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1月下旬 7話

「お待たせ〜まりー」

 

 最寄り駅の駅口に響く私を呼ぶ声。

 

 ……来ちゃった。

 

 いや、待って欲しい。や、待つもなにも、別に誰に言い訳するでもないのだが、私だって抵抗はした。最後まで戦ったつもりだ。でも奮戦虚しく、結局は昔の自分が吐いた例の文言とレコーダーには逆らえなかったのだ。自縄自縛じじょうじばく。こんなにもこの言葉が相応しいシチュエーションは今をおいて他にないだろう。

 

 いやしかし、このイベントには私からしても少なからずメリットはある。

 私は呼ばれた方向を確かめるとスマホをカバンへ滑り込ませた。

 

「何見てたの〜?」

「ん、今日の演劇公演」 

「あ、あれね。いやはやまりーが実は演劇ファンだったなんて知らなかったよ。幼馴染なんだから言ってくれればいいのに〜」

「そうだからってなにもかも教えるわけないだろ。プライバシーがあるんだよ」

「守る程のものかな?」

「じゃあ聞く程のものでもないでしょ」

 

 そう、今日の一日のスケジュールには私達には不似合いな演劇鑑賞が入っている。

 

 これがなきゃこのイベ……ああもう、まどろっこしい、このデートは認めないんだから。ああでもやっぱデートって思うとイライラする。名前つけよ。よし、物見遊山ものみゆさんだ。

 

 勝手に自分を納得させていると茜は私に擦り寄ってくる。

 

「でも好きな人が好きな事は私も知りたいよ。演劇したいの?」

「別に。やるのはまっぴらごめんで丁重にお断りさせて頂くね。私は物語や感情を体全体で表現する姿を見るのが好きで素直に感嘆するの」

 

 おとぎ話とかファンタジーに憧れだった幼い頃ならまだしも、今の私には絶対無理だ。

 他人に不必要に干渉せず、自分をおおっぴらにしない私にとって、演劇を鑑賞することは檻の中から外を見るように印象的に映るのかもしれないとか自己分析してる。別にその檻から出るつもりはこれっぽっちもないが。

 

「まりー演劇できるよ! 怒るふり上手いもん」

「ふりだと思ってんの?」

 

 さてなぜわざわざ茜と演劇を観に行くのか。

 今回上演される演劇は前々から一人で行くつもりだったのだが、一生の不覚。ネットの予約サイトで席一つ買ったと思ってたら、ペア席一つ買ってた。実にマヌケだと思う。コンビニ払いのときの私は自らが財布から出した金額に違和感を感じなかったのだろうか。本当にマヌケだと思う。

 

「あ、チケット渡しておくから」

 

 コンビニ特有の薄っぺらいロゴ入り封筒からチケットを一枚取り出す。家族の誰も予定が合わず、もらい手がつかなかった迷い猫ならぬ迷いチケットだ。友人など言うに及ばず。とにかく誰でもいいから、一人分無駄にしたくなかった。それだけだ。

 

「……」

「まりー?」

 

 だけどこのとき私が買い間違えなければこんなことにはならなかった?

 

 因果関係なんてあるわけないがこの二枚の物見遊山切符を目にするとそんなことを思ってしまう。バタフライエフェクト的な。

 

「……ん!」

 

 私は押し付けるようにチケットを差し出す。

 

「何そのトトロの傘みたいな渡し方。ありがと」

「トトロ? ジブリの? 見たことないから分からん」

「は? はい非国民」

「お前の国民の定義とかどーでもいい」

 

 バッサリと切り捨てる。

 

「てかてか、私今日の公演知らないんだけど。時間しか見てない」

 

 チケットをぴらぴらさせながら茜がぼやく。

 

「あー今回は同時公演でね。一つは日本全国を股にかける一流の劇団なんだ。それも期待値大きいんだけど、もう一つの高校の演劇部が気になるんだ」

「高校? なんでわざわざそんなの」

「一回、自分と同世代の人がどれくらいできるのかが気になってね。やりたいとは思わないけど興味は出るでしょ。その部もね全国クラスの強豪で、その素晴らしさから今回のコラボ……みたいな同時公演が実現したんだ」

「ふーんよっぽどすごいんだね。まーよく分かんないけど、まりーがそんなにも見たいならどこへでもついてくからね。彼女だから」

「なにそれ」

「え、なんか冷たい」

「喋ってないで行くぞ」

「喋ってたのほとんどそっち」

 

 確かにそうだった。

 

 だけどそれを口では認めず、人の流れに従って自動改札を目指す。suicaにはこの前チャージしておいたので残高は問題ない。カードが入った財布を当てるとピッと明るい音を立ててゲートが道を開けた。

 改札を進んでお目当ての方向のホームに立つ。頭上のホーム番号と進行方向をもう一度確認。今日は週末だけあって、辺りを見るとスーツなどのビジネスウェアよりもカジュアルな私服が多い。

 

「休日だからだね。私服が多い」

 

 同じこと考えてやがった。

 

「てかてか、まりーっていつも同じ服だよね〜」

 

 私達を運んでくれる電車の到着を待っていると茜が私をじろじろと品定めする。

 

「服なんて気温とTPOに合ってればいいでしょ」

「OH……JKが自らおしゃれを捨てるなんてもったいないぞ」

「おしゃれとか興味ないから。別に誰かに自分をよく見せたいとか思わないし。変じゃなきゃそれでいい。金の無駄。資産運用よく考えろ」

 

 周囲のシャレっ気特盛の女子たちを陰で一蹴する。もし聞こえてたら数多の敵意を向けられて四面楚歌になるが、別に構いはしない。

 

「そうは言ってもねぇ〜」

 

 上から下までスキャン。

 

「無地のモスグリーンパーカーに紺のジーンズ、白スニーカー。髪梳いただけのノーメイクに丸メガネ……」

「何よ、文句あんの?」

 

 茜が顎に手を当て考え込んで数秒が過ぎる。

 

「なんでこんなにもテキトー要素しかないのに、なかなか様になってんのかなぁ。ズルくない?」

「は?」

「おかしいよね? 私なんて今日のメイクはバッチリ一時間かけてるし、いつもはバスケだから特にいじらない髪を張り切ってさ……」

 

 あれ、私羨ましがられてる?

 

「服だってさ、折角の初デートってことで頑張ったんだよ? 見て見て」

 

 すると聞いてもいないのに身にまとうファッションを饒舌じょうぜつに言葉に変換していく。

 てっきり、まりーダサいからコーディネイトしてあげるワ! とか言われるかと思ったけど。そうなったらめんどくさいんで言われなくて幸い。

 

「寒い冬だからふわふわニットとファー付きのワンピ型コートであったか可愛くキメてさ、だけど一応自慢の脚線美魅せたいから、下は寒さ我慢してデニール薄めタイツとフリルのミニスカでアピして……」

「へー」

 

 どうでもいい。

 

「ででで、このショートブーツがポイントなの。渋谷でゲットしたんだけど、紐が可愛いだけじゃなくて、脚の細長効果もあるんだよ。これが結構人気でね……」

『まもなく一番線に普通、大船行きが参ります。危ないですから……』

「コートが白でスカートが黒でニットが灰でしょ。今回はシンプルな可愛さ目指して三段階のモノトーンコーデにしてみました」

 

 列車が足元の号車番号と寸分の狂いもなく滑り込んできて、その脇腹を一斉に開いた。ぞろぞろと出てきた人に代わって、ぞろぞろと入り込む。

 

 席は……埋まっちゃったか。

 

 一応優先席は空いてるが、そこに座る程ではない。吊り革に手を掛けスマホを取り出す。

 

「今日の髪は一旦ストレートに整えてから、コテでミックス巻きにしてあるの。どう? キレイにブロッキングもできたから結構自信あるんだ」

「うん」

「そんでもって、ほっぺのここ。この触覚だけは独立させて内巻き。ワンポイントだけど結構キマってるでしょ?」

「うん」

「でやっぱり冬場はさ、髪の毛静電気パチパチじゃん。加えてニット着てるからもう余計よ。だからヘアオイルも塗って、静電気対策兼香りづけもしてるわけ。髪崩壊きゃー大変も予防済み」

「うん」

「今日まりーのコーデもしてあげるね」

「うん」

「……よし」

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