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一章

また連載することにしました。前後編の前編です。

吉野と幡宮と言う二人の高校生がどのように成長していくのかを感じていただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

 僕は生きるのが得意だ。


 いや、サバイバルが得意って意味じゃない。僕は現代の現代っ子らしく、テントさえ立てられない。火だって熾せない。無人島に行ったら、きっと五秒くらいで死ぬ。それは大げさか。


 ともかく、生きるのが得意っていうのはそういうことじゃない。

 僕は、人間社会で生きるのが得意だ。人間が織りなす社会の中で生きるのが得意だ。

 それもとりわけ、学校という社会で生きるのが得意だ。


 いや、社会というよりも。


 舞台だ。


 学校は、演者がいる舞台だ。


 身内だけの舞台。

 はっきりとした文字で記された台本のない、舞台。

 『空気』というとても読みづらい台本がある舞台

 厚い壁で覆われた舞台。


 学校と外の間には低い塀しかないけれど、それでも学校は厚くて高い壁に覆われていると思う。

 学校という空間ほど特殊なものは、他にないのではないだろうか。


 学校の外側からは、その学校の実状は絶対に見えない。見えたとしてもそれは上手に汚いところを隠された偽物だ。保護者に配られる広報なんかにはその偽物が載る。


 もし実状が外側から見えるときがあるとするなら、それは学校の中の誰かが自ら命を投げ打った時だけ。一人の人間の命の犠牲があって初めて、学校の中が外に漏れだす。


 僕たち生徒からは、内側からは、嫌というほど見える。

 実情が、見える。本物が見える。見えてしまう。見せられてしまう。

 いじめ、カースト、学級崩壊、不登校、体罰、等々。


 そういったものから自分を守り、学校という舞台で何年も生き延びるためには、周りの雰囲気を捉え、『空気』に書かれた台本を読み、それに合わせて行動しなければいけない。

僕は周囲と合わせるのを小さい頃に学んだ。『空気』を読むのを学んだ。


 嫌というほどに学んだ。


 そして目立ち過ぎないポジションを保つのが得意になった。目立たないポジションではない。そこがポイント。

 主役じゃないけど、上演時間のほとんど舞台上にはいる。ここで言う上演時間と言うのは、登校から下校までの時間だ。


 僕は脇役だけど、セリフはそこそこある。

 スポットライトは浴びないけれど。

 主役の陰にはいつもいる。

 浮き過ぎず。

 沈み過ぎず。

 立ち位置は間違えない。

 台本に書かれた通りの場所にいる。バミリの場所に。


 現実の学校に当てはめてみれば、そこでは絶対いじめられない。いじられさえしない。

 クラスの中心グループの、さらに中心となる人物の脇。そこが僕の居場所だ。

 そこにいるには、台本を読み間違えないようにすればいいだけだ。

 それも、週五回の公演中だけ。


 僕はそうして中学の三年間、そして高校の二年間を過ごしてきた。あと一年だってこうして過ごす。


 平穏に、学校生活を終わらせる。


 僕の日常に波風が立つなんてまっぴらだ。船が進まなくても、僕は凪でいい。船上で優雅に過ごすさ。


 どんでん返しなんて望んじゃいない。


 綺麗にカーテンコールを済ませられれば、僕はもうそれで十分だ。



               ○



 僕とは対照的に、生き方が下手な人間がいる。


 舞台上での演技が下手くそで、裏方の仕事さえできなくて、客席にすら座らせてもらえず、だけれど舞台から出ることさえできず、舞台の端の端の端っこで大人しく座っていることを余儀なくされた人。


 中学から高校まで、ずっと同じクラスだった女の子。


 だけど、これまで特に会話をしたこともなく、接点もまるでない女の子。


 幡宮(はたみや) 千紗(ちさ)


 しかし彼女の場合は、もしかしたら演技が下手というよりも、もっと根本的な問題かもしれない。生き方が下手というのは少し違うのかもしれない。


 彼女には、事情があったから。

 誰が見てもそうとわかる事情。


 彼女は中学の頃、ずっといじめられていた。


 だけど、それが事情というわけではない。

 もっとわかりやすい、誰が見てもそうとわかる事情。


 彼女には、左腕が無かった。


 左腕の、肘の先からが、無かった。


 先天的なものか、後天的なものかは知らないけど。


 彼女はそれを理由に、いじめられていた。


 小学校でもいじめられていた、らしい。


 さすがに高校に入ってからは、目立っていじめられることはなくなったけど、それでも普通にクラスメイトと接することは全くなかった。


 僕はそれを、ずっと見ていた。舞台の上から、舞台の端っこを見ていた。

 いじめる側に回ったことはなかったけれど、見て見ぬふりならしていた。

 僕はずっと、彼女がいじめられていることを知っていた。


 でも、何もしなかった。

 いじめをやめさせるなんて目立つことを、僕はしたくなかった。

 いい意味でも悪い意味でも、スポットライトなんて浴びたくなかったから。



                  ○



 高校三年生になった春のこと。

 始業式の日のこと。


 僕は自分のクラスの自分の机で、ぼうっと、今年のクラスの顔ぶれを眺めていた。

 クラス替えはあったけど、あまり代わり映えのない顔ぶれ。大きく入れ替わりがあったということはないみたいだ。


 これは、去年みたいにしていれば穏やかに過ごせるな。ここでクラスのメンバーの入れ替わりがあったりすると、立ち位置を微妙に変えなくてはいけなかったりする。それはとても神経を使う面倒な作業なので、メンバーがほとんどそのままというのは僕にとってとても都合がいい。


 僕がそう思っていると、肩をぽんと叩かれた。

 このクラスの主役がやってきた。


 「よう、翔太郎。今年もクラス同じだな!」


 「ああ、そうだね。(すぐる)


 優は明るく人好きのする笑顔を浮かべていた。

 優は僕と小学生の時からずっと一緒のクラスだった。一番話せるクラスメイトだ。


 彼は僕とは真反対の存在だ。望んでなくても、無自覚でも、主役になれる。なってしまえる。

 いつでもみんなの中心で、自然と周りに気を配れて、本当に誰からも好かれるやつだ。


 そんな彼と最初から知り合いだった僕は、どの学年でも自然な流れでクラスの中心グループの一員になれた。おかげさまだ。

 そんな彼だから、よく周りも見えている。教室をぐるっと見渡してこう言った。


 「タケもコージもミサもレイカも、なんだみんな一緒じゃんか。……ん? あ、それに幡宮も一緒なんだな」


 「……うん。そうだね」


 さすが優だ。他人のことをよく覚えている。関わり合いのない人間のことなんて、普通は覚えないはずなのに。


 「俺あいつとずっと同じクラスだった気がするんだけど、全然話したことないからさ、何考えてんのか、わかんねえんだよな」


 幡宮のことまで覚えていて、それを話題にあげるところは、さすがとしか言えない。


 僕はちらりと、幡宮の方を見た。


 優に言われる前から、幡宮がいることは知っていた。


 幡宮は窓際の席で、静かに本を読んでいた。

 片手だけで、器用に。


 そんな幡宮に声をかけるやつは、誰もいない。

 みんながお互いに、今年もよろしく的なことを言い合っている中、ただ一人、本を読んでいる。


 まあ、三年の今さら、クラスの出来上がったグループに入るなんて難しいし、それに、僕には関係ないことだ。

 幡宮が一人でこの先も、ずっと独りで高校生活を過ごそうが、僕には関係ない。


 幡宮と僕はきっと、いや、絶対に、クラスメイト以上のかかわりを持つことは、無い。

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