「黒と白、絵画の中の光」
風の来る方に、自分の手の平に泳ぐ小さな光の妖精の旅路を遡る様に、彼女は進む、それは彼女が歩んで来た道程の続きでも有った、彼女はようやくこの光の妖精の眩しい祝福によって歩き出す一歩の勇気を、前を見据える眼差しの理由を得たのだった。目標はこの花弁の元有った筈の光の花で有るがそれ以前にそもそも目標としていたのは未だ以って全くその影すら見えて来ないが木々の宝庫たる森で有った。あの鳥を食らった森とは一体何を意味していたのだろうか、今にして思うがこの生命の存在しないかの様な暗い輝きの白い世界において動き寡少であると言う要素で動物より優位であるのだろう植物は、この世界では劣等な動物を吸収してまで生命を維持しようとした、と言う事なのだろうか。それにしては何故ここまで見えて来ない、何処にも植物の繁栄の証が無いのだ、繁栄の為に食らう必要の有った動物を全て食らい尽くして死滅してしまったにしてもその死骸が何処にも無い、有るのは生を勘違いしている草や花ばかりで主に動物を食らっていたであろう木々はまるきりその姿を見せずに居る。動く力と言う物を動物を取り込む事で継承したのかも知れない彼等は何処か目指す所が有ってそこに集結しているのかも分からない、今自分が向かっている場所はそうしたかつて木々で有った動体植物の巣で有るのだろうか。その予想が正しいかどうかとは別に、自分の手に乗る可愛らしい花弁は何処かその可憐な姿とは似ても似つかない恐ろしく殺伐とした生命の空虚の中心地から逃れて来たのだろう、太陽の赤子も存在しているのであろう、この世界の或る種の核なのであろうその場所から。彼女がそんな異形が住む魔境に向かっているのかも知れないと言う事実に身震いするがそれでもこの花弁の暖かな光は確実に彼女の進むべき道を照らし続けていた、彼女はただその光の道が示す輝きに身を浸して居るだけで臆病な心を奮い立たせる事が出来た。
それともう一つ彼女には気になる事が有った、彼女の服が段々と汚れ、擦り切れ出している。今までは全く傷付く事も何も有り得なかったのだが、空が赤く変転してからと言う物彼女の生命が弱るのに合わせるかの様に彼女の身の回りも劣化が始まっていた、死が目に見える形で彼女に忍び寄ってきているのだ。もうこの世界は、私を閉じ込める為の絵画でしかなかった筈のこの世界は変わろうとしている、絵の具で出来た私を溶かしてしまおうとしているのだ、水が水である事を思い出し始めているこの場所で乾燥し切っていた私を。だが、私はこの世界で太陽の赤子と並んで数少ない正しい動物で有る筈だ、動物を取り込んで動く事を覚えた植物などではなく。その私が消滅してしまっては正しさを残す事の出来る動物が居なくなってしまう、きっと太陽の赤子だけでは何も出来ないだろう、何故なら彼から受ける印象が赤子でしかないからだ、彼と私とで存在して始めて在り方が歪になってしまったのであろう植物を元に戻す事が出来るに違いない。溶け出した私を私に留める事はもう無理なのだろうが、それでもこの絵画の新しい色合いになる事は出来る、私と言う黒でこの白過ぎる狂った世界に調和の灰を齎す事は出来る。命を削られても、姿を汚されても彼女の心には何物にも砕かれる事の無い、絵の具で描かれた虚構ではなく、本物の彼女自身が居た。




