2月下旬 22話
応援、というか観覧のためにスタンドに上がる。二階は中央から360度観客席になっており、体育館としてはかなりのスケールで、有名な公式試合に使われるというのも頷ける。中央を見るとバスケのコートが三つ用意されており、並行して試合が行えるようだ。あちらこちらでボールをついている。
団体様の激しい応援に耳を潰されても困るので、私は着席率が低いエリアでテキトーに腰を下ろす。席が埋まってるのは半分以下。デカい会場、多くのチームといっても所詮は高校の試合。それも年度末。観覧者は親族か学校関係者だろう。
これまた優秀な暖房設備で空気こそ快適だが、プラスチック丸出しの椅子は服を挟んでも無機質さが感じられた。私が膝の上にトートバッグを置くとじんわりと温かさが伝染してくる。茜のために用意した手作りお弁当だ。
お昼までに冷めちゃうか?
そうしていると中央にわらわらと選手が集まりだす。雰囲気的に開会式だろう。それに合わせてスタンド、私の周りにも少々人が増えた。大勢ではないが少なくはない。斜め後ろにも二人の高校生らしい女子がいるが、距離を置く必要もないと思いそのまま下を眺める。
ありふれた選手宣誓だの偉い人の講釈が終わり、会場はいよいよ試合開始の運びになり色めき立つ。
えーと確か茜は一試合目と三試合目……午後は勝ち残ったチームでまた試合とかだけどどうせ出るでしょ。
もらっていたプログラムをスマホで確認する。トーナメント形式で予選から決勝まであるらしいが、茜のチームはまず勝ち進むだろう。
感想聞かれて中身無い事言っても怒られそうだし、まぁしっかり見とくか。
因みに私はバスケの知識は深くはない。幼い頃と体育の選択授業で茜がいるからという理由でやったが、ポジションとざっくりとしたルールを説明されたのみだ。そして無論、取れないくせにボールを追って自陣と敵陣をシャトルランするマヌケになった。実に嫌な授業として覚えている。
「あ、いた」
私が位置どっている場所、体育館を長方形と見ればその短辺にあたる場所からは真下に茜たちの試合コートが覗けた。深紅のユニフォームたちは円陣を組み、その中に茜はいた。一緒にいる時間が長いからか一目で識別できる。
「行くぞーっ!」
「「「「おおおおおっ!」」」」
あいつキャプテンだったんだ。
開始のブザーが鳴り、二人の選手が飛ぶ。ジャンプボールだ。その一人は長谷川。
ボールが最高到達点に達した転瞬、長谷川の指が弾いた。
「茜ッ!」
私から見て相手陣地に舞うボール、落下点には既に相手プレイヤーが待つ。そのまま敵が両手でキャッチしたとき。
ギュンッと一際甲高い靴音が響いた。
相手は一気に駆けようと一歩踏んだとき、さぞ驚いただろう。
なぜなら確かにそこに掴んでいたボールが消えていたのだから。
ブザーが鳴った。
それは得点が入ったことのQED。狐につままれたように呆ける相手が振り返ると、そこには小暮茜が笑顔で立っていた。
速い……!
たった一度でも瞬きをしていたら今起こった光景を捉えることができなかっただろう。
細い脚から繰り出された急加速。スピードに乗った茜は相手の僅かなキャッチ硬直の隙をついた。その長い左腕と手のひらでボールをすくうと自分の背中を回して右手に移行。そのときの位置はコートの端、阻むものはいない。誰も寄せつけないうちに勢いそのままスリーポイントラインに到達すると難なくシュートを決めてしまった。
正確にボールを取り、正確なハンドリングで流し、正確なスリーポイントシュートを入れる。これをトップスピードの中でやってのけたのだ。素人の私から見ても驚愕を覚える。
「希美ちゃんナイス〜。いい位置だったよ」
「そう? えへへよかった」
二人は開幕の得点にすれ違いざまのハイタッチで賞賛しあう。
しかしこれはバスケットボール。得点後の試合再開は早い。たった今相手側のスローインでボールが動く。丁寧さと迅速さを兼ね備えたパスでジリジリと前線が茜チームに上がってきた。
長谷川が動いた。
一直線にボールを持つ選手へ向かう。直線過ぎるゆえ、案の定相手は易々と味方へパス。ダッシュで受け継いだ相手はドリブルで茜チームを一人抜くとすぐさまリングを狙い撃った。だが抜きさった余力が祟ったのだろうか、タイミングがずれ、ボールを離す高度が低い。
そこを彼女は見逃さなかった。地を蹴って宙へ。飛来した猛禽は狙い定めた獲物を鷲掴む。
「戻って!」
敵将が茜の一騎駆けを食い止めるよう叫んだ。茜の行く手を阻むのは計二人。一人が腰を落として茜を正面に見据えた。
「どうする茜……」
緊張の瞬間に私は独りごちた。
この状況、さっさと抜かないと敵が集まる。スピードが命だ。
茜が右方へ動いた。相手もそれを追って体を傾け脚が広がる。そのほんの隙でさえ彼女には突破口になった。
待ってましたと言わんばかりの俊敏さを見せ、ついたボールは相手の股下に鋭角に入り込み、誰にも触れられることなく後方へ抜ける。敵は虚をつかれた様子で手を伸ばすがもう遅い。ボールは狂いなく元の主に捕まえられ、また一つゴールへと近づいた。
「見てあのコート。すごい動きしてる」
後ろの女子高生の感嘆の声が聞こえた。
茜を待つは最後の一人。どっしりと構え手先から目を離さない。きっと今と同じ手は通じないだろう。
数十秒と感じるが、ほんの一瞬にしか過ぎない、そんな睨み合いの末、茜の左手からボールが滑った。
緩慢な動き。
それはまずくないか。
果たせるかな、相手もラッキーと顔に浮かべ魔の手を伸ばす。これは確実に取れると踏んだのだろう。
「茜……」
「茜っ!」
私の呟きと長谷川の叫びは同時だった。
そして当の茜は不敵な笑みを浮かべていた。
ボールが捉えられるようというまさにそのとき、それより速く貫手のように繰り出された茜の右手がクロスで絡めとった。そしてズレた相手の重心とは反対に弾く。今更相手は切り返すことなぞできるはずもなく、茜はそのままホールドして突き進む。かくしてあるべきところに収まるようにボールはリングを通ったのだった。
「……!」
唖然とするしか他なかった。緩急のつけ方が凄まじいのだ。ミスったような運動はフェイントで誰もが釣られてしまう緩さ。本命の動きは目を離すことを許さない電撃。感嘆を禁じ得ない鮮やかなプレイだった。
「やば! 今シャムゴッドドリブル決めてたよ」
「びっくりだよね! ばちこーんって刺さってた」
後ろから隠しきれない興奮が聞こえてきた。シャムゴッドがなんなのかは詳しく知らないが、きっと茜が成した技の名だろう。黄色い声から察すると相当珍しいものなのかもしれない。
その後も茜は獅子奮迅の活躍を見せ続けた。
フェイント、股抜き、ロングシュート。瞬間瞬間で最善の選択肢を迷いなく選びとっていく。二手三手、いや三手先までの未来を彼女は握っていた。
他の選手と比べると茜は決して屈強な印象は受けず、寧ろ華奢といっても差し支えない。剛よりは柔を極めたプレイスタイルでコートを走り回るが、細身ともいえる体で殺人的加速と急ブレーキを息をするように続けている様子には我が目を疑ってしまう。慣性で体がつんのめり、床に叩きつけられはしないだろうかと心配になる程だが、本人は終始笑顔で心底楽しそうに駆け回っていた。
あいつ、バスケ好き過ぎじゃん。
これもまた私の知らない茜だった。
今度は長谷川とのコンビネーションが決まる。長谷川は性格通りというか、剛を体現したような力強いフィジカルを発揮し、対極に位置する茜とは短所を補い合う関係だった。実に相棒らしい完璧な阿吽の呼吸だ。
その様子に試合前のなにも知らない長谷川の顔が重なってしまうのは必然だった。
別に私が今考えたってどうしようもないでしょ。
「今負けちゃってるけど、あの高校って強豪だよね」
「確かにー。あの子が強いんだよ」
後ろの女子が話しているのは十中八九茜のこと。今まさに一点が決まる。
体育の授業で目にした姿が本来の実力だとはもちろん思っていない。というか授業でガチになるのも大人気ない。だが今の勇姿は私が目にしていた茜の三倍の素早さだった。コートに彼女のユニフォームの真っ赤な残影が奔る。
「あの子あれだよ!」
背中のほうで声が上がった。
「めっちゃくちゃ強くて注目の選手! 確かその異名は『彗星の茜』!」
え、あいつネームドなの?
「『彗星の茜』⁉︎ 一年生の新人戦で五回のスリーポイントを決めるという大戦果をあげたあの⁉︎」
その声は更に広がり周囲がざわめき、自分たちが観戦してる選手が有名人だということに気づき、きゃっきゃと色づいていく。
ゆ、有名人だったんだ。すげー。
なんというか驚きのものを見てるのに、おかわりみたいに驚きが持ってこられるともう感度が下がってくる気がする。もうお腹いっぱい。
アメリカへ渡り、日本の名だたる高校からスカウトされる腕前は伊達ではないということだ。
そうして結局のところ彗星の茜は、よくまぁ体力持つなという感じで第4クォーターまで場を支配し続け、初戦は圧勝したのだった。




