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身内のケアも大事

「先生、私達はいったいどこへ?」

「ぅん? 決まっておろう。火の国を滅ぼしに行く」

「あ、あの……何もそこまで」

「シルヴィアよ。躊躇してはならん。アタシらのような立場の人間はね……。こういう事も避けては通れんという事だよ」


 私達は今、ブロッサム様が操る大聖獣の頭に乗って火の国を目指していた。普通の大聖獣ならば大きくても20mくらい。ああっ、前提として大聖獣を持てる術士の実力は口が裂けても普通じゃないんだけどね。

 しかし、ブロッサム様の大聖獣は……鎌首を擡げると高さが50mを優に超える。高さが50mを超えると言うことはそれなりの長さがあるって事なのよね。黒と紅の鱗を持つ巨大なアミメニシキヘビは夜中の平原地帯を突っ切る。

 その時のブロッサム様はと言うと……。体が神通力というエネルギー体で構築されているらしいから、かなり幼い風貌になっていた。見た目から推察すると10歳くらいだ。ブロッサム様の体は彼女の比喩を借りるならば風船なのだとか。神通力の内在量により容姿が変化するらしい。ブロッサム様はエネルギードレインによりエネルギーを摂取する。他の方法での摂取はできず、殆どは心臓を貫いている魔装により供給される神通力で生きているらしい。そして、過剰に生産されている高密度の神通力派脈が身体中を流れている。そんなブロッサム様の聖獣は彼女の実力から考えたら当然ではあるが規格外の物だ。エネルギーを渡す前、元から高さが20mくらいはある。もちろん長さもその分あるわ。今、それにどれだけの力を流したのかは解らないけど……。

 不思議なほど静かに走る? 滑る? その大聖獣がゆっくりと止まり、頭を地面につけた。降りろと言うことらしい。私達は促されるままにブロッサム様の後ろをついて歩いている。ブロッサム様の聖獣から降りて少し歩くと、見覚えのある服装の高位勇者がブロッサム様に恭しく礼をする。その後、私とシルヴィにも礼を取り、一言だけ呟いた。主人が待っていると……。その名はあまり聞きたくない。私がこの世で最も恐れる人の名だから。そう、その人は……。


「お久しぶりですね。公孫樹ちゃん」

「お、お母様。お久しぶりです……」

「んぇっ?! おっお、お母様?!」


 彼女は私の実母。表向きには私達家族はあまり知られていない。実際役職は地味だし。母の名はスカーレット・インフェロザーナ。これも本名ではなく、この名は我が家に伝わる表を語る名だ。

 シルヴィは急な展開に着いて行けず、唖然としているわね。その理由? まずは勇者会議にすらあまり現れない超レアな大勇者が目の前に居るから。しかも、それが私の母だというのだからね。彼女は紛れもない我が実母であり、世間的には勇者会議第4位の大勇者。極めつけは世界最高峰の魔法学者の1人に数えられる人物なのだ。母は大勇者でもあるし、大家族を支える人でもある。だから、家業を優先するから、あまり会議の要請をうけない。基本的には私の実家、必要であれば大図書館で古代魔法の研究をしている。最後の最後まで引っ張ってしまったけど、私は家業が本当ならあった。実は私の家系は王都の歴史を綴る年代記記者であり、それ以前の歴史研究を行う考古学者なのだ。


「椿よ、久しいな。急に無理を言って済まない」

「いえいえ、他ならぬ先生のお声かけに応えぬ理由がありません。私などでよろしいのでしたらいつでもお呼びください」


 母とブロッサム様は和やかな会話をしている。……シルヴィがそれ以前に挙動不審過ぎて笑えない。なんて顔してるのよ。

 そうよね。似てないからだろう。シルヴィがしきりに私と母を見比べている。それもそうよ。我が母は女神族とハイエルフ族のハーフ。天照の血筋が女神族だ。母はそのせいで暁月さん程ではなくても……かなり幼い外観。まぁ、14歳から16歳くらいなのかな? でも、母の実年齢はだいたい60歳くらい。年代的にはブロッサム様の一回りくらい下らしいけど、魔法学者でもあるからブロッサム様との繋がりは深い。ブロッサム様を先生と敬うのは学者時代の繋がりがあっての事だろう。

 私達の姉妹や家族構成? 今更ながら問うてきたシルヴィに答えてあげた。母と父、私が長女で紅葉は13番目の娘。みんな女の子なんだけど誰一人女神族の力は持たずハイエルフの見た目。父がハイエルフだからかな? そして、母の本名は椿。古来に複数の英雄を先祖に持つらしい。

 シルヴィに粗方説明し終えると、母は私の目の前に詰め寄る。表情は笑顔のままだが、この状態だと……。目の前で顔を引き寄せるために私の帯を掴んで屈ませた。そんな母から私の現状について酷いダメ出しを受ける。何よりもシルヴィやオーガ君との関係など……。そして、まだ内々の話ではあるが太刀海との縁組などね。母は優しそうな見た目に合わず凄まじい毒吐きで…相手の気持ちなんて何一つ考えない。外面はいいから悪評は少ないけど、彼女を敵に回すと酷い目にあう。それは確定事項なのよねぇ……。


「あのねぇ? 公孫樹ちゃん? いきなり勇者を辞めて、ギルドに務めたと思ったら今度は地方で政務秘書官? 私は……貴女には期待してたんだけど」

「えっ、えぇとですね」

「いいのよぉ? その代わりに海の国の嫡男様と婚姻を結べるチャンスを得たのだから……。先生から全部筒抜けなんですからね」

「あ、あの、あので…」

「言い訳は聞き飽きたわ。貴女はいつもそうよね? やらかした事には責任をおとりなさい。貴女はもう子供じゃないのだからね……」


 シルヴィが冷や汗を流していた。そりゃそうよね……。いきなりこんなの見せつけられちゃーね。あはは……。

 そんなシルヴィへお母様が挨拶をし、勇者会議での事や様々な立場の事で話している。主にオーガ君との婚姻やブロッサム様の後継となる決意についてだった。さらには私との学者時代について……。この辺りの会話中は脂汗が出ていた。私は確かにストレスなどに弱い。それは明らかにこの母によるところがある。ブロッサム様が私の背中を叩きながら私を励ます様にしてくれた。そのブロッサム様へ母が向き直り、任務に際した上下関係を表す恭しく改まった挨拶を再びする。そして、これから何が起きるのかを話し始めた。


「ふむ、やはりか」

「はい、ヤツが動いています」


 ブロッサム様が残し、手を出せずにいた禍根。過去にブロッサム様が瀕死の重傷を受けたりしたのは、その人物に理由があるのだとか。それは……ブロッサム様の義理の妹。未だに始末のつかない膨れ上がった禍根。それはその人による裏切り。ブロッサム様で勝てないのはブロッサム様の能力傾向ではかなり分が悪いかららしい。ブロッサム様で勝てないんじゃ絶望的な気がするんだけど。

 現在の膠着もブロッサム様が何もしなかった訳ではない為にある様だ。ブロッサム様と戦った際に相手方も重傷を負った為、これまでの動きと言えば駒を用いた海の国への侵攻のみだった。しかしながら、オーガ君が以前にした挑発により動きが活発化。母よりブロッサム様へ状況が伝わり、私とシルヴィが宛てがわれたらしい。私を睨んだ母だが、ブロッサム様に抑えられる。そして、ブロッサム様曰く、今回戦うのはシルヴィだけになると言う。私達は戦闘の後にシルヴィを無事に回収する為に呼ばれたのだそうだ。


「まぁ、アタシらは別で動くからね。どの道この子以外はろくに闘えもせんさ」

「あの何故、私達では闘えないのですか?」

「アタシとアイツは母親が違うが……悲しいかな。両方共に父の血が濃く受け継がれた。アタシもアイツもエネルギードレインで強化した高火力魔法攻撃を得意とする」

「いくらブロッサム様でも吸収合戦になり、長期戦になればホームで戦ってる相手の方が有利になるわよね。私達は吸われておしまいよ」

「だから、魔法活性がほとんど無くてオーガ君の新機構に守られてるシルヴィを……」

「そうさ。それだけじゃなく、この子の持つ女神の素体も関わって来るんだがね」


 シルヴィ本人すら疑問符を出していた。シルヴィ自身が力を知らない。その理由は……この世界における人間(オリジナル)が置かれた位置が強く関わっていた。

 確かに人間は様々な面で弱いと言う事実がある。しかし、原種である為、何の特長も無いと決めつけられ、下調べすらされていない。知見が皆無である為、稀に現れるイレギュラーな原種にどんな力が有るかすら誰も知らないのよ。それに繋がる様にこの世界における原種が短命な理由。それは……その個体が不完全だから。そもそも人間が弱いと決めつけて居るから、派生種や様々な特異体質が現れている事すら知られていない。特異体質の多い血筋にしても代によってもその素体は全く異なる。母の管理する年代記を元にオーガ君が調べ上げたらしい。もっとも、母の口ぶりからは彼の目的の物は見つからなかったみたいね。彼が必要としたのはシルヴィの素体に関する記述。近しい先代が居ないかを調べただけの様だ。

 イレギュラーな人種としての好例は、フォーチュナリー王家であるシムル家。その直径であるシルヴィはもちろん。彼女のお母様にあたるアシアド様。あの方だって今は王都で一市民だけど昔は凄い人だったのよ。彼女は資格こそ持たないが、学生時代、ブロッサム様に噛み付く程の人だったらしい。

 何故そんな事を当事者でもないのに知ってるのかって? 実は私の母とアシアド様は年齢こそ違えど同級生。アシアド様の方が年下らしいわ。


「アシアドからもその件に関しては問われている。明確には答えられていないがな」


 そう、当事者と言うならばもう御一方。その頃には既にとても有名な大魔導術士であったブロッサム様。学者に講師としてお務めをされていた時期があるらしく、2人からしたら先生の様な存在だった様だ。母は家業の関係から古代魔法や遺物などを調べる古代魔法学方面を専攻。ブロッサム様の畑からは離れた。対するアシアド様は…体の弱さを除けば天性の才能を光らせる技巧派魔導術士だったらしい。戦闘魔法や戦術魔法を得意とし、王族でなければ国王軍の魔導師部隊のエリートになれた程なのだとか。

 教え子ではないとアシアド様が言い張るけど、ホントの一番弟子はアシアド様なんじゃ……。まぁ、そのアシアド様は王家出身で第一王位継承者だからね。そんな進路はありえなかったんだだろうけどさ。

 ブロッサム様の調べによれば、アシアド様と他地方の人間とは種の起源が異なると言う。その裏付けは私の母による考古学検分や健康診断などからの医学鑑定だ。その母やブロッサム様、お母様であるアシアド様ですら口を揃える言葉がある。それは……シルヴィは『原初の女神の再来』と言うこと。王都フォーチュナリーは世界の安定の為、その女神の内、一柱の力を封印した場所。シルヴィは何かの原因があり、その準備が体に現れる前に女神の力だけを体に受け容れてしまった。状況から見てもシルヴィを女神へと昇華させたのは他ならぬオーガ君だと母が呟く。


「この世界は初代オーガにより作られた。彼の感情により拓かれた世界だ。そして、彼は世界が歪んだ時、彼の意思を引き継げる物が安寧を過ごせる様にと……」

「一族と王家に連なる者に引鉄(トリガー)を残したのよ。それが……彼、オーガ・アリストクレア君が私に警告した……」

「始祖の再来?」

「ど、どうしたら……」

「気ままに生きな。なる様にしかならん。アタシら皆そうさ」


 そして、ブロッサム様が扇を開いて振り向き、強烈な魔法の衝撃波攻撃を空気圧を利用した障壁で受け止めた。こ、鼓膜が、耳が痛いっ。この世の物とは思えない金切り声の高笑いが響き、私達へ挑発を始める。真紅の派手な着物を着崩した姿に……確かにブロッサム様に似た面影があった。鋭い眼光とシュッとして細身な肢体。ただし、一見落ち着いた雰囲気のブロッサム様とは異なり、人を見下し嘲笑するような視線に態度。明らかに私達を煽ってきてる。

 直後、シルヴィが鎧を纏う。短気だなぁ……。

 戦闘態勢に入ったのだ。その鎧は以前の模擬戦の鎧からまた形が変わった。鎧が体を護る部位が更に増え、重厚になった鎧の内側に隠された複雑な機構が加わっている。同時に以前のエストックに付随する様に似た構造が彼女の腰に現れた。ブロッサム様はシルヴィが飛び立とうとしたのを止め、耳元で何かを呟いてからシルヴィの背中を叩いていた。シルヴィは直後に真紅の光を上げる敵へ突っ込んだ。


「さぁ、アタシらもあの跳ねっ返りを助けてやらなくちゃね」

「具体的にはどうされるおつもりなのですか?」

「魔造兵と言ったね。あれらの機構を使いアレは体を作り直したんだ。だから、アレはあの国を離れず、火の国の王族を追いやった。ついでに巫女の資格を奪いアタシに復讐する為に……」

「私達の最初の仕事はその供給を遮る訳ですね」

「あぁ、だが公孫樹はここに残っておくれ。シルヴィアが無理をした時の尻拭いを頼む。アンタにはそれだけの力があるのさ。アタシの目は誤魔化せないよ? アルフレッドの坊主にも言ったがね。アンタ程度の失敗ならばまだ、アタシらでカバーできる。やる前から逃げるのはおやめ。アンタら新米は間違えて当然なんだ。アタシも間違えてきた。だから、まずは立ち上がりな!」


 ホントにお尻を叩かれて激励された……。い、痛い。ブロッサム様……せめて加減をしてください。うぅぅ〜〜。

 前に出たシルヴィと敵の攻防はかなり派手だ。先程の衝撃波が閃き続けている。どうやらあの魔法は単に空気を押し出した物では無いようだ。最初の衝撃魔法はほんの挨拶替わりという事だろう。シルヴィはどうやっているのかは定かでは無いけど新しい鎧のガントレットからカイトシールドを展開し、今は防御に徹している。見た感じは敵の攻撃や挙動を観察してるのかな? 私が手助けしたくてもあんなにフラフラ動かれちゃシルヴィに当たりかねない。それにシルヴィの鎧の詳細など私が知る由もない。私が知る限り、オーガ君は私の母の所や様々な場所から古代の技術を引っ掻き回し、シルヴィに全てを捧げている。オーガ君は何故そこまで?

 自らが覚醒させた女神への責任? 

 自身と繋がる世界を反転させる程の力を持つシルヴィを抑える為?

 シルヴィは何を思ったか急にシールドで敵を叩き、距離を取った。直後にシールドの裏面から何かを引っ張り敵に吹き付ける。冷却ガス? 周囲に霜が降りたようになってしまった。この火山地帯の地熱が高い場所で……。そのガスを防御する為に衝撃波を放った敵。そこにシルヴィが距離を詰め、拳を突き出す。どちらも引かず、決まらずだ。……しばらくすると手堅い技の詰め合いが急に止んだ。


「ほぉぅ……姉上がおいでになるかと思えば。随分と若い芽が来たもんだ」

「……」

「しかし、その鎧。アタシや姉上を意識したのかねぇ。いろんな物がついとる。小娘、名は?」

「私は……シルヴィア。シルヴィア・ディナ・オーガス。次代の森の守人だ」

「……はははははっ!! 姉上の後継を名乗る人間の小娘か! そうか! あははははっ!! ワシを前に随分と威勢のいい小娘よのぉっ。そうでなければ困るがな! ワシの名は緋桜(ヒザクラ)! 貴様の師の妹にして……新たなる世界の支配者だっ!」


 えっ? シルヴィには見えなかったの? 緋桜の左腕には光がまとわりつき、一瞬防御したようなシルヴィの胸へ当たった様に見えた。1度盾で受けたのに防御しきれず、派手に吹っ飛んだし……。緩慢な動作で瓦礫の中からシルヴィが顔を出す。体が思うように動かないのか? よかった、大丈夫みたいね。シルヴィは攻撃の手を加えようとしていたらしい緋桜へ彼女の反撃を加える。

 多分、単独での実戦が初めてであるからシルヴィも手探りなんだ。今までの闘い方とはまったく違うもの。今までのシルヴィは防御ユニットとしての大勇者。でも、シルヴィは内側にたくさんの選択肢を秘めている。銀鎧の称号はシルヴィ個人が勇者としての成績が良いのとはまったく関係ない話なんだ。

 彼女の本当の武器は……吸収力。あらゆる知識や技を彼女の許容範囲に合わせて吟味し取り込み使う。それに、学舎時代はよくできた参考書のようなオーガ君を追いかけてた。そんなシルヴィはそれなりに幅の広い知識を持ち合わせ、武器にしているからね。知識だけではなく、今のシルヴィは確かに器用だ。指先や魔力コントロールは壊滅的だったし、昔はそれ以外にしても凄まじい不器用だったのにね。

 緋桜はまたも腕に光を纏わせ、体勢の整わないシルヴィを捻り潰しにかかった。対するシルヴィは起き上がりすらせず、緋桜の攻撃を流しながら跳ね上がる。流動を利用され、空中へ投げ出された緋桜は目を見開き、甲高い笑い声を響かせながら再びシルヴィへ鋭い攻撃の手を向ける。ただし、今度はシルヴィが優勢となった。格闘術の知識やそれが追いつくだけの反応はできるのか? ……いや、普通なら無理だがシルヴィは機材に助けられて闘っているんだ。オーガ君の事だからシルヴィを助ける為の補助外装であるはず。


「どっせい!!」

「うぐっ…」


 突き出された腕をいなさず掴み、そのまま自身の体を回転させながら地面へ叩きつける。緋桜も予想外だったらしく受け身すら取れずに地面へめり込む。直後、緋桜の体から放たれた赤い光を防除能力のあるのだろう外装で無力化していた。

 そういう事ね。シルヴィの硬い鎧で打撃からは守られてる様だけど、あの光はどうやら雷のようだ。……紅い雷? 雷か。シルヴィの鎧はほぼ銀製。電気の伝導率が高い。最初の攻撃も物理的にはガードしたけど、電流によるダメージを抑える事ができず麻痺が出たんだろう。緋桜はその好機を利用し、シルヴィは吹っ飛ばされたのだ。でも、手の内が解ったらシルヴィはその雷なども全く気にしていない。オーガ君が鎧をいじってるから聞かされているだろうし、銀の金属としての性質くらい理解してるはずだからね。

 そうなるとオーガ君はシルヴィを知り尽くしているんだ。シルヴィが何故薬まで使ってゴーレムとして戦っていたのか……。また、シルヴィがそうしなくちゃいけなかった根本を既に理解したんだろう。シルヴィはガントレットの内側に神通力による派脈を纏わせる。ガントレットが銀製でなければならなかったのはそれが理由。いや、鎧がほとんど銀製であるのもその辺りが理由だ。銀であればシルヴィは彼女の体と同じように扱える。こうなったら体の外に分厚い皮膜を纏っているのと同じだ。さらに、銀は彼女の強度強化能力をノーリスクで使えるはず。総合したら…今のシルヴィにはダメージは皆無と言うことになる。……でも、その鎧。無理に使いすぎればまた貧血を引き起こすかもしれないわよ?


「ふふふ……あははははっ!」

「何?」

「そうか、お前さんが…あの銀の鎧の勇者か。何度か見たよ。今日は黒いボーイフレンドは居ないのかい?」

「……無駄口叩く余裕があるんだ」

「ははは! お前さんこそ、守るだけでは進まぬぞ?」


 途端に緋桜の体から神通力の派脈が波状に広がる。それに合わせて近くの木々に雷が飛来し始めた。ここに居ても感じる凄まじい電圧。神通力の脈が渦巻き、緋桜の身体はそれに合わせて爬虫類の容貌を持ち始める。ブロッサム様の聖獣化と似ているわね。これは高位勇者になれば存在は知っているだろう神通力を利用した能力解放だ。その緋桜は左手に何かを握っている? シルヴィも何かをする為、神通力脈をエストックに集中していた。

 シルヴィも猫耳と猫髭が現れ、鎧の内側に強大な神通力派が渦巻く。……それに併せた鎧の変化。私はブロッサム様に言われるがままにここに残った。でも、私はブロッサム様に言われずとも残るつもりでいたわ。彼女がまだ残しているシルヴィの弱さを気にして私を残ったのだ。私が隠す力を解き放つ事でシルヴィの系統の能力ならばまだ抑え込めると思う。母が私に告げた女神の力の特徴から考えたら……。まだ、私の力で守ってあげれる。

 2人の派脈から自身の防御をする為、私も防御技を繰り出す。母とブロッサム様はこの周辺には居ないから、私が心配する必要はないだろうし。母とブロッサム様は2人で手分けし、火の国に拠点を構えている民族に協力している。ブロッサム様は緋桜によって迫害され、未だに続く原住民族掃討に抵抗しているドラグア族達の支援へ。もう1つの民族があり、奴隷の様に扱われ、魔造兵の生産に駆り出されているドワーフ達の救出へ母は首都、ダイアン・バレーへ。


「いやぁ……滾る! 滾るねぇっ! 姉上以外にこんなに強く気高い意志(ジンツウリキ)を持つ者がまだ居るとはね!」


 互いに引かぬまま、神通力の派脈は球状に広がり、真紅の派脈と白銀の派脈がぶつかり合う。もはや周囲はこの世の物とは思えない状態だ。衝撃波は渦巻き、雷鳴が轟く。地割れが這い回り、木々は飛び上がる。まさに神人大戦のそれだ……。巨獣が勇者を倒さんと牙を、爪を、角を向ける。勇者達は時を駆け、太陽を創造し、嵐を呼ぶ。超常現象のぶつかり合いが起きる絵物語の様な……そんな現実。

 私も本来ならば使うべきでは無い秘術を使っている。我らが祖である天照は太陽の化身。私は……それこそ絵本のヒロイン。文字を介して想像の物を現実に作り出す術士。それにしたって無茶苦茶よ! 私がこういう能力じゃ無かったら死んでるっての! 敵の緋桜は当然にしたってシルヴィは遠慮なさすぎでしょうがっ!! 


「ん? 様子が……」

「ぐ…がぁ……な、何?」


 激しいぶつかり合いの末に互いに接近。衝撃波同士がぶつかり合い、閃光に包まれたと思いきや急激に光が落ち込んだ。そして、シルヴィと緋桜が見えてきた。? ……緋桜の体が急激に萎縮している? シルヴィの突き出すエストックが緋桜の心臓付近を貫いている様に見えた。私の能力、『ザ・スペル』で私自身は守れたが、火の国の山々は最早原形が無い。真紅の波動と白銀の波動により付近の山川草木は見る影もなく、風すら吹かないこの状況。気味が悪いわ。その中心にはシルヴィが居るんだけど……。シルヴィは干からびた蛙の様になっている緋桜を振り落とした。嵐が過ぎ去り、呆気なく緋桜が倒されたと思いきや今度は新しい展開が舞い込む。先程までの派脈など比較にならない強い波だ。

 銀色の鎧に新たな配色が加わり、彼女の背中から後光の様に神通力の脈が広がる。そのシルヴィが火の国の方へ何かを向けた。掌? 


紅波(ブラッディ)超電磁砲(レールガン)……」


 真紅の派脈で夕闇に染まる空が爆ぜた。緋桜が放っていた威力など比にならない。狙いは明らかに火の国の首都……ダイアン・バレー。まさか、暴走?! 幸い、第一波は調整に失敗したのか首都からは外れたが、内海の海面は日が昇った様な状態だ。……この状態ではすぐさませねばならない事がある。

 ブロッサム様に圧をかけられて授業をし続けていた成果が実ったのかな? 土壇場のこの状況で、なんとか成功した。いつもなら…くしゃんと潰れた私では魔法を発動させる事ができずに暴発させただろう。シルヴィの放った高熱量の…ビーム? みたいな攻撃は無力化できた。しかし、その為に張った防衛魔導結界はもう役に立たない。当たった部分が溶け落ち、無残な状態だ。……そもそも魔力バカなカルフィアーテ君や詠唱能力と展開能力が均一に高いアルフレッド君みたいな速さは私には無いのよ! 確かに、私の潜在異能をフルに発動すれば行けるかもだけど。あれは危なすぎる。また、あんなふうに関係のない人を巻き込む様な事態を招いちゃならないんだ。

 厚みは10mくらいで想定したマギカ・クリスタの魔晶結界。魔力を構成する魔気には必ず属性があると決められている。学識的にね。でも、ブロッサム様の著書にはそれを覆す記述があった。魔気は魔力を作る。その過程で元素体に結びつく様にしながら特徴を得る。しかし、元素体と結びつかせずに魔気を無理やりに結合させることができたら……。純粋なエネルギー体が結晶化する。それが可能な魔導師が私の知る限り数人存在しているのだ。私の母や妹達、ブロッサム様…オーガ君、カルフィアーテ君……そして、私自身。高い内在魔力と魔力コントロールが高度ならばできる。理論的にはね。使う場面がなかったから私も初めて使った。


「て……き…?」

「えっ?!」


 私の方向へ再び掌が向く。何が起きてもおかしくない。シルヴィの暴走と取るしかないわ。オーガ君がこの場に居ないのが悔やまれる。この状況で私の今の力ではどうしようも無い。私のフルパワーを使うには私の体をセットアップする必要がある。時間を考えなくて良いならば、私の底に隠した力を使えば打倒だけなら可能かもしれないけど。時間も無い。短気になってはダメだ。焦ってしまい今の体であれはまだ使っちゃダメ。セットアップが整わない私では力が制御しきれず、シルヴィを殺しちゃう可能性が捨てきれない。今回、私がしなくちゃいけないのにのは……シルヴィの安全な救出であって、危害を加えた上での討伐であってはならない。

 ビームが放たれる直前、左手に一瞬だけ白く煌めいた鉱石。おそらくは銀を精製し、あの技の核にしていたんだ。それに…仮定の話だけど、何らかの形で緋桜から力を奪ったのであれば雷を使っている可能性が高い。あれだけの高威力攻撃となれば、使っているのは神通力だ。なら、とにかく早い解決が望まれる。シルヴィの素体を浅くオーガ君から聞いたけど、あの子は体が爆弾の様な物なんだ。体は人間。しかし、内側に秘められた神通力脈は女神族の現段階最強である暁月さんを軽く超える。正式な記録はなくても…対峙した私の目ならば解るわ。

 だからといって私の現状で今のシルヴィのパワーを無傷では抑え込めない。今の私じゃ…刺し違えたとしても止められない。それに神通力は女神族でなければ毒になるエネルギー体だ。シルヴィだって例外じゃない。でなければあの頭がいいオーガ君が茶番劇を演じてまで泳がせていた意味が解らないわよ。シルヴィは感情が強すぎる。神通力は感情によって溢れ出るのよ。ただでさえ短気なシルヴィが癇癪を起こしたら……。オーガ君はそんなシルヴィを手元に置き、管理するようにした。私達の今後に関わる鍵の位置にあるシルヴィに挫折させちゃいけない。


「紅波超電磁砲…」

「来た!」


 今は身を守る為にマギカ・クリスタを上手く使い、直撃と大ダメージになる事を避けながら逃げなくちゃ。対等の火力を持つ為に奥の手を使おうにも準備がいる。それまでの時間は稼がなきゃならないのよ。私自身だけではなく、守るべき物は他にもある。現状は私を見てくれて居るから火の国にしても海の国、森の国へも攻撃の手は向いていない。

 何故、彼女の事でこんなに過敏になっているのかって? これは当事者や単一戦力としての勇者を知る者で無ければ解らないだろう。フォーチュナリー共和国におけるシルヴィはかなり重要な存在だ。シルヴィは手広く様々な団体から支持を受けた政務官であり、今は休職してるけど国に10席ある勇者会議に所属する大勇者。彼女が死亡、または戦力外となるのは国の防衛にも関わってくる。

 その夫であるオーガ君。彼の立場から彼女の命を案ずるのは当たり前だけど……。彼が危惧したのはシルヴィ1人が死ぬ事だけではなかったはずだ。シルヴィは頭の中が乙女だし、極めて自己中心的で欲に従順。それだからか被害妄想も激しい上に感情の上下も激しい。オーガ君はそんな面倒な子を嫁にした訳なのよね。感情の統制があの年齢になっても取り切れていないシルヴィ。最も恐れるのは彼女の暴走。そして、その後に来る後悔と罪の意識に彼女が潰れた場合。小さなきっかけで波が起き、国が消えかねない。シルヴィが女神になるか、悪魔になるのかは本当に彼の手に委ねられたんだ。アークが彼女に語りかけたのはそういう意味よ。そして、オーガ君の覚悟も本物。

 シルヴィがわがままなのは昔から。でも、この子だって我慢ができない訳じゃない。押さえつけた分の反動が大きいからわがままに見える。……感情の起伏が大きければ大きいだけ、揺らぐ頻度が多ければ多いだけ過負荷深度(ヘイト・ロスト)は起こりやすい。シルヴィは国防の勇者。前線で昂った彼女は一度酷い暴走を起こし、教訓を胸に携えた。剣を封じ、盾となったのだ。


「シルヴィ! 起きなさい!」

「……」

「シルヴィ!」


 先程から使っているマギカ・クリスタは私でもそれなりの集中力を要する。何故、そんな物をわざわざ使うのか? 通常の勇者相手に使う結界魔法ではシルヴィの攻撃には無意味だ。だから、扱いが難しいこの結界を使うんだ。実際、魔導教読で見る限りでは普通程度の技術力で扱う事は難しい。だがこれを使うことさえできれば、このエネルギー体が直に結晶化した物体を利用できる。古来から錬金術に近しい術として用いられた。何故ならば魔気は通常の物質と異なり、物質の3形態を取らない要素だからだ。でも、魔気を微細にコントロールさえできたらできる。物質構成の根底に関与する物だからこそだ。

 今度はさらに魔気の純度を上げ、さらに魔法を重ねて鏡面仕上げにした物を用意。それだけではあまりにも頼りないから厚みをさらに取った低純度のマギカ・クリスタの結界を作る。結晶の強度と保険として内部に用意した不可侵魔法結界の併用が今の防御の要。でも、さっきは一撃でいとも容易く結界は崩された……。なら、伝説には伝説で対応しなくちゃね。

 再び紅い光線が私を狙う。私は受けに徹し、この状況に打開を見せられるだけの手数を稼ぐ。それにシルヴィに怪我なんてさせようものならオーガ君に後から酷い目にあわされる……。オーガ君に目をつけられたら普通には死ねないからなぁ。……さて、シルヴィの光線の様な攻撃。厚みを倍にしたけどそれでも2発が限界か。内側に鏡のような反射板を用いたけど、跳ね返らなかったのを見るとやはり光ではない。予想どおり電流かしら。そうか、あの核をどんな方法かは知らないけど飛ばし、神通力で高圧の電流をその地点まで誘導。あの核が銀であるならば強度強化を生かし、神通力も体外放射にはならない。オーガ君の最新著書によれば神通力は魂の構成要素。神通力がすり減り人は死を迎える。しかし、魂は神通力が無くなっても消滅しない。不完全になるだけ。


「まだまだ準備にはかかる。でも、外気にある純度が一定以上の魔気量には限界が……。マギカ・クリスタは一度構築すると二度目は時間を置かないとできないし。手が……やっぱり。戦わなくちゃならない…か」


 泣き言を言ってても始まらない。けど、いくらオーガ君の最新鋭武器があれどもシルヴィの動きを予測し、魔法を待機させ続けるのには限界がある。私は普通の魔導師と比較しても魔法の発動速度が遅い為、予測はより重要だ。よく比較材料にする末妹の紅葉は展開した魔法1回あたりの破壊力強化が苦手。私は威力は十分でも魔法の発動に時間がかかりすぎる為、多数の正確な展開が難しい。……でも、紅葉はまだ未熟で到達していない絢爛高揚(テンション・アップ)さえ使えれば、どんな魔法にも応用ができる完璧な魔導術士となる。私もやりようによっては近しい所までは行けるけど。やはり正確な発動やピンポイントの発動は難しいのよね。

 仕方ないか……。

 オーガ君がチューンした私の長杖(ロッド)の名は閻魔。この杖の最大にして最高のコンセプト。それは私や母の一族が持つ異能により、飛躍的な戦闘力の強化を行える点。本来ならば魔導術士の武器は魔力を増幅し、威力をはね上げる機構を重視される。

 でも、彼は私の(パワー)を最大限に引き出す為、あえてこの杖には魔力の増幅回路を一切搭載しなかった。その代わりに彼は内部に特殊な加工を仕込み、この杖と私の精神シンクロ値を100%に固定する様にしたのだ。精神シンクロ値が高いと魔法の発動時間が縮まる。リスクもあり、この値は上げすぎると脳に深刻なダメージを与え、場合によっては後遺症を残す。だから、彼は100%に必ず固定する様にキツい縛りを加えたのだ。やりようによっては私なら200%くらい普通に出せる。普通の武器ならね……。オーガ君の武器は普通の武器とは一線を画す性能をしている。細かい能力説明は省くけど、私に合わせたオーダーメイドの武器。それは杖を私と同化させ、異能や様々な物を強化できてしまう。私に潜む一族に伝わる異能。それは……。


無限図書館(インデックス)……開放」


 この能力は体に負荷をかける。普通のハイエルフ族などの種族では負荷に耐えきれずに死ぬだろう。この異能は本来ならば眠っている体の箇所を活性化させ、様々な強化を行使する能力の1つなのだ。無限図書館は脳と心臓に高密度の神通力を滞留させる事で一時的に活性化状態へ高め、本来ならば眠らせている『記憶能力』と『思考能力』を常人の数千倍に高める物なのよ。脳を活性化させる為、多量の酸素を必要とするから息が荒くなる。それだけじゃなく、言わずもがな血脈を回すために心臓へも神通力を回すため寿命は縮まるし、脳を酷使するから体内の血糖値が急激に下がる。総じて体調は悪化してしまうんだ。それ以外にも細かい所を上げ出したらキリがないがリスクは多くなる。私のような女神族との混血でなければ使い始めて数分で致命的なダメージが出るだろう。

 そして、私達天照の血筋には特異な体質がある。これは母しか知らなかった事実らしい。私達には通常ではありえない程の記憶や思考力に関する部分が活性化しているらしいのよ。そこから引き出される状況打開策の演算式。それに伴う解を高速演算で求める。初代天照は無意識に投じたらしいこの力。さもなくば伝承に残る程の魔法の展開などできるはずがない。私は母よりも初代天照に近しい存在と母に言われ、厳しく育てられた。私はそれ程に危険な力を持っているんだ。


「いい機会だし、力の差を比べましょう。仲良しごっこばかりで私達は模擬戦すらしてなかったし」

「……」

「さぁ、よれるまで追い詰めてあげる! 私の全力よ!!」


 言わなくても解ると思うけど、魔法を急激に扱うと周辺の魔力が一時的に欠乏する。先程まで使っていたマギカ・クリスタも魔気の結晶だから例に漏れない。私が術を解除した純粋な魔力の結晶は真っ先に私の展開する魔法へと姿を変えた。私達のような天照の血筋は火炎、爆裂などの魔法を得意とし、親和性が高い。だから、本来ならば火の守人が適任な気もしたのよ。シルヴィが私の目の前ががら空きになったのに合わせて掌を向けてきたが……。

 間一髪を避けたか。オーガ君の鎧に付けられている加速推進機構で空中を舞いながらシルヴィは私の魔法から逃げ続ける。さすがね。でも、100発の弾幕から逃げ切るなら1桁増やすだけ。1000発の待機魔法と発動魔法を繰り出す。放った魔法の性質も分けてある。オーガ君やブロッサム様の様な特化した魔法特異性を持つ訳では無い私。バランスとも言えない。私はどんな属性にも苦手が無く、範囲や威力は桁違いだ。弱点は1つ。発動までの待機時間が長すぎる為私は単独戦力としては落第点。さらに言えばストレスに負けやすい。だから不安定な私は勇者を辞めた。でも、オーガ君やシルヴィとの兼ね合いにアタシも隠れる訳には行かない。

 どんな魔法を放った所で避け続けてくれるシルヴィ。しかも、ジリジリと私との距離を詰めてきてる。……間に合うかな。焦燥はかさむ。何故ならシルヴィも私の攻撃に慣れてきたのか、間合いはどんどん詰まっているからだ。紅葉みたいに移動魔法にも長けてたら……。泣き言言う前に頑張らなくちゃ!


「埒が明かない。やっぱり、無傷では抑え込めないかな……」


 これまでは急所や魔法が効果的な威力を発揮した場合にシルヴィが大怪我をしない様に調整していた。しかしながら、シルヴィの状況吸着能力は私の予想を遥かに超えている。私の奥の手が先に準備できるか…はたまたシルヴィに押し切られてしまうか。私の命はオーガ君が武器に施してくれた機能があるため、最低限は保証される。だが、私が敗れれば火の国や近隣諸国、離れ里には多大な犠牲が出るだろう。そして、オーガ君や私が懸念する事態には昇華させてはならない。

 仕方ないか、奥の手が準備できる前に使いたくはなかったのだけど……。私達は天照の血筋。聖獣は鹿だけど、私達には化け狐が宿っている。いや、私達自身が化け狐なのか? 初代も外面はキツい性格だったらしいが、内面はかなり脆い人物だったのだとか。


「シルヴィ! 覚悟しなさいよっ!!」


 一時的に聖獣の加護を完全に解き、私達一族に伝わる本来の姿を解き放つ。聖獣はその間は実体のある強力なパートナーとして補助してくれる。でも……、この形態はこれまでの無限図書館と併用せねば使えない。私達は初代とは体質から異なる。血を受け継いでいても体をその力を塗布できる形にせねば一瞬で過負荷深度(ヘイトロスト)を起こし、異能の派脈を巡らせる為に加速循環する神通力により体が壊れるのだ。

 無限図書館だけでも普通のハイエルフ族では数分で致命的なダメージとなり、後遺症に悩まされ二度と普通の生活はできない。私達は祖に近しいからできるのだ。母曰く、技術だけならばハイエルフや雑鬼族魔鬼血統、雑鬼族性鬼血統などの族ならば可能らしい。まぁ、例に漏れず、発動から数分で死に至るだろうけど。

 私だってかなりガタガタで普通の状態では無い。頭が痛い。耳鳴りもする。強い力を運用する為にはそれなりのリスクがあるんだ。私も体が縮み始めている。混血種にたまに現れる選択生存確立と言う状態だ。私の中にあるハイエルフの特性では耐えきれず、その部分は萎縮されていく。異能に対応できる女神族としての私だけで『生きよう』と私の体がしているのだ。


「や、ヤバぃ。やっぱり……私の体じゃ」


 以前、私が逃げる様に勇者を辞めた際も今と似た状況だったわね。私は同僚や護衛官を守る為に力を解放し、モンスターを焼き払ったのだ。……そこまでは良かった。その時の私は経験不足と体の中で加速循環する神通力のダメージに耐えきれず、無限図書館の機能が破綻してしまったのだ。結果、下支えする為の脳が処理しきれずにオーバーヒートし、私は過負荷深度に囚われ、たまたま付近の遺跡を調査していたオーガ君に助けられたのだ。この場合の過負荷深度の原因は心的ストレスだけではない。体中にかかる神通力の不可により血脈や呼吸すらも加味される。私は私自身に負けたのだ。でも、今度は負ける訳にはいかない。

 今更気づいた。シルヴィには女神族の素体情報は無い。人間の素体で神通力の過剰加速循環には耐えられないんだ。いくらシルヴィが特別であってもオーガ君が懸念するんだからまだ何かの不安要素が見え隠れしてる。シルヴィの体も神通力で負荷を重ねてるはずなんだ。このままじゃシルヴィが……。


陽晶界(ソル・クリスタ)……。極小星衝(ミニマム・インパクタ)


 シルヴィを捉える為にマギカ・クリスタを超える強度を持ち、比較的展開速度の速い結界魔法を使用する。合わせて衝撃でシルヴィを昏倒させる為に小規模の爆破魔法を展開し続けた。でも、ダメだ。それだけだと精度に欠ける。いろいろな痛みや貧血からの目眩で体が悲鳴を上げていて意識を持ってかれそう。気を確り持たなくちゃ、シルヴィの為に、自分の為に。この先、何が起きるか解らない。……その為に! 私までこの場で飲み込まれる訳には行かない!

 初代がもたらしたと言う結界魔法。発動するだけならば低リスクで防御力も規格外。しかし、発動できた術者は歴代に数名しか存在しない。なぜなら、母の最新著書によれば初代達を(オリジン)と呼び、私達はあくまでその素質を持つ不完全体だからだ。初代達にしか使えない様な物らしい。何が適合の鍵なのかは解らない。私はこの状態になれば辛うじて使える。

 ん? 辛うじて使える? そうよ、私は、私。初代は初代。出来損ないの私に初代の再現は無謀? 違う。固有魔法をわざわざ真似てまで同じ形にするのは効率的に悪い。……私には私に適合した形がある筈? でも、たくさんの時間は残っていない。どの道魔法の発動や展開を速めなければシルヴィには押し切られた。一族に伝わる焔の狐を使わねばこの数十分の応酬すら実現できなかっただろう。

 あ、なんか垂れた……。やば、鼻血が出始めた。脳にかかる負荷が耐久値を超過し始めたんだ。急がないとシルヴィ以前に私が手遅れになる。土壇場に弱い私だけどここで負けてはいけないんだ。シルヴィにはまだ勝っていなくちゃいけない。


「チェンジ・ザ・スペル! 妖閻の狐。私は第8代王立年代記記者にして海の守人。貴女を絶対に抑える!」


 どんな変化をするかは賭けだった。父方の家系から連なる異能である『ザ・スペル』は血統に依存し、訓練などでは強化されない異能だ。

 私達のような分家の家系の方が本家よりもその様な特殊な力が集まっている。私を含めた13人の娘達は多少の誤差はあれど、この類の異能に長けているのよ。この異能の大きな特長はその性質にある。魔力コントロールや神通力脈の微調整などの指針として不明瞭な物ではなく、大雑把に言うならば知識量が強度を決めてしまう。古代魔導師が使う古代魔法やまじないの類を取り込み、転写と複写を繰り返しながら私の魔力を書き換える異能だ。言わずもがなだが、前提として高い神通力密度と循環効率を必要とする能力である。女神族並の耐性がなくてはならないし、簡単な技とは言えない。私達の様に比較的神通力の加速循環に耐性がある血筋だから使えるのだ。それでも本来ならば自身の書き換えはリスクが大きすぎる為、しない方が無難。現状で私がシルヴィを抑えられないなら、状況を変えなければバッドエンドがその先には待っている。

 私の体に纏わり着いていた焔が徐々に弱まってゆく。代わりに噴き出したのは……私の本来の内面だった。華やかな存在や力のある存在に嫉妬し、妬み、それを推進力に爆発的な力を得る。ただし、そればかりでは無い。羨み、妬み、眺望するだけでは変わらない事を私は理解した。私の体から噴き出したのは……熱泉。自身を長い間裁き、清め、新たに形を得た私の力だ。

 予想は正しかった。先程までの目眩や頭痛が少し弱くなっていく。でも、ザ・スペルを体に使う為には無限図書館を併用せねばならない。母の血筋に伝わる焔の狐も同様。今は矢継ぎ早になれど、自身を改造しながらシルヴィを抑えなきゃ。


「やばいなぁ。本格的にやばいかも。にしても容赦無さすぎやしないかしら? シルヴィ……」


 熱や光を無理やり質量体にしていた初代の魔法を解除し、今度は元々質量のある高熱の水を放つ。シルヴィはなおも逃げるけど……。? 動きがとろくなってる。何故だろう。やるなら今しかないんだ。

 私の体も現状が限界。いや? 本当なら既に限界を超えている。無限図書館は私の体を痛めつけながら様々な魔法の詠唱を簡略化し、シルヴィの攻撃や移動先を予測する演算をする。脳が悲鳴を上げているんだ。頭痛が引き始めてる。痛みを感じなくなってしまうならば、危険域を超えたと言うこと。視界が赤らむ。血の涙だ。口の中も血の味がする。こんな所で……。


「くらえ! 砲泉流!」


 点状でだめなら、面で行くしか無いわよね! シルヴィも最後に真紅のビームを放とうとしたらしいけど、真水は完全な絶縁体なのよ。

 新しい技を乱発し、もみくちゃにした。そんなシルヴィが倒れ込んだ所まで確認し、私も全ての異能を解除した。あぁ、ヤバい。立ってらんない。……回復魔法を使わなくちゃいけないのに魔力をコントロールできない。無限図書館の副作用だ。無理矢理に解放した魔力の流脈が麻痺を起こしている状態。ポーションを使いたくても体も同様。脳が神通力でダメージを受けた為に上手く体が動かない。特に指先なんて動きもしないじゃないの。……気が抜けて視界がかすみ始めた。まぁ、この状態ならモンスターなどに襲われる心配は無いだろうし。私も一眠りしたいかな? 暴走せずにここまでの闘いができたのは初めてだ。今回くらい、多めに見てくださいね? お母様、先生。


「まったく、2人共が未熟よのぅ。いくら事態を鎮めたとはいえ、このザマではなぁ」

「うぅ、すみません」

「はぃ。申し訳ありません」

「でもまぁ、何だかんだでアタシや椿の手を借りずにあの状態を鎮めたのは評価しよう。なぁ、椿よ」

「えぇ、公孫樹ちゃん。私は貴女の外面ばかり気にして逃げる所を直して欲しかったのよ。私の顔色ばかり見て、挙句は逃げる。……今回は貴女に感謝してるわ。ありがとうね。でも、同時に頼ることも覚えなさいな」


 気がつけば私達は王都の国立病院に居た。王都の学者にある医学者達が集う最先端医療施設だ。シルヴィは私より先に起きていたらしく、既に松葉杖で病院内を動き回っていたらしい。

その数日後に私が目覚め、体調の安定と共に面会が可能になったタイミンで先生と母から2人揃ってお叱りを受けている。

 まぁ、ブロッサム先生と母からのお小言は今回はまだ大した事はなかったのだけどね。シルヴィはオーガ君からネチネチと数時間にわたり叱られ続けたらしく、帰ってきた時には酷くしょぼくれていた。何やらペナルティを課されたらしい。

 そして、私にはと言うと。目の前には物凄い形相の太刀海が居る。太刀海の手元には後は太刀海がサインするのみの書類があった。……白衣姿の太刀海を久々に見た気がする。実は太刀海は私達の中では特殊な立ち位置で、海の国の代表補佐であり、防人であり、軍学者であり、軍医なのだ。肩書きがこんなにあると大変よね。……太刀海が静かに口を開いた。彼は怒鳴りつけたりなどしない。いくら気が昂っていても雄叫びすら上げない程に静かな人だ。それに根っからの長男気質で面倒みが良く心配性。その彼が私に厳しい口調で切り出した。


「何故、こんな無理をした? 戦鬼(イクサギ)様のお話ではそこまで無理をせずとも良かったと聞いている」

「ご、ゴメンなさい」

「…もう少し自制せよ。お前は学舎での件で銀嬢へ過剰な負い目を見ている。銀嬢もその様な庇護は望まぬ」

「う、うん」

「それからワシはまだお前を受け入れきれぬ」

「え、え?」

「公孫樹よ、この様な中途半端な状態ではお前はいずれ無理をし、取り返しのつかない事をするだろう。まだ、お互い時がある。お前がワシを納得させる答えが聞けるまでこの件は戦鬼様にお預かり願った」


 表情は変わらずに冷淡な調子で太刀海は話題の方向性を変えた。主治医も彼らしく、施術も全て彼が行ったらしい。

 魔法医学により、かなり良い方向へ持って行けたと言うが、あと1週間は指すら動かす事もできないと言われた。それ程深刻な状態であるらしい。確かにリスクについては知っていたけどさ……。とりあえず、太刀海からの説明とお叱りを聞き終え、私は疲れて寝ていた。面会が可能な時間も限られているらしいし、点滴しながら量の少ない食事で……病院って退屈。

 面会に来たがっていた妹達も母に突っぱねられ、母自身も最初の面会以来来ていない。回診に来る太刀海曰く、母とブロッサム様、紅葉は毎日来ているらしいけどね。あれ以来、太刀海の表情は和らがない。シルヴィ達との件では彼も当事者だ。だから、私の深い部分もよく知っているし、オーガ君の性質やシルヴィとの兼ね合い、距離の取り方も彼はとても上手。絶妙なバランスを取っているのだ。どちらに加担するともなく、肩入れもしない。私にだって贔屓はないから他の患者さんと同じような待遇だ。病室だから魔法も使えないし、絶対安静の特別室だからか監視もキツくて本すら満足に読ませてもらえないのは……辛いわ。


「公孫樹ちゃん」

「!? お、お母様?! どうやってここへ……」

「太刀海君が部屋の外に居るわ。それが条件で面会を許可してもらったの」

「は、はぁ……」

「そんなに畏まらないでよ。私だって家の事が無ければ貴女を縛りつけるみたいに育てたく無かったわ。……運命って言うのは残酷よね」


 様々な分岐をしている為、血筋や婚姻の詳しい所までは解らないらしいけど……。焔の狐は鬼へ惹かれてしまうらしい。

 フォーチュナリー王家は始祖の力を全て断片的に持つ家柄。だから、様々なタイプが現れる。対する私達は形質劣化こそしているが初代達の血筋を一本に受け継いだタイプだ。そして、たまに現れるという始祖帰り。始祖帰りは言わずもがなだが、初代達に似る。歴史研究をし続けた母にオーガ君が伝えた異常事態。それが世代を跨ぎ起きる変革であると母も認知したのだ。それでなくとも私は生まれた時から魔力活性や神通力密度が桁外れだったらしいから、母は当たりを厳しくしながらも大切に育てくれたらしい。私は初代天照に似た。初代オーガを愛してしまった苦悩の女神。2人の女神の1人。

 だから当然と言う。でも、私は所詮は私。今回のできごとで私が私となれたから母は安心したと言う。そして、人を気にしすぎる所を治しつつ、寄り添えるパートナーをそろそろ見つけろと言われた。

 途端に太刀海がノックをし、声のトーンは低いが時間が長いと母へ注意している。私の体を心配したからなのだとか。とうの太刀海は最初は面会すら渋ったらしい。私達の異能、『絢爛高揚』、『ザ・スペル』、『無限図書館』がかけた過負荷はまだ癒えていない。本来ならば麻酔薬を投与し、眠らせた方が脳への負荷を抑えられる為にそうしたかったらしいが。母がそれを認めなかったようで、今の状態らしい。医学的な内容は解らないけどね……。それから母は数分して帰って行った。


「貴方も不器用ねぇ。太刀海君」

「自分はアリストクレア氏の様に器用ではありませぬ。お嬢様に自分はそぐわないかと」

「うーん。そんな事言ってるけど、まったく本心からは言ってないわね。貴方はどうしたいのかしら?」

「わたくしの意思は通りませぬ。我が父が許すとは到底思えない。同盟国とはいえ、利害関係から現当主は貴国を信用しておりませぬ。この婚姻は……」


 それから数日し、私は退院した。退院後は暁月さんのご好意でみんなも居るから時兎の館へ招かれている。車椅子を太刀海に押されながらだ。事情も事情である為、これからは母も夜桜勇者塾に参加する事となっていた。一山越えたらしいけど、……これからどうなる事やら。

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