3月上旬 42話
「それじゃまりーが安心してキスできるように、もっととろとろにするね」
はー。
「んっ……」
耳を濡らす吐息に身震いした私は千切れた声を上げる。お腹の筋肉にくっと力が入った。
だけど耳に吹きかけるくらいならお風呂でずっとされている。じきに慣れてしまうだろう。
しかしそんな心積もりも一瞬で潰されてしまうのだった。
「あっ」
耳たぶに甘い痛みが走る。それは断続的に私を襲いかかって止まない。
「あかねっ、なにして——」
「んー? 噛んでるの」
「そうじゃ、なくて。んやっ!」
今度は輪郭をなぞるようにゼラチンみたいな塊が熱く脈打つ。舐るように徐々に内側へ入り込むと、ぴちゃぴちゃと水音を鳴らし始めた。
「あっ、あっ、ん」
「ぇろ、ふふ、まりーの耳いじめるの楽しい。反応がいちいちかわいんだもん」
ぺちょぺちょ。ぐりゅ。
「ゃ、ん……! ぅあ」
「ほんとに耳がよわよわだね。こんなに感度がいい」
やば……すごい……。
未知の刺激を受けて、私はただ身体をくねらせることしかできない。耳に舌を押し込まれたら気持ち悪いと思うのが普通なのに、私は今感じてしまっている。気持ちいいって思ってしまっている。
「れろれろ、ぇろれぇろ」
「やっ、やっ、んぁ!」
くぐもった圧迫音と密着音の向こうから追いかけてくる妖しい声が聴覚までもを愛撫する。
「らぃすきらよ《だいすきだよ》」
「あん……ぅ」
奥へ奥へ。
水棲生物の触手のようにうねって、絡まって、吸いついて。
その度に私は喘いで、突っ張って、縮んで。
「こっちの耳も、はぁむ」
「うぁ……んっ、んっ!」
「もうぜんぶたべちゃう、あぁむ」
「それっ……っく」
ぷるぷるとした唇にまるっと頬張られた私の耳はバキュームで真空状態に。その上で飴玉を転がすがごとく触手が踊った。
良い……いい……イイ……。
「はぁ……はぁ……っ!」
ベッドのシーツをぐちゃぐちゃにする程きつく握りしめて、流れ込んでくる快楽を逃がす。行動の全てに彼女の望むようなリアクションをしてしまうから、彼女の舌先のうねりはどんどん加速してしまう。
ぐちゅぐちゅ。
「あぁ……ぅ……っ、んはっ!」
脳内を犯してくる音に私の意識は朦朧としていく。ただ快楽を受け入れて、卑猥な声と息を漏らすだけの有機物に成り果てる。私のまともな思考は彼女に絡め取られていって、なにも残されていない。
そこでお風呂で感じた下腹部のむず痒さが再びやってきた。温かくてくすぐったい。掻きたいけど奥底で疼くものだから手は届かない。腰を波打たせてしまうそれに、内ももを擦り合わせて耐える。
「……っふぅ。ねぇ今どんな感じ?」
むちゃっと舌が抜かれて、湿った耳が空気に温度を奪われる。溺れる私はようやく海老反りになった背を横たえた。
「はぁ……はぁ……分かんなぃよぉ」
「自分の言葉でいいから教えてみて」
決して壊さないように私の髪をそっとすくう。
「……気持ちよくて、ドキドキしてる。あと、茜がすると、なんかもどかしさがちょっとずつ溜まって、きてる……」
息も絶え絶えに話す間、茜は急き立てることもなく、ただただ私の言葉の終わりをじっと待っていてくれた。だから私も自分のペースでいられる。
「今感じてるそれがね、コップいっぱいになって溢れ出すと、まりーは最高に気持ちよくなれるの。絶頂しちゃう」
「絶頂……?」
「うん。だいだい、イクって言われてるけどね」
「……私はなにかが来る感じだった」
「まぁそう言うとこもあるけど。今夜はまりーをそこまで連れてってあげる。おいで、立てる?」
起き上がった彼女は腕を広げて身体を曝け出す。飛び込んでこいということだろう。天蓋から垂れるレースカーテンを背景にするとその裸体はよく映える。
私を腰砕けにしといて無茶言う……。
残り少ない体力を振り絞って四肢を動かす。のそのそとだらしないがこれが今できる私の精一杯なのだ。最後は半ば倒れるようにして華奢な肩に腕を回した。二人の豊満な乳房が吸いついてくっつく。
「よくできました。よしよし」
「うー」
「きっとね、初めての絶頂を迎えるまでに不安になっちゃうかもしれない。身体にビビビッてくるから」
後頭部をなでる小さくて大きい手のおかげで心安らぐ。
「そのときは私に思いっきり抱きついていいからね。ぎゅーって」
「いたいかもよ?」
「気にしないで。まりーが安心できるならそれでいいし、痛いくらい抱きつかれるのもまたいいでしょ。それに優しくっていうのがまりーの仰せだからね」
「……分かった」
ほんっと。私のこと好きだなぁ。
「それじゃ始めるよ。脚開いて」
私は茜に抱きついたままの膝立ちで太ももの間に空間をつくる。正直私はなにされるのかが全然分かってない。それくらい性事情には疎いのだ。だけどきっと茜は悪いようにはしない。それだけは明白だから私は彼女に従う。
「触るね」
「……うん」
………………。
「……っ!」
指先が秘部に触れたのを知る。
「痛かったら、言ってね」
股間の割れ目をなぞって指が動いた。
「っ……っ……」
前後のストロークに呼応してタンギングのような声にならない声が飛び出る。
「これがオナニーだよ。おまんこを手でいじって気持ちよくなるの。どう?」
「なんか……っ、くすぐったい……けどっ、普通のくすぐったさじゃない……っ」
「それがだんだんクセになるの。ちょっと刺激強くするね」
指の動きが止まる。すると私の陰唇がぱっくりと開かれた。エアコンの風が隙間を疾る。
「……ぁっ」
「オナニーはね奥をいじる程気持ちがいいんだよ。でもまりーの粘膜は触られ慣れてないから、今日は浅いところ」
ちゅ。
「んんぅぁっ!」
ソフトタッチから発せられたとは思えない未知の雷撃は私を真っ直ぐに貫いた。その衝撃を自分だけでは流せず、茜の肩に強く抱きつく。
「あっ! んあっ!」
柔らかくて崩れやすいものを確かめるような手つきで、性器に触れる指がピクピクと曲げられている。
やばい……今日一番きてる……。
「やっぱり。準備万端だね」
「ぁっ! んんっ!」
「聞こえる? この音」
自分の嬌声を押しとどめると微かに聞こえてくる音がある。
ちゅ。くちゅ。
それは水音。確かに指先の動きに合わせて私の股間から鳴っている。
「や、なんで⁉︎ わたっ、出しちゃったの?」
失禁してしまったかもしれないという疑いに私は慌てるあまり泣きそうな声になってしまう。気持ちよ過ぎていつのまにか漏らしてたなんて恥ずかし過ぎておかしくなる。しかもそれは茜の手を汚してしまったということに他ならない。
「あかねっ、ごめん……」
「違うよまりー。漏らしたわけじゃないし、全然恥ずかしいことじゃないの。これが女の子として普通なんだよ」
空いた左手は私の背中をさすってあやす。
「女の子はね、興奮してドキドキしたり、気持ちよくなるとおまんこが濡れてくるの。お風呂でいっぱい胸を揉まれたし、さっきはいっぱい耳舐めされたでしょ。それだね」
「おかしくないの?」
「おかしくないよ。私でたくさん感じてくれてたんだね。ありがと」
茜が喜んでくれてる。
今の私には身体について100%理解はできないけど、その事実だけでいい気がした。
「おまんこが濡れてるとね、滑りがよくなってもっともっと気持ちよくなれるんだよ。感じてみて」
ちゅく。ちゅく。
「あぁ……っ、んくっ!」
さっきよりも僅かに深いストロークがもたらす快感は段違いの強さで私を襲う。滑らかな摩擦によって腰がビクビクと震えだし、腰を震源として全身に伝っていく。
「ぁぅう……ああ……」
くちゅくちゅくちゅ。
響く水音に負けないくらいの赤い声はどれだけ口を閉じてもとめどない。肩に回した腕の力は強過ぎてきっと茜は痛いだろうけど、制御する力も精神も無くしてしまった。
「まりー気持ちよくなれてる?」
「ひゃぁ……うぁああっ、んん……」
「もう喋れないくらいなんだね。だけどもっと攻めるよ。これで絶頂させてあげる」
愛撫され続ける性器。そこに新たな衝撃がぶつかる。
「はぁっ! ああ……あ」
密着していた身体を磁石の反作用みたいに大きく弓形に反らした。足の指をこれでもかと開いて打ち震える。
「どう? 今の。クリトリス、陰核を触ったんだよ」
「それ……やば……あ」
「女の子の特に弱い部分。こっちも硬くなってるからいっぱい触ったげる」
いまのが、何回もくるの……?
そんな疑問への回答はすぐにやってきた。
「あああっ! っ! やっ!」
中指か人差し指か。どちらか分からないけれど恥裂を擦られながら、親指で陰核を弾かれている。
「ぅはあっ! や! ああ……」
さっき初めて触れられたときに今日一番の刺激をお見舞いされたが、それをゆうに超えてくる絶大な快感。髪から水滴を飛ばして悶える。それは拭ききれなかった濡れた髪か。愛された身体から滲み出た汗なのか。
下腹部の疼きは一気に天へ昇っていく。
「ぅぅむり! だめっ!」
「イきそうなんだね? いいよ!」
ぐりぐりと押し込まれるクリトリスが感度を爆発させて私を高く高くへ誘う。
「あぁ! あっ! くる、くる、くるくるっ!」
「イっちゃえ!」
「だめだめだめだめええええええっ!」
ピン、と膨れた肉芽が弾かれる。
それがトリガーだった。
「いゃあっ————!」
エクスタシーが嵐となって私の全てを根こそぎかっさらった。
頭の中は閃光で真っ白。茜を締め殺してしまう程に前のめりで抱きついたまま身体は硬直してしまう。けれど足先は行き場を失った暴れまくる快楽の奔流によって、やたらめったらな方向へと捻られる。
今茜を離したらきっと私の意識は彼方へ消し飛ぶだろう。
「ぁぁ、ぁぁぁッ……」
やがて呼吸が止まる。絶頂の爆発は私に息をすることすら許してはくれなかった。
頭のてっぺんからつま先まで。細胞、血管尽くに悦びが滲んで浸していく。
じっくりじんわりと。
私にはあまりにも大き過ぎる快感。キャパシティを越えるそれの処理には長い時間が必要だった。
「っはぁ! ……はぁ……んっ!」
私は喉を鳴らして酸素を求めた。
そんなときにも呼吸に合わせて小さな鼓動がフラッシュバックして時折腰がビクビク跳ねてしまう。それは余震のように長く続いた。
「大丈夫?」
「だい……じょばない……ぅ」
「よしよし。頑張ったね」
茜も私の背に手を回してくれる。けれど。
「ぃぁあ……」
「ごめん!」
背中を触られただけなのに情けない声が出てしまう。
「いま……ぜんぶが、びんかんになってるから……これ以上は、なしで……」
顔を上げることもままならないため、口を押しつけて言葉は直接肌に流し込む。
そして暴風の通過後には己の背骨では支えきれない倦怠感に包まれた。崩れるようにお尻を落とすも、1Gの重力すらキツ過ぎて茜から離れられない。
そうしてどれ程しなだれかかっていたのだろうか。時間に関しても要領を得ない。
「横になる? できれば私はこのままのが密着できて嬉しかったりするけど」
「……なる」
「にはは。じゃあ手離して。支えてあげるから」
茜の介護を受けてやおら背中を倒す。やはり触れられる箇所はどこもくすぐったく、それを認められて笑われてしまった。
「初々し。やっぱりまりーは可愛いね」
「それ、ばっかり……」
「えーだって可愛いんだもん」
「一辺倒、だから……」
「可憐。美しい。キュート。天使のよう。守りたい。愛してる。素敵。明媚。容姿端麗。愛くるしい。その姿正しくしゃんと咲き誇る一輪の花」
「……もうだいじょぶ」
なんでこいつはつらつらと真顔でそんなこと言えちゃうんだ。
大きくお腹を上下させながら天蓋を見つめる。
普段はアホで間抜けでおっちょこちょいで心配になっちゃうのに、いざというときは私よりもしっかりしてて、リードしてくれて。頼りないのに頼り甲斐ある変なやつ。私のことバカみたいに好きで一途でどうしようもない。
困ったな。
視界を遮って、もの柔らかな聖母の丸い瞳が割って入った。
こんな茜を。
「……」
「……」
頬に温かい手のひらが添えられる。
私は。
「……いい?」
「……うん」
好きかもしれない。
蕩けるような感触。
茜と私が一点で交わる。
不快感はない。寧ろ私を包んでくれたのは清適なひととき。
そして幸福感。
私を絆いで、ここに存在することを抱擁するように肯定してくれる。
重苦しい身体は溶けるように徐々に弛緩していった。ずっと握っていた手のひらは花咲くように自然と開き、山のように立てた両脚はずるずると平らになる。
あぁ……。
「……」
「……」
唇を重ねるだけの静寂。
今はそれだけでいい。
この一時の私達には愛撫だとか嬌声だとか色欲は無用だ。
やがて逢瀬は儚く終わりを迎える。
艶めいた唇が私の元を離れ、その様を目で追ってしまう。
あれが私の口に……。
その事実を再認識して、私の胸は一つ高鳴るのだった。




