表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後輩が俺を「ひな」と呼ぶ理由  作者: tommynya


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

第7話 ホットチョコレートに願いを込めて

 

 10月の告白から2ヶ月が経ち、気づけばもう冬だった。


 受験勉強が本格化している。高3の俺は毎日、塾と学校の往復の日々。勉強に集中するために、凛とはあまり会えずにいる。

 そして、連絡は、チャットアプリでの挨拶程度になっていた。


 凛『おはようございます』

 俺『おはよう』

 凛『頑張ってください』

 俺『ありがとう。凛も練習頑張れ』

 凛『はい!今日も大好きです』


 短いやり取りだけど、それだけで、俺は嬉しかった。

 毎日、凛と繋がってるんだ。そう感じられたから。


 ——12月には、あらかじめ、凛と相談していたデートの計画がある。


「クリスマスイブだけは、会おう」


 その約束が、俺の心の支えだった。勉強の合間に、クリスマスのプランを考えては、チャットで送る。凛も、考えてるプランをチャットで送ってくれる。その計画があることが、幸せで、俺たちの唯一の楽しみになっていた。


 ◇


 12月24日。クリスマスイブ。


 駅前に着いたのは、11時50分。約束の時間より早めだ。


 この日が、本当に楽しみで仕方がなかった。受験勉強で全然遊べなくて、今日が付き合ってから、初めてのデートになった。


 ここは人通りが多い。祝日だからか、昼間なのに、クリスマスデートのカップルで溢れている。


「ひな」


 聞き慣れた声に、反射的に振り返る。


 凛の爽やかな笑顔が眩しい……。

 ネイビーのロングチェスターコートにデニム。グレーのマフラーが冬の風に揺れている。いつもの制服やジャージ姿とは違う。大人っぽくてカッコよくて……。背が高いから、モデルみたいだし。


「凛」


 本当に久しぶりだ。凛は少し息を切らしていた。


「走ってきたのか?」


「うん、早く会いたくて」


 ニコニコした凛は、俺の全身を見ている。

 なんか恥ずかしい……凛と比べると、年上なのに子供っぽいから。


「ひなの私服可愛い」


「え?」


 俺は今日、ベージュのダッフルコートにデニムを合わせた。シンプルだけど、デート用に少し気を遣ったつもり。


「すごく可愛い。初めて私服みたから、なんかドキドキする」


 それは、こっちのセリフだ。顔が火照る。


「……可愛いって言うな」


「でも、本当に可愛いよ? ずっと会えなかったから、今日すっごく楽しみにしてた」


 その笑顔を見て、きゅんとしてしまう。


「そっか……なんか照れる」


「ヘヘッ、それじゃ、行きましょうか」


「クリスマスマーケット、行くんだよな?」


「そうです。行き方調べたんで、案内しますね」


 俺たちは、凛が提案してくれた、隣街のクリスマスマーケットに向かった。


 駅からシャトルバスに乗り、10分程ですぐ入り口に到着。マーケットはヨーロッパのクリスマスみたいな温かい雰囲気。


 中に入ると、賑やかで沢山の人で溢れていた。

 このマーケットは、本場ドイツのクリスマスマーケットをイメージしたらしい。


 赤と緑のデコレーション。クリスマスソング。焼き栗の香り。

 ドイツ料理っぽい屋台がたくさん並ぶ。見ているだけで楽しい気分になってくる。


「ひな、何か食べよう」


 凛がそう言って、俺の腕を掴んだ。俺たちは、屋台を物色する。


 ドイツソーセージのホットドック。ローストチキン。チュロス。

 色々食べたり飲んだりして楽しむ。


 凛が「これ美味しいよ」と食べさせてくれたり、「凛も食べろ」と勧めたりする、この何気ない会話が、すごく幸せに感じた。俺のわがままで、しばらく会えなかったから……。


 屋台やイベントを楽しんでいたら、気づけば数時間が過ぎていた。空が茜色に染まり始めている。


 マーケットのイルミネーションが、本格的に輝き始めて、巨大なツリーもライトアップされ始めた。近くでみると大迫力。日本じゃないみたいな景色が広がっていた。


「綺麗だね」


 凛がそう呟く。


「本当だな」


 俺も頷く。でも、俺の視線は凛の方に向いていた。

 光に照らされた横顔が、妙に大人びて綺麗で見とれてしまう。


 その時、ポケットの中でスマホが震えた。

 嫌な予感がしながらも、画面を開く。


 ——模試の結果。第一志望、C判定——。


 ほんの数秒で、身体が冷え切った。

 笑顔も、イルミネーションの輝きも、全部遠くへぼやけていくようだった。

 今回の模試は手ごたえがあったのに……。


「ひな? どうしたの?」


「あ、うん……これ」


 俺は、スマホの画面を見せた。

 凛は無言で見つめて、それから心配そうに、俺の様子を伺う。


「……やっぱり、ダメなのかな」


 思わず零れた言葉は、冷たい空気に溶けていく。


「このままじゃ、落ちるかもしれない」


 せっかくのデートなのに、気分が沈み、楽しかった時間が、一気に色褪せていく。


「ごめん、せっかくのデートなのに」


 俺がそう言うと、凛が静かに首を振った。


「謝らないで……ちょっと、待っててくれる?」


「え?」


「すぐ戻るから」


 そう言うなり、凛はマーケットの中に駆けていった。

 人混みの中に消える背中を、呆然と見送る。


 ベンチに座って、スマホを再び見つめる。C判定か……。

 努力しても報われないのかもしれない。

 そう思った瞬間、涙が滲みそうになった。


 でも、凛の前では泣きたくなくて堪える。


 数分後、息を弾ませた凛が戻ってきた。

 両手に、紙コップを2つ持って。


「ひな、これ」


 差し出されたカップから、白い湯気が立ち上がる。

 この甘い香りは……。


「……ホットチョコレート?」


「うん」


 凛が照れたように微笑む。


「これのために、このクリスマスマーケットを選んだんだ。

 口コミで、このホットチョコレートがすごく美味しいって見て。

 ひなはチョコ好きでしょ?」


 その言葉に、喉の奥が熱くなった。

 本当になんで俺の好きな物知ってんだろ……。


「……ありがとう」


 俺はホットチョコレートを受け取り、ちょっと泣きそうになりながら一口飲む。


「ん? これは美味い。甘すぎず、濃厚で……チョコ好きには堪らないやつ!」


 少しビターで、絶妙な味——冷え切っていた心の奥が溶けていく。


「ほんと美味いよな……」


 素直にそう言うと、凛が嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔を見ていると、不思議と呼吸がしやすくなった。


「ひな」


「ん?」


「俺、受験のこととか、詳しくは、まだわかんないです」


 凛が、真っすぐ俺を見て言う。


「でも、ひなが頑張ってるのは知ってるから。

 毎日、夜遅くまで勉強して、努力しているのも。

 だから、ひなは大丈夫だって思うよ?」


 その言葉が、静かに染みわたってくる。

 言葉の温度が、ホットチョコレートよりも温かかった。


「……凛」


「それにね」


 凛がニコッと笑う。


「C判定って、まだチャンスあるってことでしょ?

 D判定とかE判定じゃないからね」


 その言葉に、肩の力が少し抜ける。


「そうだな。まだ、諦めるには早いよな」


「うん」


 凛の笑顔に引き戻されるように、心が軽くなった。


「ひななら、絶対大丈夫!」


 俺はホットチョコレートをもう一口飲んだ。

 口の中で広がる甘さが、勇気に変わっていく。


「……よし、これ飲んで頑張るか」


「うん!」


 凛が、俺の頭をポンポンと撫でた。どっちが年上か分からなくなって、笑いそうになる。


 でも、なんだか恋人同士みたいだ……。

 凛の励ましが、受験のプレッシャーを、少しだけ忘れさせてくれた。


 ホットチョコレートを飲みながら、二人で巨大ツリーを眺めていると、イルミネーションが、本格的に点灯し始める。ランダムに色が変わり、見ているだけで楽しくなれる気がした。


「ひな、寒くない?」


 凛が、心配そうに俺に尋ねる。


「ん? まあ、寒いな」


 確かに、夜になると気温が下がり、12月の夜風は冷たい。


「そっか」


 凛は俺に身を寄せ、手をそっと握ると、自分のコートのポケットに自分の手と一緒に入れた。


「え……」


 戸惑う俺を、凛は笑って見ている。ポケットの中で、凛が俺の手を握り返す。

 指と指が絡み、恋人繋ぎに。


「暖かい?」


 凛がそう聞いてくる。少し耳が赤くなってるかも。ちょっと可愛い。


「うん」


 恋人らしいことをしたのが久しぶりで、俺も顔が火照ってしまった。

 ポケットの中の、凛の手は温かくて、人から見えない繋がりが、幸せを倍に感じさせる。


「ずっと、こうしていたいな」


 俺がそう呟くと、凛が笑ってくれた。ピンクに染まった頬が愛らしい。


「ずっと、だね」


「うん」


 ポケットの中で手を繋いだまま、イルミネーションを眺め続ける。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、辺りはすっかり真っ暗になっていた。


 凛が立ち上がり俺に言う。


「そろそろ帰ろっか」


「あっ、うん」


「ひな、明日も勉強でしょ」


「うん……」


 まだ帰りたくない気持ちもあったけど、凛が俺を心配して早めに帰らせてくれる。まだ17歳なのに大人みたいだ。本当に年下じゃないみたい。


 俺たちは、駅に向かって歩き始めた。相変わらず、ポケットの中で手を繋いだままで。


 帰りはシャトルバスに乗らず、大きな公園を歩いて帰ることにした。約20分位のウォーキングコース。大きな公園には、可愛らしい小さなオブジェが点在し、ライトアップされている。


 暫く歩くと、人通りが少なく、暗めの通りがあった。街灯の光も、あまり届かない場所。そこに差し掛かったとき。


 俺はふと思った——キスとか、しないのかな……?


 実は、イルミネーションを見てる時も、歩いてる時も、何度も頭をよぎっていた。でも凛は、何もする素振りも見せない。


 意外と奥手なのかもしれない、と思ったり、男同士で付き合っても、友達同士みたいな感じなのか?とかも考えたり……ちょっとモヤモヤしていた。


 恋人らしいことを、クリスマスなのに、本当に何もしないで帰るのかな?


 そう思った瞬間——。


 凛が、俺にキスをしてきた。

 突然、唇が重なる。


「ん……」


 小さな声が、漏れてしまう。凛の唇は、柔らかくて、優しい感触。


「……凛」


 凛が唇を離す。しかし、俺は、そのまま凛にキスを返した。もっとしていたくて……。


 その瞬間——凛の空気が変わった。瞳に熱が宿った気がする。

 凛が、俺をしっかりと抱きしめてきた。


「ん……」


 凛が、俺の唇を再び奪う。さっきまでの優しいキスではなく——深く、情熱的に。


 唇が自然に開き、舌が触れ合い、二人の息が一つに混ざりあう。


「ん……ひな……」


 凛が、キスの途中で俺の名前を呼ぶ。


「……凛」


 俺も、凛の名前を呼ぶ。


 その瞬間——凛が、さらにキスを深める。凛の手が、俺の首に回り、その手に、強く引き寄せられる。俺も凛の背中に手を回し、ぎゅっとしがみ付く。


 時間の感覚が、溶けていく。


 やがて——凛が、俺から唇を離すと、お互いに息を切らしていた。


「ひな」


 凛が俺を見つめる瞳は、いつになく真剣だった。


「俺のもの、ですからね」


「分かってるから」


 長いキスが幸せだったけど、なんかおかしくなってしまって、二人とも噴き出してしまう。


「今日、何にもしないで帰るんだって思ってた」


「そんなわけないでしょ。好きな人とデートしてるのに」


「まあ、そうだよな。安心した」


「なんですか、それ」


 二人で笑いながら手を繋ぎ、駅までの道を、ゆっくり歩いていく。


 雪が、ほんの少しだけ降り始めていた。


「ひな」


「ん?」


「今日、すごく楽しかった」


 凛がそう言って、少し照れたように笑う。


「俺も」


「ひなと一緒だと、なんかわかんないけど……すっごく幸せ」


 その言葉が、心に染みわたる。


「俺もだよ。来年も、また来ような」


 そう言うと、凛が嬉しそうに答える。


「もちろんです。……ひな」


 いつの間にか「ひな」と呼び捨てされることに慣れていた。

 でも、その呼び方を聞くたびに、嬉しくて自然と笑みがこぼれる。


 ——凛が俺を「ひな」と呼ぶ理由。

 それは、もっと俺に近づきたかったから。


「日向先輩」じゃ遠すぎて、「ひな先輩」でもまだ遠くて。

 だから、「ひな」と呼んで——俺を、自分のものにしたかったから。


 後輩のくせに、生意気だ。

 でも——そんなところが、凛らしくて可愛い。


「“先輩”じゃなくていいのか?」


 凛は少しだけ頬を染めて言う。


「ひな先輩は、俺の憧れだったけど、

 今は、俺の”ひな”だから」


 喉の奥が、じんわりと熱くなった。


 ——凛の世界は、俺の名前で満ちている。


 ——そして、俺の世界も、凛の名前で満ちている。


「行こう、凛」


「うん、ひな」


 俺たちは、手を離さないまま歩いていく。

 冬の風が頬を撫でても、もう冷たくなかった。


 目の前に広がる世界は幻想的だ。

 ふと顔を上げると、街のイルミネーションが、雪に滲んで見えた。

 白い粒が静かに落ちてきて重なる瞬間。


 それは、俺たちの”はじまり”を祝福しているようだった。


 二人並んで歩くこの道が、ずっと続きますように。

 来年も、再来年も——その先も。





             ―Fin.―






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ