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「ご無事ですか!」
先頭の男が声高々に言った。男は他の兵士よりも重装備で全身真っ黒だった。黒衣の騎士と言う表現がしっくりくる男だ。
俺は何も言えずにただその男を見上げた。俺の視線に気づいたのか騎士は俺に向かって一礼をした。これまた様になっていて男の俺でも惚れる。いや、憧れる。
「私の名前はクロウ・オーディール。このニハウィー王国の騎士隊長を務めております」
黒い兜を脱ぎ俺に握手を求めてきた。手は厚く豆がたくさんあった。
「俺は神城陣一郎って言います。クロウさん、これからよろしくお願いします」
「クロウとお呼びください。我々の救世主であるあなたにお会いできて光栄です」
クロウさんは左膝をたて、片膝をつけた。それは俺が何かの映画で見た騎士の敬礼と似ていた。
「じゃあ、俺のことも気軽に陣一郎って言ってください」
「申し訳ありませんが、聞き取れないのですが」
クロウさんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「……もしかすると主人の元の世界の名前はここの人間には通じないのかもしれないわ」
ノイルは俺とクロウさんの間に割って入ってきた。俺の名前が通じない? 異世界だからなのか、それとも他に理由があるのだろうか。
そういえば、俺の使い魔であるノイルは俺の名前が聞き取れたのだろうか? 俺の気持ちを察したのかノイルは言った。
「分かるわ、名前の響きだけね。その意味とかどんな字を書くのかは分からないの。たぶん最初の名前はジン……うーん、そこから先が分からないわ、ごめんなさい」
ノイルは俺の肩に乗った。まるで、しょんぼりしているように見えた。なんだか可愛い、小動物のようだ。
「じゃあ、俺のことジンって呼んでくれ」
取りあえずはそういうことにしておこう。この世界で俺の本名を名乗る必要はなさそうだしな。
「分かりました、ジン様」
ジン様……様づけに違和感を覚える。それはきっとそんな風に言われたことがなかったからだと思う。むず痒いと言うか、なんというか。様づけされると、自分が勇者にでもなったかのようだ。
「ジン様、さあ馬車へどうぞ」
クロウさんに促され、俺は馬車に乗った。馬車はゆっくりと走り出す。だが、それは最初だけで、だんだんと走りが早くなった。
「ここがニハウィー王国か」
小さな窓から見る風景は、自分がいた景色とさほど変わらないような気がする。だが、少し違うのは……
「動物? モンスター? どっちだ?」
犬のようなオオカミのような、頭に角が生えた動物が群れをなして横を走っている。
「あれは一角犬と言うモンスターです。とても性格が穏やかで人間に従順で、頭もいい。我々のよきパートナーです」
一角犬、名前が見たままなのは置いといて、性格が穏やかなのは本当だろうか? すごく、怖そうに見える。いや、もしくは今まさに襲ってきそうな剣幕で、俺たちの隣を平行して走っている。
「それにしてもこの一角犬、いつもと違うわね」
「確かに、何かがおかしい」
クロウさんも何かに気付いたのか、馬車を止め、外へ出た。俺はそこで待っていてくださいとクロウさんに言われ中にいることにした。
「なんだか様子が変ね……心配だわ」
「そうだな、俺も心配になってきた」
俺は何とも言えないような恐怖が襲う。
「ノイル、行くぞ」
「待ってました主人!」
何もできない俺が行って何になるのか分からない。でも、行かなければ。
「クロウさん!」
行ってみると、そこには大勢の兵士は一角犬相手に戦っていた。いや、一角犬だけでない、その後ろには男がいた。
「ジン様、出てきては駄目です! ここは私たちに任せて先に行ってください」
クロウさんは部下を数人俺の方に行かせた。
「ジン様、早くお乗りください!」
部下の一人が俺を急かす。クロウさんは背を向け男に刃を下ろす。だが、その刃は当たらない。手で防がれてしまう。
「このままだとクロウさんが危ない」
一進一退の攻防に見えるが、俺にはクロウさんが押されているのが分かった。クロウさんは騎士隊長だから、そう簡単に負けるわけない。そう、分かってはいる。けど、このままじゃいけない。
敵の男は紫色のマントを羽織り、仮面をかぶっている。その男が一角犬を操っている。
「ノイル、俺はどうしたらいい?」
あの時のように力がほしい。敵を殺すのではなく、追い払う方法が……クロウさんを助けて早く、叶音のもとへ
「守護精霊ノイルよ、その力我に与えたまえ」
光が敵の男に降り注ぐ。そして、男の頭に振ってきたのは金の……
「たらい?」
ガンっと重いものが落ちる音が聞こえた後、敵の男は倒れた。
「……古風な魔法だな、これ」
金だらい。俺が見たことがあるのは金と言うよりも、銀だけれど。
「主人が願ったのは敵を殺さない方法でしょ? 結果的には倒れたんだからいいじゃない。こいつが起きないうちに行きましょう」
「わ、分かった」
俺が願ったことは確かに殺さないで倒す方法。でも、それで金だらいはないだろう。しかしさっきの呪文は俺が言ったんだよな? 間違いなく、そうだ。
「ジン様は魔法も使える勇者でしたか。さすが我が国の救世主」
救世主ってさすがに大げさじゃないか? この世界なら魔法使いなんかはたくさん居そうだし、珍しくもなさそうなのに。
「さ、先を急ぎましょうジン様!」
俺はまた馬車に乗り込んだ。さっきの一角犬は男の元から離れ、森の中へ入っていった。どうやら魔法が解けたようだ。
「後二時間ほどで到着します」
それからしばらくして王都についた。城壁が高くそびえ立っている。
「主人、いいわね、絶対に王様に認めてもらうのよ! 認めてもらって魔法と剣の修行をしなきゃ!」
確かにノイルの言う通りだ。今のままじゃ使い物にならない。ん? でも、俺はカノンを見つけて帰るんだから、修行する必要はない。叶音……カノン? あれ? 何かおかしい。
「ジン様、こちらへどうぞ」
俺はクロウさんの後を着いていった。王都は言葉通り、活気があって人がたくさんいた。ノイルは騒がれないように俺の手の中でじっとしている。
人が多すぎてクロウさんと、はぐれそうになる。それだけは嫌だ。こんなところではぐれたらたぶん一生クロウさんと会えない気がする。中学生の時の俺は極度の方向音痴。
「くっそおお! どこなんだここは!」
見事にはぐれた。頭の中が真っ白になった俺はクロウさんを探すため、動き回った。それが裏目にでてしまった。