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本日から術師や術者となる為の授業が始まる。
当分の間は術師や術者として学ぶ座学や実技が中心だ。
それがある程度ものになってから、一般の学校の様な授業を受ける事になる。
授業前だが、昨日とはうって変わって騒がしい。
皆、期待に胸を膨らませている様だ。
藤河さんも例外ではないらしく
「ねえねえ、瑠迦ちゃん、どんな事学ぶのかな、楽しみだね」
こちらを向いて、ワクワクしているのが丸分かりな表情で笑顔だ。
「そうだね、一から説明していくという話だものね。楽しみだよ」
朝食の頃から藤河さんはウキウキしていた。
私達の様に昔から通っている面々としても、何が変わったのか楽しみにしていた。
神守教官の言葉が響く。
「さて、これから授業を始めます。まず、大前提として覚えておいてほしいのは、日本列島は霊的な特異点であるという事です」
皆が驚いて聞いているのが分かる。
これは術師や術者なら当たり前に知っている事だ。
私は半端者ではあるが、一応知っている。
「何故なのかは式神を得た後で教えます。それでは、術師と他の霊能者、もしくは呪術師、退魔師等と色々言い方はありますが、術師、術者以外の霊的な能力者、それにプラスして超能力等の特殊な力を行使する者、つまりは術師、術者以外の超自然的な力の行使者と定義する存在との違いを説明します」
そう言うと、生徒達が騒めいた。
そうだよね、術師達と他の超自然的な力の行使者の違い、普通は知らない。
そもそも、術師について知らないと思う。
「その前に、皆さんは、『霊力』とは何か分かりますか」
霖じゃなかった神守教官の涼し気な瞳が教室中を見渡す。
そう、この学校では教師ではなく、教官と呼び、指示は絶対である。
私に視線が留まって微かに微笑んだ様に思う。
「『霊力』とは簡単に言えば、霊的な存在に干渉出来る能力の事です。超能力者の中にも霊力を持ち、霊的な存在に干渉出来る人もいます」
そう言って教官は黒板に『霊力』と書く。
ノートに書き写す。この授業は基本的に自分のノートに書き写すしかない。
携帯やデジカメで映しても、たぶん消されると思う。
そういう電気機器に干渉出来るからね、それなりの術師は。
ノートに記載した物だって、外部に漏らさない様な術は使っていると思う。
昨日のホームルームでも術師や術者に関わる事は守秘義務に当たると説明されたし、罰則もあるという。
最悪、行方不明になると思う。死体は絶対に出ない。これは確実だ。
「『霊力』は人間しか持っていない訳ではありません。動物も植物も持っています。むしろ彼等の方が霊的な感度は高いでしょう。自然で生きるには必須の能力ですから。それ以外だと長い年月を積み重ねた、石、川といった自然の物や人工的に作られた物も『霊力』を持ちます」
だから、年経た動物や植物とか岩や滝等が精霊化したり妖化するんだよね。中には神霊になる物もいる。
そして道具は付喪神という精霊や妖になるものもある。
神守教官は続ける。
「『霊力』自体はこの世界の存在なら大半は持っています。ですが中には全く『霊力』を持っていない人も存在します。何故かと言えば、彼等は『霊力』の素となる『霊核』を持っていないのです」
教官は今度は『霊核』と黒板に書き、丸で囲んだ。
「『霊核』とは何か。正確には分かっていません。生まれ持った機能であり、個人差があるモノです。これが強力な人は『霊力』が強いと言われる人達であり、霊力を行使できる人間を霊的な能力者と一般に言われる訳です」
今度は『霊素』と教官は黒板に書き、生徒の方を向いた。
「『霊素』とはこの世界に満ちるモノです。普通は感じ取れませんし、現在の科学では解析出来ませんが、我々術師、もしくは霊力があるならば、何となく感じ取れると思います」
そこで言葉を切った教官に皆が首を傾げている。
微笑んで教官は言った。
「この世界に存在するモノは全て『霊素』が含まれていると言われています。その為、この世界に存在するモノは『霊素』の影響を受けます。嫌な感じがする場所や気配を感じたり、心地良い場所や気配を感じた事がある人はいると思いますが、それは一種の霊素を感じ取っているからなのです」
『術師』と書いた後、続けて『術者』と書き、こちらを向く。
「『術師』と『術者』は似て非なる者です。ただし、両者に共通し、一般的な超自然的な力の行使者と違う点もあります。まず、『術師』も『術者』も世界に満ちる『霊素』を集め、己の力とする事が出来ますが、一般的に超自然的な力の行使者と呼ばれる人々は出来ません」
それから続けて
「ただ、『術師』と『術者』では取り込める量が段違いです。それはもう何桁も違います。しかも、『術者』が『霊素』を己の力とするのには条件があります」
教室中を見回し、微笑んで
「それは『式神』と絆を結ぶ事です」
神守教官は『式神』と黒板に書いた。
「『式神』とは術師や術者の相棒となり一生を共に過ごす、『神霊』や『精霊』『妖』といった霊的な存在の事です。『神霊』の方が『精霊』や『妖』よりも力が強く、強力です。絆を結ぶ事やこれらについては後で説明します」
そう区切った後、
「『術師』と『術者』の最大の違いは、『術師』は『霊素』を自ら創り出す事が出来ますが、『術者』は出来ないという点です」
黒板に書かれた『術師』を示しながら
「他の大きな違いとしては、『術師』は『術者』より『神霊』や『精霊』『妖』に好かれやすいという事と、悪意ある霊的な存在にとっては、『術師』は『術者』とは比べ物にならない位上等な餌という事ですね」
教室中が不安そうに騒めく。
「『霊力』がある存在は、悪意ある霊的な存在にとっては総じて食料となります。『霊力』が強ければ強い程、喰べた霊的な存在の力を強める上、美味だそうです」
そう脅した。あちこちで不安そうな声が漏れる。
悪意ある霊的な存在は常に飢えているから、美味しい上に力も増加する術師や術者は格好の餌食なのだ。
危険と常に隣り合わせなのが術師や術者だ。
「ですが、良好な関係の式神も『術師』や『術者』といれば通常存在するより能力は上がりますし、『術師』や『術者』で度合いは違いますが、霊的な存在にとって、彼等といる事はとても心地良いといいます」
安心させるように微笑んだ、神守教官。
「悪意ある存在から自らを守る最大の鉾にして盾は己の『式神』です。ですから、大事な相棒として、絆を結んだ『式神』を大切にして下さい。折角、何十億いる人間の中から自分を選んでくれた相手なのですから」
そう締めくくってから
「では、何か質問があれば受け付けます」
教室中を神守教官が見回したら、何人かが手を揚げた。
「では朝井君」
やんちゃそうな男の子が元気よく答える。
「あの、霊力ってどうしたら強くなるんですか?」
その質問に苦笑し神守教官は
「そうですね、年齢を重ねれば強力になりますし、訓練も有効です。後は『神霊』や『精霊』、『妖』と絆を結び、『式神』とする事ですね」
そうなのだ。
式神を得られれば、双方の力が増大する。
特に強力な相手同士だと、その上がり方は飛躍的だという。
今度は藤河さんが指名された。
「あの、式神ってどうやったら得られるんですか?」
それに神守教官は難しい顔をして
「そうですね、午後の実習で説明しようかとも思いましたが、今説明した方が良いでしょう」
一言断ってから
「簡単に言えば、まず、式神を得ようとする人の特性を見極めます。その後、その特性を増強させる相手にするか、補填する相手にするか決めて、召喚し、双方が第一印象で気に入れば絆を結び、式神となります」
私の場合、能力を補填する相手を選んだ。
兎に角、自分で自分を守れないので、攻撃力と防御力の高い相手にしなければならなかった。
もっとも、瑠璃は治癒能力やら浄化能力やらも凄いのだから、私には過分すぎる相棒だ。
続いてあれは氷室君かな。真面目そうな印象のイケメンさんだ。
「何故、第一印象なのですか? じっくりと相手を知るのも大事だと思います」
それに神守教官は苦笑しつつ
「霊的な存在と相対した場合、いわゆる霊力の一環である勘が働く、第一印象が全てなのです。霊的な存在の勘は外れません。何故かと疑問に思うのは大事ですが、この召喚の儀ばかりは互いの第一印象次第です」
安心させるように微笑んでから
「霊的な存在を召喚する際は、性格や能力との相性も見極めます。まず始めに召喚された相手は自分と一番相性が良いモノが現れます。ですから、初めに呼び出された相手を良く感じてみて下さい」
それから神守教官は真面目な顔になった。
「では『神霊』や『精霊』、『妖』についても説明しましょう」
これに皆、興味津々だ。
まあ、普通は会うこともない相手だしね。
「『神霊』も『精霊』も『妖』も霊的な存在です。彼等は霊素を糧としていますが、神霊は必ずしも霊素が必要ではありません。そして其々、特殊な能力を備えています」
これには歓声が湧いていた。
自分の相棒になってくれる存在が特殊な能力を持っているとか嬉しいよね。
「我々術師は属性について古くからの区分をしています。これは術師独自の物ですが、空、魔、光、闇、緑、火、風、水、土とありますが、神霊や精霊、妖はこれらの属性を一つ、もしくは複数持っています」
更に続けて
「この属性に能力の特性が加わり、攻撃に秀でる攻撃型、防御に秀でる防御型、支援に秀でる支援型、浄化能力に優れた浄化型、治癒に優れた治癒型、複数の特性を持つもの、全てが可能な万能型に分かれます。これよりも細分化した分類がありますが、今日の所はいいでしょう」
一息入れた神守教官は続ける。
「『神霊』と『精霊』の差は能力の大きさです。『神霊』ならば広範囲に影響を及ぼせますし強いです。『精霊』はその範囲は『神霊』より狭く弱いですね。それに信仰によって能力が向上するかしないかと、必要かそうでないかです。当然『神霊』は信仰は無くても問題ありません。『精霊』はある程度信仰があると力が安定し、向上しますが、『神霊』には及びません。ですが、術師や術者と絆を結べば信仰は必要ではなくなります」
これには生徒達から感嘆の溜め息が出ていた。
うん、神霊は本当に凄いのだ。
だからこそ思う存分能力を揮えないし、力の加減が難しいらしい。
「次に『妖』ですが、これは俗に妖怪とも言いますね。彼等は発生の仕方も様々で、『精霊』に近い物もいれば、『神霊』に近い物もいます。信仰を得れば力を得るのは『精霊』とも似ていますが、ある程度強い物は信仰が必要ではなくなりますね。西洋では魔物や悪い妖精、悪い精霊等と呼ばれたりするものも『妖』の一種である場合も多いです。彼等『妖』は『神霊』と『精霊』の中間の存在とでも覚えておくといいでしょう。彼等『妖』は『神霊』、『精霊』と厳密に分けられるモノでもありません。ある時は『妖』と呼ばれ、またある時は『精霊』と呼ばれる事もあります。『妖』は人や『精霊』等を喰うモノもいますから、『神霊』、『精霊』より注意が必要です」
妖の説明が長くなるのは仕方がない。
首を傾げる人が居るのも納得だ。
彼等は何というか、時に神と崇められたり、時に化け物と狩られたりする、難しい存在なのだ。
「他に霊的な存在は、人間の霊と動物霊、妖精ですね。動物霊は悪霊とそれから進化した妖、それ以外。人間の霊には怨霊、悪霊と言わる人に害を与える存在と、祖霊という、一族やその地域を守護している存在、その他に分かれます。妖精は『精霊』の弱いモノと考えて良いでしょう。妖精は悪戯好きが多いので気を付けて下さい」
この話には怖がっている人もいるな。
怨霊とか悪霊なんて、怖いよね。
場合によっては殺されたり、自殺させられたりするからね。
それで相手の魂を喰らって力を増大させるのだ。
「それ以外やその他というのは、死んだ事が分かっていない霊や、悪霊ではないが、祖霊の様に守護をしている訳ではない霊の事です。彼等は時に人を害する事もあるので注意が必要です。動物霊の中には長い時をかけ進化し、『妖』になるものも存在しますから、覚えていて下さい。」
そう言って腕時計で時間を確認した後、
「では、休憩後グラウンドに体操着で集合して下さい」
そう言って、この授業は終了となった。