二章・2
幡宮から初めてメールが届いたのは、あの日から三日のことだった。
その三日間は、僕がオタクだということを幡宮にばらされているんじゃないかとびくびくしながら学校に通っていたんだけど、特に変わったことはなかった。
幡宮は約束を守ってくれているようだった。
まあそれで幡宮に対して好印象を持つかと言われたら、そうはならないんだけど。
メールの内容はこうだった。
『ぽよよー! こんばんこりん! 初メールだヨッ! キャー! ねーねー今週末空いてるっぽ? 空いてるなら土曜日の朝七時に駅前に来てっちょ! 遅れちゃやだゾ! じゃ楽しみにしてるからネッ!!』
このメールを開いたとき、僕は突然の頭痛に襲われた。見たことのない色とりどりの絵文字たちと顔文字たちに、僕の目は太陽を直接見たみたいになった。
なんだこのメールは? 頭大丈夫か? 変なクスリとか飲んでないだろうな?
まあ、どうせこれも、僕をからかうためのメールなんだろう。
どこまでも性格の悪いやつだ。
僕はそのメールに対してこう返信した。
『うん! 了解だヨ! 僕も楽しみにしてるネッ!』
書いていて吐き気を催したけれど、少しは彼女を驚かせることができただろう。
僕もたいがい性格が悪いのかもしれない。
○
そしてやって来た土曜日。
僕は真面目に、待ち合わせの場所である駅前に十五分前に着いた。
幡宮が一分でも遅れたら、そっちが時間を指定しといてどういうつもりだ、って責められるからだ。いや、むしろ僕よりも遅く来たことに対して文句を言ってやろう。付き合わせてている立場なんだから、僕よりも早く来いって。
なのに……。
「なんで君、十五分以上も前に来てるの? おはよう」
「あはは! 君も十五分前に来てるじゃあん、おはよう、吉野くん」
僕が駅前に着いたら、すでに幡宮はそこにいた。ちくしょう。今度はもっと早く来てやろう。
この前会った時と比べると、幡宮は少しおしゃれをしているようだった。同世代の人たちに比べたら……まあ、正直可愛いのではないかと思わなくもない。
けれど背中に背負ったリュックは同じだ。そう言えば、彼女は学校でも同じリュックを背負っていた気がする。お気に入りなんだろうか。
それに、揺れる左袖も、同じ。
「聞きそびれていたんだけど、なんでこんな早い時間に待ち合わせを?」
土曜の朝六時四十五分では、駅前は閑散としている。
「だって君、万が一にもわたしと一緒にいるところをクラスメイトに見られたくないでしょお? わたしなりの心づかいだよお」
「心づかいできる人は脅迫なんかしてこない」
「やだなあ、脅迫だなんて。取引だよお」
彼女は全く悪びれる様子を見せずに駅に入っていった。
「行こお、吉野くん? 人が増えないうちに遠くに行っておこう」
脅迫もとい取引ならば仕方がない。僕は彼女と取引をしてしまったのだ。今さら覆すことはできない。
覆したら、僕も彼女も不利益を被ってしまう。
僕は大人しく彼女の後ろについて行った。
「それで今日はどこに向かうの?」
「隣の隣の市に、とりあえず行くよお」
彼女は右手でポケットからICカードを取り出して改札を通り抜け、そして右手でポケットにカードをしまった。
僕も続いて改札を通った。
「この社会が右利き中心の社会でよかったよ。こういう改札とかでも不便を感じないからさあ。それとも逆かな? 無いのが左腕でよかったーって言うべきかなあ?」
「べきではないと思うよ」
「あはは! そっかあ」
「君は前もそうだったけどさ、そんなことを言って僕が反応に困るとは思わないの?」
「まあ半分困らせようと思って言っているからねえ」
「性格ねじれてんじゃないの?」
「あっはっは! そりゃそうだあ!」
「……はあ、もういいや。それで、隣の隣の市に行ってからどうするの?」
「さあねえ。それは行ってから決めようと思ってるよお」
「なんだよそれ」
「わたしにとっては、君と行くってこと自体が目的みたいなもんだからねえ」
それを言われてしまっては、僕は何も言えなくなる。
幡宮にとっては、どこに行くかより、どこかに行く方が大事なんだ。
ホームを歩く彼女の後ろを、僕は黙ってついて行った。