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魔法使いになりたい  作者: 久保修平
幼年期
9/57

天然二人

 泡沫の花という昔話がある。

 この世界に産まれた男なら必ず一度は聞いたことがあるであろう有名な話だ。

 哀れな男と醜い女。この世の在り方を忠実に現したと言ってもいい話だ。むしろ、この話が世に出回ったせいで、現在の男による痛烈な女性批判が加速したとも言われている。

 男はこの話を知り、幼い頃から女性とはなん足るかを教えられる。一種の教材として扱う家庭も少なくない。男はもちろんのこと、女の子にこの話を聞かせてあげることで、このような女にはなるなと戒められて育てられた世の女性も多いだろう。何時の時代であれこの話は世の人たちに共感と尊敬の念を持たれて、代々語り継がれている。


 人々を救った優しい男と、多くの人間を犠牲にした裏切りの女の話。


 魔法使いハルト。

 太古の世界において辺境の村で育ったただ魔法を使えるだけの優しい男。

 地位も名誉も財産もなかったが、彼は村の人たちと笑って暮らせていられればただそれだけで幸福だった。

 外の世界を知らずとも、自分の世界がここにはあって、自分を愛してくれている人たちの為にこの魔法を使うことができれば、それだけで満足できた。

 他人の為に生きることこそが自分の産まれた意味なのだと、ただ他人の幸福を願うだけの優しい男だったのだ。

 しかし、国は乱れ、世界に闇が立ち込めるほど、その光は一層輝きを増す。

 そして、国の繁栄を願う騎士の手によって彼の人生は一変する。

 王国騎士、アルテラ。

 世の未来と民の苦しみを憂い、人々を救いたいと願うその心に、ハルトは恋をしてしまう。

 そして、の村の人たちのようにもっと多くの人々が救えるのならそれは願ってもいないことだと、彼はアルテラの隣を歩くことを決める。

 村の人々は泣きながらその背中を見送り、彼の幸福を願った。国に栄光あれ、ハルトに幸あれと。

 男はこうして旅立つ。その道は険しいものであることは予測できたが、隣には愛しい女性がいた。ただそれだけで彼は前に進むことができた。

 だが、彼を取り巻く環境は予想を超えて不穏そのものだったという。

 魔法という人には扱えないものを司る男。

 神を冒涜するかのような奇跡を無闇にひけらかす愚か者。

 彼を目にした女たちはこぞって誹謗中傷を繰り返した。

 女の為の戦場に土足で踏み入ることも、死者を蘇らせる冒涜も、手を汚さずに相手を殺す無礼も。

 おぞましいと気味悪がられ、汚らわしいと非難され、多くの女になぶられた。

 しかし、ハルトにはそんなことなど気にも止めなかった。

 彼はアルテラさえ味方でいてくれたら、ただそれだけでよかったのだ。

 しかし、


『次は西の戦場に行け』『情けなどいらん。全員皆殺しにしろ』『味方など構うな、巻き添えにしろ。貴様がどうせ生き返らせればいいだろう』


 味方なんて一人もいない。一人ぼっちの少年の願いは、一度として叶う日はこなかった。

 聡明な彼は、その先の結末を自然と悟る。決して自分が救われぬ結末を誰よりも理解した。

 それでも、愛してもらえなくても、救いたい命がハルトにあった。

 自分一人の犠牲で多くの人々が救えるのならと、不満もなく数々の戦場に姿を見せた。

 誰にも感謝されることはなく、誰にも自分の思いを理解されず、それでもみんなの幸せを祈って、何人もの命を救ったのだ。

 この先に、世界の平和があることを信じて、何人も殺して、何人も生き返らせた。明日はみんなが笑っていられるようにと、世界が平和に近づくだろうと。

 微かな希望にすがりながら、彼は魔法を使い続けた。

 しかし、そんな願いもついぞ叶うことはなかった。

 人々の幸福を願った少年は、永遠に幸福が届かぬ場所しか与えられなかった。

 戦場で戦い、女たちの慰みものになることを愛するひとに強要され、その身を汚し続けた。

 殺したくないのに、何人もの人たちを殺してしまった。

 ただ、笑顔が見たかっただけなのに。気づけば笑顔を奪うだけの人間になってしまっていた。

 優しい少年は世を憂い、泣きながら人を殺し続け、最後には、恋した人にも殺される。


『お前にはその力は不相応に過ぎる。世の平和を願うなら、その力を寄越すがいい』


 かくして少年は、その力をアルテラに渡すことになる。

 牢に繋がれ、鞭を受け、体を弄ばれた、一年後のことであった。


 暗い、光などない絶望の中で少年は思う。

 女を信じて、愛してしまった生涯を呪い、自分の愚かさを悔やんだ。

 殺しては、甦らせ、数えきれないほどの人間の命を弄んできた。

 決して許さない、重罪である。

 それでも、こんな自分の帰りを待つ故郷の家族を思うことは許されることだろうか。

 夢の続きを願うことは、罰せられることなのだろうか。

 自分は許されなくてもいい。

 どうかそれでも、世界に光を。

 皆が笑って暮らせますように。


 優しい少年は光を奪われ。

 涙を流しながら死んでいったという。



 この話から得られる教訓は、女に惚れてもろくなことがない。ということだろう。

 惚れた腫れたで飯は食えない。自分の幸福を求めるならこの男はただ、黙って村に引き込もっていればよかったのだ。他人の幸福を願うというのなら、自分の恋心なんて秘めておくべきだったのだ。

 人の幸福を男は願った。

 人の幸福を願っても、自分が救われなければ話にならない。

 しかし人間なんて欲張ってなんぼの生き物だ。欲求に忠実な人間が悪人である道理もない。

 この男は魔法使いではあったけれど、本当にただそれだけの普通の男であったのだ。

 ならば、その魔法すら奪われた普通の男は牢屋の中で何を思ったのだろう。

 そんなことを考えてそれもやめる。

 どうでもいい。所詮この世は惚れた側の負けなのだ。どんな結末であれこいつの自業自得。人を見る目がなかった自分を恨め。



――――――



「―――――――という、話です」


 なぜか誇らしげに満足そうにエリーシャという冒険者は締めくくる。

 子供に読んで聞かせるような、幼稚園の先生を思い出させる上手な話し方だったが、僕は頭を悩ませた。


「あの」


「はい、なんでしょうユイト。我ながら上手な語りができたと思うのですが」


 上手であったし、面白かった。これが普通の子供相手であったなら大層喜ばれたことだろう。


「僕はエリーの話を聞きたいとお願いしたと思うんだけど。僕の注文はどこですり替えられたのかな?」


 僕とエリーシャの相性は良く、打ち解けるのには僅かな時間で充分であった。

 出会った時はしっかりもののお姉さんというイメージを胸に抱いたが、会話をしてみるとどうやら少し違うようだ。このエリーシャという少女はしっかりしているようでそうでもない天然な部分がある。気丈であり、聡明であり、懇篤な女性ではたしかにあるし、そういう人間であろうという努力もしているのだろうけど。でもそういう意識されたものとは相反する、彼女の根本の感性、素の部分がどうやらおかしい人物のようだった。


「ええ、ですから私が一番よく知っているこの話を。ユイトが話を聞きたいと言ったのではないですか」


「―――――――――?」


「………………………?」


 だめだどうやら会話が成立しそうにない。会話が噛み合っていないことには気づいたがそこを正すのも疲れたので、今日は彼女の人柄を知れただけで満足しよう。

 エリーシャの冒険譚はまた後日に聞くことになりそうだ。

 魔法に関しては結局教えてくれなかった。根からのお人好しみたいだったから期待はしていなかったけど、現実を味わうとやっぱり悔しい。僕の魔法使いへの道は何時になれば前に進むのか。いっそのこと唯一覚えた魔法を使おうかとも考えたが山一つ吹き飛ばすとなると、村の大問題になるのでそれはやはりできない。

 ため息を吐く。僕の為にレオが用意してくれた和室から外を見ると、日はもう沈んで夜になっていた。

 部屋の中はエリーシャのライトの魔法で明るくなってはいるが、外は闇に落ちていることだろう。

 お母さんと約束した日没前には家に帰るという約束は守れなかった。レオの家に行くことは伝えているとはいえ、おそらく心配症の両親は心穏やかじゃないだろう。家に帰ったらちゃんと謝らないといけない。もしかしたら明日は外出禁止になるかもしれないが、門限を破った僕が悪いのでその罰は受けるべきだろう。


「僕はそろそろ帰らないと。これ以上はさすがにお母さんが捜索に来かねないから。それにお腹も空いたしね」


 子供の身体は燃費が悪い。食べても食べても物足りない。昨夜お父さんに注意されたからこれからは控えるけど、子供の内はたらふく食べた方が体が大きくなると思うんだけどな。健康にもいいはずだし。


「そう言えばエリーはご飯はどうしてるの?」


「一応朝昼晩この家の使用人が用意してくれています。しかし、仕事柄主に外に出ていますから、昼は必然的に抜く形になりますね」


「えー?それはだめだよ。どんなに忙しくてもご飯はちゃんと食べておかないと。ただでさえ体力を使う仕事なんだから。お昼になったら家においでよ、お父さんに頼んでおけば喜んで用意してくれると思うし」


「そこまでして頂く必要はありません。ユイト。貴方のその心遣いだけで十分だ。どうしても心配であるのなら、………………そうですね。明日からはお握りを持って朝はこの屋敷を出ましょう」


「そう?そこまで気にはしなくていいんだけど。けど食事はするにこしたことはないから、ちゃんとしてね。約束だよ」


「はい、約束です」


 嬉しそうに微笑んで、右手を胸に置いた。

 その仕草は、お母さんがたまに見せる騎士の誓いによく似ていた。


「ねぇ、エリーって、騎士だったことがあるの?」


「はい、数年程度の見習い騎士ではありましたが、なぜわかったのでしょう?」


「その右手を胸に置く仕草、お母さんがよくしてるから」


「ああ、これですか。思わず癖でやってしまいました。まだ騎士気分が抜けきれていないみたいで、数年経ってもこうして時々出てしまう。ですが、私は冒険者だ。これは騎士の誓いではなく、私の自由の名の元に誓いましょう」


 天然はこういう所にも表れるのか。

 それに、そんな大仰に捉えなくていいんだけどね。

 ちゃんと自分の体を大切にしてくれればそれで。


「そんな重い約束されても僕の重荷なんだけど、でもまあそれでいいや」


 これで少しでもエリーが自分の体を労れるなら。女の子はダイエットなんかで食事をしないことがあるが、あれではいけない。健康であり健全な体に宿る魂こそが美しいのだ。美しさを得たいのなら、見てくればかりではなく内面も気にかけてほしいものだ。


「じゃあ、僕はこれで。僕から招待しておいて申し訳ないけどエリーと違って自由を許されていないから。この埋め合わせはまたいつかさせて」


 立ち上がり、襖を開ける。

 闇が屋敷を包み、夜空には月が爛々と輝いている。


「気にすることはありません。私は有意義な時間を過ごさせて貰いました。こちらこそお礼をしたいくらいだ」


「そう思ってくれたのなら嬉しいよ。僕も楽しかったから。またこうして話してくれると嬉しいな」


―――――――――



 花は人に愛でられる。

 花は動物に食される。

 花は魔物に汚される。


 故に、花は全てから求められるのだ。



――――――――――


「エリー剣持ってる?」


「いえ、持っていませんが」


 門の前で待っていた僕の言葉にエリーはキョトンとなぜそんなことを聞くのかと不思議そうに答える。

 この少女は一体何を考えているのだろう。これから僕の護衛をしてくれると言っていたと思うのだが。その後村の周辺を魔物の捜索に行くと言っていたのに。

 魔物相手には素手で充分なのだろうか。いやしかし、彼女の武器は剣だと言っていたし。


「うん?なんだ、ちゃんと持ってるじゃないか」


 視線を向けた腰にはしっかりと剣をさしている。それはそうだ。真面目な彼女が用心を怠るはずはない。

 ちゃんと持っているのに彼女はなぜ否定したのか。

 持っているのにそれを忘れたということはないだろうし。可能性を否定はできないけど。


「いえ、持っていませんよ」


「え?じゃあ、それなに?」


 剣を指さす。もしかしたら剣ではないのか。僕の知らない武器なのかもしれない。


「剣ですね」


「え?剣?」


「はい」


「……………?」


「……………?」


 お互い顔を見合わせて首を傾げる。

 どうやらまた話は噛み合っていない。

 天然の人と会話を成立させるのは難しいと聞いたことがあるが、なるほど。これは難しい。こちらの意思がまるで伝わっていない。それをエリーは大真面目に答えるものだから怒ることもできない。これくらいで気分を害するようなことはないし、これはこれで面白いから良しとする。

 エリーシャと長い階段を降りる。

 こんな危険とは疎遠の村だけれど、外敵は人間だけではない。

 夜行性の動物というのはなにかと狂暴で、とくに狼なんか見境ない。子供の僕なんて絶好の狩り相手だろう。

 そんなこともあって、現在村の用心棒であるエリーシャが家まで送ってくれる事となった。何時もはレオのお母さんがその役割なんだけど、生憎今は用事で家を出ている。獣相手の用心棒ならレオが引き受けてくれるが、今は魔物が村の近くにいる可能性があるから、いくらレオでもそれは危険だ。

 結果エリーシャが適任ということで護衛を引き受けてくれた。この人、ちょっと善人過ぎるかもしれない。悪い人に騙されないかおじさんは心配だ。


「エリーは優しいよね」


「昼間の少女もそうでしたが、褒めても私にも何も出せるものはありませんよ」


「にも?」


「ええ。ユイトは子供なので知らないかも知れませんが、大人は子供に褒められたら何かを出すらしいです。はたしてお金なのか、家宝なのか私には分からないのですが」


「エリーは何かを渡されたことがあるの?」


「ええ。以前近所に住んでいた優しいおじさんに褒めても何も出ないぞ、と嬉しそうにあめ玉をいただいたことがあります。持っているのになぜ嘘をついたのかはわかりませんが、この程度で申し訳ないというおじさんの謙虚さの表れだったのかもしれません」


 なるほど。

 おそらく彼女はその体験で、褒めた子供には贈り物を、なんてすっとんきょうなことを考えたのだろう。

 褒めても何もでないよ。なんて言葉は冗談で相手の下心を疑うただの照れ隠しなのだが。

 彼女は子供のころから真面目だったのだろう、真剣に受け止め真剣に考えてしまったのだ。相手の下心なんて疑わない彼女らしい発言である。

 が、人に贈り物をなんて勘違いをし続けるのはいけない。エリーシャのことなので、いつか本当に大切なものをあげてしまうかもしれない。


「その言葉はお母さんに教えられたことがあるよ。たしか、褒めた子供には贈り物ではなくて、『ありがとう』という感謝の言葉をあげるんだって言ってた。そうやって人に感謝するという大切さを教えてあげるんだって」


「ほう、そうなのですか。ユイトは頭が良いですね。勉強になる」


 納得したように頷くエリーシャ。

 こんなになんの疑いもなく信じられるのも心配だ。

 悪い人に騙されないように近くにいて見守ってあげたいが、子供の僕にはずっと一緒というのは難しい。僕が隣にいてあげられる時間でどうにかしてあげられたらいいんだけど。


「じゃあ、私はユイトに感謝しなければいけませんね。ありがとう。その言葉はとても嬉しい」


 その笑顔は、夜空に浮かぶ月よりも美しい。目が離せないほど、輝いて見えた。

 将来はこんな女性と一緒になれたらいいと、そんなことを思った。

 


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