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3月上旬 39話

「え」

 

 そう言われて自分の姿を見直す。

 

 そうだった。

 

 ブラジャーとショーツをつけたまま。嵐の海原みたいに大荒れだった精神のせいで、柔肌を曝け出す必要があることを失念していた。

 

「脱いで♡」

「くっ!」

 

 私は今茜の手のひらの上で転がされていることをひしひしと感じる。私を少しの食べ残しもないようにしゃぶり尽くして楽しむためにイニシアチブを掴み切っているのだ。彼女の計画通りに万事進んでいる。

 だが背に腹は代えられない。迂回も後退も私には元から無いのだ。

 茜の今か今かと爛々《らんらん》と輝く視線を受けて、ブラのホックを外した。

 

「おぉ……」

 

 包み込まれていた胸が解放され弾むように溢れだす。そして手にかけるはショーツ。腰の肌の隙間に指を滑り込ませて、布をずり下ろしていく。重力に引かれる乳房に注がれる熱さを感じながら、私は最後の防壁を屈んで脱ぎ去った。

 

「これでいいでしょ」

 

 紅潮こうちょうする頬と一糸纏わぬ裸体。下着店で胸を見られたとはいえ、全裸を見せるのは子供の頃のお泊まりで一緒に入浴して以来だ。あの頃と違って完全に女性になった肢体は茜の注目を掴んで離さなかった。

 

「綺麗……」

「なに」

「え、いや、ごめん。いいよ入って」

「てっきりまた喚き散らすのかと思った」

「私も思ってた。でもなんか、まりーの身体綺麗過ぎて……見惚れちゃってさ……」

 

 そう言うと照れくさそうに横を向いてしまった。さっきまで散々、もう穴が空くくらい見まくってたくせに。

 

「やめてよ。そっちまで紅くなられたらガチの雰囲気になるじゃん」

「えー私はいつだってガチだけど?」

「はいはい」

「あ、私にもたれるように入ってね。背を向けて脚の間に。ちなこれ命令ね」

「あーもう分かった」

 

 足を入れるとその温度に身が柔らかくなる気がした。前途多難な道程を経て、待ち侘びたお湯に感動すら覚える。

 

「……私はそういう褒め方のほうが好きだけど……」

「え? なんか言った? おぉ、お尻かわいい〜!」

「お前嫌い」

「ちょ痛い痛い!」

 

 お前に見せるお尻はないと言わんばかりにザブンとお湯に身を落とした。そしてちょっと力を込めて茜に背を預ける。

 

 このまま私と湯船で潰してやる。茜サンドウィッチ。

 

「はふーーーー。にしてもあったかーい」

 

 私は全身でこのエデンをたのしんで暖まろうと肩まで沈んでみた。大きいバスタブは私が脚を伸ばしてもまだまだ余裕がある。うちのお風呂では味わえない解放感がたまらない。

 

 コンタクトで良かった。

 

 いつものようにメガネだったら曇ってしまうし、外したら見えにくい。どちらにせよこのおしゃれな空間を十分に楽しむ事はできなかっただろう。

 

「月並みだけど、極楽極楽」

「今回はバニラココナッツのバスオイル、それに彩りの花びらを散らしてみました。ほら鼻から深呼吸してごらん。甘々な空気がいっぱいに広がるよ」

 

 言われた通りに深く息を吸うとスウィートな香りが私を内側から満たしてくれる。まるでさっき食べていたお菓子に囲まれている、いやお菓子の中に高飛び込みしたみたいだ。この香りとちょうどいい湯温の相乗効果で身も心も和らいでいき心地がいい。

 更にいうとこの背もたれ、背で感じる茜の胸が素晴らしいクッションで、包まれるような柔らかさである。人をダメにするクッションとはこのことか。

 

「これで満点の星空があったら完璧だったね」

 

 空へと昇る湯気の後ろは真っ黒だ。

 

「都会のど真ん中では難しいね。露天風呂だけでも立派だよ」

「それもそっか」

「でも私は星空が見えなくても、まりーとこんなにすぐ近くにいられるだけで最高だよ。マイプリンセス」

 

 キザな言葉とともに、肩から腕を回して私を抱き寄せた。湿った肌と肌がくっついて体温が流れ込んでくる。華奢な印象の割には安心感を覚えさせるしっかりとした腕に私は身を任せた。

 

 いい気分だし、好きにさせてあげよう。

 

「……」

「……」

「……まりー」

 

 私の頭に頬擦りしながら感慨深く口を開く。

 

「大好きだよ」

「……うん」

 

 階下では夜の新宿が騒々しく賑やかなはずだが、ここではときどきに起こる僅かな水音が聞こえるだけ。水面に浮かぶ小さな花弁が私達を囲うように揺らめいていた。

 

「今、すごく、幸せなんだ」

 

 語調に呼応して抱き寄せる強さがきゅっとなる。

 

「ずっとこうしてたいな……」

 

 振り向くと茜の端正な顔立ちがすぐ近くにあった。水滴でキラキラする長いまつげの下には幸福感でとろんとした目が私を捉えており、思わず見つめ返す。

 ごくり。

 多分茜にも聞こえたくらいの音を伴って生唾を飲んでしまう。

 

 さっき茜に言われたことそっくりそのままだ。

 

 私は今茜を綺麗だと感じている。

 しっとりと濡れた肌が元気活発な茜を色めいた姿に仕立て上げており、私の胸中は意味も分からずドキリと高鳴った。そうなってしまうと、バレッタで高く留められたことであらわになった首筋も背中に当たる豊満な母性の塊も意識せずにはいられない。そしてバニラの中から探し当てるように、茜の香りを嗅ぎとってしまった。

 

 なにこの変な感じ……。

 

「だけど私は欲張りさんだから、もっと欲しくなっちゃった……」

 

 多分茜が次にすることは予想できた。

 

「もっとまりーを感じたいし、感じて欲しいの。だから」

 

 次に来る言葉をただ待つ。

 

「触るね」

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