40話 俺と新学期と新たな出会い
9月1日、新学期に合わせて投稿しました!
[ピピピピピ!!]
携帯電話にセットしたアラームがやかましく鳴る。
片手でそれを止め、もう一度布団に潜る。
その俺の顔を誰かが舐めて起そうとする。
「きゅん、きゅうん」
もちろんそれは俺の家族、キツネの文月だ。
文月は前足で頭を引っかいたり、顔を舐めたりして俺を無理やり起す。
「分かった…分かったよ…起きる……今起きる…ん~…文月おはよう」
「きゅう~ん」
アクビをしながら上体を起こし、文月を抱きしめ頬ずりする。
文月も嬉しそうに喉を鳴らした。
そして抱きしめたまま布団に倒れる。
「このままのんびりしてようぜぇ…ん~…お前は本当に可愛いなぁ…」
「(ガブリ)」
「痛ッてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
9月1日
今日から新学期だ。
俺、川野丈は、普段はほとんどやらない身だしなみを整えていた。
と言っても、制服はワイシャツとズボンだけだから、あまり気にしないかな。
髪も直毛だから寝癖も無いし。
ネクタイは珍しくつける事にした。
普通のキツネより明るい山吹色と純白の雪のような体毛が特徴のコイツは身だしなみを気にしてるのか、しきりに毛づくろいしていた。
「ってぇ~…思いっきり鼻噛みやがってぇ…」
「きゅふふ」
夏休み明けで鈍った体に渇を入れるために、いつもより30分早く家を出た。
もちろん、カバンの中には文月を入れてる。
外はまだ残暑が厳しいが、風が涼しく、爽やかな朝だ。
「行ってきまぁす!」
「きゅぅぅん!」
最寄の駅に到着するが、余裕を持って出たのといつも乗るのと違う電車なので来るまで少し時間がある。
俺は鞄を少し開け、中の文月を撫でていると目の前で、一人の女の子が立ち止まった。
「あっ、お兄さん…あの時はお世話になりました」
「ん!?」
顔を上げるとそこには小学生の女の子がいた。
大体小学3年生くらいだろうか?
その女の子は大きくお辞儀した。
「えっと…俺?」
「はい、お兄さんです」
「……人違いじゃないかな…?俺、君に見覚えないよ」
「いいえ、確かにあの時『お財布を拾ってくれた』お兄さんです」
「財布?」
…………あぁ!!
「思い出した、ずっと前に財布を拾ったあの時の女の子か(4話)」
「はい、その説はどうもお世話になりました。丈さん」
「…ん?あれ?何で俺の名前知ってるの?」
「お姉ちゃんから聞きました」
「お姉ちゃん?」
「はい、私は犬飼紬です。姉の結菜がいつもお世話になってます」
紬と名乗った女の子はまたふかぶかと頭を下げた。
って!!
「結菜先輩の妹さん!?」
「はい。お姉ちゃんに写真を見せてもらったときビックリしました。お財布のお兄さんがお姉ちゃんの後輩さんだったなんて」
「いやはや…先輩と知り合う前に実は先輩の妹さんに出会ってたとは…」
世間は狭いなぁ。
「世間は狭いですねぇ。あの時しっかりお礼が出来てなかったので、今日あえてよかったです。あの時は本当にありがとうございました(ふかぶか)」
「いや、別に大した事じゃないから、そこまで何度もお礼なんていいよ」
「ダメです。しっかりお礼を言えない子は、しっかりした大人になれません」
礼儀正しい子だなぁ……
そして紬と名乗った女の子は俺の隣のベンチに腰掛けた。
「お兄さん、勘違いする前に伝えておきます。お姉ちゃんと私は別々に住んでいます」
「へ?そうなのか?そう言えば、先輩は高校前で犬の散歩してたっけ?」
「はい、お姉ちゃんは晴天高校が近い日本晴町に祖父母と共に住んでますが、私はこの青空町に両親と共に住んでいます。理由と致しましては、両親の家は、祖父母が住むのに適してなく、祖父母の家は家族で住むには手狭、という理由です」
「お…おう、そう…なのか?話しなれてるな?」
「よく聞かれるので慣れました。別に家族仲が悪いというわけでは無いので、触れてはならない質問、というわけでもありません。どうかお気遣い無く、今後とも姉共々よろしくお願いいたします(ふかぶか)」
「あ、こちらこそ…」
なんと言うか、子供らしくないと言うか、俺なんかよりよっぽどしっかり出来てる…
結菜先輩と同じ色の茶髪を首下まで伸ばしてるのと幼げな雰囲気以外は、猫を被った結菜先輩とそっくりな顔をしている。
「ところでお兄さん、一ついいですか?」
「ん?何だ?」
「お姉ちゃんから聞いたのですが…カバンの中に…その…」
「……ん?あぁ、文月の事?」
「はい!……見せてもらってもよろしいですか?」
「あ~…駅員に見つからないように…カバンの中からね」
俺は声を潜めて、カバンのチャックを開けた。
紬ちゃんは顔を明るくして喜んだ。
「わぁぁぁ~~……可愛いですぅ…」
「きゅうん」
「な…撫でてもいいですか?噛んだりしませんか?」
「大丈夫だぞ。文月は優しいからな?」
「きゅう~ん」
「ふかふかですぅ~」
「気に入った?」
「はい!」
「それは良かった…あ、電車来た」
「お兄さんは晴天高校なので、上り方面ですよね?でしたら私もそちらなので、途中まで一緒に行きましょう。それじゃ、文月ちゃん、また会いましょう」
「きゅぅう~ん」
しっかりしすぎてるくらいの紬ちゃんとの会話は、あまり長く続かなかった…と言うか、少し話しづらかった…。姉妹揃って変わった人だ。
紬ちゃんは俺が降りた駅よりさらにもう二つ先の駅なのでここで別れ、学校行きの市バスに乗り、俺がいつも座る後ろより2番目の列左側に座る。
バスが出発するまでの間、もう1本電車が過ぎるのが見えた。
すると同じ晴天高校の生徒がわっとやって来る。その中には、幼馴染の九流進、星名の兄妹がいた。
「おはよう」
「おはよー」
「おう、おはよ」
この夏休みで、回数は多くは無いが3人だけで遊んだ事もある。そのおかげで何とか普通に話せるまでに戻れた。
移動中のバスの中では夏休みの思い出話で暇をつぶし、学校近くのバス停に止まりそこで降りる。
そこには1人の女の子が立っている。
「おはよう、丈君」
「おう、おはよう、猫子」
待っていたのは鈴鳴猫子だ。
後から降りた進と星名にも挨拶して一緒に歩き出す。
ちょうど良いタイミングで来たのか、それともかなり早い時間から待ってたのかは謎だが…それより俺は気になることがある。
「その髪も、似合ってるじゃん」
「にゃはは…ありがとう」
猫子は以前のような腰まで伸びるロングではなく、今では首筋まで見えるボブカットになっている。
それは、猫子の失恋にある。
夏の間、俺と猫子は恋人関係にあったが…色々あって今では友達になっている。
髪を短く切りそろえたのは、猫子なりのけじめだ。
それでも、ネコミミは相変わらず付けている。長くても短くても、やっぱり猫子にはネコミミが欠かせない。
だがそれよりも、俺の気は猫子の制服に向けられた。
「……なんで猫子ちゃん、冬服なの?」
星名も同じ疑問を持ったようで、直接聞いていた。
猫子の今の格好は冬用になっている。長袖のカッターシャツに黒のブレザーに赤いリボン、さらに黒タイツまで履いている。
今はまだ9月が始まったばかり、残暑が厳しいというか、セミもまだ元気に鳴いている。それなのにブレザーとは…暑くないのか?
「にゃふふふふ…それはねぇ、丈君にぃ、少しでも好きになってもらおうと思ってにゃぁん」
「「「どう言う事???」」」
猫子は少しスカートをつまみ、おしとやかなお辞儀をするように膝を曲げた。
「だって丈君、好きだよね~?ブレザー、眼鏡、タイツ」
「@*□×ぺ+¥ゃこ>!!!!???」
「落ち着いて丈、日本語がメチャクチャになってるよ」
「なななななななな!!何で!?イヤイヤイヤイヤイヤ!!別にそんなんじゃないけどさ!!別に好きとか言ってないしさ!!ねぇ!文月ぃ!!」
「くわぁ~~~…ふぅ」
文月は大きなあくびをして、知らん顔していた。
「眼鏡、黒ブレザー、厚手のタイツ。紺タイツも捨てがた……」
「うわああああああああああああああああああああああ!!!!!ワーーーー!!ワーーーーーーー!!わああああああああ!!!」
「触ってもいいよぉ~?」
「っ!?さ、触らねぇよ!!」
「今、一瞬迷ったでしょ?」
心がけでけで、こんなにも変わるのか。
以前の猫子なら、「触ってみる?」とかは言わなかった。まぁそれ以上の事はやりかねなかったが…
それでも、二人きりの時だけだ。こういう風に外でそう言う事を言えるようになったりするもの、心情の変化なのかな?
恥ずかしがるだけじゃ、ダメ…とか、色々思う所があるんだろう。
ドギマギしながらも学校に到着し、自分達の教室に向かう。
早めに来たが、皆考えることは同じなのか、すでに半分以上のクラスメイトが教室にいた。
進、星名、猫子は友達に呼ばれそれぞれの友達の輪に入っていった。
俺は自分の席に座りカバンの中から文月を出した。
「ぷはぁ~」
「先生が来たら、またカバンの中に入るんだぞ?」
「きゅうん」
クラスメイトも文月は見慣れてるから、驚きもしない。
そんなんで文月と遊んでると、巳茶が軽く頭をはたいた。
「いて」
「なぁに朝からイチャイチャしてるの~」
「別にイチャイチャなんかしてねぇよ」
「まるで、恋人同士、みたいだったよぉ~」
「(キラン…!!)」
「(ゾクッ)俺の寿命が縮まる様な事を言わないでくれ…」
猫子からの視線を感じ、背中に冷たいものが走る。
そして俺の周りに皆が集まり、夏休みの思い出話をしてると、HRの時間になり担任の先生が…うん?
「あれ?見たこと無い先生だ…」
情報通の星名が知らないとなると、新しい先生か?」
「一学期まで担任だった佐藤先生は、実家の用事でしばらく来れません。なので、それまで私がこのクラスを受け持つことになった!海岸渚よ!皆よろしくね!!」
ずいぶんと明るい、ショートカットの髪がツンツン広がっていて元気な印象を与える。
服を変えれば男に見えなくも無い、格好良いが第一印象だ。
そして何か、馴れ馴れしい…
引いてる人も居れば、興味津々な人もいる。
「え~っと、変わったのは先生だけではありません。このクラスに、転校生がやって来ました!」
転校生?誰だろう?、と教室内がざわめく。
ガラッとドアが開き…入ってきたのは。
「白い…」
誰かがそう呟く。
そう、真っ白な髪だ…
腰まで伸ばした白髪に……頭にネコミミ……
「鈴鳴獅子です!みんにゃ~よろしくにゃぁ~ん!」
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!
待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!
「何でレオがここにいるんだよ!?」
「あー丈にゃ~!!丈と一緒のクラスにゃぁ~、わ~いわ~いにゃぁ~!!」
「いやいやいや!!わーいわーいじゃなくて!!」
「何だ?知り合いか?え~っとキミは……川野…たける?」
「………じょう…です…」
確かに…七分丈とか…言うけど…
俺の名前は"大丈夫"の"じょう"だ…
まぁ…間違われたのは初めてじゃないからいいけど…
「知り合いなら話が早い、仲良くしてやってくれ。それじゃぁ次!」
レオが転校してきたのには驚いたが、そのレオの隣に、同じ制服の女の子がもう一人いることにさらに驚いた。レオの印象がデカすぎて、目に入らなかった…存在感が薄い…と言ったら元も子も無いが。
眠たそうな目にウェーブのかかった薄いブロンドの髪を肩下まで伸ばしている。顔立ちからして外国の子っぽいな。そして口を半開きにしながら、ボーっと天井を眺めた後、思い出したかのように名前を告げた。
「………竜胆覚……(ぺこり)」
首だけ曲げるお辞儀してそのまま天井に目を向けた。
レオとはずいぶん印象が間逆な、おとなしそうな子だ。ってか、さっきからずっと天井ばっかり見ている。
「え~っと、竜胆さんはお父さんの仕事の関係で、こちらに転校してきました。鈴鳴さん…え~、獅子さんは、このクラスの鈴鳴さんの従姉妹という事で、今度からこちらの学校に通うことになりました。皆、仲良くするように!」
「よろしくにゃぁぁ~~!!」
「………あ、よろしく(ぺこり)」
レオは大きく手を振りながら、竜胆さんはまた大きくお辞儀をしてから、それぞれの席に着いた。
理由は後で聞くとして…まぁ兎も角、新学期はうるさい連中の仲にいる事になりそうだ。
そう思うと俺は、少し笑った。
つづく