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魔法使いになりたい  作者: 久保修平
幼年期
3/57

この世で最も不幸な少女

 カンザキユイトは辺境の村において、いわゆる絶世の美男子という異名を与えられている。

 未だ10にも満たない男の子でありながら、その造形はすでに完璧といわれ、今後の成長でいったいどんな人間になるのかと期待されている。

 線の細い体のラインが目を引いて、触れれば折れてしまいそうなほどだ。容姿は可憐で儚げに浮き世から離れている。穏やかな微笑がよく似合い、花でも咲いたかのような華やかさを辺りに撒き散らす。

 ユイトは性格がいい。これは女であれば誰しもが感じ、惹かれてしまう要素である。

 彼は女を侮蔑しないのだ。

 男は誰しも歳をとるほど女を嫌う。それこそ、村にはもう一人だけ男の子がいるわけだけれど、彼は女と話そうとしない。

 私は親同士の付き合いでその子の家に訪れたことが何度かあるわけだが、その幾つかの来訪で彼とはおそらく一言だって話したことはない。いや、昔は男とか女とか気にしていなかった時期があってその頃は一度くらいは遊んだことがあるのかもしれないが、私の記憶にある限りでは話どころか、目すら合わせてくれたことはなかった。私が家にお邪魔した時はいつだって本を読んでいて、明らかに私との生きる空間を断絶していた。同じ空気すら吸いたくないと壁を作られてしまっているのだ。

 けれどまあ、それが酷いというわけではない。あくまでそれは世間一般で言う常識なのだ。男とは女を嫌う生き物で、そんな男を女は好きになる。世界はそうやって歴史を紡ぎ、そうした常識が確立した。

 私も男の態度に腹なんて立たないし、寂しいとも思わない。つまりは私も割と一般的な感性を持った女だと言うことだろう。生涯男と話さない女だって少なくはないのだ。こんな田舎の村に生まれた私も人生の終わりに結局男と一言も話すことがなかったところでそれはなにも不思議なことではないのだ。

 男のそんな性格に対し、暗い印象を抱くことがそもそもの間違いなのだ。

 しかし。不幸なことに、ユイトという男の存在が私のそんな男の価値観を生涯にかけて一変させた。

 男に容姿以上を求めるものではない。自分に惚れれば自分以上に愛してくれる。よく言えば一途な心を男は持っている。そんな希望に浸るまでもなく、私は彼と知り合った。

 一目見ただけで私は彼を好きになった。一言話しただけで、私の心は溶かされた。

 こんな奇跡みたいな男の子がこんな世界にいるのだと、本当の神秘性を知るのはもっと先の話なのだが、とにかく私が人生初めて話した男の子はこの世で最も美しい人だったのである。同時に、私はこの世で最も不幸な女に成り下がったのだ。

 だって、彼以上の男の子なんていなくて、そんな彼を好きになってしまったのだから、私はこれ以上誰かを好きになることができないんだから。

 ユイトと出会ったのは幼少期。

 それは、トラウマばかりが植え付けられた暗黒時代。

 語るも恐ろしい悪魔二人との出会いの時代でもあったのだ。




――――――


 喧騒を忘れた土地とも語られる村。

 平穏と安寧の秘境。

 そこには慈愛に満ちた美しき妖精が棲んでいるという。

 退屈な営みは変わらず続けられてきた。

 私の母も、そのまた母も。何十年と同じ人生の繰返し。生まれて15年を村で過ごし、教養の為に都会の学園に出て、五年後に戻ってきては死ぬまでこの村で同じ事を繰り返す。

 山に出て獣を狩ってはそれを村の人達に分け与え、見返りに何かを与えられる日々。なんでも私の一族は代々この村に迷惑をかけてしまう一族のようで、私の母も昔はそれはもう手のつけられない子供だったという。まあ、その気持ちは分からなくもない。

 代わり映えのしない毎日の中で退屈に死んでいくのは、それはとても面白くないと思ってしまう。若さゆえの不満の爆発というのが、この家系の遺伝らしい。

 しかしそれも、何十年とこの村では繰り返されてきたありふれた出来事だった。

 そして、それが幸福だったということに気づいたとき、初めてこの村の為に生きようと思うのだという。

 私にもそんな日が来ることは、もう確立されていることだけれど、その最後に彼がいることを願うのはたんなる我が儘なのだろうか。


「……………………」


 日はもう高く、どうやら日中に差し掛かったらしい。

 これは何時ものこと。こんな村でわざわざ朝早く起きる必要もないし、子供は自由に生きることが仕事だとユイトが言っていたので、私もそれに準じることにする。

 母さんは山へ狩りに出かけているだろう。最近猪が大量に繁殖しているという情報があったから、その駆除に忙しい毎日を送っている。

 噂では魔物とか言う恐ろしい生き物が出たとかなんとか。所詮噂だ。そんなお伽噺でしか聞いたことのない存在が本当にいるのだろうか。未だ子供の私は見たこともない。

 私は緩慢な動作で起き上がり、部屋を出る。

 お腹が空いたから何かを食べよう。おそらく居間にお握りが用意されていると思う。


「お」


 そして、太陽眩しい光が私を出迎えた。


「おはよー。今日も随分遅いお目覚めだね。夜更かしはダメだよ。成長の弊害だよ」


 出会い頭にお小言ひとつ。絶世の美少年ユイトは私を笑顔で出迎えた。

 靡く黄金は私の髪なんかより輝いて見えて、肩口まで伸びている。ユイトの姉二人も同じく綺麗な色艶をしているが、彼はどこか神秘的で異質といえる。

 この光に誘われて虫は集るだろう、とお母さんは心配していたが私もまんまと惹かれた一人。

 色欲旺盛。見せずも隠せぬ下心。女なんて子供のころからこんなものだ。


「はいはい。今日から気を付けるさ。そもそも、来たのなら起こしてくれても良かったんだぞ。待ってろ、お茶でも用意してやるから」


 ユイトは以外と年寄気質で、お茶とか自家製の干し柿なんかを好んで食べる。

 とは言えコーヒー紅茶も嫌いではないから、さて家には何が残ってたかな。


「いやいや、いいよわざわざ。とりあえず寝起きなんだし、座りなよ」


「ん?そうか」


 とりあえず言われた通りに腰をおろす。

 テーブルの上にはお母さんが作ってくれたであろうお握りが置いてあった。


「僕とメルトの仲なんだからもてなしなんてわざわざ気にしなくていいんだよ。子供なんだし」


「そ、そうか」


 ユイトとの仲なんて言われると少し照れる。しかし、ユイトは友達とはいえ客人なのでお茶の一つも出さないのは無礼と思うのだ。

 正直そんな気遣いができる自分を見せたい見栄もある。


「とりあえず喉が乾いてるしやっぱり用意するよ。茶請けは煎餅で良かったか?」


 というか、ちょっと待て。ユイトはなんで『一人で』ここにいる。

 あの超絶ブラコンシスターズがこいつを一人にするわけ―――――


「お茶なら私が用意するよん」


 うわ!でたぁぁぁあ!悪魔!じゃなくてコハク!


「緑茶をよろしく」


「かっしこまりー」


 短い金髪ポニーテールをなびかせて、台所に消えていく。

 あまりの衝撃に声もでない。当たり前だ。突然悪魔が姿を現したら心臓が止まる。


「どうしたのメルトそんな呆然とした顔して」


「お前、私があの二人が苦手なこと知ってるだろ」


「うーん。本当は僕も一人で来たかったんだけど、お母さんが三人で行けっていうから」


 来なくていい。なんでまたわざわざ三人で来させようというのか。何用だ。ユイトだけ置いて帰ってほしい。


「ちょっとまて、そもそも三人で何をしに来たんだ」


「昨日メルトのお母さんに猪肉分けてもらったからそのお礼をね。サイハちゃんとコハクちゃんは普段迷惑をかけてるお詫びもかねて。建前はそんな感じ」


「あの人達がお詫びなんてするわけないだろ」


「だろうねー」


 あはは、と困ったように笑う。まるで他人事だ。他人事なんだけど。あの二人はユイトに害が及ぶようなことは絶対しないし。


「今日はあんまり迷惑をかけないように言っておいたから。行動を起こすかどうかは別だけど」


「……………………」


「いつもごめんね」


「ユイトはなんにも悪くないって」


 あんな姉妹を持っていながら、こんな優しい人間がどうして育つのだろう。

 人間って不思議だなーと思いながらお握りを食べていると金髪の悪魔が姿を現した。


「ユイト、お茶をいれてきたわ」


「熱いから気をつけなよ」


 コハクが黒い湯飲みをユイトの前に置く。お母さんが買ってきたユイト専用の湯飲みだ。

 そして俺の隣に持ってくると。


「お湯よ」


「は?」


「お湯」


「だからなんで」


「……………」


「………………ありがとうございます」


 サイハの無言の圧力に屈し頭を下げる。

 この人に口答えできるだけの勇気なんて持ち合わせていない。


「冗談よ。ちゃんと家にある高級な茶葉でいれてきてあげたわ。本来はユイトが少ないお小遣いを貯めて買ってきたユイトの為の茶葉よだから、」


「高級な茶葉だからありがたく頂けばいいんだろ」


「違う。検討違いも甚だしい。浅ましい女はこれだから。だから貴方は野良犬に追いかけられてパンツを食い千切られるのよ」


「それを言うな!」


「値段なんて関係ないのよ。大切なのはこうして大切にしてる茶葉を貴方に振る舞うという事実。つまりは、――――――調子に乗るなよお漏らし娘!」


 なんでお茶ひとつでここまで罵倒されなければならないのだろう。

 ユイトはチビチビお茶を啜り、コハクはニヤニヤ私を見ている。

 お漏らしなんて一年前にしたきりなのに。野良犬が恐かっただけなのに。本当に恐かったのに。


「………………ありがたく頂きます」


 あ、美味しい。やっぱり高級なものは違うな。

 ここは私の家なのになんだか凄く肩身が狭い。


「こらこら、メルトを苛めたらダメだって言ったよねサイハちゃん」


「苛めじゃないわ。躾よ」


「馬じゃないんだからさ。そういうのは今日は禁止。メルト、今日はお礼にアップルパイを持ってきたんだ。食べる?」


「あ、あぁ。おじさんが作ってくれたのか?」


「うん、メルト好きだったよね。コハクちゃん」


「へいへーい。じゃじゃじゃーん」


 という声と共にテーブルに広げたのはこんがりと美味しそうに焼けたピザだった。


「なんで!?」


「けっこう上手に焼けたわね。女の癖に料理が上手なんて、やはり貴方にも多少はお父さんの血が流れていると言うことかしら」


「おぉ、間違えた間違えた。これはさっきこの家の食材で適当に作ったやつだ。家に帰って食べようねー」


 なに勝手なことしてやがるのかこの女は。


「こっちが本命たらららーん!食べかけのアップルパイー!!」


「なんで食べたの!?」


 テーブルの上には残り三口くらいになったアップルパイの残骸が。


「さっきピザ焼いてる時に時間空いてたから。なんだよー。文句あるのかよー。なんならピザ食べる?」


「いらねーよ。馬鹿」


 ううぅ。ちくしょう、私のアップルパイ。ユイトもなんだってこんな馬鹿に大事なアップルパイを持たせたのか。

 コハクを見るとなんの悪びれもなく残りのアップルパイを頬張っていた。なんなんだろうこいつは。ある意味サイハより腹立つ。


「コハクちゃん」


 私が肩を落としていると、ユイトの呆れた声。


「へいへーい。泣くなよメルトナー。冗談冗談。本当はこっち」


 今度こそ用意されたホール状の立派なアップルパイがテーブルに置かれていた。


「さっきのは僕達の分だから。これはメルシーおばさんと食べてよ。二人分で少し小さめに作ったから、きっと食べきれると思う」


「うん、ありがとう」


 ユイトが綺麗にカットしてくれたアップルパイを食べる。相変わらず、ユイトのおじさんは料理が上手い。 


「ところで、泣き虫メルト」


「泣き虫じゃねー」


「嘘ね。昨日は背中に芋虫入れたら泣いてたじゃない」


「な、泣いてない」


 泣いたけどもユイトの前でそんなことは認めたくない。

 それに拳程の大きさの芋虫なんて誰でも驚くだろう。


「あらそう。なら貴方が弱虫じゃないと証明するために午後は私たちに付き合ってもらおうかしら」


「え?」


「今日の午後は商人が広場にくるらしいから悪戯でもしようと思って。貴方は泣き虫じゃないのなら、商人の人に悪戯が見つかって怒られても何も恐くないでしょう?」


「も、もちろん」


 どうしよう。滅茶苦茶こわい。そんなことしたくない。絶対お母さんに怒られる。


「メルトナさっすが恐いもの知らず!女の中の女とはまさに君のことだね。私とサイハの二人なら恐くて何にもできないけど、メルトナがいれば百人力だよ」


「えぇ。私たちだけなら商人の馬を鹿に変えるくらいのことしかできないけれど、貴方が入れば商人の頭を丸坊主にすることも可能だわ」


 できないできない。できるわけない。

 けど、今さら泣き虫なんてユイトの目の前で認めるのはカッコ悪いし、どうしよう。

 サイハはいつもの胡散臭い笑顔で私を見て、コハクはニヤニヤと馬鹿にしたような顔で私を見る。

 ユイトはお茶を啜りことの成り行きを見守っていた。


「それともこの私の話が受け入れられないのかしら。泣虫で弱虫で羽虫だと貴女は認めてしまうの?」


 悪戯を断るだけでなんでそこまで言われなくちゃならないんだろう。私はのんびりとユイトとこうしてお茶を飲んでいられたらそれでいいのに。

 だけど。


「ユイトに勇敢なところを見せなくていいのかなー」


 いつの間に隣に移動してきていたコハクから耳元に囁かれる。

 これである。この二人は私がユイトに好意を持っていることを逆手にとって条件をつきつけてくる。悪いことばかりではない、ユイトに少しくらいは良いところを見せられたりするから無下にできないのだ。それにユイトと遊ぶ口実だってできる。


「わ、わかりました」


 私も所詮は女なわけで。

 この悪魔二人にしてみれば、結局はユイトという餌に無様に引っかかる魚にすぎないのだ

 この二人のオモチャになったこと。

 それが私の最大の不幸なのかもしれない。

 


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