「黒、永遠への飛翔」
森を目指して歩き出してから何十日と経過していた。それでも彼女は特に気にする様子は無かった、何故なら光の赤子に朝を告げられてから川へ至るまでにも一年近くが経過していたからだ。それ以前にも彼女はこの世界で幾千と言う光の昼と光の夜を身に心に深く刻み込み続けて来た、時間経過は、彼女が只の少女で有った時の若さを奪う残酷な力をもはや失っていた。彼女はそんな時間経過の長大さとこの世界の広大さに関して思う事が有る、この世界の空間と時間は恐らく人としては私一人だけに用意されているがその規模が一人用と言う概念を大きく超越している。つまり、何百万でも何千万でも、億単位でもいいがそれ位の人数の人類が所有し経験すべき時間空間が私一人の神経肉体に預けられている、もはや一人の人間にとっては単純に無限としてしか捕らえられない様な圧倒的な質量が。何故そんな膨大な質量と自分が繋がって居なくてはならないのかはまだ見えて来ないが、何となく分かるのはこの恐ろしいまでの自分の生命力、この無変化と言う世界に置いて無変化面をし続けては居るが着実な変化への足取りを弛まさずに居る、変化と言うダイヤモンドを何れ無変化と言う原石から掘り起こそうとその原石を必死で抱きかかえ歩む私の原動力であるそれを失う事は許されないと言う事だ、私は見てくれこそ普通の少女だがその実この無変化と言う巨大な岩石を持ち運ぶ事が出来る豪腕の巨人だ、そして無変化の苦しさに正気を破壊されずに耐え抜いた心の巨人でも有る。こんな立場に有る者はそうそう居る物では無いだろう、もしかしてこの世界には自分と同じ様に無変化の苦しみを与えられた選ばれし人が居るかもしれないが、少なくともその人はこの世界に勝利出来ていない、この世界の謎を完璧に解いた人間は、まだ誰も居ないのだ。彼女はこの世界の謎解きを自分の使命だと言う風に言い聞かせともすれば弛みがちな単調なる森への歩みを保ち続けている、この世界の事を理解していけば必ず自分の命に宿る変化の鼓動を無変化に伝播させる糸口が見つかる筈だ、だから今はどんなに辛くともこの歩みを休める訳には行かない、心に炎を焚き付けてくれたあの太陽の赤子に出会う為にも。彼女が森への歩みを影を与える物の有ると思われる向きへと定めたのはその為だった、彼女は自分の影はあの太陽の赤子に近づいた為に発生した物だと確信していた、自分はあの時の様にただ心の暗がりに落ち込んでいるのでは無くちゃんとした意志という物を取り戻した、その事で自分に宿る闇が光と干渉しようと外に出たがっていると思われるこの状態であの太陽の赤子に近付く事で一体お互いがどうなってしまうか、それには相変わらず全くいい予感が持てないのだがそれでも彼女はあの太陽の赤子に近付く必要が有ると思った、で無ければあの子が何の為にこの強さをくれたのか、闇の心にすら光が共存し得ると言う強い希望を寄越し、その希望を糧にして闇と光の触れ合いと言う変化を始めようと呼びかけてくれたのか分からない。傷付くばかりの孤独より、私には傷付け合う事になろうとも尚存在と存在の触れ合いが愛おしい、彼女にはもうあの赤子に出会うまでの様な何もされないと言う拷問の日々は沢山だった。彼女はふと後ろを振り返りその真夜中の空を切り抜いた様な純粋な黒を宿した影を見つめる。底無しの黒さには確かに吸い込まれてそこから二度と抜け出せなくなりそうな恐怖が有りこんな物を再び世界が取り戻してしまっても平気なのだろうかと多少心配になったが、彼女は光だけと言う冷たい風景がこの闇以上に闇で有る事を良く知っている。この闇が再び世界を覆った所でこれ以上世界が不幸になる事は有り得ない、幸福とは、きっと不幸と不幸の狭間に有るのだ。私と言う闇だけの不幸と太陽の赤子と言う光だけの不幸とで素敵な七色の幸福を得られるといいな、そう思い彼女は限り無い天に向かって大きく飛び跳ねた。影と彼女とを繋ぐ所に有る靴の金具が小さな太陽を宿していた。




