断罪の魔女
*この話には残酷な表現が登場し、婦女暴行表現もありますのでご注意ください
悪役令嬢モノで、ざまぁは良いけどその前に王族から断罪されたら躱しようがなくね?という思いから浮き上がったネタの小話。
そんなノリで考えたのでやっぱり救いのないバッドエンドにしかなりませんでしたので、ざまぁの爽快感をお求めの方には不向きな話です。
「アリア、いや、アレクシア・イグナイト伯爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
今、私は何を言われたのだろう?
婚約者であるテリー様、テレグシス・アル・サファイア王子殿下が私の目の前に立ち、壇上から見下ろしている。
王子の周りには彼の側近候補とも言うべき上位貴族の子息たちが控え、一人だけ異分子、少女がいた。
なぜ、私ではなくその女がそこにいますの?
元平民であるエミリア・バレンタイン男爵令嬢であるその少女は、魔法の才能を買われて貴族籍を得ただけの存在。
本体であればこのパーティーにすら出席出来なかったはずの無知なる女。
魔法の才に関してだけは感心を寄せるべきところはあるが、あまりにも稚拙な腕では才能も生かしきれないと教師陣からも見放されていた存在。
美貌という見た目だけは秀逸、保護欲を駆り立てると下級貴族の子息たちが騒いでいたのは覚えている。
でも、この場はあくまでも上位貴族と学内成績上位の者たちだけが参加できる舞踏会。
なぜ、その女がここにいるの?
一体、私がいなかったこの数ヵ月で何が起きたの?
それを答えてくれる人は誰もいない。
なぜなら、私はすでにこの世界で独りきりの存在になっていたから。
「もう一度おっしゃっていただけますか、テリー様」
「お前にテリーと呼ばれたくないな、アレクシア」
「婚約者である私が呼ぶには不敬とおっしゃるのですか?」
「元婚約者だアレクシア。お前との婚約は解消し、私は新たにこのエミリーと婚約する」
「テリー様・・・」
私との婚約を破棄して、エミリア嬢と婚約する?
その言葉を聞いても中々理解できず、私はしばし呆然と王子を見つめてしまった。
この国の王太子となるべく育てられたテリー王子にはその地位に見合い、教養と能力ある才女が必要と私が婚約者の位置に据えられた。
それが今から3年前の二人が12歳の時。
西方を守る辺境伯である父に連れられ王城へ赴き、王と王妃から王子を支える存在になるよう王命を受けての婚約者。
遠く離れた故郷に別れを告げ、その日から私は王都で王太子妃となるべく、教育を施された。
辺境伯という仕事は外敵から国を守る事であり、教養よりも剣や魔法、軍事に重きを置く。
父はもちろんそういう人だったし、無くなった母も同じだったらしく、私もそれまでは辺境伯の女として相応しい教育を施されてきた。
だが、王都での教育は故郷での教育とほぼ真逆の事ばかり。
当然そのような事を突然言われてすぐできるはずもなく、最初の数ヵ月は泣きはしなかったが王子の婚約者失格の烙印を押され続けた。
ただ私には努力、やり続ける才能とも言うべきものが備わっていたようで、一年もすれば烙印の汚名は返上し、二年もすれば王子の婚約者に相応しい才女として扱われ始めた。
そして貴族院であるこの学校に入学する時には、王子の婚約者としての肩書きを得て門を潜ることができた。
王子との婚約者生活はほぼ三年しかなかったが、お互いに教育の厳しさから仲間意識、愛情へと変化していくには十分だった。
だったはずなのに、なぜ、私は婚約者ではなくなってしまうの?
「王子殿下、解消の理由をお聞かせ下さい」
「理由だと?お前は解らないのか?」
「父が戦死し、陛下との取り決めをした人物がいなくなったぐらいしか思いつきません」
「違う、そのような理由ではない!お前はこのエミリーへの仕打ちを覚えていないと言うのか!」
「仕打ち?仰っている意味が分かりませんが」
「流石辺境の女性ですね、あなたは。野蛮極まりない」
「レンブランド様、それは辺境伯である父、それを継いだ私への侮辱と取ってよろしいですか?」
レンブランド・アクアリウム侯爵子息である彼は次期宰相候補として呼び声高い上位貴族の一員。
王子の右腕とも言える彼はその頭脳によってこの貴族院を支配していると言っても過言ではない。
後二年でここを卒業する私たちの中でも一番頭角を現した存在であり、宰相府への入席も内定していると言われている男。
彼の冷徹な瞳が怒りの表情と共に私へ向けられていた。
「野蛮と言うよりも物覚えが悪いのか、自覚がないんじゃないか?」
「あなたもですか、ユグリス」
ユグリス・オンブル東方辺境伯子息である彼はこの国の海辺を守る辺境伯の嫡子であり、商才に優れた少年。
あどけない表情と裏腹に、豪商たちにも負けない話術と商眼で辺境伯から一部事業を任されているほどの逸材だ
彼と私は同じ辺境伯の子という事で、幼少の頃から交流があり、その頃は私の方が姉のように接していた。
だがこの貴族院に入学してからは反発するようになってきて、父からはそのような年齢になったのだから接触の仕方を変えるように言われていた。
「それでは私が君のしでかした事をお教えしよう、アレクシア殿。君はエミリア嬢に対して苦言を超えた暴言、時には暴力も辞さなかったそうではないか。そのような者が王子の婚約者にふさわしいと?」
「暴力?」
そして私に理由とやらを突き付けてきたのは国教の御子であるミハイル・サンジェルマン司祭。
彼は若干十歳にして神の声を聴いたとされる聖者で、教皇の孫という肩書もあり、上位貴族と同じ扱いを受ける存在。
十五歳の現在、司祭の地位についている彼は王侯貴族平民関係なく慈愛に満ちた笑顔で接するまさに聖者たる人物として認識されている。
この貴族院でも同じく博愛主義ともいうべき行いをしてきた彼が私を断じて来た。
「そうだ、アレクシア。お前はエミリアに対して暴言だけではなく、暴力、しかも周りに分からないようにしていたそうではないか。しかし、それもすでに判明している」
「王子殿下、何を持って私にそのような事を?」
「エミリーが勇気をもって証言してくれた。私はお前と婚約者関係だったことが一生の恥だ」
「・・・左様ですか。私はここ数ヵ月、今年に入ってすぐに領地へと帰っておりましたが、それでも私がやったと?」
「ああ、まだ白を切るのだな、みっともない女だ。お前がここにいる間、そしていない間はお前の仲間がやったことだ。もちろん実行犯である仲間は自白した」
「仲間、ですか?」
「お前と仲の良かった令嬢どもだ。すでに断じて領地へ帰らせたがな」
「なんという事を・・・」
彼女たちが何をした?
確かに私はエミリアに対して行いを改めるよう窘めたし、仲の良かった令嬢たちからも再三苦言を呈してきた。
なぜなら彼女は王子を含めた上位貴族の子息たちに無礼な言葉使いで接し、必要以上に近寄ったからだ。
彼ら、この目の前にいる三人には婚約者がいたはず。
よく見たらこの場には彼女らがいない。
まさかそのすべてを排除したとでも言うの?
エミリア・バレンタイン、あなたは私たちから奪ったと言うの?
ああ、そういう事か。
私は、辺境伯の女である私は、この女に負けたのか。
見目麗しい少年たちに囲まれて、震えたように見えるあなたはその女として手腕で勝利して見せたのね。
「ふ、ふふふふふ」
「何がおかしい!」
「いえ、理解致しました。よろしいでしょう、王子殿下。王が許可しているかは知りませんがあなたとの婚約解消は承知しました」
「ふん、さっさと認めれば良いものを。ああ、あとお前は退学だ。さっさと領地にでも帰るんだな」
「そうですわね。王への謁見が終了しましたらすぐにでも離れましょう。時にエミリア様」
「な、なんです?」
ふふ、演技が上手な女ね。
まず男ではその演技は見抜けないでしょうね。
女の私でも見抜けなかったその手腕、見事としか言えないわ。
あなたは魔法の才だけではなく、女優の才もあったという事ね。
ただ、魔法を併用しての演技は私の前では二度としない方がよろしくてよ?
この喜劇だか悲劇を演出したその手腕、そして女優としては素晴らしくても、魔法使いとしては私の方が優れているようよ。
「ご婚約おめでとうございます。あなたの魔法の腕は貴族院の教師たちですら見抜けぬほど素晴らしい物だったのですね。私も今後の参考にさせて頂きます」
「っ」
ふふ、最後に化けの皮がはがれたわね。
それだけが断罪された私への唯一の慰めになったわ、ありがとう。
「アレクシアよ、そなたをイグナイト女伯爵と認め、西方辺境伯に任命する」
「謹んで拝命いたします」
「そして第一王子との婚約の件だが、そなたも了承したと聞いている。相違ないか?」
「はい、解消という事で問題ありません」
「あい、分かった。これをもってアレクシア・イグナイトは婚約者ではないとする」
すでに王子から陛下へと婚約解消の話が出ていたようで、まさか謁見の間でこの話が出るとは思わなかったがすんなりと了承された。
本来なら王子、未来の王である存在の配偶者をロウソクを変えるが如き簡単に行ってよいものではない。
なぜなら王妃になる人物は高い教養と品格が求められるので、その教育はとても厳しいものとなる。
私はほぼ三年の間受けてきたが、あれは誰でも耐えれる生易しいものではない。
私が婚約者となる前、実は婚約者が存在したそうだが、その少女は自殺してしまったのだ、あまりの厳しさに。
はたしてあの魔法と演技の才しかないエミリアにそれが乗り越えられるかが見ものである。
「陛下、一つご提案があるのですが」
「なんだ、宰相?」
「西方辺境の事ですが、いきなりあの大領地をイグナイト女伯爵に任せるのは酷ではありませんか?」
「ふむ、補佐役を回すか?」
「いえ、領地を幾分か回せばよろしいかと」
なるほど、宰相も絡んでいたのか、この件に関しては。
西方辺境、それは大森林と呼ばれる魔物たちが蔓延る秘境に隣接した領地であり、常に危険と隣り合わせの場所として国より十分な資金と領地を与えられてきた。
ただ、ここ十数年。
魔物が大森林を抜けて国へ大規模に侵攻してくることもなく、宰相は王へ西方辺境地の支給金や領地を減らすように働きかけてきた。
だが小規模な侵攻で戦死した父が頑なにそれを拒み、陛下もそれを認めようとしなかった。
しかしその父ももういない。
陛下の学友であった父という壁がいなくなった今、魔物とは違う魑魅魍魎たちが西方辺境を食い物にしようと群がってきた。
ふふ、まさかこんなところでも負けていたなんて、私はここ数ヵ月、本当に何をやっていたんだろう?
王子の婚約者という教育は厳しかったが、王都と言うぬるま湯に浸かって、辺境伯の女として随分腑抜けになっていたようだ。
「そうだな。その辺りは宰相にまかせる。良いな、アレクシア」
「仰せのままに、陛下」
ああ、陛下。
あなたも私を見限るのですね。
良いでしょう、もう、この王都には私の居場所がない、それが分かっただけでも十分だ。
王都の屋敷を引き払い領地へとの帰路に着けたのはそれから一週間後の事だった。
使用人のうち領地へと付いてきたのは僅か一名、私が領地から連れてきた侍女のみであり、他の屋敷の管理を任せていた家令を含め全て解雇を願い出てきた。
まさに恐れ入るとはこの事で、使用人たちにも彼らの魔の手が伸びていた。
長年、父の右腕として仕えてきた初老の家令でさえこれなのだ、私に付き従ってくれた侍女が逆におかしいのでしょう。
彼女は私の乳母の娘であり、辺境伯の女。
元々王都の暮らし自体も気に入らなかったようで、婚約を破棄された事への怒りと領地に帰れると言う喜びで情緒不安定に陥るぐらいだから相当。
身の回りの品で気に入っていた物だけ持ち、あとは旅路の荷物、それだけが私たちが運ぶ荷物だった。
王都から西方辺境までは馬車でも二週間、私たちは王軍に護衛、いや護送されながら領地へと辿り着いた。
そしてそこで待っていたのは敗北者の現実。
身辺整理をしていた一週間と旅の二週間、そのわずかな期間で私の領地は十分の一にまで少なくなっていた。
辺境伯城がある都市のみの領地。
もはや侯爵と同じ地位にあるはずの辺境伯と言えるような規模ではなくなっていた。
「さて、イグナイト女辺境伯。以後、我らは辺境軍を指揮するよう軍務卿に仰せつかっている。指揮権を渡して頂こうか」
「陛下の任命状は?」
「こちらに」
「なるほど。わざわざ現地でなくとも王都で譲渡しましたのに」
本当に姑息なほど徹底したやり方、これは宰相の指示なのでしょう。
気に入りませんがどうせこの領地と少なくなった資金では維持できませんからどうでもよいですね。
ただ、次に発せられた言葉だけは許せる物ではなかった。
「それから辺境伯の私兵についても私の軍の傘下に入るからそのつもりで」
「たかが軍人如きが何をおっしゃいますか?」
「なんだと?これは軍務卿からの指示だぞ!」
「私の私兵は辺境伯の財産。なぜそれを差し出す必要がありますか」
「この、小娘の分際で!」
たかだかこれぐらいで剣を抜くとは愚かで小さな男ですね。
そしてこの男程度、私が動く必要はありません。
「分を弁えて下さい。この方は若くとも女伯爵にして辺境伯を陛下より任命された貴族ですよ。あなたのような軍人が本来口を聞いてよい方ではありません」
「ぐっ、おのれ!」
「さっさと指揮権を持って帰る事ですね」
「覚えておれ!」
侍女に負ける程度の腕しかなくて辺境を守れると思っている小男。
それが私に敗北者の烙印を見せつける存在だった。
「あの様な男にまでなめられてしまうとは・・・」
辺境伯となった私がまず取り掛かったのはこの都市だけで自給自足、兵鋲の確保、私兵の増強だった。
なにせ周りは全て敵。
この国を脅かす魔境の大森林、宰相の手に落ちた嘗ての辺境伯の領地、それらが全てこの土地を呑み込もうと虎視眈々と狙っている。
もう私にはこの街と住民、そして僅かな部下たちしかない。
ほぼ奪われた中でわずかに残ったこれらを私は矜持にかけて守らなくてはならない。
その思いでのみ私は足掻き続けた。
そしてそれらが実をなし始めたのはあの日から二年、父が戦死してから二年半ほど経った頃だった。
落ち着き始めた街にはやっと活気が見え始めた、そんな矢先だった。
王都からある知らせが届いた。
テレグシス王子が王太子となり、エミリア・バレンタインと結婚、王太子妃になったというモノだった。
王子殿下が王太子になった事は順当と思われたが、まさかエミリアが王太子妃になれるとは思っていなかった。
あの教育を彼女が乗り切れるとは考えられなかったからだ。
ただそれは少し調べてみれば解る事だった。
王子殿下がそれらを全て廃止し、王妃教育制度がなくなっただけだった。
「・・・本当に愚かな方。もう、この国はお終いかもしれないわ」
私の呟きが引き金になったのかのようにその知らせが届いて一か月後、大森林から大量の魔物が現れた。
百年に一度の規模の侵攻。
この国の終わりを告げる軍靴の足音だった。
真っ先に狙われたのは私が治める辺境伯領地であるこの都市だ。
もちろん私たちは戦うつもりだが、魔物の群れは監視砦をすぐさま呑み込み、あと数日でここまで辿り着くだろう。
このままでは蹂躙される未来しかない。
私はすぐさま他領地となった周辺の街へと知らせをだし、辺境軍の遠征を依頼した。
だが使者からもたらされたのは無常なる返答だった。
「・・・当主さま」
「ふふふ。ふははははははは!ああ、まさか私たちに餌に成れと、この国は言うのね。まさかここまでするとは思っていませんでしたね。私も所詮は小娘に過ぎなかったという事です」
辺境軍は三日後に出立する、それまで私兵にて対応されたし。
それが彼ら、この国の回答だった。
「領民たちに告げなさい。すぐに他領へ避難するように。宝物庫、食料庫は解放してすべて持たせなさい。もう、必要ないでしょう」
「まさか、当主さまは残られるのですか!?」
「ええ、もう私に残されたのは辺境伯という矜持だけ。・・・あなたもお逃げなさい。今までありがとう」
私はここで潰えてしまう。
敗北者の末路としてはまだ上等かもしれません、なにせ故郷で死ねるのですから。
辺境軍が到着したのは一週間後だった。
辿り着いた彼らが見たのは大量の魔物の死骸と瓦礫の山、そして大量の人の死体。
辺境伯の者たちは小さな子供から老人に至る全てが最後まで戦い抜いた。
その結果が目の前にあった。
堅牢と謳われたイグナイト辺境伯爵城も無残にも破壊されており、もはや使い物にならないほど破壊されていた。
辺境伯の私兵や従者たちと思われる死体も城跡に沢山見つかった。
だが、最後までアレクシア・イグナイト女辺境伯の死体だけは見つからなかった。
結局辺境軍がやった事は瓦礫の撤去と大量の人と魔物の死体の処理のみで、一度も戦闘をしなかった。
百年に一度の魔物の大侵攻は辺境伯がその身を挺して防いだ事で幕を閉じた。
ただしその事実は辺境軍によって闇に葬られ、大侵攻鎮圧の勲章は彼らが掠め取った。
そう、アレクシアの名誉の死さえ、彼らは踏み躙ったのだ。
西方辺境伯領が壊滅してから一年。
壊滅という衝撃で暗黒の時代を迎えたかのような雰囲気に包まれていたが、それを払しょくする知らせが国中に届いた。
王太子の第一子が誕生したのだ。
王家の血が繋がった、その知らせに国中が光を見出し、祝福の鐘の音となって響き渡った。
王は宰相の提案もあり大々的に後継者の誕生を国事として祝う事とした。
新しい王族のお披露目、王都でパレードと祝祭を開いたのだ。
人々はそれに歓喜し、盛大にその日を楽しんだ。
神の代理人として国境の教皇も参加し、祝福もした。
王を守る近衛兵たちが珍しく人々の前に姿を見せ、その雄姿を一目見ようと群がった。
各所では祝酒が振る舞われ、食事も無償で配られた。
王都に居る全ての、この国に住まう全ての人々が笑顔に包まれた。
その日はこの国で一番幸せな一日となったのだ。
いや、はずだった。
「至急、至急!大至急お取次ぎ願いたい!」
「なんだ、この祝福の日に騒がしい!」
「ま、魔物が!大量の魔物が西方より現れました!」
「ふん、辺境軍が居るだろう。そちらに任せておけばよい。そのような事でこの日を潰すわけにいかぬ」
「へ、辺境軍はすでに壊滅、壊滅しているのです!」
「な、なんだと!」
「魔物の群れはそのまま東へ、こちらに向けて依然進行中!途中にある村、町全てを呑み込み勢いが止まらず!」
「ば、馬鹿な!去年のあの大侵攻ですら辺境軍がなんとかしたではないか!なぜこうなっておる!」
「軍務卿及び宰相へ至急お取次ぎを!陛下に至急お知らせください!」
祝福の日となるはずだったその日は、この国の終焉を告げる日となって人々に記憶される事となった。
まず王が下した命は魔物の大侵攻を国軍、そして貴族たちの領軍で徹底的に潰せというモノだった。
だがこの命に対して従ったモノは一部の貴族、西方辺境から王都までの間にある領地の貴族だけだった。
何せ彼らは自身の領地を守る必要がある為参加し、他の貴族たちは対岸の火事程度の認識で様子見を決め込んだのだ。
いや、様子見というより魔物たちはすぐに打ち取れると甘い考えをしていただけだ。
そして編成された国軍の三分の一と一部の貴族の私兵で構成された討伐軍と魔物の群れは王都から七日の距離で激突した。
この戦闘の結果を知らせるために王都へ戻った伝令の知らせは討伐成功の吉報。
「我が軍は壊滅!戦死者は五割以上、残りもほぼ全員怪我をしており戦線維持は絶望的!至急援護を送られたし!」
「なっ、馬鹿な!?ええい、将軍はどうした!」
「将軍閣下は討ち死にされました!」
ではなく、完全なる敗北の知らせだった。
次に魔物たちと戦ったのは王都の守護の為に僅かの兵を残し、それ以外全てをつぎ込んだ国軍と他の貴族たちの私兵の混合軍。
もうすでに国存続を賭けた戦いとなった魔物の大侵攻は王の絶対順守の命、強制王権を発する事となり、その討伐軍の将軍に東方辺境伯が任命された。
そして軍師として任命されたのはレンブランド・アクアリウム。
侯爵家の子息であり宰相の後継者と言われている人物だ。
王太子の右腕である彼は政治だけではなく軍事にもその才を有していたための抜擢だった。
当然王太子や宰相はこれに反対したが王はその声に耳を貸さず、強引に話を纏めてしまった。
そしてそんな彼らが戦ったのは王都から四日の位置。
魔物たちは大量の人の死体、初戦で潰走させた討伐軍の死体に群がり、逃げた兵たちを追い掛け、途中の街を蹂躙して侵攻速度が極端に落ちていたためその距離で戦う事となった。
戦いの結果の知らせを届けた伝令は、王都に到着後、すぐ息絶えるほど重症を負っていた。
「へ、陛下に、陛下にお取次ぎを・・・」
「おい、しっかりしろ!討伐軍はどうなった!戦いはどうなったのだ!」
「化け物、化け物が居た・・・将軍も、ぐ、軍師殿も魔物に、魔物に生きたまま食われた・・・いやだ、俺はあんな死にかた・・・・」
「おい、軍は、軍はどうなったんだ!」
またもや討伐軍の壊滅。
この知らせは王へと届けられるよりも先に王都に住む人々に伝わった。
なぜなら傷だらけで王都門に辿り着いた伝令を人々が見ていたからだ。
「もう、この国はお終いだ!」
「に、逃げるぞ!」
「どこにだよ、どこに逃げたら!」
パニックをおこし、逃げ惑う者、この気に悪事を働く者。
そんな人々の所為で王都は大混乱となり、気が付けば暴動が、火災が発生し、完全にその機能を失った。
そしてその混乱を鎮めようと立ち上がった国教の信者たちは、暴徒と化した住民に襲われ、神の声を届けてきた神殿は破壊された。
「な、なぜだ!神はなぜ私を助けてくれない!おお、神よ!私はあなたの愛を受けし者ではなかったのですか!」
教皇の孫である聖者ミハイル・サンジェルマン司祭は暴徒に交じっていたスラムの貧民たちに襲われ、撲殺、身包みを剥され、無残な姿を王都の路上にさらしたのだった。
「なぜだ、なぜですか、父上!私とエミリーの子が生まれてこの国は祝福されたはず!なのになぜ!」
「そんなことは知らん!」
「陛下、これはやっぱり彼女を陥れたのが・・・」
「馬鹿な事を言うな!あれが関係ある訳ない!」
「ですが、宰相の諫言に惑わされず辺境領を元のままにしていれば抑えられていたはずです」
「国軍を全て投入しても勝てなかったのだぞ!それがたかが辺境伯の軍だけで抑えれた訳がない!」
「そうですよ、母上。アレクシアをどうにかしていなくとも結果は変わりません。いや、あの女が悪いに違いありません!」
「・・・私はそうは思いません。テリー、あなたの選択は間違っていた、私は未だにそう思います」
「なぜですか!あいつは私のエミリーを傷つけたのです!本来なら極刑にしたかったくらいです。魔物ではなくこの手で・・・」
「テリー様、そのように手を強く握っては」
「ああ、すまない、エミリー。必ず君と娘だけは守って見せるからな」
「はい、ありがとうございます」
「陛下、最後にお願いがございます」
「最後?何を言っておるのだ?」
「もし生き残ったとしても私たちの血は残さないよう、お願いします」
「ど、どういう事だ?」
「母上?」
「お義母さま?」
「感じるのですよ、ずっと。先ほどからこちらを狙う何かが、もうすぐそばまで」
「だから、どういう事なのだ!」
「「ヒヒーン!?」」
「ぐおっ!?」
「お前はだれ、ぐぎゃあああああああ」
「きゃっ」
「な、なんだ!?何が起きたのだ!」
「エミリー大丈夫か!」
「もう追いつかれたのですか。しかしこれは、やっぱり」
王都から僅かな手勢のみ引きつれ、西へ向けて落ち延びていた王族一向は馬車に揺られ、夜間にもかかわらず進んでいた。
そして何者かの襲撃を受け、馬車は完全に停止し、嘗て聞いた、もう聞くはずのない声が辺りに響いた。
「ふふ、はははは。流石は王妃さま。嘗ては最高の使い手と言われた方」
「何者だ!」
王太子が馬車を飛び出て声の主に誰何する。
その者は月夜の中でさえ輝きを失わない一輪の薔薇。
赤い、赤い、一輪の薔薇。
長く伸びた黒かった髪は赤く、そして身に纏ったドレスは赤黒く染まった女性。
嘗てアレクシア・イグナイトと呼ばれた女だった。
「酷いですね、王子。いえ今は王太子でしたか、テレグシス様。元とはいえ婚約者だったものをお忘れですか?」
「アレクシア!アレクシアなのか、お前は!」
「ええ、私はアレクシア。嘗てあなたにアリア呼ばれた者」
「なに、アレクシアだと!?」
「おや、陛下。陛下とあろう方がみっとも無い」
「貴様、生きていたのか!」
「生きている?ふふ、それはどうでしょう?」
私は手についた赤、先ほど潰した人だったモノに付けられた血を舐めとる。
ああ、美味しい。
最高級と言われた隣国の赤ワインよりも美味しい、この赤は。
私はその魅惑の赤に、酔ったように顔を惚けさせた。
「お、お前は何なんだ!なんで生きているんだ、アレクシア!お前は魔物に殺され死んだはずだ!魔物に食われ死んだはずだ!それなのになぜ!」
「ああ、テレグシス様。私の死を知っていたのですね。興味の欠片さえないと思っていましたのに」
「お前は何を言っているんだ!?」
「魔物に殺された?食われた?ふふ、殺されていませんわ。そして食われたといわば食われましたわ」
「だったら、なぜ、お前は!」
「きゃああああああ」
「エミリー!」
「ぐるううう」
「ああ、ダメよ。その女と幼子は食べちゃ。そっちのみっとも無い男もダメよ」
「な、なにを!ぐぎゃああああああ!」
「父上!?」
私が惚けている間に、私の可愛い可愛い子、私の領民たちが馬車を襲い、エミリアとその子を捕まえてしまった。
そして私を見て唖然としていた陛下を咥えてしまった。
この一族は私のモノなんだから、渡さないわ。
「な、魔物だと!?」
「私の領民を化け物呼ばわりですか、やはりあなたは酷い人ですね」
「りょ、領民!?お前は何を。そ、それよりエミリーを放せ!」
「まったく、しばらく黙っていて貰えますか?少し押さえておいて」
「くっ、放せ!エミリー!」
「テリー様、助けて!」
やれやれ、流石王太子ですね。
大怪我をした父親よりもあの女の心配をするのですから、救えない人です。
そろそろ始めたいですが、その前に王妃さまにお伺いしなければ。
「王妃様、お久しぶりです」
「アレクシア・・・」
「あなただけは解放させて頂きますね」
「なっ、私、私と娘も放しなさい!」
「あなたの出番はもう少し後ですから待ちなさい。それよりも王妃様、どうぞ」
「いえ、私も共に致します。これでも王家に入り、王の妻となった女ですから、最後までその勤めを果します」
「そうですか。それでは、あなたから」
「アレクシア、止めれずに申し訳なかっ、ぐっ」
「きゃああああああああああ」
「母上!おのれ、アレクシア!お前は絶対に許さない、許さないぞ!」
本当にうるさい人たち。
最後まで王族である事に矜持を持たれた王妃を見習って欲しいものですよ、ふふ。
ああ、流石王妃。
その身に宿した力が私を蕩けさせる、この赤いモノが私をさらに狂わせる。
でも、まだ私はこの狂気に身を任せるつもりはないの。
だって、まだまだメイン料理は残っているのだから。
「ふふ、ふふふ。さて、そろそろ始めましょうか」
「は、放しなさいよ!あなたがなんでまだ出てくるのよ!もうあなたは終わったじゃない!」
「そうですね、私はもうこの国では終わっているわ。あなたに敗北してね」
「そうよ!だから消えなさい!私の目の前から消えろ!」
「でも、今は私が勝者よ。さあ、あなたの母親が頼りないから私が連れて行ってあげましょう」
「っ!?私の娘をどうするの!」
「あなたと違って大人しい子ね。さあ、連れてきてちょうだい」
「痛い!?は、放しなさい、放しなさいよ!」
「アレクシア!娘を、エミリーをどうするつもりだ!」
「ふふ、どうしようかしら」
さあ、これで準備完了ね。
始めましょうか、この敗北者が奏でる復讐劇を。
「さて、陛下、起きて下さい」
「アレクシア・・・王妃はどうした、のだ」
「私が殺しましたわ」
「そう、か。あれの言う通りだった訳か」
「あなたの罪は私の父を裏切った事です、陛下」
「ああ、そうだな。私はあいつを裏切った」
「なぜ、裏切ったのですか?」
「嫉妬だよ、私の。あいつは私より強かった。そして聡明だった。あいつの死後、もう勝つ事が出来ないと思ったとき、どうしてもあいつを超えたくなったのだ」
「だから宰相の案に乗って、辺境伯領を壊したと」
「そうだ」
「そうですか。宰相も似たような事を言っていましたね」
「宰相も君が殺したのか?」
「ええ、陛下」
「そうか・・・そろそろ私も殺してくれないか?」
「ふふ、ダメでしよ、陛下。王たるもの最後まで民のために働かなくては」
「・・・それが私への復讐か」
「ええ、そこでご覧になっていてください」
「さあ、お待たせしましたエミリア様」
「早く、放しなさい!放しなさいよ!」
「ふふ、等々演技もできなくなったのですね。せめて最後までか弱い女を演じて頂いた方が楽しめましたのに」
「っ!?」
「それではエミリア様。あなたに選択肢を差し上げますわ」
「な、なによ」
「そこに居る私の領民たちの娼婦になって生きるか、それとも少しずつ少しずつ足の先から手の先から食べられるか、どちらが良いかしら?」
「ひっ!?嫌よ!どっちも嫌に決まってるじゃない!」
「本当に我侭ですね。それでは王太子様に選んでいただきましょうか。口を放していいわよ」
「くっはぁ!?」
「テリー様!助けて!助けて、テリー様!」
「エ、エミリー!くそっ、放せ、放せえええええ!」
「放してほしいですか?」
「当たり前よ!放しなさいよ!」
「放せ、アクレシア!今なら許してやる!だから!」
「では、テレグシス王太子に選択肢を差し上げましょう。解放するのはどちらかだけ。あなたか、エミリア様どちらかだけ。もちろん解放する前に片方を殺しますわ」
「くっ!選べるわけないだろう!」
「そうよ!この卑怯者!こんな化け物たちがいないと何もできない女の癖に!」
「早く選びなさい。でないとあなたたちの娘は死んでしまうわ」
「なっ、お前!」
「っ!?テリー様!私を守ってくれると言いましたよね!言いましたよね!」
「エ、エミリー?」
「だから私を解放するように選んでください!」
「私に死ねと言うのか?嘘だろう、エミリー?君は私と・・・」
「早く、早く選んでよ!私と娘を助けるためなのよ!早く!」
「嘘だ。こんなのは嘘だ。エミリーが私を・・・」
「うふふ。どう?これで理解したかしら、テレグシス様。エミリア様はあなたを愛してなんていないのよ。ただ王子というブランドに魅かれただけなのよ」
「違う!エミリーは私の事を」
「愛しているなら死を選ばさせないわ」
「うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだああああああああああああああああ!?」
「うふ、壊れちゃった」
「それだったら死んだと一緒でしょ!早く私を解放しなさいよ!」
「やっぱりテレグシス様を愛していた訳ではないのね」
「そうよ!あなたの言う通り王子だから取り入っただけよ!こんな事になるならユグリスにしておけばよかったわ!」
「それは彼の事かしら?」
「アアアアアアアアアアアアアアアア」
「ひっ!?ま、まさか、それはユグリスなの?」
「ふふ。領地に逃げようとしていましたからね、かなり早期に。ですから死んだ順で行けば一番早かったのですよ?」
「アアアアアアアア」
「ひっ、来ないで!来ないでよ!」
「うふふ。こんなになってまであなたを愛してくれているみたいよ、エミリア様」
「どこかにやってよ!いや、いや、いやあああああああああああああ」
「大丈夫。あなたは殺さない。ずっとずっとずっとずっと、あなたは私の領民の娼婦として生きるのよ」
「いやああああああ」
「ほら、ちゃんと演じないと。得意でしょう?あなたなら化け物の娼婦も演じられるわ。あははははははははははははは!」
「あああああああああああああああ」
「テレグシス様。しっかりして下さい、テレグシス様」
「ああ、アレクシア?アレクシア、アリア!」
「はい、アリアですよ、テリー様」
「ああ、アリア・・・私はエミリーが、エミリーが・・・私を」
「酷い方ですね、エミリア様は。テリー様という御方が居ながら他の男性に」
「エミリーが私に死ねと・・・他の男?」
「ほら、あちらをご覧ください」
「あっち?」
「アアアアアアアアアア」
「いやぁああああ、いやぁあああああ」
「ほら、ユグリス様とあんなに交わって。あなたを捨ててあんなに激しく愛し合ってますよ」
「ふはは、はは。これは夢だ。私は夢を見ているんだ。そうに違いない、これは夢だ」
「ふふ、まだお目覚めになってなかったのですね。じゃあ、お姫さまに起こして頂きましょうね。はい、これを握ってね。うふふ、本当にあの女の娘と思えないぐらい素直ね」
「これは夢だ、これは夢だ、これは、いぎゃああああああああ!目があああああ!目があああああああ!」
「ほら、お姫さま。お父さんがまだ目覚めないんだって。残りも刺してあげれば起きてくれるわ。はい」
「ぎゃあああああああああ!?」
「どうですか、テリー様。あなたの愛する娘に目覚めを促してもらって、うれしいでしょう?」
「アリア!アリア!」
「はい、テリー様。もうお目覚めですか?」
「アリア、アレクシア!お前は魔女だ!娘になんて事をさせるんだ、くそおおおおお!殺してやる!殺してやるううううううう!」
「お目覚めのようですね、よかった。しかし魔女ですか、うふふ。いいですね、これから私は魔女と名乗りましょう」
「殺してやる!殺してやる!殺して」
「じゃあ、お姫さま。お父さんを寝かしつけてあげましょうね。はい」
「ぐがぁ・・・」
「うふふ、あははははははははは!」
「陛下、まだ意識はありますか?」
「あ、ああ。君の復讐は、終わった、のか?」
「いえ。まだ生きてますもの、たくさん」
「そう、か・・・この国のすべてが憎いのか、きみ、は」
「うふふ」
「孫は・・・孫はどうするのだ?」
「そうですね、この子には特に思うところは。だって私がこうなった後に生まれた子ですから」
「そうか・・・」
「それに、この子の兄弟はこれからどんどん生まれますもの。それを見せて上げないと」
「それほどまで・・・・ああ、私はやはり間違っていた、の、か」
「・・・お疲れさまでした、陛下。地獄で父に殺されてください」
それからも私の復讐劇は続き、この国が地図から消えるまで続いた。
そして復讐を終えた私は、私の領民たちと私を知らない子供たちと共に末永く静かに暮らしました。
魔女である私が勇者と呼ばれる男に倒されるまで。
「私はアレクシア・イグナイト。化け物たちの女王にして魔女。永遠の敗北者。永遠の復讐者。永遠の母。さあ、私の劇に登場するのはだあれ?」
お読みくださってありがとうございました。
連載中の乙女ゲームモノの話を考えていたのにふと頭に過ったのが最後でした(