case8 追憶編 2
それぞれが、各々の方法で時間を過ごす受験者控室。その一角に翔子と明の姿があった。
「翔子様の中忍試験はどんな感じだったのですか?」
倫太郎の命乞いにより、周囲を見る余裕が出来た明は、翔子にそう質問を投げかける。
「なによ、藪から棒に」
翔子はそう言い、少し眉を歪ませる。
緊張しがちな明がリラックスできたのは良いことだが、そこに触れられるのは痛し痒しと言った所だった。
なにしろ、それまで順風満帆、挫折知らずだった翔子の忍者人生に初めて黒星をつけた男、即ち、河童倫太郎との出会いの物語となるのだから。
「なんだよ、可愛い部下に話したことなかったのかい?」
そう言い、にこやかにほほ笑みながら現れたのは、芦屋晴彦だった。
「晴彦君」
翔子は、面倒くさい奴に見つかったとばかりに、歪めた眉をさらに歪ませる。
「おやおや、綺麗な顔が台無しだよ翔子さん」
見え見えのおべっかに、翔子はため息を吐きつつ、一言。
「まったく、貴方のそう言った所が信頼おけないって言うのに」
「あははは、性分だからね、勘弁してよ翔子さん」
晴彦はそんな嫌味を言われても、空虚な笑顔を崩さなずにこう言った。
「初めまして、添田明さん。僕は事務局員の芦屋晴彦と言います。以後お見知りおきを」
明は、ベクトルは違えど倫太郎と同じ程度に胡散臭い人だと警戒しつつも、差し出された名刺を受け取る。
「それで、どうなの?翔子さんが話さないのなら僕から話して上げようか?」
「もう、晴彦君ったら。いいわ、貴方に出鱈目を吹き込まれるんだったら私から話すわよ」
そうして、なし崩し的に翔子は、在りし日の思い出話をする羽目になったのであった。
「フゴー!!フゴー!!」
ある者は体をほぐし、ある者は参考書を読み込み、ある者は談笑し、皆が緊張感と言う薄氷の上で、それぞれの時間を過ごしている控室に、奇妙な鳴き声を発しながら放り込まれた物体があった。
どんな無駄な力が働いているのか知らないが、簀巻きにされたその物体は、ゴロゴロと床を転がりながらも、決して頭にかぶった中折帽を崩さずにのたうち回る。
「いやぁ、みなさんお騒がせして申し訳ない」
皆が突然の闖入者にあっけにとられていると、続けて髭もじゃの大男が、野太い笑い声と共に入室してくる。
「なんだ、喧しいぞ洞ノ助」
それに反応したのは、部屋の大奥にデカデカと家紋を掲げた一画からだった。そう九州、いや全国にその名を轟かす、天狗忍者の名門。豊前家当主であった。
「がはははは、すまんすまん。天山」
洞ノ助はまったく悪びれる事無く、呵々大笑を続けつつ、何の予備動作も無しに水鞭を振る。
パンと言う衝撃音と共に叩き落とされたのは、宙を舞う芋虫、もとい、簀巻きの物体だった。
控室での忍術のご使用はお控えくださいと事務局員が寄ってくるのを、洞ノ助は笑顔で制しつつ、足蹴にした簀巻きに語り掛ける。
「いい加減観念したらどうだ、倫太郎。お前がどうしても反抗するのだったら、お前が作った新種に『河童LOVE100%』の商標登録をするぞ?」
「てめぇこのクソ親父!俺の作ったトマトになんてひどい仕打ちを考え付きやがる!!」
猿轡をされたまま、器用にそう喚くのは、高校生となった倫太郎だった。
「そうは言ってもな、ここ何年も逃げられ続けているんだ、最終手段を取られても文句はあるまい」
そう、年一回の中忍試験、そのチャンスを倫太郎は全力の逃亡を持って実力で回避し続けていたのだ。
「ふざけんな!俺は知ってるんだぞ!各流派で届出制の下忍と違って、中忍からは許可制だ!この試験に受かっちまったら、正式に名簿に名前が載っちまって一生縛られちまうんだ!こんな試験受けてたまるか!」
ザワリと周囲からどよめきが上がる、それは一生縛られてしまうと言う発言に対してではない。こんな試験など受かって当然とばかりの倫太郎の発言に対してだった。
「おいおい、倫太郎。そんな事を言うんじゃない。他の受験生の方が困惑するだろう」
洞ノ助は、倫太郎の発言を嗜めることはしても、否定はしない。そのことが更に受験生たちを焦らせたり、イラつかせたりする。一瞬で倫太郎は全員から目を付けられる事となったのだった。
それじゃ、受からなかったら罰ゲームな。と、一方的に言い残し洞ノ助は険悪な空気漂う控室からとっとと帰って行った。
倫太郎の河童忍者に対するヘイトがまた一つ上乗せされたが、愛しの我が子を人質に取られてしまってはなすすべもなかった。
倫太郎は、周囲の視線などどこ吹く風で、独りとっとと試験会場に向かうのであった。
「お父様、あの方たちは」
一連の騒動を、眉を顰めつつも、冷静な目で見ていた翔子は、そう天山に尋ねる。
「ふん、河童忍者とか言う、田舎忍者だ。翔子よ、決して負ける事相成らんぞ」
「はっ、勿論でございますわお父様」
天狗忍者は王者の風。
今回最年少受験者である翔子は、堂々とした顔で父親にそう宣言をしたのであった。
「ふぅん。なんだか面白そうな人がいますね」
控室の片隅には、翔子とは別種の張り付いた笑顔をする少年が一人いた。
「ふむ、アレは河童忍者の者だな。先細りの零細忍者だが、実力は確かなものと聞く。ゆめゆめ油断するでないぞ」
「了解です、お師匠様」
そう言い笑うのは、国家忍者とでもいうべきか、代々大宰府を守護する忍者集団犬飼の分派である、芦屋晴彦だった。
晴彦は比良坂機関(byシノビガミ)
毎度のことながら、
高度な柔軟性を持って臨機応変に書き進んでおります。
今後の展開予定も『倫太郎がなんかやらかす』程度しかありません
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