「ある意味怖い話」部分
「バシュッ」と空気の漏れ出る音が部屋中に響き渡り、彼はモニターからはっと顔を上げた。
今の音は間違いなく、この「観察施設」の内扉が開き、内部へ――彼自身が生活しているこの主要区画へと通じる道が開いた音だ。
誰か入ってきた!?そんなバカな!
施設の外扉は、原生生物たちの認識レベルでは到底見破ることのできないカムフラージュを施した上、二重のロックがかかっている。そして内扉を開けるには、生体認証が必要だ。普通に考えて、外扉、内扉の両方を開いて何者かが侵入するなど、決してあり得ないはずである。
だが、どれほど厳重に対策を施し、ある得ないほどにその確率が下がったとしても、そでもやはり「事故」は起こる。
もし、原生生物が誤って入り込んだのだとしたら。その時は、かわいそうだが……。
彼は、制御盤下に取りつけてあるガンケースからそっと銃を抜きだし、部屋の入り口へと向け……次第に近づいてくる足音に、じっと耳を傾けた。
やがてぴたりと足音が止まったかと思うと、目の前の扉がゆっくりと開き始める。
それに合わせてぐっと引き金を絞り、狙いを定めたその時。
「センパーイ、どうもどうも、久しぶりですう~」
と、まるっきり緊張感のない声とともに、見慣れた顔がずかずかと入ってきた。
ああ、なんだよ……。
ほ、と安堵しながら全身を脱力させ、銃を下げると、彼は渋い顔になった。。
「お前かよ。だったら最初からID提示しろよ。侵入者かと思って、あやうく撃つところだったぞ」
「面倒臭かったんですよう。いちいちあのやたら長いコード入力するのが」
「相変わらずのものぐさぶりだな。んで?そのなまけ者が、こんな僻地の研究所までなにしに来たんだ?」
「なにって、交代ですよ、もちろん」
「交代?交代って、任務のか?」
そんなバカな。任務に集中していたので、くわしい残りの期間は分からないが、それでもまだ任期はかなり残っていたはず。交代など、まだまだ先の……。
「ああ、交代っていっても、臨時の代理ですよ。先輩が、本部にいったん戻って、ここにまた来るまでの間の」
「俺が?本部に戻る?なぜだ?報告なら、きちんと定期報告で……」
「違いますよ。先輩、ここんとこずっと、辺境任務適性試験受けるのさぼってたでしょ。医官の先生、ずいぶん怒ってましたよ、このままじゃ、即時解任もあり得るって」
「あ……いや、忙しかったんだよ、それでつい……」
彼は、渋い表情となった。
しまったな。あの四角四面の医官を怒らせたとあっちゃ、とにかく一度戻らぬわけにはいかないようだ。しかし……。
「ということなんで、ちゃっちゃと済ませてきてください。後のことは、万事お引き受けしますんで」
と、後輩は満面の笑みを見せたが……彼はますます渋い表情となり、じっと後輩の、悩み事の欠片もないような顔を注視した。
よりにもよって、交代要員がこいつだと?しかも、この大事なときだってのに……。
この後輩君、以前同じような監視業務についていたとき、ゲームに夢中になって「ここは絶対に介入が必要」というポイントを見逃し、観察対象を全滅ぎりぎりにまで追いつめてしまうという前科があった。
いくらちょっと本部に行って帰ってくる間だけとはいえ、こんなヤツに任せて大丈夫なのか?とはいえ、こんな辺境の代理監視に有能な人材を割くわけにもいかないだろうし……。
難しい顔で彼がじっと考えこんでいるのを見て取ったのか、後輩ときたら、
「あ、ひょっとして、僕のこと、疑ってます?疑ってますう?大丈夫ですよ、ちゃんと状況も把握してますし、もう二度とあんなことしません。信じてくださいよう」
などと、体をクネクネさせながら、わざとらしく唇をとがらせる。これだから、信用できないのだ。
とはいえ、出かけないでいて資格剥奪されたら、みもふたもないからな……。仕方がない。
「分かったよ。任せる」
「ありがとうございます!」
「ただし、本当にきちんと状況を理解しているのか、確認してからな」
「ええっ!?もう、そんなことしなくてもいいのに、心配性なんだからあ。大体先輩たちときたら……」
ブツブツと不満を口にし続ける後輩を無視し、彼はおもむろに口を開く。
「ではまず、現状を説明してみろ」
「ええと、ですからあ、該当区域の原生生物は滅亡危機B+の状態にあり、要注意観察対象に指定されています」
「B+だろ?だったら?」
「ええと、だから、観察だけではなく、真に危険な状況に陥った場合、非認知的介入も許されます」
「よし、そうだ。それを忘れないようにな。ヤバいと思ったら、適時介入だ」
「はーい。でも、その見極めが難しいんですよねえ。あまり早くから介入しちゃうと怒られちゃいますし」
「まあ、お前の場合はそうだな。今まで散々余計な真似ばかりして、あやうく観察対象にこちらの存在がばれそうになっているし」
「え、だってえ」
「だが、今回は見極めが簡単なはずだ。なぜだか分かるか?」
「ええと……観察対象が特定外来生物の一種である、シロバマネシヒカリに寄生されているという状況だからです」
「その通りだ。シロバマネシヒカリの習性は?」
「んと……ヤツらははじめ、胞子の形で生物の体内に入り込み、そこで対象の遺伝子情報を読み取りながら成長し、一月ほどで成長すると、対象の内側から「防護体」の形で孵化します」
「防護体の特性は?」
「えらく丈夫で、一般的な方法では駆除が不可能です」
「そうだ。ヤツらを駆除するには、相当思い切った手段をとるしかない。だが、それをすると不法介入となる。だから、事実上、ヤツらが防護体の姿でいるときの駆除は不可能だ」「面倒なヤツらですよね」
「ああ。しかも、防護体には他にも面倒な特性がある」
「背中に生えた羽で長距離移動できる上、対象から読み取った遺伝子情報を元に、外見を対象そっくりに変化させ、対象の群れに入り込んで自らを保護させるんでしたっけ?」
「そうだ。羽が生え、対象そっくりに化けるから、シロバマネシ。その上、体を光らせて対象の目を引き、自分を守らせる。文明成長度の低い観察対象は、たいがい光るものを上位者として認知するからな」
「本当に悪賢いというか、たちが悪いですよね」
「まあ、そうやって生き延びてきたヤツらだからな。ヤツらはヤツらで必死なんだろ。ただ、この地域はヤツら本来の生息環境からかけ離れてるせいで、防護体もそこまで脅威とはならない。羽はあるものの大気圧の関係でほんの短い距離しか飛べないし、寄生する観察対象の構成元素の関係で、長い時間防護体でいることも不可能だ。だから、うまく誘導し、対象のいない地域へ防護体を誘導できれば、そこで自滅する」
「なんだ、楽勝じゃないですか」
「俺もそう思って、なんとか誘導してやろうとしたんだがな。もう少し、ってところで、観察対象が防護体を見つけちまってな。群れに連れてかれた。せっかくの苦労が水の泡だよ」
「ありゃー」
「全くついてねえ。まさかあんな山の中にまで対象がやってくるとは思わなくてさ」
「それはほんとに、ついてなかったですね-」
「ま、そうなってしまったからには仕方がない。また新たな手を考えたさ」
「え、どんな手ですか?」
「防護体が本来の力を出せない以上、ヤツらはどういう行動をとる?」
「ええと……防護体は、しばらく周囲を探索して、同種の防護体と出会えないときは、再び寄生して、力を蓄えようとするはずですよね?ということは……」
「観察対象の小集団の中で、短時間に次から次へと寄生を繰り返し、命脈をつないでいくことになる」
「寄生された相手って、どうなるんでしたっけ?」
「ヤツらは寄生相手のエネルギーを新たな防護体を形成するために使用する。同時に、そのエネルギーの一部を使い、他の防護体に自分の位置を知らせるための発光信号を送り続ける。そして、寄生相手の全エネルギーを吸い尽くすと、新たな防護体として羽化する。精力全てを奪われるんだから、寄生された相手は当然死ぬことになる」
「あ、それなら、小集団が皆滅びるまで放っておけばいいじゃないですか!」
いいこと発見した、といわんばかり、うれしげに叫ぶ後輩に、彼は渋い顔を見せた。
「それはまあそうなんだが、人道的にそれは許されないだろ。観察機構の規約を忘れたのか?」
「ああ、そうか。『観察員は可能な限り早期に特定外来生物を駆除し、観察対象の犠牲を極力少なくするよう努力しなければならない』でしたっけ?」
「そういうことだ。だから、理想としては、集団から防護体の寄生した個体だけを切り離し、他に個体のいないところへ連れていきたい。だが、これが至難の業だ」
「観察対象の集団が、上位者と認知して寄生個体を保護するんでしたっけ?だとしたら、切り離しは難しそうですね」
「努力はしたんだがな。観察対象の遠隔精神スキャンを実施し、彼らが最も怖れるであろう存在を立体投影して、追い払おうとしたんだ」
「だめだったんですか?」
「ああ。集団の中の一人で、彼らの精神的支柱らしき個体が立ち塞がり、威嚇してきてな。逆に追い払われちまったよ」
「あらー。規約ぎりぎりの大技使ったのに、それは残念でしたね」
「……実はな。もっとヤバいことも試してみたんだ」
「ヤバい事……まさか、不可蝕規定に触れるようなことまでやっちゃったんですか!?」
「絶対内緒だぞ。立体映像をリーダー個体の部屋に投影し、彼らの言語で警告を発した」
「うわ、完全に規定違反じゃないですか。ばれたら大変ですよ」
「寄生された個体から防護体が羽化する寸前でな。あせってたんだよ」
「で、うまくいったんですか?」
「うまく行きかけたんだ。少なくとも、寄生された個体に対する何らかの疑念は持ったみたいだった。けどな、タイミングの悪いことに、そこで羽化が起こっちゃったんだよ」
「あー。あれはなかなか、ヴィジュアル的にインパクトありますものね」
「そうなんだよ。それですっかり、リーダー個体も目がくらんだみたいでな。それからは、なにをやっても無駄だった。仕方ないので、後は、いざって時に備えて、観察に徹してたよ」
「いざ?……ああ、そうでしたね」
「そうでしたね、ってお前、なんだか分かってるのか?」
疑り深い目になる彼。が、後輩はその反応を受け流し、いかにも得意げな表情となった。
「『シロバマネシヒカリは、単体ならばそれほどの脅威ではない。だが、個体同士が接触し、繁殖行動を始めると、環境に甚大な悪影響を及ぼす。観察員は可能な限りこれを防がねばならない』ですよね」
「そうだ。ヤツらは繁殖行動を行うことで、それまでの防護体の姿から、本来の単細胞生物の姿を取り戻す。そして、周辺の無害な生物群に働きかけ、片端から遺伝子変異を促しつつ、胞子を形作っていく。そして、変異した単細胞生物の中から極限環境にも耐えられるものを選別、それを「乗り物」として、新たな生息可能環境へ向けて移動を開始する。後に、有害かつ凶悪化した単細胞生物群を残してな」
「そうなる直前ならば、直接的介入も認められるんでしたっけ?」
「そうだ。規制された個体が繁殖行動へ移行する前兆を見せたその時から、観察対象に対する保護規定が優先し、規制は大幅に緩和される。そうなれば、観察対象の目に触れても、接触しても構わない。あらゆる手段を尽くして被寄生個体を隔離、焼却処分することが認められる」
「前兆が起こったら、すかさず行動に移ればいいんですよね」
「そうだ。ただ、防護体が羽化してしまったら、どんな方法でも繁殖行動を阻止できないからな。直接介入が成功するのは、前兆から羽化までの、ごくごく短い時間に過ぎない。それを逃したらアウトだからな」
「分かってますよ。任せてください。それぐらい、余裕ですよ」
「一応言っておくが、前兆は、被寄生個体が自発的に移動を開始することだ。ヤツらは移動型被寄生個体が近くに来たことを感知すると、その行動を開始する。絶対に見逃すなよ」
「分かってますって。大丈夫ですよ。大船に乗ったつもりで、安心して適性試験受けてきてください」
後輩はそういうと、彼の隣のシートにどっかりと腰かけ、いかにも楽しげにモニターを注視し始めた。前回の任務でのポカからこの方、ずっと雑務ばかりで、本来の観察任務は久しぶりだから、きっと張り切っているのだろう。
この調子なら、大丈夫かな。こいつは観察官としてあり得ないぐらいマヌケだが、いくらなんでも二度連続で大ポカかましたりはしないだろうし……。
不安がなかったか、といえばウソになる。
だが、やはり背に腹は代えられない。
彼は、ひそかにため息をつくと、
「じゃあな、頼むぞ、任せたからな、移動を始めたらすぐに捕獲だぞ!」
最後にもう一度念を押した後で、彼はシートに絡ませた触手を解き、観察施設のすぐそばに停泊しているしているはずの「船」に向けて、ずるりずるりと移動を開始したのだった。
……シャハシビリ神父たち一行の村を出てからの消息が不明なのには、理由がある。
ちょうど彼らが出発した直後、まさにこのコーカサス地方から発生した「黒死病」ペストが、ヨーロッパ全域で大流行し、全人口の三分の一を死亡させるという悲惨極まりない被害をもたらしたのである。
当然社会は大混乱に陥った。街のあちこちに黒ずんだ死体が山となって積まれ、病人のうめき声が絶えずあちこちから低く響く中、誰もが明日は我が身かと怯えつつ、手探りでその日その日を生きていくしかない。まさに、自分のことで精一杯、他人のことなど構っていられぬ極限状況である。
当然ながら、小さな村の司祭が率いる、教皇庁から正式に認定もされていない、うさんくさい「奇蹟」を喧伝する集団の行方など、誰一人気にする余裕などあるはずもなく……彼らは暗い歴史のさなかに消えてしまったのだ。
なお、このペストに関し、大流行後の16世紀に、とある南ヨーロッパの街で、不思議な行動をとった男がいた。
伝説によると、彼は、とある街でペストが流行したとき、鼠が媒介していることに気付き、鼠退治を命じたほか、「未来ではこうやって疫病を防ぐ」という言葉の下、酒や熱湯で市中の住居や通りなどを清め、死体を(キリスト教では禁忌であった)火葬することで、流行を終息させたという。
彼の名は、ミシェル・ノストラダムス。そう、あの『大予言』で有名な、あのノストラダムスである。
ああ、もう!やっぱりあんな奴に任せるんじゃなかった!こんだけ広域に、ものすごい被害を出して、今さらなにをどうやっても取り返しがつかないじゃねえか!しかも、なんだか風土病みたいに根づいちゃってるところまであるし!ああ、もう、全くあいつときたら、観察対象の命をなんだと思ってやがる!これじゃいくら対象の命を救っても焼け石に水だ。しかも、後始末は人に押しつけて、本人はとっとと本部に帰りやがって!ああ、もう、どうしたらいいんだよ!ちくしょう、次は絶対、アイツには任せん!ああ、絶対だ!……でもな。適性試験は大体500年に1回はあるんだよな。だとすると、次は21世紀?そんときゃまた、ここを離れなきゃならんし、代理はまた、アイツ?いやまさかな、そんなことあるはずが……いや、ないとは言いきれないが……勘弁してくれよ、マジで……。
今回で完結。なお、次回作前半は、来週初めに投稿予定。




