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2月下旬 27話

 手持ち無沙汰でスマホを取り出すとパパっとロックを解除、メッセージアプリを開く。

 

『エントランスで待ってて!』

『ちょっと時間かかるかも!』

 

 これ以降茜からの追加のメッセージは来ていない。

 壁の一角に寄りかかって大会終わりの雑踏をぼんやりと見やる。聞こえてくる大会の感想に、決勝戦が……とか彗星が……という言葉は少なくなかった。口々に呟いてしまう程最後の試合は誰にとっても圧巻だったのだろう。

 

 まあ私でさえ今興奮冷めやらぬからね。

 

 ふと顎に手をあて考えてみる。

 折角優勝したんだしお祝いの一つでもしてあげたら喜ぶかな……。戦績優秀なあいつのことだし今回の優勝も積み上げるスコアにしか過ぎないかもしれないけど……。

 

 そこまできて考え直す。

 茜はそんなに軽んじるやつじゃない。皆で掴んだ優勝だよ! とかおめでたいこと言うタイプだ。

 皆で手を繋いでバンザイする茜はいとも容易く想像できた。多分顔には歓喜と感謝がいっぱいという感じだろう。

 

 長谷川も最後には魅せてくれたし、あいつも入れて食事とか? いやめんど。お菓子あげるくらいでいいや。うまい棒詰め合わせとか。

 

 とそこに早足でエントランスを縦断する長身が見えた。

 見知った顔がいたところで普通は声なんてかけない私だが、未だ頭の中がおめでたい雰囲気になっていることが災いした。

 あいつの胸中は察して然るべきなのに、なんの気なしに動いてしまったのだ。

 

「長谷川!」

 

 声をかけたのは間違いだと気づいたのは、悪い方向へと賽を投げてしまった後だった。

 エントランスの真ん中、私の声に気づいた長谷川はピタリとその歩みを止め、幽鬼のように私に振り向いた。その目は赤く痛々しいが、強い憎悪のようなものを宿して光っている。

 

「ちょっ——」

 

 近づいて遠慮なく私の手首を掴むと彼女は低く小さく呟いた。

 

「来い」

 

 なにすんだよと言いたくなる私が顔を顰めるくらい込められた力は痛い。いくら人付き合いに疎い私でも長谷川の言わんとすることはすぐに分かった。だがそれすらも遅過ぎた。そっとしておいたほうがよかったという後悔はもう遅い。

 私は抵抗せず長谷川に付き従った。

 長谷川は人を掻き分けるよう多少強引ながら歩く。腕を引かれながら外に出ると、私達は人の流れから外れ、裏手のほうへ。こんなときなのに私は長谷川と初めて話した日を思い出してしまった。あのときなら逃げられただろうが、今はそれを許さぬようにきつく繋がれている。

 

 今更無関係を主張するのは……無理だろうな。

 

 ほとんど人目がなくなったところで歩みを止め、手首の拘束は解かれた。ブレスレットのようにぐるりと赤くなった手首をさすり、さっきよりも多少落ち着きを取り戻した私は憎まれ口の一つでも叩いてやろうかと口を開いたとき。

 

「ぅがッ——!」

 

 私自身のではない、外部の力で強制的に前のめりにされたと思うと、今度は真正面から押され壁に叩きつけられた。胸骨の当たりと背中一帯が痛みのシグナルを出す。急激な揺さぶりと衝撃で肺の中の空気が一気に押し出された私は苦しさを感じ、生存本能のまま呼吸を求めた。

 痛みに耐えながら目を開けると長谷川はシワを深く刻みつけるが如く私の胸ぐらを掴んでいた。まるでヤンキーのよう。私が抱いていた長谷川のイメージと寸分違わぬ様子だった。

 

「お前ら……グルだったのかよ……」

 

 歯の隙間から漏れ出すようなかすれた言葉。

 

「知ってたんだよな! 茜が転校するって! おい!」

 

 その声が一転して怒声をぶつけられる。襟を引っ張る力が一段と強くなった。

 

「なんで言わなかったんだよ! ふざけんじゃねぇよ!」

 

 先生が生徒を叱るような教育的な怒りではない。今浴びている怒声は心の奥底から湧いている純粋な怒りのようだった。

 

「知ってたよ……。なんなら年明けすぐに。だけど長谷川が知らないってことは知らなかった。今日気づいたんだ、茜がお前に言ってないって」

 

 私はあくまでもただ事実を淡々と伝える。

 正直私はどう返していいか分からなかった。お前はとっくに気づいているんだと思ってたんだよ! と叫び返すことだってできるかもしれないがそれは違う気がした。そうしたらこいつはヒートアップするだろうし、間違いなく納得しない。

 

「……それが理由か」

 

 私は静かに、だが深く頷いた。

 抑えきれない怒りが吐息になって漏れ出している。下手なこと言えば拳が顔面にめり込みそうだ。

 

「それに私だって問い詰めたさ、あいつに。なんで言ってないんだって。その理由は……聞いたでしょ」

 

 そして強く言い返せないなによりの理由がこれだ。私も長谷川のような考えを一瞬でも抱いたから。あれだけ仲がいいのになんで伝えないのかという疑問を持ってしまったから。私は少しだけ長谷川と同じ立場にいるのだ。

 

「ああ! 聞いたよ! 茜はウチらに気使って言わなかったんだって」

 

 私を押さえ込む力がやや弱まるのを感じると、それに応じて声もさっきより小さくなった。

 こいつは今葛藤している。

 納得したいのに納得できない自分にどうしていいか分からないのだ。

 

「くそ! くそ!」

 

 どす黒い輝きを秘めていた眼光はもう私に向いていなかった。

 長谷川がぎゅうと空いている拳を振り上げ握り締める。その手は血管が浮き出て今にも爆発しそうだ。

 

「ッ! くそがあああああ!」

 

 握られた拳は咆哮を伴って繰り出される。刺さればまず無事では済まない強烈な一撃。

 顔に迫るにつれ大きく映る拳を私は1ミリも目を離さず受け入れた。

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