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2月下旬 19話

 現在午後四時三十分。

 私は車の往来激しい国道沿いを一人歩いている。目的地は不明。不明とは一体どういうことかと思うだろうが、そのままの意味である。スマホに送られた画像媒体のデジタルメモを頼りに歩かされており、己さえもどこに向かっているか知らない。

 

「放課後ちょっと経ったらここに来て」

 

 ホームルーム終了後、茜から一枚の画像が送られた。マップアプリのスクショの上にマーカーで経路が記されている。

 

「なにこれ」

「いいからいいから」

「えー」

『どんなことでも聞いてくれる? オーケー、オーケー』

「こういうことでよろしく」

「……」

 

 ったく、この前のみそぎでボイスレコーダー消させりゃよかったよ。

 

 あの対茉莉花決戦兵器は変わらず茜の手中にあった。おかげさまで生活のありとあらゆる場面でお世話になっている。核兵器禁止条約とボイスレコーダー禁止条約が早急に発効されるよう世界各国のトップには粉骨砕身してもらいたい。でなきゃ困る。目下は主に後者。

 

 別にこれくらいなら……渋々だけど聞いてあげたのに、レコーダーなんか持ち出してくるからすっきりしない心持ちになるんじゃん。

 

 しかしながら私に茜関連以外の予定なんて入っているほうが稀なので、時間的には問題はなかった。

 

「くっそ寒い」

 

 憎々しげに飛ばした毒は白い息とともに後方へ流れていく。

 確かに暇ではあったのだが、一つ見過ごしていた大きな問題があった。

 それは今が冬であること。寒さのピークは一月下旬から二月上旬だと言われているが、寒さは衰えるところを知らない。きっと寒気かんきがオーバーワークしているのだ。定時で帰れないで可哀想。是非とも働き方改革の一環として早々に消えてもらおう。某熱血元テニスプレイヤーを日本の首都東京に据えればいいはずだ。

 

「んなわけないよな〜」

 

 寒さのあまりたわけたことを考え始めた私にセルフツッコミ。気温はもちろんなのだが風も強レベルなのがたち悪い。吐息で白く曇るレンズがすぐに乾く程の真っ向から体当たりしてくる向かい風なのだ。そのせいで体感温度は丙午ひのえうまの出生数並にぐんと低下する。

 

「あーもう、会ったら恨み言の一つや二つや覚悟しろよ」

 

 もう耳が痛い。絶対真っ赤になってる!

 

 なんとか歩を進めながらかじかんだ指先で画像を確認。次の信号を左に行って、少し路地に入れば到着だ。

 

 キキィッ!

 

「うわぁっ!」

 

 突然左方から来た、耳をつんざく甲高い音にスマホと一緒に飛び上がる。

 

 ごめんなさ……。

 

「あっぶな……って紫水じゃん」

「その声、長谷川?」

 

 ほぼ直角に位置する路地を見ると、背をしゃんと伸ばしてバイクに跨る女性がいた。彼女がフルフェイスのヘルメットを脱ぐと動きやすそうなショートヘアがあらわになる。身体のラインが浮かぶレザーのバイクスーツに身を包んだ彼女は平素と異なり過ぎて、声を聞かなければ分からなかっただろう。

 

「歩きスマホとか危ねぇだろ」

「ごめん。今のは私が悪い」

 

 いくらマップ確認のためとはいえ過失の所在は私だ。

 

「ったく気を付けろよな。こんな寒い中なにフラフラしてんの?」

 

 長谷川はバイクのエンジンを切って静かにしてから尋ねた。

 

「私だって家にいられるならいたよ。どっかの誰かさんに呼び出し受けたの」

「ちっ茜か」

 

 前にいちゃもんつけただけはある勘の良さで把握すると一気に不機嫌になった。ハンドルに両肘ついて前傾姿勢で睨んでくる。

 

「別れろって言ったのに相変わらず仲良しごっこしてるよな。楽しい?」

「楽しいもなにも感情で動いてるわけじゃ……」

 

 反論するも、以前の長谷川の忠告がその通りになってしまった手前私から出た声は覇気が無かった。

 部屋の隅で膝を抱える茜が浮かび胸を締めつけてくる。割り切れない感情が内側を浸した。

 

 うっ、まただ。

 

「お前のことなんて詳しくは知らないけどいつか痛い目見るぞ」

 

 痛い目というか重い事件はもうあったよ。

 

 この様子だと茜は長谷川に話してないらしい。茜のことを心配してる長谷川のことだ、多分知ってたら激怒されて、体育館裏に引きずり込まれて滅多刺しの上東京湾に沈められただろう。

 これ以上詮索されて面倒ごとになるのはだるいので私は強引に話題を変える。この辺りでは見慣れない本格的なツーリングスタイル、長谷川の姿に中々に知識欲をくすぐられた。

 

「てかあんたの姿が気になり過ぎるんだけど。それ原付じゃないでしょ?」

「お、当たり前よ。この子は400ccの普通自動二輪だな」

 

 長谷川は愛車であろうバイクを撫でる。街中でも目立つだろう真っ赤なカラーにスタイリッシュな白線がはしっている。

 長谷川はそれまで気に食わないことを隠そうとしない口調だったが、変わって快活だ。

 

 この話題だったら穏便に済みそう。

 

「へぇ。高校生って原付ばっかだから珍しいね」

「高校生なんて原付で事足りるからな。普通二輪免許は十六歳以上だったら取れんだよ。ウチ四月が誕生日でさ、高校入ってすぐに教習所行って、すぐに取得したんだよね」

「それはそれは熱心だこと」

「父さんが生粋きっすいのライダーでさ、小さいころからずっと近くで見てきて憧れだったんだよ。だから乗れるようになったらすぐ乗ろうと思って。この子のパワーつったら原付の比じゃねえんだぜ。本物の走りはマシンが良くねぇと」

 

 よ、よう喋るなぁ。

 

 私の振りはクリティカルヒットだったようで、聞いてもいないのに流暢に話し続けている。愛車をこの子呼びするあたり半端じゃない。高校生ライダーという話が面白そうなのでもう少し喋らせておくことにする。

 

「土日とかは趣味でツーリング行くんだよね。お尻から伝わるバイクの唸りと風切る感覚がもう最高。高速で遠出するとかしょっちゅう」

 

「すごいガチ装備だもんね」

「分かる? このスーツとか誕生日にもらったいいやつなんだ」

「スレンダーな体に似合っててかっこいいよ」

「……おーありがとう」

 

 少し変な間が開いてから長谷川が感謝を口にする。

 

「バイクも、素人目でも分かるくらい手間暇かけて整備してるって分かる。ピカピカだもん」

「よせよ。まぁ命を預ける相棒なんだからな。常日頃から労るのが責任よ。なーよしよし」

 

 口ではよせ、とか言ってるが満更でもないらしい。そして照れ隠しからか、愛車のボディを愛でるように撫で始めた。

 さっきからバイクを生き物みたいに捉えてるし本当に好きなんだな。不良でやばいやつだと思ってたけども、こんな一面もあるとは。

 

 いつもの私なら物に親しく接するなんておかしいんじゃないか、と刺々しくなるところだが今日はそうは思わなかった。共感できないとしても、人の一筋な好尚こうしょうをバカにする権利はないことをこの前学んだ。眼前の幸せそうな顔を見て否定する気なんてさらさらない。否定したら修羅場になる。

 

「ライダーさんはこの辺でなにしてたの?」

「え、いや、ちょちょっと寄るところがあってね。もう終わったから」

「ふーん」

「……なんかお前変わったよな」

「変わった? 私が?」

 

 唐突なもの言いにきょとんと自分を指さす。

 

「一年から同じクラスだったけど、お前茜以外と話そうとしないだろ。どうでもいいって感じで」

「今もそうだけど」

「それだったら今お喋りしてないだろ。お前がバイクについて聞いてきたんだぞ」

 

 ……確かに。

 

 言われてみればその通りだ。

 

 私ってば変わったのか?

 

「しかもウチのことかっこいいって褒めたし。ちょっと驚いたよ。自分が世界一優れているみたいな尊大なお前が」

「は? そこまでな態度じゃないでしょ」

「はは、自分では気づいてないこといっぱいあるみたいだな」

 

 長谷川が笑いながらヘルメットを被りキーを回すと、エンジンの息吹が轟いて、バイクが目を覚ます。

 

「それじゃあウチは行くよ! じゃあな!」

 

 そう言い残すとうら若いライダーは風をものともせず、颯爽さっそうと走り出していった。エンジン音は次第に遠くなっていき、最後には他の雑音に混ざって判別できなくなった。

 

「変わったかどうかは茜に聞いてみればいいか」

 

 より付き合いが長いほうに聞いてみたほうがいいに決まってる。

 確認した信号を曲がり、数本目の路地に入る。車一台分の幅をずんずんと進むと、邪魔にならないよう道の端に置かれたブラックボードが見えた。レストランの案内のようでカラフルなチョークを用いてポップ調に本日のおすすめが描かれている。

 

「位置的にここだよな」

 

 スマホでもう一度確認。間違いない。

 

「パスタ専門店『すっぱだか』……」

 

 ネーミングセンスが死んで……いや、これは特徴的な名前での印象付けか。こんな名前当分忘れない気がするから、もう術中にはまってるわけだな。

 

 ビジネスから見るネーミングについて考察しながら外観をチェック。レンガ造りの雑居ビル、それ程大きくないこじんまりした扉と主張し過ぎない看板。所謂隠れ家的なレストランだと思われる。立地的にも外観的にも人がいっぱいというよりも知る人ぞ知る店のようで、初見の客を集めるのが難しそうだ。

 

「ここで待ち合わせってことだな」

 

 外にいれば凍え死ぬので中で待たせてもらおう。カランカランという鈴を鳴らしながらドアをオープン。

 

「いらっしゃいませ〜」

「待ち合わせなんですけど。二名で」

「お好きな席へどうぞ〜」

 

 店員は出てこれないようで声だけで案内される。

 外観通り内装はすっきりしたレンガスタイルで、二つくらいのテーブル席以外は全てカウンター席のようだ。テーブルは埋まっていて、七席あるカウンターには客が一人。少なめの集客だ。

 カウンター席に向かい教科書が詰まったカバンを足元に置く。

 なにも注文しないで座ってるのも悪いから軽く食べるか。

 そう思ってラミネート加工されたメニューを手に取ると、看板で見た通り多種多様なパスタが目白押しだ。麺や食材のこだわりが添えられており、店の料理に対する譲れないポリシーが読み取れる。手書きのメニューは印刷された画一的な印象とは違って、店側の熱意を感じられるから面白い。

 そこにお冷を運ぶ店員さんが現れた。

 

「いらっしゃいませ。お冷です」

「ありがとうございます」

 

 んーカルボナーラいいな……。

 

「ご注文が決まりましたらお声かけくださいね。それと一体どなたと待ち合わせなんですか、まりーさん」

「ええ、友人でして……は?」

 

 メニューから顔を上げると驚くことに、そこにはお盆を持ったメイド服の茜が立っていた。

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