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男だけど乙女ゲームの世界に転生したら地獄だった

作者: 菅藤一羽

「もしも乙女ゲームの世界に実際に放り込まれたら?」という素朴な疑問に従って書いた短編小説です。作者は乙女ゲームを実際にプレイしたことが無いので変な描写があるかもしれません。ご了承ください。

※随時誤字などを修正していきます。内容には影響しません。

突然だが、俺には前世の記憶というものがある。

中二病だとか頭が狂っていたりすることは断じてない。


二年前、高校受験を目前に控えた俺は普通に年越し蕎麦を啜っていた。

もっと言うなら「この後はさっさと寝て明日はちゃんと勉強しろよ」だとか「今年の正月は蕎麦とおせちで我慢しておけ」などといった親の小言を聞き流しつつ、テレビの向こうで尻を叩かれている芸人を眺めていた。

そしてテレビから目を離さずに、お椀に入っていたほうれん草と油揚げを口に含んだ瞬間、前世の記憶とやらがぶわわーっと一気に脳内を巡ったわけだ。なんとも締まらない思い出し方である。


しかも思い出した記憶はごくごく普通の男の人生だった。

普通に育って、ちょっとオタクになって、サラリーマンになって、結婚して、大往生。他の人から聞かされたら「あっそう」で終わりそうな記憶。

しかしいくら普通でもその男一生分の記憶が一気に入り込んできた俺は受験生だったこともあり、あっという間にキャパオーバー。殆ど意地で年越し蕎麦を胃に収めて気絶したのだ。


そんなこんなで次の日から人一人分余計な記憶を所持するようになった俺は、だからと言って特に何も変わらない人生を送ってきた。

ごくごく普通の他人の記憶が入ってきたから何だと言うのだ。伝記を読んだのと大して変わらないだろう、と思えば割と楽に受け入れることができた。

受験の方も正月に二日ほど寝込んだものの無事合格。家に近い所を適当に選んだからランクがそんなにギリギリじゃなかったというのもある。


さて。何故長々と俺がこんなことを語ったかと言うと、どうやら俺はいわゆる乙女ゲームの世界というものに“転生”したらしいのだ。



ついでにここらで俺自身についても話しておくことにしよう。

俺はすぐ近所の私立姫乃学園というところに通っている、しがない高校二年生だ。生徒会で副会長を務めている。そこらへんは前会長の兄貴の影響もあるのだが、それはまあいい。そして学校はあんな名前だが男子校だ。


もう一度言おう。私立姫乃学園は男子校だ。


ここで察しのいい人なら先の展開が読めたはずだ。そう、先月の始めに女の転校生がやって来たのである。しかも何の因果か俺のクラスに。

もうそこからは本当に酷い。どれだけ酷いのかは俺と一日を共にしてみれば分かると思う。





朝。いつものように登校すると、クラスのほぼ全員が窓際一番後ろ、つまり彼女の席をちらちらと窺っていた。頬染めんな。女子か。

けっ、とやさぐれつつ鼻の下を伸ばしている野郎共をどけて、廊下側の一番後ろの席に鞄を置く。


「はよー」


「水森くん、おはよう」


「ああ、早川……と佐久良さくらか。はよ」


来やがったな。この佐久良ってのが今学園中を騒がせている例の女だ。

いや、確かに顔は可愛いと思う。性格も悪いようには見えないし、なんてーの? 痒い所に手が届くような気遣いができるというか。でもな。


「水森、悪いけどコイツ具合悪そうだから保健室連れてく」


「えっ、そんな、大丈夫だって」


「大丈夫になんて見えねえぞ」


「あっ」


額コツンをこの目で見るとは思わなかった。

早川とは一年のころからつるんでるけど、こんな優しそうな顔してんの見たことない。そもそも前「女とか興味ねぇ」みたいなこと言ってなかったか? と思ったがどうやら佐久良とは幼馴染だそうだ。そういや転校初日に漫画みたいな再開シーンしてたわ。


「ほらやっぱり熱あんだろ。行くぞ」


「もう、なんであっちゃんには全部バレちゃうんだろ……」


はいはいはいはい、いってらっしゃい。ぐいぐいと佐久良の手首を掴み足早に教室を出る早川を見送って、ぴしゃりとドアを閉じる。


――――でもな、こんなものを目の前で毎度毎度見せられてりゃ周りと同じように佐久良に惚れろっていうのが無理な話である。砂吐きそう。鳥肌……はもう立ってる。もうやだ、と呟いて俺は机に突っ伏した。



昼。今日は生徒会室でミーティングがてら昼飯である。まあ副会長だし、昼休みが削れるのは仕方がない。仕方ないんだけどな。

生徒会室のふかふかソファに身を沈めている奴をみて俺は絶句した。


「…………なんでここで佐久良が寝てんだ」


「保健室が丁度満員でね。早退するみたいだったから、それまでここで休ませておくことにしたよ」


「……はぁ」


「何、不満?」


「滅相もございません」


一人掛けソファでにこにこしている会長サマを尻目に佐久良の向かいの長ソファに腰を沈める。

さっそく購買で買ってきたパンの包装を破いて齧り付くと会長の鉄壁のにこにこが少し崩れた。何だか切なそうな顔をしている。もしかして。


「……弁当忘れたのか」


「うん。困ってる」


「……パン、いるか?」


「いや、いいよ。前にそのパンを食べたらお腹を壊してしまってね」


庶民の食い物は食えねえってか。

ボンボン会長なんてもう知らん。遠慮なくバターロールを食い進める。

その時、向かいの佐久良がぐぐぐと身を起こした。

おいおい、熱あるなら大人しく寝てろって。


半分呆れつつ背凭れに寄りかかって黙って見ていると、会長がスッと席を立って滑らかな動きで佐久良の身体を支えた。

流石会長、そんな動きもスマートに決まってるぜ。


「どうかした? 具合が悪いときは無理しない方がいいよ」


「でも、」と佐久良がよろよろと鞄から取り出したのは布に包まれた四角い物体。パンを口に入れようとした格好のままポカンと見入っていると、その物体を会長に差し出した。……それって、まさか。


「……あの、これ。良かったら」


「え?」


「お弁当、なんですけど。私これから帰るし無駄になっちゃうから。食べてもらえたらなって……」


やっぱり弁当か!! ただでさえ佐久良には砂糖を塗りたくったような言葉しか吐かないのに、会長をこれ以上手懐けてどうする気だ!!! 

頭を掻き毟る俺をスルーして二人はどんどん二人だけの世界を作り出していく。


「ああああの、手作りなので美味しいかどうかは保障できないんだけど」


「……いや、嬉しいよ。ありがとう」


「そんな! お礼を言われるようなことなんて」


「本当に嬉しいんだ。お礼と言ってはなんだけど、今度一緒にお茶でもどうだい? 美味しい紅茶の店を知っているんだ」


「あ、ありがとう、ございます……」


「ふふ、お礼を言っているのは僕なのに」


もう、何というか。ほんと溜息しか出ない。二つ目のパンの袋を開けながら脳内でざっくりツッコミを入れていく。


お礼にかこつけてデートに誘ってんじゃねえよボンボン会長。その分の仕事誰がすると思ってんだ。あと顔近い、すっげー近い。それ顔が良いから許されてるけどイケメンじゃなかったらただの変態だぞ。

ほれ見ろ佐久良が熱だけじゃなくて真っ赤になってんじゃねーか。病人に無理させてんじゃねーよ。


――――そして、俺はもう一つ佐久良に惚れられない要因に気が付いた。誰にも思わせぶりな態度で接するところだ。

わざとじゃないのは何となく分かるが、ほら、な? ここまでくると俺に優しくされても「はいはい。いつものいつもの」としか思えないっていうか。もう素敵な女の子ってより菩薩か何かだと思ってるからな、俺は。


また横たわる佐久良と嬉しそうに弁当の蓋を開ける会長を見て、今日のミーティングは無しになるんだろうな、と欠伸を一つ零した。



このまま昼休みが終わって今日はこれから平和な一日を送れると思っていた時も俺にはありました。


昼休みも終わりに近づいたころ、コンコンというノック音が生徒会室に響いた。扉を開けるのは俺の役目である。少しうとうとしていたせいで重い瞼をカーディガンの袖で擦ってしゃっきりさせて。

「どーぞ」と扉の向こうに声をかけながら取っ手を押し開きつつ廊下にやや身を乗り出した。


「あ、どもー」


「よォ」


扉の外にいたのは同じクラスの谷津やつと……兄貴だった。

谷津というのは現在クラスで佐久良の隣の席に座っている男だ。元気で単純なムードメーカー。でもって、佐久良には犬のように懐いている。

佐久良の方に小走りで近付く谷津に続いて、のそりと部屋に入ってきた兄貴に俺は首を傾げた。


「兄貴?」


「おー、ちゃんと仕事してっか」


「まぁ。いや、俺のことはいいんだよ。兄貴はどうしたんだ?」


「谷津のヤローにヒナが熱出したって聞いたから、弱りきった顔拝みに」


「ヒナ?」


「んぁ、佐久良」


「ああ、なるほど。相変わらずドSだな。……って兄貴、佐久良と知り合いだったんだ」


「まーな」


兄貴、お前もか――――――――!!! 

「まーな」の顔デレッデレだったぞ! フッて笑うんじゃない! 柔らかい眼差しを向けるんじゃないっ! 身内のそんな顔見たくなかったわ!!


荒れ狂いたい気持ちをぐっと押し止め、深く息を吐いて何とか気を静める。

すると背後でいつのまにか佐久良を中心に冷え冷えとした空気が渦巻いているのに気が付いた。くそ、身内の次はこっちか!


「陽菜、ひな、大丈夫か!?」


「谷津くん、って言ったかな。彼女が今寝ているのは見て分かるだろう? そんなふうに乱暴に揺らすのはどうかと思うよ」


「かいちょーこそ、こんなところに寝かせて何するつもりだったんだよ」


「生憎と保健室が満杯だったんだ」


「……どうだか。水森だって、そんなに陽菜のそばに居たかったなんて知らなかった」


「違えよ。俺はホントに仕事で来ただけだから。ここまで佐久良を連れて来たのは会長」


何が悲しくて男だらけの修羅場に巻き込まれなきゃいけないのか。兄貴もそんな睨むな、違うって言ってんだろ。会長も「そうなのか……!」みたいな目で見るのやめろ。


「……そんで? 谷津はここに何しに来たんだよ」


「あ、そうだった」


睨まれるのに耐え切れなくなった俺が苦し紛れで話題の矛先を向けると、すぐに谷津が正気に戻った。こういうとき単純な奴はいいなと思う。

ほっと息をつく俺には気付かずに、谷津はソファの横に置いていたマフラーやらプリントやらを持ち上げると振り向いた。


「これ、陽菜の荷物なんだけど」


「先生から頼まれたのか」


「ま、そんなとこ」


谷津がうん、と頷くと部屋に沈黙が訪れる。もうやだ教室戻りたい。ここに居たくない。どうする? どうすりゃいいのこの膠着状態。そして俺の誤解は解けたんだろうか。 


――――そうだ、佐久良に惚れられない理由その三。たぶらかした男をそのまま放置する鈍感なところ。

ほんと勘弁してくれよ。俺は善良な副会長なんだって。誰か助けて。


その時、俺の祈りが天に通じたのか生徒会室の扉がギィと音を鳴らした。歓喜しつつ後ろをバッと勢いよく振り向くと、そこにいたのはなんと早川。


「は、早川?」


「なんだ、水森もいたのか」


「そりゃ生徒会室だからな。どーかした?」


「あー……」


何しに来たって聞いたのこれで何度目だろう。目の前で部屋を見渡す早川を眺めつつ思う。

どうせこいつも、


「いた。……おい起きろ。母さん来てるぞ」


「…………ん、あっちゃん……?」


「おう」


ほらな! ほらな!! 佐久良を見て微笑む早川に思わず額を押さえた。お前堅物キャラどうした。

背後ではブリザードが起こっているし、ここまで来たら俺の手には負えない。早川に便乗して戦線離脱させていただこう。

テーブルの上のビニール袋をゴミ箱に投げ捨てて、谷津から荷物を奪い、佐久良を横抱きした早川に走り寄る。


「俺、これから教室戻っからついでに荷物持ちしてやるよ。いや、お願いだから持たせろ」


「? お、おう」


「というわけで、会長また放課後に」


「ああ、そうだね。放課後、また」


にこにこ笑顔を取り繕うも目が笑っていない会長に乾いた笑いを返して、なんとか生徒会室の扉を閉じる。これは放課後死んだな。

だがしかし外の空気が美味しい。つかの間の安寧を楽しんでおこう。

すう、はあ、と大きく深呼吸をしていると早川が変な顔をしていた。慌てて落とさないように荷物をしっかりと持ち直す。


「…………なんだよ。荷物ならちゃんと持つぞ」


「いや水森って陽菜のこと、」


「だから違えって言ってんだろ!!!!」





お分かりいただけただろうか。ちなみに放課後、俺は半泣きで釈明会見させられる羽目になった。惚れたって言うのは簡単だけど惚れてないって信じてもらうのは思ったより難しいよな。

……いやでも放送部部長とか風紀委員長とかも既に佐久良にメロメロ(死語)だったりするから、それが今回召喚されなかっただけ万々歳。かろうじて釈放もされたことだし、もう何も言うまい。


それにしてもだ。何の嫌がらせか俺の周りの男ばかりが佐久良に誑かされて、佐久良を熱心に口説いている。

俺はそれを見るたびに佐久良が生理的に受け付けなくなっていく。

しかし俺はよく現場に遭遇するためによく疑われる。

なんという負の連鎖。悪循環。一体誰得なんだ。ああいうのを魔性って言うなら俺は魔性の女なんて絶対に御免だな。



さて、ここらへんで俺の長々とした愚痴は終えようと思う。なぜなら卒業まで、もしくは佐久良が一人の男を選ぶまで、この地獄は続くからだ。そこまで人を巻き込むわけにはいくまい。とりあえず俺は、俺の立場について知ってくれた人ができただけで大分楽になったから良しとするのだ。


最後にこれだけは言っておこう。

お前らがどんな恋愛しようが知ったこっちゃないが周りの無関係な人間を巻き込むのだけは止めてやってくれ。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ何故かヒロインに関わっちゃって主人公がヒロイン落としちゃうパターンじゃ…
[一言] 面白かったです 主人公不憫、頑張れ高校生活!
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