魔法を使いたいんだ
先のことは考えていない
きっと誤字脱字だらけ
だけどなま暖かく見守ってほしい作者です
魔法が使いたいと思った。
そんなことを考えたのは何も今に始まった事ではなくて、この世界に生まれる以前、豊かな環境で育てられていた少年時代からだったと思う。
きっかけはもう忘れた。誰かが語っていた架空のヒーローに影響されたからだったか、活字の想像のその先に抱いた憧れからだっただろうか。なんにせよ僕は魔法というものに憧れを持って生きていたのだ。
杖一つで羽を浮かして見たかったし、呪文を描いてドラゴンを召喚したかったし、言葉で炎を出したかった。そんなことできはしないことは数年後に自ずと理解はしたけれど、憧れそのものがなくなることはなく、それこそ死ぬまで僕はその夢を抱いていたのだ。
理想というにはあまりに幼稚で願いと言うにはあまりに無謀。誰かに話せば鼻で笑われ、からかわれるようなそんな夢。
誰にも知られず胸の中で、そんな夢を捨てきれない愚かな男だった。
そして。そんな男が夢見るように目を閉じて再び蘇った世界は、剣と魔法のファンタジーな世界だったのだ。
「――――――よし」
この世に新たに生を受け早幾年。
都市からは遠く離れた、緑豊かな村。
人々は田畑を耕し、子供は野原や広大な山々を駆ける日々を過ごすゆっくりと時間が流れる平和な村だ。
国の遠方では隣国とのいざこざでピリピリしていると聞いたが、そんな情勢とはまるで関係のない平穏な毎日。災害で飢えることもなければ、疫病で苦しむこともない。たまに刺激を求めた村娘がこっそり都市に旅行に行っては村中が大騒ぎになるような温厚で頭も緩めの人たちが多いそんな場所だ。
僕はその村の中でも裕福な家に生まれた。凛とした振る舞いで道徳と規律を重んじる元騎士でもあったお母さんと、ちょっとナヨナヨしたこの村出身の元教師でもあるお父さん。都市には疲れたからこっちに戻って農家になったらしいけど、なにか他に事情があるようでもある。まあ、子供の僕があれこれ詮索するようなことでもない。子供には黙っておいた方が良いことなんて山ほどあるし、真実を告げることが常に心を軽くするわけではないことは既に経験してきたことだ。
僕はそんな親二人と美人な姉二人に愛されて育てられた。美人なというのが何より重要なことであるのだが、これでも精神年齢は大分おっさんなので、無闇に興奮することはない。でも多少はする。男だから。
そんな女性が多い家系だからか、末っ子という立場もあるだろうが僕はやたら甘やかされて育てられたような気もする。
お父さんは元よりそんな性格だから姉二人にも変わらずの接し方をしているけれど、姉二人とお母さんはすごく、すごく優しくてデレデレベタベタ甘あまだ。
お母さんは椅子に座る時は常に僕を膝の上に乗っけて抱き締めてくるし、姉二人は暇さえあれば僕の手を握ったり抱きついたりあちらこちらにキスしてくる。エロい。もうちょっと大人になったら襲いたいけれど、姉だからそんなことはしません。
そもそも姉とはこんなものなのだろうか。前世で兄弟のいなかった僕には分からないけれど、まあ仲が悪いよりは良いに越したことはないし、子供のじゃれ合いに翻弄されるような軟弱な精神の鍛え方はされていないので、いちいち嫌がる素振りもしない。寧ろ役得でもあるし、仲が良いのもどうせ今の子供の内だけだろう。そのうち大人になって自然と離れていくはずだ。それはそれで寂しいだろうけど、子供の成長は喜ばしいこと、大人はそれを受け入れることもまた成長だ。
とにかく、わが家は皆僕に甘く、仲睦まじく日々を過ごしている。
そして、そんな幸福を甘受していく毎日の中、僕は友人と共に母の書斎でとうとうそれを見つけたのだ。
魔法の書。
姉に習った読み書きの未だ拙い知識で確かにそう読むことができた。
思わず天に掲げて年甲斐もなく歓声をあげてしまった先程の興奮そのままに、僕は探すのを手伝ってくれた友達の静止の声も聞かず、その本を抱えて裏庭にでた。
家には今昼寝をしている姉二人と縫い物をしているお父さんがいる。相変わらず女子力が高い。お母さんは鍬を持って畑に出掛けた。あまり家から離れたら心配をかけてしまうので、僕はお父さんが家の中からでも確認できる場所に腰をおろして本を広げた。
中身はいかにも魔法の書といった感じで、意味ありげな文字の羅列と、奇妙な魔法陣が描かれている。
ただの子供なら理解できる代物ではないだろう。しかし、僕ならわかる。その為に詰め込んだここ数年の知識だ。この世界に魔法があるということは昔から分かっていた。ならばそれを理解するだけの知識をつけなければならない。ならばすることはなんだと自ずと回答を出して僕は行動を起こした。
そう、全てはこの日の為に。
僕はこの時を夢見て生きてきた。
夢見た世界にこうして生まれたのだから。
「おう、ユイちゃん。偉いねえ勉強かい」
通りすがりの村人A。もとい、お向かいさんであるメルトナのお母さんが僕に言った。いかにも田舎者といった出で立ちだが、顔は整っている。メルトナも将来性を感じさせる容姿をしているし、素朴な可愛さというのもまた美だ。
「おはようございます、メルトナのお母さん。今日はまた大きな猪ですね」
そう、素朴な笑顔でこの女性は肩に猪を抱えていたのだ。
恐ろしい。こんな人が親だったら反抗的な態度なんて一生とることはできないだろう。
「あとで解体してお裾分けするからね。今日は猪鍋にするといい。お父さんにもそう言っておきな」
「ありがとうございます!」
笑顔で答える。お父さんの作る猪鍋は旨いから好きだ。基本的に何でもおいしく頂けるし特別猪鍋が好きだということもないけれど、こうした好意は大人になって有り難みを理解するので、僕は本当に嬉しく思う。
「うんうん、ユイちゃんは本当に可愛いねぇ。家に持って帰りたいくらいだよ」
「そんなことありませんよ。それに、メルトナだって可愛いじゃないですか」
「どうせ今だけだよ。その内グレるさ。何せ私の娘だからね。メルトナに酷いことされたら直ぐに私に言うんだよ」
「そうですかねぇ。メルトナはやさしいしきっと可愛い女の子になるとおもいます」
グレたらグレたで、それはそれで可愛らしいものだ。大人になるまでそうであれば困るが、この人を見ていればその心配はなさそうだ。
「だといいんだけどねぇ」
悩ましくため息。こんな素朴ないい人が昔はグレていたのか。田舎のヤンキーとは恐ろしい。猪狩りもその時に身につけた実力だというんだからただの不良と馬鹿にはできない。
「あの子のこと、よろしくね」
「まかせてください。メルトナはぼくが立派なレディにしてみせます」
「うぅ、なんて良い子。ユイちゃんに反抗期が来ないことを切に願うよ私は」
良い年した人間が今さら反抗期なんて来ません。
しかし、そうか。メルトナはいつかグレるのか。ならばそうならないように僕が気にかけてあげなければならない。受けた恩は返すのが大人としての礼儀だろう。
「勉強の邪魔をして悪かったね。これからも頑張りなよ。また後でね」
「はい!」
笑顔で手を振って別れる。
大人は大変だ。猪を狩るのもそうだけど、こうして隣近所にも気を使って子供の面倒を見なければならないのだ。母は強し、か。僕も夢見るだけではなく、子供の手本になるような子供にならなくては。いや、なら夢を見ることは悪いことではない………………のか、な。
まあ、ようやく夢は叶うのだ。僕の将来はそのあとに考えよう。
僕は魔法の書にもう一度目を向ける。
「――――――――よし」
魔法には相性があるという。元素六則という属性による相性もあるが、そもそも魔力の仕様に適しているのかどうかという問題がある。
しかし、魔法使いの知り合いなんていないし、魔法の知識だってない自分に確かめる方法はないし、まあ、とりあえず当たって砕けろ精神で、失敗を恐れずいくしかない。
なにより、もともと男に魔法は使えないというのが、この世界の一般的な常識である。
本来男には魔法を仕様するための性能というものが、存在していない。つまり男には魔力そのものがあっても、それを外に出すだけの力がないのである。
それは当然僕も例外ではないのだろうから、それ相応の覚悟は必要になる。最悪、自分が死ぬ事も視野にいれなければならない。
―――――僕は魔法使いになりたい
それでも夢見たものがあったなら、男なら躊躇って先伸ばしになんてできない。絶対に魔法を使っては駄目だと、恩あるお母さんの言葉でもこれだけは譲れない。
言葉の真意はわからない。きっと僕が思っているより悲惨なことがおきるのだろう。
それでも、ずっと願ってきた夢の形を目の前にして自制ができるほど、僕は大人ではなかった。とにかく魔法を使って、あの日の自分に答えを見せたかった。
「発動には―――」
「ユイトーーー!!!」
可愛らしくじゃれるような声に視界が真っ暗になった。目元には柔らかな子供の手の感触。
「むむ、この声は」
「だーれでしょ!!」
誰でしょうも何もこんなに無駄に明るく楽しそうに僕にじゃれてくる女の子なんて一人しかいない。
「サイちゃん」
「ぶっぶー。お姉ちゃんはがっかりです。そして間違えたのでユイト君には罰です。極刑です。コハクお姉ちゃんによる刑を執行します」
いうが早いかマイシスターコハクは僕の首にがぶりと噛みついてきた。
痛くはない、あまがみと言える程度の攻撃。我が姉ながらその子供らしさにほっこりする。
むしろ気持ちがいいから、そのままにしてくれて構わないが、一応形だけの抵抗は見せないといけない。
「ごめんなさいーコハクちゃんー」
「反省の色が見えないなぁー。これはもっともっと罰を与えなければ。そう、これは教育。教育なんだよ。お姉ちゃんとして!お姉ちゃんとして!!お姉ちゃんとしてね!!!」
僕の楽しそうにした態度に気を良くして、テンションが上がるのはいつものこと。割りとスキンシップが過激になるので、引き際は僕が判断しなければならないが、お父さんも窓から楽しそうにこちらを見ているし大丈夫だろう。前に一度本気のキスで口に舌を入れてきた時は怒ったことがある。怒ったというか、泣いた。大声で泣いて、僕の代わりにお母さんとお父さんに怒ってもらった。僕が怒ったところでどうやら恐くはないようで、むしろ変なスイッチが入って興奮する傾向にあるのだ僕の二人の姉は。教育は親の領分というやつだ。向き不向きがあるのだろう。
「ぐへへ、食べちゃうぞ。ユイトくんをたーべーちゃーうーぞー」
「ごめんなさい、ごめんなさい。ゆるしてコハクちゃん」
「あ、やばい。本気でかわいい。キスしていい?ねえ、キスしていいですか!――――ふぐぁ」
僕に馬乗りになって顔を近づけてきたコハクちゃんは顔面を勢いよく木の棒で殴られて、後方へ転がっていった。
二回三回回ったところで、ようやく止まり、そのまま動くことはなかった。
「猛獣は山へ帰りなさい。豚に真珠は似合わない。貴方には猿がお似合いよ」
そんな言葉と侮蔑の視線と共にクールビューティーサイハちゃんは持っていた木の棒をコハクちゃんに放り投げて僕の身体を抱き上げる。
「大丈夫?なにか可笑しなことはされなかったかしら?あの子が可笑しな存在なんですもの、やることなす事可笑しな事にちがいないわ。ほら、こんなに首もとを赤くして。ふふ、癒してあげる。治してあげる。私の医療技術はまだ拙いけれど、知ってる?愛する人のキスで何でも治る魔法って」
なんと、そんな魔法があるのか。やはり魔法は奥が深い。が、僕は何もされていないので、キスはいらないです。
「大丈夫だよ」
「いえ、大丈夫ではないわ。コハク菌は直ぐに消毒しなければ。私の唾液、もとい、キスで。さあ、家に戻りましょう。ベットに行きましょう。一緒に寝ましょう。お昼寝の時間が待っているわ」
ああ、なるほど。この人たち、寝ぼけてるな。先程まで昼寝をしてしたのだそれはそうか。普段より二倍増しでテンションが高いのはそのせいだろう。未だ夢の中、弟を思う一心でここまで来たのか。好かれているのは嬉しいことだが、姉妹として仲良くしてほしいものだ。女の子が暴力はいけないと思うのは、僕が前世を覚えているからか。
なんにせよ、この姉妹は寝惚けている。なら、布団に入れば直ぐに眠りにつくだろう。
僕としては魔法の書をもう少し読みたかったけれど、今回は大人しくサイハちゃんのお昼寝に付き合うとしよう。
「おとうさーん、コハクちゃんの回収よろしく」
窓の向こうから顔を覗かせるお父さんに僕は言う。
「あらあら、地面の上なんかで寝ちゃって。困ったお姉ちゃんね」
困っているようで、どこか楽しそうにお父さんは微笑んだ。
我が姉弟は今日も仲良く一日を過ごす。
友達は知らず家に帰っていたようで、僕は直ぐに謝りに行ったのだった。