32話 俺と故障と汗
久しぶりの登場、大鷹光
絵を描くのが好きで、夢は絵本作家。
どうしても丈はこの人に逆らえない。丈のお姉さんみたいな人だよ。
猫子の家に泊まった日から数日、今日は土曜日で俺はバイト先の大鷹書店に来た。
ここに来るのは少し楽しみになっている。
店内はエアコンが効いていて、本を読んでてもやる事をやれば怒られないし、何より客おが少ない。
今は文月と猫子のおかげで回復した人間不信も、ここではあんまり気にならない。
接するのはほとんど光先輩だけだし。
先輩のお父さんとお母さんとも会うが、俺が避けているのを感じたのか、深く追求したり無理に接して来る事も無かった。
ここは本当に俺にとって働きやすい場所だと思う。
さて今日も、涼しい店内で、本を読みながらレジを打とうか…
「暑ぅ!?暑!激暑!!」
いつも店内はエアコンが効いていて涼しいのだが、今日はエアコンが点いてなく、蒸し暑かった。
「どう?、お父さん」
「う〜ん…」
店内では店長である光先輩のお父さんがエアコンを調べていた。
もしかして…壊れたのか?
「文月はここにいろ」
「きゅうん」
俺は文月をカウンターに下ろし、二人に近づいた。
「どうしたんですか?」
「エアコン…壊れちゃったのぉぉ〜」
やっぱり、故障したのか。
脚立に乗り、エアコンをいじる光先輩の父親である店長が俺に手を伸ばした。
「スマンが、そこの工具箱にあるラジオペンチを」
「あぁ、えっと…これですね?」
「ありがとう」
俺は細いペンチを渡した。
カチャカチャといじくる店長。
「今日は…営業厳しいかもな…」
本を扱っているため、湿気には気を使わなければならない。エアコンが使えないとなれば、これ以上湿気を店内に入れないように店を閉めなければならない。
カビなんて生えたら売り物にならなくなるしな。
この町は周りが山に囲まれていて、涼しくても湿気が多いのだ。
「暑ぅい…」
涼しいと言っても、今は真夏、しかも店内だからとても暑い。
光先輩は扇子を取り出し、自分を扇いでいた。
「ダメだ…」
店長が汗びっしょりで脚立から降りてきた。
この暑い中、足場の悪いところで集中して見てたら、そりゃびっしょりにもなる。
今度は店長と入れ替わりで俺が脚立に上った。
「じゃぁ、次は俺が見ます」
「頼む…」
そう言うと店長は休憩室の先の店長室に入った。
「先輩、ドライバーください」
「はぁい」
業務用のエアコンの中を覗くと、これまた訳のわからない状態だった。
普通のエアコンの中だって見る事は無いのに、業務用なんかもっとわからない。
それでも、外れてる配線が無いか、探してみた。
「う~ん…」
外れてるような配線も無いし、切れてるものも無い。
本格的に寿命か…?
「暑っちい…」
「大丈夫ぅ?」
数分で汗が顔中に浮かんでいた。
店内も暑いし、集中してさらに汗が出る。
床に座り込んで休んでいると、光先輩がハンカチで汗を拭いてくれた。
「ありがとうございます…」
「直りそぉ?」
「いいえ…俺じゃ全然わかりません…餅は餅屋って言いますし、業者に頼んだほうがいいんじゃないですか?」
「やっぱりそうよねぇ」
「それじゃ、ちょっと店長に…」
「お父さんも業者に頼むってさっき電話しに言っちゃったし」
「早く教えてくださいよ!何だよ!俺ただの汗っかき損じゃん!」
「あはは、ごめぇん」
「まったくもう…」
ニコニコと笑う先輩が可愛らしくて、怒る気も無くなる。
「それじゃお詫びに、私にタメ口をしていい権利をあげよぅ」
「はい?」
「ほぉら、呼び捨てでいいんだよぉ」
先輩は楽しみと言わんばかりに待っていた。
目を輝かせて、とても期待している。
「それ、先輩が呼んで欲しいだけじゃないですか?」
「いいじゃぁん、私達友達なんだしぃ」
友達…か。
まったく…素直な人だ。
だから俺も、すぐに気を許せたんだけどな。
「わかったよ…光」
「(パァァ)うん!」
先輩…光は顔を輝かせ頷いた。
よっぽど嬉しいのか、軽く鼻歌を歌っている。
「外の木陰で休むか、ここ風通らないし」
「うん、行こぉ」
「文月、おいで」
「きゅん」
文月はトコトコと俺に近づいてきた。
「すっかり仲良しだねぇ」
「はい。俺もコイツと、ずっと一緒にいるって決めましたから」
「……また敬語ぉ」
「おっと、悪い」
ついうっかり。
外に出て、近くにある大きなイチョウの木の下に座った。
風が吹いていて、店内より涼しく感じた。
「中より涼しいね、丈君」
「そうだな、光」
「きゅうん」
文月は木の根元に寝転がり、涼んでいた。
「えへへ、呼び捨てかぁ」
「やっぱり嫌とか言うんじゃないだろうな」
「違うよぉ~、何か弟ができたみたいぃ。私弟がいないから、何か新鮮だなぁ」
「あはは、そうか」
弟、か。
犬飼先輩も弟にしたい…とか言ってたな。
最近の女の子は、異性を弟にしたいものなのか?
そう考えると、少し照れる。
ここ数日で友達が沢山増えて、たとえ冗談でも家族と言ってくれる人ができて、嬉しい。
犬飼先輩だけじゃなく、光にも言われた事が猫子にばれたらヤバイから、絶対黙ってるけどな。
そんな事を考えていると、変に光を意識してしまう。
「汗かいちゃったから、風が冷たくて気持ちいぃ〜」
「そうだな」
光を見てみると、顔にはまだ汗が残っていて、体も汗をかいていたのか…
服があちこち透けていた…。
「(ガバッ)!?」
「どうしたのぉ?」
「な!な!な!何でもない!!」
「?」
自覚無いみたいだが、汗で胸とか背中に服が張り付き透けている。
光は胸が大きい方だから…服がぴっちりと張り付いて…
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!ダメだダメだダメだダメだダメだ!!!
んなイヤらしい目で先輩を見ちゃ!!
先輩って言っちゃった!違った!光だ!!
とにかく落ち着け俺!!
今まで人と極力関わらない生活をしていたから、こういうのに俺は弱い…
何か情け無い気がしてきた…
泣いて無いよ…?
青春の汗だよ…。
「どうしたのぉ〜?」
「!?」
光が背を向ける俺の顔の真横から俺の顔を覗き込んだ。
つまり、光の顔が物凄く近いところにあるという事だ。
いや、体が密着している!?
やばい、何だろう…。スゲェ心臓がバクバク言ってる。
これが緊張ってやつなのか!?
「いいから服を着替えてくれ!!」
「服ぅ〜?…あ」
光はようやく気付き、胸を手で隠してイタズラっぽい顔をした。
「丈君のエッチぃ〜」
「いいから早く着替えてくれ!!」
「はぁい」
光は足早に家に入って行った。
こう言うのを、目の毒って言うのか?
いや…ちょっと違うか。
むしろ、目の保養だったな…
(光、スタイル良いし…む…胸も…)
「い、いかん…俺は何を考えてるんだ」
本当にそんな目で見てるってばれたら…怒られる。
文月に目を落とすと、文月はジトッとした半目で俺を見ていた。
「やめてくれ…そんな目で見ないでくれ…」
「むぅ〜ん」
しばらく待っていると、着替えた光が戻ってきた。
「お待たせ〜」
「おう、本読んでたからあんまり待ってはなかったけどな」
今読んでるのは小説。内容は可愛い女の子と、人間に変身できる犬の話だ。
光は俺の隣に座り、本を覗き込んできた。
「ひ…ひかり…近い……」
「ん?どうしたのぉ?」
「い…いやぁ、何でもない」
「んふふ〜〜、はい、どぉぞ。かんぱいしよ?ジュースだけど」
「お、ありがとう」
差し出されたのはコーラの缶だった。
プシュッと良い音と共に、爽やかな炭酸の発泡が清涼感を出す。
まぶしい日差しに、涼しい風が吹いて、そんな中で飲むコーラは特別美味そうだ。
「「かんぱーい」」
「きゅ!きゅ!」
「何だ?お前も飲みたいのか?ちょっとだぞ」
「(ペロペロペロ)ぎゅ!?きゅきゅきゅぅぅん…」
「やっぱ炭酸は不味かったか?」
コーラを少量飲んだ文月はびっくりしてひっくり返った。
隣の光も、なんだか様子が変だ。
「んぅ…」
「どうした?」
「いや…私、炭酸嫌いなの忘れてたぁ」
「…おバカ…」
「むぅ…バカじゃないもん」
光はムキになってチビチビ我慢しながら飲み続けた。
その必死な顔が可愛く思えた。
「ほら、頂戴。飲んでやるよ」
「いいよぉ、悪いもん」
「俺が飲みたいんだ、光は、また別の持ってくればいいんじゃないか?」
「そ、それじゃぁ、はい」
「おう」
俺にコーラを渡し、また家に入っていく光を見ながら、コーラを飲んだ。
口はつけてない…いやつける度胸と言うか…そういうのが無かったんだよ…
そして、戻ってきた光が持ってきた缶を見て、コーラを噴出した。
「それサイダーだ!!!炭酸だぞおバカァ!!!」
しかもあけちゃってるし・・・
続く