この温度で今日は十分(後編)
休日の朝は、目覚ましをかけない。
目が覚めると、カーテンの隙間から光が差し込んでいる。
布団の中でしばらく、何も考えずに天井を見つめる。
外では、子どもの笑い声がする。どこかの家族が、公園へ向かうのかもしれない。
私はゆっくり起き上がり、キッチンに立つ。
卵を割って、フライパンに落とす。
黄身が丸く膨らむのを、じっと見つめる。
音がある生活は、嫌いじゃない。
油のはねる音、トースターの「チン」という音。
朝食をテーブルに並べると、向かいの椅子は空いたままだ。
それでも、椅子をどかそうとは思わない。そこに誰かが座る予定はないけれど、空席を消してしまうと、本当にひとりきりになってしまう気がするから。
テレビはつけない。
窓を開ける。
風が入ってきて、部屋の空気が入れ替わる。
それだけで、充分な気がする。
昼過ぎ、近所のスーパーに出かける。
レジで店員が目を見て「ありがとうございます」と言う。その一言が、思ったよりも胸に残る。
誰かに認識されるということは、こんなにもあたたかいのだ。
帰り道、コンビニでアイスをひとつ買う。期間限定の味。こういう小さな選択が、生活を少しだけ色づける。
部屋に戻り、ソファに座ってアイスを食べる。
甘さが、ゆっくりと溶けていく。
もし、今この瞬間に誰かが隣にいたら、私はこの味を分け合うだろうか。それとも、黙って一人で食べたいと思うだろうか。
想像してみる。
隣にいる誰かの気配。
肩が触れる距離。
同じ画面を見て笑う時間。
悪くない。
きっと、あたたかい。
でも、今のこの静けさも、私は嫌いではない。
夜になり、また部屋は少し広くなる。
ベッドに横になりながら、天井を見上げる。
今日は、孤独だとは思わなかった。
ただ、少し広いだけの夜。
人とつながっていない時間が長いからといって、空っぽだとは限らないのかもしれない。私は私の生活を、ちゃんと味わっている。
朝のコーヒーの匂い。
洗いたてのシーツの肌触り。
ベランダの風。
レジの「ありがとうございます」。
小さなものばかりだけれど、それらは確かに私の一日を支えている。
孤独なのかな、とまた思う日も来るだろう。
でもそのたびに、私はきっと湯を沸かして、マグカップを両手で包むのだろう。そして、この温度で今日は十分かもしれない、と小さく頷く。
部屋は静かだ。
けれど、無音ではない。
私の呼吸がある。
冷蔵庫の音がある。
遠くの車の走る音がある。
それだけで、今夜は足りている。
眠りに落ちる直前、私は思う。
孤独かどうかは、まだわからない。
でも少なくとも、
私は、ちゃんとここにいる。




