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朝の三十分


仕事には、定期的に波が来る。

三ヶ月か四ヶ月に一度、きっちり二週間ほど、生活の中心がほとんどパソコンになる時期がある。

季節とは関係ない。

年度の切り替えでも、年末でもない。

ただ、決まってやってくる。

カレンダーを見て、「ああ、そろそろだな」と思う。

そして本当に、やってくる。

今回も、例外ではなかった。

メールの件数が増え、修正依頼が重なり、確認事項が細かく積み上がる。数字や文章を何度も見直し、ほんの少しの違いを拾う。具体的に何をしているのか説明するのは難しい。ただ、画面の前に座る時間が、いつもよりずっと長くなる。

夜十時を過ぎても、部屋は青白い光に照らされている。

「念のため再確認をお願いします」

「こちら、修正版を添付しました」

そんな言葉が、行き来する。

肩がこる。

目の奥がじんわりと痛む。

気づけば、外は真っ暗だ。

この二週間は、だいたいこうなる。

わかっているから、驚きはしない。

でも、慣れることはない。

十時半を過ぎて、ようやくパソコンを閉じる。

部屋が急に静かになる。

シャワーを浴びる。

熱い湯が肩に落ちる。

一日の緊張が、少しだけほどける。

ドライヤーの音の中で、明日のタスクを思い出す。

まだ終わっていないこと。

明日必ずやらなければいけないこと。

ベッドに横になると、すぐに眠りが来る。

そして、いつもより少し早く目覚ましが鳴る。

繁忙期のときほど、私は朝の三十分を確保する。

眠い。

正直、もう少し寝ていたい。

でも、起きる。

パーカーを羽織り、スニーカーを履く。

玄関のドアを開けると、空気が頬に触れる。

二月の終わりから三月のはじめ。

朝の寒さは、少しやわらいでいる。

冬の鋭さは残っているけれど、どこか丸い。

キンとした空気が、好きだ。

息を吸うと、胸の奥がすっとする。

私は川沿いの道へ向かう。

歩きたいときは、ここをひたすらに歩く。

川は静かに流れている。

水面が、朝日を細かく反射している。

人はまだ少ない。

ランニングをしている人がひとり。

犬を連れた人が、ゆっくり歩いている。

足音が、一定のリズムを刻む。

仕事のことが、頭をかすめる。

昨日の修正。

今日の締め切り。

まだ返していないメール。

でも、歩いているうちに、それらは少し遠ざかる。

川の水の流れを見ていると、時間の感じ方が変わる。

急がなくても、流れていく。

三十分だけ、と決めている。

長すぎると、仕事に響く。

短すぎると、足りない。

この三十分が、私の均衡だ。

川沿いの木々を見る。

まだ枝だけの木もある。

でも、よく見ると芽がふくらみ始めている。

春は、ちゃんと近づいている。

繁忙期が来ても、季節は止まらない。

それを確認するために、私は歩いているのかもしれない。

歩き終えるころには、体が少し温まっている。

近くのパン屋に寄る。

朝の七時すぎ。

焼きたての匂いが、店の外まで漂っている。

扉を開けると、小さなベルが鳴る。

「おはようございます」

明るい声。

トングを手に取り、パンを選ぶ。

クロワッサン。

くるみの丸パン。

小さなソーセージパン。

それから甘いものをひとつ。今日はクリームパンにする。

仕事をしながら、少しずつ食べる用。

紙袋越しに、まだ温かさが残っている。

家に戻り、コーヒーを淹れる。

パソコンを開く。

画面の光が、再び部屋を照らす。

メールが増えている。

また修正依頼が届いている。

繁忙期は、こういうものだ。

でも、今朝の川沿いの空気が、まだ体の中に残っている。

クロワッサンをひと口かじる。

サクサクとした音。

バターの香り。

キーボードを打ちながら、パンを少しずつ食べる。

忙しい。

目まぐるしい。

でも、私はちゃんと歩いてきた。

川沿いの道を、ひたすらに。

三ヶ月か四ヶ月に一度やってくる、この二週間。

終わることも知っている。

だから、やり過ごす。

孤独かどうかは、まだわからない。

でも、私はこの周期と付き合っている。

画面の向こうの数字と、川の流れと、焼きたてのパン。

その全部が、今の私の生活だ。

そして、春は少しずつ近づいている。


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