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魔法使いになりたい  作者: 久保修平
幼年期
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日月二輪

 昼食後、姉二人はメルトナを無理矢理広場に連れて行ってしまった。

 悪戯をするとは言っていたが、顔見知りの気さくな商人なので大事にはならないだろう。

 家にいても仕方がないし、これからの時間をどう過ごそうか。

 魔法の書は今朝読み終わってどうやら使用したら山一つ無くなるくらいのとんでも魔法らしいから試してみることもできない。

 ファイヤーとかの初心者用の魔法の書物を探したが、結局見つからず僕の魔法使いへの道はまだまだ先のようだ。

 あ、そういえば最近魔物が出たとか言ってその討伐を冒険者に依頼したとかなんとか。

 魔物というのも心震えるが、冒険者っていうのが何より僕の気を引いた。

 魔法だって使えるだろうし、もしかしたら何か教えて貰えるかもしれない。

 お母さんは無礼者の野蛮人の集まりだと言っていたけれど、一目見てみないと分からないことだし。

 確か村一番の金持ちのレオ君の屋敷に宿泊していると言ってたような。

 僕はお父さんにレオ君の家に遊びに行くと伝え外へ出る。

 どうしてお父さんに本当のことを言わなかったのか。

 一人で遊びに行くのか。

 その辺りにはちゃんと理由がある。

 魔法というのは男には禁忌とされている。だから興味を持つということ自体が間違いで、まともな人間なら魔法を使いたいとすら思わない。

 お母さんにお願いしたところで見せてもらうどころか話すら聞かせて貰えない。

 お父さんにも口止めをしているらしく、姉二人も話してくれない。

 家族はだめかと優しい村の人たちにそれとなく聞こうとしても、男が魔法の事なんて知るべきではないと言われる始末。

 まあ元々使える人がいないらしいから教えたところで罰とか罪とかに問われるわけではないのだけど、万が一発動してしまったら大変なことになるらしい。具体的なことは子供の僕には教えてくれなかった。言ったところで理解はできないと思われたのだろう。

 村の人たちは優しいので、それ故に僕を危ないものから遠ざけようと思っているのだろう。家族ともなればその思いは人一倍だ。僕だって姉二人が騎士になるとか言い始めたら絶対に止める。

 だからこれはあくまで自己責任で自分勝手にそして、子供らしく我儘に他人の迷惑を考えず調べるしかない。

 大人のくせに我ながらなんて幼稚なのだろうか。夢を持ち続けるのも考えものである。


「冒険者は自由の象徴らしいから、少しは考えなしの人だったらいいんだけど」


 山に造られた石段を上がり始める。

 駄目だったらそれでもいい。その時はまたいつか人でなしの誰かに訊ねよう。

 空を見上げると、どこまでも遠い青が続いていた。なんとなく、良い出会いがありそうな予感。

 魔法については教えてくれなくても、人格者であると嬉しいんだか。




―――――――


 屋敷へと続く石段は静まりかえっている。

 太陽への階段と村の人たちに言われるその石畳の道。太陽を背にするその先の屋敷は、いつも静寂に包まれている。

 屋敷が死んでいるわけではなくて、騒ぎを好まないこの屋敷の一人息子が静かな山奥を好んで三年前にここに建てたと聞いている。

 それまでは僕の家の近くに道場を建てていたから、毎日顔を出してこの屋敷の奥さまに稽古をしてもらっていたのだが。

 この山奥に居を移して気軽に遊びにこれなくなってしまった。それでも週に三、四回は訪れるのはこの家の一人息子とは唯一の男友達だからだ。

 この村は女性が多く、子供だって少ない。その中でも男の子なんて僕と彼の二人しかいない。それではレオも肩身が狭いだろうと定期的に顔を出している。只でさえ引きこもりがちな子なので、僕が話し相手になってあげないと将来が心配である。コミュニケーション能力は子供のころから培っておかないと大人になってからではなかなか難しいのだ。

 立派な門が見えた。

 あれもレオを守ろうと過保護な両親が造ったものだ。

 その、来訪者を拒むその門前で。


「は、これは。友に会いたいと思って久しぶりに外へ出てみれば、本当に出会えるとは。俺の運も捨てたものではないな」


 その守るべき人間が現れた。

 紺の着物がよく似合う男だ。靡く長髪は美しく風に揺れている。


「そうなの?でも残念。僕は君に会いに来たわけではないんだ。けど、唯一の男友達が僕を求めてくれたとなれば話は別だけど」


「よい。俺が親友のお前の用事を邪魔してまで我を通す人間ではないさ。滅多に外にでない俺がこうして門前でお前と出会えたのだ。今日はその幸福に満足しようではないか」


 本当に嬉しそうに彼は笑う。まるで女の子みたいに妖艶に、蝶を誘う花のように。

 男は雄々しく在るべきとまで言うつもりはないが、もう少し逞しくなってもいいのでは。


「相変わらず話が通じる友人で嬉しいよ。僕の周りはどうも落ち着きがない人が多くてね。君はとても貴重な友達だ」


「ああ、お前には姉二人がいたのだったか。二人の女に囲まれるとは憐れなことよ。実家が嫌になれば何時でも家に来るがよい。俺はいついかなる時でもお前を歓迎しよう」


 クールな黒い瞳で僕を誘う。

 幼い年でありながら、凛々しい雰囲気をその身に纏い、そして刀のような鋭い瞳で真っ直ぐに人を斬る。レオは女嫌いで人と話すどころか視線すら合わせようとはしない。僕はレオが女性と話している姿を家族を除けば見たことがない。それこそ、姉二人は何度か接触を試みようとしたわけだけれど、あの天然迷惑をもってしても返り討ちにあったのだ。

 姉曰く。

 少しくらい関心を持ってくれたら別だけれど、あれは既に女とは決別している。らしい。なのでもうどうしようもないとのこと。あのパーソナルスペース破壊職人、バットパーフェクトコミュニケーションズがもってしても駄目だったらもう打つ手はない。

 それに嫌なことを無理矢理させるつもりもないので、僕はお節介に彼の女嫌いを克服をさせようとは思わなかった。しかしやはり一人ぼっちは可哀想だしそれは大人として見過ごせない。だから一時期は毎日欠かさずレオの家に通って遊んでいると、いつの間にかとても仲良くなっていた。今では村一番の親友と呼んでもいい間柄だ。

 それだけではなく、僕が彼と仲良くなったのには個人的な好みもあった。

 レオは前世でいうところの武士の家系というイメージが近い。

 和服と着物を着用し、腰には刀。家は武家屋敷そのままで、和心という部分では僕はこの家の方が実家のような安心感を感じられる。

 奥さまはいわゆる侍で、逆にご主人が大和撫子のような奥ゆかしさをもつ少しおかしな家系ではあるけれど、僕は昔からこの家にはお世話になっている。

 この場所は、僕が唯一前世を思い出せる場所だからだ。


「この家に冒険者がいるって聞いたんだけど」


「ああ、あれか。ユイトは本当に物好きだな。あんなものと関わるなどお前の為にもならんだろうに」


 アレなんて呼ぶところが彼の女嫌いさを表している。まだ何かされたわけではないだろうに。


「だからって止めようとしないのはレオの優しさかな?」


「は、そんなものではない。俺に優しさなんてものがあるのなら、それはお前に使う以外は用途はないだろうが。なに、友としてお前の意見を尊重したいだけだ。お前がそうしてくれているようにな。して、あれに何ようか。私はアレが迷惑を被ろうが魔物に殺されようがどうでも良いことだが、一応この村が呼んだ客人でな。形だけでももてなせと父に言われている」


 つまり、何でもいいから適当に理由を言えと。


「冒険者に興味があって」


「そうか。記憶にはないが、お前は冒険者になりたいのか?」


「そうではなくて。何だろう、知的好奇心かな。見聞というか、僕はこの村から出たことがないから、色んな話を聞こうと思って」


「ああ、お前は確かにそういう人間であったな。俺の両親もお前の好奇心旺盛さと質問攻めにはほとほと困り果てていた。いやまあしかし、お前のように可憐な男になつかれたのだ、決して嫌な顔はしてはいなかったが」


 それは確かに申し訳ないことをしたと思う。

 この世界に生まれてからというもの、あらゆるものが新鮮でどんなことも知りたかったのだ。

 これは何なのか、これは何でなのか、なんでーなんでーなんて聞き返す様なんて、まるで子供と変わらない。


「俺はお前のそういう稀に見せる子供らしさも好ましいと思っておる。まあであるからこそ勘違いする輩も増えるわけではあるが、人の醜さなど大人になれば自然に察するだろうしな」


「レオは大人だね」


「子供さ。ただ感情が冷めているだけだ。そして、お前が特別なだけだ」


「なんか告白みたいだね」


「は、お前がその気なら俺はいつでも婿になってやろう」


「遠慮しとくよ。君に素敵な出会いが在ることを願って」


 階段を上ってレオと肩を並べる。

 上でも下でもなく、僕らの立場はこうでないといけない。


「俺が言うのも何だが、お前も随分と大人だろうよ。むしろ、その分け隔てない優しさは、俺にはないものだ」


 羨ましくはないがな、と笑われる。


「そうかな。でも、誰にでも優しくなんてしなくて良いと思う。僕も嫌いなものは嫌うし、無視だってする」


 ただ、君たちが本当に子供なだけで、大人である僕にはどんな言動も何より愛らしく感じてしまうのだ。


「レオと僕は同い年で友達。それでいいよ。今はまだ。それより、冒険者ってどんな人なの?レオがそんな態度ってことはまあ女性なんだろうけど」


 相手が男であれば名前くらいは覚えるはずだ。彼は女嫌いだけど礼儀知らずではない。客人であれば形だけでも顔を出してもてなすし(目は合わせないし話しかけない)、話しかけられれば答える(全て私には分かりかねます)。どうも女と思うだけで吐き気がして手が出そうになるからと逆にこれでも気を使っているのだ。

 アレルギーのあるものは誰も口にしないし、好きなんてなれない。

 何も彼は好きで女が嫌いになったわけではないのだ。数々の暴言や罵倒は耳にするが、それは流しておきたい。


「ふん、そうだな。俺は話していないし顔すらろくに見ていないが、分は弁えてる女だ。無駄に話しかけてはこないし、俺が女嫌いだと知るとできる限り視界に入ってくることもなくなった。女の中ではよくできた、そうだな、お前の姉によく似ている」


 それは良いと言えるのか?

 あの無神経で日々騒ぎを起こすトラブルの権化が。

 ああ、そういえば何故かレオの中ではサイハちゃんとコハクちゃんの評価が高いのだった。

 学校なんかではモテそうだしね彼女たち。顔もそうだけど性格が好かれるタイプだ。コハクは人懐っこくて親しみやすく、サイハは誰もが憧れる高嶺の花。外で見る分には害はないから誰もが騙されるのだ。


「まあ、あの女なら勘違いしてお前に害をなすこともないだろう。しかし、あまり信用はするな。女はいつ何をするかわからん。それとなく使用人にも近くに待機させておこう。用心はするに超したことはない」


 レオはおそらく、親バカになるタイプの人間だ。僕のお母さん程ではないけれど、子供をひらすらに愛してあげるに違いない。きっと僕よりも素敵な父親になる。

 しかし、まあ今はまだ子供。こんな気遣いをできること、出来てしまうことが異常なことだ。

 まるで精神年齢まで同世代の友人のような関係性。


「ありがとうレオ。君の心遣いにはいつも助けられる」


「ふん。余計なお節介だと言わんところがお前らしい」


 二人で門を潜る。

 レオの家はそれは大きなな日本家屋である。流石お金持ち。いったいどれだけ凄い貴族様なのか。

 中はいかにも気品があって足を踏み入れるのに躊躇ってしまいそうだが、僕にとっては慣れ親しんだ

懐かしい空気。異世界にありながら、故郷を感じられる場所である。


「女にしてはあれは随分と大人しい。そういう意味ではお前の姉とはまるで正反対だが、心にある聡明さは似通っている。姉を好いてるお前には好ましく思うかもしれんな」


 聡明。外から見たらあの二人はそう見えているのか。いや、レオは鑑識眼が人並み優れているから純粋に心の在り方を見る。自分の心が美しいと言う気はないが、友の言葉を疑うほどひねくれてもいない。

 それに女嫌いの彼に姉を誉められたのは正直嬉しい。


「それは、ちょっと会うのが楽しみになってきたな」


 言いながら歩く足に迷いはない。この家はもう何度も訪れている。屋敷内の使用人とも顔見知りで頭をさげられながらレオと共に歩く。枯山水が見える廊下を歩いた先のレオの部屋へエスコートする。


「ありがとう、有意義な一時だった」


 そんな嬉しい御言葉をいただき彼とは別れた。

 こちらこそと笑顔で答えて、本来の目的の為に足を進める。

 しかし、今回はレオに酷いことしたかもしれない。気を使って僕の目的を優先させてくれたが、次は彼のために会いに来よう。

 友人の大切さを語るのに、精神年齢なんて関係はないのだ。

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