弟子達のケアも大事な仕事
ブロッサム様の著書である分厚ーい教本を私が使い、皆を集めて魔法関連の授業を行っている。
「それじゃ、公孫樹よ。はじめとくれ」
「は、はぃ。それでは始めます」
パッと見ただけでもこの本は凄い。現在、著者であるブロッサム様は確かに第一線からは退かれている。これまでのブロッサム様が歩んだ経歴からも言わずもがな……かな。先生の人生を表した様に内容は極めて濃密、そして膨大。教本であるから初歩や基礎もありはする。しかし、到達点は極めて難解。最近の高位魔導師でもこの文書程の知識量を持っている人物は少ない。いや、居ないだろう。そればかりか初めて見るような記載まである。魔導書に限定せず様々な関連文書を引用したとして、この密度に追随できる著書はないと思う。そんな凄い本を使うのよね。
『魔導教読』と題されるこの本。30cmを超える厚みがあり、現代魔法を始め、呪いや古代魔法、様々な魔法技が集積、区分化、解説されている。これを使い教える訳なんだけど……。凄い学術書を使ってるっていうプレッシャーで苦しい。この教本…実はとてつもなく高価な物。オーガ君曰く、売りに出せば王都に豪邸が建てられるくらいの金額になるのだとか。まず、数が少ない。プレミア価格ってだけではなく、全てがブロッサム様の手書きらしくてね。その中でも、この本は原本でブロッサム様が手元に置き編集し続けている物。汚したりなんて……。あぁ、お腹痛い。プレッシャーが……。教導にしたってこれまでとは比にならないくらいの緊張で、胃がキリキリする。学舎にいた頃、教導官になる為に私は勉強していた。資格となれば必ず試験がある。その中に学舎の教導資格検定と言う筆記試験、模擬教導期間と言う実地試験があった。正直、そんなの比較にならないくらいに緊張する。何故なら……。
「公孫樹よ。そこの解釈は少し違う。魔気、魔力は似ているが違う物だ。今の説明では同じ物と取られかねん。両者は同時に混在し、元素へ含有されている。だが、魔気は魔力と違い、素体の情報……」
そんなブロッサム様から現状に危機感があると私に語ってくれた。あの方は自らよりも高位となる大魔導師級の実力を持つ魔導教導官を養成したく、私を公の場で推薦してくれたのだ。だから、名実ともに私はブロッサム様の魔導師としての弟子になったことになる。ギルドジャーナルや様々な新聞に取り上げられたのよね。……ブロッサム様と私のツーショットがエウロペ冒険者ギルドの正面玄関に飾られてるし。恥ずかしいから……やめて欲しいのだけど。魔導画像壁を仕込んだのはニニンシュアリ君らしい。帰って来たあの子の誇らしげな顔のせいで言えなくなっちゃったのよね。
さてさて、雑談はさておき。私の授業はいつもこんな感じ。このメンバーでは教導資格や立場から私が適任とされてる。けど、世の中へ視野を広げたら、有資格者の人数としては勇者並に居る魔導師。それでも魔法や魔導は一般大衆にはあまり浸透していない。その理由は敷居の高さ。魔導師にも資格講義や資格試験がある。もちろん資金的な問題、一昔前は人種差別なんかも問題だった。魔法や魔導は便利な反面、危険を伴う。だから魔導師と名乗るには資格が必要で、高位学舎を卒業せずに宣言したりはできない。仮に独学で実力があるからと言っても、勝手においそれとは名乗れないという事だ。学舎に行かずとも高名な魔導師などに弟子入りしなくてはならないし。
ただし、例外も居る。ブロッサム様のように自ら誇示しなくても、資格その物が後から乗っかる様な人も居なくはない。こういう規格外の実力者は何代も現れないのが普通。ブロッサム様もそう。オーガ君にしたってそう……。嫌になるわ。
「それでは今回はここまで。今から質問を受け付けるわ」
私達の周囲にも魔導師の有資格者はたくさん居る。まず、私や紅葉は国内の高位学舎に在学中の講義により、有資格者として認定されている。私は『高位教導位魔導師』で紅葉は『魔導師』だ。アルフレッド君は彼の祖国で既に資格を取ったらしい。彼の資格はフォーチュナリー共和国では私より2つ下の資格にあたり、『高位魔導師』の有資格者。カルフィアーテ君は学位や資格こそないけど魔法の才能だけならば天才的。その実力は私よりも高位で……オーガ君やブロッサム様と同位、『戦略戦術魔導術師』に匹敵するだろう。私達が羨む才能の塊。カルフィアーテ君はホントに宝の持ち腐れなのよね。魔力活性が心紅ちゃんや暁月さんと同等なのにコントロール能力も規格外。ただ、あの性格も助けてかかなり気弱で魔法を使う事に恐怖が見られる。彼は戦闘を嫌うし。……解らなくもないけどね。
……皆が真面目だから私の緊張はさらに加速する。それに理由は1つや2つじゃない。ブロッサム様の横にはオーガ君も座っているからだ。そのオマケでシルヴィもね。
彼だって隠しこそしては居るけど、複数の高位資格に加え、前例のない研究成果をいくつも残す程の鬼才。私にあまりない魔鋼や様々な触媒、素材などの知識の補填は彼が行う方が適切だからだ。シルヴィは魔法による事象改変のメカニズム、元素の特性や構築方式を熟知してる。資格はないけどシルヴィも高位魔導師くらいの実力はあるのよ。
授業が終わり、女の子のパーティーが住んでいる建物でお茶をしていた。私は休憩。シルヴィは話し相手……。暁月さんはシルヴィを弄りに。私の緊張が解っているらしく、ブロッサム様はいつも遠慮していた。私の今の悩み。それは監督や補填の頻度だ。有識者としてブロッサム様からは事細かに指摘を受ける。けど、オーガ君は補填して欲しいのにあまり補填してくれなくて……。シルヴィは一応、応えてくれるけど、説明が抽象的と言うか具体性に欠けると言うか。はぁ〜。私はどうしたらいいのよ。これでも仕事の合間を縫って、古巣から取り寄せた書籍で勉強し直してる。まぁ、若い子達に間違った事を教えるよりはいいけどね。
「公孫樹ちゃんは十分に教えてるよ」
「シルヴィ、ありがとう。でもねぇ…、あれだけ指摘が多いと」
「大丈夫だよぉ! 自信もって! 先生が注意するのは注意する価値があるからなんだからねぇ。ハムっ」
「あ、あのそれは?」
「なんで先生が魔導師の弟子を取らなかったのか解るぅ? モグモグ……。それに見合う子がいなかったから! ボリボリ……。公孫樹ちゃんは先生からしたら有望株って事なのよぉ。ハムっ」
暁月さん、オヤツを食べるか話すかどちかでお願いします。……ホントにこのロリババアぁ〜。人のことを舐め切ってくれちゃって。私は貴女が大好きな玩具のシルヴィじゃないってば。あっ、……コホンっ!
講義の後、個人による質問が必ずある。紅葉やアルフレッド君、カルフィアーテ君達は毎度だ。その間に色々な理由から数人の子が席を離れる。ミュラー君、レジアデス君、心紅ちゃん、潮音ちゃんは暁月さんと太刀海、ブロッサム様がしている様々な実技指導へ。アルフレッド君と紅葉はより高度な魔法技術を扱う為、ブロッサム様が別の機会を設けている。だから2人共自室で自習。今、オーガ君家の居間には関係するニニンシュアリ君、オニキスちゃん、カルフィアーテ君、エレノアちゃんが残っていた。次はオーガ君の講義だ。私も参考にしたくてシルヴィと一緒に見ている。シルヴィ……、貴女は政務官の仕事はしなくていいの? ま、私は貴女が動かなかったら仕事ないから楽でいいんだけどさ。
オーガ君はニニンシュアリ君とオニキスちゃんにとても深い素材や触媒の知識、魔法の方式や計算術、演算などの専門知識を叩き込んでいる。……え? これって基礎学問なの?
ニニンシュアリ君は流石ね。理解がはやいし、的確に技術をはめ込む器用さを見せている。対するオニキスちゃんは独特の感性からオーガ君を困らせていた。彼女には彼女の世界があるらしく、形式や公式をすんなりとは受け入れてくれないらしい。頭を悩ませながらでも、オーガ君は2人をタイプ分けして要点を詰めているみたい。
シルヴィもオーガ君の講義が汎用分野から離れ、専門性が強まると途中から立ち上がり、エレノアちゃんとカルフィアーテ君を教えている。シルヴィは頭はいいんだけど……。人に教えるのは兎に角下手。さっきも言ったけどシルヴィの説明は具体性がない。擬音語を多様するし、感覚に沿った荒い教え方なのだ。だから、私もあの子が教える立場に立つとは思わなかった。でも、カルフィアーテ君もエレノアちゃんも勤勉で真面目だし、飲み込みもいい。特にエレノアちゃんは義理の姉妹とは言え、感性が近いらしいわね。割とすんなり受け入れている。これはどうかと思ったけど、エレノアちゃんはカルフィアーテ君の取りこぼしをカバーする様に教えていた。年齢はエレノアちゃんが今年で16歳の新成人。エレノアちゃんはお姉さんぶってるけど、カルフィアーテ君は17歳……今年で18歳の年上なんだけどね。それに実情はカルフィアーテ君とエレノアちゃんとでは逆で、エレノアちゃんのがちょっと抜けているから彼としては心配みたいだし。教えられているように見せてカルフィアーテ君のが上手だからかエレノアちゃんが教えられるのも目にする。
「あれっ? カルフはこっちの文字は書けないんだ」
「う、うん。ミュラーも書けなくて最初は冒険者登録もできなかったんだ」
「今も勉強してるの?」
「え? あ、いや、たまにアルフに教えて貰ってるよ」
「アルフ兄も忙しそうだし、僕で良ければ教えよっか?」
「エレぇ? 今の話、聞いてたぁ?」
「う、うん!」
エレノアちゃんとシルヴィ。義理の姉妹なのにあの子達はホントにそっくり。見た目は全然違うけど2人の性格と言うか、立ち振る舞いと言うか……。2人はそっくりなのよね。シルヴィが再び伸ばし始めたとは言え、まだ短めの髪だからボーイッシュな感じもそっくり。恋愛の仕方までね。不自然なくらいベッタリと対象へ接近する感じ。カルフィアーテ君は苦労するわ。エレノアちゃんは確かに仕事はできるし、頭もいい。けど、家事全般がてんでダメらしいのよ。紅葉が零す程だから相当なのよね。たぶん……。そう考えたら外面は似ても、紅葉と私の内面は全然似なかったのよね。
この短期間に皆良く成長した。期間にしたらまだ、1ヶ月も経過していない。オーガ君の所に心紅ちゃんをリーダーにした冒険者・勇者パーティーが誕生し、まずは3棟の建物が造られた。皆の住まい、その隣に紅葉が常駐して経理作業を熟す建物がある。実はそこで道具類の販売や修理も請け負っているらしい。オニキスちゃんはざっくばらんと言うか……。定価を決めずにその場の気分で料金を変えたりするからか、ちょっとしたトラブルもあったらしいし。そこを仲裁できたのは人当たりのいい潮音ちゃん。紅葉とオニキスちゃんが相談し、お金や物々交換などある程度の定価を決め、今では人気の弟子工房となっている。近隣のお父様方には親工房であるオーガ君と言う得意先がある為か、棲み分けもできているらしい。
エレノアちゃんと心紅ちゃんはとても仲良しでいつも一緒。訓練や授業のない日は2人で近くの農家さんや林業のおじ様方、下町のおば様方を助けにいき、何かお土産を沢山もらって来るからね。こういうお手伝いは2人にはお手の物。もちろん、家事やご近所付き合い、情報交換やトラブルの仲裁は潮音ちゃんの専売特許。皆、自身を活かしてしっかり働いているんだ。そういう面では私やシルヴィの方が目立たなくて後手なのよね。まぁ、シルヴィはオーガ君のお嫁さんだから知れ渡ってるし、私も山岳支部で培った人脈のせいかかなり目立ってはいるみたい。男の子のパーティーは……。ん? あれは……ニニンシュアリ君とオニキスちゃんとオーガ君?
「まっ、マジなんかっ!? 師匠っ!!」
「ぼっ、僕らに工房をもたせてくれるんですか?」
「あぁ、俺を含め、お前達は分野が異なる得意技がある。それに俺もまだまだ未熟だ」
「……『いやぁ、師匠が未熟ならアタイらなんかなぁ』」
「……『師匠はこういう所硬すぎなんだよなぁ……』」
「まずニニンシュアリ。お前は仕事は丁寧だし確実だが、速度や思い切りが足りなさすぎる。その辺はあまり伸びない素質なんだろう。だから、俺も考えた」
そういう事ね。分業と言うことみたいだ。未熟と言うけど、オーガ君は技術者としては様々な分野やジャンル、場面をカバーできるオールラウンダー。確かに技術は凄いけど、彼には彼で足りない人当たりがある。……近隣のおじさま方にはその深く触れ合わない辺りが好ましいらしいけど。
対してオニキスちゃんは人当たりやその辺りの点は問題ない。性別、年齢、官職を問わず平等に依頼を請け負う。物を作るのが大好きでお代よりも何よりも良いものを作り、喜んでもらう事を優先しちゃう。採算が取れない為、紅葉がよく小言を言っているのも私は知っているし。オニキスちゃんは確かに器用だけど、経理や営業プランを組むのが苦手みたいのよね。出来栄えは完璧な品物、それがオニキスちゃんの信念らしい。だから、できない仕事は最初から請け負わず、オーガ君やニニンシュアリ君へ取り次いだりもする。そのような割り切りも師匠譲り。学生時代のオーガ君にも今のオニキスちゃんみたいな時期があって、……潮音ちゃんの薙刀である鮫薙はその頃の作品だ。
今のオーガ君には2つの顔がある。昔ながらの技を活かし、様々な文化や形式を踏襲、伝統として繋ぐ工匠。新たに最先端技術を用いた技工系武器の研究者であり専門家。ニニンシュアリ君はその最先端技術に感動し、彼を探し回っていたらしい。そして、ひょんなことから彼と出会い。無理に弟子となったのだ。ニニンシュアリ君に提案されたのはその一端。オーガ君は自分の門弟を2つの流派に分け、教え方を変えていくつもりだったのだ。ニニンシュアリ君には彼が作り上げた全てを叩き込むつもりらしいのだ。
「ニニンシュアリ、お前には俺がもつ魔法工学の全てを叩き込んでやる。……それができたなら、シルヴィアの鎧の技術も教えてやる」
「す、全て……」
「覚悟しろ? 何年でもかけるがいい。だが、簡単ではないからな」
「はぃっ!」
彼が作り上げた最先端技術を全て彼が受け継ぐみたいね。それをブー垂れるオニキスちゃん。オーガ君はそんなオニキスちゃんに学術書を1冊手渡した。彼は基礎の基礎と呟く。その内容が今理解できていなければ、今後使いこなせないとバッサリ斬り捨てる。しかし、落胆したオニキスちゃんにオーガ君は自身の刀を手渡した。その刀の素材を言ってみろと言われ、オニキスちゃんはスラスラと上げていく。ニニンシュアリ君は唖然としながらいる。彼には解らないらしい。オーガ君は笑いながらオニキスちゃんの頭を撫で回し、その素質の重要さを挙げながら2人の違う素質を比較する。
オニキスちゃんは自身の能力に気づかれていた事に驚いているらしい。オニキスちゃんもニニンシュアリ君も特殊な力を使える。それをどこで使い、どの様に活かすのか。お酒を呑みながらじゃなかったら、いい師匠なんだけどなぁ。たぶん、オーガ君も気恥しいんだろう。元はクールでドライな感じな人だし。暑苦しい感じは彼自身が好まないだろうからなぁ。
「オニキスは素材の声が聞けるんだろう。俺にも似た能力があるが、素耳の力をまだ持つ奴が居るとはな」
「あぁ、気づかれとったんかぁ……。それならそうとはよぉ教えて下さいよぉ」
向き不向きにより伸び方が違う事は様々な場面から解る。
オーガ君がニニンシュアリ君に抱える程の大きさのエンブレムを手渡した。看板かな? ニニンシュアリ君のは魔法回路を模した模様で、六角形の幾何学的な物だ。オニキスちゃんには金床とハンマーを模した物で、菱形の外形。2人共嬉しそうだけど、オーガ君が急に真剣味を帯びた。そこからは看板を掲げる上での注意だった。
2人から生唾を飲む様な音がし、喜びの明るさが引いてゆく。誓約書を用意していたオーガ君。内容が複数あるみたい。まずは労働時間の制限、十分な睡眠の確保だ。彼らはまだまだ未熟であるとオーガ君は判断している。未熟な職人が不安定な体調でミスをすれば事故のリスクが上がってしまう。未然に彼は制限を課したのだ。次に新技術考案の際の扱い、営業体勢など。新技術は2人の名前での登録となるが、不備などを探る為オーガ君が一旦預かる形にするらしい。特にニニンシュアリ君の分野である魔法回路や構造研究は並の学者や技術者には触らせられない物。確かにそうよね。看板は掲げられてもまだ子工房。営業や運営も2人はまだ独立していない。売上や資金は全て2人の物だが、オーガ君が定期的に帳簿や資金繰りの監視は行うらしい。
この様にオーガ君は新たな学派、工房を作り、2人に無理をさせずに成長を見守るつもりなんだ。あくまで独り立ちではなく、旗を分けただけ。2人共が真剣な顔つきでオーガ君から言われる話を噛み締めた。職人が背負う責任や義務など、細い脚の彼らでは背負いきれないからだ。
「解ったか? お前達は年齢こそ成人はしてるが、職人として一人前とは言えない。だから、最低限は俺が守る。絶対に無理はするな。お前達は使用者の命を守る責任があり、俺はお前らや利用者の命を守る義務がある。まだ、お前達は基礎しかねぇ。技を磨け、何か柱を1本立てるんだ」
「はぃっ!」
「御意!」
反りが合わないニニンシュアリ君とオニキスちゃんでも今回ばかりは揃って喜んだ。弟子となり、まだ期間も長くはないよね。オーガ君は2人を本格的に立ち上がらせる為、教導の時間も分けて徹底的に分業させるつもりらしい。
工房に詰めるオニキスちゃんに対し、ニニンシュアリ君に工房での仕事が無かったのには理由がある。彼は設備設計や施工、微細な回路構築を得意とし、オーガ君が作業をする上でのプランナーをするのだ。最近の大仕事の例ならばエウロペ山岳支部庁舎がある街での物。主要施設への近代化改修である。魔法工学の最先端技術を利用し、利便化を図る為にオーガ君と計画を練り、革新的な技術利用やバリアフリー化を齎した。魔法学者であるアルフレッド君の知識的助力もあり、ニニンシュアリ君は既に類まれなる技術者として有名だ。
仕事以外でも彼はとても几帳面。部屋なんか凄くて、紅葉やアルフレッド君でさえ驚いたらしい。……と、言うか紅葉も男の子の部屋に行くようになったのね。う゛う゛んっ! オーガ君が渡した学術書の山を彼が解るようにまとめ直し、彼の家の彼の部屋で読み返す様にしているらしい。オンとオフの切り替えが激しく、ニニンシュアリ君はお休みの日は基本的にリフレッシュに徹しているみたい。オーガ君との約束も絶対に破らないし、だんだん癖なんかも彼に似てきた気もする。それ以外は時間や場所を問わず現れる為、シルヴィはたまにヤキモチを妬いてるけど。
「ふむ、熱心にやるのはいいが、お前1人で請け負える仕事の数には限りがある。この辺で舵取りはしておけ? それに、そろそろお前の銃を作り替えなくちゃな」
「はい。まだ自分ではやらせてもらえないんですか?」
「気づいてんだからカマかけんな。お前の銃はお前には手に負えないよ。お前がお前自身を変えたいと願えば……作品が許してくれるさ」
規範意識が強く、自分によい地盤を自ら耕すニニンシュアリ君。対するオニキスちゃんはよくオーガ君に叱られてる。彼女の店先でゲンコツをもらって叱りつけられているからね。近隣の奥様方も気づかってるみたいだけど、あればかりは皆が触らない。彼女に限らず誰だって楽しい事には没頭してしまう。毎日毎日、彼女は時間を忘れて幅広い作品を作り上げる。オニキスちゃんはニニンシュアリ君が得意なシステム魔法工学は扱えない。でも、彼女には特殊な力があるらしく、素材や様々な触媒の目利きや仕分けが得意だ。ニニンシュアリ君もオニキスちゃんのそこは認めているらしく、素材の買い出しはオーガ君に必ずオニキスちゃんが付き添う。ニニンシュアリ君は荷物持ちをかってでていた。
オニキスちゃんは……。ホントに職人さんって子よね。楽しいから止まらない。時間を忘れて、ご飯を忘れて、呼びかけにきづけず、オーガ君のゲンコツで我に返り、酷い目に遭う。彼女が悪いから私や誰もフォローに入らないけどたまに可哀想な気もする。この前なんて三日三晩を武器製作に没頭し、オーガ君にお気に入りの大金槌を含めた道具類を取り上げられてたし。次の日のオニキスちゃんは心ここに在らずで魂が抜けてたのよね。ブロッサム様があれじゃ授業にも鍛練にもならないから、少しはやらせよと言ってたけど……。
「お前はホントに一直線だな。たまには寄り道しろ。一つの道だけではスランプに陥るぞ?」
「あぁ……いやぁ、なんちゅーか。アタイも止まらんのですよね。時計使ったり、紅葉に頼んだりしよーんですけども」
「はぁ……。いずれ分かるさ。とにかく、次やったら……」
稀代の鍛冶師や天才技術者と謳われ、今や世界的に有名なオーガ君。その弟子として公の場へ大々的にデビューしたオニキスちゃんとニニンシュアリ君。ギルドジャーナルや様々な新聞などへ大々的に取り上げられた。ただ、2人はいつも喧嘩している。……確かに2人の反りは合わない。顔を合わせる度に酷い言い争いになり、オーガ君に叱られるという現場をよく目にした。本来ならば相性の悪いメンバーをわざわざ組み合わせる意味はない。でも、オーガ君にも彼なりの思惑があったのだ。
オーガ君の一番弟子達は2人共パーティーでの中核を担う。ニニンシュアリ君はコマンダー。オニキスちゃんは器用さからポジションを選ばないオールラウンダー。オーガ君は彼らを厳しく育てるつもりらしいのだ。戦闘訓練もあえて他のメンバーとの合同訓練をさせず、2人が抱える課題をつき付け合わせている。
ニニンシュアリ君は緻密な機構を理解し、正確無比な精度で使う事に長けている。2つの勇者パーティーの中でもあらゆる知識の広さ、機械や魔法工学の学識の深さで彼は一際目立つ。彼は勤勉でオーガ君が知識を入れる前から魔装の知識を持っていた程だからだ。ただし、彼は作戦や武器などの組み上げが緻密過ぎ、想定外のトラブルや規範意識の緩い人員の奇行などに狼狽え、極端に対処への遅れを見せる。私も含めた遠距離攻撃を行う勇者は後方から仲間を巻き込む可能性が非常に高い為、オーガ君も彼に耐性と経験を付けさせたいようだ。それだけではなくオニキスちゃんとぶつからせるのは、オニキスちゃんの気楽さや行き当たりばったりながら柔軟な部分を見せたかったのだ。彼は直接の言及こそしない。今一番彼が言いたいのは、1人では捌ききれない限界がある事。ニニンシュアリ君の極端に背負い込む辺りを何とか気づかせたいのだろう。手遅れになってしまう前に。
「そんじゃ、今日の一本取りを始めようか」
「はい」
「あい」
「条件はいつもと同じ。時間を与えるから作戦を練って俺に触れ。指一本だ。指一本でも触れたら次のステップに進ませてやる」
審判員は無し。ルールも至って単純。彼に触ればいい。攻撃だろうとタッチだろうと関係無いようだ。
私もそうだし、魔法を使う人間は様々なタイプが居る。この訓練はオーガ君の様な技巧派の魔導師有資格者を観察できる。彼にある手数を小さくでも見て学ぶいい機会だ。魔導師となる2人にオーガ君の魔法の使い方を見せたい。だから私と紅葉、アルフレッド君が室内から見学している。2人もオーガ君の魔法の使い方は参考にしたいらしくかなり食いついているわね。先に私達が居たのだけど、後からもう2組。ミュラー君、レジアデス君、心紅ちゃん、潮音ちゃんが遠距離射撃戦闘員の防除や対策の立て方を学ぶ為、太刀海と暁月さんに言われて同席。暁月さんはシルヴィに呼ばれ、カルフィアーテ君とエレノアちゃんに武器戦闘訓練をしに向かったけどさ。
戦闘開始。
しかし、ニニンシュアリ君はいきなりの想定外にかなり狼狽えただろう。……せっかく作戦を組んだのに、オニキスちゃんが無理な特攻をしたみたいね。慌てた様に小ぶりな拳銃を二丁構え、オニキスちゃんの後方を滑空している。インキュバスにも悪魔みたいな翼があるのね。驚いてはいるけどだんだん彼も切り替えが早くなった。彼は性格面で本当にオーガ君に似ている。確かに見た目は全然違うし、腕っ節は全くない。実は……男の子達のパーティーで一番非力なのはニニンシュアリ君なのだ。外観だけなら天然で可愛らしいカルフィアーテ君なんだけど、カルフィアーテ君は意外と力持ち。対するニニンシュアリ君はある程度の範囲はカバーできても、男性勇者としてはかなり頼りない。
性鬼血統は魔法や系統異能に極めて秀でた雑鬼族。あらゆるパワーを体現した魔鬼血統と極めて親密だったらしい。古文書によればそうだ。しかし、現代において魔鬼と性鬼には交流はないようだ。インキュバスのニニンシュアリ君は体格からして…太刀海みたいにゴツクない。だから遠距離を好むのね。彼がもたらす頻度の高い射撃支援。それを利用しオニキスちゃんがかなり大振りなハンマーを振り回し続けている。
「おい! オニキス! 作戦どおり…」
「こまっチョロいんは好かんのや! だいたいにして師匠に頭で勝てるんかぁ?!」
「無鉄砲に突っ込んだらそれこそ師匠の……くっ!」
オーガ君は右手に小刀、左手に大口径の拳銃を握り、おちょくる様に2人を振り回している。ニニンシュアリ君の危惧している部分はオーガ君の魔気固定技術。前衛のオニキスちゃんには技術的な魔法攻撃の防除能力や策はない。彼女自身は獣人系種族の中でも特別で……最古の血筋にかなり近いはずだ。その為、彼女はオーガ君の呪縛系魔法に囚われたりはしない。魔法という事象に対しての親和性が無く、干渉もほとんど受けないのだ。逆に言えば、オニキスちゃんは最近の交わりで少しの魔力を持つだけで、ほとんど魔法が使えない。幸か不幸かそれが活きていて、オーガ君も彼女に対しては無理な防除魔法を使わないのだ。
この布陣には大きな落とし穴がある。2人の好ましい位置取りから前後衛は自ずと決まった。でも、役割が噛み合う訳ではなく、オニキスちゃんは前衛だが壁役では無い。切込隊長だ。彼女を下支えするニニンシュアリ君はそのオニキスちゃんより打たれ弱い。後ろに控えるニニンシュアリ君は魔法や異能が強力ではあるが、魔法攻撃に対しての防除技術を備えなければ直ぐにやられてしまう。それもあり、彼の警戒は厳だ。彼は魔法回路の専門家らしく、オーガ君の魔法を的確に見分け、持ち前の魔法の展開力で必死に食らいついている。彼はミスを怖がり、取捨選択が遅れ気味。でも、オーガ君に食らいついて行けるってことは、彼にはそれだけの実力があるはず。ニニンシュアリ君に足りない思い切りとオニキスちゃんに足りない慎重さ。突き合わせ、互いに学ばせる。最初の2人はこの訓練では十数秒と耐えられずに惨敗。その後はオーガ君が設定したハンデにより、彼が反撃を始める5分までは何度も戦い抜いている。2人の相性が悪い事をオーガ君が譲歩してあげたのよね。オニキスちゃんが壁役になれて、ニニンシュアリ君がもっとオニキスちゃんを自由に動かしたら……。外野が口出しするのはダメね。ふふふ。
「クソっ! 『残り30秒、ここで抜かなければ勝率が……』」
「でりゃァァァァ!!『はやく、はやくせな……。今度こそ!』」
「残り、20秒」
んん? ニニンシュアリ君が急に距離を取る。オニキスちゃんは我武者羅していて彼の動きなど見てすらいない。気にできない訳ではなく、彼女は1つの事に集中し始めると、周囲を一切見ないのだ。オーガ君はまだ手加減してるし、無茶な要求はしていない。それでもこの力量の差……2人は日々、遠い師匠の背中を追いかけてるんだ。……私から教育方法から一言。そもそも彼らは技術者志望であって勇者志望ではないんだけど?
変わらず我武者羅するオニキスちゃん。ニニンシュアリ君の後退から数秒。オニキスちゃんの真後ろから、明らかに彼女を無視した弾丸の乱射が行われた。オーガ君がその弾幕を気にして動くのを止め、防御の為に結界魔法を展開する。オニキスちゃんは度肝を抜かれながらだったけど、ニニンシュアリ君の叫び声に答える様に無理な特攻を繰り出した。武器を捨て、勝率を急激に下げてしまう時間を避ける為だ。最初の無理な特攻をやめ、ニニンシュアリ君に呼応したオニキスちゃん。ニニンシュアリ君は得意技である魔弾を止め、実弾を放つ。同時にオニキスちゃんを最低限守る為の魔法回路を即席で作り上げ、空気の壁を使い効果的にオーガ君を抑え、彼女が前に出やすい道を作った。オニキスちゃんもようやくその思いに気づいたのか、さらに無理な突貫を行う。獣人族は魔力によって内在する遺伝子が活性化して外観が顕になる。しかし、魔法や異能に耐性が無い獣人族は激しく体を痛める結果になる為、おいそれと使わない方が良い。それでも彼女はそれを気にせずに使える。もう1つの血筋が影響し、彼女は無理を押せるのだ。
「師匠、覚悟ォッ!!」
「ふむ、力押しはいいが、お前の力で俺を押し切れるかな?」
オニキスちゃんが何故、オーガ君の事を詳しく知っていたかと言う部分だ。日常会話の断片を繋ぎ、私なりにオニキスちゃんがどんな素性なのかを知りたかったからね。神獣型の獣人族なんてホントに希少なんだから。彼女のお母様は火の国の辺境出身でメタリアと呼ばれる種族と教えてくれた。実はオーガ君のお母様もメタリアだ。さらに詳しく言えばオーガ君のお母様はメタリアの王族だったらしい。火の国は本来メタリアの王国だった。いろいろあって今では様々な種族が混在する軍事国家。内情から推察するに、オニキスちゃんのお母様はオーガ君のお母様の侍女だったらしい。とある理由から国から逃げ出た時、この土地で結婚し、オニキスちゃんを出産して亡くなったらしい。メタリアは火の国でなければ生きていけない?
オニキスちゃんの右手が急激に変化していく。オーガ君も攻撃は時間までしないが、防除はする。空気の魔力隔離障壁を張り、彼女を阻んだのだ。
オニキスちゃんも競り合う為、体から無理やりな放電を行い、障壁を突き破ろうとしているが……。馬力だけで彼の技を曲げるのは難しい。彼女はけして頭が悪い訳ではない。物事に率直に当たり、正直で飾らないだけ。粗暴に見えるが実は優しい姉御肌のとっても人情味溢れる子なのだ。……優しすぎるし、正直過ぎるから詐欺に引っかからないか心配だけどね。
種族も関係してるから一概には言えないけど、女の子にしてはかなり大柄で16歳には見えない。発育もよく、もっとしっかりした服さえ着ていれば、それなりに人気に成るだろう。身長180cm、女の子にしては筋張ってるけど、ボディビルダーみたいではない。均整のとれた体つきは綺麗だし、青白色の髪に青紫色の虎の容貌は綺麗。
今は牙をむき出し、金属質な右半身の変化。叫びながら突貫しようとしつづけている。
「ぐぅぅぅ!『くっそ、魔力が……。せっかく、ニニ丸が助けてくれてぇ!』」
「誘惑譲渡……。オニキス! 支援してやっからやっちまえ!」
「ほぅ……」
ニニンシュアリ君からの魔力贈与に加え、彼が重機関銃での撹乱はまだ続けている。釘付けのオーガ君に対してオニキスちゃんはこの気にとさらに力を込めた。ニニンシュアリ君は魔力の保有量が他の魔法特化な種族より段違いに高い。だから、力を振るえるオニキスちゃんを活かすために使ったのかな。でも、彼の射撃に精度の悪化が見られる。性鬼は本来なら搾取の一族だ。誰かに与えるには倍以上のエネルギーを要する。魔鬼と行動を共にしていたのは力のある存在に依存したからだ。時勢の移り変わりにしたがい、魔鬼も数を減らした。それに伴い性鬼も住み方を変え、辺境に点在する隠れ里に姿を隠したと言う。学識が少ないのも性鬼が隠れ続けたから。ニニンシュアリ君はまだ隠してる。……性鬼の男性が生まれる理由を。
オニキスちゃんの右半身にさらなる変化が現れる。金属的な変化をしていた右半身。特に腕周りに何のパーツなのかは解らないが、歯車? なんなのだろう? オーガ君の障壁をじわじわと拳が貫き始めている。
「よく頑張ったが、時間だ。行くぞ!」
「師匠。僕達の勝ちです」
「ん?」
「触れたら勝ちなんですよね? はぃ、タッチ」
「ほほぅ、障壁を利用した感知力の低下を狙ったんだな。重ねたオニキスを隠れ蓑にしたカース・ミストか。何にしろ、お前達の勝ちだ。良くやった」
「やったぁぁぁぁぁ!! やったでぇニニ丸ぅ!!」
「うわップ!」
身長は160cmくらいのニニンシュアリ君にオニキスちゃんが飛びついた。力を無理に使っていたらしい彼は目の下にくまを作り、フラつく脚を何とかしていたらしい。けど、自分よりも体格のあるオニキスちゃんが飛びつき、支えられずに草原に押し倒されていた。雑鬼族は生体エネルギーが潤沢な種族が多い。それがこうだもんなぁ。オーガ君は軽くタバコをふかせた後に2人を座らせて近づいていく。近い種族である為、体調の悪化に際して現れる状態も解るらしい。ニニンシュアリ君の目を覗き込み、無理をしたらしい彼を軽く叱っている。彼ら2人はオーガ君の打倒がクリアだと思っていたらしい。だが、オーガ君の目的は違う。それを話しながらニニンシュアリ君に講評を述べ、次のステップへのヒントを挙げた。オニキスちゃんは手持ち無沙汰らしく、隣のニニンシュアリ君を見ながらユラユラしている。
今は普通の体に戻っているオニキスちゃん。ニニンシュアリ君の次はオニキスちゃんへオーガ君からのお叱りが。オーガ君は2人がたまたま鍛冶師への道を目指したから、2人の師となった訳ではないらしい。オーガ君の義手が急に変化し、オニキスちゃんが見せた変化に似た物を見せる。オニキスちゃんは驚きを隠せず、ニニンシュアリ君はもちろん唖然としていた。あまり自身の過去を話すのを好まないオーガ君が彼のお母様の話をはじめた。
「ニニンシュアリは後からな。付き合わせる事になる。すまないな。オニキスよ、お前の持つ耳、素耳は本来ならば然るべき血筋にしか生まれない」
「……」
「お前の家族が俺を、正確には俺の母親を頼る様に話してたんだな?」
「そ、そうです。オトンが死ぬ間際にオカンがそう言うとったって……。でも、ディアニアナ様は既にお亡くなりに」
メタリア族は特異な生命体。魔造兵と呼ばれる擬似生命体型ゴーレムと近似した鉱石生命体なのだ。体に有機物を含まず、純粋な元素体で体が構成されている為なのか、土地に縛られているらしい。そして、オーガ君のお母様もオニキスちゃんのお母様も火の国を逃げ出ざるを得ない理由があった。軍事クーデターにより、当時の王族は離散。その中で死亡が確認されていない人物が複数いる。それが……オーガ君のお母様。メタリア・クラーヴォ・ディアニアナ様。若き女王と呼ばれたお方で、魔術や異能に長けた大魔導士だったらしい。そして、数人の侍女が未だに行方不明扱いなのだ。
当時、流れの鍛冶師であったオーガ君のお父様。絶対絶命であったディアニアナ様の逃避行に彼が手を貸したらしい。そこからはディアニアナ様の熱烈なプロポーズで異種族ながらオーガ君を授かり、出産。魔造兵とメタリアの違いは性別、生殖機能の有無。オーガ君を授かり、火の国の隣国である海の国で密かに暮らしていた。しかし、幸せは長くは続かなかったらしい。長い渡航とメタリア族の持つ何らかの事情により、次々に侍女が命を落としていったのだ。そして、ディアニアナ様も命を落としたという。
そんな中、オニキスちゃんのお母様はディアニアナ様の逃避行と逆行する様に、火の国の近くに身を隠していた。独断で動き、オーガ君のお父様の知人らしい協力者に依頼し、国の情勢をディアニアナ様に伝え続けていたらしい。長い時間を共に過ごす内、その獣人族の協力者さんと愛が芽生え、結婚。オニキスちゃんを授かった。ディアニアナ様が亡くなられ、目的を失うも火の国の付近に住まい、数年して亡くなったらしい。その後、オニキスちゃんのお父様も学舎に在学中に亡くなり、身寄りが無くなってから今に至る。
「しばらくはオトンのじーちゃん家に居たんですけどね。そのじーちゃんも年で。ちょっと前に死んじゃって。いよいよ身寄りもないから……。お先真っ暗やった時にオトンに言われとったんを思い出したんです」
「お袋の事か……。だが、俺もお袋の顔は写真でしか知らない。お前もやはりそう言う血筋だったか。備えておいて正解だったな」
メタリア族が何故外の土地で亡くなるのか。オーガ君が突き止めた理由……、それはヴォクランに住まうフェアル族に似た問題だった。古い血筋であるメタリア族は組成の異なる魔気により構成された魔力が無ければならない。あれ? でも、オーガ君やオニキスちゃんは健康だよね? 火の国の火山地帯には古い魔気を放つ魔脈があるが、このフォーチュナリー共和国にはない。
ここには魔鋼の知識が生かされる。魔鋼はできあがる過程にしたがい組成が異なるのだ。メタリア族は体が構築された地域により、小属が別れる。オニキスちゃんの体もオーガ君の体も火の国の外で構築された。それ以上はオーガ君にも解らない。でも、それだから外でも大丈夫みたいね。
そこからオーガ君はオニキスちゃんに苦言を投げ渡す。あの能力は性質上の理由から体内の魔力しか使えない。体内の魔力を動かす事に耐性があるオーガ君のような血筋なら大丈夫だが、獣人族であるオニキスちゃんは違うのだ。オニキスちゃんは能力から見て獣人族の血が濃いと思われる。純粋な獣人族は筋力や肉体強度が比較的強い代わりに、魔力や異能などには恵まれていない。そうなれば急激な魔力の稼働は体に過度な負荷を与える。今回はニニンシュアリ君が無理をして彼から直に魔力を消費する様にしていた。その為、彼女自身はダメージをそれほど受けてはいないが……。
「ニニンシュアリは相当、体から魔力を絞り出した。性鬼の体は魔力量や神通力に強く影響されてる。よく頑張ってくれたんだよ。あのくまを見ろ」
「ニニ丸!! ありがとう!」
「だぁ! だっ! だから、抱きつくな!! お前も女だろ?! ちったぁ恥じらえよっ!」
「えー? いいやん! ニニ丸は女の子みたいでカワ……」
「その事なんだがな。ニニンシュアリ。お前の出生について確認したい」
ニニンシュアリ君の表情が変わる。これまでは聞かれなかった為、言わなかったらしい。オーガ君を探していたのは彼を師匠にしたいと言うだけではなかったのだ。ニニンシュアリ君の故郷は火の国から少し出た離島。本来の性鬼はほとんど女性しかいない。彼女らは魔力や異能に強く影響される。それが理由で現象に近い種族であるが、肉体がある為カテゴリーは雑鬼族で有機生命体。
種族の性質から特異な状況にならなければ、インキュバスは生まれてこない。……島のサキュバスの数が減り続け、彼は生まれた。彼のお母様が最後のサキュバスだったらしい。サキュバスはインキュバスが生み出し、サキュバスが数を減らすタイミングにインキュバスが生まれる。一昔前にはそれがなくとも、魔鬼に依存していれば良かった。今では魔鬼すら少なくそれもできない。防除魔法や対抗魔法の発達と共に、夢へ侵入して精気を吸えなくなった。搾取の血筋はそれなりに悪評があり、物理的にも嫌煙されてしまっている。
そんな中、彼自身が生きる為に素性を隠し、見つけた希望。それがオーガ君だった。嫌われ者という意味では魔鬼血統もより際立つ。その雑鬼族魔鬼血統の中でも異端児扱いで、思想なども一風異なる。そんなオーガ君ならば解決に繋がる何かを持っていると考えたらしい。
それだけではなく、ニニンシュアリ君は下位ながらも工房学舎を卒業した。しかも、在学中にオーガ君の存在を知った。強い憧れを持ち、魔法回路研究を題材にした研究での卒業。働く上でも教えを受ける意味でも、最高の存在だったらしい。オニキスちゃんが珍しく興味深そうに彼の過去を聞いていた。ニニンシュアリ君も在学中にお母様が亡くなり、卒業後に実家を売り払いCランク勇者として旅をする中、アルフレッド君と出会ったらしい。仕事をするにも食いつなぐにも1人で居るより、仲間と居た方がいいと言うことね。
「アタイらは揃って親なしなんやな」
「まぁ、そうだな」
「ふむ、お互いの素性も特徴も改めて理解したな? とりあえず、約束通り、次のステップだ」
「はっ、はいっ!」
「待ってました!」
そのタイミングでとある人達が後ろに居た。オーガ君は正面になる為、驚かずに微笑みながら深く頭を下げ、挨拶をする。
途端にシルヴィも駆け出し、ブロッサム様もため息をつきながら外に出ていた。あの方は……。ギャラリーの反応に2人が驚いている。シルヴィがペコペコ頭を下げるのもなかなか見れないし。面白い物を見たわ……。
そこに居たのはオーガ君のお兄様で現国営工房の代表であるオーガ・リクアニミスさん。ついでに言えば暁月さんの旦那さんで、心紅ちゃんのお父様。……あれ? 今更だけど心紅ちゃんもブロッサム様からしたら曾孫なんじゃないの?
もう御一方は2人のお父上にして孤高の刀鍛冶であるオーガ・クルシュワル様。言わずもがなブロッサム様はそのお母様だ。一族勢揃いね……。
リクアニミスさんは座っていた2人に視線を合わせ、何かを語っている。そして、クルシュワル様からも仰々しい挨拶の後に2人には厳しい言葉が飛んだ。そりゃぁまだまだ若いですもの。クルシュワル様のようなキャリアはありませんし、足場も弱い。リクアニミスさんがクルシュワル様を抑え、彼らしい柔らかな言葉を発する。
「君達がアルの一番弟子だね? 確かに父さんの言う通り、2人共が新芽のようだ。若く、柔らかい緑の葉」
「未熟……」
「うっ……」
「す、すみません」
「まったく、父さん……。柔らかい葉は形を変えやすい。僕や父さんくらいの年になっちゃうと無理かもだけど、君達には凝りかたまらず、沢山の経験をして欲しい。今日、僕らは……虎の子を迎えに来た」
「ほへっ?! あ、アタイを?!」
「うむ、他ならぬ我が息子の頼みだ。聞かぬ訳にはいかぬだろう」
期間にして2週間をリクアニミスさんとクルシュワル様の工房に入り、本来の弟子入りを体験させるらしいのだ。オーガ君は先生の立場。工房の親方と言うには立場からして優しすぎる。そこでオーガ君はクルシュワル様とリクアニミスさんに連絡を取り、オニキスちゃんに一昔前の弟子入りを体験させるつもりだったらしい。
言わずもがな2人共が極めて優秀な鍛冶師。教えを受けられずとも、肌で感じ、見て盗むのも工匠には必要な能力。でも、クルシュワル様はしきたりを重んじる匠。大和の文化では鍛冶場に女性が入るじたいが、好まれないと聞いたことがあった。しかし、クルシュワル様がオニキスちゃんに目線を合わせる為にしゃがみ込み、昔の話を始める。オニキスちゃんのお母様との話だ。さらにオニキスちゃんのお父様の話も。2人の残した娘、鍛冶師を目指す若い芽にクルシュワル様が手を差し出した。口下手でぶっきらぼうなのはブロッサム様からクルシュワル様、オーガ君にも伝わったんだね……。オニキスちゃんが珍しく気圧されているが、差し出された手を握り丁寧な挨拶をした。クルシュワル様も体勢を戻し、リクアニミスさんに視線を投げた。
オニキスちゃんが会話の中心であるから皆がそちらに注目している。そうなるとニニンシュアリ君には何も無いのか? と思われたがリクアニミスさんが話しかけた。ニニンシュアリ君は驚きながらではあったが、リクアニミスさんの問いかけへ事細かに答えている。確かにオーガ君の弟子だ。などと呟き、リクアニミスさん自身が教える訳ではないが、2週間程を王都の工房学舎へ行かないか? と、言われている。学舎における2週間と言う期間には嫌な予感しかしない。それは模擬教導期間と同じ期間だ。……ニニンシュアリ君には教導資格はない。リクアニミスさんはオーガ君とは違うニニンシュアリ君の強みを引き出したいのだ。オーガ君は1人で居ることを好む。けど、ニニンシュアリ君は違う。仲間が居るならば、それなりの立ち会いができる器用さはあるのだ。
「君はアルの様に型を好む。でも、君は人付き合いを嫌わない。この期に新しい道を拓いたらどうかな? アルの弟子と言うからには深い知識があるのだろう。ニニンシュアリ、君、教壇に立ってみないか?」
ホンワカした雰囲気に合わず、リクアニミスさんは深い思惑と腹の底を隠している。ニニンシュアリ君は目を輝かせ、二つ返事をしたかったが……。オーガ君を見た。オーガ君が呆れた様に2人を見る。確かにオーガ君は2人の師だ。でも、2人を縛り付ける気はない。むしろ背を押すように2人へ言葉をかけた。
いずれは自分を超えると言う目標を持つオニキスちゃん。刀匠として未だに超えられない父へ。慎重な彼が弟子を確実に舞い上がらせる為に選んだ手段だ。……クルシュワル様はオーガ君が刀鍛冶への道を選ばなかった事に拗ねていたらしい。だから、クルシュワル様は彼のお父様であるオーガ君のお爺様に彼を託したのだ。魔鋼技師という新しいジャンルの技術者だったお爺様にオーガ君は憧れていたらしいし。そんな彼に現れたタイプの違う弟子。刀鍛冶に近似した魔法工芸家を目指すオニキスちゃん。クルシュワル様を見ながらオーガ君はオニキスちゃんへ言葉を投げかける。
「俺には鋼の善し悪しや鋼が語りかけてくる声が解らなかったんだ。親父には悪かったがそれを理解した段階で刀鍛冶への道を諦めていた。しかし、俺には俺の道があったんだ」
「ワシとて認めたくなかった。アルは何にでも精通した能力を持っているが……少々硬すぎる。ワシら工芸寄りの者は時に柔らかさや離れ業がいるんだ。ワシを唸らせる力があるならば、お前には光がある。閃雷の虎よ。ヌシの師を超えたくば、ヌシの技を磨け、そして飲み込め。ワシを、リクを……アルを、世界を!!」
大柄なオニキスちゃんが普通に見えてしまう程に大柄なクルシュワル様。彼はオニキスちゃんの瞳を見ながら、低く深い声で彼の思いを述べている。
オーガ君はヤレヤレと言いながらニニンシュアリ君へ視線を向けた。オーガ君はニニンシュアリ君の状態を知っていたらしい。彼は頭を掻きながら、ニニンシュアリ君へ彼の著書をまとめ直すのをやめる様に言う。ニニンシュアリ君は小さいのにさらに小さくなったように見えた。でも、オーガ君が言いたい事は違う。オーガ君の物言いをリクアニミスさんが制止する。しゃがみ込み、ニニンシュアリ君とオーガ君の違いを挙げ始めた。
オーガ君は開拓者とか開発者なのだろう。でも、ニニンシュアリ君は違うんだ。彼はどちらかと言えば新しい物を切り拓くのには向かない。その場にある形を踏襲し、新たな技術を学んで積み重ねる。学術的な知見を深めるのに特化しているんだ。そんな彼の特技や習慣を活かし、彼が持つ形を更に積み上げ整形する。リクアニミスさんは笑顔を見せながらニニンシュアリ君に伝えている。
「僕はアルみたいに頭は良くなく、物覚えも悪い。だから、僕は僕なりに鍛えたんだ。父さんにしごかれながら、僕自身を鍛えた。君はアルの様に拓くよりも深め、拡める技に長けてるんだ。でも、アルの技は君の技じゃない。君も1本立つ技を得るんだ。もちろん、虎ちゃんもね」
リクアニミスさんが最後に放った1本立つ技。その言葉に2人が顔を見合わせ、リクアニミスさんにコソコソと耳打ちしている。リクアニミスさんが彼らから話を聞いた後、オーガ君を見返しニコリと笑っていた。
2人が王都へ向かう事が決まり、晩御飯の時に皆が羨ましがっている。王都出身の子達とそれ以外の子達の温度差が面白い。
特に過熱したのが紅葉であの子の羨ましがり方と言ったら……。私は王都の学舎だったけど、紅葉はお金が足りなくて地方の高位学舎。彼女は王都にあまり行った事が無かったからだ。隣の潮音ちゃんは紅葉に同意を求められている。彼女は海の国の出身だから他につても無く、この周辺にばかりいるみたい。王都出身の心紅ちゃんは小さく呆れてる。オニキスちゃんもちょっと前には王都に居たし、エレノアちゃんも王都出身。男の子達は旅が長いからか一点には固執しないようだったけど。そして、とある人から提案があった。
暁月さんが時兎の館の掃除、王都での彼女の仕事の一部を手伝う事で2人も王都に行かないか? と持ちかけた。暁月さんは実を言うならば勇者だけをしている訳では無いのだ。暁月さんは王都の神殿における最高位神官であり巫女の位置にある。暁月さんは王都の繁栄、豊穣、安寧を齎す存在でもあるのよ。普通に仕事だけしてる姿を見るだけならば仕事は凄くできる人だし、女神族の中でも段違いの美人だ。チャランポランな本性は知人しか知らない。……あのチャランポランすら本性かは怪しい所だけど。
「潮音ちゃんは潮騒の巫女を目指すのよねぇ? なら、祭事に関する異能も訓練しなくちゃぁ!」
「は、はぃ。ですが、私には……」
「訓練は……実践よりも辛いわよ? えへへ! 潮音ちゃんなら大丈夫だよぉ! ふふふ」
「は、はぃっ! 『へ……、な、何? この寒気……』」
神官や巫女の技術や知識にしても潮音ちゃんも体験してみない事には何も始まらない。潮音ちゃんだけではなく、紅葉にしても魔法に関する書籍や知見を得るのはいい勉強だ。その為に学舎の大図書館や王都の専門書店街へ行くのが望ましい。オーガ君に仕事と貰いお小遣いをもらい、今の紅葉は結構リッチだし。……これまでの紅葉に足りないのは要領良しなのにそれを活かす場所が無かった事だ。資金さえあれば王都の学舎で魔法学者を目指せたかもしれない。しかし、魔法学を学ぶには資金が足りず、勇者という道を選ばざるを得なかった。皮肉にも勇者を目指した事で今になって機会と巡り会ったのだけどね。私は……姉としてあの子を支えきれなかった。紅葉には武器をプレゼントするのが精一杯だったし。
その最中で、ブロッサム様が思い出した様に口を開いた。暁月さん、私、オーガ君、太刀海、シルヴィが所属し、10人を教えるこの施設。便宜上の問題や単に資格などの問題などからここはブロッサム様の施設だ。その名も『夜桜勇者塾』らしい。その上で暁月さんがリクアニミスさんとクルシュワル様が来た事だから…と書面を取り出し、オーガ君に手渡した。管理を行う為、ブロッサム様にも仕事があるらしい。
オーガ君すら疑問符が出ている。今回、私とシルヴィを残して暁月さんには本来の職務をさせる為に帰還を促し、太刀海とオーガ君には先程の要件で王都へ向かう様にとの事。そのついでに社会勉強の為、皆を課外授業へ出すと話し出した。もちろん、オニキスちゃんとニニンシュアリ君は2人に課題がある。暁月さんからのアルバイトに喜び勇んだ紅葉。潮音ちゃんはがっちり捕まえられてるし。
ブロッサム様の書面は教導師の協会からの推薦状らしい。オーガ君もニニンシュアリ君と同時に教導資格を取れとの事。オーガ君と太刀海は上位教導官の資格をとる事になる。その為、2人には10人の新人達の引率も兼ねて王都へ行けとの事らしい。暁月さんは引率される側に入れられてるらしい。
「シルヴィアと公孫樹は? この書面だと2人は外れているが」
「この子達にはアタシが直接教える事があるんだ。だから、お前さんらは課外授業に行っといで」
「解った。なら、留守は頼むぜ。ばーちゃん」
「うむ、安心して行っといで」
翌朝、シルヴィと一緒にブロッサム様に起こされた。皆は既にそこには居らず、居間でブロッサム様が用意してくれていた朝ご飯を食べた。ブロッサム様が容れてくれるお茶も美味しいんだけど。なんでか本人は不味いって言ってるのよね。
……このお米っていつも思うけど不思議な食感よね。美味しいんだけど。箸も、難しい……。そういう意味じゃシルヴィって器用よね。最初は慣れない感じだったのにもう慣れてる。服飾デザイナーするだけはあるわよねぇ。
すると、ブロッサム様がシルヴィに白い着物を、私に黄色い着物を着付け、オーガ君の家の裏手にある雑木林の奥へ。私達には着いてくる様に言っていた。ここは元々、ブロッサム様と旦那様が王都に移り住む前まで住んでいた家らしい。雑木林の木々が急に変わり、見たことも無い緑色の幹と細い葉に変わった。足元には白い鈴がついた様な花が咲き、静かながら水が流れる音がする。その先には…また違う風合いの建物が見えてきた。中に入ると、そこは大和の文化にある茶室と似た場所だ。
シルヴィと私に苦いお茶が出され、私達に飲むように伝えてからブロッサム様は口を開いた。数日前にオーガ君が話した話題についてだ。実はブロッサム様は大和の隠れ里における長の血筋。そして、2つに分かれたオーガの家の……影の家らしい。風習や慣習は必ずしも良いものではなく、初代オーガは望まなかったが彼の血の繋がりに併せ、家を分けた。表に伝わるオーガの系譜は初代オーガと初代時兎の血筋。鬼は絶えている。兎が残る現在の時兎の血筋と……天照と名乗る神人の勇者と交わった血筋がある。天照の血筋も分岐が増えるに従い、光と影となった。私は光の家の分家となるのだろう。ブロッサム様は……。
「初代オーガは初代時兎と同時に初代天照と子をなし、等列に我が子と育てた。しかし、娘達は度重なる闘い中、袂を分かつ。アタシは初代天照寄りの影の家に生まれた鬼の子だ」
「偶然にしてはできすぎてますね」
「アタシも驚いた。まさか、天照の血筋までもが巻き込まれて来るとはね。紅蓮の業を放つ勇者が現れる時、世は渦巻く。シルヴィアも……アンタにしてもアルに巻かれた1人だ。だから、アタシはアンタ達を選んだ」
ブロッサム様は感情の昂りに合わせ聖獣を顕にする。この狭い空間だと私もシルヴィの物も共鳴し抑えられない。私は牝鹿。シルヴィは……ライオン。シルヴィはメスライオンだから猫にしか見えないわね。しかも、白いし。経験、知識、人としての密度、技など様々に見比べた所で私達ではブロッサム様には及ばない。
シルヴィには以前話したらしいから私からになった。ブロッサム様は国という囲いを外して見ても世界を代表できる大魔導士。資格上は戦略戦術魔道術士だけど、ブロッサム様は資格試験をいっさい受けない。資格試験などの形式的な文化が定着した為、ブロッサム様の様にお役所手続きなどが嫌いな人達は都市部から遠ざかった。……オーガ君が王都や役人を嫌うのはこの人が原因なんだね。う゛う゛んっ! だから認知されてはないけど、ブロッサム様を目の前にして解った。ブロッサム様は健在だ。私はその世界を喰らう大蛇の弟子になる。この世界を語る語り部となったブロッサム様。この方は……。
「シルヴィアには既に話している。アタシは生ける屍の様な物だ。神通力を他人や他の生き物から吸い出し、形式上生きている。死ぬことができるのかすら怪しい。……だからこそ、アタシは一時を大事にしてるんだ。死んだアタシが形を残せるんだから」
ブロッサム様が私やシルヴィの前に箱を置いた。ブロッサム様が考えている今後のプランが私達から言葉を奪う。シルヴィは7代目の戦鬼としてオーガ家の裏を受け継ぐ。だが、戦鬼にはもう1つ重要な役割があるらしい。それは……大和を統べる者の1人になると言う事。大和の国が分かれ、国で無くなった事にも規範を嫌がるオーガの始祖が残した意思が写っているらしい。シルヴィはその中でブロッサム様の位置、森の守人となる。私は……太刀海と契りを結び、海を守る巫女となれとの事。
海の国における巫女には潮音ちゃんが居るのでは? それに対して火の守人は適合者がいない。だから、私が火の守人となるのではないかと私が口を開いた。……ブロッサム様は苦い口調ではあるが説明をくれた。現状、どう転んでも潮音ちゃんは巫女にはなれない。ポテンシャルは十分にある。……いや、強すぎるのだ。潮音ちゃんは魔法や異能のコントロール能力に難がある。大まかな振り分けは判断能力が高い為に問題にはならない。以上の点から見ても内在魔力などは、技術さえあれば微細なコントロールができるはず。なのに、できない。それは潮音ちゃんの根本。彼女の性格に起因する。
潮音ちゃんは……心根が優しくて何よりも結果を気にする。逃げ方も知らないせいか心紅ちゃんよりも芯が細く、他人の感情や地震の揺らぎに揺さぶられ易い上に強い圧力に負けやすい。ブロッサム様はその辺りを既に話し、違う道を目指す事も勧めた。能力はあっても活かせない……か。昔の自身を見ている様で苦しかったと珍しいコメントも出ている。
よって、現状のメンバーから私に白羽の矢が立ったのだ。私がその件についての了承をしかねていると、深い溜息の後にブロッサム様がシルヴィへ視線を移す。私にはそんな大役は……。
「さて、シルヴィア。そろそろ公孫樹を解放してやりな」
「?」
「気づいていたのではないか? 昔、アンタを陥れていた主犯がこの公孫樹である事を。お前さんらの態度からおかしいと思っていたのだ。アルに問い質した。あの子はお前さんに任せているらしい」
「えっ?!」
「……アタシはそんな事はもうどうでも良かったんですけど。先生が言うならば」
シルヴィはちょっと申し訳なさそうに口を開き。意地悪をしていたのだと話し出した。私からいつかシルヴィに打ち明けてくれると思っていたらしい。しかし、いつになっても私が抱え込む体勢から動かない事に怒っていたらしいのだ。……昔の縛りを今解いてくれた。
そんなシルヴィと私だからブロッサム様はこの役目を任せたいと言う。私達がブロッサム様に推挙された理由は、彼女が残す禍根から尾を引いているから。火の守人と森の守人、海の守人は昔から仲が悪い。海の守人は疎遠なだけらしいが、相性はあまり良くないのだとか。最も大きな問題、ブロッサム様と火の国の間にある不仲にはこの三睨みが関わっているのだ。現在の火の国を統べる存在は……ブロッサム様に敵意を向けた火の守人の血筋。火の国が海の国を執拗に攻めるのは攻めやすいからと言うだけではないらしい。
シルヴィはオーガ君が立ち上げた物語の主人公。英雄パーティーのリーダー。私はその後に加えられた登場人物。ブロッサム様がオーガ君の英雄の武器を再び作り出す計画的に準えたらしい。
「解ってくれたか? アタシが最初に難色を示したのは早すぎるからだ。シルヴィアはまだ未熟すぎる。公孫樹はそれ以前に隠している物を顕にせよ」
「あ、あのそれは……」
「アルがまだ拓く余地を隠しているシルヴィアの素体。アタシも気にしている。公孫樹は本来ならば、暁月と等列だ。こんな言い方は格付けを付ける様で好かんが……。公孫樹よ、お前さんには2人を見守る立ち位置を固めて欲しい。無限図書館の司書。聖鎧の英雄へ新たに付き、新たな波に立ち向かって欲しいんだ。お前の母親もアタシと同じ考えだ」
「……私はお役に立てるでしょうか?」
「それは、隣の子に聞きな」
シルヴィは笑顔を見せている。私はどうしたらいいのだろう。……違う。シルヴィは私の助けを求めている。なら、私はシルヴィを支えなくてどうするの。私には私の道がある。歩むべき道が! 踏み違えた道から引きずり込んでくれたこの子の為に。私も足場を固め、立場を固めなくては!




