仲良し姉妹
「いただきまーす」
と皆仲良く合掌。
大きなダイニングテーブルには猪の鍋が置かれて、それを囲むように座る五人の家族が食事を始める。
鍋奉行は一家の大黒柱であるお母さんだ。いや、お母様と呼ぶべきか。鍋の具材は全てお母さんの選択により与えられる。僕らは所詮与えられる側の人間なのだ。
「というわけで、今日はお向かいさんであるメルシーおばさんに猪を分けていただいた。全員、とくに品性の欠片もないぐーたら二人組は明日お礼を言っておくように」
「うぃー」
「えぇ、この恩は明日起きるまで忘れないわ」
やる気のない返事。どうやらお礼を言う気は欠片もない様子だ。
「あ、また葱が入ってるー。私は好きじゃないって言ってるのにお母さんまた性懲りもなく入れるんだから。もう、サイハ。君、葱好きでしょ?肉と交換してよ」
「はあ、良いけど。ちゃんと好き嫌いせず食べないと大きくならないわよ。チビで貧乳でデブの魅力皆無の女なんて生きている価値ないんだから」
「ぶっはっ!私よりチビの姉に成長語られるとかっ。笑えるよ!爆笑だよ!」
「うるせぇ死ね!」
サイハちゃんのエルボーがコハクの首に炸裂し、椅子ごと後ろに倒れる二人にお母さんはため息。元気なのは良いことだが、少しくらい落ち着きが欲しいと言ったところか。
「こらっ、食事中はドタバタしない!」
お父さんの一喝も、日常茶飯事。どこかおネエっぽいのはあいかわらずだ。
「サイハちゃんは直ぐ人を叩かない。コハクちゃんは好き嫌いしない。ユイトが真似したらどうするの」
しません。もし大人の弟がいて酒を飲んでいたらするかもしれない。
この元気な姉妹を見ているのは好きだ。こんな今は馬鹿みたいにみえる光景だって、数年後には見られなくなるんだろうな。兄弟姉妹は仲良く居続けられるのは難しい。常に側にいるということはそれだけ好きになれるけど、嫌いにもなれるのだ。だから、できるだけ長い間この二人には仲良くいてもらいたいと思う。
こんな些細な喧嘩だってその表現の一つなのだ。
「そうだぞ。姉なら弟の手本になるような行動をとれ。さあ、じゃんじゃん食べろ。肉はいくらでもある」
「そうだよいっぱい食べようよ―――――おかわり!」
皿をお母さんに渡すと、両親揃って何か言いたげな目で僕を見た。
「ユイトは食べ過ぎないように。いつもいつもお腹膨らませるまで食べるんだから。男の子なら、将来を考えて女の子以上に食事の量を気にしなきゃ駄目よ」
「えぇ、でもお父さんの料理おいしいし」
この味噌味の鍋なんて前世の故郷を思い出すまさに絶品だ。それに、こうして用意された以上残すわけにもいかない。この時代、食べ物を粗末にするのは罰当たりなのである。
「うぅ、ありがとうユイト。でも、でもね」
「何事もやり過ぎは良くないと言うことだ。食べることは良いことで、残さず食べるその心は素晴らしい。だが、お腹を壊したりしたら大変だ。いくら美味しくても我慢するというのもまた成長だ」
「ふーむ。なるほどなぁ」
「それに、残りそうならこの姉二人がどうにかしてくれる。そうだろう?」
「「もちろん」」
二人で親指を立てる。頼りになる返事だけど、食べながら言うから食べかすがこぼれた。お父さんに頭を叩かれる。
しかし、僕は純粋に食べても太らない体質なのでどれだけでも食べても大丈夫なのだが、こうまで心配されては食べ過ぎるのも良くないみたいだ。
明日からはできるだけ控えるようにしよう。成長期を理由にいつかまた好きなだけ食べる日がくるその時まで。
―――――
夕食後、お父さんの夕食の片付けを手伝い、周囲の掃除をする。
お父さんは明日の朝食の下ごしらえをして、僕が食器を棚に片付けていると、居間では我が家の女三人が何やら話をしている様子。いや、説教か。お酒の入ったお母さんによく見られる傾向だ。かれこれ一時間以上お母さんの有り難い御言葉を二人は、
「…………………はーい」
「…………………はい」
反省の色もなく適当に聞き流している。
「お前たちは少しは真面目にだな」
「…………………はーい」
「…………………はい」
こんな気の抜けた返事をする人間が真面目になんてなれるわけがない。そもそもそんな性格とはかけ離れた在り方の二人だ。どこでどう転んだらこの両親からこの二人の姉妹が育つのかはわからないが、こんな説教で今更どうにかなるような子供ではない。諦めるか、期待は薄いが長期的に見て変化を求めるかだ。少なくとも、成長期。おそらくは十代中盤から二十にかけてが性格の確立される時だろう。勝負はそこだ。頑張れ母よ。僕は今の二人が好きだから手伝わないけど。
「ようし、お前たち、我が家の家訓を言ってみろ」
きたよ、という顔の呆れた二人。この絡みもいつもの事だ。
元騎士であり、厳格な性格でもある母は、その騎士道精神を持ってしてこの家に家訓を掲げている。
「弱者と共に生き、それを助け、敬意と慈愛を持って接する」
「我らの生きる場所、愛する家族が住まうこの国を思う愛国心を忘れない」
「愛する者を守るため、敵に背を向けない」
「真実と誓言に忠実であること」
「惜しまず与えること」
「全ての悪に対抗して、いついかなる時も、どんな場所でも、己の正義を守ること」
業務的に何の感情も込もっていない声で二人は言ったが、お母さんは満足そうに頷いた。
「そうだ。我が家は常にこの家訓を忘れることなく、誠実に生きてきたはずだ」
「サイハ、そんなことよりトランプしようよトランプ」
「はぁ、また?貴方弱すぎるから面白くないのよ」
最初からそのつもりだったのかコハクちゃんはポケットから使い古された僕達が自作したトランプをとりだした。それをお母さんの説教も気にせず目の前でシャッフルし始める。サイハちゃんも呆れた様子で軽口を吐くがそれに付き合う様だ。
本当にこの怖いもの知らずの二人はどんな神経をしているのか。社会に出ても周りの評価なんてお構いなしに我を通して好きに生きるタイプの人間であるに違いない。
小心者で周りに合わせて評価を気にして生きてきた僕には本当に羨ましい性格である。
「お前たちは我がカンザキ家の宝だ。これからも立派に成長することを願っている」
お母さんの有り難い御言葉は続くが、その思いが娘たちに届くことはない。親の小言が有り難いと感じるのは大人になり頼りをなくして孤独になった時だ。未だ子供の彼女たちには分かりようもないことである。
「ふふん、甘いぜぇ。激甘だぜぇ。ユイトの寝顔くらい甘あまだz「それはない」まあそれはないけど。とりあえずババ抜きしよう」
コハクちゃんがカードを配り始める。三人分用意しているのは、暗に僕にも入れと言っているのだろうか。
「お父さんは日々家事に勤しみ、何の不満もなくこの家族に尽くしてくれている。私も妻として鼻が高い!これからもよろしく頼む!」
「こちらこそ、御願い致しますね」
「へいへいそこの家政婦さん!君もこっちにまざりなよ!色んな意味で交ざりなYO!」
用意が終わったところでコハクちゃんが僕に声をかける。それよりこの子は本当に十才児なのだろうか。意味はよく分かっていないのだろうけど、いったいどこでそんな言葉を拾い上げてくるのやら。教育は難しい。
「いいけど、お母さんまだ何か話してるよ?」
「いいのいいの。こんなの聞くだけ無駄だから」
「ええ。時間が勿体ないわ。それよりはやく来なさい。私の膝に乗るといいわ」
優しいお誘いだが、それだと手札が見えるだろうよ。
僕はお父さんに確認をとって、カードの用意された席についた。
「ユイトは末っ子でありながら、誠実で純粋で可憐に育ってくれている。これからもその優しさを忘れず、皆を愛してほしい」
「煩いババアの戯れ言はほっといて始めるよん。ババ抜きだけに!」
「はいはい。つまらないことを言ってないで始めるわよ。憐れに負けてそして死になさい。完全な敗北者となって一人ババアの説教を受けるといいわ。ババ抜きだけに」
「…………………………」
この姉妹はなんだろう。僕よりもおっさんっぽいな。いや、この場合おばさんになるのか。ババ抜きだけに。
そしてお母さん誉め言葉をありがとう。
でも今からカードで遊ぶからちょっと黙っていてほしい。
「ぬ、ぬぬぅぅぅぅううぅ……………。娘のくせに私の言葉を無視するとは生意気な。へーんだ。いいもんねー。私にはお父さんがいるんだから。お酒!お酒をくらさい!」
「今日の分はもう終わりです」
「私の味方はいないのか!」
うえぇんと泣きながら僕を抱き抱えるまではいつも通りだ。酒が入るとこの母はとても面倒くさい。普段は凛々しく厳格で生真面目な騎士の手本とも言える人なのに、酒がはいると途端にサラリーマンのおやじみたいになる。美人でギャップが可愛いから僕は嫌いじゃないんだけど、姉二人は本当にうんざりしている様子だ。お父さんも止めてくれたらいいのに、お母さんにはとことん甘い。惚れた相手なら仕方のないことだろうしその贔屓目は理解できるが、僕たちに迷惑がかからない範囲で飲ませてほしい。
僕は後ろから抱き締められ首筋にキスされながらトランプを手にする。背中に当たるノーブラおっぱいが柔らかい。まさに極楽である。
ペアを除外してそれ以外を手札に残す。
ルールは前世の世界と変わらない。
最後にジョーカーを持っていたほうの敗けだ。
ババ抜きは運と心理戦。感情をどれだけコントロールできるかが勝敗を握る。喩え手元にこうしてジョーカーがあったとしても、それを顔に出してはいけないのだ。
「あーユイト、ジョーカー持ってるじゃないか。大丈夫か?」
「…………………………」
こんなに母に殺意を覚えたのは初めてだ。
僕は今ババアを二枚持っている状況なのだ。子供相手のハンデとしては破格すぎる。
僕はお母さんの太ももを軽くつねってさてどうしようかと考える。たとえなんの見返りもない子供のお遊びといっても僕は負けるのが好きじゃない。
ババ抜きともなれば運の要素も大いに関係しているから、本気になったところでどうしようもない部分はあるけれど、できる事は全てやって全力でぶつかるのが僕スタイルだ。
「ちなみに最後まで残った人は一番の勝者にキスね」
「異義な――――いや待て。サイハが最下位ならサイハとキスするの?うえぇ、サイハとキスとか死んでも嫌だ」
「なんで私が負けるのよ。それに私も嫌よ。けれど、問題はないわ。ババアを背負っている時点でビリはもう決まったようなもの。それにもし負けそうになっても事故を装い手札を捨ててあやふやにすればいいのよ。頭が良いとは言え、ユイトは8才でまだ子供。言い訳なんてどうとでもなるわ。あとは私と貴方、どちらが勝つか、負けるかよ」
「なるほどな」
なるほどな、じゃない。なに堂々と目の前で声も潜めず僕に聞こえる声で不正を働こうとしているのか。
「錦の御旗はここに。大義名分とはまさにこのこと。さあ、始めましょう。ユイトのキスは私のものよ」
そんな大仰に語らなくても、キスくらいいくらでもしてあげるけどさ。
――――――
「くらえ必殺、ロイヤルストレートフラッシュ!」
勢いよくテーブルに叩きつけられた五枚のカードは確かに見事な最強の手札である。
――――――ポーカーであれば。
「貴方どれだけ弱いのよ。せめて一度くらい勝ちなさいよ。一位にはなれなくても二位くらいなら馬鹿でもなれるでしょう」
「うがー。私にもわからんですよー。なぜ、どうして、なんでなのかー」
あぁーと頭を抱えてロイヤルストレートフラッシュの手札ともう一枚持っていたジョーカーを捨て札の山と一緒に混ぜ混む。これで六度目の仕切り直し。
まだ僕とサイハちゃんも手札を持っていたのに今回は諦めるのがはやかったな。ただロイヤルストレートフラッシュを見せたかっただけなのかもしれない。
しかし、あと何度やろうと僕が負けることはないだろう。
そもそもババ抜きをする前から結果は分かっていたようなものだが、心理戦が必要な勝負事はすぐ顔に出るコハクちゃん向きではない。
「私の姉弟は読心術を習得しているにちがいないのです。私がこんなに負けるなんてありえないことなのです」
「素直に自分が雑魚だと認めなさいよ。あと百回やったって負けない自信があるわ。そして負けに負けて泣きながら枕を濡らして今夜は眠ることになるでしょう。それでもまた明日貴方は勝負を挑んでくるのでしょうね。馬鹿だから」
「次から本気になるし。今まで手加減してただけだし。笑っていられるのも今のうちだよ。いざ勝負!」
「勝負じゃありません。子供はもう眠る時間です」
本当に百回くらいしそうな勢いに呆れたのか、そこでお父さんが待ったをかける。
「ほら、片付けて片付けて。続きはまた明日にしなさい」
「ちぇっ、命拾いしたねサイハ」
「貴方もねコハク」
いつから命の取り合いをしてたんだこの二人は。
というか、
「お父さん、お母さんのよだれがさっきからすごい頭にかかってる」
ぴちゃぴちゃと頭から首筋にかけてよだれが垂れていく。
「もう、この人は。ほら、お母さん。寝るなら部屋にいきますよ」
「ぐへへ、ユイトー。お前はほんとに可愛いなぁ」
この人は酔ったらコハクちゃんに似るな。なるほど、この姿を見てコハクちゃんは育ったのか。あんなふうになったのもこの人の自業自得である。
お父さんは僕を離すようお母さんに注意するが、寝惚けたお母さんには通じない様子。僕をガッチリ抱き締めて頬擦りしてくる。
「こんな大人にはなりたくないわね」
「まったくだね」
しかしもうなりかけてる姉二人はもうどうしようもないと分かっているので、羨ましそうな視線をお母さんに一度向けただけでテキパキと片付けを始めた。
「ごめんねユイト。今夜はお母さんと一緒に寝てあげて」
「―……………………………はい」
お母さんと寝るのは好きだけど、お酒臭いのは嫌だ。しかし、元騎士の人間にこうもガッチリ抱き締められたら子供の僕にはどうしようもないのである。圧倒的な力の前には屈するしかない。社会の摂理だ。
「ああ、それと明日アップルパイを作るから、それを持ってお向かいさんにお礼をいってくるように。コハクとサイハはとくにメルトナちゃんに迷惑をかけてるんだから、謝っておきなさい」
「迷惑って、なに?」
「ほらあれよ。メルトナの大事にしていた熊の縫いぐるみで生け贄ごっこしたことでしょ」
「ファイヤーベアーニシキノか。あれは傑作だったねぇ」
適当に描いた魔方陣の中心にテディベアを置いて周りに置いていた草木を燃やして怪しいダンスを踊っていたあれのことか。奇行とはまさにあの事を言うのだろう。僕が前世を覚えていてほんとに良かったと思う。あんな姉の姿を見たらただの弟はトラウマになっていたことだろう。
「でもあれはメルトナが大泣きしたから流石の私もドン引きして川で洗い流して返したでしょう。いやまあ、ボロボロになって元の姿とはかけ離れてしまったけれど」
あの事件で久しぶりにお母さんに本気で怒られてたな二人は。
お尻百叩きと一晩裏庭の木に吊るされて芋虫状態にされていた。そんな状態にも関わらず一晩ギャアギャア騒いで近所に迷惑をかけていたときは、本当にその神経の図太さに感心した。お父さんもお母さんも頭を抱えて、結局は都市に出向いてお母さんが新しく縫いぐるみを買ってきてその事件は終わったのだが。
「違う。メルトナに泥パックだとか言って泥団子を叩きつけたでしょう?」
「ああ、あれかぁ」
「でもすぐ川に突き落として洗い流してあげたでしょう?」
「洗い流してあげたのはユイトです。アフターケアもユイトが全てやってくれました。ほんとに貴方たち二人はメルトナをすぐオモチャにするんだから。たまには優しくしてあげなさい」
「はーい」
「分かったわ」
絶対分かってないだろうこの二人は。
呆れるほど何時ものこと。
この二人はいつか立派な淑女になる日がくるのだろうか。