「黒と白、出会い」
彼女の夜に太陽が昇る。勿論彼女の時間凍結は真夜中の最中であり、真夜中に忽然として太陽が現われたとしてそれが役割を成すまでに至る為には朝焼けを待たねばならない、少なくとも、その太陽が或る側面で役割を果していたとして、そう光放つ者としての立場を誇示し行使していたとしてその存在を月ではない仮初の光の鏡ではない純然たる光の礎であると主張証明するには、朝焼けが必要だ、彼女と言う幾千の夜を真昼の明るさの只中にて身に心に染み込ませて来た暗い闇の住人に対しては。彼女は、ぼんやりとその少々明かりの領分の過剰なる月らしき光球を見つめる。鏡写しに自分を見ている様な錯覚に陥っているのかも知れない、何故なら自分の瞳の中の月と、自分の瞳の前の月、そこに有る違いを探そうにも夜の淵に沈んでいる彼女は自分の瞳の月の在り方を知らないのだ、取り囲む昼に在って消え入りそうにその存在が薄く霞んでいる、と言う。それでもその存在の確かさ、確かである事の強固さからすれば目の前の月と何ら変らない、彼女の瞳に浮かぶ真昼の硝子の月。それらだけでも錯覚を誘発するに十分な条件だが、それらに加え彼女には基本的に光の強さに対する信頼や感動が無い、以前なら光を愛し光に愛され世界を祝福しまた祝福されしていたとしてもおかしくは無い、そんな若さをその張りの有る美貌に感じさせる彼女だったが今の彼女は違う、恒常の真昼を手に入れ、光の無尽蔵を約束され光を愛する必要の無くなった-何故なら求めずともそこにずっと有る物であるから-彼女の心にはもはや、夜しか無い、かつて彼女はただただ夜が欲しく、しじまの透明に沈みたく、死の純潔を愛していた、そしてもう彼女自身が、夜を求める心すらない夜の化身となってしまった今、彼女は外界の承認と言うものを全くしないで居る、光の彩り眩い花々を見ても、物質としての、形状としての花以外を知覚せず、感覚としての、美としてのそれを肯定せずここでその在り方を留めて居る、そうする事以外に彼女の望んだ夜の監獄を封じ込める術が無かったから、光は色々な手段でその監獄の戸を抉じ開けようとする鍵師だから。
だが、彼女にも何かが違う事が分かる、自分と目の前の月、だけでなくその花と言う第三の判断基準を加える事によって分かった、この目の前の月は、花の様に結局は受身に鑑賞されその美を悦ばせ味わわせするだけの、光の受容が有ってこそ輝く只の月ではないらしい、この光の強い光球は私が今居る真夜中に迷い込んでしまったか弱い太陽の子供らしい。だがそれが何だというのだ、太陽の提示する蒼穹さえ揺り動かす事の出来ない自分のこの身に重たく染み込んだ夜を、どうしてこんなか細い太陽の幼児が解き放つ事が出来ようか。真夜中の太陽と、真昼の月は、そうして見つめ合ったまままるで動けずに居た。
ワンコのティアラは魔法で浮いてる設定 もう少し中型子犬にする手は有ったがきゃわだった(ぉ




