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1月下旬 11話

 テーブルに置かれた飲み物は一つ。

 たった一つ。

 茜が飲まないのか? 

 いや違う。

 それならば飲み口が二つもある、ハート型のストローなど刺さっているわけないのだから。

 

「……」

「じゃじゃーん! カップル用二人でラブラブ飲んじゃおうドリンク!」

「……」

 

 声も出せない私の隣で待ち侘びたといった様子ではしゃぐ茜。

 唖然あぜん。やはり。失望。逃れられない運命さだめ

 恋愛という魔の手は私を掴んで離してくれない。

 

「……どうしてこんなメニューが欧米風ハンバーガーショップに……」

「竹下通り仕様。日本に合わせたんだって」

 

 店長馬鹿だろ。自分のスタイル貫けよ。アメリカ本店も止めろよ。バカップルのニーズなんて応えなくていいんだよ。アメリカンに謝れ。

 

 最高潮に達していた私のご機嫌&期待ゲージが株価の大下落のように一気に落下した。それの相関として負のゲージがうなぎ登り。私のしばしのご機嫌タイムは鬱イベントの前兆だったというわけだ。

 やっぱりこいつは茜だった。絶対これがしたくてこの店を選択したのだろう。

 

「ほらほら、一緒に飲も。お顔見ながら飲みたいな」

「は? 絶対やだ! やるわけねぇだろ!」

 

 自然と出てしまった大声に店内の視線が集まる。だがそれも気にならない程私は猛っていた。

 

「あ、ごめん。もしかして別のストローじゃなくて、一本で共用したかった? 気遣い足りなかったね」

「はぁ? どう解釈したら、そう都合がよくなるんだ⁉︎」

「まりーは直接のキスの前に、間接キスでワンステップ踏みたいのかなって……」

「まずい、イカれてるよ茜。横になって安静にしたほうがいい。帰ろう」

 

 こんなにも人に満ちた空間で馬鹿晒せってか? お前は私をどうしたいんだ? 晒し首か?

 

 公然わいせつにも匹敵するような愚行をする自分なんて想像もしたくない。断じて認めん。

 

「ねぇ〜」

「嫌だね! 気持ち悪い」

「ダメ?」

「ダメだ」

「しくしく……」

「勝手に泣いてろ」

「……むぅ」

 

 知るか。さっさと食って出てやる。これ以上いたら店にも客にも迷惑だ。

 

 私は急いでハンバーガーを手に取った。

 かぶり付く。

 

 しかし私は見くびっていた。

 今日の茜は私の二手三手先を行く程、狡猾で計画的で頭脳犯だった。

 

「ッ——!」

 口に取り込んだ瞬間、口内に炎が走る。ついであまりにもキツい刺激と熱が粘膜をただれさせていくように錯覚させる。かつて一度も火を食べたことなどない。けれでも今食べたのはまごうことなき火。火炎だ。

 

 なんだッ!

 

「ごほッ、ごほッ、——ッ!」

「どうしたの? 大丈夫? まりー」

 

 堪らず膝を折りしゃがみ込む。

 さっきの大声から一旦静まった店内がまた揺れた。

 好奇と心配で空気が歪む。

 

「お前ッ、——ごほッ、何を……⁉︎」

「あ、言い忘れてたけど」

 

 幼児にそうするみたいに私の目線に合わせてしゃがむ。

 

「これ私のおすすめで、デスソース、入ってるんだ。一番すごいやつ。ウルトラデスソース。日本じゃ売ってないんだよ」

 

 デスソース⁉︎ 日本で売ってない⁉︎

 

「デスソースって……うぅッ、おま」 

 

 超激辛で有名な劇薬みたいな危ねぇやつじゃねぇか⁉︎

 

「ダイジョウブデスカ⁉︎」

 

 外国人店員が心配のあまり駆け寄ってくるが、正直もう喋れない。

 

 てかお前らが入れたんだろ!

 

「あ、大丈夫ですー。そうそう。ご存知の通り、あのめ〜っちゃ辛いソースだよ。これは確かタバスコの586倍」

「なッ、うぐ……」

 

 茜は猫が小さな虫をいたぶるように、私の耳に言葉を吹き込む。

 

 やばい、口が利かなくなりそう。

 

 私は身の危険を感じる。

 

 ダメだ、なにか、なにか飲む物を……。

 

 思い出す。

 

 飲み物。あるじゃん!

 

 私は生きるため、身体機能を守るため、生存本能に従ってテーブルの上の、ストローを咥えた。

 ガタッ。

 

 あぁ……。

 

 ゆっくりと徐々にだが粘膜が冷たくなっていく。

 

「ん」

 

 生き返る……。

 

「美味しいね、アイスココア」

 

 辛くて味覚がぶっ飛んでいたが、今飲んでいるものが甘い甘い、冷たくて甘美なココアだということが分かった。

 

 確かに美味し……あ……。

 

「ふふふ」

 

 目の前にストローを咥える茜の顔があった。

 私達の間にはハートマーク。

 

「おぉぉぉっ!」

 

 パチパチパチパチ。

 なぜか周りの客から結婚式かと思うような歓声と拍手が贈られる。どこかの誰かがフィゥイッと指笛を高らかに吹いた。

 

 まさに異国の地、アメリカン。

 

 見るに耐えない痴話喧嘩が収束して、再び愛が築かれたとでも思われているのか。

 店の中央でハートを作りながら、訳の分からない祝福モードに包まれていた。

 

 なんだこれ。

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