case7 決着編 1
「……紬」
その紬と呼ばれた少女は、色鮮やかで素人目にも上質なものと分かる見事な着物をきちんと身に纏っていた、ただ、その柄のセンスはハイセンスすぎて一般人にはなかなか理解できないであろうものだった。
「けっ、ケルベロス!?」
そう、紬の着物は緑地に獄炎を纏った三頭の犬、地獄の番犬ケルベロスが躍動感あふれる図柄で描かれていたのであった。
「むっ、なんですか。船頭町家の由緒正しき守護獣に文句がおありですか」
「あっ、いえ、なんでもございません」
鈴子は少女の視線に籠った圧力に負け、すごすごと引き下がる。
ぎろりと鈴子を睨みつけた紬は、一転向日葵の様な笑顔を綾子に向け、彼女に抱き付いた。
「お姉さま!
お姉さまとお会いできなかったこの一週間。紬は一日千秋の思いで枕を涙でぬらさず日はございませんでしたわ」
「ごめんなさい紬、でも、私」
「良いのです、良いのです。諸悪の元凶であるお父様は、紬が誅しておきました。
さあ、これで何も問題はございません、紬と一緒に戻りましょう!」
「あれっ!?綾子ちゃんっていったい何時家出したの?」
会話の中に、不穏な単語を聞きつけた鈴子はつい、質問を投げかける。
「「一週間前ですが、何か?」」
それに対して、姉妹仲良く同時に答えが返ってきたが、その口調は真反対であった。
「で、でも。綾子ちゃん。さっき聞いた話だと、色々と冒険と言うか、事故と言うかその」
鈴子が綾子と仲良くなってから聞き出した、これまでの彼女に降りかかった出来事は、とてもじゃないが1週間でこなせるスケジュールではなかった。
曰く、バイトの面接に行く途中、自動車に轢かれそうになり、それを回避したら頭からどぶに落ちた。
曰く、バイト帰りにスカウトに引っかかってしまい、危ない店で働かされそうになった。
曰く、やっとつかんだバイト先の店長が麻薬所持で捕まり、危うく自分も誤認逮捕されるところだった。
等々バイト関係だけでも充実の有様。それに加えて住居が火事に巻き込まれホームレス生活に待ったなしの状態など、常人なら年に一度、いや、生涯に一度あればと言ったものばかりだった。
「もしかして、それが狗神の呪い!」
先ほど父親が元凶と言ったキーワードからすると、それ以外には考えられないと、鈴子はつい口走ってしまった。
「……ご存知でしたか」「はっ?何言ってるんですかこの女?」
相変わらず良くハモるが今度は言っていることはバラバラだった。そして話の主導権を握るのは紬だった。
「お姉さま、こんな女を慮る必要はございません。そもそも、どうして船頭町家人間が、船頭町家の人間に狗神を差し向けねばならないのですか!」
「え、いや、だから。お家の意に反して家出しちゃったからでしょ?」
「貴方に何が分かるの言うのです!」
鈴子の回答に、紬は被り気味で声を荒げた。
「お姉さまは、父が起こした最大の愚行。
お姉さまへのお見合い話と言う罪を犯しました」
紬は思い出すのも苦々しいと言った口調でそう語る。
「心優しいお姉さまは、その罪を無かったことにするためにお家を御出になってしまったのです!」
「……いや違」
「だが!安心してくださいお姉さま!父上は紬がしばき倒、こほん、誅しておきました!
これで憂いは無くなりました!さあ紬と一緒にわが家へ帰りましょう!」
紬はそう言い、両手で綾子の手を握りしめる。その狂信的もとい情熱的な瞳は自らの存在を瞳を通して綾子に叩き付けるかのようだった。
「違うの、紬。いや、お見合いが嫌だったのは否定しないけれど、そうじゃないの」
「……どういうことのなのですか?」
紬はキョトンとした表情で聞き返す。相手の話を聞く余裕位は持ち合わせているのがこの少女の恐ろしい所だと、鈴子は思った。
「私、アイドルになりたくて家出したの!」
「いけません!」
紬はそれに反射的に反対した。
何というか、どういう姉妹だ、わたしもう帰っていいかなと思いつつ鈴子は二人のやり取りを見守る。
「アイドルなんて、そんなおぞましい!
アイドルなんて、枕営業を強制されたり、覚せい剤がまん延してたりする色欲地獄の様な世界!純粋可憐なお姉さまにはふさわしくありません!
お姉さまは、紬だけのアイドルでいて下さればいいのです!」
少女の悲痛な叫びが、真昼間の商店街に木霊する。
「違うは紬。アイドルは夢と憧れに満ちた、光あふれる世界なの。私はその光の中で歌いたいの!こんな私だって輝けるって事を証明したいの!」
少女のどす黒く濁った瞳に光が宿る。
それは正に不幸と暗闇に彩られた人生の中で、ようやく見つけ出した一本の蜘蛛の糸だったのだろう。
「お姉さま!ああいけませんわ、お姉さま!その夢は蜃気楼、幻なのです!どうか紬の言う事をお聞きください!」
「紬!どうか許して紬!これは私がようやく見つけたたった一つの大切な夢なの!」
姉妹は完全に二人だけの世界に入り込み、商店街は二人のオンステージと相成った。
鈴子は完全にギャラリーと化し、他の野次馬と共に観戦モードに入る。
「お姉さま!」
「紬!」
「お姉さま!」
「紬!」
いつ果てるか知れない、二人のラリーに水を差したのは独りの黒スーツ。そう、我らが忍者探偵、河童倫太郎だった。
「おいおい、一体全体何がどうなってんだ」
シリアスさんの力が弱まってきた!
畳みこむのは今!




