「黒と白、蝶の舞」
救世主、それは紛れも無く彼女にこの世界での本当の光の朝を告げた、あの光の赤子で在った、その帯びる光の神々しさこそ弱まっているとは言え彼女にはその光がなんとも頼もしく思えた、天の何の手も差し伸べてくれる事も無くただ漫然と光を露出しているだけの飾り物の太陽とは比べ物に成らない程に。そして今まで彼女を痛々しく刺し続けていた意識の槍が彼の放つ光の剣に押し返され彼女に到達出来なくなっているのを知った、恐らくはこの真実の光の有る領域に於いて意識を開放してしまうと死がその意識と言う首筋にすぐさまに飛びつき噛み千切ってしまうからだろう、そんな強張った恐怖心が森に広がっているのは今までの様な意識伝達の直接性はなくとも感覚として良く分かった。だがそれ以上にどうやら彼らは安堵の溜息もついているらしい、彼女という闇を纏ってあの太陽花に最後の命懸けの戦いを挑まなくて済む、と言う安心感が真実の光を前にした恐怖を上回って彼らに与えられている様だ、この光の赤子が彼女を太陽花に導こうとしているのは森にも彼女にも明らかだった。彼女は立ち方、歩き方を忘れた筈の体が嘘の様に機敏な立ち居振る舞いで、まるで王子に踊りを誘われた姫の様な優雅さで光の赤子の目には見えない手を取り、そして光の赤子に連れられる形で前へとその一歩を踏み出した、勿論王子の手を取っていない自由である方の手には王子から贈られた光の宝石が少し崩れかかった水晶球に守られて眠っている。光に包まれた二人の聖者が通る道筋は余りにもそんな二人には似つかわしくない汚れた罪深い存在達の放つ悪意に満ち満ちていたが、それらに全く負けない位の力強さが二人の周りには有った、今まさに本物の太陽への二つの鍵としての存在がここで一つになって地上の太陽へと一歩一歩を踏み締めているのだった。
世界は元々が闇に沈みつつ有ったが、歩き続けるにつれ不自然な位にその闇が支配力を強めていくのが分かった、森が深くなればなる程光の遮りが強くなればなる程二人の光はその光としての在り方をくっきりと鮮明にさせた。彼女は思う、森は、自らを闇の一族だ等と言っていたがその実こうして森の遮りを増すにつれ天の太陽の光が届かなくなっていく、これはつまり彼らが光を未だ自らに取り込んでいる、と言う事の何よりの証ではないだろうか、もうこの疑問に答える意識の介入は無くなっていたが、寂しげに暗がりに落ちていく森の深部が彼らの本音、寂しさの色合いで有る様に思えた。彼らはきっと本当は天に真の太陽を頂いて地上を緑の楽園として造形していきたいと思っているのではないだろうか、その緑の楽園を祝福してくれる動物をそこに招き入れたいと考えているのではないだろうか、そしてそんな平和に過ぎる考え方をもし今も森が受け止める事が出来たら大急ぎで否定しようとするのだろう、と思うと彼女は可笑しくなってしまって本当に久しぶりに笑みを漏らした、その笑みに光の赤子が振り返るが、彼女の健康的な笑い方に安堵したのかまたゆっくりとでは有るが確実な歩みを再開した。そういえば、と彼女はその場でちょっとしたステップを踏む、影の動きを確認したくなったのだ、全くに一方向にしか伸びる事の無かった彼女の等身を崩す事の無い彼女から漏れ出している闇である所のその影の挙動を。彼女が踊ると、影も踊った、彼女の闇を流血させている存在が間近に迫っている、もしくはこの太陽の赤子がそうさせているので影の位置も今は彼女の意のままだった。世界がゆっくりと暗くなり、その影がしっかり影として視覚に捉える事が出来なくなるまで、彼女は楽しそうに踊りながら進んだ、それは自らの闇の体を世界に捧げようとしている巫女の舞いの様にすら思える、闇の少女と言う羽根、彼女の分身影と言うもう一枚の羽根による華麗なる揚羽の飛翔だ。黒き揚羽はその羽根で太陽までたどり着く事が出来るのだろうか、そして太陽の黒点として太陽に受け入れて貰えるのだろうか。




