女を抱く
〈古草は踏みつけられよ意氣の為 涙次〉
【ⅰ】
じろさんが悦美に何事か耳打ちした。「え!? お父さんはそれをわたしに!?」「お前以外にはをらんよ」
じろさんの「古式拳法」は、カンテラの「修法」と同じく、禅、眞言密教などの影響を複雑に受けてゐる。従つて、現代の私たちには考へられぬやうな、鍛錬法も存在する。その一端が伺へるやうな事を、じろさんは悦美に託したのだ。
これに拠つてカンテラは完全復活するに違ひない! じろさんの目論見、的中するか、だうか。
【ⅱ】
「猫をぢさん」こと、はぐれ魔導士・岩坂十諺が遺していつたもの- それには思ひ出だけでなく、秩父の彼の「スタジオ」も含まれてゐた。そこで、カンテラと悦美は、一夜を過ごす。
たゞ、一夜を共にするだけではない。蝋燭を燈した燭台を狹い「スタジオ」の中に、二千二百本(この數には、魔術的な或る意味合ひが込められてゐるのだ)立てる。もしも、一台でも燭台を倒せば、空氣の乾燥してゐる折り、「スタジオ」は火の海と化す。その異常な緊張の中で、女=最愛の人を抱く。これが、じろさんが若かりし頃、そして行き詰まりを感じた時、體驗した、「古式拳法」の精神鍛錬法だつた!
【ⅲ】
さて、一夜明けた。だうやら「スタジオ」は焼けずに濟んだやうである。カンテラは... すつかり吹つ切れたと迄は行かないものゝ、文字通り火宅の中で、女を抱く事の困難さには氣付いた模様。何せフィアンセの悦美の命が懸かってゐるセックスなのだ。アンドロイドである彼の場合は「疑似セックス」ではあるが-「いや、荒行だつた」
女を抱ける、自分がゐる。陰陽思想ではないが、世は須らく女と男。インとヤン、である。その事の当たり前さが、彼の人造の心に沁みなかつた、と云へば噓になる。カンテラは確かに、あの異様な一夜を通じて、何かを摑んだのであつた。
繰り返す。女を抱ける、自分がゐる。これは大事、人生の奥儀なんだぜ、とカンテラは自分に云ひ聞かせ、自信回復への第一歩とした。
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〈女抱く事が触れたる琴線は女體三昧境でも不可思議 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラはまた、剣だけではなく、弓の稽古もつけ出した。ヴィルヘルム・テル宜しく、悦美の頭に林檎を載せて、それを三十三間の間合ひから、射貫く。(これは生身の人間には不可能である。人造の眼と筋肉を持つ者だけに許された秘儀だ。)
だんだんと、自信を取り戻してゆく、カンテラがゐた。尠なくとも、「引き籠もり」は已めにしたカンテラであつた。
【ⅵ】
と云ふ譯で、鍛錬した人と、あえかな夢に生きる人とが、相まみへやうとしてゐる... 弓はだう使ふのか。「龍」の出方は。そして新生カンテラの剣法とは... 乞ふご期待!!Hero is back!!
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〈磯巾着何ぞ感じて口にせず 涙次〉
インタールードpt. 2。お悩み解決篇。でした。次回、牧野と對決!!