潮音と子を赤羽と共に守るのみだ。それが家族の枠を守るワシの役目。ワシの父親が捨てた本来の家長の責務だ。


「久しいな。潮音」

「はい。兄上、本日はお忙しい中を御足労頂きまして……」

「緊張しておるな? ワシへの気遣いは無用。単刀直入に問う。答えを聞こう」


 戦鬼様もじっと潮音を見ていらっしゃる。重圧に負けやすい事を理解はしているのだな。……いや、戦鬼様の御前は確かに極めて緊張するがのぅ。話す為に自分自身を落ち着かせるつもりなのだ。一呼吸おき、更に深い深呼吸をした潮音。戦鬼様は黙ったままその様子を観察されている。まずはワシへ向け、深々と頭を下げた後に重い口調で切り出した。

 『水研の家には帰らない。自分は責を背負わねばならぬから』とな。

 その詳しい答えとして、ワシや公孫樹。2人の兄への影響や自身が海の国へ残った際に出る影響を挙げた。自分だけが後ろ指を指され、迫害されるならば背負う覚悟はある。しかし、ワシら兄弟の立場や公孫樹の面目、これから産まれてくるワシらの子の事を考えるとなれば、答えは決まっていたと言う。それに海の国は農耕業や水産業が主流であり、最近はワシが舵を取り始めた海運業と造船業が要。戦の種の様な自分が帰る訳にはいかない。……と、ここまでで一度口を閉じた。次は戦鬼様の方向へ体を向け、深々と頭を下げる。次の言葉で戦鬼様は難しい表情をされた。何故ならば、潮音は戦鬼様……オーガ家との養子縁組の話をお受けせず、一人で生きてゆくと言ったからだ。

 潮音は戦鬼様の態度から顔を強ばらせ、一度口を閉じたが戦鬼様から『続けよ』と押されながら言葉を繋いだ。全く関係ないとは言わないが、これからは自分の手脚で歩まねばならない。自身がどれだけの物を抱え、皆様方に支えられたかを挙げながら……潮音は深く息を吸い込んだ。機嫌が悪い方向へ傾いた戦鬼様に意見するのは相当な覚悟がいる。……お前にはそれだけの覚悟があるのだな。


「私はっ! 私はこれまではずっと逃げて来ました。それしか無いからと抗いもせず、受け入れて目を背けて来たのです。ですが、向き合わねば、私の子を。いえ……彼と私の子を育て、共に生きる事はできません」

「……お待ちな」

「はぃ……先生」

「ならば、尚更縁組を考えるべきだと思うが? 何の後ろ盾も無く、お前の様な脚の細い者は弱い。アタシらがそれをただ黙って見ていると思うのか? その事を理解して言っているんだね?」

「それは……」


 潮音が強い口調に押し潰されそうになっていた。それを見かねた者が会話に割って入る。戦鬼様がその行為を嫌う事などよく知っているはずなのにだ。子兎は臆することなく、さらに不機嫌になった戦鬼様へ意見を述べる。この1ヶ月の間に潮音はずっと悩んでいたらしい。事ある毎に彼女らに話を聞いてもらいながら、自分に向いた仕事を探して居たと言う。

 戦鬼様にしては珍しい対応をとられた。不機嫌なことには変わりないが、意見を聞こうと体勢を変えたのだ。子兎はその対応に驚きながらも感謝の言葉を述べ、深々と頭を下げた。潮音の迷いを聞いていた子兎や仲間達から提案があると言う。この反応……。潮音のこれまでの話を踏まえ、戦鬼様が先程の様に強い口調で意志を問うてくるのは解っていた様だ。しかし、潮音がその威圧力に対応できるかは別である。その際に子兎は潮音と話し合い、決めた事を戦鬼様に推そうと考えていたらしいのだ。ただ、子兎もこれ程までにすんなりと戦鬼様が聞き入れてくれるとは思わなかったらしいが。初耳らしく潮音すら空いた口が塞がっていない。先程から潮音が心配で落ち着かない赤羽も不安そうな表情。子兎の自信に満ちた口振りに戦鬼様は額を抑えながら溜息をつく。

 提案の途中で意図を読んだのか、戦鬼様が扇を閉じて言葉を遮る。首を振りながら『話の腰を折るようで済まないが、先に言わせて欲しい』と戦鬼様が子兎へ向けて話した。低く深い声は重く、何を考えていらっしゃるかは解らない。しかし、『太刀海などよりも場数のないお前や後ろの若者達だが……。どの様に潮音を支えると言うのだ?』 ……と一層厳しい口調で子兎を威圧する。子兎はどこまでを想定していたのかは解らないが、戦鬼様相手に1歩も引かずに促されるまま話し出した。


「私1人や皆が1人で庇うだけでは無理です」

「ふむ……。それで?」

「このパーティーは何かの縁で繋がった大切な仲間達だと、私は思っています。その1人が溜め込む姿を見たいなんて誰も思いません。ですから、私達は皆で肩を組んで支えるつもりです」


 未だに厳しい目付きには変わりがない戦鬼様。その戦鬼様へ雷虎、黒鎌嬢、紅葉と続き、一巡してもう一度子兎が話し出した。戦鬼様はお1人で闘わざるを得ない状況だったのだと思う。しかし、自分達は違うのだと。これから交友を拡げ、立場が付き、新たな道を進む。歳をとり、たとえ少し疎遠になろうとも、戦鬼様に教えられたこの塾での時間は誰も忘れない。戦鬼様が1人で助けるよりも、小さな手が沢山集まった方が広く守れるのでは? とな。そして、最後に潮音がそういうのだから見守って欲しい。失敗した時に……助けてくださいませんか? と念押しを叩き込んだのだ。

 身の上やこれから、皆が似たような道を進む。たまたま潮音が最初になったに過ぎない。戦鬼様もご存知の通り、魔弟(ニニンシュアリ)と子兎はその様な関係になった。魔解からの知らせで知ったがな。つい先日、魔弟がお父君である城鬼(リクアニミス)様に挨拶し、正式に婚約したとの事。潮音の背後にある問題は自分にもある。国を支える巫女を受け継ぐ重圧、未だに抑えきれない自身の力など。自分なら誰に支えてもらうか……。母や父も立場がある。全てを頼りきりにはできない。事情は違えど、潮音も頼る場所に引け目や負い目があるならば、仲間を頼って欲しい。……と子兎は締めくくった。

 潮音はその言葉の後、戦鬼様に頭を下げてから話し出す。もちろん、これまで通りに戦鬼様からは助けてもらうと言う。しかし、家や囲いを孕んだ問題はここで締めくくりたいのだと。自分の後始末は自分でする。しかし、自分でできない事は素直に助けてもらえる人を頼るとね。


「ミュラー君」

「はい」

「この子のお父さんに、なってくれますか?」

「当たり前じゃないですか」

「住む場所は…離れ離れになってしまうけれど、私は貴方をずっと想ってるから」


 潮音が赤羽へ意志を問い。答えが帰ってまとまる。ワシも残念ではあるが潮音の思いを優先したい。そして、戦鬼様が扇を閉じ、大きな溜息の後に口を開いた。

 『どうしてもその様な形を取るのが嫌なのかい?』と悔しそうに問いを投げかけた戦鬼様。潮音がしっかりと頷くと、もう一度扇を開きワシを煽りながら嫌味を言い出した。ワシ側にも付かず、戦鬼様側にも付かなかった訳だからな。その決意がいつまで続くか解らないが、潮音の選んだ道は険しい。海の国であの事件の発端が潮音にあった事。それ自体は元を辿った先にいる父のせいにすれば一時は収める事ができる。戦鬼様の友好や立場があれば尚更簡単に事を転がせられるだろう。潮音自身の責任を亡き父へ全て投げつける事が、ワシらの守り方になるのだろうな。家や庇護から出て1人で歩むとなれば、ワシらは見守ることしかできない。戦鬼様はそれでも弟子であるから最大限の支援はしてくれると言う。

 しかし、子供を育てながら仕事をし、1人で立ち回るのは限界がある。戦鬼様も刃鬼(クルシュワル)様が産まれた直後、旦那様に面倒を頼み働きに出たらしい。赤子から目を離すのはいけないと潮音へ話した。師匠と言うよりはもはや母の口調だな。すると、仲間達が笑い出す。……予行演習? 潮音が働きに出たり、体調を崩した際に皆で可愛がるつもりらしい。縁組という型に縛られた形にするのは好ましくないと言うが、潮音は最大限の援助を仲間や戦鬼様に依頼するようだ。何故、そこまで型を崩す事に拘るのか……。潮音はその型に甘えてしまうと言う。縁組を行い、戦鬼様の孫となればそれなりの仕事や恩恵がある。しかし、それでは自分は強くなれない。誰かに助けられるだけはもう終わり。助けられた分だけ、誰かを助けられる確りとした背骨を手に入れたいと……。


「はぁ、アンタ達もせっかちだねぇ。アタシをなんだと思ってんだい。まぁ、下心があった事は認めよう。潮音なら勇者に頼りきった情けない軍を変える事ができると思った。だが、アタシがそんな事だけで縁組まではせんよ。いいかい? 小娘共、今の世だとして……親になるのは大変な事だ」


 戦鬼様の長い昔話が始まった。潮音は今後の為もあるのだろうが、苦もなく聴き続けている。だが、他は足が痺れてしまい、顔が歪み始めている。赤羽もだな。救いの手では無いが、ワシが戦鬼様に予定を切り出し、事の詰まりを確認した。潮音の思いを優先し、ワシらは手を引く。まぁ、まだ確認せねばならない事は内々にあるのだがな。赤羽の希望で赤羽の役職は未だに決まっていない。赤羽は成人し、士官したばかりの若者達を纏める立ち位置にいる。自然と彼の周りに集まった若者達を率いておるが……。役職がない為にこやつも無闇矢鱈な指令を出せないのだ。まぁ、ワシはあやつなら軍部だろうが執政局だろうが構わないのだが……。潮音の願いを聞かねばならぬ。いくつか案はあるのだがな。

 戦鬼様が4人を引き連れて外に出ていく。久しぶりに顔を合わせての会話となる2人。ワシも退席しようとしたのだが、潮音に残って欲しいと言われたために残った。赤羽から今後の話が切り出される。ワシが提示した赤羽の待遇。潮音の動きにより変化するだろうからな。まず、赤羽と潮音の居住やこれからの暮らし方について。……この段階から話し合うのか。ワシは最後に加わるのではならんのか?

 潮音は勇者の資格は維持し、赤羽や子供との兼ね合いで復職すると言う。皆が助けてくれる中で、自分だけが離れると言う選択肢を選びたくないと言う強い意思だ。赤羽も子供や様々な生活、資格の面は承諾した。しかし、『今は働かずに休んで欲しい』……と渋い口調の提案も出る。赤羽はワシの側近となり、ワシや白槍、赤八との連絡役をする役割になるだろう。ついでに潮音へ会いに行かせる為に戦鬼様や銀嬢、魔解との繋ぎの役割をする。赤羽も承諾してくれたしな。こやつの最高飛行速度は音速に入る。夜桜勇者塾の時はその能力を活かし、空飛ぶ郵便局員として王都でも一部で有名だったらしい。余談は要らぬな。この仕事ならばこやつの希望である勇者業は継続可能だ。


「兄上……これまで、本当にお世話になりました」

「世話などやいとらん。お前がそう感じているならそうなのだろうな。……これで兄妹の縁が切れた訳でも、今生の別れでもない。お前が必要な時は呼べ。可愛い妹を嫁に出しただけ……。ワシはいつまでもお前の兄だ」


 潮音が笑顔を見せた。3人揃って戦鬼様の館から出ると、席を外してくださった戦鬼様から言葉が飛んできた。『もういいのかい?』とな。ワシよりも赤羽と潮音の事もある。だから、もっと長い話を想定していたらしい。だが、潮音て赤羽は時間をかけず、お互いの気持ちを確かめ合っていた。赤羽の要望も様々にあったが、今回はこれまでだな。

 赤羽には少しの間こちらに居させる。魔弟に依頼した件を詰める為だ。

 さて、ワシは帰るか。……赤羽も難儀だ。出産間近になったらワシが院長となる医療機関に来る事を何とか認めさせたのだからな。潮音も潮音で頑なと言うかのぅ……。ワシが院長であるからと言って特別な優遇はせぬよ。赤羽がその方が安心であるし、海の国の方がすぐに向かえるからと宥め倒したのだ。何故、それはそれ、これはこれ……とできないのか。ワシが言えたギリではないな。まぁ、よい。ワシの出る幕ではない。


「久しぶりにお前達全員に講義をしようかね。何を帰ろうとしてんだい。お待ちな、太刀海。ミュラーもついでに聞いてきな。身重の嫁が気になるだろうしね」


 予定がない事がバレていたか……。この場で聞いたが女子の組は既に皆がA級以上となっている。個人成績順にあげるならば、リーダーの子兎はS級になったばかり。ついで黒鎌嬢はA級だがすぐに追いつくだろうと思われる。紅葉も追うようについ最近にA級へと昇格した様だ。療養と例の事件で停滞していた潮音はだいぶ前からA級。雷虎も紅葉と同時期にはA級に昇格していた。その5人に戦鬼様が講義を行う。これまでは力が強すぎ、暴走の恐れがあった為に魔解の指示で全員に伏せていた力がある。『神通力』だ。それをざっくり説明し、詳細は公孫樹に聞けと戦鬼様は公孫樹へ丸投げする。

 成長の裏には努力もあろう。子兎は最近の神器の調律でより微細な調整を学んだことで、より微細な制御が可能となり暴走の頻度が格段に下がった。潮音も血奮の克服と共に……また、赤羽との繋がりから許容範囲となったらしい。雷虎は戦鬼様が教える前に刃鬼様から教導を受けたらしく、戦鬼様はおさらいだなと笑った。紅葉と黒鎌嬢は以前から教えようとしていたらしいが、2人は職務上では単一戦闘を行わない。ならば、複数人でまとめて講義をしようと考えていたらしいのだ。

 そしてよい所にあったからだろう。ワシを指しながら例示されたのが、以前のワシと魔解の手合せだった。皆が酷い貧血や目眩に襲われたのは……魔解が底無しに持つ生命力の根源、『神通力』を感情を抑えずに解き放たからだとな。皆は覚えがあろう。今はまだ皆が制御しきれぬ力だが、それを微調整できれば様々な場面で優位に事を運ぶ事ができる。それは何も本人の技術だけが鍵とは限らない。頭や武器の使い方で変わる。


「アルが最近論文にしたよ。アタシとの共同でな。神通力……、それは魂の外殻にして体内を流動する生命力の根源だ。体外へ放出も可能だし、場合によっては増えるし、減りもする。言葉としてだけならば命や魂と最も近しい物だね」


 ワシの時は嫌がった癖してこやつらは……。戦鬼様の学説を真剣に聴き始めた。

 生物であればどんなに原始的であろうとも持ち合わせる物。さらに言えばその生き物、存在の重みを表す素体。そんな神通力は様々な氣と呼ばれる不可視の流動体と密接に関わっている。細胞1つである原始的な生き物であろうとも持つ本能。生物が生物たる根源は生きる意志だ。それがこの世界に満ちている魔気と呼ばれる魔力の前駆体と……。いや、魔気の前駆体と強く組み合わさった物が神通力だと言える。意志なくして神通力は生まれない。だから無機物には神通力は宿らないのだよ。強い意志の生き物に備わる神通力は非常に強力な物だ。神通力……。これまでもその存在自体は知られていても、その構造や知見は知られていなかった。それを戦鬼様の論文を元に魔解が調べ直し、事実を突き詰めたのだ。科学の進歩がもたらした答えと言えよう。

 戦鬼様が例を見せようと仰り、子兎が手招きされた。子兎は恐る恐る近づいてゆく。子兎の額が指で弾かれ、はねとばされた。……が、子兎はキョトンとしている。痛みを全く感じないらしい。それもそのはず。戦鬼様がよくお使いになる技だ。膨大な神通力密度と御方の魔力特性、親和性を活かした妙技である。膨大な神通力を空気や空間に張り巡らせ干渉し、自身の体の様に扱い子兎を飛ばしたのだよ。ただし、ここまでの微細な調整と範囲知覚が可能な人物は極僅かだがな。伝説級の術者でなくてはならぬだろう。


「痛くない……」

「アタシは確かに戦闘技術を様々に磨いた。だがねぇ、戦闘技術を磨くにはそれなりの精度を要する。狙って壊すだけが闘いじゃない。狙って壊さない事も技を極めるには必須の条件さね」


 戦鬼様の技術は途方もない場数から得られた苦労の産物だ。この若い勇者達には鍛錬や実践は早い。まずはそれ以前の話だ。ここには公孫樹も居らぬ故、割愛された部分はワシから話そう。戦鬼様はワシがどれだけ知っておるのかを試したい様だな。

 さてさて、諸君。まず、前提論だが神通力を使える者と使えない者がいる。その振り分けには大分すれば3組あるのだよ。もちろん、例外も存在する。まず、戦鬼様や魔解、公孫樹の様な人物だ。この組は最も神通力戦闘に秀でた才能の塊である。その鍵として体の中に更に特殊な氣を持つ。この氣を持つか持たぬかと、この氣を知覚できるかできないかが大きな鍵という事だ。その氣を魔解と戦鬼様は『導氣(ドウキ)』と名付け、微細な操作力と鋭敏な感受性を持ち合わせる。それでも扱うまでには訓練は必要だがな。

 そして、いきなり例外を挙げよう。それが八代目時兎様や魔弟にあたる。魔弟の方がより際立つが、種族の素体としてあやつは他とは全く異なるのだよ。魔弟の種族は淫魔(インキュバス)。あれらは肉体という外殻はあるが、飾りの様な物である。本体は体内の中枢にある魔核と呼ばれ、神通力と魔力で構成された結晶だからだ。強力な神通力と魔力に影響を受け易いが、逆に言うならば外部の同系統の物に高い干渉力がある。分類学上の雑鬼族淫魔血統は導氣を持っていないが、用いずとも干渉できるのだ。余談ではあるが魔弟は淫魔であるにも関わらず導氣を持ち、尚且つ淫魔の中でも数段高い干渉力を持つ様だ。そして、八代目様のような女神族も理屈は似ている。肉体はあるが膨大な内在神通力密度を活かした力技で神通力を操れてしまうのだ。


「ほぇ、ウチには難しくて無理かもですわ」

「何のことはないよ、オニキス。この技を使えるのに使ってないのは紅葉と潮音だけさ」

「え? 私、使ってました?」

「おや、エレノアは知らずに使っていたのかい。なら、伸び代は長いね。アンタの結晶魔法だよ。それだけではないけどね」


 区分としての2組目はワシや源龍のお2人だ。神通力は強力だが、導氣を持ち合わせない個体である。……源龍であるが風来坊はまだらしいな。

 そして、またも例外からとなるがワシは神通力を使用し、導氣も知覚できる。しかし、鋭敏な感受性があるとは言えない。なぜならワシは本来ならば導氣を持ってはおらん。だが、魔解が考案した訓練を受け、擬似的な導氣の知覚を……いや、感知が可能になったのだ。それ故に放出や対応はできるが、体外での微細な操作はできん。ちなみに様子から察しておるだけだから真偽は解らぬが、源龍のお2人は導氣の知覚や感知はできていない。これらの条件は種族的な物もある故、一言には言えんのだ。

 そして、最後の組には……人やこの場にはいないが普通の獣人族などが当てはまる。ただし、銀嬢は人であるが例外中の例外。実は銀嬢の素体をワシは魔解より伝えられたのだ。潮音の件の直後だったな。最後に災厄を鎮めたあのとてつもない力。銀嬢は神通力の流脈を感じ取る事ができず、導氣も持たず、知覚できない。いや、本来人ならば備わっている機能のいくつかが欠如しているらしいのだ。本題からは離れるが、ワシの懸念だ。聞いてくれ。

 それだから魔解は逸早く銀嬢を抑えるため、様々な手を尽くしていたと言う。銀嬢は確かに神通力の流れを感じ取れない……。導氣の知覚どころか活性も極端に低い。その素体が体内にあってはならない密度の神通力を備えているのだ。封印の守護であるアークすらその理由は解らない。女神の再来と言えど、封印され続けた女神の力は途方もない時間によって削られ弱まっているはず。しかし、アークが言うには、何故か銀嬢の体は生まれた当初から原初創成の女神……『白の女神』が持ち合わせたそれを遥かに上回っていたのだと。アークが銀嬢と常に行動を共にしていたのは過剰な神通力の動きをある程度抑える為だったらしい。


「潮音は血奮があるから恐れていたのだろうね。だから、アタシも巫女にはならない方が良いと話した。アンタは普通じゃないからね。それなりに苦労するだろう。だが、普通に生きられない訳じゃない」


 この5人……と赤羽は導氣を知覚できるらしい。知覚能力の高さは潮音、子兎、雷虎、紅葉、黒鎌嬢、赤羽の順に高いようだ。潮音は訓練自体は禁止。潮音の腹には子供が居る。激しくなくとも神通力の流れは血脈を通り、子供に影響を出す。場合によっては死産になる可能性も有り得るからだ。通常の妊婦にはありえないが、潮音が保有する神通力密度ならば十二分に有り得る話だからな。

 子兎はこれまで通りに神殿で母君、八代目時兎様から指導を受けよとの事。女神の素体は女神の方が詳しいだろうしな。それに許婚(ニニンシュアリ)と何やらしているのは知っている……。と申された。子兎は赤面し、俯く。湯気が出ておるな。まぁ、放置しよう。

 次は雷虎、紅葉、黒鎌嬢の3人だ。雷虎は工芸寄りの扱い方を学んだらしい。より戦闘向きの使い方を教えると伝えられ、意気込んでいる。紅葉は従来の魔導師とは体質や能力からして全く違う。その点は公孫樹と同様らしい。ただ、公孫樹とも性質が異なる故、戦鬼様と密に調整しながら訓練をするとの事。紅葉も嬉しそうに返事をした。最後の黒鎌嬢は銀嬢と話しながら決めよと言われている。今の使い方は銀嬢の趣向。それを変える為には銀嬢に頼りきりな体勢から変えねばならないかららしい。難しい表情だが、黒鎌嬢も返事をし頷く。


「まぁ、訓練は後日だ。太刀海も時間が許す限りこちらに居てくれ。この子ら、特に潮音のケアは念入りにな」

「御意」

「ミュラーもニニンシュアリと話があるのだろう? ここは解散にする。暇なら……うちの曾孫達の逢引でも観察して行きな。はっはっはっ!」

「せ、先生ぇ……」


 言われるがままに皆がゾロゾロと子兎について行く。そこは以前にも子兎を見た神殿だ。時の神殿。今は八代目様がお祈りをしている。あのお姿だけならば、可憐な美女? 美少女? 美幼女? ……。な、なのだがね。その横にはあまり魔法回路や神通力線の扱いが得意でない…、言う割に城鬼(リクアニミス)様が居らっしゃる。城鬼様の役割は調律師。神殿の神器はあくまで機材だ。機材は一定値までは様々な脈のブレ幅を調節してくれる。しかし、予想外のできごとがあるのがこう言った世界だ。だから、城鬼様は直に機材を調整し、八代目様の表情などから通過してくる神通力の脈を増減している。本来ならば生き物にしか存在しない神通力。しかし、以前から頻繁に話している『脈』には神通力を流導する性質がある。方向も一定ではなく、自然の回転や四季、様々な要素で変動し、災害などの予兆も見られるらしい。見えぬワシには解らぬがな。

 すると、八代目様が急に立ち上がり、子兎を呼んだ。城鬼様も神器の調整機を操作し、こちらにおいでになる。ワシらの後ろには独特な機材を持ちながら歩いてきたらしい魔弟。城鬼様に挨拶をし、先程の位置に魔弟が入る。城鬼様は…『彼はやはりアルの弟子だね』とワシらに笑いかけながら面白い体験ができますよと言う。戦鬼様が潮音の体に特殊な結界を張った。……何をしようと言うのだ?


心紅(ココ)ぉ? 遅刻よぉ?」

「ご、ゴメンなさい」

「それはアタシのせいだ。今回は勘弁してやっておくれ」

「え? 先生の? まぁ、それならば。……では、皆さん。以前はちょうど終わってしまったのでお見せできませんでしたけど、今から巫女の仕事をちょっぴりお見せしましょう」


 子兎に合図が行なわれ、八代目様も同時に何らかの術を行使し始める。それに合わせ、何らかの技術を用いているのか……。魔弟の背中から機械で作られた腕が何本も現れた。その腕の数だけ能率は高いらしい。解説して下さる城鬼様がしていた制御や調律とは格段の差があると仰った。城鬼様の解説によれば、御方と八代目様は八代目様のお力を基盤に儀式を執り行っている。しかし、子兎と魔弟はその逆。子兎も確かに成長し、1人でも安全に調律は行える。それを規格外の処理や方式構築、演算などから予測して助ける魔弟が居る事で数倍の効率化、正確性が向上しているのだと言う。城鬼様はご本人曰く『アナログ』な機材ならば扱えるが、魔解や魔弟の扱う『デジタル』な機材は苦手なのだとか。

 それは体の組成にも関わる。魔解に聞いては居たが、兄君は魚人族のお母上を持つらしい。体内の保有魔力や神通力密度は非常に高い方らしいが、微調整はやはり苦手らしいな。その点、魔解はどちらも城鬼様より保有量は若干劣るが、微調整の能力は数段高いらしい。

 そして、魔弟より声掛けが行われた。一瞬だけフワッと宙に浮いたような感覚を受け、視界が変貌する。この空間は巫女の心の中だと言うでは無いか。……ただし、実際に中に入った訳ではなく、具現化して広げているに過ぎないらしいが。戦鬼様が潮音に結界を施したのは神通力の強烈な流れを受けないようにしてくださったようだな。


「今はまだ精神統一をしている段階なので、心紅が歩いてる様にしか見えませんがその内変わりますよ」


 真っ暗な空間に月明かり程度の光で照らし出された子兎。その子兎を中心に、急に視界が開けた。見渡す限りの草原に……成長した子兎と御家族がいる。子兎は両腕に子供を抱いているな。城鬼様も八代目様も全く見た目が変わらぬが……。

 この空間は今、子兎が見ている未来の図らしい。この絵は見る人間により変わるが、この世界が安寧や発展に向かうならば幸福を映し出す。しかし、必ずしも幸福を映し出す訳ではなく、場合によるが何らかの異常を察知する事もあると言うのだ。この情景を見るだけでは何も不自由はなく、安定した世界が拓かれて行くように感じてしまうがな。

 しばらくすると、世界が遠のく。子兎が祈りを止めたのだ。母君にその答えを伝えている。……あの情景でどのように予知をするのだ? ワシには全く解らぬ。子兎が言うには情景の遠い空に暗雲が見えた。これは少し遠い未来に何か悪い事が起きると言うこと。風が穏やかに抜けていた為、空脈は良好もしくは少し過剰に神通力が流れている。草原に花や実りが無い、それは地脈が若干弱っていると言う証拠。今すぐに何かが起きはしないが、いずれ飢饉を引き起こすかもしれないと言う。また、巫女の一家はこれからも子孫繁栄が期待できる……と締めくくった。


「だいたい当たりね。でも、もっと注意深く見なくちゃ。貴方の旦那さんの姿が見えなかったわね……。少し気になるわ」

「はぃ、敢えて……言いませんでした」

「巫女は……どんなに残酷でも運命から目を背けてはいけないわ。もし、運命を曲げたいならば。貴女の力で曲げなさい。貴女はもう九代目時兎なのだから」


 戦鬼様の表情が変わる。だが、当の本人はあまり気にしていない様で機材を停止し、こちらへ歩いて来る。

 巫女の予知。この類いの儀式は確実性があやふやと言うのが学説としては強い。如何に八代目様が予言をしたと言っても、それを第三者視点から確認はできぬからだ。しかしながら、学者が如何に研究を重ねようと視認できず、干渉すらままならないのが脈と呼ばれる神通力の通り道。発見すらできぬ者達の言い分もまかり通る子とはない。どちらを取るかはその個人や団体の方針次第なのだよ。魔弟は運命をねじ曲げる女神の母娘に全幅の信頼を置いているのだろう。口ぶりも軽い軽い。

 この『時の神殿』における最高位神官であり、巫女の立場を勤める八代目様を「お義母様」と呼び話しかける魔弟。八代目様も笑いながらそれに答えている。あまり子兎を苛めるなと言っておるな。あの方、八代目様は兎に角……ご自身の動きを制限されることを嫌う。それはあの一面にも現れているのだ。軽く、薄く見せる鎧。あの鎧の下には本当の鋼鎧を着込んでいらっしゃる様だがな。あのお母上だ、さぞ子兎も苦労しておるのだろうな。


「お義母様、心紅をあまり苛めないでください。神殿に遣え始めた時期から考えて頂けませんか?」

「うふふ、お義母様だってぇっ! ……解ってますよ。でも、私は心紅に期待してるから、厳しくしてるの。この子は確実に私を越える巫女……いいえ、女の子になれるってね」

「その為に僕が全力でバックアップします。一人で背負い込むのはもう世の中にあいませんよ?」


 八代目様は逃げの一手とでも言おうか、軽口を交えて魔弟をかわした。

 その後は城鬼様が神器の整備を行うと言うのでワシらも見学している。一言で括ってしまえば訳がわからぬ。しかし、技師とは大変な仕事名のだな。新たな技術を追い求めるのみではなく、古代の技術を組み入れつつ働く。魔解のことは見てきていたが、魔弟もなかなかに苦労をしているのだな。

 魔弟は師匠である魔解とは異なり、建造物や設備、構造物、大型の兵器を弄る事に長けている。もちろん、魔解もその手の事は可能だが、あやつはより込み入った組成や構造を得意とする。それもそこそこの強度を押さえつつも高出力を維持した武器の製作が得意なのだ。新素材や新技術を考案、利用するのは魔解の十八番。魔弟はそれを利用し、深め、形にすることに長けている。どちらも技師としての腕が立つ事は言うまでもないが、希代の鍛冶師と希代の技術者達には言葉も出ない。……皆が忘れておる様だし、あまり御本人が主張されないから目立たないが、城鬼様とて希に見る技術力をもった御仁だ。専門は古式の術や素材を活かした武具ではある。知識は深く、より研ぎ澄まされた目で観察し、魔解の新技術に手を加えられる程の方なのだよ。


「それにしても君は若いのにスゴいねぇ。今年で21歳なんて信じられないよ」

「いえいえ、まだまだ学ぶ事は多いです。師匠から許されていない加工もいくつもありますし」

「ほぅ、アイツはまだ許してない部分があるんだね。どうだい? このまま僕の跡継ぎ……」

「魅力的なお言葉ですが、お義父様の工房を継ぐならば僕の同門の方が適任だと思います。お許しが貰えるのでしたら、僕もぜひお手伝いはさせてもらいたいですが」


 明るく笑いながら和やかに話してはいるが、この城鬼様の恐ろしい所はこの裏側だ。魔弟もそれを知っていて敢えて隠さずに気持ちを伝えている。何を隠そうこの御方は……フォーチュナリー共和国に10人存在する最高位勇者の1人なのだからな。名を明かさずに居られる理由は弟である魔解のことが有るかららしい。雷虎の質問や紅葉からの問いには基本的に城鬼様がお答えになり、魔弟は作業へ集中している。それ程に信頼されているのだな。

 ……作業の終了と供に八代目様と城鬼様が連れだって潮音と赤羽にお祝いと言いながら封筒と何やら箱を手渡していた。潮音も赤羽もペコペコと頭を下げ、お礼を繰り返している。その2人へ八代目様は『これからも心紅と仲良くしてね』といい潮音の手を握っていた。結局、潮音の体調や様々な兼ね合いからワシも居残る事に決まった。公孫樹には悪いが魔解や銀嬢にも止められてはなぁ……。潮音がこちらで安定するまでは見ていて欲しいと銀嬢に強く言われてしまった。仕事に関してもワシの興した内容を詰めるらしい。魔解は潮音の経過観察の合間で構わない為、仕事を詰めたいと話していた。海の国における公共施設の整備案を立てるからだ。本国も確かに心配であるが、あちらの現状は家や仕事を失った者達への補助や支援が限界。先に進む為には基盤の安定が急務だ。白槍がその動きは手際よく動かしている。ワシが居らぬとは言え、攻め込まれることはなかろうが、泣きっ面に蜂だけはどうあっても回避したい。できうる限り早く帰らねばな。


「新産業……ですか」

「あぁ、海の国は位置取りとして海運業が向いている。しかし、前代表の施策は閉鎖傾向だった為、全く使われなかったんだ」

「海の国には幅広で深く、長い川が2つある。だが、河口は問題なくとも、首都へ運河を渡すには傾斜がつきすぎている」

「僕は以前に依頼された様に大型、中型、小型の魔導船を設計すればいいんですね? 太刀海先生」

「そうだな。是非頼みたい」

「ついでに港湾に荷積み用のクレーンも用意してやれ」

「了解です」


 以前に赤羽へ書簡を持たせたが、ここで話を詰めることができた方が話は進みやすい。魔弟も計画の中核である船の建造の話は了承していたが、海の国にある地理情報などが無いため、計画を進められずに足踏み状態の様だ。赤羽がその情報をワシへ伝え、最新の地図と河川改修工事の折りに記した情報を見せている。

 こう見ると確かにこやつは昔の魔解に似ておるな。風貌などではなく、物事へ対しての意識や態度というものかな。思い出した。銀嬢に見るように言われたのは潮音だけではない。どうやら魔弟のことも気にしているらしいのだ。ワシも忙しいのぅ。魔解の口から聞いている情報だけしかワシにはこの類いの近人類の知識はない。ワシは医学、魔法医学には精通しているが、あやつの様な特殊な症例の所見はない。魔解の見識から言えば魔弟を見る場合は医学ではなく、魔導構築学の様な学問が適当なのだよ。詳しい説明はややこしくなるため省くが、魔弟の種族である淫魔は純粋な有機生命体ではない。いくらか似た種族はあるが、その中でも淫魔はそれこそ神通力が根元と言って過言ではない種族だからだ。肉体はあれどあやつらは食物での栄養接種はできない。それを怠ればそれなりに窶れても仕方なかろう。

 事の発端は潮音がこちらに移った頃らしい。近くにいる人間には解りにくいが、潮音の一言でその疑いが立った。魔弟が徐々に小さくなっている。……という話だ。あやつの出生や様々な過去は魔解すら断片的にしか知らない。それに関して深く問うのは野暮だろう。何せ一族が絶える直前に男性の淫魔が生まれると言うのがあの種族の特徴。男性の淫魔はその力を用い、夢へ侵入して精気を奪うだけではない。様々な技を用いて婦女をその気にさせ、不特定多数の女性に淫魔の子を生ませるのが役割なのだ。しかし、あやつは貞操観念が淫魔の一族には合わずに固い。性格も奔放さはあまりなく、表面は悪魔を装っているが義理堅いのだ。血族の習性を曲げ、1人の伴侶を持つ事を選んでいる。本当ならばやつは孤独な王子。精気を吸い、一族の繁栄をもたらさねばならぬのにな。


「のう、魔弟よ。お主は本当に淫魔の血筋なのか?」

「はい、母がそうでしたし。どうかされたのですか?」

「いやな? 最近お前が痩せただの縮んだだのと騒ぐ輩がいてな。ちょいと聞いてみただけだ。ワシは医者であるから力になれるやもしれん」

「ご心配をおかけしました。大丈夫です。僕は淫魔とはいっても特殊な状態ですからね。夢に入ったりして精気は吸えません。僕の父は魔鬼血統の人らしく、僕は魔鬼の体に淫魔の力を持っているんです」

「なんと、そうなのか。異種だったか。それは難儀だな」


 魔弟の話を聞く限りではこやつはかなり特殊な生まれという事になる。古来の淫魔と魔鬼はその力関係と気性の関係で偏利共生の関係にあった。魔鬼は性欲が極度に強く、余程の例外を除き女性と呼ばれる個体が存在しない。それ故に他種族の女性を襲った。それは生物としてどうしようもない事だ。

 その性質を利用したのが淫魔の血族。淫魔は説明したように、通常であれば女性しか現れない。魔鬼は種族の垣根など関係なく繁殖行動を行う。淫魔はその性行と呼ばれる行為で糧を得る。実は淫魔の肉体は母体の細胞を複写して造形する為、男性の因子を受け継がないのだ。だから淫魔は女性しか生まれない。そのように淫魔が依存しても魔鬼は減らなかったらしいがね。だが、淫魔には特別な繁殖行動を行う時がある。それが男性の淫魔を残す時だ。その時ばかりは男性にある因子を受け取り子を残す。その因子が魔鬼であったのは本当に偶然でしかないのだろうがね。

 肉体は持つが本体は神通力や魔力でできた核というのが、学識で知られている淫魔の正体。しかし、魔弟は恐らく肉体が核と同化している筈だ。だから神通力を使いすぎたり、吸精できないと体に変化が出てしまう。そして、魔鬼と近似した素体ならば少量の食物接種と外気からの魔気吸引で最低限は生きられる。いつから吸精していないのかと聞けば、人里に出てから一度もないという。できない訳でもない。だが、気になるのは何故、ここに来てその欠乏の現れである窶れが現れた?

 酒を飲みながらこやつの居室で話している。よもやこやつから誘って来ようとは思わなんだがな。見た目はかなり童顔で小柄だが、魔弟も成人しておる。酒ぐらい飲むだろう。そして、周囲に人の気配が無いことを確認する様な素振りを取り、魔弟はワシへ口を開いた。先ずは子兎へは言わないこと。次に、潮音や紅葉、雷虎、黒鎌嬢の子兎の仲間達など、繋がりかねない人物にも言わないで欲しいという。


「僕の様な中途半端な者でも、血族の性質は受け継がれました。エネルギーを直に吸い出す性質からか、淫魔は空腹という概念はありません。その代わりに強い欲求不満や場合によれば禁断症状のような物が現れます」

「それが出ていると?」

「僕の場合はそれも中途半端に出ています。欠乏時の症状は精気を欲する事で起きますが、その前提として必ず生体内のエネルギーが欠乏していなくては起きません。僕の場合は欠乏がトリガーではなく、心紅を好きになりすぎた事が引き金のようです」


 ふむふむ、誘発と言うことか。淫魔は性行における快楽と共に神通力や魔力を吸収する。淫魔や吸精を行う魔族の中で、精気とはそれらの集合体を指す様だからな。

 確かに通例から取るならば、順序に違和感がある。……が、これまではその様な感情が無かった魔弟に新たな感情の波が押し寄せた。その波により、隠されていた本能を刺激され、体内に眠っていた淫魔としての部分が活性化。これまではその様な症状は現れなかったが、体は空腹状態に似た状況で有ることに反応している。肉体をどうにか維持する為、体内機能を一部簡略化する作用が働き、体が縮んでいた。こうなるのだろうな。しかしなぁ。こやつの場合はそれが食事であるし、成人しており婚約しているのだから節度さえとれば問題ない気が刷るのだが。

 ん? そうもいかない? 神殿に遣え始めた子兎は以前よりも神通力の循環が激しい為、消耗している。それ以上に精神面でゆらぎ易くなる今、あまり大きな負担を与えたくらいない。そのような状態の子兎に無理はさせられないとな。影の気遣いはいいが、それでお前の体調が思わしくないと言うのは子兎も望まぬと思うぞ? こやつはこれから先も子兎からの吸精は行わぬと言うが……。おそらく、それは叶わぬだろうなぁ。この魔弟は酒には強くない様だ。元より肉体派と言う訳ではなく、機材と類稀な神通力や魔力などの体内保有量で闘う技巧派だから尚更か。余程感情が昂ったのだろう。自身の許容量を見誤る程の速さで酒を口にしたのだ。何を思ったか、たまたま部屋の近くで止まった影は動かずに居る。魔弟が完全に酔い潰れるまで飲み耽り、ワシはその者を招き入れる。……魔弟の部屋故、招き入れると言うのもなんだが。


「潮音、入って来い」

「はい、兄上」

「改まるな、今はワシも立場から離れた酒盛りをしていた。お前も子兎と飲んでいたのか?」

「私はお腹の子が居ますので。心紅ちゃんの悩み相談を皆でしてまして」

「ふむ? して?」


 今ここに居り、酒を飲めない状態である潮音は除外される。だが、子兎の部屋で始まった酒盛り…もとい子兎の悩み相談会は混沌を極めたらしい。酒乱持ち一家の末娘、紅葉は1口含んだだけで大暴れをはじめたそうだ。潮音と雷虎で抑え込んだらしいがな。その雷虎は外観に合わず、極度の下戸。ぐい呑み1杯で眠りこけたと言う。黒鎌嬢も甘い酒を好む故、潮音と子兎の用意した酒に負け、厠に篭っているらしい。結果的にある程度飲める子兎と飲めぬ潮音の2人で語らう様になったのだと……。高官になる娘子達が酒に弱いとなかなか苦労するぞ? 女子は好かれる上に立場がある故、飲まされるからな。

 最初は魔弟からの強い押しが無いと零していただけに留まったらしい。しかし、酒が回りはじめ、クダを巻き始めた子兎の発言は徐々に過激になったと言う。潰れてしまったり、取り押さえられた者達に寝床を用意した潮音。それから夜風に当たりたくなり、たまたま通りかかった様だ。潮音に誘発されたのか何なのかは定かではないが、子兎は魔弟との子が欲しいと言っていたという。そして、自分の予知が恐ろしい。何より、その予知を苦もなく受け入れる様な態度を見せた魔弟。どの様に接したらよいかが解らぬと言ったそうだ。


「私も今は身重ですから動けませんが、いずれは心紅ちゃんを助けたいと思います」

「うむ、好きにしろ。ワシもその折は手を貸す。公孫樹もそれを望むだろうからな」


 酔い潰れておる魔弟を介抱しながらワシも用意されている客間へ帰る準備をしておく。潮音は元より子兎の居室に泊まる予定らしいが、ワシは魔弟の部屋に泊まる予定では無かった。それに職務や立場の問題でワシはゆったりもしてはおれん。明朝には白槍への魔法通話会議を行わねばならんのだ。潮音の事、こちらでしか詰められぬ仕事とは言えど連絡はせねばな。今は戦は無いが、まだまだ様々な問題が見え隠れしておる。問題か……。どうやら、新たな問題をワシは見つけてしまった様だ。潮音はワシに黙って何かの役を、戦鬼様から受けた様だからな。潮音の纏う衣服は古代大和の礼装だ。戦鬼様はそれを普段着にされている訳だが……。戦鬼様は何をお考えになっているのやら。潮音と共に魔弟を寝かせ、ワシは潮音に送り出されてゆったり歩く。小高い丘の上で空を見上げていると……。あれは戦鬼様だな。


「夜分遅くにお出かけですかな? 戦鬼様」

「それはお前とて変わらぬだろうて。なんだい、何か物を言いたげだね」

「これからの国や地域の進退に関わりますからな。戦鬼様……単刀直入に申し上げます。貴女様はもはや長くないのでは?」


 やれやれと首を傾げながら戦鬼様はワシへ溜息をついた。戦鬼様の口からは驚く程に抵抗なくワシが知りたい事が語られてゆく。

 戦鬼様は……本来ならば既に亡くなられていて然るべき状態らしい。肉体は既に朽ち、今はほとんどが思念体…いや、高密度の神通力が強い意志により構築した擬似的な物だというのだ。戦鬼様はそれにも関わらず沢山のお役目を抱えておられる。そして、もう楽にさせて欲しいとも仰られた。銀嬢には大和の森を継がせ、公孫樹には大魔導師としての知見や立場、技術を引き継がせた。さらに、あの話し合いの後にも、荷を1つ降ろしたと言う。ワシには内密にする予定であったが、思いの外潮音が快く受け入れてくれた為、もう隠す意味も無いだろう。……と明かしてくれたのだ。戦鬼様が最後に抱えていた荷とは……国の威信。未だに統制が内部で二極化しているフォーチュナリーの軍を纏める立場だ。潮音はそれを纏めあげ、引き継ぐと約束したらしい。

 今すぐにどうこうでは無いとは仰る。しかし、戦鬼様はご自身の体の事や後継を今になり急ぎ集めた事も、様々な問題からの焦りからだと語られた。今もこれからも、自我が続く限りはワシらの様な弟子を助け続けたい。しかし、いつ暴発するやもしれない巨大な力を隠しつつ、後続からは甘えられるだけではならぬ。……数年前、戦鬼様はついに感じていた運命を目の前にした。戦鬼様がいずれは居なくなる事を予知したのは、信頼する弟子である八代目様。戦鬼様はそれを聞き、終わりが来ると言う事に安堵しながらも、この国の危うさに激しい不安を覚えた。その焦りが巻き起こしたのか? 潮音を含めた10人の若者、ワシらの様な次代を支える中堅所が集まる。永遠が無い。それは締めくくらねばならないと言う事。しかし、生き物として人が生きるならば、繋がなくてはならない。ただ命を繋ぐだけではならん。いずれ現れるやもしれん脅威に立ち向かう姿勢も育てねばならない。その為に……。


「不安か?」

「そうですな。我々を支えてくださった大黒柱が倒れるのは……恐ろしくもあり、寂しい事です」

「ははは、そうかい。だがねぇ、太刀海よ。アタシだけではない。この世界には永遠は存在してはおらん。アタシもいずれは居なくなる」

「そうですな……」

「苦楽を越え、そなたらは立て。アタシはたまたま1人で越えられる程度の波だったよ。だが、お前さん達が直面するだろう巨大な波は……1人だけでは越えられん」


 潮音に託した。しかし、潮音だけに託した訳では無い。戦鬼様も詳しくは語られなかったが……。弟子に振り回される今は、楽しいと仰られた。銀嬢や公孫樹、潮音……、子兎、黒鎌嬢、雷虎、紅葉。ワシや魔解、男衆の皆。潜み隠れ、何もしない毎日はそれはそれは退屈だったらしい。

 移ろい、歩み続ける時間中。戦鬼様はこの先をできうる限り見ていたいと……。しかし、終わりが来る。残念ではある。まだ、見ていたい。しかし、永遠でないから、楽しいのだと。御方の意志は脈々と受け継がれて行くのだろう。戦鬼様がいつかはこの世を去られても。戦鬼様の意志を受け継ぐ者がいる限り、この方の意志は消えぬ。


「太刀海よ、ちょいと付き合っとくれ。たまにはアタシも飲みたいのさ」

「喜んでお付き合い致しましょう」


 ……ワシがまさか潰されるとは思わななんだ。さすがは魔解のお祖母様と言う訳だな。まっこと、お強い。さぁ、ワシも後継として、先達として、今を歩まねばな。……二日酔いなど久々よのぅ。

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