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Sa ra i ra  作者: 白先綾
「太陽と月がそばに居て、それでも世界は夜を望んで」

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「黒、瞳の中の海」

 瞳、閉ざす、いずれ来るであろう死と言う温度の御粥を彼女と言う死に至る病の病床の人の口元へと流し込むであろう夜を、瞳の闇の裏側に予期している。彼女は、その平たく広がりつつも結局は彼女と言う内部でしかないと言う瞳の奥の小さな無限を感じていると、まるで海にでも浮かんでいる様な感覚を得た、小さく細く、そう彼女の体の様に彼女の心の様に矮小で頼り無いこの固き水の川が無限に広がる母なる海であるかの様に思え始めたのだ、それは肉体的に弱小な女が母と言う属性を得る事で精神的には何処までも広大な愛の化身となり得る事と酷似していた、今の彼女は、生命の灯火弱い、それがこの以前よりは広がっていると言っても未だ川でしかない存在を強く頼りに出来る物と感じさせているのかも知れなかった。海、それは生命の拠り所とも言うべき数多の生命の出自であり原点で有りながら、それら生命をまたその身に取り込めそうな、またそれらの生命を無かった事と出来そうな圧倒的な殺意を感じさせる物でも有る、だから母なる海という言葉は大分一面的だ、少なくとも人間は今彼女が自分に関して空想している様、海の真ん中に浮かんでいる様を感じてそこに死の影を覚えない事は無いだろう。だが、彼女が空想しているのは、海ではなくまさに母なる海だった、彼女は死を近くにしていながら全く死を退けていた、勿論自分個人と言う部分においては死の塊でしかないなとは思い続けているがこの空想の海に関してはそれが死の海であるとは全く考えていなかった、それは彼女にとって多少なりとも幸福な事だった、それが証拠に彼女の口元は緩んでいる、誰か人に自分が喜んでいる事を示す為の在り来りに笑顔等と呼ばれる使い古しの顔の感情造形ではなく、しかしそれは笑い顔だった、顔を笑わせる、と言う信号が有っての笑顔ではなく、それが基礎表情であるとしての笑顔だった。彼女の空想の海はとても静かだ、波音一つ無い、波音は弛まざる変化の象徴、連綿と続く生と死の共食いを思わせる物であるからそれもまた彼女がこの海に死を感じない一因となっているのだろう。また、死を感じないと言うのは当然にして危険である、死に対する感覚の麻痺が死を生む事は多い、実際彼女も死が近過ぎてしかも自分の生を最後まで燃し切ろうと明確にこれから先生きていられる自分と死んでしまう自分を区分し自分が何をなすべきであるかを考えていない思考死に陥っているので生と言う白と死と言う黒が見えなくなってしまっているだろう、瞳の奥に見据える黒、だがそこには薄ぼんやりと外界からの光が差し込む、白が混じる、生きているのか死んでいるのか分からない感じの濁ったグレーが彼女の心を支配していた。

 ふと瞳開ける、彼女は手に違和感を覚えた、無変化の時が何かに破られた。それは、波だった。知らず知らずのうちに手は川を撫でていた、普通の川であればそれが波の子供を量産していただろう。だがこの川は普通ではなかった、自分が川である事を良く分かっていなかった、それが彼女の手の愛撫を受けた事で川としての記憶を多少芽生えさせ始めたらしい、彼女の手に寄り添う様に、もっと撫でて欲しいとでも言う様に川は波を彼女の手に向けて起こしていた。彼女は思わず笑ってしまった、波を生んだ所に帰って来る波とは一体どんな波だろうと。勝手な空想での話とは言え急に母と子の立場が逆転してしまった事も愉快で、彼女は一時では有ったが本当に死を忘れて川と言う赤子に安らぎを与える事に時間を費やした。そして彼女は自分がこの死に行こうとしている世界と生を新たに得ようとしている世界の狭間に辿り着くまでに歩んで来た道程を寝そべりながら何の気なしに眺めてみた、足跡が消えかかっている、川が自分の復元力と言う属性を取り戻し始めているのだ、きっとこの世界は隣の自分には辿り着く事の出来ない世界を食らい続け逞しく生きていくのだろう、私には知り得ない新しい輝きをその身に纏うのだろう。彼女もまた綺麗な光のドレスに身を包む自分を空想してみたが光が強過ぎて自分自身が一体どうなのか良く分からないその姿に苦笑してしまった、結局自分は今のこの黒い闇の服以外に着るべき物は無いのだろう、そう諦めつつ悲しくなった。波達をあやし続けるのを止め、また彼女は瞳の裏側の海へと帰って行った。

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