雪ではしゃぐのは犬と変態
十二月。
ひらりひらりと舞い落ちる雪の中で、カップル達が愛を囁く。……なんて、幻想だ。この雪は舞い落ちるとか可愛い表現よりも、のし掛かるの方が合ってる。それ位、多くて重い。こんな雪の中で、愛を育める奴等がいたとしたら、もう変態だ。そう、超変態。
雪かきを開始して早二時間、ようやく視界が開けてきたからとスコップを動かす手を休めた。
「何で、私がこんな事をしなくちゃならないのさ……」
雪国に生まれた性か、大雪が降ると誰に言われずともスノーウェアを身に付けて外に出てしまうのだ。
お陰で齢十五にして、お洒落な化粧や可愛い人形よりもママさんダンプが似合ってしまう体になった。
くそう、女子中学生に相応しくないアイテムだ。
大体、力仕事は男の仕事だって言われてる筈なのに、兄貴は外に出ようともしない。
ゲームにネットで一日を費やしている。兄貴みたいな引きこもりがいるから、日本の肥満度は上がってくんだよ。主に北海道。どうオトシマエつけてくれんだーって、関係ないけど。
「よお、小夜子。また雪かきやってんのか」
膝よりも高く積もった雪をかき分けて、細長い少年が歩いてきた。いつもの黒いコートに、黒の耳当て。幼馴染みの、修斗だ。記憶の中じゃ山を越えた先の家に住んでたはずだけど、何故いるのか。
「兄貴がやらないからね。代わりにやってあげんのよ。あんたは?」
「俺は図書館行くんだよ。勉強しにな」
「あっそ」
修斗はズルい。家に除雪機があるから、一人っ子なのに雪かきをする習慣がないんだ。だからこうやって好き勝手に遊べる。
お金があれば私の家だって買えた。そうすれば、もっと自由な時間が増えたはずだ。彼氏を作る余裕も出来たかもしれない。なんて、出来ない言い訳だけど。
「何で怒ってるんだよ。顔を真っ赤にして」
「二時間も外にいたら嫌でも赤くなるわよ。怒ってなんかない」
「ふうん。変な奴」
変なのは修斗の方だ。お抱えの運転手がいるんだから、送ってもらえば良いのにわざわざ雪道を歩く。
前に聞いたら、社会勉強だって言ってた。なら、私は誰よりも勉強熱心ねって言ったら笑ってた。
大人びた修斗の、笑顔は子供みたいに純粋で、それを私だけに見せてくれたんだと思うと嬉しかった記憶がある。
あと三ヶ月もすれば卒業だから、思い出が美化されているんだ。きっと。
「行かないの?」
「ちょっと休憩タイム」
修斗は鞄を下ろすとその上に座った。
「お坊ちゃんの俺には、ハードな運動は向いてないんだよ」
「たった二、三キロじゃない。そんなのでへばってたら将来雪かき出来ないよ」
「なら、雪かきが得意な女を嫁にすればいい話だ」
「わや。そんなんで奥さんを決めるなんて、損するよ。ばっかみたい」
「……鈍感」
修斗はじろーっと睨んでくる。な、何さ。早く雪かきを再開しろとでも言いたいの?
そもそも、雪かきが得意なだけで人を判別する修斗が悪いんだ。
私も候補として選んでもらえるかな、なんて期待しちゃうだろ。ばーかばーか……って、ばかは私か。修斗は学年で一番頭が良い。たったの二十三人の学年だけども、群を抜いて秀才。それこそ、都会の子供達と台張る位に。
「小夜子は高校どこ行くんだよ」
「……修斗とは違うとこ。あんたは、この村を出るんでしょ?」
素直におめでとう、と言えない。十五年も連れ添ってきた幼馴染みが離れてしまうからだろう。寂しくて堪らない。でも、他意はない。
「そーだけど」
「永住したら、雪かきしなくて済むんじゃない? なら、雪かきよりも化粧が得意な子を奥さんに出来るね」
良かったじゃない、と付け足した嫌みに修斗は眉間にシワを寄せた。
「そんな女は俺のタイプじゃねーよ」
「……ふぅん」
ちょっと、嬉しい。胸がふわんと浮いた感覚だ。別に私は認められてないんだけどね。
「それに、俺はこの村に帰ってくるよ。嫌いじゃないしな」
「あっそ」
「俺がいなくなって寂しいクセに強がるなよ。なんなら泣いても良いぜ。こちらとら広い胸があるんでね」
修斗は胸に飛び込んでこい、とでも言わんばかりに腕を広げた。
「ばっ、ばっかじゃないの!? 私が寂しい訳ないじゃない!!」
「いっ、ちょっ!! 雪玉は反則だろ!! 俺は優しくしてやったってのに!!」
無防備な胸に思いっきり雪玉をぶつけてやる。ふはは、雪玉製造機とも呼ばれたこの私に勝てないだろう!!
……って、やり過ぎたかも。
「ごめん、……大丈夫?」
踞る修斗に近付くと、小さく震えていた。不穏な空気を感じる。
「ヤバイ。右手が動かなくなった。こりゃ、受験落ちるな」
だらん、と落ちた右腕。活発な左腕に反して、ぴくりとも動かない。触れると、氷の様に冷たかった。
「うそっ!! ごめんなさい!! 行かなければ良いって思ったけど、傷付ける気はなかったの!!」
都会になんて行って欲しくない。修斗のいない生活なんて考えられない。落ちちゃえって思ったこともある。
けど、傷付いてしまえなんて思ったことはない。
「うっそぴょーん」
「え?」
包み込んでいた修斗の右手がピースサインをする。私の念が届いたとかじゃなくて、元から外傷がないみたいな……。
「怒るなよ。元は小夜子が雪玉を投げてきたのが発端だろ」
「……心配したじゃないの。ばか」
安心したら、ふっと全身の力が抜けた。ああ、涙腺まで緩くなっちゃったみたい。
「……悪かったな」
細長い見た目とは違って、意外と修斗の胸は広かった。小さい頃は私の方が大きかったのに。悔しい。
「俺、大学卒業したらこっちで働くつもりだから。それまで、これが俺の代わり」
「わっ、え」
手に置かれたのは小さな紙袋。動かすとしゃらん、と金属音がする。
修斗からプレゼントなんて初めてかもしれない。蝉の抜け殻とか、貝殻とかを省けば。
「ブレスレット。小夜子にやるよ」
「あ、ありがと……嬉しい。でも、高くなかったの? お金払うよ」
「ムードぶち壊す様なこと言うなよ。取り敢えず、小夜子は無条件で受け取っておけば良いんだ」
「ふうん」
外の寒気に霜焼けし始めたのか、修斗の頬は真っ赤だ。私も、きっと霜焼けで真っ赤な気がする。
顔が熱いもの。
「七年後には迎えにくるから」
「……っそ」
どういう意味? って聞いたら私の想像と違う答えが帰ってくるかもしれない。だから、敢えて聞かなかった。
ふわふわと暖かい気持ちが胸を支配する。二時間以上外にいて冷えきった身体に熱を与える。これって、毎晩夢に見たアレに似てる。少女漫画の大きな軸となっている、アレ。
ごめんね、変態達。ばかにしたけど、私も変態になります。つーか、仲間入りさせてくれ!!
ぎりぎり。ありがとうございます。