仕事は選り好みしない
フォーチュナリー共和国の同盟国、海の国の国境。防衛線の戦況急変により私を含め、仲間達の全員が招集を受けた。私達の臨場前にも太刀海が流してくれていたし、今も連絡が有るからあまり焦ってはいない。だけど、今も素直に彼が心配だ。私や新人の子達はサブで呼ばれただけ。現在の戦場は以前オーガ君とシルヴィが暴れたらしい場所よりかなり前で、より緊迫感が強いらしい。火の国は近隣国においても、類を見ない程に軍事色が強い国だ。その国が何故海の国を執拗に攻撃しているのか……。安易に予想できる。
まだ育ちきっていない新米の皆はかなり緊張している。正式任務では初陣だもんね。弟子達の緊張を気にしていないのか、お構い無しに自身の武器を準備しているオーガ君。シルヴィはシルヴィで少し慌ててる。それでも経験はあるから、彼女も自分でできる所までは鎧をつけ終えたらしい。細かな調整をオーガ君に任せている。今回の救援要請は太刀海から。私や彼ら2人には馴染み深い友人だ。それだけあり、オーガ君もかなり心配していた。太刀海が危険に晒されていたけど、オーガ君の判断で早期から私達、勇者戦力が投入されている。今ではその判断から太刀海も合流し、敵の攻撃部隊と睨み合いをしているのだ。現在、敵の大軍勢は国境線から出ていない為、かなりキツい膠着状態にある。どうするつもりなのだろうか。太刀海は防衛線の指揮官。今回の総指揮権はオーガ君にある。敵の軍勢も動かず、こちらも動けない。全面衝突ともなれば如何に不仲な国交状態と言えど、責任の上でとても重い物を背負う事になる。せめてもの救いと言うならば、火の国にも海の国にしても村や町が近くにない事かな? 火の国の軍事拠点は目の前にあるけど……。
「こちらはいつでも防衛できるように陣を張った。敵が国境を越えたら……段取り通りに叩き潰せ」
「でもいいの? 戦闘が始まったら……。もぅ、引き返せないわ」
「構わない。前回の防衛線にしても、宣戦布告をせずの奇襲。太刀海が居たから大した害もなく防衛できたようなものだ。こちらが噛みつかない事を奴らは解ってるんだよ」
「今はエレの魔法で大軍のハリボテを作ってるだけ。噛みついて来たら……容赦しなくていいから」
真剣な表情のシルヴィの言葉で締めくくられ、各部隊の通信機へと伝令が飛んだ。まず、前衛の第1部隊かな。太刀海を部隊長にミュラー君、心紅ちゃん、潮音ちゃんの3人がついている。
若いと言うか、新芽の間は伸びもいいみたいね。本格的な訓練から実戦までは短い期間だったけど、お母様である暁月さんに技を教わった心紅ちゃんは、既に目付きが違う。いつもなら何も考えずに噛み付いた彼女も今は上官の太刀海に合わせる形で気配を溶け込ませている。双刀の柄に手をかけ、いつでも薙ぎ払える様に準備は済ませている様だ。成長著しいと言うならば、こっちの子も凄いわね。事実上の太刀海が抱えた一番弟子となったミュラー君。彼も太刀海の横に待機している。ただ、彼もいつでも抜き払える様に構えてるみたい。潮音ちゃんもしっかりと薙刀を握りしめ、今は水の結界を張って敵の動きを見ている。太刀海とオーガ君の指示で敵に姿を見せている4人は、いつでも応戦できる体勢だ。でも、彼らにも考えがあり、無闇に闘いを乱さないみたい。
「動きませんね」
「小兎よ。落ち着け。今は敵に噛みつかせねばならん。その為のワシらの様な目立つ囮なのだからな」
「ですが先生。あれだけの厚い戦力です。我々で討伐できるのでしょうか」
「大丈夫ですよ。なんといっても魔解の鬼と呼ばれるアリストクレア様が居るんです。それに、シルヴィア様も控えているのですよ」
空からも部隊が偵察をしている。ブロッサム様に推薦され、オーガ君に指名されたアタシ達、英雄パーティーのメンバー。それは…あのギルドドラゴンのアークだった。アークは年齢の概念が希薄で、基本的に食うか寝るかのミニドラゴン。学舎時代にしたってシルヴィの頭の上で良く昼寝をしていたくらいだし。そんなアークだけど彼女はそんじょそこらのモノとは比較にならない程強い聖獣や神獣の類いだ。
彼女は分類ができない。本来ならば聖獣には実体がない。しかし、アークには実体がある。聖獣は実体がないからアークは神獣かと思われていた。しかし、神獣は実体こそあれど、その性質上は宿主の生命エネルギーを糧にして力を振るう守り神。だが、アークは通常の聖獣と類似し、単一の独立したエネルギー摂取方法がある。……それには私達が知らない方が良かった理由があったのだ。シルヴィとアークがいつも一緒にいた理由が関係している。単にアークがシルヴィに甘えていた訳ではないのだ。
アークは……この世界を作った神の一柱。それを初代オーガが生き物として世界に固定した存在。アークはこの土地、ひいてはとある血筋に縛られているのだとか。その名は明かさなかったけど、人の姿になったアークが優しく、慈しむ様な視線を向けていたのは……シルヴィだった。
そのアークが快く受け入れ、空に2名の新人と共に舞い上がっていたのだ。敵勢に気づかれない様に魔法を使いながら国境のかなり高い空域で旋回しているみたい。レジアデス君とアルフレッド君がアークと共に偵察と戦力の変化を逐一報告してくれている。
「まっさかアークが神獣だったなんてなぁ」
「ワタクシはシルヴィの血筋に力を与え、抑える存在。彼女は……女神の血筋。初代オーガに通ずる創造の血筋」
「アークさん、昔話や雑談は控えましょう。敵地の最前線にいます」
「大丈夫。あの程度ならばワタクシだけで総滅できますから」
「……『神獣、恐るべし』」
第3部隊は私が率いる魔導師部隊だ。部隊と言ってもアルフレッド君がこっちに来なかったから魔導師は私と紅葉だけ。メンバーにしても私、紅葉、カルフィアーテ君だけだし。人数も少ないし、敵との位置も近めだからか紅葉もカルフィアーテ君も緊張気味だけど。
家から出た紅葉はビックリする程に変わっていた。今までのあの子はどこか煮えきらず、不安定だったのよね。でも、紅葉は新しい武器を握りしめ、しきりにオニキスちゃんと連絡を取り合っていた。オニキスちゃんがデザインし、オーガ君と合作した彼女が手がけた最初の作品。紅葉は無難に杖が良かったらしいけど、オニキスちゃんがあの推しの強い提案攻めで突っぱねたらしい。紅葉に似合い、軽くてあの子の様に頭の回転がよい人物が用いるカッコイイ武器。……らしい。ついでに紅葉に合わせたらしいコスチュームまで用意してたみたいだし。とうの本人は恥ずかしそうだけど。
紅葉には私と同じ能力がある。でも、紅葉には私とは違い魔力圧をコントロールする幅がない。あの低さと思い切りの悪さと言う弱点があるのだ。その代わりと言うと違うけど、紅葉は私とは桁違いな魔法展開能力を持つ。解りやすく言うなら、私は一撃必殺型で紅葉は弾幕殲滅型。どちらも魔導師としては類まれな素質なんだけど……、学舎では理解されないのよね。私は発動速度が遅すぎ、紅葉は1発の意力が弱すぎるから。完璧なんてこの世にいる訳が無いのにさ。それに私達の力は危険すぎる。……私達一族に伝わる能力。それは『高揚絢爛』と言われる感情に由来した能力だ。色づきが強まる毎に力は跳ね上がる。私は……怒りに助長される。紅葉はまだ解らないけど。感情に親和性が高い能力は暴発しやすい。特に……私みたいな怒りはね。
「紅葉さんの武器。不思議な形ですね」
「えぇ、オニキスちゃん曰く、マイクスタンド&マキシマムボイス・マイク…らしいわ。古代の文献を元に復元して、完全な紅葉専用のオーダーメイドらしいし」
「公孫樹先生の武器は……禍々しいですね」
「うん……。私のはオーガ君が新調してくれた武器よ。……閻魔と言うらしいわ。あの師弟はもっと普通のデザインはできないのかしらね」
「ははは……」
カルフィアーテ君は私と紅葉の護衛に来てくれている。どうやらカルフィアーテ君はエレノアちゃんと同じ道、専属護衛官を目指すらしい。カルフィアーテ君はシルヴィと試行錯誤する中で新境地に目覚め、色々な物に手を出してはオリジナルの形へ変えている。昔のシルヴィを見てるみたいで微笑ましい限りなのよね。ただ、彼は護衛官を飛び越して、拠点防衛でもできちゃいそうなのよね。それから今は誰の護衛なのかは解らないけど、護衛官は今、人材不足で資格さえ取れたら引く手数多だし。まぁ……まだまだカルフィアーテ君はちょっと細身過ぎて頼りないけどね。
紅葉と私にはまだまだ出番も来ない。もしかしたら最後まで無いかもだけど。何故なら、同じ遠距離部隊にオーガ君、ニニンシュアリ君、オニキスちゃんがいて、シルヴィにはエレノアちゃんがついている。シルヴィはオーガ君が出すと判断しない限りは出さないらしい。シルヴィのあの鎧。凄いエネルギー密度……。シルヴィには魔力活性と呼ばれている魔法の才能が皆無だった。なのに今のシルヴィの体……いや、鎧には凄い密度の魔力と……なんだろう。見覚えのないエネルギーの脈が動いてる。オーガ君が凄く心配そうにしてるわ。結婚したばかりの2人だし、オーガ君は気づくのが遅かっただけで、すっごくシルヴィに手をかけてた。それだから私は諦めたのよね。
正直に言えばシルヴィの愚痴には、煮えくり返りそうなくらい腹が立った。入学し、2年間は私もオーガ君に片思いをしていたから。……でも、シルヴィが彼に突っかかる様になってから、私は彼を見ないようにしていた。私なんかより……シルヴィはオーガ君に相応しいから。私みたいな腹黒で汚い女なんか、……オーガ君には相応しくないのだから。
「しっしょー! アタイはこれを使えばええんですか?」
「あぁ、お前は精密射撃は苦手だろう? だから、重機関銃を貸してやる。それは魔力量の少ないお前でも使える様にカスタムチューニングしてあるからな。モニタリングも頼む」
「アイアイサー!」
「僕は……スナイパーライフルですか?」
「お前の継承型異能には籠絡吸精があるだろ? それを活かせる様に改造しておいた。そちらもモニタリングを頼む。お前は得意武器だからより成果を求める。オニキスの弾幕を抜けようとする敵を落とせ。抜かるな?」
「御意」
そして、ついに事が動いた。こちらが動かない事を理解していたから敵も想定内なのだろうけど。こちらもそれは想定内。敵軍最大級戦力の大聖獣使いが国境線を越え、エレノアちゃんの作るダミーを薙ぎ払う火炎放射を行ったのだ。技巧派のエレノアちゃんは悶え苦しみ、死ぬ様なダミーや逃げ惑うダミーを微細に作り出している。あれもオーガ君の指示みたい。どうやら火の国に過失を全て持たせるつもりなのだ。それに……オーガ君は私達を伏せた戦力にしていたい為、演技を重ねているみたい。潮音ちゃんも防御に寄った結界ではなく、幻影に寄った結界だ。オーガ君の掌の上……か。まさに昔の私よね。
……シルヴィの虐め。私が知らなかった訳がない。在学中はずっとルームメイトだったし。シルヴィは正直で無垢な子。私は腹の底に悪魔を飼った醜い女。オーガ君を誑かす元凶を排除しようとしたのは他でもない……この私。オーガ君は私を敢えて裁かず、私にシルヴィの面倒を見させた。それは私にはこの上ない苦痛だったわよ。そんな訳で、オーガ君の思惑通りなのかな? 真意は解らないけど、在学中に私は心がボロボロになってしまい、自主退学を選ぼうとさえしていたのだ。……逃げたかった。こんなにも優しくて、友達思いの優しい子を陥れた過去の自分から……。そんな時に私は太刀海に救われた。太刀海は……私の正体を知っていたのに。悔い改める事の辛さや意義を見据える強さが有ると…言ってくれたから。私はまだ戻れる。シルヴィと友達でいる事は罪滅ぼしであり、私自身を変える試練なのだと思えた。
「挑発、ご苦労さん」
「あぁ、まさか、このワシを囮に使ってくれようとはな」
「最も効果的だろ? 前線指揮官様が直々にとなれば敵もふみ足はしたくないだろうしな」
「そして、上手い事噛みつかせたと」
「そういう事だ。今から、シルヴィアの無双神話が始まるぞ」
「え? アタシ?」
新米達を引き連れて太刀海が帰ってきていた。太刀海てや心紅ちゃんは不満そうね。ミュラー君と潮音ちゃんはオーガ君に指示を仰ぎ、少し離れた場所へ詰めるみたい。太刀海も潮音ちゃんに頷き、ミュラー君に潮音ちゃんを頼むと言いながら2人を送り出した。戦場は緩やかに動いている。役割を伝えながら太刀海と話していたオーガ君が笑いながら意味深な言葉を発した。……得意げに言うのはいいけどさ、オーガ君。本人が知らないみたいだけど?
それもそのはず、エレノアちゃんにシルヴィそっくりなダミーを作ってもらい、私と紅葉が影から魔法攻撃を行って居るのだから。それの援護射撃部隊として未だに名の売れてないオニキスちゃんが目立った動きをしているのだ。新人無名勇者と訳も分からない鎧を纏った勇者とやり合う訳だからね。……表面上は。
でも、内情は違う。
敵の動きは上空にいるレジアデス君とアルフレッド君が逐一流している。火の国はワンパターンな戦法なのよね。最前線の中央を派手に飾る大聖獣使いに注目を集め、隠密部隊を通す作戦。しかし、ワンパターンとなればオーガ君が手を打たない訳が無い。敵の大好きな隠密部隊はこちらに来る前で無力化されているのだ。それはオーガ君と弟子のニニンシュアリ君の仕事。二人とも凄い精度と技よね。新人であるニニンシュアリ君も撃ち漏らしなんてしないし……。オマケにこの子可愛い顔して腹黒いのよね。なんか、親近感。コホンっ。こんな状態であるから、現状は敵が抜けられる状態ではない。
まだまだ全戦力をフルには使っていない。あくまで戦争ではないと彼が示している。言わば……これはオーガ君の「演劇」なのだ。演出は派手に、鮮烈な程印象が残る。大聖獣使いが率いる聖獣使いと魔導師部隊が徐々に火力を増してきているみたい。ついにエレノアちゃんの幻影が壊れた……。オーガ君はオーケストラの指揮をする様にオニキスちゃん以外の味方による攻撃を止めた。
「オニキス、下がれ」
「あぃっ!」
「総員、防御体制! 俺の砲撃の後、シルヴィアを前に出す。絶対に前に出るな?」
全部隊からの了解の後、オーガ君は何故か様子見をしている。オニキスちゃんが撤退したと思っているらしい敵陣。敵は鬨の声をあげ、陣を押し上げてきた。まだ、火の国の軍はオーガ君の狙いに気づいていない。オーガ君の狙いは誘き出して……総滅する事。それにはわざと派手な演出を行った方が効果は高い。もちろんリスクだってある。敵を総滅できる力を持った戦闘員が居なくてはこの作戦は成り立たないからだ。
……何人も居るのよねぇ。残念ながら。やろうと思えばあの程度の部隊であれば、この中の高位勇者の誰かが居れば事足りる。具体的に誰がいいか? うーん、私、シルヴィ、オーガ君もそう。太刀海はどちらかと言えば防御寄りかな? たぶん、アークもできるし……。新人でも心紅ちゃんならできちゃうかな? 潮音ちゃんもやれそう。アルフレッド君も時間はかかるけどやれるかなぁ。
「創造……初代回帰。業激弾」
オーガ君がなにやら呟きながら魔力を急激に吸入していく。魔力変動に敏感な私や紅葉にはかなり辛い状態だ。……あんな密度の魔力で何をする気?
私はこの時、大きな考え違いに気づいた。彼の作戦はここの防衛の為じゃない。そう、本来ならば太刀海1人でもこの程度ならば総滅できるのだ。長期戦にさえならなければそれで事足りる。なのに、何故? 解らない。オーガ君は私達のパーティーとしては動いていないから、あまり情報をこちらに流さないのだ。あくまで鍛冶師であり、別戦力。エレノアちゃんに再び作らせたダミーを見た瞬間に皆が絶句した。そのダミーは人ではない。あれは……皆が知っている。魔装大戦時にいくつもの国を滅ぼした怪物……。神人大戦時に初代オーガ達と闘い敗れた神の下僕。アルティメット・ダーカー! この近辺の国に住んでいるならば、あの物語りを知らないはずはない。恐怖と悪意の象徴……。
そして、オーガ君は引き金を引いた。敵陣の中心に黒いモヤの様なものが発生し、最前線にいた大聖獣使いが率いる数隊を除いて跡形もなく大軍勢が消失。それに合わせてシルヴィが空から飛来し、ダミーを殴って消した。これも演出。声を魔法で変え、撤退を促させる。恐怖を植え付ける為だ。……敵は気づいていない。私達の本当の恐ろしさを。オーガ君は1人で動く事を念頭にしていたからそれ程に脅威とはならなかった。しかし、オーガ君が一度軍配を握れば……心情を掌握し、情勢を作り上げ、敵味方関係なく意のままに操る。火の国の軍はそれにさえ気づけていない。
「敵はどうせ引きはしない。こちらに無名の大勇者がいる事や怪奇が起きる事を植え付けさせれば今回はいいんだ。俺達の役目は終わり。騙された振りをしていればいいんだからな。……勇者は防御戦力だが……英雄は違う。敵が現れるならば、攻めたてればいい」
オーガ君から不穏な話が飛び出した。
そうとは知らずシルヴィは凄まじいパワーを炸裂させていた。あの鎧、ただの鎧じゃないと思ってたけど大聖獣を殴り倒したわ! 機構や技術にしても現代の魔法工学技術なんて比較にならない……。使い方、表す場面を絞ったのも最新鋭技術だからなのね。それにしたって今までのシルヴィだとしても、あんな力技は初めて見た。20mを優に超える巨大な獅子の顎を殴り上げ、間髪入れずに右頬を叩きつける。オーガ君がしきりに時計を気にしているのが気になるけど。……シルヴィの蹂躙により、ほとんどの聖獣が消滅してしまった。でも、シルヴィは最後の留めを刺さずにこちらに帰って来ている。なんで?
シルヴィは帰還し、オーガ君と何かを話している間に座り込んだ。想像以上に疲れてしまう様で、オーガ君から時間を目安にしたリミットを設けられていたらしい。シルヴィにしては珍しくオーガ君の指示をしっかりと守り、体に倦怠感が現れる前に帰ってきたらしいのだ。どういう風の吹き回しかしら。
オーガ君がシルヴィの頭を撫でてから、微笑み返している。彼のあの表情。……私を見ずに太刀海が私の頭を撫で、溜息をつき背を向けた。刀に手をかけ、前に出ようとした太刀海をオーガ君が止める。怪訝そうな表情をした太刀海はその意図を問うが、オーガ君がこれまでに使った事のない武器を見せた瞬間に表情を変える。
「まさか、行き着いたのか?」
「いや、まだまだだ。初代達の武器は文献だけではどうやっても再現ができなくてな……。糸口は見つけたが、リスクがデカすぎてな。今はここまでしかできていない」
彼の武器が形を変える。彼がどんな能力を持つのか、それは解らない。何故なら、彼は誰にも彼自身を見せていないからだ。理由? 彼は誰も心の底から信用していないからだろう。シルヴィには悪いけど、シルヴィは彼の上辺しか見れていない。仕方ないけどね。あの子は下手にさらけだしたり、強く不安に感じる事に触れてしまうと爆発する。この前だってあのオーガ君を怒らせたらしいじゃないの。でも、シルヴィは乗り越えた。……可愛がられてるのは解ってたけどね。
「創造」……。騒乱の血、初代オーガがこの世界を創り出した能力と言われている。オーガ君は確かに例の伝承中に現れる初代に酷似しているのよね。伝承中に初代は銃から強烈な熱線を放ったと記されている。まさかと思ったけど……。私達もこの世の終わりとも思える光景を目の当たりにする事になった。反動に対応する為、オーガ君は体勢を整え……後ろからシルヴィがオーガ君を抱きしめる。オーガ君がシルヴィに何かを囁き、シルヴィの鎧から突っ張り棒の様な物が現れ、オーガ君を支える体勢をし始めた。そして、シルヴィが合図したタイミングで……。
「リバース・ヴォルケーノ……」
私達の視界は一瞬で真っ赤な閃光に染まり、敵の残っていた部隊どころか国境線の先に見えていた軍事拠点らしき建物すら消失していた。森を焼き、大地を穿つ……、あらゆる敵を1人で討ち滅ぼした初代オーガの伝承。オーガ君が自らを押し殺すその訳は、彼の力にあるのだ。シルヴィが彼に言われ、彼から離れた。しっかりと抱きしめていたらしく、オーガ君は少し恥ずかしいみたいだね。
それに唖然とする一同。落ち着いた辺りでオーガ君が銃を太刀海に見せている。初代オーガが撃ち放つ例の砲撃。あれを放ったオーガ君の銃は大破していた。彼の義手も酷く壊れている。シルヴィも気が気じゃないみたいだけど、オーガ君に頭を撫で回されていた。あの子、猫みたいね。オーガ君も手馴れ過ぎでしょ……。確かに、学舎の時もこんな感じだったなぁ。ただ、太刀海や私には彼に対しての危機感が強まった。未だに熱を上げている彼の壊れた武器を見つめていた太刀海。太刀海は私に何か言いたげな視線を向けてくる。私も頷き、新米の皆やアークと共にオーガ君達の家へと向かった。火の国はしばらく攻撃もできないだろう。それに……私達と入れ替わりで、勇者会議の序列4位の勇者が詰めてくれるらしいし。
「アル……大丈夫なの?」
「ばーちゃんから聞いてたろ? 右腕は元から義手だったんだ。お前こそ怪我はないよな?」
「うん。アタシは大丈夫」
はぁ……。このベタベタ~イチャイチャ~とした感じ……。オーガ君も手慣れすぎでよね。
工房が喧しい。どうやらニニンシュアリ君とオニキスちゃんが、オーガ君の設計図を基に彼の義手を作り直している。ニニンシュアリ君は設計図に忠実。手を加えてもあまり目立たない様にしたいらしい。対するオニキスちゃんは思いつきで様々に手を加えたがる為、意見の対立が激しくなり工房はかなり騒がしい。太刀海はシルヴィが離れるタイミングを待っているらしく、ずっと部屋の隅で機会を伺って居るようだ。それは私も同じ。
シルヴィはこちらに越してきてからはずっとオーガ君から離れない。仕事で必ず離れなくてはならない時以外はずっと近くにいるからね……。あれは逆に凄い。レベル的にはストーカー。近くに住み始めた私も冒険者ギルドのエウロペ山岳支部からシルヴィの事務所に移り、政務秘書官をしている。仕方ない。私も彼と話さなくちゃ行けないけど、太刀海の方が内容も重たそうだし。先に彼の話をつけてもらわなくちゃね。
「魔解よ。何故あのタイミングであの技を?」
「俺は禁忌を拓く覚悟だ。ずっと不思議だったんだよ。魔装は神人の時代からあった……空白の時間には何が?」
「それとこれと何の関係が?」
「餌を撒けば、獲物は姿を見せる。敵となるか味方となるかは解らない。俺は……平穏を勝ち取る為に戦鬼となる。我が先祖の再来として、身を置く覚悟だ」
「それは避けられないのか?」
「恐らく無理だ。その為に……巻き込みたくはなかったがシルヴィアの力を借りねばならないしな。根拠が掴めしだい話す」
シルヴィと話をしている。話題は何でも良かったから、シルヴィが今使っている外装の話を振った。今は慣れない為に短時間しか運用できないらしいけど、いずれは自身の体の様に扱える様になるとオーガ君は言っていたらしい。シルヴィは嬉しそうね。オーガ君が自分を必要としてくれているのが体感できているからだろう。オーガ君にしてもシルヴィにしても極端なのよ。何でその中間点が取れないのかしらね?
シルヴィの力は極端に防衛に向いている。本来ならば一人単一の遊撃手なのだけど、シルヴィには単体での展開はリスクが大き過ぎるからだ。彼女の鎧はこれまではゴーレムの代わりとして、前線維持やヘイトキーピングが主な使い方だった。我が国は人道的な観点や資源面から魔像兵は製造されていない。だから、彼女は守護神としての立ち位置がより際立った。彼女に備わる強度強化の異能により、シルヴィはあらゆる物を極度に硬化できる。確かに耐久範囲はあるものの、魔法の防除や単純に硬度を増すなどが解りやすいかな。でも、それだけではなくて摩擦から起きる燃焼だったり、酸化なんかも防除できるからかなり利用範囲が広い。しかも、異能を利用するのにあたっては何のリスクも無いのだとか。……デメリットと言えば彼女が触れて無ければ使えない事かな? この異能で彼女は勇者会議に席を置く事になったと言って過言でない。あの異能が無ければシルヴィは他には才能なんて……無いに等しいんだから。
「シルヴィの新しい鎧って何で動いてるの?」
「アルに聞かないと詳しい事は言えないかな。その辺りも口止めされてるし」
「不審には思わないの?」
「何で?」
「彼が今、何をしようとしてるのか。シルヴィは知ってるの?」
「……知らない。でも、アタシは決めたから。アタシはアタシの欲に忠実に生きる。アルの傍でアルの為に生きれたらいいから。世界がどうなろうとね」
オーガ君はシルヴィに不要な知識を入れたみたいね。
いつの間にか工房での罵声大会は終わって居て、オーガ君と太刀海も話を終えていた。義手のコンセプトを決める論争から繋がり、オーガ君が壊した対物ライフルをどちらが解体するかを言い争いもしているらしい。そんな事には聞く耳すら持たず、オーガ君はシルヴィの鎧を更に調整し始めていた。……不満そうな私にオーガ君は視線を一瞬向けて溜息をついている。
太刀海も全てに納得した訳ではないらしい。それでも彼では紐解けない事象を明らかにできる彼を支持してるみたい。気分転換したいらしく、外で模造刀を振っていたミュラー君を捕まえて型の教導を始めている。私はデスクワークがメインである為、大多数の子が揃う時にブロッサム様と一緒にしかできないんだよなぁ……。すると、オーガ君が珍しい動きを見せた。本当に珍しい。心紅ちゃん、レジアデス君が弄ばれてバテバテで倒れている中、1人だけ元気にクルクル回っている暁月さんに声をかけたのだ。私達が帰還しても直ぐには帰って来て居なかった暁月さんだけど、疲れの色さえ見せない。その暁月さんが笑顔をつくり、了承したようだ。
「えぇ? 私はいいけどぉ〜。徹底的にいじめていいのぉ? オグ君のおっ・くっ・さっ・んっ!」
「手加減はしてください。まだ慣れない武器な上に貴女とシルヴィアでは手数も違うんですから」
「解ってるわよ。さすがにそこまで意地悪はしないわ。でも、私が教えるんだから……、それなりにオグ君からのお礼があるのよね?」
「限界値もありますが、できるだけお相手しましょう」
シルヴィは暁月さんの態度に気が気でないらしい。暁月さんもブレないわよねぇ。オーガ君がシルヴィを呼び、さらに形を変えてきた鎧を纏わせる。それから少しして、暁月さんと間合いを取った。模擬戦は様々に学べる。その為、ブロッサム様に魔力制御を習っていたらしいアルフレッド君、エレノアちゃん潮音ちゃん、カルフィアーテ君、紅葉も連れられてくる。鍛練の途中だったけど、ミュラー君と太刀海もこの模擬戦を興味深そうに見ている。中でも筆記具を持ったオニキスちゃんと録画する気満々のニニンシュアリ君は凄い目付きだ。それもそうかな? まだ遥か彼方に位置取る師匠の最先端技術を目の当たりにできるのだから。
そして、オーガ君がブロッサム様と太刀海、私に依頼して各所からの審判、行き過ぎを止める人員を確保した。大勇者同士の模擬戦なんてホントは然るべき場所じゃなければありえない。決闘や勇者会議の序列闘争などでも無ければ、本当ならば見られない。お母様の闘いを目にする心紅ちゃんと師匠の手の内をみたいレジアデス君は更に真剣みを帯びた瞳をしている。……暁月さんが彼女の身の丈はある双刀を抜き、シルヴィもファイティングポーズを見せた。
「それでは、勝利条件を言い渡す。暁月はシルヴィアの戦闘不能。シルヴィアは10分間耐え切れば勝ちだ。もちろん、シルヴィアも可能ならば戦闘不能に追い込むのは構わん。2人共、殺傷性の高い広域破壊戦術を使用した場合は即刻アタシが捩じ伏せる。いいな?」
「は、はい!」
「ふふふ、解りやすいですね」
ブロッサム様から開戦の合図が放たれた瞬間、暁月さんが体から深紅のオーラを吹き出した。両目は真っ赤に輝き、爪も紅く光沢を持っている。不気味な姿に変化した暁月さんはいつもの笑顔ではない。気味の悪い…、悪魔の様な…、狂った表情。
初撃は暁月さん。シルヴィは暁月さんの一閃を外装で受け流した。暁月さんが時兎の能力以外に持ち合わせる異能はシルヴィの異能にはとても相性が悪い。その為、シルヴィは真っ向からの接触を避けたんだ。暁月さんは立場としての名前「8代目時兎」がある為、その様に呼ばれている。だが、彼女が7代目時兎様が亡くなる以前に呼ばれていた二つ名は異なるのだ。彼女が何と呼ばれて居たのか? 暁月さんが何故防衛戦には呼ばれないのか、それも理由に強く関わる。暁月さんは「凶紅兎」と呼ばれたのだ。恐らく、心紅ちゃんの前で暁月さんが闘わなかったのは……、狂った自分を見せたくなかったからだろう。敵味方関係なく、自らの負傷など気にも留めず、暁月さんは命を狩り尽くす。
「お、お母さん? アレがお母さんなの?」
「アンタが見たことがないって言うからね。気になってアタシが問いただしたんだ。そしたらまぁ……、あの子は確かにアンタの母親だよ。アタシにはひた隠して来た弱さを今更見せてくれた。狂った兎をアンタに継がせたくなかったんだとよ」
「お母さん……」
「だが、アンタももちろん暁月も受け入れなくちゃならん。いくら逃げても……現実からは逃げられない」
暁月さんの異能は手数の多い双剣術を用いた、かなり惨い力をフルに活かせる物だ。暁月さんは腐敗と崩壊を操る。女神族は様々な力を持ち合わせた血筋があるが、時兎の血筋は原種と呼ばれていた。今では差別思想などを取り締まる法がある為、呼ばれないが時兎の血は原初の女神族なのだ。
腐らせたり、腐食、燃焼、摩耗させる術は複数ある。だが、暁月さんの場合、問題はそのメカニズム。暁月さんが望まなければ腐りはしないけど、彼女はあらゆる物を腐らせたり、崩壊させられるのだ。ただし、自然サイクルに沿った崩壊や腐敗ではない。腐敗臭や発熱などは一切なく、急激に収縮や燃焼するらしい。オーガ君も似た魔法を使うけど、あれは魔法で無理にサイクルを曲げて現象を起こしている。魔法である為、メカニズムも解明されていた。しかし、暁月さんの能力は今をもって解明されていない。
シルヴィもその腐敗させる力で1度酷い目にあったらしい。暁月さんはシルヴィに当たりが強い気がする。シルヴィが鉄壁城姫と呼ばれ始めた辺りに、彼女をコテンパンに叩きのめしたのだ。シルヴィの力はとにかく防御寄りだし、構築や能力展開に時間を要する。その上に体は虚弱で、リカバリー能力に欠けるのだ。今は確かに強いけど、昔はそれ程強くなかったらしいし。
でも、今のシルヴィは違う。何だろ……。昨日の鎧とはまた違う。昨日の鎧は確かに魔気や魔力を纏い、魔力吸入から潤沢に使える様にしていた。オーガ君が使っている魔法を理論化する機構が関わってるんだろうけど……。でも、今は違う。魔力を吸収して鎧に溜め込んでる? それに昨日見えていた魔力以外に現れていた強い力が見当たらない。何で?
「シルヴィアちゃん! もっと攻めてよっ! じゃないとつまんないなぁ!」
「『アルから言われた新しいコンセプト。確かにこっちの方が体は楽だし…闘いやすい。単に神通力で外装を動かすよりもより効果的かも』」
暁月さんが急に挙動を変え、彼女があまりしない防御と取れる型を見せた。ブロッサム様も小さな驚きを、太刀海も感嘆の溜息。私は見えてない。あの速度ではシルヴィの強度強化を行わなければ体が壊れているだろう。繰り出される打撃は普通の種族や戦闘慣れして居なければ目視すら不可能。次元が異なる戦闘はあまり参考にはならないのだけどね。新人の皆はそれでも食らいついているみたいだけど。
そんな戦闘を私がなんで解るのかって? いえ、私が感じ取れていて挙動が解るのは、魔力の移動痕跡を追うことができるからってだけよ。新人の皆、特にカルフィアーテ君やアルフレッド君、紅葉は感知すらできていない感じだし……。潮音ちゃんは空気の振動から、レジアデス君も同じ感じ。オニキスちゃんは特殊な異能を持ってるみたいだから、それで見ているみたい。ニニンシュアリ君は私に近くて、機構の挙動から変化する魔気を見ているようだ。心紅ちゃんとミュラー君はさすがに教導を受けているだけあり、見るだけならば見えているみたい。真似しようと思っても無理だろうけど。
「アルよ。あの外装は魔装なのではないか?」
「あぁ、気になったんだな。だが、魔装ではないよ」
「魔装…ではない?」
「あれはシルヴィアの神通力を体から出さない様にする為、俺が作った新しい機構体だ。魔法石と魔装を足して2で割った感じだな。まぁ、ちょいと手を加えないと使い物にはならなかったが……」
暁月さんの太刀筋がさらに加速して行く。もう、私もついていけない。太刀海も目を細め、彼の異能で新人の皆を守る技をいつでも使える様に構えている。何故なら、暁月さんの表情にはまったく余裕がないのだ。ブロッサム様も扇に手をかけ、いつでも止められる様にしているみたい。もう、2人の闘いは模擬戦の域じゃない。2人の力がオーガ君が使う結界を破壊しかねない威力になっているのだ。暁月さんは確かに手練。でも、ブロッサム様は暁月さんを独り立ちさせてはいないと漏らしていたのだ。
暁月さんは力や技を吸収する速度は凄かったらしい。それこそ水面に石を投げた様に飲み込んだのと。しかし、暁月さんには心紅ちゃんと同じ部分に不安定さが残っているらしいのだ。暁月さんが防衛戦に参加しない、……できない理由らしい。暁月さんはフォーチュナリー共和国、唯一の行軍戦力勇者。凄まじい殲滅力は防御には寄らず、拠点や部隊の指揮などはしない。単身で敵軍を屠りに向かってしまう様なのだ。それは……前歴があるからだ。彼女ら時兎の家の本来の姿に起因する。初代時兎はとても不安定な人物だったらしい。わがままで幼く、精神的に脆い。初代オーガを愛した初代時兎は……、彼が仲間達を助ける為にした離れ業に反発。彼女は表裏が乖離した。それが時兎の裏の姿。狂の兎と呼ばれる状態に繋がっているらしい。
「あの子の母親、弦月は狂化してもあまり変化が出なかった。今だから言えるが、弦月はあまり強くなかったからね。しかし、暁月は違う。あの子の父親も我らの血族。鬼の血が狂兎を甦らせているんだ。そろそろ止め時かね。アル! 頼むよ!」
「了解!」
互いに攻撃をいなしたり、防御する瞬間に止まるタイミングでしか2人を視認する事ができない。しかし、暁月さんとシルヴィは急に体が停止した。動けないらしい。暁月さんが無理に暴れようとした様だけど、オーガ君の魔弾が接触した瞬間に暁月さんは気絶した。ブロッサム様がやれやれと溜息をついている。
だが、ブロッサムが驚愕したのはシルヴィの状態だった。シルヴィは息を切らさず、発汗や疲れの色さえないのだ。オーガ君は近寄り、そんなシルヴィの状態を気にしている。シルヴィは笑顔を見せながら、オーガ君に使い心地や改善して欲しい点などを伝えて居るみたい。シルヴィは学生時代からは見違える程に綺麗になった。確かに身長は小さいけど、あれだけ綺麗なら気にするな事もないだろうに……。あの構図は変わらないけどさ。シルヴィが背伸びしながらオーガ君と会話する。あの姿はね。ブーツのヒールを無理やり上げてまで身長をカバーしなくてもいいのに。
「10分耐え切ったな。疲れはないか?」
「大丈夫! 前回とは全然違うもの。何したの?」
「詳しい説明をしてもお前さんには解らんだろ? ははは、拗ねるな。鎧に浸透する神通力の脈をゆっくりにしたんだ。その代わりに魔法回路を応用した神通力の伝達回路を試験的に作って、効率化しただけさ」
2人の会話中にニニンシュアリ君とオニキスちゃんが割って入り、シルヴィの鎧の技術を知りたいらしい。しかし、オーガ君もそこは手堅く抑えている。まだまだ2人には早すぎるらしいわね。ブーたれるオニキスちゃんと露骨にがっかりするニニンシュアリ君。しかし、太刀海がその2人の背中を叩きながら、オーガ君をフォローしていた。師匠とは弟子を守る為の存在。放任して考えさせる事も大切ではあるが、その道を断つような怪我やトラウマを植え付ける訳にはいかない。ましてやオーガ君はとても慎重な性格で外目には堅いが、人としてはとても優しいからね。そんなオーガ君に太刀海が拳を突き出した。どうやら流れからは模擬戦をしたいとの事らしい。
太刀海も新造の武器をオーガ君から受け取っている。でも、先日の演劇では1回も抜いていない。使ってみたいらしい。そうなるとオーガ君が断れないのも知っての考えだ。オーガ君はユーザビリティを重視する。太刀海は様々な面が優秀だけど、オーガ君の様に武器を作ったりはできない。だから、彼を信頼しているし、オーガ君をお抱えレベルで雇いたいと打診していた程だったのだ。ただ、彼はフォーチュナリー共和国の軍人ではなく、海の国の次期国主候補。オーガ君が目立ちたがらないし、無理な要求を嫌う事も知っている。今のポジションを崩さずに居られる立ち位置を彼なりに探っているんだ。オーガ君のモチベーションも気にしながらね。ホントに太刀海は気にしいなんだから。顔に似合わず……。
「魔解よ。たまにはワシとも手合わせせぬか? ワシもこやつの使い勝手を試したい」
「……はぁ。何故俺なんだ? ばーちゃんではダメなのか?」
「ご婦人に手をあげるなどワシの流儀に反する。それに細かい手付けもお前に任せたい故」
「解ったよ。ちょっとだけ待っていてくれ。久しぶり過ぎて使えるかは解らんが用意する」
シルヴィが不思議そうな表情をし、ブロッサム様から話を振られてそれに答えている。オーガ君が出てくるまでは皆がシルヴィと暁月さんの模擬戦について話していた。しかし、オーガ君が現れた瞬間に皆が表情を変える。ブロッサム様やシルヴィは知っているみたいだけどね。
オーガ君が名乗る魔解の鬼とは魔法のスペシャリストであり、石化や風化などの難しい魔法を好んで使う辺りを表した二つ名だ。でも、オーガ君やブロッサム様は大和の血筋。初代オーガと初代水研が作り上げた古き良き文化を残した穏やかな国だった。その大和に伝わる武器をオーガ君は使う。彼は基本的に銃を使うし、近接戦闘を避ける。それには理由があった。無用に彼ら大和が表に出るのを避けねばならないかららしい。オーガ君が刀を握るのが珍しいらしく、皆の視線が彼に向かう。
彼が握るのは心紅ちゃんの双刀時兎に似ている。でも、彼の双刀はかなり短く、リーチに欠けるのだ。太刀海も新しい刀を試したくてうずうずし始めていた。模擬戦の内容が変わるとギャラリーの模様も様変わりする。心紅ちゃん、ミュラー君、レジアデス君は釘付けだ。潮音ちゃんはお兄さんが闘う訳だから興味深そうだし。ニニンシュアリ君も銃を使うけど、オーガ君に惨敗を期したらしいから彼なりに考えがあるらしい。再び録画用の機材を用意していた。オニキスちゃんも興味深そうだ。魔法系の2人はブロッサム様の言いつけでデスクワークをする事になった。まぁ、ほとんど武術の闘いになるしね。紅葉とアルフレッド君はあまり運動神経は良くないし。
「勝利条件は?」
「いや、今回は模擬戦と言うよりは型を馴染ませたい。学舎時代に貴殿に頼んでいた合わせを願いたい」
「了解。だが、今のお前に合わせられるかは正直微妙だぞ?」
「構わぬ。どの道、全力は出さんよ」
オーガ君が独特な待機姿勢を取る。前傾姿勢でいかにも攻撃をする為、と言うような体勢だ。太刀海も野太刀を抜き払い、オーガ君を誘うように構えている。先に動いたのは珍しくオーガ君。ブロッサム様もそれには小さく驚いていた。……あの体術は心紅ちゃんや暁月さんが使う体術に似ている。でも、キレやリカバリーの速さはオーガ君の方が高レベル。暁月さんも心紅ちゃんも武器が体に対して長すぎるから、あの体術を活かしきれてないんだ。違うかな? 最初からフル活用するつもりではないんだ。
そこにまだ、気だるそうな暁月さんが現れて口笛を吹いた。暁月さんもオーガ君が近接武器を握るのが珍しいらしい。
オーガ君の刀が太刀海の太刀に触れるだけで凄まじい衝撃波が巻き起こる。確かに、あれでは太刀海じゃなければ受け止められないかな? オーガ君は流石はブロッサム様の孫。ブロッサム様が得意とする空気を操る流動、特に爆発に対して親和性が高いみたい。あの威力に耐えうる筋力や肉体強度も凄いけど、的確に魔法を交えて太刀海を振り回してる。ただ、太刀海だとそれも相性が悪い。何故なら、太刀海は空気の様に水を操るからだ。
「『こやつ、力が落ちたなどと吐かしおってからに。明らかに強化されておるではないか!』」
「『流石としか言えねーな。防御も手堅けりゃ、反撃の挙動がどこに居ても見え隠れしてやがる。迂闊に技を繰り出せん』」
太刀海は体の周りに水のベールを張り、オーガ君の武器がベールに接触すると魔法で反撃しているのだ。彼の二つ名は海断ち斬り。海を斬る訳じゃない。彼の体に纏う水はウォーターカッターを放つセンサーの扱いである。あらゆる物を高水圧で切り裂くのだ。だから、オーガ君は太刀海の体の周りで空気弾魔法により撹乱を続けている。実はこれが昔から彼ら2人の練習法なのよね。太刀海は見た目に似合わず緻密でマメだし、特技だってお裁縫とか料理、木彫……。それもありオーガ君とは気があったみたい。でも、今の太刀海はそれだけじゃないはず。
太刀海の剣技はスタンダードと言うか、フェイントやまどろっこしいやり取りはしない。その後、防人となった太刀海には二つ名を持つ様な巨大な実力を持つに至った。太刀海は1歩だけ下がり、野太刀を握る手とは反対の手を向ける。直後、オーガ君が体を反らせ、何とか回避。太刀海の攻撃はオーガ君の前髪を少し切り落としていたのだ。ブロッサム様が驚きながら、その斬撃波をピンポイントで爆破して止めた。そして、オーガ君が構えを変える。先程の秘密らしい。太刀海は刀を握る反対の手に水? なの? 何かで作り上げた造形物を纏っているのだ。シルヴィの目付きが変わった。……もしかして、外装技術の応用?
「流石だな。この数回の合せで今回のコンセプトに気づいて来るか『……だが、それだけじゃねぇ。今の技は……殺しに来てたな』」
「ふっ、貴殿こそ。まさかあの技を避けて来るとは思わなんだわ!『ふむ、まだまだヤツの本気は見られぬのか。口惜しや』」
ブロッサム様と暁月さんの表情が変わり、頷きあっている。もう止めちゃうのかな?
オーガ君の体から禍々しいオーラが上がり、今まで使っていなかった大振りなククリ刀を握る。いつもは目立たない角や牙が伸び、目が血走っていた。オーガ君の放つ異質な気に充てられた心紅ちゃんが途端に怯えだし、エレノアちゃんと潮音ちゃんも座り込んだ。私の体調もあまり良くはない。頭が痛いし、体中がビリビリする。こんな殺気は初めて感じた。太刀海もそれに合わせる様に水の外装を強化し、受ける気だ。オーガ君がさらに攻撃に向けた前傾姿勢を固めると、険しい表情になった太刀海。オーガ君の握るククリ刀は真紅に輝き 、太刀海も強大な一撃として外装での大味な一撃を構えた。……が、ブロッサム様が太刀海の外装を爆発により吹き飛ばし、分身を作り出した暁月さんもオーガ君の首元を始め、急所へ刃を留めて彼を動かさない様に抑えている。
オーガ君も太刀海も素直に力を抑え、武器を納めた。……そうか、オーガ君が銃器を使うのは、昂りすぎて抑えが利かなくなるのを未然に防いでいたんだ。太刀海が何故彼を煽ったのかは解らないけど、太刀海もオーガ君もお互いの課題や武器の調整について話し始めていた。
2人の会話が一段落した辺りで、ブロッサム様が険しい表情を向け2人を叱りつけ始める。何故なら、カルフィアーテ君とミュラー君は彼らの殺気や魔力波に揺さぶられて気絶していた。中でもレジアデス君は酷い有様で泡を吹いていた程だからだ。気絶こそしていないが、心紅ちゃんは建物の影で頭を抱え震えながら蹲り、潮音ちゃんも貧血の様になり顔が真っ青、エレノアちゃんもフラフラしてる。1番近くに居たニニンシュアリ君とオニキスちゃんなんて白目をむいていて完全に意識がない。シルヴィの結界で守ってもらってこれだ。私やシルヴィ本人だって強い寒気に揺さぶられて座り込んでいる。化け物レベルのお二人と当人同士しか普通にして居られている人物は居ない。その場には居なかったけど、紅葉とアルフレッド君も意識がなかったし。
「……申し訳ありませぬ」
「あぁ、これは想定外だな」
「はぁ……。お前達も力を付けておる。学舎に居た頃とは違うのだぞ?」
「そうだよぉ〜。私だってシルヴィアちゃんとウォーミングアップしてなかったらやばかったかもだしぃ〜」
「これはなかなかだなぁ……」
「うむ、ワシらも気にせねばならんな」
オーガ君や太刀海は勇者の技術講義では、郡を抜く成績優良者だった。家の名で推薦されて入学した高位勇者の子息子女が全く相手にならなかった程だし。そんな規格外と努力家のシルヴィ、頭脳戦になれば何とか太刀海くらいならば抑えられる私。英雄を目指すと彼が手紙を寄越してきた時、正直呆れて物も言えなかった。彼自身は彼にある弱点を理解し、自分の活かし方をより推した戦術をとる。なのに、このタイミングで仲間を募り、行動を起こす意味。私には解らなかった。なぜ、このタイミングで?
シルヴィがお風呂に入っている間に彼を見つけた。工房の裏手でタバコをふかしているオーガ君。彼は視界には入って居ないはずなのに私を知覚している。本性もバレてるし、彼には何も隠す意味はない。オーガ君もそれを聞いて来ることを予想していたらしく、反応はかなりドライだ。でも、オーガ君は私が問うた事についてあまり触れたくはないらしい。怒りではないんだろうけど……。彼にしては珍しい荒い感情の流れが現れる。オーガ君は未だに私がシルヴィにしていた事を許していないみたいね。彼の目の周りが紅くなり、黒い甲殻に覆われていく。
「シルヴィが関わって…力が強い勇者を集めなければならない事を起こすつもりなの?」
「今は確実性がない」
「でも、シルヴィには関わってるのよね? 貴方がその表情をする時は絶対にあの子が関わってるんだから」
「何を知りたい?」
「貴方なら突き止めたんじゃないかしら? シルヴィがどんな存在であるかを」
オーガ君が工房の中に入り、掌に収まる様な……無機質な物を手渡してきた。魔法では動かないみたい。その無機質な物を彼が操作し、……私に文書を見せてきた。その文書は初代オーガの残した物らしい。しかも、彼自身が連なる血の者へ、と宛てたメッセージのようだ。そして、シルヴィに当てはまる記述を……。
私はシルヴィが単なる人だと思っていた。と、言いますか、本人を含めて皆がそう思っているはず。でも、確かにそう考えたらそうだ。不自然ではないだろうか? 何の力にも恵まれない人。その人が未だに淘汰されずに残っているのだから。絶滅寸前ではあるけど、フォーチュナリー王国であった頃の王家はずっと純血の人が産まれている。なおかつ、血が混ざっているはずの多種の形質は受け継がない。弱い血筋のはずなのに……。さらに言えば、王家の子孫は必ず女性。姫しか産まれていない事実。初代オーガはそれを知っていた。
「初代の時代から数えて4度目の大戦……。その時に悪魔を目覚めさせるか、女神を目覚めさせるかでこの世界の明暗が分かれる」
「ねぇ……シルヴィがその女神だって言うの?」
「俺も受け入れたくはなかったさ。だが、俺が逃げても…幕は開いた。なら、闘わざるをえない。アイツを守る為に。アイツが幸せに生きる為だ」
「私達はその為に巻き込まれる訳ね」
「俺が巻き込まずとも既に渦に巻かれていたよ。新人たちは俺とその様なかった。本来ならば交わりすらない。何故、俺の元に?」
「だから、貴方は隠れていたのね……。解ったわ。全ては納得してない。でも、私はシルヴィの為に闘う」
オーガ君が頷き、太刀海に話しても構わないと言って彼らの家に向かった。シルヴィがお風呂から出てきてオーガ君を探していたらしい。オーガ君も大変ね。箍が外れたのかなぁ? シルヴィが見せる彼への依存度が高くなってる。これだけ依存度が高いと普通なら長く続かないだろうなぁ……。新婚さん達を目の前に言うのもなんだけど。
オーガ君の様な雑鬼の1種や暁月さんの様な女神族の1種は年齢が止まる。それは特異な生殖を行う生物だから。互いに単一の性別しか生まれないのは雑鬼と女神が交雑する事を推して居るようにさえ感じられる。特に魔鬼血統と女神族。
……でも、シルヴィだって不自然だ。彼女は人。何の力にも恵まれず非力で弱い血筋。淘汰されてゆくのに抗えないはずの血統。彼女の年齢も止まるタイミングと進むタイミングがあるのだ。私の中でシルヴィには不自然な点がいくつもあった。今思い返せば納得もできるわね。シルヴィはオーガ君を意識しだした頃に急成長を始めた。これだけなら単にタイミングが合致しただけだと言える。でも、シルヴィはオーガ君と再会し、2人の時間を共有し始めた。シルヴィは再び変わり始めたのだ。傍目には解りにくい。シルヴィは何者なのだろう。
「ふむ……、女神…か」
「うん。女神族とは違うみたい。確かに初代オーガと初代時兎の絡みとは異なる伝承に、気になる記載は私も見つけた事はあるわ」
「ははは、流石は文学科の考古学専攻は違うな。ワシのような者とは……」
「貴方もバカを装うのはやめなさいよ。確かに貴方の家とオーガ君の家は長い友好と強い繋がりがあるわ。それに……貴方達が隠してる森の隠れ里についてもね」
「どこでそれを?」
「私だって何もしてなかった訳じゃないわ。シルヴィの為に奇行を続けるオーガ君を監視してた。何の為に、貴方とオーガ君がこのタイミングで手を取り合ったのかもね」
各所で起きた巨大な動乱。ブロッサム様、暁月さん、太刀海、シルヴィ、私、アークが集められてオーガ君が話を始めた。太刀海や私の催促に折れたのか…前から話すつもりだったのかは解らない。オーガ君が話出したタイミングでブロッサム様は溜息を、暁月さんは珍しく表情を曇らせる。ブロッサム様は最後まで話を聞いてはいたが、初代オーガ達の武器を再び作り出す計画には難色を示す。ブロッサム様は作り出すこと自体に否定的であり、いくらオーガ君の意思だとしても抑え込むつもりらしい。
暁月さんもブロッサム様を支持しているようだ。まずは目的が不明瞭である辺りに強い不安があるらしい。オーガ君にしては煮え切らない言葉が多かったからだ。シルヴィがその場にいる事が理由だろうけど。……すると、これまであまり強く関わって来なかった存在が口を開いた。アークだ。アークはオーガ君には視線を合わせずに、シルヴィを見つめている。オーガ君はその態度にあまり良い気持ちはないようだけど……。太刀海は一貫してオーガ君を支持、私もシルヴィに合わせるつもりだ。
「シルヴィ、貴女はどうしたいのかしら?」
「アーク? どうしたの?」
「貴女は貴女の道を歩まなくてはなりません。貴女が助けたいと思う人を救いなさい。創造の戦鬼が女神を抑え、新たな形を作り上げた。時勢は変わり、女神も人も手を取り合わねばならないのです」
「え? え? ど、どういう……」
「アーク。まだ早すぎる」
「いいえ、力なき者よ。賽は投げられました。貴方は貴女の女神を支え、共に歩む以外に道はないのですよ」
オーガ君は苦虫を噛み潰したような表情。シルヴィは訳が分からず、アークとオーガ君の間でオロオロしている。アークは依然として視線を外さず、時間ばかりが過ぎてゆく。……ブロッサム様の掛け声と共に場は解散されたが、事は解決していない。シルヴィも……どうする気なんだろう。
それから何事もなかった様な忙しい日々が始まった。これからどうなっていくのだろうか……。




