副業の方が忙しい?
導くべき勇者の卵達が集まった。……俺にもいろいろと考える所はあるが、今はあの子達を旅立たせる足掛かりを作る段階だ。
まず、俺の見立てと、やらせるべき事を総合し、彼女らを勇者パーティーとして無理矢理に立ち上がらせた。だが、彼女らには決定的に知識が足りないのだ。本来ならば知っていなくてはならないのだが、若年勇者として既に有名な心紅ですらどんな物かよく知らない。だから、基礎知識や規範、規則なんかは記憶力や作文能力の高い紅葉へと本を与えておいた。面倒だからとかじゃないぞ? 向き不向きもあるが、文献を読むことで彼女らにも幅の聞いた知識が身につく…はずだからだ。いろいろあって俺に時間的な余裕が無かった事も理由の1つだが。
「ふ〜ん……。勇者にも罰則とかがあるのねぇ。心紅ちゃんは何かやらかした事ないの?」
「お母様になら……よく叱られてたかな。ははははは……」
「へぇ、何したの?」
「いつまで経っても人参の好き嫌いが治らないから」
「『えっ? 神獣型の女神族で……兎なのに?』」
主力勇者のほとんどが八代目時兎さんのように拠点を1点に決める。さらに言えば高位勇者はお抱えの鍛冶師を持っている場合も多い。義務ではないが高位勇者や中堅勇者は基本的には国防戦力。そこらかしこをフラフラされても国は困るし、1部の旅好き上位勇者ですら国家がスポンサーの場合は自宅があるのだ。……ホントに身の振り方を固めない物好きも居るには居るんだがね。
そういう勇者は奇特なヤツが多い。トラブルメーカーで戦闘狂だったり、単にグルメ旅が好きだったり、未開の地開拓が大好きな生粋の旅好き、気に食わねえタイプだが……女遊びが大好きなヤツとか。俺に言わせりゃ、勇者は個性があってなんぼだがな。良い悪いは別でな。
拠点を持つ持たないと言う点は、一般の冒険者と主力勇者を区別する大きな分け目の1つだ。勇者も分類は冒険者ではあるが、普通の冒険者とは異なり、普通の冒険者の様に長期の旅を行わない。それに普通の冒険者はだいたいが引退と同時に世帯を持つ。対して勇者は結婚や定住での引退は少数派だ。
重ねて言うが、我らが国での勇者とは国防戦力の要。様々な局面での劣勢を覆す存在である。迎撃、撃退、討伐を主体に行うため、一人単一の遊撃部隊でありながら、事後防衛が専門だ。
大まかな理由は主力勇者が持つ異常な程高い戦闘力にある。勇者が最前線で自由な戦闘行為を繰り返せば、いずれこの世界は荒れ果ててしまう。それだけは……やってはならない。だから、俺のような抑止力があり、勇者を抑える為の勇者が居るんだ。俺はそちらも仕事にしている。言っただろ? 何をするにしても備えは必要なんだよ。
さてさて、そんな時世にも学舎から後続は次々に輩出される。だが、卒業後の師となるであろう教育者や先達には限りがあるし、適任者も分野により異なる。俺は5人を教導するには本来ならあまり適さない。性別からして不適切なんだ。その辺も含めて教導するのにも適した人物がいる。だから5人には特別な教官を呼んだ。
区分けするなら俺だって中堅勇者だ。しかも若年に入れられる場合もある。だから、俺には俺のすべき事があんだよ。今の俺は彼女らの旅立ちを阻害するであろう事案の解消を行う。
「私をリーダーに……。なんで? オグさん……」
直近の問題としての彼女らの障害とは……戦である。俺宛に届いた冒険者ギルドからの依頼は予想を裏切らず国防絡みだ。急遽俺と汐音の2人でパーティーを組めとのお達し。事案が発生した地点は、友好国である海の国の国境だ。第1の目標は膠着状態にある最前線の拠点を死守、防衛する事。その為に現在駐留している中堅勇者部隊へ合流する事である。これが国防軍の描いたシナリオだ。
こっからは俺達の都合になる。本当なら実践的な訓練が最も必要な汐音だが、その為にはクリアしていなくてはならない問題があった。救護や後方支援ならば良かったが、汐音が前線主力部隊へ参加するにはまだ根本的な課題がある。それに手を打ったとはいえ、あればかりは今すぐにどうにかなる物でもない。その為、今回は魔法を用いて式神伝報を打ち、俺のだけが臨場する事を伝え了解を得た。とうの汐音にはメンバーの中で最年長であることもあり、4人の面倒を見てもらうために待機させた。今は教官となる人物に彼女らを託すため、……5人には最も必要な物を作らせている。
「『でも、オグさんはなんでこのタイミングで?』」
「凄いわねぇ。心紅ちゃんってそんな力まであるのぉ」
「あっ、汐音さぁん! お昼ですかぁ?」
自身の能力に強い恐怖や不安があり、あまり使おうとしない心紅や汐音。そんな2人へ積極的に能力を使わせるため、彼女らには課題を出した。できるだけ5人の力で彼女らのこれからに役立つ物を用意すること。その課題として最初にやらせているのが……。彼女らの家を作ることだ。言わずもがな、彼女らが勇者としての第一歩を踏み出す為の拠点である。まず彼女らには勇者としての実績や影響力は無い。そんな中で彼女らにさせるべきこと。それは……。
まずは勇者ではなく、普通の冒険者としての実績を積ませること。まずはパーティーのネームバリューと個人成績による名声の確保だ。
次に実績を積ませた上で、大々的に勇者パーティーとしてデビューすること。ただし、学舎を経由せずに勇者となった場合は最低ランクのCランクから始まる。そこからランクをAランクまで上げる間は仕事が制限され、あまりに少ないだろうからそこでも挫けずに下積みを続けることだ。先は長いのだよ……。
最終的には各々の選択で未来へ羽ばたかせる事。俺の仕事は彼女らの後押しをしてやる事だ。未来を強制する事ではない。それにあの5人は最終目的が全員違う。そこにも目を向けての段取りだ。
あの子達のパーティーのリーダーには心紅を選んだ。旅や自活に最も経験の浅い心紅だが、あの子には勇者に大成するための素質や運がある。まぁ……、現状で彼女は最も勇者にしてはならない存在だ。制御ができない力は独り歩きさせてはならない。今は大丈夫でも、いずれは彼女が1人で立たねばならなくなる。ならば、その時までに……、できないのであれば……。
「美味しそう!! 汐姉って料理上手!」
「皆もやってればこれくらいにはなるわよー」
魔法力や能力の上で汐音も似た境遇だ。汐音の場合はそこまで切迫しては居ないが、クリアしない事には彼女にも負担になる。彼女の目的はあくまでも彼女に備わる『巫女の力』を微細にコントロールすること。その際に発生する鍛錬が勇者の魔術技能訓練に酷似している。だから俺の所に来たのだろう。それに汐音には改めさせねばならない点が多すぎる。汐音は義務感や自己犠牲、滅私なんて物での抑制や統制が強過ぎるからな。その辺を上手く調整できていない事から力が暴発するんだ。
紅葉は大家族を支えるために、賃金が高く安定していた勇者への道を選ぼうとしただけだ。別に必ずしも仕事が勇者である必要はない。運が良いのか悪いのか……、心紅とここで出会えたことで紅葉には大きく進路を開けた。その道を彼女が見つけられるかにかかっている。彼女は確かに力は大した事はない。だが、紅葉は力をコントロールする能力にかけてはかなりいい筋をしている。汐音や心紅には痛い言葉になるが、……能力ってのは有るだけじゃ意味が無いんだよな。それをどう活かすかだ。紅葉はそういう意味じゃかなり頭の回転がいい。彼女なりに活かしてくれれば、俺もそれでいいと思うんだよ。
「アタシ、料理って苦手なのよねぇ。お菓子ならいいんだけど。ねぇ! 汐姉、教えてよ!」
「私も練習したの。……好きな方に振る舞えるように…ね? ふふふ」
オニキスは……。まずはあの子の素性をいろいろと調べなければならない。オニキスの情報は不自然な程に少なすぎるんだ。まぁ、それを差し引いてもあの鍛冶センスは本物だ。5人の中じゃぁ選択肢も最も広い。そんな中でこのパーティーの友好がどう働くか、見ものだな。……昔の俺もあんな目をしてたのかねぇ。キラキラして、純粋に物作りを楽しめてたんだろうか。今じゃぁ解んねぇなぁ。
最後のエレは……それこそあの子次第だ。悲観し続ければ開けない。誰かのために働きたいと思う転換こそ、あの子に必要なんだ。過酷さ、残酷さでいうならエレは嫌という程味わった。だからってあの子を憐れむのは逆効果になる。芯は強く、硬い子だからな。頑固だし……。
「心紅ちゃんは2人を呼んで来て! 紅葉ちゃんは私の手伝いね。皆集まったらごはんにするから」
自力で解決する気持ちを養う為に無茶振りしたが、5人で彼女らが住む家を建築するにはまず人手が足りない。それを覆したのが時兎としての心紅の能力だ。彼女は自分に関係する時間を歪めたり、切り取ることができるのだとよ。限界値もあろうがその能力で……、現在は心紅がざっと100人ほど居る。時間を細切れにし、彼女の同一単位体を大量に作り出したのだ。しかも、全てが心紅と同一の理性体らしく、統制も完璧。それが建材を切り出しているエレの作業場から巨大な木材を運んでいくのだ。
それを組み立てるために設置したり、固定するのにも心紅の分身が大いに役に立っている。ただし、小難しい細工や図面通りの組み立てなんかは心紅にはできない。まず、図面が完全には読み取れないんだろうな。心紅ができずとも、組み立てをしてるのは1人ではない。それをするのがオニキスだ。俺も舌を巻くレベルの能力だよ。物作りの腕が……ってか? 違う違う。単に物を作るのが上手なヤツは沢山いる。だが、自分で作るんじゃなく、作る為に人を微細に動かすのにもセンスが居るんだよ。特殊な血筋ではないにしろ、人に指示を出し、その中で適格に、完璧に物を作る。この子は武器職人よりも、大工とかの設備工の方面に向いてるのかもな。
そんな中で力仕事や様々な組み立て作業に不向きな紅葉と汐音。2人は2人で別々に働いていた。紅葉はギルドの顔という影響力と彼女のつてを用い、俺の工房にほど近い平地の土地利用の許可、雑木林からの伐採許可を取り付けて来た。汐音は細やかな気配りと広い視野がある。そんな彼女は率先して生活管理要員として働き、皆の食事や掃除、洗濯など様々な身の回りの世話、生活必需品をそろえる算段をしているようだ。
「ほぇぇ、心紅のはごっつ便利な能力なんやねぇ」
「へへ…、オニキスちゃんもすっごい器用だよね! 褒めてくれて嬉しいけど、この力は使った後に倦怠感が酷くて」
「……心紅はあまり無理をしない方がいいよ。時兎の力はあくまで時間の操作。今の力は未来の君を秒単位で細切れにして呼び出してるんでしょ?」
「そだよ。よくわかったね!」
「ってことは……、前借り? ってことなんかい?」
「そうだね。この力はそういう代償がつきものだから。ははは……」
あまり無理をさせてはならないことは確かだが、使わないことには訓練できず能力の幅もそれ以上は広がらない。それを改善するためにわざと過酷な方向へ歩ませているのだ。エレは早くも切り替えてきたな。流石はあの人の愛娘だ。
んっ? エレの素性? そうだな。話さなくちゃならないな。
エレ……、彼女の名はエレノア。今年で16歳の新成人で、フルネームをエレノア・リュネ・グランゾール。元は国王軍の重鎮であった人物が父親の……お嬢様であり騎士だ。しかし、そのお父上が国王へ反旗を翻した。世相は反旗と取り上げたが、それは私利私欲ではなく、不当な種族差別への抗議だ。当時は様々な種族が王都では風当たりが強く、要職の登用や就職に悪影響が出ていた。もちろんそれを覆した者も居なくはない。だが、根本は覆らず、不満は次第に膨れ上がっていたのだ。レジスタンスとしての暴発を抑えるため、矢面に立ち、差別されていた人々を率いながらも守る為に立ち上がった人。そんな人を父に持つのが彼女、エレだ。
国王のお膝元で起きた巨大な渦は……結果的に彼が討たれることで終息。その彼の意思をとある人物が引き継ぎ、民意を汲んで国王独裁政権は幕を閉じた。現在は様々な立場の高官による議会政治で成り立ち、国は動いている。そして、その騎士、アルベール・トア・グランゾールを討った人物こそが…八代目時兎、心紅の母君だ。
俺はそんなアルベール氏と懇意にしていた。彼の武器であった死神鎌を作り、おかかえの鍛冶師もしていたからな。だから煽りを受けもしたが兄夫婦に助けられ、一時は再び王都での職に就いていたんだ。そんな中でエレは過酷な運命を受け入れるほかなかった。それを俺は影で助けていたのだが……。それを良しとしない勢力もあり、俺は再び失脚した。そして、左遷され今に至る。それでもエレを見捨てたことはない。そんな俺や俺の知人以外を信用せず、特に八代目時兎へはどんな気持ちを持っているのかはわからない。
「エレにはそんな過去が……」
「別にボクは過ぎたことを今更蒸し返さないよ。そんなことをしても本当の父様は帰って来ない」
「私の母が……そんな……」
「八代目様が父様を討たざるを得なかったのは仕方のない事だよ。父様の意志を汲んでくれたあの方を恨むつもりはないしね。でも、当時の国王や為政者をボクは許さない」
「政治や時世か……。難しいことよね。でも、私たちは貴女の味方だから」
「汐姉、ありがとうございます」
エレが俺のことを父上と呼ぶのは悲しい理由がある。国王への抗議を決意したアルベール氏を見限り、エレを捨てて保身に走った彼女の実母。あろう事か彼女は幼い娘を奴隷商人へ売ったのだ。その人はその金で国外へ逃亡。アルベール氏が武力闘争へはしらねばならなかったのもその事件が関わっている。アルベール氏は結果的に間に合わず、俺が手を回したのだ。彼女を俺が買い取った。そんな事件もあり、当時よりは幾分か縮小したが、王都には差別思想が蔓延る人身売買がまだ生きている。
俺がエレを救い出したのは、あくまでもアルベール氏への恩義からだ。それに……実際に育てていたのは俺ではない。決断させた理由にしたって複数ある。あの事変で俺も立場を危うくしたしな。そういう意味では二度も工房を開けるとは思っても見なかった。それもこれも八代目時兎さんの助けが無くては、何もなしえなかったんだよ。……その恩義もあり、今は心紅の面倒を見ているんだ。
どうでもいいかも知れないが、現在の彼女、エレには不穏な異名がある。『濃霧の切り裂き魔』とエレが呼ばれているのはあの子がまだ未熟だからだ。彼女の武器はさすがに愛娘…アルベール氏の死神鎌だ。まだ、エレには手に負えない武器ってことさ。だが、鎌騎士の才能を持ってはいる。それをどこで花開かせるかな? この子も見ものさ。
「それで皆はこれからどうするの? リーダーは順当に九代目時兎としても」
昼休憩に談笑しながらの作戦会議か。そんな中、エレが核心を突く発言をする。だが、エレの様に皆の意思が固まってはいない。まとまらない皆が次に興味を向けたのは俺の事だ。皆が疑問視したのが俺の資格や仕事の事……。
俺は……資格上はSランク勇者である。かなり昔の話だが、こんな俺でも王都にある最も高位の学者出身だ。受講した講義により、卒業することで様々な資格を同時に取得できた。その中の1つに勇者の資格も含まれている。まぁ、その時の成績により資格のランクも大きく変化するがね。俺は最も上のランクからいくつか等級が下のランクだ。最上位が取れなくて当然だよ。最上位の資格を取るような化け物なんか、国に数人しか居ないのが当たり前なんだ。俺だってよくぞこの資格に到達したとも思うレベルさ。
「エレは? なんか考えでもあるの?」
「ボクはもう決まってるよ。父上が目をかけてる時の人が目の前に居るしね」
「へぇ、何になるんですか?」
「他人事ですねぇ。九代目時兎様の専属護衛師ですよ」
「えっ?! 私の護衛?!」
……? そんな事よりも俺がどこに居るのかって? 俺の事より華の女子勢を気にしてくれよ。俺の仕事なんか、つまらないぜ?
俺は今は彼女らが暴走しないように監視しながら移動している。家に備え付けの防犯システムと、モニター機器を使っているだけだがな。こんな田舎じゃ空き巣すらいやしないが……。昨晩、卵達に送り出され、そろそろ俺を呼び出した張本人と合流を果たそうとしている。
汐音が不参加となり、現場と高位勇者の議会でも動きがあったのだ。俺を強制的に招集できるのは、勇者会議で最も影響力を持てる人間達だけだ。いくら政府中央議会の代表達であっても俺を無理矢理呼び出す事はできない。ヤツらには勇者を動かす権限もないし、今のところヤツらに弱みを握られちゃないしよ。
俺はかなりグレーだし、無礼な存在でね。勇者の資格は持つが、勇者が加盟を義務付けられている連盟には入って居ない。鍛冶師としても連盟や財団のブラックリスト入り……。王都に入るにも特務兵の監視が着くくらいだしな。罪人とまでは言われないが、要注意人物である事にはかわりないんだ。
俺が呼ばれたって事は、今回は敵国も相当ランクの高い勇者を揃えたんだろうな。だから、現在、我が国の勇者を束ねる存在が……、その人が俺を無理矢理に呼び出したんだよ。弱みって訳じゃないが借りもあるし。学舎の同期で…面識もあれば出会いたくもないタイプなんだ。ランクも最上位。確かにアイツは強いが……はぁ、アイツが居るってだけでため息が出るぜ。なんでかってか? そりゃー……、勇者の姫君様だからだよ。心紅なんて比にならないくらいのわがままで……扱いずらいやつさ。馬鹿やアホじゃないしな。
「おっそーいー!!!!」
「いや、んな事言われてもな……。国土の反対側から半日で来ただけ良しとしてくれよ」
「そんな事は知らないわよ! 『久々の……貴方とのデートなのに……』アンタの遅刻癖はいつになったら治るのかしらねぇっ!」
「お前こそそんなに口うるせーから婿が現れねーんだよっ!」
「何かおっしゃいまして? おほほほほほ……『私は待ってるのよ!! 貴方を……』」
「なんでもございません。皇女殿下……はぁ〜ぁ」
コイツと俺の事は追々な。
今は俺の後輩を育てるのが先だ。俺はあくまで勇者のできそこないだし、不運なのかそういう星の元に生まれたのか……。なぁ? 俺にゃぁ限界があんだよな。力は大した事はないし、手先は器用だが人付き合いが下手だしよ。おまけに好かれんのは悪い気はしねーがガキに集られるしな。もぅ、どうにでもなれってな。ははは……。
悲観してる暇はねぇ。勇者の卵達は着実に、地道ではあるが進み始めた。俺も再び進み始めなきゃな。こんなオッサンだが頑張りますかねぇ。
心紅が目を丸くする。それもそうだな。身を呈して自分を守ると宣言した友人が居るんだから。しかもその人は自分の母に父親を殺された……。なのに何故? ……と頭の中でなってんだろうよ。そういう点では心紅は思案屋だが、エレは驚く程に切り返しが早い。この転換が吉と出るか凶と出るか。未来を見据えるのはいい事だ。あまりに高望みしすぎると、良くないが今は夢を見なくちゃな。目標を定める……。いい傾向だ。
心紅は自分の立場と異能以外の彼女自身を過小評価している節がある。汐音もその点は似ているが、汐音には義務感と言う定規があるから今の段階では大丈夫だ。心紅が変わる為に俺の周りに都合よく集まった才能達を宛がっただけだからな。上手くいく保証はない。ただ、エレは別であの子が路頭に迷わぬようにする為に心紅を宛がったがな。
……おっと、ついに来たか。
本物の鬼教官が今まさに空から舞い降りた。あの人も勇者だ。ナンバリングはかなり古くなりはするが、今の主力勇者を育てた大勇者でもある。過去最強を唄われ、かの八代目時兎が師と敬う人物だ。近接魔法戦闘の専門家でもある。最近は隠居を決め込んでしょぼくれてたのを、……手紙を書いたら喜び勇んで出てきたようだしな。
「貴女は誰ですか?」
「国の敵って言ったらどうすんだい? 小娘ども……」
空から急襲し、防御した心紅を吹っ飛ばしたようだな。心紅は空中で不自然な放物線を描きながら宙返りした。攻撃に際して心紅もかなりはやく対応し、仲間を守る様に双刀を構える。にしても容赦ねー。大昔に大和の国ってのがあった時代の服で、かなり重いし動きにくいはずなんだがな。あの人は普通の勇者じゃ相手にならん。もちろん、あの卵達がどんだけ連携し、束になって足掻こうが息一つ乱さないだろうよ。
濃い紫をベースに夜桜と紅い月が描かれた和服を纏い、黒に紅と言う不吉な配色の蛇の目傘、歳に合わず漆塗りの厚底下駄なんか履きやがって。帯周りにもフル装備をしてきやがったか。勝たせる気なんてないんだ。まずは味見ってとこらしいが……。
途端に本気モードになった心紅が吠えた。両目が真紅に輝き、最初から出し惜しみはしていない。恐らく、彼女が今持てる全速力で戦って居るんだ。勇者レベルの戦略戦闘に素人な紅葉とオニキスでは、衝撃波に驚くばかりで心紅が見えていない。エレも手助けしたいんだろうが、スピードを強化できないエレでは現在の間合いに入るのすら自滅行為だ。それを理解して汐音を守る立ち位置にいる。汐音は自身と後続2人を守る為に守護の結界を張っているようだ。
「『九代目時兎……か。歳の割に質が幼すぎる。技もあの子の娘にしちゃぁ練度が足りないよ』」
「うりゃぁ!!『何で?! 何でビクともしないの?!』」
蛇の目傘を閉じ、帯に挿してあった扇子を用いて心紅の振りぬきを受け止めている。実力差なんてもんじゃないぜ? 心紅、今のお前は時兎に愛されてる。その分の飛び出したパワーを使ってるに過ぎない。確かに伸び代はあるし、その力は氷山の一角ではある。だがお前が使う意志を強めなければ、惨敗するだけで得るものすらないぞ? 考えてみろ、これまで俺はお前のパワーゴリ押しの剣技を受け止めて来なかった。だが、今の相手には完璧に封殺されている。並の勇者ならお前の馬力に圧されるだろうが……相手は格上。お前が正直な子供で居られる時間は終わるんだ。気づけ、心紅。
扇子が増える。蛇の目傘に凭れる様な体勢から両手に扇子を持ちその人も何かを向ける。……時間切れか。なおもゴリ押しを続けようとする心紅へ向けて今度は攻撃の手が加わる。奇抜な体技で体を捻り、絶妙な間合いへ滑り込ませ、扇子を掻い潜る様に刃を振り込んだつもりらしいが……。
「甘えるのも大概にしな。お前さんはこの中じゃ一番弱いっ! お前さんの叔父上の言葉を……よ〜く思い返して出直しなっ!」
扇子の位置は引き込むためのダミー。心紅の目の前で魔法による小規模な爆発が起き、心紅は吹き飛んだ。衝撃で意識を失ったらしい心紅をエレがすかさずキャッチした……。エレは何かを考えるように武器を掴み、相手を睨んでいる。
確かに心紅は技の手数が無くて未熟だが、攻撃能力的にはメンバーの中で最も高い人物だ。エレは防御と撹乱寄りの戦闘スタイルの為、メインアタッカーにはなりえない。汐音もどちらかと言えば前衛ではある。だが魔法との併用による支援攻撃タイプ。紅葉は遠距離だし、鍛冶師のオニキスは戦えるかすら本人が解らない。
そんな時、エレが武器を置き、両手を上げた。
降伏の意志をみせたのだ。和服の女性はつまらなそうに鼻を鳴らしたが……扇子を閉じ、蛇の目傘をもう一度開いた。直後に切り替える様に目を閉じて振り返り、心紅を俺の家へ運ぶように伝えた。オニキスとエレで運び、汐音に介抱をさせながら和服の女性が挨拶を始める。もっと仕上がっていると思っていたらしく、和服の女性も謝りながらの自己紹介となった。……俺が依頼の手紙の後に詳細の手紙を書きしたためる前に、魔法通話で『直ぐに行く!』とだけ言われちゃーな……。俺にもどうしようもない。
「はぁ、済まないねぇ。もっと育った子達かと思っていたんだよ。……アタシはオーガス・ブロッサム。この工房の主人であるオーガ・アリストクレアの祖母だ」
「は、はぃ?! 父上のお祖母様?!」
「『ぁん? って事は曾孫? そもそもあの子、結婚なぞしよったかいな?』ふむ、あの子はちょっと特殊な身の上だからね。忙しい孫の代わりにアタシがアンタらを育てる。……、もちろん、座学は孫に任せるがね? ハッハッハ!」
オーガス・ブロッサム婦人。我が祖母で八代目時兎さんが現れるまでは、歴代最強の勇者と呼ばれていた人だ。現役時代も男性勇者にパワーでは劣るが、卓越した魔法力と我が一族に伝わる体術により最強を欲しいままにしていた。思想家でもあり、勇者が戦の道具にされる事へ最も強く反発した人でもある。いろいろな意味で強烈なこの人。この祖母がこれからこの子達の実技方面の教官になるんだ。
種族は雑鬼族の魔鬼血統。実は初代勇者の血筋でかなり気が強く……、怒らせたら大変なんだよなぁ。祖母のレベルになると存在その物が『災害』を超え、『災厄』と認知される場合すらある。災厄という言葉の場合は敵からの認識だが。
介抱している汐音やエレを見ながら紅葉とオニキスにも話を振っている。どれだけの気持ちがあるか知りたいと言った所かな?
祖母を呼んだ理由を勘違いしてもらっては困るが、祖母は単に戦闘と魔法のプロフェッショナルと言う訳じゃない。この人は勇者という者の闘い方を教えに来た訳では無いんだ。もちろんその辺の教導もお願いするが、主にカウンセラーやアドバイザーになってもらいたかったのだ。元軍の教導官である祖母の言葉に直すなら、人としての生き方を教えに来た。そんなとこだろうよ。我が祖母ながら恐ろしい人だ。
その言葉を聞いて安心したのか少女達も次第に口を開き始めた。
「アタシゃーね、アンタら見たいな小娘がね……。この先を安心して生きてける世の中を作りたかったんだよ。だが、どうだい。世の中上手くはいかないさ」
「ブロッサム様は……お強い。ですが、私の様に才の無い者では」
「何だって? 間違っちゃ困るよ? 魔術師のお嬢ちゃん。アタシは、あくまで生き方ってのが一通りじゃ無いことを教えに来たつもりさ。まだ、若く視野の狭いうちの孫がどぉ考えるかは知らんがね」
「ですが、ブロッサム様」
「それからその『様』だの、何だのは怖気が走るからやめないかい? アタシはもう隠居のババアだよ。確かに力は昔よりもある。だが、後続に道をもう譲ったんだからね」
汐音が淹れた茶を飲みながら、祖母は生徒達を宥めている。
そして、あの祖母からいつもならば出た事の無いような言葉が次々に出始めた。現役の頃は弱音を吐けない立場であったからだろうな。俺も聞いたことがない。彼女の挫折やそんな時にどの様にして立ち上がって来たのか。我らが祖母は偉大な人だ。代が変わる毎に政治が揺らぐこの国は、争い事もその分多い。その度に勇者は様々な立場で戦ってきた。時には仲間だった勇者と刃を交えたとも……。祖母はそれを言葉にしている。語り部として呼んだ訳じゃないんだがね。
祖母は自ら勇者を辞めた。しかし、祖母は未だに健在だ。何故か解るか?
心紅を見ながら悲しそうに、自分と照らし合わせながら話している。祖母は強かった。いや、今もとても強い。その強さは単に戦闘力や魔法などの暴力に通ずる力だけでは無かった。俺が喧騒や足の引っ張り合いを嫌うのは、この人の意志を汲んで居るからだ。祖母の名誉の為にこれだけは言わしてくれ。……俺が逃げ腰なのは祖母程の力が無かったからだ……。対して、祖母は……どんなに弱り切った状態でも、精神的に追い詰められた状況でも、絶対に下を向かなかったのだとか。だが、彼女は勇者を辞めた。勇者の最強が何故?
「この子は恐らく、昔のアタシよりも潜在能力が高い。しかも、現代勇者最強と言われているこの子の母、八代目時兎よりも強い。だが、それは……危機的状況なんだ」
4人には疑問符が……。祖母には小さな迷いが生まれていたのだろう。あの祖母でも包み隠さず話す事を躊躇ったのだ。確かに今は彼女らには微妙な段階だからな。
心紅は力が強過ぎる。強過ぎる力は防衛には向かない。先制攻撃や威圧には向いても、自国を守るには強大すぎる力は不向きなのだ。祖母が勇者を辞めた理由は……、能力を制御しきれなくなってきたからと本人は言う。制御できず、能力が暴発などすれば被害は検討もつかない。心紅が現在の状態として、襲名してはいるが野放しなのと同じ理由だ。
祖母は加齢に伴い、能力を抑えるための魔法の精度や、発動速度にブレが現れだしたと言っている。その様な危うさを隠したかったかららしい。いざとなれば闘うが、本来ならば祖母は防衛戦にはもう参加したくないと言っていた。さぁ、ここからが問題だ。戦闘力が衰えたと言う祖母は自発的に隠居し、教導する立場に身を固めた。だが、心紅はどうだろう。若く、経験もない、ましてや精神的に不安定だ。祖母は危機感を覚えただろう。……だから、心紅が俺の元に居ると言うことも理解したはずだ。俺の力を知ってる祖母はよく理解したはずさ。
「人間だけじゃない。どんな生き物でも力だけで生きられる程この世界は簡単じゃないさ。アタシも嫌という程味わったし、味あわせてきた。だから、人には心があり、寄り添う大切さを理解する必要があんのよ。20歳そこそこの小娘共には、……まだ見えてこない景色かもしんないね」
心紅はまだ意識を取り戻さず、起き上がらない。それまでに祖母もしなくてはならない事をすると言って下町に降りて行った。道案内といろいろな融通を効かせるために紅葉を連れてな。やる事が派手なのは昔から変わんねぇなぁ。だから、依頼して正解だったよ。ばーちゃんに頼み事したのなんて何年ぶりだろうか。
祖母が5人をどう教導するのかもこれからに大きく関わる。今のままでは心紅は勇者どころか、一般の生活をするにも不自由を伴うだろうからな。他のメンバーもどう受け取ったかは各々違うだろうが……。
少しして心紅が意識を取り戻し、祖母の事を周囲のメンバーに伝えられた。合点がいったのかそれに関しては何も言わないが、明らかに以前の心紅ではない。汐音が心配するが心紅は汐音に断り、俺の工房近くの湖へ向かったようだ。花畑の中に座り、顔を俯かせた。
「オグさん……私はどうしたら……」
「さっき言わなかったかい? 甘ったれんのはもうよしな」
「ブロッサム様……」
「その…『様』ってのをやめてくれよ。アタシはもう立場も何もない年寄りだ。それから、アンタは逃げすぎだよ。母親と比べられるのがそんなに嫌かい?」
「私は弱いです。母の様には成れません」
「なんで決めつけんだい?」
「どれだけ鍛錬しても…努力しても……誰も私を私としては見てくれない。母の付属品……。九代目時兎としか認知されない」
祖母は吐き出させるつもりらしい。俺は立場としては彼女の未来を見たいと思う。どんな未来でも構わない。いや、心紅が自由に居られる……あの子自身が選び、勝ち取った未来ならば。
俺に心紅が甘えるのは理解者と思っていたからだろう。唯一無二の飾らない自分を顕にできる相手だったからだ。俺もあの子が繕わないで済むならと、その様にしたかったが……状況も変わらずズルズルと来てしまった。
蛇の目傘をさしたまま祖母は話を聞いている。俺が本音を聞き出して潰してしまえば、この子は感情が不安定になり、壊れてしまう。それはできない。そのため俺も慎重になっていた。心が壊れた勇者は……モンスターなどとは比にならない程の災厄を招く。そんな形で姪と向かい合いたくはない。
「ふむ、アンタはどうしたいんだい?」
「えっ? えっと……」
「アンタは自分を自分として誰かに見てもらいたいんだろ? だったら……頼りなよ」
「たよ…る?」
「そうさね。アンタは叔父を不安の捌け口にしてただけ。でもね、それじゃぁ何も解決しない。なら、変わる為に、力を貸してくれるってヤツらを頼りゃぁいいんだよ。ほら、皆が心配してるよ」
祖母と共に4人が来ていたんだろう。出会って数時間の浅い繋がりの友人だ。だが、心紅を心配して全員がそこには居た。優しく寄り添うように居る汐音。その反対側から背中をさすっているエレ。オニキスは涙しながら鼻をかみ、声をあげて泣きながら心紅に駆け寄って行った。紅葉も目尻に涙を貯め、軽く拭いながら歩み寄ってゆく。
祖母はやれやれと手を返しながら、先に俺の家に帰って行ったようだ。動乱の時代を駆け抜けた大勇者の祖母。二つ名は鬼桜。かの大勇者がどんな教導を見せるか俺も楽しみだよ。でも、俺は今でも忘れねー。軍の教導官も務めたばーちゃんのおそろしさ……。身をもって体験した……容赦ない日々をな。
「アンタが生きてたら、アンタも連れてきたかったよ。あの子が……アンタみたいに人を導くようになってたからね。……アタシも歳かねぇ」
心紅を落ち着かせるために皆が長い時間を湖の辺にいたらしい。薄暗くなり、俺の家に帰りついた時間は夕食時。祖母が汐音の代わりに飯を作っていたようだ。祖母が下町に降りたのは食材の購入の為だったらしい。暖かい食事に目を丸くする一同だったが、皆がその食事にありつき、再び作戦会議を祖母が仕切り出した。近い目標、遠い目標、様々に目標はあった方がいい。到達までの距離は別にして、目指す場所があるのと無いのではモチベーションが全く違うからな。
食事が終わり、心紅とエレが皿洗いをする中で暖炉付近に集まり、干し肉を炙りながら祖母が一人一人の目的を問い質すという……。半ば尋問の様な物になりつつあった。汐音の淹れる茶が気に入ったのか、汐音は祖母のお茶淹れ係のようになっている。汐音自身も嫌がらないため、皆に請われるままに茶を淹れていた。
「そんじゃ、まずは目標が近そうな子から聞いていこうかね。オニキス。アンタはどうしたいんだい?」
「えぇっと? 勇者パーティー関連ですか?」
「それでも良いけど、できればもっと先がいいね。アンタは別に勇者になりたい訳じゃないんだろ?」
オニキスは頷き、手近に居た汐音に許可をもらい、汐音の武器である鮫凪を手にとった。
彼女が俺の所に来た理由。それは学舎工房に未だに残っている俺の製作物に感動したかららしい。嫌に俺の事に詳しかったのはそれもあったんだな。オニキスは下町やギルドを介さずに俺へ直にアプローチをかけてきた。それは俺の製作物への情熱や、その時の俺が念頭にしていたコンセプトに共感したからとも。……ようは俺に弟子入りしたかったのだ。コイツはずっとそうやって俺の所に通ってるよ。
だが、祖母もそれに関しては複雑な表情をした。祖母は俺が弟子を取らない理由を知っているからだ。しかし、オニキスの情熱は本物。だから、無下にはしたくない。揺れているのだろうがそこは孫の意志を尊重してくれて助かったよ。オニキスとはじっくり話さなくちゃな。
「その辺はあの子とよく話しなさい。打開策は他にもあるかも知れないしね」
「はい! アタイも絶対に物にしたいんです」
「アタシもできる限りは応援するよ。さて、次は……紅葉。アンタは?」
マグカップの中に立っている茶柱を見ながら、オニキスの熱弁を聞き流していたらしい紅葉。紅葉は今のままでも構わないと言う。だが、これまで自分も勇者関係の勉強をしてきた事から、そちらの方面への憧れはあるらしい。ただ、紅葉はハードルの高さの問題では無く、向き不向きの問題で勇者には向かない。どんなに頑張った所で彼女の潜在能力では、B級ライセンスまでしか到達しないだろう。B級ライセンスでは満足な依頼は回ってこない。
話をする中で紅葉は少し前の挫折を思い出し、声のトーンを落とし始めていた。汐音や心紅が羨ましくはあるのだろうが、彼女らにもそれぞれの悩みがある事を知った。けして頭が悪くない紅葉は、感傷から出かかった言葉をグッと飲み込んだのだろうな。そこに皿洗いが終わった心紅とエレが加わる。エレも勇者の武器を扱えはするが、高位勇者には匹敵しない。レベル的には中堅勇者だろうな。そんな彼女へも目配せし、言葉が濁って来ていた紅葉の目標から少し離れた。
「ボクは……心紅さえ良ければですが、九代目時兎の専属護衛官を目指したいと思っています」
「ほぉ〜、だが、護衛官は過酷だぞ? アタシは護衛官の友人がたくさん居るから知ってるが」
「ボクの願いが叶うのだとしたら、心紅にその鍵があります。ですから、ボクは彼女と一緒に歩みます」
心紅は苦い表情をするが……、エレは祖母を見据えたままだ。そこから祖母は心紅を睨むように見る。祖母はとにかく中途半端を嫌い、今の状態の心紅を受け入れられないんだろう。あの人は確かに強いよ。
だが、祖母は最初から強い勇者ではない。彼女の最強は途方もない努力と……結ばれた人が関わっている。六代目オーガは俺の武器職人や鍛冶師としての師匠。俺の祖父だ。俺が独り立ちした17歳の……工房を開いた次の日に亡くなったがな。今でもよく覚えている。祖父の作る武器やあの人の思いを…。祖母はそんな祖父の作る武器により、最強の名を得た。
拗ねる様に祖母が自身の成長した過程を話したのだ。祖母が引退したのはそこにも理由がある。祖母は分類するとしたら、タイプとしては汐音に近い勇者だ。フィジカルはあまり強くない。むしろ祖母は病弱な体質であったため、彼女の力は魔法などに偏っているのだ。……プライドをもはや捨てたんだろう。そうか、汐音に強く当たらないのは可愛いからなのかもな。自分と似てる汐音が可愛いんだろうよ。依怙贔屓なんてあの人らしくないが……。
「アンタはねぇ、恵まれてるんだよ。アタシや汐音には馬力はない。体の作りがアンタとはまず違う。魔力や異能は強くてもね」
「でも、それならどうやって心紅の強打を……」
「汐音、勘違いしちゃぁいかん。この子は回りくどい技が無いから正直に打ち込む事しかできないんだよ」
「え? そうなの? 心紅ちゃん」
「母からは何も教わった事はありませんし、母や同系統勇者との手合わせなども経験がありませんので……。ましてや闘う母の姿なんて……」
「はぁっ?! アンタ……襲名したんだろ? 家名をっ!!」
「そ、それには……訳が」
それよりも前に祖母が現役を退き、知らないのだろう。しかも心紅の襲名は中途半端な状態だから……『九代目時兎が誕生した』としか報じられていない。それには大きな落とし穴がある。祖母が知らなくても無理もない。本当に1部の人間しか彼女の襲名が条件付きであるとは知らないからだ。
心紅の襲名には複数の条件がある。
確かに心紅は九代目時兎を襲名した。……家名を襲名する時期と言うのは、実は世間と勇者の家では違いがある。時兎の家では長男、長女が16歳に達した際に、その子を時兎とすると言う習わしだ。ただし、儀式的な物と今の時世は異なる。心紅の力は確かに強いが勇者としての実績がないに等しい。勇者協会は心紅の力を認めておらず、心紅はただのお嬢様の扱いだ。ライセンスや経験すら無いのに、心紅は名前だけが九代目時兎なのである。その原因とは……。
「原因は私が受け取った……九代目の証。この双刀です。叔父上に作って頂いた物で……、私の宝物なんです」
幼いころより剣聖と言われた心紅の母、八代目時兎さんでさえ刀受の儀式の際に、刀から強い反応は無かったらしい。俺達の様な特殊な武器を作る鍛治職人が作った武器は生きている。勇者でも武器に認められなければ、その武器の性能を100%引き出せない。それは武器が見せる反応が顕著に見せるんだ。しかし、心紅は刀受の儀式を行った時に……ありえない反応を起こしてしまった。武器には心が宿り、意思がある。その武器に見合い、武器が認めなければ武器が強い反応を見せる事はない。八代目時兎さんにすら見られなかった異例のでき事に、大商人や様々な為政者のような者達が先走った結果なんだ。
それを条件付きに何とか抑えたのが、現状で勇者協会の最高理事も務める八代目時兎さん。ただし、華々しく報道されてしまった事実は覆せず……、協会や1部の人間にしかその条件は受け止められていない。稀代の新星は…それに今も苦しんでいる。俺は単に理由も無く心紅を甘やかして来た訳じゃない。今の心紅はヘラヘラして確かに逃げている。逃げなければあの子の弱い心は簡単に潰れただろう。立場を隠すために表に出られず、力を付ける事ができないんだよ。現状が母の日陰になるって言うコンプレックスも、……彼女の逃避を加速させてるしな。
「はぁ……。そういう事かい……そりゃぁ難しい」
「ですので……」
「そこまで理解してんのに何もしないのかい。アンタはアホなんだねぇ」
「え゛っ?!」
「アタシを誰だと思ってんだい?」
「叔父上のお祖母さ……」
呆れに呆れ、諦めたようだ。ため息をつき、ソファーから立ち上がる我が祖母。あの人は1度決心したら曲がらないし、怒らせたら恐ろしいじゃ済まねぇんだよな。何でかって? あの人は……他人の基準で一切の譲歩をしない。目標に到達する為ならばどんな手段でも使ってくる。しかも、あの人が勇者時代にも軍で教導官を務め、敵味方に恐れられた。その本当の理由は……。敵として立ちはだかる者へ慈悲をかけないのは当たり前で、味方にさえもそれは当てはまる。敵前逃亡や脱走兵を逃がさない、許さない、助けないからだ。
勇者としての二つ名は鬼桜。2枚の戦扇と蛇の目傘が武器。空気の膨張や収縮、爆裂や強烈な圧縮、物質操作を得意とする。爆煙と灰燼の吹雪と業火に照らされた祖母は、宛ら桜吹雪の中を歩く撫子に見えたと……。だが、軍で鬼教官と呼ばれた祖母は別の名も持つ。その名は『国食いの大蛇』だ。勇者は本来ならば防衛戦力。しかし、国王軍に所属し、高位の階級と指揮権を持っていた祖母は違う。勇者が道具にされる事を拒んだ祖母は自ら悪役となり、戦を仕掛けて来た国をたった一人で食い潰し続けたのだ。その数は両手には数えきれない。今ではそれらの国は今は復興したが…祖母は今なお恐れられている。伝説級の災厄であるとな。祖母は今、思い出したはずだ、若かりし日の自身を……。若かりし日を振り返り、後続に似た道を歩ませまいとした自分をね。体を蝕みながら自身を誇示する異能や、自分を利用しようと次々に現れた為政者などとの戦いを。
「……アホも極まりゃ愛嬌かねぇ。はぁ~ぁ。解った。アンタがアホならアタシは馬鹿になってやる。その代わり……アンタら皆辛いぞ?」
「えっ?! わ、解りました」
「あ、あぁ〜……はぃ」
「は、はい」
「了解です!」
「はい、望むところです!」
そして、尋問は再開された。……尋問から次は命令のような状態になったな。まず、心紅。煮えきらず、どうして力があるはずなのに活かせていなかったのか。それが顕になり、ほぼ強制的に決められた心紅。あの様子では祖母は逃がすつもりもないらしい。
……あと、どうでもいい話にはなるが、俺や祖母は魔鬼血統で神獣型の女神族と交わりの深い雑鬼族に多い。魔鬼血統は……見た目が若く見える。実は20歳くらいで見た目が固定されているのだ。それは心紅にも現れていて、年齢の割に幼く見える女神族の特長と似ている。しかし、俺達は女神族の様に強大な異能に耐えうる体質はしていない。だから祖母は病弱な体質なのだ。女神族の形質が強く現れた雑鬼族だからな。幸いにして俺は違う。それに女神族は特殊な血筋だ。女神族が出産する子供は必ず女子。女神しか生まれないのだよ。だから、家も女系だ。野郎は珍しいのさ。
「あと、……率直に気になったんだが。エレよ。お前さんはあの子の子なのかい?」
「あ、……いえ、義理の父の様な方です。ボクの本当の父はアルベール・トア・グランゾール。……黒騎士の乱と言えばお解りになりますか?」
「……解った。野暮な事きいたね。なら、構わない。それじゃ、迷っている様だから皆に課題を与えよう。かなり先のな! 心紅はさっき言ったしな……。それじゃ紅葉!」
「は、はい!」
祖母が切り出したのは少し違う立場の職業だった。
勇者には様々なサポーターがつく。特に高位の勇者になればなるだけ、たくさんのお抱えが発生する。その中には勇者の秘書業務を行う専属事務官があるのだ。特に国が直接の支援をする様な勇者には公務も発生する。そんな勇者の予定管理や様々なサポーター間での情報交換や伝達、指示、提案を行う人物が必要不可欠になるのだ。旅好き勇者は自由を好みこの手の束縛を嫌う。だから、仲間に序列がある事を嫌うし、皆が等列で役割はあれど絆で結ばれているらしい。お互いに助け合うから、リーダーも給金を払わないらしいし。仲間も要求しないのだ。だが、これは稀な例で普通は上手く行かない。それにパーティーを組んでも長い間続くとは限らないからな。専業で資格を持てば次の就職での武器になる。
紅葉が顔をほころばせる。確かに紅葉にはその手の仕事は向いているだろう。むしろいままで気づけなかった事が悔しいようだ。……それもそうだ。考えてみろ。勇者はランクの幅が広いからたくさん居る。だが、専属事務官になれるのは中堅勇者……Aランク以上の若手勇者に出会う事ができればの話だ。生態系ピラミッドではないが、高位に成れば成るだけ勇者は数を減らす。だから、……事務官の方が狭き門なのだ。
「次、オニキス」
「あい!!」
「うん。いい返事だね。アンタはまず紅葉と同僚をま目指しな」
「事務官ですか?」
「まぁ、そこまで本職を取りに行かなくても構わないが、事務方の資格は取っといた方が無難だねぇ。アンタの最終目標はうちの孫を超える優良工房持ちだろ? なら、事務もできにゃならんし……。だから、最初はあの子とも繋がりが深い心紅のお抱え鍛冶師をしな」
「それっ最高じゃないっすか!!」
「うぅ……が、頑張ります」
でっかく出やがったなぁ。オニキスのヤツ。俺を超えるの辺りを全く否定しなかったぜ。ま、それぐらいの気概がなきゃ、これからの辛さにゃ耐えられんよ。
お抱え鍛冶師。正すなら専属鍛冶師だ。本来ならばたくさんの経験を積むべきだから直ぐに専属契約はしないべきだろう。しかし、これから心紅はランク上げのステップを踏まざるを得ない。そうなれば……心紅の事務官となろう紅葉や、もちろんオニキスも協力しなけりゃならない事がある。
経理作業をするにも細々とした筆記具や紙、保管する場所や何より事務所が要る。オニキスだって元手が無いのに武器の手入れや工房なぞ開ける訳が無い。その為にはまずは冒険者として小金を貯め、ここを拠点に冒険者パーティーとしての地盤を築いた方が磐石だからだ。冒険も反対はしないが……博打やらグレーなアルバイトはリスクが高いぜ?
「た、確かに。お金は大事やな……」
「そうね。アタシは経理とか事務は得意だけど、落ち着いて仕事するには……。いくら何でもギルドのオフィスを間借りはできないしなぁ……」
「そういう事だ。確かに心紅は勇者としちゃぁ、まだまだ落第点だが……」
「うぅ……ご、ごめんなさい」
「冒険者としてなら優良株だ。金を稼ぎならがら経験も稼ぐ。これはあの子の算段だから。しっかりやんな」
そうとう、虐めるつもりだよ。
本当は優しい人なんだがねぇ……。あの人は人を鼓舞する為に意図的な嫌われ役を演じる時がある。相手の気持ちを解っていながら、立ち上がらない事に疑問を投げかける人だからな。心紅には忍耐が無い訳じゃない。それでも彼女が伸びないため彼女自身の忍耐力を鍛えながら、祖母が場を整えてやると言う1番面倒な道を選んだのだ。祖母が1人で超えた苦難の道だろうよ。
祖母が勇者として花開いたのは度重なる挫折の末に諦めかけた時だったと言う。口数が少なく、寡黙な職人肌の祖父に見初められた。まぁ、祖父と祖母が婚姻を結ぶまでにはかなりの苦難があったそうだが。惚気など聞きたくはないんだが……。オニキスと心紅に語りかけている。
人との出会いや繋がりは、いつどの様に働き出すかは解らない。あの子達にしても最初は頼る相手が見つからず、俺の所に流れついた訳だしな。祖母は上流階級の令嬢、対する祖父は平民出の職人。しかも家柄も何も無いぽっと出のな。その頃は工房学舎も貴族の子弟が道楽で入るような場所だったらしい。その祖父との出会いが……祖母を高みへ押し上げたんだ。いつ、どんな所で出会いがあるかは解らない。稼ぎの少ない工房から徴兵された若い兵士が……死を恐れ、敵前逃亡しようとした。その青年は……同年代の美女と出会い……運命が変わったのだと。……出会い頭に殺されかけたらしいが。
「す、凄いロマンスですね……『殺されかけた人と結婚しちゃったんだ……お祖父さん』」
「そんな事はないさ。アンタらにも好きなヤツがいた事くらいあるだろ? アタシは自由のない身分だったから、あの人の自由を奪われた哀れみから始まった逢瀬だったんだよ。アタシの専属鍛冶師として拘束しちまったからさ。最初なんてアタシからの一方的な恋だったし」
それは違うぜ、ばーちゃん。じーちゃんは出会った頃からばーちゃんを愛してたらしいぞ。
祖父を師匠とし、俺が立場を固めたのは……、最高の鍛冶師とは? と問われてからかなり経ってからだった。鍛冶師に限らずどんな職人でもユーザーとの信頼関係は必須だ。俺から言わせてもらえばクオリティーが高い事は職人として当たり前で、そこから使う側を思いやる職人性が俺達の力量なんだよ。
祖父は祖母の武器を楽しそうに、嬉しそうに手入れしていた。何故、そんなに嬉しそうに手入れするのか、俺は幼いながら興味を持ったんだ。出てきたのは惚気満載の昔話で、バイオレンスな逢い引きで冷や汗ダラダラだったがよ……。
俺はそんな祖父からは技術的指導など一切受けていない。聞いてもはぐらかして教えてはくれなかったしな。だから祖父の背中を見て、……技は盗み、覚えた。祖父を超えたくて、褒めてもらいたくてな。彼は叱りつけはしないが、鋭い切り口の見解を向けてくる。作品のやユーザビリティの配慮なんかは特に辛口でな。時に心を折られそうにもなった。そんな祖父の背中をずっと追いかけたんだ。結局は追いつけずに……亡くなっちまったけどな。
「オニキスも軽い気持ちじゃーないだろうが、気持ちだけじゃぁダメだ。うちの孫も職人としては本気で精進し続けているよ。アンタも……頼れるヤツを頼りなよ? 1人にだけはなっちゃぁならん。アタシも居るからな」
「……はい!」
うつらうつらしていた心紅はいつの間にか寝息を立て始めていた。
心紅が宿す聖獣、『時兎』は心紅や特殊な血筋が持つ何らかのエネルギーを使い、宿主に恩恵を与える。心紅は確かに類稀な体質に能力があるよ。それがあろうとも聖獣なんかの分化継承型の異能は体力をかなり消費する。元から彼女らの体にある能力では無いからだ。言い方は悪いが異物だからな。心紅はそれでも金の卵だ。まったく磨かれていないのに、これだけの力を持っているのは確かに異常な事さ。
汐音にもたれ掛かるように寝息を立てていた心紅。体勢をくずさせ、汐音が膝枕をしてやり頭を撫でている。姉妹はおらず、兄に優しくされはしたが、自らが施す事が無かった反動なのだろうか。汐音は心紅や皆を妹のように可愛がっている。確かに汐音は歳の割に上に見られ易いが、心紅はどう考えても成人しているとは思えない見た目だ。
祖母も諦めたようで、あまり無理も言わない。勇者は個性が強いのが普通なんだよ。そうだな……。いや、祖母の時間も25歳程で止まっているらしく、祖母も輪の中に居ても違和感はない。見た目からは違和感はないが、実年齢をある程度知る俺からすると違和感が凄いが……。祖母はそろそろ65歳くらいなんだよ。
「明日から、……個人に対しての教導を始める。要所要所で……臨時講師も呼ぶつもりさ。アンタ達の知り合いも来るかもしれないよ? 遅いから皆もう寝な」
「はい、おやすみなさいませ。えっと? 先生はどちらへ?」
「ちょっと歩いて来るだけさ。おやすみ、皆」
汐音にもう寝る様にいい、歩き出す。玄関先で振り向きニヤリと笑い、祖母は俺の家から出ていく。何をしたいのかは解らない。しかし、祖母にも考えがあっての事らしいが……。
「久しぶりだね。暁月……」
「お久しぶりです。夜桜先生」
「およしなよ。今じゃ何も無いただの老いぼれなんだ」
「……私はこれからもずっと先生の弟子のつもりです。それに今回はお手数をお掛けしているようで」
「アタシを呼んだのはうちの孫さ。それよりも……気になるようだね。アンタも気になるなら、娘の命に責任を感じて来たというなら手を貸しな」
「喜んで…私なんかでよろしいならば」
まだまだ、彼女らが本格的に歩み出すのには時間がかかるだろう。俺はゆっくりと様子を見ていけばいい。転んだ時に助けてやれたらな。……それでいいんだ。




