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陽だまりのマゼンタ  作者: しぼりかぼす
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赤のリコリス 深緑の大輪-3

茂みから好機を伺う蛇の様に白銀の一閃が金属光沢を惜しげも無く披露しながら矢の如く龍の頭部を引き裂き、

アイギスの頭部と僅か10㎝まで迫っていた。


僅か0・2秒間の戦慄に全身の末端まで通常の三倍の速度で情報処理と反射を行う戦士の超反射神経が、目前の危機を回避するためだけの膨大な計算を積み上げていく。


超反射に遅れて付くのではなく並行同時展開を可能とする戦う為だけに作られた巨躯が見合わぬ動きで白銀の一閃を回避する。


回避の際に捻った巨躯をそのままの勢いで全身を傾け斜め回転させ、着地と同時に開拓者(レグナント)を構え直す。


 一秒にも満たぬ僅か0・8594秒の攻防をリアルタイムで感じ取ることが可能なのはアイギスのみだ。


痛みも恐怖も感じることなく頭部の半分が潰れ、息絶えた龍の巨体が崩れ落ちる。


巨人が歩む様に地を揺らし倒れゆく龍の巨体。


その影に身を潜めた真の射止め手がゆらゆらとおぼろげな幻覚の様に表れるが、濃霧による妨害で明確な姿を捉える事が出来ない。


「あんたは誰だ?!名を名乗れ!」


 沈黙を貫く濃霧のベール越しの武人。

右に持つ長剣をゆらりと構える。


龍を一撃のもとに射止める刺突を目にしたアイギスとクロエがただの一瞬も眼を反らすまいと柄に手を掛け呼吸を整える。


フッ、まるで蝋燭を消す様に緩やかな風斬り音…


それが剣線だと気付くのに時間は必要ない。


アイギスは構えた大剣を盾の様に構えガードする。


伸縮自在の剣線がズズズ…と鈍い音を発しながら受け止めたアイギスを後退させていく。


アンカーを打ち込む様にタイルに沈ませた両足の踵が単純な力比べに負け、タイルを削りながら後退していく。


アイギスが交戦している間に霧のベールに身を隠し、武人の側面に回り込み、銀翼の蒼牙(ブルータスク)で刺突を繰り出す。


長剣や大剣とは異なり、儀礼用で本来戦闘に使うモノではないが故の軽さで、刺突には空気抵抗も風切り音も有りはしない。


霧のベールに身を隠した視覚的襲撃、音を立つ無音の刺突。


儀礼用の装飾剣が武人の兜を貫く刹那、電光石火の勢いで繰り出された左手が銀翼の蒼牙(ブルータスク)の切っ先を錠の様に握り込む。


「ウソッ?!何で気付いたのよ?!」


 武人が伸縮自在の長剣を懐に戻し、鞭の様な横薙ぎの一閃でアイギスに襲いかかる。


次は盾として活用するのではなく斬りかかる様に長剣を迎え撃つアイギス。


剛力で振るわれた大剣の一振りすらも、威力で劣る長剣が拮抗して見せる。


両者一歩も譲らぬ攻防。


武人は踵を中心軸として回し蹴りを繰り出す様に大回転し、遠心力を逃さず長剣を逆サイドから横薙ぎに払う。


「クロエッ!」


 クロエの眉間を切り飛ばしていく高さで放たれる一振り。

跳ねる様にクロエを庇い、前に出たアイギスが長剣の薙ぎ払いを中途半端な姿勢で受ける。

構えすら取れていないめちゃくちゃな姿勢で受け止められる刃ではない。


弾かれ、発射された砲弾の様にアイギスがタイルの上を大剣で斬り付けながら転がっていく。軌跡が大剣とあらゆる部位に施された鎧に削り取られた歪な傷跡を描いていく。


 近距離戦闘での圧倒的力の格差を理解したクロエが横たわるアイギスの隣に立つ。


「尋常な体術じゃ無い…視覚も聴覚も頼りにならない状況での回避なんて有り得無い…」


 両の手で支えた大剣をタイルに深深と突き刺し、アイギスが巨躯を起こし切る。


「全力で挑まなきゃ、到底敵う相手じゃ無いね。クロエ…後方から大規模召喚術式を」


 荒い息を吐きながらアイギスが大剣を構え直す。

後方ではクロエが刃に魔力を込め始める。


物音一つで弾け飛んでしまいそうな極限の緊張を破ったのは刺突の一閃ではなく、武人が血塊を強欲に舐め取った長剣を虚空に薙ぐ音だった。


破裂させるのではなく、空気を抜き取られた様な、スッという風切り音に任せる終結の合図。


腰の鞘に長剣を納め切った武人は濃霧によりシルエットすら確認出来ない五体をさらに奥底の濃霧に沈めていくように立ち去って行った。


 数拍の沈黙。クロエは驚きを胸の内に留めておく事が出来ず、狭く開かれた唇から言葉が漏れる。


「何なのよ…あいつ…」


 アイギスの返答が無い。再び辺り一帯を塗り潰す静寂。


 ガシャッ、人一人の身長ほどもある大剣が武骨に地に沈む音が静寂を押し切ってやけに大きく鼓膜に響いた。


跪く(ひざまずく)様に崩れるアイギス。

整ったパーツで作られた顔には波を被った様にぽたぽたと汗が滴り落ちている。


完全な回避の敵わなかった印が傷として顔に刻まれており、流れ出たばかりの鮮血が汗に滲む。


「アイギス!大丈夫?!」


 崩れ落ちたアイギスの元に駆け寄るクロエ。


半年の間一緒にいるが、アイギスが疲労で飽和状態を迎え、不様に地に膝を付く姿を見るのは初めてだった。


極限状態での回避により脳神経が蜂の巣になり、

ただ一瞬の爆発の為に通常速度を大幅に超えた運動をした為、

鈍重な疲労感と電撃の駆け巡るような矛盾した激痛が鎖の様にアイギスを蝕んでいるのだ。


「はぁ…心配無いよ。少し疲れただけだから…」


 そう言って立ち上がろうとするアイギスがガシャガシャと部分甲冑の乱舞音を響かせ倒れ込む。


立ち上がろうともう一度大剣をタイルに刺し込むが、今にも倒れ伏しそうなアイギスを支えようと手を伸ばすと、

アイギスは手で制止を促した。


「大丈夫…大丈夫」

と繰り返すアイギスの制止を振り切り、

無理矢理にクロエがアイギスの左手を肩に回した。


「本当にあんたってバカ!大丈夫じゃない事ぐらい分かるわよ!どれだけ一緒にいると思ってるの?!強がってないでもっと私を頼って!」


 反論を許さない決意の眼差しで言い放つクロエに、

 アイギスは何一つ言い返す事など出来なかった。


面喰った表情で深緑の瞳が名画の額の様にクロエ一人を見据える。


ズシリとクロエの肩に掛けられた確かな重み。巨躯に比例しない痩身とはいえ、

2mを超す巨躯の重みは確かなものだった。


不器用で、全く自分を大切にしようとしないアイギスが初めて素直にクロエに自分を預け切った重みだったから、

それゆえに対抗する様にクロエは細い肩に掛かる重みの一端を読み取れない様に涼しい表情を突き通した。


ザク、ザク…大剣が杖代わりにタイルに沈んでは浮き、沈んでは浮く。


終わりの見えない濃霧の向こうに喧騒が聞こえる。

もうすぐだ。もうす――

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