3月上旬 37話
「うわぁ……」
外観と部屋は大違いなんてことはもちろんなく、皆が憧れる休養地の別荘を絵に描いたような室内に見惚れてしまう。
玄関左には浴室や水垢一つ無い洗面台。暖かみを感じる木目の床を進むとラグジュアリーな天蓋付きベッドがどっしりと待ち構え、ふかふかの身に誰かを受け止めるときを今か今かと待ち侘びている。その正面にはおおよそ家庭では楽しむこと叶わないサイズのテレビが据え置かれているが、特筆すべきはそこではない。
「ほら見てまりー。じゃーん」
設られたソファの後ろにはテラスへと通じるガラス扉、その向こうは都会の喧騒とは隔たれたウッドデッキが広がる。
「これがここに決めた理由なの。ほほー! すごい!」
茜の興奮の声の先には猫足で支えられた白磁のバスタブがあった。
「露天風呂だ……」
黒い空の下、間接照明で艶やかに照らされた露天風呂は秘密の空間としてさぞいいムードになるのだろう。
……いかん。
こんな贅沢なお風呂を前にして平常でいられようか。嘘偽りない言葉で表すならとってもワクワクしている。
だけど茜は一緒に入るつもりだろうな。
絶対そうである。100パー。この期に及んで絶好の機会を逃すわけがない。しかしそうだとしてもこのリゾートを心ゆくまで愉しんでみたいと思い始めていた。
室内に戻った私達はソファに身を沈めて、選んできたスイーツやペストリーを机に広げた。スイーツに至っては全種類持ってきているためスイーツバイキングみたいになっている。偏りが著しい豪勢なディナーだ。
「それカワイイ! いいな」
「ミニフォンダンショコラベリーソース」
「はい優勝。美味しいわ。運命。一口ちょーだい」
「それは?」
「ビーフシチューパイ。お腹空いちゃったからね〜。お肉も食べたいし」
「じゃあそれと交換ね」
二人の食いしん坊を前に卓上の食べ物はどんどんと姿を消していく。ルミネエストで多少お腹に入れていたが、そんなことお構いなく収まってしまう。それくらい美味だった。
「栄養バランスやばくない?」
「いいもいいも《いいのいいの》。|きょうまむれいこーだから《きょうはぶれいこうだから》」
「意味違うね。食べた分ちゃんと運動してな」
「ん。だーいじょぶだいじょぶ。だってこの後いっぱいカロリー使うもん」
「?」
はて、この後スポーツでもしに行こうというのか。外は暗いのに。
「知ってる? せっくすっていっぱいカロリー使うんだよ?」
「あ、そういうことでしたか。なるほどー」
「まりー目に光がないよ」
てか今日キスだけじゃないんだ。そうだろうと思ってたけど! 本人の口から言われちまったよ! くそが!
「ほらほら、これ食べたら笑顔になるよ。美味しいよ。あ〜ん」
スプーンの上でテカテカと光る焼きプリンが私を誘う。
あ、これはあれだな。畜産農家がお肉になる家畜にめちゃくちゃ優しくなる出荷前最後の食事だな。なんかで聞いた気がする。
結局私達は全部平らげただけでは飽き足らず、二回戦ということでお気に入りをリピートしにいくという強欲さを見せつけてしまった。これは私達が悪いのではない。ここの食べ物が美味しいのにタダなのが悪いのだ。全く魔性過ぎる。
そうして二人でお腹いっぱいになってからは各々の時間が訪れる。茜はでろーんとソファに横たわって口を開かなかった。こちらに背を向けているその表情は窺い知れない。この部屋に会話はなく、私は決まりの悪さで身じろぎした。沈黙が気まずいのではない。嵐の前の静けさを憂いているのだ。
刑執行を待つ時間はこんな気持ちなのかな。
あのままお菓子を食べている幸福が続けばどれ程心安らかだったか。
「まりー」
「……」
来たか……。
「そろそろ……しよっか」




