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2月下旬 28話

「………………」

「……分かってんだよ。解りてぇんだよ。茜はウチらを思ってくれてるって」

 

 ()()()()()()()()()()()をそのままに長谷川は苦々しく吐き出した。

 

「でもどうしても考えちまうんだよ……ウチは信頼されてねぇのかって。ウチは、転校のこと聞いてヘタクソになっちまうような、やつなのかって……。相棒じゃねぇのか……」

 

 相棒だからこそ、なんて言葉が出かけたがおそらく届かない。ただの堂々巡りになるだけだ。

 長谷川は私を粗雑に解放すると、その震え声を隠すように踵を返した。一瞬見えた拳はかなりの血が滲んでいて痛々しいが長谷川はなにも感じていないようだった。今の彼女にとって傷ついているのは手ではない。心だ。

 

 きっと長谷川は最初から私を怒鳴りたかったわけじゃない。理解したいけど完全にはできない茜の言葉を聞いて、自分の中できっちり整理をつけたかったのだ。

 

 だってそれはあの茜が、誰よりも周りを思う茜が悩んで悩んで悩み抜いて決めた選択なんだから。

 

 だけどその選択を支持するためには負の感情がつきまとう。そんなときに迂闊にも私が声をかけてしまったから、適当な捌け口を見つけてしまったからつい私にその負の感情をぶつけた。

 急に付き合いだして、距離が縮まって、大会に連れ出して。

 茜と私がこれだけつるんでいるのを思い返せば、私に疑いの目が向くのは簡単な道理だ。

 長谷川の立場もその道理も共感できるから私はなにも責めない。乱れた襟元もそのままにその後ろ姿を注視する。

 

「紫水……」

「なに」

 

 なんの感情も読み取れない問い掛けに私も無表情で応じる。

 

「茜は……なんでお前を選んだんだ……」

「……」

「なんでウチじゃないんだ……」

「……分からない」

「……お前のこと、やっぱ嫌いだわ」

「まりー!」

 

 その声はこの騒動の中心人物の声だった。

 

「茜」

「エントランスにいないし、希美ちゃんも駆け出していなくなっちゃったからもしかしてって」

 

 はぁはぁと息切れしている様子を見る限りここの敷地を相当走り回ったのだろう。

 そこで彼女は長谷川の赤く染まった手と壁にもたれる私を見てハッとした。そして長谷川の横を通り抜け、私のほうに駆け寄って傷を確かめようとする。

 長谷川の髪が少しそよいだ。

 

「希美ちゃん、殴ったの?」

 

 恐る恐る聞いたところで長谷川は俯いたままなにも言わなかった。

 

「いいや。大丈夫。私は喰らってないからほんとに」

「でも」

「茜」

 

 私のことが心配で仕方ない茜に長谷川は短く言葉を切り出した。

 

「今日は茜とは話せない。それじゃ」

 

 それっきりで長谷川は立ち去った。その後ろ姿に普段通りの力強さは見えなく、か弱い乙女のそれだった。

 

 これでよかったのだろうか……。

 

 明確な答えがない問題に答えを求めてしまう。そんな無駄なことをせずにはいられない。

 私と茜は長谷川が完全に見えなくなるまでなにも言えなかった。

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