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魔法使いになりたい  作者: 久保修平
幼年期
7/57

信じられる人



 森を抜けて村へ帰ってきたのは日が山へ沈み初めていた時間。

 魔力も尽きてこれ以上動き回る体力もなく、足を引きずるように家に戻った。

 それにしても今日は疲れた。蜂に追われたり熊に追われたり、猪に追われたり、挙げ句の果てに最後は家に帰すまいと蛇を持った姉妹に追われたり。なにかと追いかけられる一日だった。

 汗もかいたし水も浴びたい。日が暮れる前に川に行こうかな。

 背負った荷物を置いて汚れた服をぬいでリビングに出る。


「お帰り、メルト。今日は早いお帰りじゃないか」


 お母さんがキッチンから顔を出して、笑顔で私を出迎える。

 私は返事をすることもできずイスに座りぐったりとテーブルに突っ伏した。


「今日もサイハちゃんに遊んでもらったのかい?」


 水が注がれたコップを置いてお母さんが言う。

 遊んでもらったというよりは遊ばれたというか、弄ばれたというか。


「うん。そうだけど、遊んでもらったとか、なんかサイハが親切で私の面倒を見てくれてるみたいに聞こえる」


 水を飲む。冷たい水が体に染みて芯まで冷やしてくれる。疲れた時に飲む水はなんでこんなに美味しいんだろうか。


「事実じゃないか」


「違う。断じて違う。あいつらは私を弄って高笑いしてるんだ。今日だって今日だって…………ううぅ」


 何もできない自分が情けなくて恥ずかしい。

 いつか見てろと思わないでもないが、あの悪魔二人を相手に逆転できる姿を想像することもできない。

 私の苦労はいったい何時まで続くのか。大人になるまでこんな扱いを受ける自分を容易に想像できてしまうのが恐ろしい。


「あんたは小さいころからよく連れ回されてるからね。可愛がられてるんだろうさ」


「だとしてももう少し優しくしてほしいんだよな。今のままじゃ体が持たない。あの二人は加減をしらないんだ」


「知ってるよ。知ってるからあんたは今日も元気にこうして帰ってきたんじゃないか」


「今日も疲れはてて、命辛々逃げ帰ってきたんだ。今日なんかく――――」


「く?」


「何でもない。それよりご飯を早く作ってくれ」


 森にはできるだけ入らないようにと言われているんだった。サイハとコハクにも山に登ったことは言わないようにと約束された。

 ばれたところで怒られはしないが、余計な心配はさせなくていいということらしい。

 サイハのお母さんは厳格だから魔物が討伐されるまで外出禁止になる可能性もある。いくら危険とはいえそれは可哀想だ。


「あんたには分からないかも知れないけど、凄く気をつかってくれてんのよサイハちゃんとコハクちゃんは。感謝しなさいとは言わないけど、あの二人のことはいつまでも信じておきなさい」


 お母さんは過剰にあの二人を信頼している。私がいくら弄られても、玩ばれても、泣かされても、私のことをよろしくと二人に預ける。確かに頭は良いし、武術は強いし、魔法も多彩だけど、私の迷惑は考えないのか。

 しかし、ユイトと親しくなるためにはあの二人の協力は必須。あの二人に信頼されればいつか現れるであろうライバルにも一歩リードできる。

 そう考えれば毎日の苦行だって耐えられるはず。ユイトのため。ユイトのため。


「覚えてはおく」


「それでいい。さあ、夕食まで時間はまだ時間がかかる。部屋で魔法の勉強でもしておきな。服もちゃんと着なよ。はしたない女に育てるつもりはないよ」


「わかってるよ」


 下着一枚で自室に向かう。

 そういえば今日は朝起きてから休みのない一日だった。朝起きて、ユイトにリビングで出迎えられたという最高のスタートだったのに。お詫びにきたとかいって結局サイハとコハクに遊ばれたいつもの一日だった。

 山に登って魔物を探して、冒険者というのと初めて出会った。見るからに強そうな装備をしていて、格好よかったな。

 騎士というのも憧れるけど、冒険者という自由な生き方もあれはあれで女らしくて眩しく見えた。私なんかじゃなれない職種だけど、今度また会ったら話を聞かせてもらおう。外の世界が、どんな景色をしているのか。

 それにしても汗が気持ち悪い。先に水を浴びようかな。とりあえず服を持ってこようと部屋のドアを開ける。


「野生の痴女が現れた」


「なんでいるんだよお前ら」


 さっき別れたばかりの二人がなぜか私の部屋に。コハクはベットに寝転がりこれ以上ないくらいの体勢で寛いでいて、サイハはイスに座って何かの本を読んでいる。

 もう疲れているから本当に帰ってほしい。


「何でなんてつれない言葉ね。私とメルトの仲じゃない」


「やめろよ気持ち悪い」


「乳首捻るわよ」


「本当にやめてくれ」


 胸を慌てて隠す。この女は本気でやるから洒落にならない。それはもう千切れそうになるくらいまで。


「なによ、何か文句でもあるのかしら。一人で何かしたいことでも?裸で何かしたいことでも?」


「もう疲れてるんだよ。昼から飯も食べずに山を登って走り回って、無駄に魔力も消費して。これ以上遊ぶ体力はないぞ。今日はもうご飯を食べて寝るんだからな」


 断固とした決意を持ってサイハの瞳を見る。赤色の宝石みたいな綺麗な瞳。ユイトの足元にも及ばないが、それでも十分美しい。

 自分と比べて生じる劣等感に心を沈めるのは、もう飽きるほど通り過ぎた道である。


「あら奇遇ね。私も昼から山に登って今まで何も食べていないのだけど。体力は有り余っているわ」


 ぐ、それを言われるとまるで私が体力がない女みたいだ。


「私は走り回った。熊にも蜂にも猪にも、お前らにも追いかけられたんだ。少なくともお前らより疲れている自信はある。休む権利もある」


「別に貴方の貧弱さなんて今に始まったことではないし、今さらそこを攻めるほど酷でもないわ」


 攻めてるし。傷ついたし。確かにそうなんだけど。


「別に貴方に特別な用があったわけじゃないけど、そこまで言われてはふりとして受け取ろうかしら」


 キラリと紅く光る瞳とニヤリと怪しく歪む口。

 あ、不味い。これは嫌な予感。子供がノロマな亀を見つけた時の、残虐な行為の前触れのような笑みだ。


「メルトナ、ちょっとそこに寝転がりなさい」


「え、いやだ」


 絶対何かする気じゃないか。

 浮かべている笑みで分かる。何か良からぬ、主に私が被害を受ける笑みをしている。


「疲れているのでしょう?ならマッサージをしてあげるわ。愛情真心丹精込めて貴方の疲れを癒してあげる」


 本を閉じて立ち上がる。私は一歩後ろに下がる。


「大丈夫、何も心配はいらないわ。私はこれでも毎日お母さんの凝りをほぐしているマッサージのスペシャリストだから」


「嘘つくな。毎日ユイトを構って、お母さんなんか無視してるでし――――うぐぇ」


「戯れ言が聞こえるわね」


 本で喉を叩かれコハクはベットを転げ回る。

 サイハが一歩近づく。私は一歩後ろに下がった。

 しかしそれが最後。私の後ろには閉じられたドアが。


「さあ、メルトナ。乳首を焦がされるか、マッサージを受けるか、貴方はどっちを選ぶのかしら?」


 私の絶叫にお母さんが部屋に飛び込んでくるのは、その後直ぐのことだった。


――――――


「だから何しにきたんだよ」


 水を浴びて戻ってもまだ二人は帰っていなかった。

 床になにか本を広げて二人で真剣に読んでいる。そこで、ああなるほど、と全てを理解して私は部屋着になり床に座っている二人の隣に腰をおろす。


「魔法の勉強なら自分の家でしろよ」


「前にも言ったでしょ。ユイトがいるからそんな開けっ広げで堂々とできないのよ。あの子は好奇心旺盛だし、魔法なんて見せたら絶対に興味を持ってしまうでしょ」


 まあ確かに。あれで子供っぽい部分があって知らないことに貪欲なのだ。おそらく魔法なんてものを知ったら、さしずめ夜空に浮かぶ星のように目をキラキラさせて質問してくるのが容易に想像できる。


「もうすでに興味は持ってるみたいではあるんだけどね。だけどお母さんにダメだって言われて諦めてるみたい。けど、ユイトが私たちも魔法が使えるって知っちゃったら絶対に私たちに聞いてくる。そうなったら―――――」


「超絶ブラコンのお前らは断れない、と」


 確かにこの二人がユイトのお願いを断ることができるとは思えない。

 建前上ダメだと一度は言うことができたとしても、涙の一つでも見せれたら瞬殺だろう。

 だからまるで秘め事のようにこの部屋にくる。秘め事ではあるんだけど、私の迷惑は考えないのかこの二人は。


「魔法は男に教えるものじゃない。ユイトは利口だからもし魔法を覚えても使うことはないだろうけど、万が一があるし、用心に超したことはない。というのが我が家が定めた女の約束。ユイトが怪我するなんて嫌だから」


 コハクは普段は不真面目が歩いているような奴だが、ユイトのこととなると人が変わる。弟を見守る姉のように彼氏に惚れ込む彼女のように、ただの女に成り下がる。


「ユイトのためよ。貴方も文句はないでしょう?」


 ユイトのため、と言えば何でも私が許すと思っているのだろうか。私も断る時は断る女だ。悪魔二人であろうとユイトだろうと関係ない。

 今回は許すけど。


「メルトナもどう?今日は回復の魔法だけど。貴方苦手じゃなかった?」


「パス。もともと私に魔法の才能がないんだ。この年でファイアとウォータが使えれば上等だろ」


「驕りと慢心は勝者の特権よ。卑屈になって諦めるのはただの敗者。貴方ごときの人間が日々の努力を怠ることが実力のない理由なのだとなぜ気づかないのかしら」


「そんなことではユイ「わかったやる。やるよ」…………わかればいいのよ。貴方は私たちがいない時しか勉強をしないから。毎日しろとは言わないけれど、せめて私たちには付き合いなさい」


 お小言ひとつ。ユイトもそうだが、この家族は小言をいうのがクセなのだろうか。

 ありがたいことではあるけど、それだけではない感情も湧いてしまうのは、私が子供だからだろうか。


「煩い?」


 そんな感情も長い時間を過ごしていればすぐにばれる。サイハにも、コハクにも。

 コハクはとくに人の感情を察するのが人一倍上手い。喜怒哀楽を顔を見れば瞬時に理解する。つまり、空気を読める。しかし、行動には伴わない。自分の気持ちに正直過ぎる。

 相手が私にもなれば顔を見てとか、声色でとかじゃなくて、なんとなくでコハクは見極められるらしい。


「べつに、いつものことだろ」


「んふふーそう。そうですか。メルトは相変わらず可愛いね。ちょっとサイハにイラっとしただけで自分のこと情けないとか思ってるんだよねー」


 犬でも可愛がるように荒っぽく私の頭を撫でまわす。


「違うし、お前の方が煩いわ!」


 そんなこと、サイハに聞こえる声で言うなよ。

 おそるおそるサイハの方を見たが、とくに何かを思った様子はない。

 むしろどうでも良さげに持ち出した紙を私に渡す。


「魔法なんて、一朝一夕で覚えられるものじゃないから、ある程度術式を理解したら定期的に使っておきなさいよ。大人しく読書するより実践のほうが好きでしょ。ほら、これ。貴方にも分かりやすいように簡略化した術式。発動に必要な重点も纏めておいたから、暇な時は見ておきなさい」


 三枚のびっしりと文字が書かれた紙を渡される。

 そしてそれを見て絶句する。

 魔法を覚えたものにならわかる。これがどれだけ難しい事なのか。これを考え纏めるために、どれだけの時間を使ったのか。

 誰のために、これを書きつらねたのか。


「…………………ありがとう」


 素直な礼をする。

 突然こんな不意打ちをするからこの人はズルいと思う。


「どうせ一人の時はなにもしないだろうからってユイトが寝静まった時間で作ったんだよ。私たちがいてあげられる時間でどれだけ早くメルトナに覚えさせられるかって。可愛いよねサイハって」


 姉をからかうように私の耳元でコハクが言った。


「何か言ったかしら」


「さあ勉強を始めよっか!」


 仕切り直すようにコハクが言う。

 まるで自分には関係がない他人ごとのように振る舞うが、そんなことはない。

 紙に書かれた文字にはところどころ間違いがあったのか、修正され書き直されている部分が幾つかあった。それは、修正される前の文字より随分と汚い文字だったけれど、隅々までちゃんと丁寧に確認されていることが見受けられた。


 ――――――あの二人のことは信じておきなさい


 さっき母に言われた笑ってしまいそうな冗談が、今なら少し分かる気がした。





 

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